セナ、もう一つの空 〜君が選ばなかった道で〜
大ヒット青春ドラマの主人公、白咲ハルト。彼は親友で空手部のエース、黒瀬レンのことが気になって仕方なかった。
ドラマでは、幼なじみの空澄セナと結ばれるハッピーエンド。でも、現実のハルトはもし、あの時レンと話していたら…って考えちゃう。ある日、撮影の合間にセナがこっそり教えてくれた。レンくんね、本当はハルトに助けてほしいことがあったんだってって。
それを聞いた瞬間、ハルトの頭の中にifの記憶が流れ込んでくる!中学の時、ケガで空手をあきらめかけてたレン。ハルトは大丈夫だって!お前ならできる!って毎日さけんで、ムリヤリ道場に引っぱっていく。感動の再起をとげたレンは、なぜかハルトにベタぼれ!お前だけは死んでも守るとか平気で言ってくる。
ちがいはそれだけじゃない。ドラマの悪役だった生徒会長の白石アキラまでもが、ハルトに俺はお前に興味があるって急接近。どうやらifの世界では、みんなハルトの行動で人生が変わっちゃったらしい。
ちょっと待って!俺はセナとラブラブのはずじゃ…でもレンもカッコいいし、アキラ先輩も気になるし!?
さらに大問題が。ハルトの目の前で、ドラマの世界(セナといる方)とifの
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セナ、もう一つの空 〜君が選ばなかった道で〜 - 満月に笑え!— 大団円とバケモノとメロンパン
空気が、張り裂けそうだった。
ミナトザカ神社の境内は、満月の光に照らされて、不気味なほどに明るかった。樹齢三百年のクスノキの葉の一枚一枚が、青白く縁取られている。
「な、なによあれ……!」
セナの声は震えていた。
鳥居の向こうの空間が、ぐにゃり、と歪んでいる。水の中に沈めた絵の具みたいに、色と形がうねり、混ざり合って——そこから、真っ黒な触手が何本も、どろどろと溢れ出していた。
境界領域の亀裂から漏れ出した、異形の一部だ。
「……下がってろ、二人とも」
レンが一歩、前に出た。夜風が、先端が銀色に輝く漆黒の髪をなびかせる。深い藍色の瞳が、異形を鋭く見据えていた。
その手は、空手の構えを作っている。
「誰が下がるか! 私だってハルトを——」
アキラがレンの隣に並んだ。いつもの余裕ぶった笑みは消えている。代わりに、強い決意を宿した目が、触手の群れを睨みつけていた。
「やめてよ、二人とも……! 喧嘩してる場合じゃないってば!」
セナの大きな空色の瞳に、涙が浮かぶ。
でも、三人の足は、ばらばらだった。
「私がハルトを守る!」
「いや、俺だ。お前らは下がってろ」
「はあ? なんで私があんたの指示に従わなきゃならないのよ」
三人の声が、夜の神社に響き合う。
触手が一気に、そいつらに襲いかかった。
「きゃあっ!」
セナがとっさにしゃがみ込む。レンが触手を手刀で打ち払った。アキラが誰かの背中にぶつかって、よろける。
「ちょっと、押さないでよ!」
「押したのはお前だろ!」
「もう、なんでこうなるのお……!」
完全に、連携が取れていない。
三人はそれぞれハルトへの想いでいっぱいで、互いの足を引っ張り合っていた。それは、命がけの場面だってのに、あまりにもバラバラで——なんだかちょっと、笑えてしまうような光景だった。
その時。
ドォン!!
大きな音と共に、誰かが三人の前に飛び降りた。
「三人とも、絶対に守る!!」
ハルトだった。
両手を大きく広げて、三人を背中に隠すように立っている。
ボサボサの茶色い髪に、寝ぐせがぴんと立っていた。明るい茶色の大きな瞳が、まっすぐに異形を睨みつけている。ちょっとおバカで、でも誰よりも熱い、太陽みたいな笑顔で——命がけの盾になろうとしていた。
「ハルト……!」
セナの声が、震えた。
でも。
「ちょっと待って!」
セナが、ハルトの背中をポカッと叩いた。
「なんで私が、レンくんやアキラ先輩と同列なのよ! 私、ハルトの彼女だよ!? 最初に守られるべきは、私じゃないの!?」
「はあ!? ふざけんな、セナ! だったら俺を先に守れ! 俺はお前を守るって決めてるんだ。守られる側がお前なわけがないだろ!」
レンが、ハルトの肩をグイッと掴んで、自分の方に向けようとする。
「……あのねえ」
アキラが、こめかみをピクピクさせながら、腕を組んだ。
「ハルト。お前、やっぱり優柔不断だな。誰を守るか、一番に決められないわけ? そうやってフワフワしてるから、全員が傷つくんだよ。私なんて、悪役なのにこんなところで命がけで——」
「ちょっ、ちょっと待てって、お前ら!! なんで今それで怒るんだよ!! 異形、目の前にいるじゃん!? 命の危機じゃん!?」
ハルトは、守ろうとした三人から、逆に集中砲火を浴びていた。
ラブコメ修羅場にもほどがある。
異形の触手も、なんか呆れたのかもしれない。
びくん、と一瞬、動きを止めた。
「なあ、カピ丸〜。あれ、もしかして引いてない?」
ハルトが肩の上のカピ丸を見る。
「あはは! キミたち、本当に仲がいいんだか悪いんだか! でも異形が一瞬止まったのは事実だよ。ラブコメパワー、あなどれないのだ!」
カピ丸がふわふわの白い体を膨らませて、嬉しそうに耳の中の金色の模様をピカピカさせた。
「よし——今のうちに、話をさせてくれ!」
ハルトは三人に向き直った。
さっきまでの慌てた顔が、すっと真剣なものに変わる。
胸の奥で、何かが熱く脈打っている。
境界領域で、もう二人の自分と出会って、全部の記憶を取り戻した。セナと、レンと、アキラと過ごした、二つの世界の全ての日々。嬉しかったことも、苦しかったことも、全部。
「俺は、誰も選ばない」
「え……」
セナの目が、大きく見開かれた。
「どういうことだ」
レンの声が、低くなる。
「説明してくれるんだろうな」
アキラが、じっとハルトの目を見た。
ハルトは、三人の顔を、順番に見つめた。
「お前ら全員と生きる未来を選ぶ。カピ丸が言ってたんだ。『並列固定』っていう方法があるって。正史の世界も、ifの世界も、どっちも壊さずに、そのまま並べて固定する方法が。どっちか選べなんて、言われる筋合いない。俺は、お前ら全員と生きたい」
「……ずるいよ」
セナの大きな瞳から、涙が一粒、こぼれ落ちた。
「ずるいよ、ハルト……三人ともなんて。そんなの、ずるい。私ね、本当は、誰にも渡したくないんだから。ハルトは私だけの彼氏で、私だけを見ててほしい。他の誰にも、笑いかけないでほしいって……ずっと思ってた」
声が、震えている。
独占欲と、安堵とが、ぐちゃぐちゃに混ざった声だった。
「てめぇ……」
レンが、ぎゅっと拳を握りしめた。
その手が、小刻みに震えている。
「そんな一生懸命な顔しやがって……。断れるわけ、ねぇだろ。俺は、お前だけは死んでも守るって決めてんだ。お前がどうしてもって言うなら、仕方ねえ。守ってやる。お前のその、バカみたいに真っ直ぐな夢ごと、全部!」
レンが、照れ隠しに、ハルトの肩を軽く小突いた。
「はあ……」
アキラは、深いため息をついて、髪をかき上げた。
「これで断ったら、私が本当に悪役じゃないか。仕方ないわ。手伝ってあげる。でもね、ハルト。私が一番最初に、お前に興味を持ってたんだからね。そこだけは、忘れないで」
アキラが、ふっと高飛車に笑う。
三人が、同時に、ハルトに手を差し出した。
夜風が、みんなの髪を揺らした。
「よし、決まりだな——って、ちょっとちょっと!! ハルト、みんな、異形そっち行ったよ!! 感動してる場合じゃないのだ!!」
カピ丸の悲鳴で、ハルトたちは現実に引き戻された。
見ると、触手の群れが再び、うねりながら迫ってきている。さっきより数が多い。
「ひゃあっ! 走るよ!」
「目的地は鳥居の歪みの中心だ! あそこが境界領域への入り口だ!」
四人は一斉に駆け出した。
ざざざっ、と背後から何かが迫る音がする。振り返る余裕はない。
「ハルト、伏せろ!」
レンが叫ぶと同時に、ヒュッと空気を裂く音がした。
ハルトが反射的に頭を下げる。すぐ上を、黒い触手が通り過ぎていった。
「あ、ありがとレン!」
「喋るな、走れ!」
四人は、まるで障害物競走みたいに、神社の境内を駆け抜ける。
鳥居の歪みが、目の前に迫ってきた。
空間が裂けて、中から白い光が漏れている。
「ここで、手を繋ぐよ!」
ハルトが立ち止まり、右手をセナに、左手をレンに差し出した。アキラが、レンのもう片方の手を握る。
「よし、みんな、絶対に手を離すなよ。行くぞ!
四人は、光の中に飛び込んだ。
————。
世界から音が消えた。
真っ白い空間。
境界領域の、入り口だった。
「キミたち、よく来たのだ! じゃあ、儀式を始めるよ! 特異点ハルトを中心に、三人の想いを光のラインでつなぐ! 二つの世界を、選ばないという選択で固定するのだ!」
カピ丸が、ふわふわ浮かびながら、早口でまくし立てる。
「え、待って。なんか、すごい光が——」
ハルトの体が、内側から輝き始めた。
温かい光だった。
そして——どどどっ、と音を立てて、何かが流れ込んでくる。
感情の奔流だった。
「本当は、誰にも渡したくないの!」
「お前だけは、死んでも守る。絶対に離さない」
「私が最初に気づいてたのに……ずるいよ、みんな」
三人の、心の奥底にしまっていた本音。
嫉妬。独占欲。執着。悔しさ。
ぐちゃぐちゃで、ドロドロで、でもキラキラした想いが、光の奔流となってハルトの胸に雪崩れ込む。
その重さに、ハルトは——。
「お前ら、欲望まみれかよ! でも、それが、めちゃくちゃ嬉しいんだよ!!」
ハルトは笑った。
涙がボロボロこぼれていたけど、それでも、最高の笑顔で。
彼の体から、まばゆい光のラインが飛び出した。
ラインは、セナと、レンと、アキラ、一人ひとりの胸を貫いて、さらにその先——正史世界とif世界へと、真っ直ぐに伸びていく。
二つの世界が、崩壊しようとしていた。
亀裂が走り、空がヒビ割れ、大地が揺れている。
でも、光のラインが、それを繋ぎ止めた。
まるで、壊れたお皿を、金継ぎで修復するみたいに。
光が、亀裂をなぞり、世界と世界を縫い合わせていく。
奇跡が、起ころうとしていた。
「すごい……! 並列固定が成功する!! これで、二つの世界は安定する! ハルト、キミは覚醒特異点として、両方の世界の記憶と感覚を同時に生きるんだ!!」
カピ丸が、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
——その時。
ズルリ。
異形の本体が、すぐ後ろにいた。
儀式の光に引き寄せられて、境界領域の奥から這い出てきたのだ。
「しまった! こいつ、成功の瞬間を狙って——!!」
異形が、大きな口を開けて、ハルトに襲いかかろうとした。
その瞬間。
「あ、メロンパン忘れた」
カピ丸が、ポツリと呟いた。
次の瞬間。
ドゴォォォン!!!
異形の頭上に、巨大な物体が出現した。
それは——。
黄金色に輝く、完璧な焼き色の、超巨大メロンパンだった。
直径、優に三メートルはある。
網目模様が美しい、芸術品のようなメロンパンが、異形を押し潰す。
ギャアアアアア——。
異形の断末魔が、境界領域に響き渡った。
黒い体液が飛び散り、触手がビクビクと痙攣して、動かなくなる。
「時計係の裏技。『メロンパン転送』! 困った時のメロンパン頼み、なのだ!」
カピ丸が、ふわふわ浮かびながら、ドヤ顔で決めポーズをした。
四人は、ポカンと口を開けて、その光景を見上げている。
「……え?」
「……なんだ、今の」
「……意味がわからない」
「カピ丸、お前、そういうのアリなのかよ!!」
ハルトのツッコミが、白い空間に木霊した。
張り詰めていた緊張の糸が、プツンと切れる。
「ぷっ……あははは!! なにあれ!! メロンパン!? メロンパンで倒したの!?」
「……ふっ、くくく……。俺たち、何と戦ってたんだ」
「ばっかじゃないの……! 命がけだったのに、最後がメロンパンって……!!」
四人は、お腹を抱えて笑い転げた。
もう、怖くなんてなかった。
——並列固定の儀式が、完了した。
光が、ゆっくりとおさまっていく。
世界の亀裂は、もう消えていた。
「じゃあ、みんな。またね」
セナが、涙の跡が残った顔で、笑った。左目の下の泣きぼくろが、少し赤くなっている。
「ああ。またな。ハルト、次は絶対に、一番に守れよ」
レンが、ハルトの胸を軽く拳で叩く。
「今度は、私の悪事も二度バレしてるってわけか……最悪。でも、協力してあげるわ。特別にね」
アキラが、高飛車に笑って、背を向ける。
三人の体が、それぞれの帰るべき世界の光に包まれていく。
ハルトは、大きく手を振った。
「大丈夫だって! 絶対に、また会えるから!!」
光が、三人を包み込んで、消えた。
——。
正史世界。カイセイ高校、屋上セット。
「よーし、これで撮影再開ね! 今度の告白シーンは、絶対に私が、一番最高の演技をさせてあげるんだから!」
セナが、ふんわりと波打つ亜麻色の髪を揺らして、笑った。
太陽の光が、二人を優しく照らしている。
ドラマ「アオハルリフレイン」の、クライマックスシーン。
「お、おう。よろしく、ヒロイン様」
ハルトは、ちょっと照れくさそうに笑って、セナの手を取った。
——。
if世界。黒瀬道場。
「おせえ。待ちくたびれた」
レンが、道場の入り口で腕を組み、ぶっきらぼうに言った。
でも、深い藍色の瞳は、優しく笑っている。
「ごめんごめん! でも、遅れた分、今日はみっちり稽古つけてくれよ、エース!」
ハルトが、レンの差し出した右手を、パシッと握る。
——。
if世界。カイセイ高校、生徒会室。
「……二つの世界の記憶があるってことは、私の悪巧みも全部知ってるってわけか。最悪だな」
アキラが、窓から校庭を見下ろしながら、苦笑いした。
夕日が、彼の端正な横顔を赤く染めている。
「もちろん、バッチリ知ってる。でも——だからこそ、アキラ先輩が本当はすごく優しい人だってことも、俺は知ってるよ」
ハルトの言葉に、アキラは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……バカ」
小さな声だった。
——。
そして、境界領域の、誰も知らない奥深く。
光が消え、静寂が戻った空間で。
ズルリ。
潰れた異形の残骸から、小さな歪みが生まれた。
その歪みから、這い出るようにして現れたのは、薄ぼんやりとした人影だった。
一つ、二つ、三つ。
「……並列固定、だと」
「あんなガキが、特異点を制御したのか。面白い。実に面白いじゃないか」
「使えるぞ。あの玩具。次は俺たちが『狩る』番だな」
影たちは、不気味に、クツクツと嗤っていた。
その目は、獲物を見つけたハンターのものだった。
ハルトを狙う、新たな脅威。
世界線の密猟者たちが、獲物を定める。
——。
現実世界。ミナトザカ神社の、百八段目の石段。
ハルトは、一人で夜空を見上げていた。
満月が、とても綺麗だった。
カピ丸が、隣で新しいメロンパンを、それはもう美味しそうに貪っている。
「……なあ、カピ丸。なんか、まだ変な感じがするんだよな。世界は安定したって言ってたけど、本当に大丈夫なのか?」
カピ丸は、メロンパンをもしゃもしゃやりながら、ちらりとハルトを見た。
大きな真ん丸な漆黒の瞳が、星を映してキラキラと輝いている。
「さあ? でも、ま、次の敵が来ても、ラブコメパワーでなんとか倒せばいいんじゃないかな? キミの周りには、すごい人たちがたくさんいるんだし」
「そういう問題かよ!」
ハルトの笑い声が、静かな神社の境内に、小さく響いて消えた。
冷たい夜風が、そっと髪を揺らしていく。
ハルトは、もう一度だけ、満月を見上げた。
その目に、もう迷いはなかった。
彼は立ち上がり、石段を一段、降り始めた。
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