夜明け前の許婚
冷酷なヴァンパイア当主×契約許婚の人間。期限付きの結婚から始まる、すれ違い溺愛ロマンス。
「守るとは、距離を取ることだ」——両親を失った夜にそう誓ったノクス辺境伯レイヴンは、感情を捨て、彫像のように生きてきた。家の利害のためだけに、人間の許婚を迎えに行くその夜。書庫から消えた盟約封緘、霧の向こうから近づく気配。そして、名前も顔も知らない契約の相手。夜明け前には必ず閉じる門の下で、冷たいはずの胸の奥が、初めて微かに揺れる。
家同士の契約が結ぶ、三年間の誓約許婚。血判の契約書に縛られた二人は、やがて互いの孤独に触れ、凍りついた心を溶かしていく——「夜明け前の許婚」、第一章開幕。
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夜明け前の許婚 - 掟の来訪 ―― 閉ざされる門と届かぬ言葉
書庫の扉が閉まった音が、まだ耳の奥に残っていた。
ユウは、掴まれた腕をさすりながら、暗い廊下を自分の部屋へと戻った。足音だけが、やけに大きく響く。壁際のガス灯が、青白い炎を揺らしていた。
(レイヴンさん、怒ってた)
あの鋭い声。初めて見る、感情の色。そして、微かに震えていた左手。
(あの棚に、何があったんだろう)
消えた契約書の跡。盟約封緘ごと失われた古い書。レイヴンは、あれに触れられるのを、異常なほど怖れていた。
(あの人が、あんなに慌てるなんて)
ユウは、自分の心臓がまだ速く脈打っているのを感じた。怖かった。でも、それ以上に、レイヴンの隠している何かに、触れてしまいたいと思った。
(知りたい。あの人のことを、もっと)
部屋に戻ると、ユウは寝台に倒れ込んだ。厚手の毛布の感触が、少しだけ心を落ち着かせる。レイヴンが、黙って足してくれた毛布。窓から遠ざけられた寝台。
(あの優しさは、嘘じゃないはずなのに)
ユウは、目を閉じた。まぶたの裏に、月明かりの下で杯を握ったまま立ち尽くすレイヴンの姿が浮かぶ。血露に口をつけない、孤独な背中。
(あの人は、何かを我慢してる)
そう思うと、胸の奥が、きゅう、と痛んだ。
夜が明けるまで、ユウはほとんど眠れなかった。
薄明かりの中で、窓の外が、うっすらと青く染まっていく。東の空が、ゆっくりと色を変え始めていた。
(朝だ)
ユウは、体を起こした。頭が重い。目の奥が、ずきずきする。
着替えを済ませ、部屋を出る。廊下は、夜の冷気をまだ残していた。石造りの壁が、ひんやりとしている。
食堂へ向かう途中、ユウは、廊下の窓から外を見た。
中庭の向こう、屋敷の門の前に、見慣れない馬車が停まっているのが見えた。
(誰か、来てる)
黒塗りの、重厚な馬車だった。御者台には、黒い外套を着た男が二人、無表情で座っている。馬は、漆黒の毛並みをしていた。
(お客様?)
ユウは、首を傾げた。こんな朝早くから、一体誰が。
その時、後ろから声がかかった。
「ユウ様、おはようございますわ」
振り返ると、薄紫がかった銀の髪の少女が、にこりと微笑んで立っていた。エプロンのポケットから、小さな鍵束が覗いている。
「あ、セラフィさん。おはようございます」
ユウは、慌てて挨拶を返した。
「あの、門の前に、馬車が……」
ユウが言いかけると、セラフィの笑顔が、ほんの一瞬だけ、曇った。
「……ええ。本日は、お客様がいらしておりますの」
セラフィの声が、いつもより少しだけ低い。
「レイヴン様の、お祖母様でいらっしゃいますわ。オルガ・ヴェスペル様。このお家の、家長でいらっしゃいます」
(レイヴンさんの、お祖母さん)
ユウは、胸の奥が、とくり、と鳴るのを感じた。
(この家の、家長)
レイヴンの家を、取り仕切っている人物。契約と掟を、何よりも重んじるという。
(その人が、どうして)
ユウの心に、小さな不安が、芽を出した。
セラフィに案内され、ユウは応接間へと向かった。
昨日、契約書に署名した部屋。黒い木の机と、向かい合う二脚の椅子。壁際の棚には、古い書物が並んでいる。
その応接間の扉の前に、ユウは立っていた。
セラフィは、静かに扉を叩いた。
「オルガ様、ユウ様をお連れいたしましたわ」
「入れ」
扉の向こうから、低く、重い声が返ってきた。
セラフィが、ゆっくりと扉を開ける。
ユウは、息を呑んだ。
応接間の中央、机を挟んで奥の椅子に、一人の老女が座っていた。
銀白の髪を、固く結い上げている。灰色の瞳は、感情の色を一切映さず、こちらを真っ直ぐに見据えていた。黒い、装飾のない衣服を身にまとい、手には、石突きが家紋の形をした杖を握っている。
(この人が、オルガ・ヴェスペル)
ユウは、体が硬直するのを感じた。
(すごい、威圧感)
老女は、立っているだけで、部屋の空気を凍らせていた。古い石造りの礼拝堂のような、冷たく重い空気。逆らう者を、静かに押し潰すような威圧感。
そして、その隣に、レイヴンが立っていた。
黒い詰襟の外套を着て、無表情のまま、祖母の斜め後ろに控えている。赤みを帯びた瞳は、ユウを見ようとしない。
(レイヴンさん……)
ユウは、その横顔を見つめた。
昨夜、書庫で見せた激しい感情は、もう、かけらも見えなかった。彫像のように、静かで、冷たい。
「お前さんが、ユウか」
オルガの声が、応接間に響いた。
ユウは、びくりと肩を震わせた。
「は、はい。ユウです」
声が、裏返る。
オルガは、ユウの顔をじっと見た。品定めをするように、値踏みするように。
「座りなさい」
ユウは、言われるままに、机の手前の椅子に腰を下ろした。
オルガは、杖の石突きで、床をとん、と一度叩いた。
「レイヴン」
「はい」
レイヴンが、短く答える。
「契約書を」
レイヴンは、無言で机の上に、一枚の書類を広げた。
ユウは、それを見た瞬間、呼吸が止まりそうになった。
(あの契約書だ)
昨日、自分が血判を押した、誓約許婚の契約書。七血盟家の紋章が捺された、厚手の紙。
オルガは、契約書を一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。
「誓約許婚の契約期間は、三年と定められておる。だが、この契約には、例外規定がある」
オルガの声は、抑揚がなく、淡々としていた。
「家の利益を損なうと判断された場合、家長の権限において、契約を解除し、許婚を元の家へ戻すことができる——と、な」
ユウは、目を見開いた。
(契約を、解除?)
(僕を、戻す?)
オルガの言葉が、頭の中で、ぐるぐると回る。
「お前さんには、心当たりがあるじゃろう」
オルガの灰色の瞳が、ユウを射抜いた。
「え……心当たり、って……」
ユウは、声が震えた。
「昨夜、お前さんは、この屋敷の書庫に、無断で立ち入ったそうではないか」
(書庫……!)
ユウの顔から、さあっと血の気が引いた。
「あそこは、この家の者以外、立ち入りを禁じられた場所じゃ。契約書には、屋敷の掟に従う旨も、明記されておる」
オルガは、契約書の一部を、細い指でなぞった。
「掟を破った許婚を、家に置くわけにはいかん。よって、お前さんは、本日より、別の許婚のもとへ移ることとなる」
(別の、許婚……)
ユウは、言葉を失った。
「移り先は、盟約監査院の有力者の家じゃ。家格も、このノクス辺境伯領より上。お前さんにとって、悪い話ではないはずじゃ」
オルガの声は、冷酷なまでに、事務的だった。
(盟約監査院……)
ユウは、その言葉を、どこかで聞いたことがある気がした。七血盟家の掟を守らせる、制裁執行組織。契約破棄者を追う、恐ろしい組織。
(そんなところの、有力者……?)
ユウの心は、恐怖と混乱で、真っ白になりかけていた。
「ま、待ってください……! 僕は、ただ、迷ってしまって……」
ユウは、必死に声を絞り出した。
「レイヴンさんに、聞いてください! 僕は、悪気があって入ったんじゃ……」
ユウは、レイヴンを見た。
助けてほしい。そう、目で訴えた。
しかし、レイヴンは、ユウを見なかった。
無表情のまま、ただ、正面を見据えている。赤みを帯びた瞳は、何も映していない。
「レイヴン」
オルガが、静かに呼んだ。
「お前からも、この者に、言ってやりなさい」
レイヴンは、一瞬、沈黙した。
それから、ゆっくりと、ユウの方を向いた。
赤みを帯びた瞳が、ユウを捉える。
その瞳は、昨夜、書庫で見せた激しい色とは、全く違っていた。感情のない、深い湖のような、静かな瞳。
「契約は契約だ」
レイヴンの声は、低く、平坦だった。
「家の掟に従え」
たった、それだけだった。
ユウは、自分の胸が、音を立てて砕け散るのを感じた。
(レイヴンさん……)
縋ろうとしていた言葉が、喉の奥で、消えていく。
(違う。違うよ。僕は、ただ……)
言いたいことは、たくさんあった。
書庫に入ったのは、迷ってしまったからで、決して、何かを盗もうとしたわけじゃない。あの棚の跡が気になっただけで、レイヴンの秘密を暴こうとしたわけじゃない。
でも、レイヴンの冷たい瞳の前では、どんな言葉も、意味を失ってしまった。
(ああ、そうか)
ユウは、悟った。
(この人は、最初から、そういう人だったんだ)
契約の相手。血媒。それ以上でも、それ以下でもない。
毛布を足してくれた優しさも、寝台を窓から遠ざけてくれた配慮も、全部、契約のためだったんだ。
(僕が、勝手に、勘違いしてただけなんだ)
胸の奥が、冷えていく。
指先から、足の先から、体温が、ゆっくりと奪われていくような感覚。
「話は、以上じゃ。お前さんは、支度をして、自分の部屋で待っていなさい。出立は、夜明け前じゃ」
オルガが、杖で床をとん、と叩いた。
「下がってよろしい」
ユウは、立ち上がった。
足が、震える。
一歩、踏み出すたびに、床が、ぐらぐらと揺れているように感じた。
「ユウ様、こちらですわ」
いつの間にか、セラフィが、ユウの隣に立っていた。
心配そうな緑の瞳が、ユウを見つめている。
「お部屋まで、ご案内いたしますわ」
ユウは、こくりと、小さく頷いた。
応接間を出る時、ユウは、振り返った。
レイヴンは、まだ、そこに立っていた。
無表情のまま、ユウの方を、見ていた。
その瞳が、何を考えているのか、ユウには、もう、分からなかった。
廊下に出ると、セラフィが、そっと口を開いた。
「ユウ様、大丈夫ですわ。きっと、何か、お考えがあってのことですわ」
セラフィの声は、優しかった。
でも、ユウの心には、何も響かなかった。
「……ありがとう、セラフィさん」
ユウは、精一杯、笑顔を作った。
でも、うまく笑えているか、自分でも分からなかった。
「レイヴン様は、決して、ユウ様を、嫌っておられるわけでは……」
セラフィが、何かを言いかけた。
でも、ユウは、それを最後まで聞くことができなかった。
自分の部屋の扉の前まで来ると、ユウは、セラフィに背を向けた。
「すみません、一人にしてくれませんか」
ユウは、そう言って、部屋の中へ入った。
扉を閉める。
セラフィが、何か言いたそうにしていた。
でも、ユウは、振り返らなかった。
バタン、と、扉が閉まる音が、廊下に響いた。
部屋の中は、しん、と静まり返っていた。
ユウは、寝台に、どさり、と腰を下ろした。
(契約は、契約だ)
レイヴンの声が、耳の奥で、何度も繰り返される。
(家の掟に、従え)
冷たい、冷たい声。
(僕は、あの人にとって、ただの契約の相手だったんだ)
毛布の感触。窓から遠ざけられた寝台。
(あれも、全部、契約のため)
(僕が、勝手に、舞い上がってただけ)
ユウは、自分の胸を、ぎゅっと掴んだ。
(馬鹿みたいだ)
(一目惚れして、かっこいいって思って、追いかけて)
(でも、あの人にとっては、迷惑だったんだ)
涙が、込み上げてきた。
視界が、じわりと、滲む。
(書庫に入ったのだって、あの人のことが知りたかったからで)
(でも、それが、掟を破ることになるなんて、知らなかった)
(知らなかったんだ)
(知らなかったのに……)
ユウは、声を押し殺して、泣いた。
肩を震わせ、声にならない嗚咽を、毛布に押し付けた。
(誰も、話を聞いてくれない)
(レイヴンさんも、お祖母さんも、セラフィさんも)
(みんな、契約と掟の話ばかりで)
(僕の気持ちなんて、誰も、見てくれない)
ユウは、寝台の上で、小さく丸くなった。
膝を抱え、顔を埋める。
涙が、止まらなかった。
どれくらい、そうしていただろうか。
不意に、部屋の外から、物音が聞こえた。
がたん、と、何かが運ばれる音。
(契約解除の、準備……)
ユウは、顔を上げた。
廊下を、複数の足音が、行ったり来たりしている。
(僕の荷物を、運び出してるんだ)
(本当に、出て行くんだ)
(この屋敷から)
(レイヴンさんの、そばから)
胸が、締め付けられる。
(嫌だ)
(出て行きたくない)
(レイヴンさんと、離れたくない)
ユウは、寝台から降りると、窓辺に歩いていった。
涙で滲む視界の先に、中庭が見える。
空は、もう、すっかり暗くなっていた。
(夜だ)
(夜明け前に、出立)
(あと、少ししかない)
ユウは、窓の外を見た。
離れた棟の窓に、灯りが、一つ、ともっていた。
(あれは……)
ユウは、目を凝らした。
(レイヴンさんの、部屋?)
その窓辺に、人影が見えた。
黒い外套を脱いだ、白いシャツ姿の男。
(レイヴンさん……)
レイヴンは、窓辺に立ち、外を見ていた。
手には、杯が握られている。
(血露……)
ユウは、息を呑んだ。
レイヴンは、その杯に、一口も手をつけていなかった。
ただ、月明かりの下で、立ち尽くしている。
(また、飲んでない)
(どうして……?)
ユウの胸に、小さな疑念が、芽を出した。
(もしかして、レイヴンさんも、何かを、抱えてるんじゃないか)
(契約のことも、書庫のことも、本当は、違うのかもしれない)
(あの冷たい言葉の裏に、何か、隠してるんじゃないか)
ユウは、窓ガラスに、手を触れた。
冷たい。
レイヴンの姿は、遠く、小さく、見えた。
(でも、確かめる術がない)
(言葉も、ない)
(僕は、もう、この屋敷から、出て行くんだ)
ユウは、窓辺に、額を押し当てた。
涙が、また、溢れてきた。
夜が、更けていく。
ユウは、寝台の上で、膝を抱えたまま、朝を待っていた。
部屋の外の物音は、いつの間にか、やんでいた。
(準備が、終わったんだ)
(あとは、夜明けを待つだけ)
ユウは、ぼんやりと、窓の外を見ていた。
東の空が、ほんの少しだけ、明るくなり始めている。
(もうすぐ、夜明けだ)
(そしたら、僕は、この屋敷から、いなくなる)
ユウは、目を閉じた。
(レイヴンさん)
(最後に、一言でいいから、話がしたかった)
(違うって、言ってほしかった)
(お前は、契約の相手じゃないって)
(そう、言ってほしかった)
でも、その願いは、叶わない。
レイヴンは、ユウを、突き放した。
契約は契約だ、と。
家の掟に従え、と。
(それで、終わりなんだ)
ユウは、ゆっくりと、立ち上がった。
窓の外、離れた棟の窓。
レイヴンの部屋の灯りは、もう、消えていた。
(もう、見えない)
(レイヴンさんは、どこにもいない)
ユウは、部屋の中央に、ぽつんと立っていた。
やがて、重い音が、屋敷全体に響き渡った。
ゴゴゴゴゴ……
鉄と石が、擦れ合う、低い、鈍い音。
(夜明けの門が、閉まる音……)
ユウは、窓の外を見た。
屋敷の門が、ゆっくりと、閉じられていく。
夜明け前の、薄暗い光の中で、重い鉄扉が、音を立てて、閉まっていく。
(あの門が、閉まったら)
(契約が、終わる)
(僕は、もう、この家の人間じゃ、なくなる)
ユウは、窓ガラスに、手を押し付けた。
冷たい。
ゴゴゴ……
門が、完全に閉まった。
ドォン。
最後に、重い音が、一つ。
その音だけが、冷え切った屋敷に、長く、長く、響き渡った。
書庫の奥は、深い闇に包まれていた。
レイヴンは、一人、その闇の中に立っていた。
窓のない書庫には、月明かりさえも届かない。
レイヴンは、古い棚の前で、立ち尽くしていた。
契約書が、消えた棚。
盟約封緘ごと、失われた古い書。
その空いた跡を、レイヴンは、じっと見つめていた。
(何も、変わらない)
(俺が、何を選んでも)
レイヴンは、左手を持ち上げた。
甲に刻まれた、古い家紋。
(この家に生まれた時から、決まっていたことだ)
レイヴンは、左手を、強く、握りしめた。
指が、食い込む。
痛みが、走る。
でも、その痛みさえも、どこか遠くのことに感じられた。
(守るとは、距離を取ることだ)
(近づけなければ、失わずに済む)
(傷つけずに、済む)
レイヴンは、目を閉じた。
オルガの言葉が、脳裏をよぎる。
「お前は、よくやった。家を守るとは、そういうことじゃ」
去り際に、オルガが言った言葉。
(よく、やった?)
レイヴンは、心の中で、その言葉を繰り返した。
(これが、家を守る、ということか)
ユウの、泣きそうな顔が、浮かぶ。
(違う)
(違うはずだ)
でも、レイヴンは、その思いを、口に出すことはできなかった。
家の掟。契約の秩序。
それを守ることこそが、この家に生まれた者の、唯一の務め。
(俺は、この家の、当主だ)
レイヴンは、ゆっくりと、目を開けた。
闇の中で、赤みを帯びた瞳が、静かに光る。
レイヴンは、空いた棚の縁に、指を這わせた。
冷たい、木の感触。
(消えた契約書)
(あれは、一体、何だったんだ)
(誰が、何のために)
答えは、まだ、どこにもない。
レイヴンは、指を離した。
そして、書庫の闇の中で、一人、夜明けを待った。
やがて、遠くから、重い音が響いてきた。
ゴゴゴゴゴ……
(夜明けの門が、閉まる)
レイヴンは、顔を上げた。
(ユウが、出て行く)
(これで、いい)
(これで、よかったんだ)
レイヴンは、自分に、そう言い聞かせた。
でも、左手の甲の家紋は、まだ、強く、握りしめられたままだった。
指の力が、微かに、震えていた。
ドォン。
門が、完全に閉まった。
その音だけが、冷え切った屋敷に、長く、長く、響き渡った。
書庫の闇の中で、レイヴンは、一人、立ち尽くしていた。
握りしめた左手の、家紋の刻印が、痛いほどに、熱かった。Noveliaとは?
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