セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜
大学生の火野レイは、セーラーマーズとして悪と戦う日々。神社で巫女のバイトをしながら、いつもは気が強くて、男に言い寄られてもピシャリと跳ねのける。でも、最近レイの頭の中は、大学の同級生でおとなしい天文マニアのツカサくんでいっぱいだった。
ある日、レイはツカサとふたりきりで星空を見に行く約束をする。嬉しさでドキドキが止まらないレイの前に、新しい敵エロースが現れる。エロースは人間の隠れた恋心や性欲を暴きだし、理性をふき飛ばす力を持っていた。その力はセーラー戦士にも効いてしまい、レイの心とカラダはツカサへの想いを爆発させてしまう。
ツカサくん、触って……もっと……私、もう限界なの
いつもは絶対に言わない甘い言葉と、自分から重ねるくちびる。戦いのあと、こっそり秘密の逢瀬を重ねるレイ。でも、彼女の独占欲はどんどんエスカレートしていく。ツカサが他の女の子と話しただけで、めちゃくちゃ嫉妬して、エロースの力に飲みこまれそうになる。そのたびに、ツカサは優しく抱きしめて、レイを正気にもどす。
バカ、離れちゃダメだって言っただろ……お前は俺が守る
戦いと恋がぐちゃぐちゃにまざりあい、ヒートアップする
セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜 - 炎の巫女と星の約束――麻布十番に異変の影
「[whispers]……ツカサくん」
自分の口からこぼれた名前に、レイは思わず口を押さえた。
初夏の夕暮れ。港区・麻布台キャンパスの屋上庭園「そらのわ」には、生ぬるい風が吹いている。都心の真ん中とは思えないほど静かで、遠くの車の音が海の波みたいに聞こえた。
(なんで今、あいつの名前が出るわけ……?)
ベンチに座ってそんなことを考えていると、胸の奥がむずがゆくなる。レイは眉間にぎゅっと皺を寄せた。黒いショートボブに混じった赤いメッシュが、夕日に照らされてキラリと光る。
もうすぐ夜のパトロールの時間だ。
私はただの大学生じゃない。火川神社の巫女で、そして──セーラーマーズ。この街をカゲノセカイの連中から守る戦士なんだから。
「……帰ろ」
ぽつりと言って立ち上がったとき、すぐ近くで誰かの気配がした。
反射的に身構える。
「あ」
その声は、警戒するより先にレイの心臓を跳ねさせた。
「……ツカサくん」
今度ははっきりと口に出した。
望遠鏡の横から顔を出した磯崎ツカサは、いつものように淡い水色のショートヘアをふわりと揺らした。鈍い銀色の目が、ちょっと驚いたように見開かれる。背は175センチくらい。痩せぎすで、眼鏡の奥の目元はいつも穏やかだ。
「[surprised]火野さん。まだ残ってたんですね」
「まあね。あんたこそ、こんな時間まで星見てたわけ?」
「[gentle]はい。今日は木星がきれいで」
ツカサがふにゃりと笑った。
毒気を抜かれる。
ふだんのレイなら、男がのこのこ近づいてきただけで「何か用?」とピシャリだ。でも、こいつ相手だとそれができない。なぜかわからないけど、ツカサの声を聞くと、心に張ったバリアがゆるむ。
(なんなのよ、もう……)
「[excited]火野さん、ちょっと見てみますか?木星の縞模様、今が一番くっきり見えるんです」
「え、私が?」
「[gentle]はい。どうぞ」
ツカサが望遠鏡の脇に立って、レイに場所を空ける。その仕草があまりに無邪気で、断るのもバカみたいに思えた。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
レンズを覗きこむ。
一瞬、息が止まった。
真っ暗な宇宙の中に、縞模様の入った淡いベージュの星が浮かんでいる。木星だ。その隣には、小さな光の粒がいくつも並んでいた。
「[whispers]すご……」
「[gentle]ガリレオ衛星です。左からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。ガリレオ・ガリレイが1610年に発見して、それで天動説が……」
ツカサの声が急に生き生きとする。いつもは控えめでぼそぼそ話すくせに、星の話になるともう止まらない。
「それで、イオには火山があって、エウロパには海があって、もしかしたら生命がいるかもって言われてて」
レイは顔を上げて、ツカサの横顔を見た。
夕日を受けて、水色の髪がオレンジに透ける。銀色の目はキラキラしてて、まるで子供みたいだった。
(なにこの顔……反則でしょ)
胸がざわつく。
「[excited]それでそれで、ガニメデは水星より大きいんですよ。衛星なのに惑星より大きいって、なんか面白くないですか?」
「……あんた、ほんと星が好きなんだね」
「[surprised]え?」
しまった、今ちょっと声が優しくなかったか。
レイは慌てて視線を外した。
「[angry]べ、別に普通の感想でしょ!」
「[gentle]あ、はい。好きです。子供の頃から、ずっと」
好きです。
その言葉が、やけに頭の中でリピートした。
(ちがうちがう、天体観測が好きなだけでしょ……何考えてんの私……っ)
「そ、そう。じゃあ、また。私はバイトがあるから」
足早に立ち去ろうとするレイの背中に、ツカサの声がかかる。
「[gentle]火野さん」
「なに?」
「[gentle]また来てください。今度は土星の環を見せます」
振り返らずに、軽く手を上げて応えた。
ドキドキが止まらないまま、レイは足早に屋上を後にする。
──なんで私、あんなにドキドキしてるわけ?
わかんない。
わかんないけど、次のバイトのあと、またそらのわに来ようと思ってる自分がいた。
火川神社。
港区麻布十番のど真ん中にあるここは、レイの実家でもある。祖父のカズオが宮司で、レイは週に三回、巫女のアルバイトをしている。
「おかえり」
社務所の奥から、しわがれた声が飛んできた。
「ただいま」
巫女服に着替えながら答える。白い小袖に朱色の袴。鏡の前で髪を整えていると、自分の右耳に見慣れたピアスが光った。ちっちゃな炎の形を模したものだ。
「レイ、お前ちょっと顔が赤いぞ。なんかあったのか」
「[angry]なんもない!」
社務所のテーブルには、筆と墨、和紙が広げられていた。お札──オフダを手作りしているのだ。火川神社の本物のオフダは、レイの霊力を込めてつくられる特別製だ。
「[serious]今日も結界は安定してるよ。カゲノセカイの連中も、ここには入れない」
筆を手に取り、墨をたっぷりつける。
真っ白な紙に、一気に呪文をしたためる。レイの指先から、見えない力が文字に染み込んでいくのがわかった。火星の守護の力──炎の力が、オフダに宿っていく。
「[serious]でもよ、レイ。最近麻布十番の空気が少しおかしいと感じるんだ。わしは霊感は弱いほうだが、それでもわかる。甘ったるい、変な気配が街に滲み出ておる」
祖父の言葉に、レイは筆を置いた。
「私も感じてる。まだはっきりしないけど……何かいる」
「気をつけろよ。お前は昔から、感情が高ぶると力が暴走しそうになる。戦うときは、常に心を冷ませ。いいな」
「わかってる」
境内から風が吹き抜ける。大きなイチョウの神木の葉擦れが、サラサラと優しい音を立てていた。都会の真ん中なのに、ここだけ空気が清涼で、時間の流れ方が違う。
カゲノセカイの魔の手も、この結界だけは破れない。
レイは目を閉じて、深く息を吸い込んだ。
(ここだけは、何が来ても安全だ)
そう思えるだけで、心が落ち着く。
それから三日後。
レイはまた、そらのわに来ていた。
目的は一つ。ツカサを「星の丘展望台」に誘うこと。
星の丘は都心から電車とバスで約一時間半、標高120メートルの小高い丘全体が公園になっている場所だ。光害が少なくて、満天の星空が見られる。天文ファンには有名なデートスポット──というのも、昨日ネットで必死に調べた。
(落ち着け、私。自然に。自然に誘うの)
頭の中でシミュレーションする。
『ねえツカサくん、星の丘って行ったことある?』
これでいい。自然だ。これで行こう。
ベンチに座っていたツカサが、レイに気づいて顔を上げた。
「[gentle]火野さん。こんにちは。今日は土星が見えますよ」
「[angry]あんた、星の丘って知ってる?」
ダメだった。尋問口調だ。なんでこうなるの、私の口。
ツカサはきょとんとした顔で、
「[gentle]はい。天文ファンには有名な場所ですね。都心から一時間半くらいで行けて、標高120メートルの……」
「じゃあ!一緒に行く!行くでしょ!行かないの!?」
自分で言ってて狼狽した。
なにこの畳み掛け。有無を言わせない感じがヤバすぎる。
「[surprised]え……えっと、一緒に、ですか?」
ツカサが困惑した顔で、ちょっとだけ頬を染めた。
その顔を見て、カッと自分の顔が熱くなる。
「[angry]嫌なら別にいい!」
もう帰ろう。恥ずかしい。穴を掘って埋まりたい。
くるりと背を向けかけたそのとき、
「[serious]行きます。行きたいです」
小さく、でもはっきりした声だった。
心臓が、ドンと一つ大きく跳ねる。
「[whispers]……そ。じゃあ、決まりね」
「[gentle]はい。楽しみにしてます」
くしゃりと笑ったツカサの顔が、夕日で真っ赤に見えた。
いや、赤くなってるのは私のほうか。
レイはもうツカサの顔を直視できなくて、空を見上げた。都会の空の端っこで、一番星がちらちらとまたたいている。
その夜。
レイは火川神社の境内で、スマホの通知を確認した。
SNS──「つぶやき」のアプリ──で、麻布十番の商店街に関する投稿がざわついている。
『さっき商店街で、突然知らないおじさんに「愛してる!」って叫ばれたんだけど……』
『アーケードの下でカップルが路上で抱き合ってて、誰も止められない状態』
『なんか変な感じする。頭がぼーっとして、やたら人に触れたくなる』
複数の投稿。いずれもついさっきのものだ。
「恋愛感情の暴走……」
レイの表情が引き締まった。
(これは、ただの事件じゃない。カゲノセカイの気配がする)
急いで巫女服を脱ぎ、動きやすい私服に着替える。神社の裏手にある人目のない路地に飛び出すと、右手に護符──オフダを構えた。
「火星の守護よ!我が身に宿れ!」
炎がレイの体を包み込む。
白い光が渦を巻き、その中から現れたのは、黒と赤を基調とした戦闘服に身を包んだセーラーマーズだ。引き締まったスポーティな体型が、戦闘服のシルエットに浮き出る。腰にはオフダを収めたホルスター、背中には炎の紋様が輝いている。
「行くわよ!」
麻布十番商店街。
アーケードの下は、異様な空気に包まれていた。
スーツ姿のサラリーマンが、見知らぬ女性の手を掴んで叫んでいる。
「[crying]ずっと好きだったんだ!君に会うために生まれてきたんだ!」
「やめて!離してください!」
少し離れた場所では、学生っぽいカップルが人目も気にせず抱き合い、キスを繰り返している。二人とも目がうつろで、理性が吹き飛んでいるのが見て取れた。
「なんてこと……」
現場に着いたセーラーマーズは、周囲に視線を走らせた。
(やっぱり、カゲノセカイのせいだ)
被害者たちの体から、薄い黒い靄──コイノオドの残滓──が立ち上っている。まるで煙みたいにゆらゆらと揺れて、甘ったるい匂いを漂わせていた。
「マーズ・スナイパー!」
右手を掲げると、炎の矢が三本、指先から放たれる。
矢は黒い靄を貫き、浄化の炎を走らせた。
ボワッ……
靄が消えると同時に、叫んでいたサラリーマンがハッと我に返る。
「……え? 俺、何を……」
「早く離れて!ここは危険よ!」
次々に炎の矢を放ち、人々にまとわりつく靄を焼き払っていく。
でも──気持ち悪い。
今まで戦ってきたカゲノセカイの敵とは、何かが違う。
この甘ったるいエネルギーは、蜜みたいなのに、毒が溶けてるみたいに不快だ。
(誰かが意図的に、人間の恋愛感情を暴走させてる)
胸の奥が、じわりと熱くなる。
(……やめて)
それはツカサへの想いに似ているのに、全然別物の、ねじれた熱だった。
「アクのタイサン!」
オフダを掲げて叫ぶ。
巨大な炎の渦が、空気中に漂う瘴気を一気に焼き尽くした。呪文の文字がオフダから浮かび上がり、炎とともに空へ昇っていく。
数分後には、辺りの空気は正常に戻っていた。
被害者たちはみんな正気を取り戻し、自分の行動に真っ青になったり、記憶が飛んで混乱したりしている。でも実害はない。
(感情が収まれば、ちゃんと正気に戻る……でも)
この現象を引き起こした元凶を捕まえないと、また同じことが起きる。
「絶対に突き止めてやる……」
セーラーマーズは夜空を見上げて、ぎゅっと拳を握った。
変身を解除し、私服に戻って火川神社への帰り道を歩く。
商店街の喧騒はすっかり収まって、いつもの静かな夜に戻っていた。
でも、レイの頭の中はぐちゃぐちゃだ。
(デートまでに、あの瘴気の正体を暴かなくちゃ)
それなのに。
『行きます。行きたいです』
ツカサの声が、何度も何度も頭の中でリピートする。
「[whispers]……バカ、私のバカ」
戦士としての焦りと、初めてのデートに浮き立つ心。
その二つがぐちゃぐちゃに混ざって、胸の奥がむずがゆい。
夜空を見上げると、雲の切れ間からポツリポツリと星が見えた。
あの甘ったるい瘴気──これが何を意味するのか、まだレイにはわからない。でも、何かが確実に動き出している。
(これが、新しい敵の仕業だとしたら……)
星の丘には、必ず行く。
行って、ツカサと一緒に星空を見る。
その前に、街を蝕むこの気配の正体を何としても突き止めなければ。
レイはポケットからスマホを取り出し、ツカサとのメッセージ履歴を開いた。
『星の丘、調べてみたらすごく良さそうな場所ですね。楽しみにしてます』
その一文を見て、ふっと口元がゆるむ。
(……守らなきゃ)
この街も、大切な人も、そして自分の中に生まれたこの熱い気持ちも。
全部ひっくるめて、私は絶対に守り抜いてみせる。
初夏の夜風が、レイの黒い髪を優しく揺らした。
──炎の巫女と星の約束。
まだ、誰も知らない戦いの物語が、静かに幕を開けようとしていた。