セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜
大学生の火野レイは、セーラーマーズとして悪と戦う日々。神社で巫女のバイトをしながら、いつもは気が強くて、男に言い寄られてもピシャリと跳ねのける。でも、最近レイの頭の中は、大学の同級生でおとなしい天文マニアのツカサくんでいっぱいだった。
ある日、レイはツカサとふたりきりで星空を見に行く約束をする。嬉しさでドキドキが止まらないレイの前に、新しい敵エロースが現れる。エロースは人間の隠れた恋心や性欲を暴きだし、理性をふき飛ばす力を持っていた。その力はセーラー戦士にも効いてしまい、レイの心とカラダはツカサへの想いを爆発させてしまう。
ツカサくん、触って……もっと……私、もう限界なの
いつもは絶対に言わない甘い言葉と、自分から重ねるくちびる。戦いのあと、こっそり秘密の逢瀬を重ねるレイ。でも、彼女の独占欲はどんどんエスカレートしていく。ツカサが他の女の子と話しただけで、めちゃくちゃ嫉妬して、エロースの力に飲みこまれそうになる。そのたびに、ツカサは優しく抱きしめて、レイを正気にもどす。
バカ、離れちゃダメだって言っただろ……お前は俺が守る
戦いと恋がぐちゃぐちゃにまざりあい、ヒートアップする
セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜 - 星降る丘の口づけ――理性よ、さようなら
「[whispers]……私、死ぬんじゃないかな」
鏡の中の自分が、幽霊みたいな顔でこっちを見てた。
寝不足の目。やけに赤い頬。何度も噛んだ唇は、ちょっとだけ腫れてる。
(デート。ただのデートだ。友達と星を見に行くだけ)
念仏みたいに唱えながら、レイは三着目の服を床に落とした。
白いブラウス? 違う、女の子女の子しすぎる。
ジーンズ? 違う、気合い入りすぎてバカみたい。
スカート? これじゃあただの普段着だ。
「[angry]もうっ、なんで決まんないのよ!」
部屋の隅で積み上がっていく服の山。
結局、神社の制服室から引っ張り出してきたのは、神事用じゃないシンプルな白のワンピースだった。綿の、袖がちょっとだけ膨らんだやつ。
「[whispers]これは神事用じゃないから……別に、デート用ってわけじゃないし」
誰に言い訳してるんだか。
麻布十番のバス停に立った時、夏の朝日がもうギラギラ照りつけてた。
手にはスマホ。ツカサとのメッセージ画面を何度も開いては閉じる。
『星の丘、調べてみたらすごく良さそうな場所ですね。楽しみにしてます』
その文字を見てると、胸の奥がきゅうっとなる。
(抱きしめて、とか言わない。手も握らない)
レイはブツブツと誓いの言葉を繰り返した。
「[whispers]絶対普通にする。星を見て、すごいねって言って、それでおしまい。そう。普通。普通の友達——」
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
隣に立ってたおじさんが、心配そうにこっちを見てた。
「[angry]だ、大丈夫です! なんでもないです!」
顔から火が出るかと思った。
電車とバスを乗り継いで、一時間半。
星の丘展望台は、思ったよりずっと静かな場所だった。標高120メートルの小高い丘全体が公園になっていて、夏草の匂いが風に混ざる。
「火野さん!」
入り口のところで、ツカサが手を振ってた。
水色の髪が風にふわりと揺れて、鈍い銀色の目は優しく笑ってる。白いTシャツにジーンズ。首からカメラを下げてて、リュックには多分、天体図鑑が何冊も入ってるんだろうな。
その顔を見た瞬間——
——ドクン。
胸の奥で、何かがはじけた。
(あ、だめだ)
目の前がピンクがかった靄に包まれるような感覚。心臓が喉までせり上がってきて、息が苦しい。
エロースの能力だ。今朝までなんとか理性で押さえ込んでた熱が、一気に溢れ出してる。
「[gentle]来てくれてよかったです。今日は星が綺麗な夜になりそうで」
ツカサの声が、遠くで反響してるみたいに聞こえた。
(お願い、やめて。そんな優しい声で、そんな笑顔で)
頭ではそう叫んでるのに、体が勝手に動いてた。
「[whispers]……ツカサくん」
気がつくと、レイは彼の腕に手を絡めてた。
「[surprised]え、火野さん……?」
ツカサが小さく息を呑む。
腕越しに、彼の鼓動が伝わってくる。
(あったかい……もっと触りたい……)
「[whispers]手、握って」
自分の声じゃないみたいな、甘えた声が漏れた。
ツカサは一瞬、固まったけど、すぐに優しく指を絡めてくれた。
「[gentle]……わかりました。じゃあ、行きましょう」
展望台のベンチは、満天の星空を独り占めできる特等席だった。
都心から離れてるから、光害がほとんどない。空には無数の星が散りばめられて、天の川もぼんやり見えた。
「[excited]見てください、あれが夏の大三角です。あの一番明るいのが、こと座のベガで——」
ツカサの解説が始まった。
でも。
レイの耳には、ほとんど何も入ってこなかった。
ただ、声の振動だけが腕越しに伝わってくる。彼の肩の温もり。星座を指さす指先。時々こっちを向いて笑う、その口元。
(もう、無理)
「——あの星が、はくちょう座のデネブで、三つを結ぶと——」
「ツカサくん」
ツカサの言葉を遮って、レイは彼の肩を引き寄せた。
「え——」
唇を重ねた。
柔らかい、温かい。
ツカサがしばらく固まった後、ゆっくりと背中に手を回してくる。
(ああ、これ。私、ずっとこうしたかったんだ)
エロースの能力のせいだってわかってる。でも、もう止められない。
唇を離した時、ツカサの銀色の目が、少し潤んでこっちを見てた。
「[crying]もっと……触れてほしい……お願い……」
声が震える。
「[gentle]レイさん……」
ツカサが、そっと背中を撫でてくれた。
その手の温かさで、何かが決壊した。
もう一度、キスをする。今度はさっきよりずっと深く。
薄いトレーナー越しに、お互いの心臓の音が響いてくる。ドクドクと早くて、どっちの鼓動かわからないくらい。
(違う、これ、私じゃない——)
頭の隅で、冷静な自分の声が聞こえた。
今すぐ離れなきゃ。
でも。
「[whispers]ん……」
ツカサの手が髪を撫でた瞬間、その声は甘い渦に呑み込まれた。
ベンチの上で、二人は何度も口づけを繰り返した。
星空の下、人目も気にせず。
ツカサの首に腕を回し、彼の背中に爪を立てそうになるのを必死で抑える。
「[whispers]はぁ……っ」
息継ぎのたびに漏れる声が、自分でも恥ずかしいくらい甘ったるくて。
でも、止められない。
もっと欲しい。もっと彼の温もりが欲しい。
遠くの木陰。
エロースのシルエットが、うっすらと浮かび上がってた。薄紫色の長髪が夜風に揺れる。オッドアイが、獲物を見つめる猫みたいに細められて。
「[laughing]美味い……実に美味いぞ、そのコイノオド」
黒い唇の端を歪めて、彼は呟いた。
「[cold]デート当日はまだ序の口だ。次はもっと深いところまで——」
その姿は、すうっと夜の闇に溶けて消えた。
深夜、火川神社。
レイは境内の手水舎で、桶に張った御神水に手を浸してた。
ざばっ。
顔を洗う。冷たい水が火照った肌にしみる。
(何度も、何度も)
ざばっ。
「[crying]戦士なのに……巫女なのに……敵の力に負けて、自分からキスして……」
ざばっ。
もう何度洗ったかわからない。
でも。
「[crying]消えない……」
ツカサの体温が。鼓動が。唇の感触が。
胸の奥に、しっかりと灼きついてて。
御神水でも洗い流せない。
レイは石畳に膝をついて、声を押し殺して泣いた。
神木が、風もないのにざわりと揺れた気がした。
翌朝。
ほとんど眠れないまま迎えた朝日が、障子越しに部屋を白く染める。
スマホが震えた。
『昨日は……俺も、悪くなかったと思っています』
ツカサからのメッセージ。
「[crying]ばか……」
レイは泣き笑いの顔で、スマホを胸に抱きしめた。
嬉しい。
でも、怖い。
この気持ちがどこまで本当の自分で、どこからがエロースのせいなのか。
(私、これからどうすればいいの)
恋人として向き合うべきなのか。
それとも、これ以上傷つけないように、距離を置くべきなのか。
耳の奥で、エロースの声が蘇る。
『デート当日はまだ序の口だよ』
レイはスマホを握りしめたまま、布団に突っ伏した。
戦士としての責務。
女としての渇望。
二つの間で、心は今にも張り裂けそうだった。
窓の外では、夏の蝉がじわじわと鳴き始めている。