セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜
大学生の火野レイは、セーラーマーズとして悪と戦う日々。神社で巫女のバイトをしながら、いつもは気が強くて、男に言い寄られてもピシャリと跳ねのける。でも、最近レイの頭の中は、大学の同級生でおとなしい天文マニアのツカサくんでいっぱいだった。
ある日、レイはツカサとふたりきりで星空を見に行く約束をする。嬉しさでドキドキが止まらないレイの前に、新しい敵エロースが現れる。エロースは人間の隠れた恋心や性欲を暴きだし、理性をふき飛ばす力を持っていた。その力はセーラー戦士にも効いてしまい、レイの心とカラダはツカサへの想いを爆発させてしまう。
ツカサくん、触って……もっと……私、もう限界なの
いつもは絶対に言わない甘い言葉と、自分から重ねるくちびる。戦いのあと、こっそり秘密の逢瀬を重ねるレイ。でも、彼女の独占欲はどんどんエスカレートしていく。ツカサが他の女の子と話しただけで、めちゃくちゃ嫉妬して、エロースの力に飲みこまれそうになる。そのたびに、ツカサは優しく抱きしめて、レイを正気にもどす。
バカ、離れちゃダメだって言っただろ……お前は俺が守る
戦いと恋がぐちゃぐちゃにまざりあい、ヒートアップする
セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜 - 嫉妬の炎は罠の匂い――鎖に繋がれた巫女と人質の星
星の丘で唇を重ねてから、一週間と少しが過ぎた。
火川神社の境内には夏の日差しが容赦なく降り注ぎ、蝉の声が朝から頭にこびりつく。レイは社務所の片隅で、机に向かって魂が抜けたみたいにスマホを見つめていた。画面にはツカサとのメッセージのやりとり。
『今日の夕焼け、オレンジと紫が混ざって火星みたいでした。レイさんに見せたかったです』
「[whispers]……ばか」
胸がぎゅうっと締まる。嬉しいのに苦しい。
ツカサの返信が、もう二時間もなかった。既読はついてるのに。
(誰といるんだろ。女子? サークルの後輩?)
頭のどこかで警鐘が鳴る。エロースの力のせいだってわかってる。でも、指が勝手に動いて、メッセージアプリを開いては閉じる。
「[angry]ああもう!」
机の上にあったオフダの束を掴んで、ぎゅっと握りしめた。くしゃくしゃになる。
「[scared]また、始まってる」
あの夜、星の丘でエロースに言われた言葉が耳に蘇る。
『次はもっと深いところまで』
ただの脅しじゃなかった。今もじわじわと、あたしの心が侵食されてる。
「レイ、また廊下をうろうろしとるぞ」
背後から声がして、飛び上がった。
振り返ると、白髪交じりの頭に神主の烏帽子をのせた祖父・火野カズオが、呆れた顔で立ってる。皺だらけの手に持った扇子で、ぱたぱたと自分の顔を扇いでた。
「[angry]な、なんでもない! 寝ぼけてただけ!」
「三時間も前に起きとるくせに、よく言うわい」
カズオは深いため息をついた。
「のぼせてるなら御神水でもかぶれ。どうせあの星好きの小僧のことじゃろ」
「[angry]ち、ちがっ……!」
顔が一気に熱くなった。カズオは何もかもお見通しみたいに、にやりと笑う。
「わしは祈祷の準備がある。騒ぐなら裏山でやれ」
ぱたぱたと扇子を揺らしながら、カズオは本殿の方へ去っていった。
レイは真っ赤な顔で机に突っ伏した。
「[crying]もう、やだ……」
昼下がり。東都大学のカフェテリア。
トレーを持ったレイは、入り口で立ち止まった。
ざわめく広い空間。カレーの匂いと若者の話し声が混ざった、いつもの昼休みの空気。
(どこにいるの、ツカサくん)
目をこらす。
――見つけた。
窓際のテーブル。淡い水色の髪が、陽の光を浴びてふわりと揺れてる。
その隣に、知らない女がいた。
肩までの茶色い髪。天文学サークルの新入りだという、一回生の橋本。レイより背が低くて、小動物みたいな目をした、かわいい系の女子。
「[excited]先輩、ここもわからなくて~」
橋本がノートを広げながら、ツカサの腕に手を置いた。
――その瞬間。
ぶちっ。
頭の中で、何かが切れた。
「[cold]……なにしてんの」
気がつくと、レイは二人のテーブルの前に立ってた。
トレーがガタンと大きな音を立てて、隣のテーブルにぶつかる。隣に座ってた男子学生のうどんがひっくり返り、スープが机にぶちまけられた。
「うわっ!」
「[surprised]火野さん……?」
ツカサが目を丸くする。
橋本が不思議そうにレイを見上げた。その手が、まだツカサの腕に触れてる。
「[angry]その手、どけなさいよ」
「え……?」
次の瞬間、レイは橋本の肩を掴んで力任せに引き離した。
「きゃっ!」
椅子が後ろに倒れ、橋本が尻餅をつく。
「[angry]あたしのツカサに近づくなっ!」
カフェテリア中の視線が、一斉にレイに集まった。
シン、と静まり返る。誰かが息を呑む音だけが聞こえて、すぐにまたざわざわとヒソヒソ声が広がった。
「やばくない?」「火野レイでしょ、あれ」「彼氏いたんだ」「あの子、泣きそう」
レイは叫んだ直後に、自分のしたことに気づいた。両手がわなわなと震える。
(なにやってんのよ、あたし。公衆の面前で……)
「[scared]……あ」
「レイさん」
ツカサが静かに立ち上がり、レイの前に来た。
銀色の目が、まっすぐにレイを見つめてる。怒っても呆れてもいない。ただ、心配そうな、優しい目。
「[gentle]大丈夫だよ」
そのまま両腕を伸ばして、そっとレイを包み込んだ。
ツカサの胸に顔を押し当てる形になって、トクトクと心臓の音が聞こえる。温かい。
「[whispers]ごめん、ごめんなさい……」
「[gentle]うん。でも、ありがとう」
耳元で囁かれて、レイの肩から力が抜けた。
周囲の視線が痛かったけど、ツカサの腕の中だけは安全地帯だった。
――その頃、カフェテリアの片隅の暗がりで。
薄紫色の長髪が、空調の風でふわりと揺れた。
エロースは白い歯を見せて笑う。
「[laughing]美味かったよ、その嫉妬。最高のコイノオドの前菜じゃ」
右が深紅、左が金色のオッドアイが、愉悦に歪む。
「[cold]そろそろ本番といこうか。タナトスよ」
背後で闇が揺れ、黒い外套をまとった長身の影が現れた。
――放課後。
人通りの少ない中央図書館の裏手。高い塀に囲まれて湿った空気が澱んだ、人目につかない場所。
レイはツカサの手を握ったまま俯いてた。
「[whispers]さっきは、ごめん」
「[gentle]もういいのに」
「[angry]よくない! あたし、あんたの……彼女なのに、みっともないことして」
ツカサは小さく笑った。
「[gentle]彼女って言ってくれたの、嬉しかった」
「[surprised]……は?」
顔を上げると、ツカサが照れたように鼻の頭を掻いてる。
「[embarrassed]あの、公認? みたいな」
「[angry]ば、ばか! あれは……その……」
レイが反論しようとしたその時、ツカサのスマホが震えた。
「ん?」
画面を開いたツカサの顔色が、さっと青ざめる。
「どうしたの」
「[scared]……いや、なんでも」
ツカサが慌てて画面を閉じた。
「見せなさい」
「だ、大丈夫です」
「[angry]見せろってば!」
レイが手を伸ばした瞬間、ツカサが一歩引いた。
「[serious]……先に帰っててください。急用ができたので」
ツカサの声が、少し震えてる。
「ちょっと、ツカサくん!」
でもツカサはもう駆け出してて、図書館の建物の影に消えた。
レイのスマホが震える。
『先に帰っていてください』
「[scared]なによ、これ……」
ざわり、と背中を嫌な汗が伝った。
ツカサのスマホに届いていたメッセージ。差出人は不明。
『星の丘展望台に一人で来い。来なければ火野レイのセーラーマーズとしての正体を大学中に晒す。これはお前と俺の問題だ。彼女を巻き込むな』
ツカサはバスに飛び乗りながら、唇を噛み締めた。
(レイさんの正体がバレたら、戦えなくなるかもしれない。それだけは嫌だ)
一時間半後、星の丘展望台。
夕暮れが近づき、空が群青色に染まり始めた丘の上に人影はない。
「[breathless]……来ましたよ、約束通り」
ツカサが息を切らして展望台の中央に立つ。
「[cold]ご苦労だったな、少年」
背後から、地の底を這うような声がした。
振り返るより早く、ツカサの顔面に霧状の液体が吹きかけられる。甘ったるい匂い。
「かはっ……!」
視界がぐにゃりと歪んだ。足に力が入らない。
「[cold]霊力封じのガスだ。お前には効かぬが、巫女にはよく効く」
どさりと倒れ込むツカサ。
外套をまとった長身の男――タナトス。顔はフードの影に隠れて見えない。口元だけが、弧を描いて笑ってる。
「[cold]さて、これで餌は揃った。本命の獲物はお前ではなく、あの女だ」
男の手がツカサの髪を掴み、引きずって行く。
同時刻、大学を飛び出したレイは、ツカサのスマホのGPSを頼りにタクシーを飛ばしてた。
乗り込む寸前、目の前の空間が揺れた。
「[sarcastic]やあ、巫女さん。慌ててどこへ?」
薄紫色の長髪。オッドアイ。黒い紋様が浮かぶ口元。
「[angry]あんたの仕業ね!」
「[laughing]正解。だがもう遅い」
エロースの手に、一枚の紙切れが現れる。
「[cold]磯崎は今、拙者の幹部タナトスの手の中にある。会いたければ、ここへ来るがいい」
紙には地図。麻布十番からさらに北、工業地帯の外れにある廃工場の場所。
「[angry]ツカサくんに何かしたら、絶対に許さないからな!」
レイはその場で変身した。
白い光が渦巻き、巫女服が消えて紅蓮の戦闘服が現れる。セーラーマーズ。
炎を背負って、廃工場へ駆けた。
――廃工場。
錆びた鉄骨が剥き出しの、天井の高い空間。割れた窓から夕陽が差し込んで、埃をオレンジ色に染めてた。
「ツカサくん!」
工場の奥。
鉄パイプに縛り付けられたツカサが、ぐったりと意識を失ってる。
「[angry]よくも……!」
「マーズ・スナイパー!」
右手をかざして放つ。
――が。
指先から、何も出ない。
「え……?」
もう一度。
「マーズ・スナイパー!」
不発。
自分の体の中から、霊力がすうっと抜けていく感覚。底の抜けたバケツみたいに、力がどこかへ流れ出てる。
「[scared]なんで……炎が……!」
「[cold]この工場全体に、霊力封じの結界を張ってある」
薄暗がりから、黒外套の男が現れた。
「俺はエロース様の幹部、タナトス。お前の霊力は今、完全に封じられている」
男が指を鳴らす。
カチン。
レイの足元の地面から、鎖が飛び出した。
ぎりり。
右足首に絡みつく。
「[angry]なにを……!」
もがく間もなく、両手首にも冷たい金属の感触。
「[cold]動くな」
ぐい、と鎖が引かれ、レイはその場に膝をついた。
ざあっ、と変身が強制解除される。セーラーマーズの戦闘服が光の粒になって消え、巫女姿に戻った。
「[scared]しまっ……!」
「[cold]最も強いコイノオドは、純潔を奪われる瞬間の絶望と快楽だ」
男がレイの顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。フードの奥から、昏い目が覗いてた。
「[cold]彼を生かしたければ、大人しく俺のものになれ。拒めば――」
男がツカサの方へ顎をしゃくった。
気を失ったツカサの首に、細いワイヤーが巻かれている。
「[scared]ツカサくん……!」
「[cold]選択肢は二つだ。お前が身を差し出すか、彼が死ぬか」
レイは唇を噛みしめた。
(戦えない。霊力もない。オフダも意味をなさない)
膝が震える。
「[whispers]……約束して。あたしが言うことを聞いたら、ツカサくんを解放するって」
「[cold]無論だ。俺が欲しいのはお前のコイノオドだけだ」
男の指がレイの頬をなぞる。蛇みたいに冷たい指先。
「[crying]……わかった」
その時、ツカサの瞼がかすかに震えた。
「[whispers]……レイ、さん……」
息を吐くような声。
彼の指が、地面をかすかに動く。
タナトスはまだ気づいてない。
「[cold]では、始めようか」
男の手が、レイの巫女服の襟元に伸びる。
レイは目を閉じた。
お願い。誰か。
ツカサくんを、助けて。
霊力ゼロ。足は鎖。大切な人は目の前で人質。
漆黒の絶望が、三人を包み込んだ。