セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜
大学生の火野レイは、セーラーマーズとして悪と戦う日々。神社で巫女のバイトをしながら、いつもは気が強くて、男に言い寄られてもピシャリと跳ねのける。でも、最近レイの頭の中は、大学の同級生でおとなしい天文マニアのツカサくんでいっぱいだった。
ある日、レイはツカサとふたりきりで星空を見に行く約束をする。嬉しさでドキドキが止まらないレイの前に、新しい敵エロースが現れる。エロースは人間の隠れた恋心や性欲を暴きだし、理性をふき飛ばす力を持っていた。その力はセーラー戦士にも効いてしまい、レイの心とカラダはツカサへの想いを爆発させてしまう。
ツカサくん、触って……もっと……私、もう限界なの
いつもは絶対に言わない甘い言葉と、自分から重ねるくちびる。戦いのあと、こっそり秘密の逢瀬を重ねるレイ。でも、彼女の独占欲はどんどんエスカレートしていく。ツカサが他の女の子と話しただけで、めちゃくちゃ嫉妬して、エロースの力に飲みこまれそうになる。そのたびに、ツカサは優しく抱きしめて、レイを正気にもどす。
バカ、離れちゃダメだって言っただろ……お前は俺が守る
戦いと恋がぐちゃぐちゃにまざりあい、ヒートアップする
セーラースターダスト・ルナティックラプソディ 〜火星の熱き吐息〜 - 星影に揺れる巫女の純情――悪魔の囁きと溢れる想い
あの瘴気の事件から四日。街は静かだった。まるで何もなかったみたいに、人々はいつもの顔で通学路を歩いている。でも、レイの胸の奥だけは、ずっとざわついてた。
東都大学の中央図書館は、古い書物と空調の冷気が混ざった匂いで満ちてる。天井まで届く書架の迷路。午後の光が窓から差し込んで、埃の粒をキラキラさせてた。
閲覧室の一番奥、天文学のコーナー。
ツカサは机の上に星図を広げ、目を輝かせてる。淡い水色の髪が、蛍光灯の下でふわりと揺れて、いつもより柔らかく見えた。
「[excited]ここです、ここ! この時期の夏の大三角は、空気が澄んでれば本当に綺麗で。ベガ、アルタイル、デネブ。三つの一等星がこんな風に三角形を作ってるんです」
ツカサの指が星図の上を踊る。
いつもはぼそぼそしてるのに、星の話になるとまるで別人だ。銀色の目がキラキラしてて、声も一段と高くなる。
「[gentle]で、ここが木星の通り道。この時間帯なら、多分こんな角度で見えるはずで……」
「へえ……」
レイは相槌を打ちながら、星図じゃなくてツカサの横顔を見てた。
(なんでこいつ、星の話だけでこんなに楽しそうなわけ……)
眉間の皺が、いつの間にか消えてる。自分でも気づかないくらい、口元がゆるんでた。
「それでそれで、この写真見てください。先週、天文サークルの望遠鏡で撮ったんですけど」
ツカサが取り出した天体写真集を、レイも覗き込んだ。
二人の顔が、近づく。
──指が、触れた。
本のページをめくろうとしたツカサの手と、覗き込もうとしたレイの手が、偶然重なったんだ。
ツカサの指は、思ったより温かかった。
心臓が、ドクンと跳ねる。
「[angry]な、なにすんのよ!」
反射的に叫んで、手を引っ込めようとした。顔が熱い。きっと真っ赤になってる。
でも。
「[gentle]あ、すみません……でも、冷たいですね、手」
ツカサは小さく呟いて、そっと握り返してきた。
レイの指先は、本当に冷たくなってて。逆にツカサの手は、びっくりするほど温かくて。
「な、なに言って……」
「[gentle]火野さん、いつも頑張りすぎてるから。ちゃんと休めてますか?」
ツカサの銀色の目が、心配そうにレイを見つめる。その視線に、毒気を抜かれた。
(あんたね……そういうとこだよ、ばか)
手を引けなくなる。
引きたくなくなる。
図書館の静けさが、二人だけを包み込む。
カウンターの司書が、ちらりとこちらを見て微笑んだ気がした。
「[whispers]……ばか」
レイは俯いて、もう一度呟いた。声が震えてる。恥ずかしいのに、嫌じゃない。むしろ、もっとこうしていたい。
時間が、止まればいいのに。
そんなことを、生まれて初めて思った。
夕暮れ。図書館を出たレイは、火川神社への参道を歩いてた。
石畳の両側に、背の高い杉が並んでる。昼間でも薄暗いこの道は、夕方になると一層影が濃くなる。空気がしんとして、街の喧騒が嘘みたいに遠くなるんだ。
(さっきは、やばかった……)
ツカサの手の感触が、まだ指に残ってる。思い出すたびに、胸の奥がぎゅうっとなる。
──ざわり。
風もないのに、杉の葉が揺れた。
背中に、嫌な予感が走る。
「[sarcastic]やあ、純情な巫女さん」
声がした。
目の前に、男が立ってる。
いつの間に。
薄紫色の長髪を後ろで緩く束ねて、右が深紅、左が金色のオッドアイ。唇と指先に、黒い紋様が走ってる。中性的な美貌の青年。でも、その周りだけ空気が歪んで見えた。まるで、蜃気楼みたいに。
「[cold]誰よ。ここは神域よ。一般人が入っていい場所じゃない」
レイは即座に身構えた。右手が、無意識にオフダを探る。
「[laughing]拙者は一般人ではないよ。君の心の中を覗かせてもらったが……実に美味そうなコイノオドの香りがするじゃないか」
「コイノ……オド?」
「[cold]純粋な恋心が熟して、欲望に変わろうとする瞬間に生まれるエネルギーさ。戦士でありながら、こんなに甘く香らせるとはな」
男の声は、耳元で囁かれてるみたいに近かった。
レイはオフダを取り出した。
「[angry]カゲノセカイの住人ね! あんたが、街の人を狂わせてたのか!」
「[sarcastic]せっかちだな、戦士」
男が指を鳴らす。
パチン。
空気が凍った。
「[whispers]磯崎ツカサ……いい男だね。でも君は彼に触れたくて、抱きしめてほしくて、夜も眠れないんだろう?」
言葉が、ナイフみたいに心を刺す。
「な、なにを……」
「[whispers]今さっきも、手を握られて嬉しかった。もっと触ってほしいって、心の奥で思ってた。違うか?」
違わない。
全部、図星だ。
(なんで、あんたがそれを……)
「[cold]さあ、抑え込んでいた本当の気持ち、解放してみせてよ」
瞬間。
レイの全身を、甘い痺れが走り抜けた。
電流みたいな熱が、指先から頭のてっぺんまで駆け上がる。額から汗が噴き出した。膝が、がくがくと震える。
「あ……っ」
立ってられない。石畳に、崩れ落ちた。
頭の中が、ツカサで埋め尽くされる。
ツカサの顔。ツカサの声。ツカサの指の感触。図書館で触れた時の、あの温かさ。
「[whispers]ツカサくん……会いたい……触りたい……」
自分のものじゃないみたいな甘い声が、口から漏れる。
巫女服の胸元を、自分で掻き抱いた。制服の下から巫女服に着替える前のブラウスが汗で張り付いてる。熱い。体の芯が、火照って仕方ない。
「[angry]やめ……て……あたしは、セーラーマーズ……なんだから……」
オフダを取り出そうとする。
でも、指が震えて力が入らない。札が、はらりと地面に落ちた。
「[laughing]いいね、その表情。そのコイノオドの香りが更に濃くなる」
エロースが、愉悦に浸った笑みを浮かべてレイを見下ろす。
「[cold]抵抗するな。これは君自身の欲望だ。拙者が増幅しただけに過ぎない」
その言葉が、二重に胸を刺す。
(私の……欲望……)
違うと言いたいのに、言えない。
だって、図書館でツカサに触れられて、本当はもっと触ってほしかった。抱きしめてほしかった。
それを、この男に見透かされてる。
「[crying]やめ……て……」
涙が、ぼろぼろとこぼれた。
エロースがしゃがみ込み、レイの顎に手を当てる。
強制的に、目を合わせさせられた。オッドアイが、すぐ目の前で妖しく光る。
「[whispers]デート、楽しみだね。星の丘で、満天の星空の下で、君の理性が完全に吹き飛んだ時、どんなに美味いコイノオドが収穫できるか想像するだけで興奮するよ」
男の指が、レイの涙を拭った。
「[cold]それまで、せいぜい苦しむがいい。恋に溺れる巫女の姿、実に美しい」
最後の言葉と共に、エロースの体が黒い靄になった。
すうっと空気に溶けるように、姿が消える。
あとに残ったのは、石畳に座り込んだレイだけ。
「[crying]う……ああ……」
涙が止まらない。
ツカサを求める体の疼きが、まだ続いてる。太ももの奥が、じんじんと熱い。頭の奥が、砂糖を溶かしたみたいにグチャグチャで。
(戦士なのに……敵の前で、無力だった……)
屈辱と、自己嫌悪と、それから──どうしようもない渇望。
全部が混ざって、レイは参道の真ん中で声を押し殺して泣き続けた。
どれだけそうしていたか。
空が、すっかり暗くなってた。
なんとか這うようにして神社の境内に入り、手水舎の御神水を柄杓で掬う。
ざばっ。
頭からかぶった。
冷たい水が髪を伝い、巫女服がびしょ濡れになる。
(お願い……静まって……)
でも、違う。
全然静まらない。
体の奥の熱は、むしろ水の冷たさに刺激されて、もっとひどくなった気がする。
「[crying]もうだめ……ツカサくんに会いたい……お願い、私を抱きしめて……」
社務所の片隅で、誰に言うでもなく呟いてた。
自分が自分じゃなくなるみたいだ。
深夜。
レイの部屋。布団にくるまって、膝を抱えて震えてる。
スマホの画面が、暗闇に白く浮かんでた。
ツカサとのメッセージ履歴。
『星の丘、調べてみたらすごく良さそうな場所ですね。楽しみにしてます』
その文字を見てるだけで、指が震える。
会いたい。声が聞きたい。触りたい。
レイは、メッセージを打ち始めた。
『今から会えない?』
送信ボタンに指をかける。
(だめだ!)
慌てて消した。
(今会ったら、絶対おかしくなる……)
また書く。
『ちょっと話したいことが』
(違う、話じゃない、違う……)
また消す。
書いては消し、書いては消し、を何度繰り返したかわからない。
気がつくと、玄関に立ってた。
無意識に外に出ようとしてたんだ。
ツカサのアパートに向かおうとしてた。
「なにやってんのよ、あたし……」
慌てて廊下を戻る。
祖父の部屋の前を通りかかって、立ち止まった。カズオ宮司の寝息が聞こえる。この人にまで迷惑かけるわけにはいかない。
(私は……セーラーマーズなのに……こんな、みっともない……)
唇を噛み締めた。
血の味がした。
自分の部屋に戻って、布団に潜り込む。
朝が来るのが怖い。
ツカサと会う約束の時間が、刻一刻と迫ってる。
このまま会ったら、私、絶対におかしくなる。喰らいつくように抱きついて、離せなくなる。敵の思うツボだ。
でも。
「[crying]会いたい……」
布団の中で丸まって、声を押し殺して泣いた。
一睡もできないまま、窓の外が白み始める。
レイは震える手で、デート用の私服を取り出した。白いブラウスと、薄いピンクのスカート。ツカサが「似合いそうですね」って言ってくれた服。
「[whispers]どうすればいいのよ、ばか……」
戦士としての責務と、女としての渇望。
二つの間で、レイの心は今にも張り裂けそうだった。
初夏の朝日が、窓から容赦なく差し込んでくる。
デートの日が、始まる。