ユニークスキル、パペットマスター(木人)の可能性を信じて
ロックは、木人形を一体だけ動かせるだけの外れスキル「パペットマスター」を持つDランク冒険者。周囲から嘲笑され、日々は薬草採取で細々と食いつなぐ孤独なものだった。しかし、酒場で出会った中年の薬草師バルドを助けたことから、その日々が少しずつ動き始める。
バルドのおかげで安定した収入を得られるようになり、木人形との連携も日増しに上達していくロック。そんな彼を、エルフの土魔術師リリア・ファロンディールが、魔の森の三ヶ月に及ぶ調査任務に誘う。彼女が操る二体の強力なゴーレムに圧倒されながらも、ロックは人形と共に戦う自分だけのスタイルに、確かな手応えを感じ始めていた。
突如、キラーアントの巣に足を踏み入れ、クイーンアントと対峙する危機が訪れる。絶体絶命の窮地の中、ロックとリリアは共闘し、辛くもこれを討伐。リリアは礼として、ロックにクイーンの魔石を託し、人形への融合方法を伝授する。すると人形は、味方を強化し敵を弱体化させる新たな支援能力「リンクフィールド」を覚醒させるのだった。
それは、決して無能なスキルなんかじゃない。誰にも真似できない、自分だけの力。ロックは初めて、心からの自己肯定を得る。支
ユニークスキル、パペットマスター(木人)の可能性を信じて - ありがとう、それだけで十分だ
迷宮から戻る道すがら、ロックは何度も木人の腕に刺さった毒矢の跡を見た。木の表面が腐食して、ぼろぼろと崩れかけている。レオンの木人も同じだ。ぼろぼろになって、それでも倒れずについてきてくれた二体の木人形。
王都グランセルタの街並みが、夕日に染まっていた。セルタ川の向こうに、王城の白い塔が影を落としている。市場からは、今日最後の客を呼び込む商人たちの声が聞こえた。
「先輩」
レオンが、ぎゅっと自分の木人を抱え直した。緑がかった茶色の目が、じっとロックを見ている。
「ギルドに戻ったら……みんな、どんな顔をするんでしょう」
ロックは肩をすくめた。
「さあな。まあ、なるようになるだろ」
冒険者協会カルディナの王都本部——その大きな石造りの建物が、通りの向こうに見えてきた。入口の上にかかる看板には、剣と杖が交差したカルディナの紋章が刻まれている。
扉を押し開けると、中はいつもより少しだけ混んでいた。夕方の依頼報告の時間だ。たくさんの冒険者たちが、報酬を受け取ったり、次の依頼を物色したりしている。
「……あれ」
ロックが窓口に向かおうとした時——掲示板の近くに立っていた男が、ぴたりと動きを止めた。
四十がらみの、痩せた体格の斥候だった。腰には無数の小刀と、罠解除用のピックがぶら下がっている。彼の目が、ロックの木人に刺さった毒矢の跡に釘付けになった。
「おい、その傷」
斥候が一歩近づく。周囲の冒険者たちが、何事かと振り返った。
「それ、迷宮下層の毒矢だろ。罠解除の依頼に行ったのか?」
ロックは足を止めた。レオンが背後で、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「ええ、まあ」
斥候は、ロックの顔と木人を交互に見比べた。それから、掲示板の依頼完遂の記録が貼られた場所に目をやる。
「まじかよ……」
斥候の声が、広間に響いた。
「あの下層を、この二人で通ったのか!? 罠感知スキルの斥候が三人、病院送りになった迷宮をだぞ!!」
ざわり。
掲示板の前に、人だかりができ始めた。
「おい、あれって例の木人使いじゃないか」
「スケルトン討伐で干されたって聞いたが」
「あのぼろぼろの木人で……本当に罠を解除したってのか?」
ひそひそ声が、波のように広がっていく。
ロックは、何も言わなかった。派手な啖呵も切らない。ただ、依頼票を握りしめて、窓口に向かって歩き出した。
人だかりが、自然に道を開ける。
その中に——見覚えのある顔があった。
マッシュだ。大剣を背負ったC級の冒険者。数日前、広場でロックとレオンを嘲笑った男。
マッシュは、腕を組んだまま、掲示板に貼られた依頼完遂の記録をじっと見つめていた。そのとなりには、いつもの仲間が二人。
「マッシュの兄貴……これ」
「黙れ」
マッシュは、仲間の言葉を遮った。それきり、口を開かない。ただ、掲示板の文字をなぞるように視線を動かしている。
「木人だけで……あの下層をか」
そのつぶやきが、ロックの耳に届いた。
(ああ、そうだよ)
胸の奥で、小さな声がする。
(木人だけで、やってきたんだ)
ロックは、マッシュから視線を外した。どっと疲れが押し寄せてくる。迷宮での緊張。毒矢をかわす瞬間の冷や汗。レオンの木人が落とし穴に落ちかけた時の恐怖。
全部、終わったんだ。
窓口の向こうには、ガネッタ・ホルンが座っている。五十二歳、赤毛と白髪の混ざった短い髪。金茶色の鋭い目が、ロックの姿をじっと見ていた。
「依頼完了の報告です」
ロックは、依頼票を差し出した。
ガネッタは、それを受け取る。細かい字で書かれた依頼内容と、完了を証明する封印石の欠片を確認した。
それから——顔を上げて、ロックの木人を見た。
「毒矢が三本。落とし穴の擦過傷。天井崩落の石粉——ベテランの斥候でも、こんなになったのは初めてだよ」
彼女はそう言って、それから——ふと、レオンの木人に目を留めた。
「……おい、待ちな」
ガネッタが指さした先——レオンの木人の肩に、まだ一本の毒矢が刺さったままだった。緑色の毒液が、じわりと滲んでいる。
「え……」
レオンが、慌てて木人を見る。
「これ、まだ抜いてないじゃないか。それ抜いてから出直してきな」
ロックは、思わず吹き出しそうになった。
「レオン、お前……」
「す、すみません!! 途中で抜いたはずなのに、なんで——」
レオンは耳まで真っ赤にして、木人から毒矢を抜こうとする。でも、腐食して刺さった矢はなかなか抜けなくて、がりがりと木がこすれる音がするだけだった。
人だかりから、くすくすと笑い声が漏れる。
「あいつら、本当に中層まで行ったんだな」
「毒矢が刺さったままってことは……罠に引っかかりながらも突破したってことだろ」
周囲の声が、少しずつ変わっていく。
ガネッタは、依頼受理の印——カルディナの紋章が入ったスタンプ——を、依頼票に押した。
ポン、と軽い音。
それから、彼女は報酬の金貨をカウンターに置いた。
「よくやった」
その声は、他の冒険者には聞こえないくらい、小さなものだった。
でも——その一言で、十分だった。
ロックの胸の真ん中が、じわりと温かくなる。掌をじんわりと広げていくような、静かな熱だった。
ロックは、金貨を受け取った。ずしりと重い。銀貨五十枚分——約三ヶ月分の収入だ。
「レオン、半分な」
「え……でも、先輩がほとんど罠を解除したのに」
「天井の罠はお前の木人が押さえてくれただろ。あれがなかったら死んでた」
ロックは手のひらで金貨を転がし、カウンターで銀貨に換えてもらう。半分をレオンの前に滑らせた。
レオンは、その銀貨を両手で受け取って、じっと見つめた。
「初めてです……依頼の報酬をもらったの」
「これからも、もらえるさ」
―――
その夜。
ロックは一人で、王都の下町にある小さな工房を訪れた。
扉には「ガルド工房」の木札がかかっている。こじんまりとした建物だが、煙突からは絶えず煙が上がり、中からは金属を叩く音が聞こえていた。
ギィ……
扉を開けると、むっとするような油と金属と木の匂いがした。
ガルドは、作業台で細工をしていた。無骨な大きな手で、繊細な金属部品を削っている。ロックが入ってきても、顔を上げない。
ロックは、黙って木人を作業台の脇に置いた。
毒矢の刺さった跡。関節のゆるみ。石粉でざらついた表面。
「補強してくれて、ありがとうございました」
ロックは、ぺこりと頭を下げた。
ガルドは、何も言わない。
沈黙が、工房を満たした。
炉の火が、パチパチと爆ぜる音。金属を冷やす水が、かすかに揺れる音。
しばらくして——ガルドは、無言で作業台の端を指さした。
そこには、新しいテッコウジュの木材が一本、置かれていた。
ロックは、それに手を伸ばした。
切り出したばかりの木材だ。表面はまだ荒削りで、さわるとほのかに湿り気がある。青い匂いが、つんと鼻をついた。カシに似た硬木特有の、生木の香りだ。
(新しい木材……)
木人の修理用か。それとも、新しい一体を作れということか。
ロックが木材を手に取って、じっと眺めた時——それに気づいた。
木材の根元近く。
見慣れない細かい紋様が、刻まれていた。
線と、曲線と、点。文字なのか、装飾なのか、それとも魔法の印なのか。自然の木目がつくる模様とは、明らかに違う。人の手で——あるいは、人の手ではない何かで——刻まれたものだ。
「ガルドさん、これ……なんですか?」
ロックが尋ねると、ガルドは一瞬だけ手を止めた。
でも——すぐに、また作業に戻る。
「……使え」
それだけ言って、ガルドは再び金属部品を削り始めた。炉の火が爆ぜて、小さな火花が散る。鉄の匂いが濃くなった。
ロックは、それ以上は聞けなかった。
「……ありがとうございます」
ロックは、木材を抱えて工房を出た。
夜風が、ほてった頬に冷たい。
(あの紋様——何なんだ?)
頭の隅で、疑問がぐるぐると回る。でも、答えは出なかった。
―――
翌朝。
ロックは、安宿「風見鶏」の前で、木人の修理をしていた。
壊れた関節をばらして、新しい部品に取り替える。毒矢で腐食した部分は、削り落としてパテで埋めた。ガルドがくれたテッコウジュの木材も、少しだけ切り出して、補強に使う。
朝の空気はまだひんやりしていた。通りでは、パン屋が店を開け、魚を売る行商人が声を張り上げている。焼きたてのパンの匂いと、川から吹く水の匂いが混ざる。宿の前に座り込んで作業をするロックの姿は、この街の日常にすっかり溶け込んでいた。
「先輩!!」
突然、声がして——レオンが、走ってきた。
肩で息を切らせて、ロックの前に立つ。
「はあ……はあ……」
「どうした、朝っぱらから」
ロックが顔を上げると、レオンは一度、深く息を吸った。
それから——まっすぐにロックを見た。
「お願いします!!」
びしり、と音がしそうなほど深く、頭を下げる。
「僕を——弟子にしてください!!」
朝の通りを行く人々が、何事かと振り返った。パン屋の女将が籠を抱えたまま足を止める。魚売りの男が、声をかけるのを忘れて口を開けている。
ロックは、しばらくぽかんとしていたが——すぐに、照れくさそうに後頭部をかいた。
「いや、弟子って……俺もまだD級だしな」
「それでもです!!」
レオンは、顔を上げた。
その目は、真剣だった。
「先輩について行きたいんです。先輩の戦い方を、もっと学びたい。昨日の迷宮で——僕、初めて思ったんです。これが、僕のやりたい冒険者だって」
ロックは、毒矢の刺さった跡を埋木しながら、少しだけ考える仕草をした。
(弟子、か)
ラステラで一人だった頃のことを思い出す。誰にも認められず、がっかりスキルと嘲笑われて——それでも、木人と一緒に歩いてきた。
今は、違う。
隣に、レオンがいる。
「……しょうがないな」
ロックは、手に持った木材と小刀を、レオンに差し出した。
「じゃあ、まず木人の腕の修理を手伝え。ここを——この角度で削ってくれ」
「はい!!」
レオンは、目を輝かせて小刀を受け取った。
そして——
ザリザリザリ。
「……あれ? なんか思ったより削れない……」
レオンが木材を削り始めたが、その角度が——明らかに間違っていた。木目に逆らって、無理やり小刀を当てている。木材の表面がボロボロになるだけだった。
「反対!! 反対だ!! 木目を見ろ、木目を!!」
「え!? どっちですか!?」
「それこっち向きじゃなくて、こっち!!」
二人が宿の前でわいわいやっていると——
「あんたたち、朝からうるさいよ」
パン屋の女将が、苦笑いしながら通り過ぎていった。
その向こう——通りの反対側で、ガネッタ・ホルンが歩いているのに気づいた。
彼女は、一瞬だけ立ち止まり、ロックとレオンの姿を見た。
肩を並べて、木人を修理する二人。
ガネッタの口元が——ほんの少しだけ、緩んだ。
「……やれやれ、騒がしい弟子だねえ」
彼女は何も言わずに、そのまま通りを歩き去った。朝日が、彼女の背中を照らしている。
―――
夜。
ロックは、酒場「赤キツネ亭」の隅の席に座っていた。
粗末な木のテーブルに、猪肉の黒ビール煮込みと、固いパン。フォークで肉をつつくと、ほろりと崩れた。名物のこの煮込みは、王都の店に劣らぬ味だった。
王都に来てから初めて——依頼の心配でも、噂の心配でもなく、ただ飯が美味いと思いながら食べていた。
フォークで肉を切り、口に運ぶ。黒ビールの苦味が、じんわりと舌に広がる。胃の底から、じわじわと温かくなっていく。
(美味い)
隣のテーブルでは、若い冒険者たちが大声で笑っている。酒場の親父が、カウンターでジョッキを磨く音。壁のランプが、ゆらゆらと灯る。
財布の中には、銀貨が二十五枚。レオンと半分にしたあとでも、まだ余裕がある。
木人は、足元の床に座らせてあった。毒矢の刺さった跡がまだ生々しいが、明日にはもっときれいに修理できるだろう。
ロックは、食事の途中で懐からガルドの木材を取り出した。
小さく切り出した一片。その表面に——あの紋様が、刻まれている。
(これ、何なんだろうな)
線と、曲線と、点。
文字なのか。装飾なのか。
それとも——ガルドの隠された技術の証か。
(ガルドさんが、何も言わなかったのは……わざとか?)
ガルドは、いつだって無言だった。でも、その無言には、いつも意味があった。
(まあ)
ロックは、木材をしまった。
(今夜は、考えなくていいか)
最後の一口を、口に放り込む。
猪肉の脂が、とろける。
(明日から、また依頼だ)
(レオンもいるしな)
(まあ、なるようになるだろ)
かつてより、少しだけ重みが増したその言葉を——ロックは心の中で転がした。
ラステラで一人だった頃の「まあいっか」とは、違う。
今は——隣にレオンがいる。ガネッタがいる。ガルドがいる。
大丈夫だ。
なんとかなる。
ロックは、席を立った。
木人を背負い直す。毒矢の痕も、石粉の傷も、そのままに——背中にずっしりと馴染む重さだった。
酒場の外に出ると、夜空に星が瞬いていた。
王都グランセルタの街並みは、まだ明かりがともっている。どこかの酒場から、酔っぱらった冒険者の歌が聞こえた。風が、セルタ川の水の匂いを運んでくる。
ロックは、宿への道を歩き出した。
懐の中の木材の紋様が——かすかに、熱を帯びているような気がした。
でも、それは気のせいかもしれない。
今はまだ——その意味を知る時ではないのだ。
ロックは、夜の街に溶けていった。石畳を踏む足音だけが、しばらく響いていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。