なまいきざかり。―靴紐の結び目―
完璧なマネージャー・由希の前に現れたのは、生意気な一年生・成瀬翔。先輩への報われない想いを胸に、部活も家事も一人で抱え込む由希に、成瀬は真っ直ぐに「好きっす」と告げる。「待たないっすからね」——そのまっすぐな言葉が、期待して裏切られることを怖れて生きてきた由希の仮面に、静かな亀裂を走らせる。冷たい態度で突き放しても、隣を走る自転車の音は消えない。靴紐の結び目のように、一度結んだ心は、そう簡単にはほどけない。不器用な二人の、すれ違いから始まるヒューマンドラマ。
なまいきざかり。―靴紐の結び目― - ずるい人 ―― 木戸先輩との決着と、公園の涙
十月の終わり、街はすっかり秋の色に染まっていた。駅前の銀杏並木が黄色く色づき、風が吹くたびに葉がひらひらと舞い落ちる。町田由希はその葉を踏みしめながら、待ち合わせ場所の喫茶店へと足を向けていた。
駅から続く商店街の角、小さな喫茶店「ポプラ」。木戸先輩が指定した店は、学生には少し場違いな、落ち着いた雰囲気の店だった。由希は店の前で一度足を止め、深呼吸をした。
(大丈夫。私なら、平気)
そう心の中で繰り返して、扉を押した。
カラン、と軽い音がして、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。店内は夕方の薄暗さに包まれていて、窓際の席に、木戸先輩が座っていた。
由希を見つけると、木戸は軽く手を上げた。
「こっち」
由希は小さく頷き、木戸の向かいの席に腰を下ろした。椅子の座面がひんやりと冷たい。
木戸先輩は、以前と変わらない穏やかな顔で由希を見ていた。少しだけ痩せたように見える。大学のバスケ部で忙しくしているのだろう。由希はそう思いながら、メニューを開いた。
「何にする? 奢るよ」
「いえ、自分の分は自分で払います」
由希はきっぱりと言った。
木戸は少し困ったように笑った。
「相変わらずだな、町田は」
その声は、昔と少しも変わっていなかった。由希の胸の奥が、ちくりと痛む。
注文を済ませ、飲み物が運ばれてくるまでの間、二人はしばらく黙っていた。窓の外では、風に舞う銀杏の葉が、街灯の光に照らされてきらきらと輝いている。
「……それで、話って何ですか」
由希は、自分から切り出した。
木戸は、カップを両手で包むようにして、少し俯いた。
「ああ……うん」
木戸は、言葉を探すように、しばらく黙っていた。
「橋野とは、別れたんだ。電話で言った通り」
「……はい」
由希は、静かに頷いた。
「それで、町田に話したいことがあって。……いや、話したいっていうか、けりをつけたかった、っていうのが正しいのかもしれない」
木戸の声は、どこか迷いを含んでいた。
「けり、ですか」
「うん」
木戸は、カップを置いて、由希の目をまっすぐに見た。
「町田は、俺のこと……その、好きでいてくれてたんだろ」
由希の心臓が、大きく跳ねた。
(知られてた)
(知られてたんだ)
由希は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。指先が、スカートの上で小さく震える。
「……いつから、知ってたんですか」
声が、かすれた。
「はっきりといつからってわけじゃないけど。……薄々、気づいてた。町田が俺を見る目が、他の部員に向けるのとは違ってたから」
木戸は、申し訳なさそうに言った。
「でも、俺はリナを選んだ。それは、後悔してない。してないけど……町田には、ちゃんと話しておくべきだったなって、ずっと思ってた」
木戸の声は、静かだった。
「今さら、こんなことを言うのは、ずるいってわかってる。でも、町田と話したかったんだ。俺の中で、ちゃんと終わらせたかった」
由希は、木戸の言葉を、ひとつひとつ、ゆっくりと飲み込んだ。
(ずるい)
(わかってるなら、なんで言うの)
(なんで、今さら)
一年半。由希が胸の奥に閉じ込めてきた想い。それを、木戸は最初から知っていた。知っていて、橋野リナを選んだ。
それは、仕方のないことだ。木戸が誰を好きになるかは、木戸の自由だ。由希が伝えなかったことも、由希の選択だ。
でも。
「……先輩の、そういうところ」
由希は、自分の声が震えるのを感じた。
「そういうところ、ずるいです」
由希の口から、初めて、本音がこぼれた。
一年半、ずっと言えなかった言葉。言うつもりもなかった言葉。それが、今、由希の唇から滑り落ちた。
木戸は、少し驚いたように目を見開いて、それから、深く頭を下げた。
「……ごめん」
その一言だけだった。
由希は、木戸の「ごめん」を聞いて、不思議と、怒りは湧かなかった。
ただ、胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような、そんな感覚があった。
(これで、終わり)
(これで、本当に終わりなんだ)
由希は、ゆっくりと立ち上がった。
「……ごちそうさまでした。先に帰ります」
「町田」
木戸が、由希を呼び止めた。
「送ってく。外、暗いし」
「結構です。一人で帰れます」
由希は、振り返らずに言った。
「それに、先輩に送ってもらったら、私、もっとずるくなってしまいそうだから」
由希は、そう言って、喫茶店を出た。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
外に出ると、夜の空気が、ひんやりと頬に触れた。銀杏の葉が、風に舞って、街灯の光の中を踊っている。
由希は、駅とは反対の方へ、歩き出した。
家に帰る道。でも、足が、なかなか前に進まなかった。
(終わった)
(やっと、終わったんだ)
そう思うのに、涙が、勝手に溢れてきた。
由希は、慌てて下を向いた。人通りは、まだある。誰かに見られたら、どうしよう。
(泣かないで)
(ここで泣いたら、ダメ)
由希は、唇を噛みしめて、涙をこらえようとした。
でも、ダメだった。
涙は、止めようとしても、止めようとしても、次から次へと溢れてきた。視界が、どんどんぼやけていく。
由希は、足を速めた。人目を避けて、裏通りへ入る。
(誰も、いない場所)
(誰にも、見られない場所)
由希は、走るようにして、近くの小さな公園に駆け込んだ。
誰もいない公園。ブランコと、滑り台と、小さなベンチが二つ。街灯が、白く冷たい光を投げかけている。
由希は、ベンチに座り込んだ。
周囲を見回して、誰もいないことを確認する。
誰も、いない。
それを確かめてから、由希は、初めて、声を出して泣いた。
「……う、あ……っ」
喉の奥から、押し殺していた声が漏れる。
一年半。
木戸先輩を好きになった、一年半。
伝えられなかった想い。
知っていて、何も言わなかった自分。
そして、今さら「話したかった」と、由希の前に現れた木戸のずるさ。
全部、全部が、由希の胸の中で、ぐちゃぐちゃになって、涙となって溢れ出した。
「……なんで、今さら……っ」
由希は、膝に顔を埋めて、声を押し殺して泣いた。
肩が、震える。
涙が、止まらない。
(私、こんなに、泣くんだ)
(私、こんなに、泣きたかったんだ)
由希は、自分でも驚くほど、涙が溢れてくるのを感じていた。
今まで、誰にも見せなかった涙。
家でも、学校でも、部活でも、由希はいつも、完璧な自分でいなければならなかった。
家では、弟妹の世話をして、家事をこなして。
学校では、完璧なマネージャーで。
誰にも、弱音を吐けなかった。
誰にも、泣き顔を見せられなかった。
だから、こんな風に、誰もいない公園で、声を出して泣くなんて、初めてだった。
(私は、ずっと、一人で)
(ずっと、一人で、泣いてた)
そのことが、余計に、由希の涙を誘った。
どれくらい、そうしていただろう。
涙が、少しだけ落ち着いてきた頃。
由希は、不意に、気配を感じた。
顔を上げる。
公園の入り口に、人影があった。
街灯の光を背にして、こちらを見ている。
由希は、心臓が、ぎゅっと縮むのを感じた。
(誰?)
(見られた?)
由希は、慌てて顔を背け、涙を拭った。
でも、涙は、まだ止まらない。
「……由希さん」
聞き覚えのある声。
由希は、恐る恐る、顔を上げた。
そこに立っていたのは、成瀬翔だった。
ジャージ姿で、肩で息をしている。走ってきたのだろうか。
「……なんで、あんたが」
由希は、震える声で言った。
「由希さんの帰り道、調べたっす。……先輩に会いに行ったなら、泣いてるんじゃないかと思って」
成瀬は、そう言って、由希の隣に、ゆっくりと腰を下ろした。
ベンチが、小さく軋む。
「見ないで」
由希は、顔を背けたまま言った。
「こんな顔、見ないで」
「見ないっすよ」
成瀬は、静かに言った。
「でも、一人で泣くのは、もうやめてほしいっす」
その言葉に、由希の胸が、また、きゅっと痛んだ。
「……あんたに、何がわかるの」
由希は、涙でぐしゃぐしゃの顔を、成瀬に向けた。
「あんたに、私の何がわかるのよ。私が、どれだけ、どれだけ……っ」
由希の声が、震える。
「わかんないっす」
成瀬は、由希の目を、まっすぐに見た。
「由希さんのこと、全部わかるなんて、言わない。でも」
成瀬の琥珀色の瞳が、街灯の光を受けて、真剣に輝いていた。
「由希さんが泣いてるとこ、オレは見たくないんすよ」
成瀬は、真顔で、そう言った。
由希は、成瀬の目を見て、言葉を失った。
いつも、生意気で、だるそうで、掴みどころのない後輩。
でも、今、由希の前にいる成瀬は、そんな仮面を、全部外していた。
ただ、由希のことを、心配している。
ただ、由希の涙を、止めたいと願っている。
その、真剣な目。
(この子は、本気で、私のことを)
由希は、初めて、成瀬の気持ちの重さに、真正面から向き合った。
(見ていてほしい)
(誰かに、見ていてほしい)
由希は、心の奥底で、そう願っている自分に、初めて気づいた。
ずっと、一人で頑張ってきた。
ずっと、一人で泣いてきた。
でも、本当は。
(誰かに、私のことを、見ていてほしかった)
由希は、成瀬から目を逸らし、俯いた。
涙が、また、溢れてくる。
でも、さっきまでの、苦しくて、悲しくて、どうしようもない涙とは、少しだけ違う気がした。
成瀬は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、由希が泣き止むまで、ずっと、隣に座っていた。
夜風が、銀杏の葉を、二人の足元に運んでくる。
カサカサと、葉が擦れる音だけが、公園に響いていた。
どれくらい、時間が経っただろう。
由希の涙が、ようやく止まった。
由希は、ごしごしと目をこすり、顔を上げた。
「……もう、大丈夫」
声が、少し鼻声になっていた。
「大丈夫じゃないっすよ」
成瀬が、ぼそりと言った。
「目、真っ赤っすよ。鼻も。……まあ、それでも、由希さんは綺麗っすけど」
「……阿呆らしい」
由希は、そう言って、少しだけ笑った。
泣いた後の、ぐしゃぐしゃの顔で笑う由希を見て、成瀬も、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「オレ、由希さんのこと、待たないって言ったっすけど」
成瀬は、前を向いたまま、静かに言った。
「あれ、撤回するっす」
由希は、成瀬の横顔を見た。
「……なんで」
「由希さんが、先輩に、ちゃんとけりをつけるまで、オレもちゃんと待つっす。だから」
成瀬は、由希の方を見た。
「由希さんも、オレから、逃げないでほしいっす」
由希は、成瀬の目を見つめた。
逃げないでほしい。
その言葉が、由希の胸の奥に、深く、深く、沈んでいく。
由希は、何も言えなかった。
返事をしなかった。
でも、成瀬が差し出したハンカチを、由希は、黙って受け取った。
白い、清潔なハンカチ。
由希は、それを、ぎゅっと握りしめた。
「……送るっす」
成瀬は、立ち上がった。
「一人で帰れるわ」
「ダメっす。こんな時間に、泣き顔の女子高生を一人で帰らせたら、オレが寝られないっす」
成瀬は、有無を言わせない口調で言った。
由希は、ため息をついて、立ち上がった。
「……好きにしなさい」
「はいはい」
二人は、並んで、夜道を歩いた。
成瀬は、由希の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。
「……ありがとう」
由希は、小さな声で言った。
「え?」
「……別に。聞こえなかったなら、それでいいわ」
「聞こえたっす。もう一回言ってほしいっす」
「知らないわよ」
由希は、顔を背けた。
成瀬が、小さく笑った。
「由希さん、そういうとこ、ほんと可愛いっすね」
「……うるさい」
由希は、それ以上、何も言わなかった。
でも、心の中は、さっきまでとは、少しだけ違っていた。
(成瀬のくせに)
(生意気な、後輩のくせに)
由希は、握りしめたハンカチの感触を、指先で確かめた。
由希の家の前まで来ると、成瀬は、足を止めた。
「じゃあ、オレはここで」
「……うん」
「ハンカチ、洗って返すっす。絶対、返してほしいっす。オレの大事なハンカチなんで」
「……わかったわ」
「明日、部活で」
成瀬は、そう言って、由希に背を向けた。
「成瀬」
由希が呼ぶと、成瀬は、振り返った。
「……本当に、ありがとう」
由希は、今度は、はっきりと言った。
成瀬は、一瞬、驚いたような顔をして、それから、嬉しそうに笑った。
「どういたしましてっす」
成瀬は、手をひらひらと振って、夜の闇に消えていった。
由希は、玄関のドアを開け、中に入った。
ドアを閉めると、家の中は、静かだった。
弟妹たちは、もう寝ているのだろう。
由希は、玄関に立ち尽くしたまま、手の中のハンカチを、じっと見つめた。
白いハンカチ。
成瀬の、ハンカチ。
由希は、それを、胸に押し当てた。
(成瀬)
(あんた、ほんとに、どうして)
由希は、しばらくの間、玄関に立ち尽くしていた。
翌日。
由希は、朝から、少しだけ、心が落ち着かないまま学校へ向かった。
教室に着いても、成瀬のことを考えてしまう。
(ハンカチ、返さないと)
(お礼も、ちゃんとしないと)
由希は、昼休みに、体育館へ足を運んだ。
昼休みの体育館では、自主練をしている部員が何人かいる。成瀬も、その中にいた。
由希は、成瀬に近づこうとした。
「成瀬、ハンカチ——」
由希が声をかけようとした瞬間、成瀬は、由希に背を向けた。
「おい、次、シュート練習やるぞ」
成瀬は、他の部員に声をかけ、コートの反対側へ走っていった。
由希は、伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろした。
(避けられた?)
(気のせい?)
由希は、少しだけ、胸がざわつくのを感じた。
放課後。
部活が始まっても、成瀬は、由希と目を合わせようとしなかった。
由希が、水分補給の準備をしながら、成瀬の様子を窺う。
成瀬は、いつも以上に練習に没頭していた。
シュートを打ち、走り、声を出し、誰よりも激しく動いている。
でも、その目は、由希を捉えない。
(昨日の今日で、どうして)
(何か、したかしら)
由希は、心の中で、首を傾げた。
練習の合間、由希は、成瀬に声をかけようと試みた。
「成瀬、ちょっと」
「悪いっす、由希さん。今、練習中なんで」
成瀬は、由希を見ずに言った。
「……ハンカチ、返そうと思っただけよ」
「後でいいっす」
成瀬は、そう言って、コートの中へ戻っていった。
由希は、成瀬の背中を見つめた。
(なに、あれ)
(昨日は、あんなに……)
由希は、胸の奥が、もやもやするのを感じた。
マネージャーノートを開く。
由希は、成瀬の名前の横に、ペンを走らせた。
「成瀬、今日は様子がおかしい。理由がわからない」
文字が、少しだけ乱れていた。
練習が終わり、部員たちが、ぞろぞろと体育館を出ていく。
由希は、片付けをしながら、成瀬の姿を探した。
成瀬は、体育館の隅で、一人、シューズの紐を結び直していた。
由希は、成瀬に近づいた。
「成瀬」
由希が呼ぶと、成瀬は、びくりと肩を震わせた。
「……由希さん」
成瀬は、由希を見ようとしなかった。
「ハンカチ、返すわ。ありがとう」
由希は、洗ってアイロンをかけたハンカチを、成瀬に差し出した。
成瀬は、黙って、それを受け取った。
「……どういたしまして」
成瀬の声は、小さかった。
「ねえ、成瀬。今日、あんた、私を避けてるでしょ。どうして」
由希は、ストレートに聞いた。
成瀬は、しばらく黙っていた。
「……由希さんに、あんなとこ、見られたの、初めてだったんすよ」
成瀬は、ぽつりと呟いた。
「あんなとこ?」
「由希さんが、泣いてるとこ。……あんなに、ボロボロに泣いてる由希さん、初めて見た。そんで、オレ、何もできなかった。ただ、隣に座ってただけっす」
成瀬は、自嘲するように、小さく笑った。
「オレ、由希さんの前で、格好悪いとこ、見せたくないんすよ」
由希は、成瀬の言葉の意味を、ゆっくりと咀嚼した。
(格好悪いとこ、見せたくない)
(それで、私を避けてるの?)
「……あんた、何言ってるのよ。格好悪いのは、私の方でしょ。あんなに、みっともなく泣いて」
「違うっす」
成瀬は、強く言った。
「由希さんは、泣いてても、みっともなくなんかない。……オレが、由希さんを、ちゃんと泣き止ませられなかったのが、格好悪いんすよ」
成瀬は、そう言うと、由希の顔を見ないまま、立ち上がった。
「……お疲れ様でした」
成瀬は、それだけ言って、体育館を出て行った。
由希は、成瀬の背中が見えなくなるまで、じっと見つめていた。
(成瀬の、くせに)
(なんで、あんたが、そんなことで)
由希は、胸の奥が、きゅっと締め付けられるのを感じた。
(私、成瀬の態度に、振り回されてる)
(こんなの、私らしくない)
由希は、初めて、自分が、成瀬の一挙手一投足に、心を乱されていることに気づいた。
マネージャーノートの最後のページを開く。
由希は、震える手で、ペンを走らせた。
「成瀬が、私を避ける。理由が、わからない。でも、私、成瀬に、振り回されてる」
その文字は、いつもの由希の几帳面な文字とは、まるで違っていた。
その夜。
由希が、自室で明日の準備をしていると、スマホが震えた。
LINEの通知。
差出人は、市井彩花だった。
「由希先輩、明日ちょっとお話したいことがあります」
由希は、その文面を見て、胸が、ざわりと騒ぐのを感じた。
市井の文面は、いつもの明るい絵文字もなく、ただ、真剣な文字だけが並んでいた。
(お話したいこと)
(成瀬のこと?)
由希は、スマホを握りしめた。
成瀬の、今日の態度。
市井からの、真剣な呼び出し。
由希の胸の中で、何かが、静かに、しかし確実に、動き始めていた。
由希は、マネージャーノートの最後のページに、もう一行、書き加えた。
「市井に呼び出される。成瀬のことで、何か話があるのかもしれない」
由希は、ノートを閉じ、窓の外を見た。
十月の夜空に、星が、冷たく瞬いていた。
その光は、由希の心の奥の、暗い場所を、ほんの少しだけ、照らしているように見えた。
でも、その光は、まだ、由希に、明日のことを教えてはくれなかった。Noveliaとは?
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