花芽なずなは、嘘がつけない
花芽なずなは、人気Vtuberグループ「Eclipse Palette」の清楚ピュアなアイドル。しかし彼女には誰にも言えない秘密があった。グループメイトである、派手なギャル系Vtuber、カナメ・グレースに、本気でどうしようもなく恋をしているのだ。
コラボ生配信中、なずなはうっかり本音を漏らしてしまう。冗談ではなく、真っ赤な顔で涙を流しながら、何千人もの視聴者の前で「カナメちゃんが好きです!」と告白してしまったのだ。チャット欄は大炎上。しかし、怒りの声ではなく、ファンたちは大興奮。「ガチ百合配信キター!」「清楚アイドル×ギャルは神ってる!」
本当の厄介事はファンではなかった。目ざとい事務所マネージャー、黒鉄エリナが激怒しているのだ。「契約違反だ! タレント同士の恋愛は厳禁だぞ!」と彼女は吠える。なずなは謝罪配信を命じられてしまう。
しかし、なずなの想いは間違いなんかじゃなかった。いじめられっ子だった幼い頃、近所に住む年上の女の子にいつも助けられていた。その女の子こそが、今のカナメ・グレースだったのだ。初めてのコラボ配信で、なずなはすぐに彼女だと気づいた——それは、ずっと探し続けて
花芽なずなは、嘘がつけない - 初恋ダダ漏れ!生配信中に大号泣ガチ告白
もう無理だ。
胸がドキドキして、息がうまくできない。
花芽なずなは自宅アパートの小さな部屋で、配信用の機材に向かって座っていた。窓の外から聞こえる雨音が、やけに大きく感じる。午後六時。あと一時間で、初めてのコラボ配信が始まる。
「にゃー」
足元で、白い猫のもちが鳴いた。まるで「どうしたの?」って聞いてるみたいに。
なずなは大きく息を吐いた。
「もち……あたし、今日すごく大事な配信なんだ」
もちは返事をするみたいに、なずなの足に頭をこすりつけた。
なずなはパソコンの横に立ててある小さな写真立てに目をやる。もう何年も前、ずっと昔の写真だ。みどり公園の砂場で、小さな女の子が泣いている。その隣で、もう少し大きな女の子が笑って手を差し伸べている。
あの日、いじめられて泣いていたのは自分だ。
「大丈夫だよ」
そう言って笑ってくれたお姉さん。名前も知らない、近所に住んでた女の子。
なずなは今でもはっきりと覚えてる。春の日差しが暖かくて、公園の桜が満開だったこと。転んで膝を擦りむいて、他の子たちに「バイキン」って言われて砂をかけられたこと。
泣いてたら、突然影がさしたこと。
「何やってんの!やめなよ!」
お姉さんはそう叫んだ。すごく怖い顔で。でも、なずなに向けた顔は優しくて。
「もう大丈夫だよ」
その時、なずなの胸の中で何かが生まれた。
ずっと探してた。
誰かわからないけど、もう一度会いたいって。
Vtuberになったのは、画面の向こうの誰かを笑顔にしたかったから。でも本当は、もしかしたらあのお姉さんが見てくれるかもしれないって、そう思ってたから。
「会いたいなあ……」
写真に向かって呟いた。
もちが、なずなの膝に飛び乗った。
「にゃあ」
まるで「あたしがいるじゃん」って言うみたいに。
なずなは笑った。
「ありがと、もち。よし、準備しなくちゃ!」
部屋の壁には防音パネルが貼ってある。築十八年の木造アパート、家賃は六万八千円。決して広くはない1Kの部屋。でもここが、花芽なずなのすべてだった。
配信用のアバターは、自分よりずっと可愛くできてる。腰まで届く黒髪を三つ編みにして、清楚なワンピース姿の女の子。身長も実際よりずっと高く設定してあって、胸もちょっとだけ大きくしてある。
「まあ、それは秘密だけどね」
なずなは苦笑いしながら、鏡を見た。
今の自分は、配信用アバターとはまるで別人だ。華奢で小柄、胸は控えめ。大きな黒目がちの瞳だけは、アバターとそっくりだけど。
普段は猫モチーフのピアスと、髪に結んだ白いリボンがトレードマーク。今日もちゃっかりそれをつけてる。
エクリプス・パレットの清楚担当、それがなずなの役割だった。
でも本当の自分は、ただの緊張しやすい普通の女の子。ぽろっと本音が出ちゃうし、顔はすぐ真っ赤になるし。事務所の黒鉄エリナさんからは、「もう少し優等生キャラを徹底して」ってよく怒られる。
「でも、嘘つくの苦手なんだもんなあ」
ぽつりと言う。
もちが「にゃ」と返事した。
やがて、時刻が近づいてきた。
なずなは配信プラットフォームを立ち上げる。画面にはもう、待機中の文字が表示されていた。
今日のお相手は、同じエクリプス・パレットのカナメ・グレース。
グループのギャル担当で、明るくてノリが良くて、後輩の面倒見もいい人気Vtuber。
なずなも前からファンだった。
というか、憧れだった。
「大丈夫。ちゃんと清楚にやるんだから……」
深呼吸。
コラボ配信が始まるまでのカウントダウンが、画面に表示された。
3。
2。
1。
配信開始。
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渋谷の街は今日も賑やかだった。
でもその一角にあるコランダムタワーの十一階は、外の喧騒から隔離された静けさが広がっている。ここは大手事務所プリズムゲート・プロダクションの専用配信スタジオ「スターリット・ブース」。
完全防音の個別ブースが六つ並び、最先端のモーションキャプチャー機材が設置された、Vtuberたちの聖地のような場所だ。
なずなは「ブースC」の中で、アバターの操作を始めた。
この事務所が独自開発した「ミラージュエンジン」という表情トラッキングシステムが、彼女の動きを忠実にアバターへと反映させていく。ちょっと眉を動かしただけで、画面上の清楚な少女が同じように表情を変える。
(すごい技術だよなあ……)
いつも思う。でも、今日はそれどころじゃない。
コラボ配信相手のカナメ・グレースが、別のブースからアクセスしてくるのがわかった。管理を担当してる技術スタッフの入谷さんが、「接続しますねー」と優しい声でアナウンスする。
画面が二分割された。
左側が、なずなの清楚系アバター。
右側に現れたのは──
明るいアッシュブロンドのロングヘアをゆるくウェーブさせた、切れ長の瞳がクールなギャル系アバター。左耳の上にはカラフルなヘアピンがクロスして留められていて、小悪魔みたいに可愛い。
カナメ・グレース。
なずなの心臓がドキンと跳ねた。
(あわわわわ……)
本物だ。画面越しだけど、本物のカナメさんだ。
「はろー!エクパレ・フライデーじゃないけど、今日は特別コラボ!カナメ・グレースでーす!」
明るくて、自信に満ちていて、それでいて気さくな声。
なずなは「は、はじめまして!花芽なずなです!」と言おうとした。
でも、声が出なかった。
なぜって──
その声は。
「ん?どうした、なずなっち?緊張してる?」
カナメが画面越しに首をかしげる。
その仕草。
その声色。
なずなの頭の中で、何かが弾けた。
みどり公園。
桜が満開の、春の日。
泣いている小さな自分。
それを見下ろす、お姉さん。
「もう大丈夫だよ」
あの時と、まったく同じ声。
「……え?」
なずなの口から、かすれた声が漏れた。
違う、はずがない。だってあれは十五年前の話で、それに名前も知らない人で。でも、でも。この声だけは、絶対に間違えない。何百回も夢の中で聞いてきた声。
「おーい、なずなっち?もしもーし?コメント欄も心配してるよ?」
画面を見ると、コメントが流れ始めていた。
『なずなちゃんどうした?』
『清楚担当、緊張しすぎwww』
『でも何か本気で固まってる?』
なずなは無理に笑顔を作ろうとした。
「[forced smile]あ、あの、すみません……」
だめだ。
声が震えてる。
それに、目が熱い。
どうして今まで気づかなかったんだろう。カナメ・グレースの配信は何度も見てきた。前から好きだった。尊敬してた。でも、まさか、まさか。
「……あの」
「ん?どしたの、なずなっち」
カナメの声は優しかった。
それが、とどめだった。
「み、みどり公園……覚えてますか……?」
なずなは気づいたら、そう言っていた。
配信中だってことも、コメント欄がざわつき始めたことも、全部どうでもよくなった。
カナメのアバターが、ピタリと動きを止めた。
その一瞬の沈黙が、なずなには永遠に感じられた。
「……みどり、公園?」
カナメの声が、ほんの少し震えた。
なずなは止まらなかった。
「私、あの時ずっと泣いてて、でもお姉さんが助けてくれて、『もう大丈夫だよ』って、そう言ってくれて、それで、それで……」
涙が溢れた。
アバターは表情を認識して、清楚な少女が泣き顔になる。
コメント欄が爆発した。
『え?何これ?』
『どゆこと!?』
『なんかガチなやつ!?』
「ちょ、なずなっち、何言ってるかわかんないよー?演技うまいねえwww」
カナメは笑ってごまかそうとした。
でも、その声は無理して明るく振る舞っているのが、なずなにはよくわかった。大人の作る仮面。本当の気持ちを隠すための。
なずなは首を振った。
「演技じゃ、ないんです。私、ずっと探してて、この日のために、Vtuberになって……カナメさん、あなたが、あの時のお姉さんで、間違いないです」
もう何もかも、どうでもよかった。
清楚なキャラも、事務所の規則も、配信の空気も。
「カナメさん、私、ずっとあなたが好きでした……!!」
泣きながら叫んでいた。
部屋中に響き渡る、自分の声。
コメント欄はもう、読みきれないほどの速さで流れていく。
『ガチやんこれええええ!!』
『清楚×ギャルの神百合きたああああ!!』
『営業じゃないの!?これ!?』
『なずなちゃん泣きすぎwwwでも可愛い』
カナメのアバターは凍りついたように動かない。
でもすぐに、強がった声で。
「え、なになに!?なずなっち演技うますぎwwwでもドッキリだよね!?ね!?」
「違います……!!本当に、本当に好きで、それだけは、絶対に嘘じゃなくて……!!」
なずなは画面の前で、わんわん泣いた。
もう止まらなかった。
これが炎上するってわかってた。事務所に怒られるってわかってた。それでも、この十五年間の思いを、誰にも言えないで閉じ込めてきた気持ちを、今ここでぶちまけずにいられなかった。
カナメのアバターが一歩後ずさった。
「……ごめん、ちょっと、機材の調子が」
そして、カナメ側の画面がブラックアウトした。
接続が切れたのだ。
なずなは一人、配信に取り残された。
コメントはまだ流れ続けてる。
『カナメが逃げたwww』
『ガチ告白に耐えられなかった説』
『清楚ちゃん、泣きすぎてかわいそう』
でも、なずなの耳には、もう何も届かなかった。
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配信が強制終了された。
誰が切ったのかはわからない。多分、監視してたマネージャーの黒鉄エリナだろう。
部屋は静かだった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに。
なずなはブースの椅子に座ったまま、動けなかった。涙が乾いて、頬がカピカピになる。
「……言っちゃった」
自分の声が、やけに遠くに聞こえた。
言っちゃった。
ついに、言ってしまった。
顔面が真っ青になるのが自分でもわかった。手が小刻みに震えてる。
でも──おかしいな。
胸の中は、すごくすっきりしてる。
長い間、誰にも言えなかったことを、大好きな人に伝えられた。それだけで、ほんの少しだけ救われた気がした。
ブースの外から、スマートフォンの着信音が聞こえる。
何度も。
画面を見ると、通知が溜まりに溜まってる。
黒鉄エリナからの着信、二十件。
メッセージも「すぐに連絡しろ」「配信は中止」「事務所に来い」と。
血の気が引いた。
「……Vtuber、クビかな」
そう呟いてみる。
冗談のつもりだった。でも、まったく笑えなかった。
だって、あのプリズムゲート・プロダクションの契約第十四条は、タレント同士の恋愛を禁止している。これは三年前の「セレスティア・ショック」ってスキャンダルがあってから作られたルールで、破れば活動休止、最悪クビだ。
なずなは立ち上がった。
足がふらついた。
それでも、出口に向かう。
帰らないと。ひとまず家に。もちが待ってる。
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翌朝。
窓から差し込む日差しが眩しかった。
なずなはほとんど眠れなかった。夜中中、ネットを見てたからだ。
SNSのトレンド一位。
「#なずなガチ告白」
「#エクパレ百合戦争」
「#カナメ逃走中」
切り抜き動画は、もう再生数五百万回を超えてる。コメント欄はお祭りだ。
『清楚ちゃんの本気泣きやばすぎ』
『これはガチ。私にはわかる』
『カナメの動揺もガチだったよね』
『てかさあ、実はいい話じゃね?』
『でも事務所的にはアウトでしょ……』
なずなは布団にくるまりながら、スマホを見続けた。
もちが心配そうに、枕元で鳴いた。
「[weak voice]……もち、あたし、やっちゃった」
もちはただ、なずなの顔をぺろぺろ舐めた。
涙が出た。
昨日、ずっと夢見てきたことと、今これから起こる罰。二つが頭の中でぐるぐる回る。
でも、不思議と後悔はなかった。
嘘をつくのが致命傷なほどに下手で。思ったことが全部顔に出る、こんな性格で。それでも、カナメさんへの気持ちだけは、どんなに怒られても絶対に否定できなかった。
「……好きなんだもん」
ぽつりとこぼす。
きっと今日、コランダムタワーの会議室「スペクトル」で、エリナさんから雷を落とされる。謝罪配信をしろって言われる。それでも、謝る気なんてなかった。だって私の気持ちは、嘘じゃないから。
なずなはゆっくり起き上がった。
まだ寝不足で頭はぼんやりしてる。でも、やらなきゃいけないことがある。
カナメさんに、もう一度ちゃんと話さなきゃ。
それと──もちのご飯もやらなきゃ。
「にゃー」
「あ、ごめんごめん。すぐあげるね」
なずなは小さく笑った。
窓の外では、雨がやんでいた。雲の切れ間から、光が差してる。
「……行くか」
彼女は決意を固めた。
これから起こることを全部受け入れる覚悟を。そして、どんなに怒られても、絶対にカナメさんを好きな気持ちは曲げないって。
だって、十五年前にあの公園で助けてもらった時から、この恋は始まっていたのだから。
もちが、なずなの足元にすり寄った。
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