デート・ア・ライブif 〜四糸乃と始める、やり直しのデート〜
五河士道は、同じ夢を繰り返し見ていた。幼い頃、駅の雑踏で母の手がすり抜け、背中が遠ざかっていく夢。見捨てられることへの恐怖が、胸の奥に小さなトゲのように刺さったまま取れない。そんなある朝、義妹でありラタトスクの司令官でもある琴里から、新たな任務を告げられる。ターゲットは第2の精霊〈ハーミット〉――氷芽川四糸乃。水色の髪に蒼玉の瞳を持つ、極度の人見知りの少女だった。しかも彼女は、左手にはめたウサギのパペット〈よしのん〉を通してしか、他人とコミュニケーションが取れないという。デートの相手は四糸乃、そしてそのパペットと仲良くならなければ作戦は失敗。さらに天宮市の空には、四糸乃の霊力によるものと思われる不気味な雨雲が留まり続け、七日間ずっと雨の予報が続いていた。失敗すれば街が氷漬けになる――プレッシャーの中、士道はパペットとの"デート"という前代未聞の作戦に挑む。精霊と、そのパペットと、そして自分自身の過去に向き合う、やり直しの物語が始まる。
デート・ア・ライブif 〜四糸乃と始める、やり直しのデート〜 - 水槽越しの距離と、よしのんの爆弾発言
天宮水族館の前は、朝から雨だった。
五河士道は傘を差し、入り口の前に立つ少女を見つめた。水色の髪。黄色いレインコート。左手には、眼帯をつけたウサギのパペット。氷芽川四糸乃。昨日、図書館で約束した、精霊の少女だ。
四糸乃は、士道に気づくと、小さく会釈をした。蒼玉の瞳が、不安そうに揺れている。
「おはよう、四糸乃。よく来たな」
「……おはよう、ございます」
声は、雨音に消えそうなくらい小さい。士道は、四糸乃の隣に立った。
「あらあら、士道さん。今日もかっこいいわね。四糸乃、朝から三回も鏡見てたのよ」
「よ、よしのん!」
四糸乃が真っ赤になって、パペットを抱きしめた。士道は、思わず笑ってしまう。
「お前、相変わらずだな」
「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。さ、行きましょ。水族館、楽しみね」
士道は頷いて、歩き出した。四糸乃が、半歩後ろをついてくる。
天宮水族館は、天宮市の中心部にある。年間八十万人が訪れる、この街の名所だ。大人の入場料は千八百円。大きな水槽が名物で、休日には家族連れで賑わう。
でも、今日は平日の朝だ。入り口に人影はまばらだった。
「チケット、買ってくるから、ここで待っててくれ」
士道が言うと、四糸乃はこくりと頷いた。士道は券売機に向かう。
(さて、と。今日の作戦は、四糸乃と楽しく過ごすこと。そして、よしのんの機嫌を損ねないこと)
士道は心の中で、琴里の指示を反芻した。四糸乃は、パペットのよしのんを通してしか会話ができない。よしのんが士道を気に入らなければ、四糸乃も心を開かない。
(パペットと仲良く、か。なかなか難しいミッションだ)
士道はチケットを二枚買って、四糸乃の元に戻った。
「ほら、行くぞ」
士道がチケットを差し出すと、四糸乃は小さな手で受け取った。指先が、かすかに震えている。
「あの……人が、いっぱい、ですか?」
四糸乃が、入り口の向こうをちらりと見た。休日よりは少ないが、それでも館内には、親子連れやカップルの姿がある。
「大丈夫だ。平日だから、そんなに混んでない。それに、何かあったら俺が守るから」
士道は、四糸乃の目を見て言った。四糸乃の頬が、ほんのり赤くなる。
「あら、守るですって。四糸乃、よかったわね。士道さんが守ってくれるって」
「……よしのん、静かに」
四糸乃が、パペットの口を押さえた。士道は苦笑しながら、入り口に向かう。
自動ドアが開くと、ひんやりとした空気が流れてきた。水の匂い。かすかな塩素の香り。館内は薄暗く、青い光が揺れている。
「わあ……」
四糸乃が、小さく声を漏らした。天井から差し込む光が、水槽の水に反射して、床に波の模様を作っている。
「きれいだろ。ここ、俺も好きなんだ」
士道が言うと、四糸乃はこくりと頷いた。その表情が、少しだけ柔らかくなった気がした。
「四糸乃、ほら、あそこにクラゲがいるわよ。ふわふわしてて、かわいい」
よしのんが、パペットの手で水槽を指した。四糸乃は、おそるおそる近づいていく。
水槽の中では、半透明のクラゲが、ゆっくりと浮かんでは沈んでいた。青い光に照らされて、幻想的だ。
「……きれい」
四糸乃が、ぽつりと呟いた。パペット越しではない、地の声。その声は、水槽の青い光に溶けるように、静かだった。
士道は、四糸乃の横顔を見た。水槽の光が、彼女の水色の髪を照らして、キラキラと輝いている。長いまつげ。小さな鼻。少しだけ開いた唇。
(……かわいいな)
士道は、心の中で呟いた。そして、すぐに首を振る。
(いや、何考えてんだ。これは任務だ。任務)
士道は、気を取り直して、四糸乃の隣に立った。
「クラゲ、好きか?」
「……はい。ふわふわしてて、きれいで」
四糸乃が、小さく頷いた。士道は、その横顔を見ながら、どう話を広げようか考える。
「士道さん、四糸乃はね、クラゲの図鑑を図書館で借りたことがあるのよ。それで、ずっと水族館に行きたかったんですって」
「そ、それは……」
四糸乃が、慌ててパペットを抱きしめた。耳まで赤い。
「あら、照れなくてもいいじゃない。士道さん、四糸乃はね、昨日の夜、楽しみでなかなか眠れなかったんですって。朝も、三十分も早く起きちゃったのよ」
「よしのん、やめて……」
四糸乃が、小さな声で抗議した。士道は、思わず笑ってしまう。
「そうか。楽しみにしてくれてたんだな。嬉しいよ」
士道が言うと、四糸乃は、ちらりと士道を見上げた。目が合うと、また慌てて視線を逸らす。
「……はい」
その声は、本当に小さかった。でも、士道には、はっきりと聞こえた。
二人は、ゆっくりと館内を歩いた。色とりどりの熱帯魚。大きなエイ。岩陰に隠れるウツボ。四糸乃は、一つ一つの水槽を、じっくりと眺めていく。
「ほら、あれ、見てみろよ。カクレクマノミだ」
士道が指さすと、四糸乃は、その水槽に顔を近づけた。
「……小さい。かわいい」
四糸乃の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。士道は、その変化を見逃さなかった。
(よし。少しずつ、緊張がほぐれてきてる)
士道は、心の中でガッツポーズをした。
その時だった。
「あらあら、二人とも、ずいぶん楽しそうじゃない。まるで恋人同士みたい」
よしのんが、突然、そんなことを言った。士道は、ぎくりとした。
「こ、恋人って……」
「あら、図星? 士道さん、顔が真っ赤よ。四糸乃とデートできて、そんなに嬉しいの?」
「う、うるせぇ! そんなんじゃねーよ!」
士道は、声が裏返った。恋愛経験ゼロの高校生にとって、この手のからかいは心臓に悪い。
「ふーん。でも、四糸乃の手、さっきからずっと握りたそうにしてるわよ。士道さん、気づいてる?」
「よしのん!」
四糸乃が、真っ赤になって、パペットをぎゅっと抱きしめた。士道は、四糸乃の手を見た。小さな手。白くて、細い指。確かに、その手は、士道の手の近くで、行き場をなくしたように、小さく揺れていた。
(手を、繋ぐ?)
士道は、ごくりと唾を飲み込んだ。
(いや、待て。これは任務だ。四糸乃が人混みで不安にならないように、手を繋ぐのは、合理的な判断だ)
士道は、自分に言い聞かせた。そして、ゆっくりと手を伸ばした。
「……ほら。人混みで、はぐれないように」
士道が手を差し出すと、四糸乃は、びくりと肩を震わせた。蒼玉の瞳が、士道の手と、士道の顔を、何度も行き来する。
「……あの」
「嫌だったら、いいんだ。無理にとは言わない」
士道が言うと、四糸乃は、首を横に振った。
「……いやじゃ、ないです」
四糸乃は、おそるおそる、士道の手に触れた。指先が、かすかに震えている。冷たい。でも、その冷たさが、なぜか心地よかった。
四糸乃の小さな指が、士道の手を、そっと握った。
「あらあら、手を繋いじゃった。四糸乃、よかったわね。士道さんの手、あったかいでしょ」
「……うん」
四糸乃が、小さく頷いた。その声は、雨音ではなく、水槽の泡の音に溶けていった。
士道は、四糸乃の手を握り返した。柔らかい。そして、冷たい。でも、確かに、ここにいる。
(……やばい。なんか、ドキドキしてきた)
士道は、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。これは、任務だ。任務のはずなのに。
「士道さん、手汗すごいわよ。そんなに緊張してるの?」
「なっ! ち、違う! これは、その、暑いからだ!」
士道は、顔から火が出そうだった。四糸乃が、くすっと笑った。
「……士道さん、おもしろい」
四糸乃が、小さく笑った。その笑顔を見た瞬間、士道の胸の奥で、何かが弾けた。
(ああ、くそ。かわいいな)
士道は、心の中で毒づいた。でも、その毒は、どこか甘かった。
二人は、手を繋いだまま、大水槽の前に立った。
天宮水族館の名物、水量八百トンの大水槽。高さ八メートル、幅二十メートルの巨大なガラスの向こうには、何千匹もの魚が泳いでいる。大きなサメ。群れをなすイワシ。優雅に泳ぐマンタ。
「……すごい」
四糸乃が、水槽を見上げた。蒼玉の瞳が、青い光を反射して、宝石のように輝いている。
「だろ? ここ、一番の見どころなんだ」
士道は、四糸乃の隣に立った。手を繋いだまま。
「……きれい」
四糸乃が、ぽつりと呟いた。パペット越しではない、地の声。その声には、さっきまでの不安はなかった。
士道は、四糸乃の横顔を見た。水槽の光が、彼女の頬を照らしている。その表情は、とても穏やかだった。
「……ああ、きれいだな」
士道は、水槽ではなく、四糸乃を見ながら言った。四糸乃が、士道の視線に気づいて、首をかしげる。
「……士道さん?」
「え? あ、いや、魚が! 魚がきれいだなって!」
士道は、慌てて水槽に視線を戻した。四糸乃が、またくすっと笑った。
「あらあら、士道さん、四糸乃に見とれてたの? 正直に言っていいのよ。四糸乃も、まんざらでもないみたいだし」
「よしのん、やめて……」
四糸乃が、パペットを抱きしめた。でも、その口元は、笑っていた。
士道は、心の中で叫んだ。
(くそっ、よしのんめ。余計なことを)
でも、四糸乃の笑顔が見られたから、まあ、いいか。
その時だった。
「あらあら、恋人ごっこは楽しい? でも四糸乃、この人だって本気でアナタのことなんて——」
よしのんの声が、急に冷たくなった。士道は、背筋が凍るのを感じた。
「よしのん、やめて……」
四糸乃の声が、震えた。蒼玉の瞳から、光が消えていく。
「だって、そうでしょ? この人だって、他の人間と同じ。四糸乃のことを、怖がって、逃げていくに決まってるわ。今は優しくしてるけど、そのうち、本性を現すのよ」
「ち、違う……」
四糸乃が、首を振った。でも、その声は、か細くて、雨音に消えそうだった。
「何が違うの? 四糸乃、この人のこと、何も知らないでしょ? それなのに、手を繋いで、いい気になって。馬鹿みたい」
「やめて……」
四糸乃の瞳が、潤んだ。その瞬間だった。
ピシッ。
水槽のガラスに、白い線が走った。
「なっ……」
士道は、目を見開いた。水槽のガラスが、内側から、白く凍り始めている。
(まずい! 四糸乃の霊力が不安定になってる!)
士道は、四糸乃の手を、ぎゅっと握った。
「四糸乃、俺を見て」
四糸乃は、水槽を見つめたまま、震えている。よしのんの声が、頭の中で、ぐるぐると回っている。
「ほら、見なさい。四糸乃のせいで、水槽が凍ってる。やっぱり、アナタは、人を傷つけるのよ。そんなアナタを、誰が好きになるっていうの?」
「……やめて」
四糸乃の目から、涙がこぼれた。水槽の氷が、さらに広がっていく。
(ダメだ。このままじゃ、四糸乃の霊力が暴走する)
士道は、四糸乃の前に立った。水槽から、彼女の視線を遮るように。
「四糸乃。俺を見ろ」
士道は、四糸乃の両肩に手を置いた。四糸乃の体は、氷のように冷たかった。
「俺は、お前を傷つけない。約束する」
士道は、四糸乃の目を、真っ直ぐに見つめた。蒼玉の瞳が、揺れる。
「俺は、お前のことを、怖がったりしない。逃げたりもしない。だから、俺を見ろ。水槽じゃなくて、俺を」
四糸乃の視線が、ゆっくりと、士道に向いた。
「……士道、さん」
四糸乃の声は、震えていた。でも、その瞳には、確かに士道が映っていた。
「そうだ。俺はここにいる。だから、大丈夫だ」
士道は、四糸乃の手を、両手で包み込んだ。冷たい手。でも、少しずつ、温かさが戻ってくる。
水槽の氷が、ゆっくりと溶け始めた。
「……ふん。やるじゃない」
よしのんが、小さく呟いた。その声には、さっきまでの冷たさはなかった。
四糸乃は、士道の手を、ぎゅっと握り返した。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい。俺の方こそ、ごめんな。四糸乃が辛い思いをしてるのに、気づけなかった」
士道が言うと、四糸乃は、首を横に振った。
「……士道さんは、悪くない」
四糸乃の声は、まだ小さかった。でも、その声には、確かな意思が込められていた。
士道は、四糸乃の頭を、そっと撫でた。水色の髪は、絹のように柔らかかった。
「ありがとうな。四糸乃」
四糸乃は、こくりと頷いた。
その時だった。
「五河士道」
士道は、心臓が飛び出るかと思った。振り返ると、そこには、白いショートカットの少女が立っていた。
鳶一折紙。来禅高校二年生。士道のクラスメイトで、陸上自衛隊対精霊部隊ASTの隊員。そして、士道に対して、常人には理解できない方法で好意を寄せてくる少女だ。
「お、折紙!? なんでお前がここに!?」
士道は、声が裏返った。折紙は、無表情で、士道と四糸乃の繋いだ手を見た。
「五河士道が、水族館でデートをしていると聞いた。私は、デートの妨害は許さない」
「は? いや、お前が妨害してるんだろ!」
士道は、思わずツッコんだ。折紙は、首をかしげる。
「私は、妨害をしているのではなく、参加をしている。デートとは、二人で同じものを見ること。ならば、三人で同じものを見れば、より良いデートになる。それが最適解だ」
「どういう理屈だよ!」
士道は、頭を抱えた。四糸乃は、士道の後ろに隠れて、折紙をちらりと見ている。
「……あの、この人は?」
「あら、四糸乃。この女、敵よ。士道さんを狙ってるわ。排除する?」
「よ、よしのん、だめ……」
四糸乃が、慌ててパペットを押さえた。折紙は、四糸乃のパペットをじっと見つめた。
「あなたのパペット、五河士道が触った部分の表面温度が、0.8度上昇している。脈拍も速い。照れているの?」
折紙が、淡々と言った。四糸乃は、真っ赤になって、首を横に振った。
「ち、違うの……」
「興味深い。五河士道の周囲の人間は、皆、体温が上がるのね」
折紙は、どこから取り出したのか、小さなノートに何かを書き始めた。士道は、げんなりした。
「お前、なんでそんなこと調べてんだよ」
「五河士道の生態を把握するため。問題ない」
「大ありだ!」
士道は、叫んだ。
折紙は、士道の隣に並んだ。
「デートとは、二人で同じものを見ること。ならば、私も五河士道の隣で、同じものを見る。これが、デートの定義に最も忠実な行動」
折紙は、そう言って、大水槽を凝視し始めた。士道は、ため息をついた。
「お前のデート理論、相変わらず意味不明だな」
「意味はある。デートとは、情報交換の場。ならば、私は、五河士道と情報を共有する。この魚の鱗は、42枚。士道、覚えておいて」
「なんで鱗の枚数なんだよ!」
士道は、突っ込みが追いつかなかった。四糸乃は、士道の後ろで、おそるおそる折紙を見ている。
「……あの、鳶一さん、ですか?」
四糸乃が、小さく尋ねた。折紙は、四糸乃に視線を向けた。
「鳶一折紙。来禅高校二年生。陸上自衛隊対精霊部隊AST所属。階級は一曹。五河士道のクラスメイトであり、将来の配偶者候補」
「配偶者って、お前!」
士道は、顔が真っ赤になった。四糸乃は、きょとんとしている。
「あらあら、士道さん、配偶者候補がいるの? 四糸乃、負けてられないわね」
「よしのん、やめて……」
四糸乃が、パペットを抱きしめた。折紙は、四糸乃のパペットをじっと見た。
「あなたのパペット、興味深い。五河士道との関係性を、詳しく調査する必要がある」
折紙が、ノートを取り出した。士道は、折紙のノートを奪い取った。
「お前、何書いてんだ!」
「五河士道とパペットの関係性について。返して」
「返すか!」
士道と折紙が、ノートを巡って押し問答を始めた。四糸乃は、おろおろと二人を見ている。
その時だった。
「お客様の中に、五河士道様はいらっしゃいませんか。五河士道様、至急、一階インフォメーションまでお越しください」
館内放送が、士道の名前を呼んだ。士道は、動きを止めた。
「……え?」
「五河士道、呼ばれている。行くべき。私も同行する」
「いや、お前は来るな!」
士道は、顔を真っ赤にした。水族館の館内放送で、名前を呼ばれる。しかも、デート中に。
(恥ずかしすぎるだろ!)
士道は、心の中で叫んだ。四糸乃が、士道の袖を、そっと引っ張った。
「……士道さん、忙しい人なの?」
四糸乃が、小さく笑った。その笑顔は、さっきまでとは違って、とても自然だった。
「え? いや、そういうわけじゃ……」
「あらあら、士道さん、水族館で呼び出しなんて、よっぽど有名なのね。四糸乃、この人、有名人だったのよ」
「よしのん、やめて……」
四糸乃が、パペットを抱きしめた。でも、その口元は、笑っていた。
士道は、四糸乃の笑顔を見て、少しだけ救われた気がした。
「……すぐ戻るから、ここで待っててくれ」
士道が言うと、四糸乃は、こくりと頷いた。折紙が、士道の隣に並んだ。
「私も行く。五河士道を一人にすると、何が起きるか分からない」
「お前が一番何が起きるか分からないんだよ!」
士道は、折紙を置いて、インフォメーションに向かった。折紙は、無言で士道の後ろをついてくる。
四糸乃は、二人の背中を見送った。
「……士道さん、忙しい人なの」
四糸乃は、さっき自分が言った言葉を、もう一度、小さく繰り返した。その声は、水槽の泡の音に溶けていった。
インフォメーションに着くと、士道は、受付の女性に声をかけた。
「あの、五河士道ですが……」
「ああ、五河様ですね。お連れの方から、お伝言がございます。『四糸乃の霊力が、また不安定になっている。明日のデートで、決着をつけろ』とのことです」
士道は、顔を引きつらせた。
(琴里……あいつ、こんな方法で連絡してきやがった)
士道は、心の中で毒づいた。折紙が、士道の隣で、無表情で受付を見ている。
「五河士道、その伝言、誰から?」
「さあな。たぶん、俺の妹だ」
「妹。五河琴里。ラタトスクの司令官。精霊。イフリート」
折紙が、淡々と言った。士道は、ため息をついた。
「お前、何でも知ってるな」
「五河士道に関することは、全て把握している。問題ない」
「大ありだ」
士道は、折紙を無視して、四糸乃の元に戻った。
四糸乃は、大水槽の前で、一人で立っていた。水槽の青い光が、彼女の水色の髪を照らしている。その横顔は、とても寂しそうだった。
「四糸乃、待たせたな」
士道が声をかけると、四糸乃は、ぱっと振り返った。
「……士道さん」
四糸乃の表情が、ぱっと明るくなった。士道は、その変化に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ごめんな。すぐ戻るって言ったのに」
「……大丈夫。待ってました」
四糸乃が、小さく笑った。士道は、四糸乃の手を、そっと握った。
「……ありがとうな」
四糸乃は、こくりと頷いた。
折紙が、士道の反対側に並んだ。
「私も待っていた。五河士道。この魚の鱗は、43枚。さっきの魚とは、種類が違う」
「だから、なんで鱗の枚数なんだよ!」
士道は、叫んだ。四糸乃が、くすっと笑った。
その笑顔を見て、士道は、思った。
(明日、決着をつける。四糸乃の心を、必ず開いてみせる)
士道は、四糸乃の手を、ぎゅっと握り直した。
水族館の外では、雨が、まだ降り続いていた。
その夜。
士道は、自室のベッドに寝転んで、天井を見つめていた。
(四糸乃の霊力が、また不安定になっている。DEM社の動きも活発化している。そして、折紙の妨害)
士道は、頭を抱えた。
(明日、決着をつける。でも、どうやって?)
四糸乃の心を開く。それは、つまり、よしのんの心を開くということだ。でも、よしのんは、士道のことを、まだ完全には信じていない。
(よしのんは、四糸乃を守るために、ああいうことを言う。でも、そのせいで、四糸乃が傷ついている)
士道は、考えた。
(よしのんを敵に回さずに、四糸乃の心を開く方法。それは……)
その時だった。
スマホが、震えた。ラタトスクの専用回線だ。
「士道。聞こえる?」
琴里の声は、司令官モードだった。
「ああ。聞こえてる」
「四糸乃の霊力が、また不安定になっているわ。DEM社の動きも活発化している。明日、決着をつけなさい。ただし——折紙の妨害も想定しなさい」
「折紙は、敵じゃない。ただのクラスメイトだ」
士道は、言いかけて、言葉に詰まった。
「あの子が何を考えているか、あんたならわかるでしょ」
琴里が、チュッパチャプスを咥える音が聞こえた。
「……ああ。わかってる。折紙は、俺のことを、想ってくれてる。でも、その方法が、ちょっと、いや、かなりズレてるだけで」
「そうね。あの子のデート理論は、うちの機関でも研究対象になってるわ」
「研究対象って……」
士道は、苦笑した。
「とにかく、明日が山場よ。四糸乃の霊力が、限界に近い。DEM社も、いつ動いてもおかしくない。士道、あんたが、四糸乃の心を開けるかどうかに、全部かかってるわ」
「……わかってる。必ず、何とかする」
士道は、静かに言った。
「……信じてるわよ。おにーちゃん」
琴里が、最後に、そう呟いた。通信が切れた。
士道は、スマホを置いて、天井を見つめた。
(琴里のやつ、最後に、おにーちゃんって言ったな)
士道は、少しだけ、口元を緩めた。
(明日、四糸乃と、よしのんと、そして折紙と。どう向き合うか)
士道は、目を閉じた。雨音が、窓の外で、静かに響いていた。
その雨音は、まるで、四糸乃の心のようだった。Noveliaとは?
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