デート・ア・ライブif 〜四糸乃と始める、やり直しのデート〜
五河士道は、同じ夢を繰り返し見ていた。幼い頃、駅の雑踏で母の手がすり抜け、背中が遠ざかっていく夢。見捨てられることへの恐怖が、胸の奥に小さなトゲのように刺さったまま取れない。そんなある朝、義妹でありラタトスクの司令官でもある琴里から、新たな任務を告げられる。ターゲットは第2の精霊〈ハーミット〉――氷芽川四糸乃。水色の髪に蒼玉の瞳を持つ、極度の人見知りの少女だった。しかも彼女は、左手にはめたウサギのパペット〈よしのん〉を通してしか、他人とコミュニケーションが取れないという。デートの相手は四糸乃、そしてそのパペットと仲良くならなければ作戦は失敗。さらに天宮市の空には、四糸乃の霊力によるものと思われる不気味な雨雲が留まり続け、七日間ずっと雨の予報が続いていた。失敗すれば街が氷漬けになる――プレッシャーの中、士道はパペットとの"デート"という前代未聞の作戦に挑む。精霊と、そのパペットと、そして自分自身の過去に向き合う、やり直しの物語が始まる。
デート・ア・ライブif 〜四糸乃と始める、やり直しのデート〜 - 氷結の水族館に、折紙は舞い降りる
氷の迷宮と化した天宮市駅前商店街。
士道の意識は、白い霧の底に沈んでいた。
指先の感覚はとうに消えている。まつげに張り付いた霜が、まばたきのたびにぱりぱりと音を立てた。それでも、右手だけは四糸乃の小さな手を握り続けている。離してはいけない。離したら、この子はもう二度と戻ってこられなくなる。
(……四糸乃)
名前を呼ぶ。声にならない声で。
肺が凍りつくようだった。空気が重い。吸い込むたび、氷の針が喉の奥まで刺さる。
——その時。
空気が、裂けた。
ゴオオオオオオオオオッ!!!
轟音。氷柱が砕け散る。アーケードの屋根を突き破って、白い影が降下してくる。
士道は顔を上げた。
白い装甲。白い機動ブースター。白いショートカット。
鳶一折紙だった。
「五河士道。発見した」
折紙は、陸上自衛隊対精霊部隊ASTの制式装備を身にまとっていた。白銀のCR-ユニットが、氷の世界の中で異様に眩しい。背中のブースターから、かすかに熱風が漏れている。
士道は、かすれた声を絞り出した。
「折紙……お前、なんでここに……」
「夜刀神十香を追っていた。あのバカ犬が、霊力反応を撒き散らしながら移動していたからな」
折紙の澄んだ青い瞳が、士道の隣でうずくまる四糸乃を捉えた。
水色の髪。蒼玉の瞳。左手のウサギのパペット。
そして、その周囲に渦巻く、青白い霊力の奔流。
折紙の表情が、変わった。
いや、変わらない。無表情のまま、右手が動いた。
「精霊を確認。危険度A。排除する」
——レイザーエッジ。
折紙の背中から、光の刃が展開された。白い光が、氷の迷宮を照らし出す。ASTの標準装備でありながら、その切れ味は鉄をも紙のように断つ。
士道の全身に、冷たいものが走った。
「やめろ折紙!!」
士道は、四糸乃をかばうように、折紙の前に立ちはだかった。
足が、動かない。凍傷で感覚を失った足が、言うことを聞かない。それでも、士道は立った。四糸乃の手を握ったまま、折紙と対峙する。
「どいて、五河士道。その精霊は危険だ」
「危険なのは分かってる!だから俺が、ここにいるんだ!」
「理解できない。お前は、その精霊に殺されかけたはずだ」
「それでも、彼女を傷つけるな」
士道の声は、氷の空気を震わせた。
必死だった。声が枯れていた。喉の奥が張り裂けそうだった。それでも、士道は叫んだ。
「彼女は、誰も傷つけたくないんだ!ただ、怖がってるだけなんだ!」
折紙の手が、止まった。
レイザーエッジの光が、士道の喉元で静止する。
「……なぜ」
折紙の声は、相変わらず無機質だった。だが、その瞳の奥で、何かが微かに揺れた。
「なぜ、そこまでする」
「お前には、分からないかもしれない。でも、俺は——」
士道が言いかけた時。
四糸乃の体が、びくりと震えた。
蒼玉の瞳が、ゆっくりと開かれる。その瞳は、まだ虚ろで、何も映していない。
——そして。
パキン。
小さな音がした。
折紙のCR-ユニットの表面に、霜が走る。
「……なに」
折紙が、自分の腕を見た。
白い装甲が、内側から白く凍っていく。レイザーエッジの光が、先端からかすかに鈍り始める。
「この冷気は——」
四糸乃の霊力が、折紙の装備を凍らせていた。
無意識の防御。四糸乃自身の意思ではなく、彼女の恐怖が、勝手に周囲のものを凍らせる。
バキバキバキバキッ!
折紙のブースターが、氷に覆われて停止した。
「……動かない」
折紙は、その場に膝をついた。
レイザーエッジが、光を失っていく。白い装甲が、みるみるうちに氷の彫刻と化していく。
士道は、折紙と四糸乃の間で、必死に声を張り上げた。
「四糸乃!やめてくれ!彼女は敵じゃない!」
だが、四糸乃の耳には届かない。
彼女の意識は、まだ氷の底に沈んでいる。
「……くっ」
折紙の顔に、初めて苦痛の色が浮かんだ。
氷が、彼女の四肢を固めていく。ASTの精鋭である折紙が、なすすべもなく凍りついていく。
士道は、折紙の前に立った。
「折紙。動くな。無理に抵抗するな。四糸乃の力は、お前の装備ごと凍らせる」
「……五河士道。お前は、その精霊を止められるのか」
「ああ。必ず」
士道は、四糸乃の傍らに跪いた。
凍てつく床に、膝をつく。氷の破片が、ズボン越しに刺さる。
それでも、士道は四糸乃の左手——パペットのよしのんに、真っ直ぐに語りかけた。
「よしのん。聞こえるか」
よしのんは、沈黙していた。
いつものおしゃべりな声は、どこにもない。
「お前が、四糸乃を守ってきたんだな」
士道は、パペットの顔を見つめた。
眼帯をつけたウサギ。コミカルなデザイン。だが、その存在は、四糸乃の心の防壁そのものだった。
「四糸乃が、誰かに傷つけられないように。誰かに、怖がらなくてもいいように。お前が、ずっと盾になってきたんだな」
よしのんの口が、微かに動いた。
「……違うわ」
よしのんの口が開いた。士道の指先に、パペットの綿越しの冷気が伝う。
「私は、四糸乃を守ってるんじゃない。四糸乃が、私を必要としてるの」
「そうか」
士道は、静かに頷いた。
「でも、お前自身も四糸乃の一部だろ?だったら、俺はお前ごと受け止める」
——沈黙。
氷の迷宮が、しんと静まり返った。
折紙の呼吸音だけが、かすかに響いている。
よしのんの耳が、ぴくりと跳ねた。ボタンの眼が、わずかに士道を映す。
「……なぜ」
「なぜ、そこまでするの」
よしのんの問いは、先ほどの折紙の問いと、同じ言葉だった。
士道は、目を閉じた。
幼い頃の記憶が、まぶたの裏に蘇る。
駅の雑踏。母の手。振り返った時、母の背中はもう遠くて。手を伸ばしても、届かなくて。
あの時の、心臓が凍りつくような感覚。
士道は、目を開けた。
「俺も、見捨てられたことがあるからだ」
士道の声が、氷の空気に溶けていく。
「だから、分かるんだ。見捨てられるのが、どれだけ怖いか。一人になるのが、どれだけ辛いか。俺には、痛いほど分かる」
士道は、四糸乃の手を、両手で包み込んだ。
「だから、見捨てない。俺は、お前たちを、絶対に見捨てない」
よしのんが、沈黙した。
長い、長い沈黙。
そして——。
四糸乃の指が、微かに動いた。
凍りついていた小さな指が、士道の手の中で、確かに震えた。
「……し、どう……さん」
かすかな声。士道の掌で、細い指がもう一度、今度ははっきりと握り返してくる。
「四糸乃……!」
折紙は、その光景を、凍りついた装備の中で静かに見つめていた。
白い装甲に覆われた彼女の表情は、外からは見えない。だが、その青い瞳は、士道の背中を、じっと見ていた。
(……五河士道)
折紙の心の中で、何かが軋む音がした。
両親を殺した精霊への憎しみ。
その憎しみが、今、目の前の光景によって、揺らいでいる。
士道は、精霊を守ろうとしている。
命を懸けて。
「……五河士道」
折紙は、小さく呟いた。
「お前は、精霊を憎まないのか」
士道は、振り返らずに答えた。
「憎むべきは、精霊って存在じゃない。傷つける行為だ」
「……私は、精霊に両親を殺された」
士道の肩が、微かに震えた。
「知ってる」
「だから、精霊を憎む。精霊を排除する。それが、私の存在理由だ」
「……それでも、俺は四糸乃を守る」
士道は、四糸乃の手を握り続けた。
「お前の憎しみを、否定するつもりはない。でも、四糸乃は、お前の両親を殺した精霊じゃない」
折紙は、黙った。
氷が、彼女の装甲をさらに厚く覆っていく。
だが、折紙の瞳は、まだ士道を見ていた。
——その時。
士道のスマホが、震えた。
かすかな振動。氷の迷宮の中で、その音は異様に大きく響いた。
士道は、スマホを取り出した。
画面には、琴里の名前。
「……琴里!」
士道は、通話ボタンを押した。
「……士道……聞こえる……?」
琴里の声は、ノイズにまみれていた。途切れ途切れで、何を言っているのか、かろうじて分かる程度。
「琴里!どうした!ラタトスクは!?」
「……DEM社の……第二波が……天宮水族館に……」
士道の表情が、凍りついた。
「水族館!?なんで!?四糸乃はここに——」
「……霊結晶の……反応が……二箇所に……彼らは……おとりを……」
——プツン。
通信が切れた。
士道は、スマホを見つめたまま、動けなかった。
DEM社の第二波が、天宮水族館に迫っている。
四糸乃の霊結晶反応が、二箇所で観測されている?
おとり?
「くそっ……!」
士道は、四糸乃の手を握りしめた。
四糸乃の意識は、まだ完全には戻っていない。指が動いただけだ。
よしのんは、再び沈黙している。
折紙は、氷に閉ざされたまま動けない。
士道は、一人だった。
「……よしのん」
士道は、パペットに語りかけた。
「お前が言ったよな。証明してみせろって」
よしのんは、答えない。
「まだ、俺には証明できない。でも——」
士道は、四糸乃の手を、額に押し当てた。
冷たい。痛いほど冷たい。
「俺は、ここにいる。お前たちのそばに。それが、今の俺にできる全てだ」
よしのんの声が、かすかに響いた。
「……証明してみせて」
「アナタに、四糸乃を守れるの?」
士道は、答えられなかった。
まだ、何も証明できていない。
四糸乃の心は、まだ閉ざされたままだ。
DEM社の第二波が、水族館に迫っている。
折紙は、凍りついたまま。
士道は、一人で、すべてを背負わなければならなかった。
「……守る」
士道は、呟いた。
「必ず、守る。四糸乃も、よしのんも。お前たちのことを、絶対に」
その言葉は、氷の迷宮に、静かに吸い込まれていった。
折紙は、士道の背中を見ていた。
白い装甲の中で、彼女の唇が、微かに動いた。
「……五河士道」
その声は、誰にも聞こえなかった。
氷の迷宮の外では、雨が、まだ降り続いていた。
天宮水族館の上空に、DEM社の武装ヘリが、ゆっくりと接近していた。Noveliaとは?
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