デート・ア・ライブif 〜四糸乃と始める、やり直しのデート〜
五河士道は、同じ夢を繰り返し見ていた。幼い頃、駅の雑踏で母の手がすり抜け、背中が遠ざかっていく夢。見捨てられることへの恐怖が、胸の奥に小さなトゲのように刺さったまま取れない。そんなある朝、義妹でありラタトスクの司令官でもある琴里から、新たな任務を告げられる。ターゲットは第2の精霊〈ハーミット〉――氷芽川四糸乃。水色の髪に蒼玉の瞳を持つ、極度の人見知りの少女だった。しかも彼女は、左手にはめたウサギのパペット〈よしのん〉を通してしか、他人とコミュニケーションが取れないという。デートの相手は四糸乃、そしてそのパペットと仲良くならなければ作戦は失敗。さらに天宮市の空には、四糸乃の霊力によるものと思われる不気味な雨雲が留まり続け、七日間ずっと雨の予報が続いていた。失敗すれば街が氷漬けになる――プレッシャーの中、士道はパペットとの"デート"という前代未聞の作戦に挑む。精霊と、そのパペットと、そして自分自身の過去に向き合う、やり直しの物語が始まる。
デート・ア・ライブif 〜四糸乃と始める、やり直しのデート〜 - 商店街デートは氷の迷宮~よしのん、冷たい決別
天宮市駅前商店街は、朝からしとしとと雨が降っていた。
全長八百メートルのアーケードには、色とりどりの看板が軒を連ねている。たい焼き屋〈天宮屋〉の甘い匂い。古書店〈霧生堂〉の古い紙の香り。喫茶〈碧流〉からはコーヒーの苦い湯気が漏れていた。雨の日でも、ここだけは人通りが絶えない。
五河士道は、その入り口に立っていた。
黒髪のくせっ毛が、湿った空気で少しだけ重い。垂れ目の茶色い瞳が、傘の波を見つめている。左耳には、妹とお揃いの小さなピアス。手の甲には、これまで封印してきた精霊たちとのキスの痕が、うっすらと残っていた。
(商店街デート、か)
士道は心の中で呟いた。
昨日の水族館では、折紙の乱入とよしのんの爆弾発言で、作戦は散々だった。それでも最後には、四糸乃が小さく笑ってくれた。あの笑顔を見た瞬間、士道の胸の奥が、じわりと温かくなったのを覚えている。
(今日こそ、四糸乃の心を開く)
士道は拳を握った。
その時、スマホが震えた。ラタトスクの専用回線だ。
「士道。聞こえる?」
琴里の声は、司令官モードだった。
「ああ。どうした、琴里」
「四糸乃の霊力が、昨日よりさらに不安定になっているわ。ラタトスクの観測網が、天宮市上空の雨雲の霊力密度が基準値の三倍を超えたと報告してる」
士道の表情が、引き締まった。
「……暴走する可能性があるってことか」
「ええ。封印前に、力が逆流して暴走する危険性が高いわ。最悪の場合、商店街が氷漬けになる」
士道は、雨に濡れる商店街を見渡した。
親子連れが、楽しそうにたい焼きを買っている。カップルが、傘を相合い傘にして歩いている。ここにいる全員が、危険に晒されるかもしれない。
「……作戦を中止するか?」
士道は、静かに尋ねた。
「いいえ。作戦は続行よ。中止すれば、四糸乃の霊力はさらに不安定になる。それに——」
琴里は、少しだけ間を置いた。
「あんたなら、やれるわ。士道。四糸乃の心を開けるのは、あんただけよ」
士道は、琴里の言葉を、胸の奥で噛みしめた。
琴里は、士道のことを誰よりも信頼している。その信頼に、応えたい。
「……わかった。必ず、何とかする」
「期待してるわ。私もフラクシナスから監視してる。何かあれば、すぐに連絡して」
通話が切れた。
士道は、スマホをポケットにしまった。
(四糸乃の霊力が、限界に近い。それでも、俺は——)
士道は、商店街の入り口に目を向けた。
そこに、四糸乃が立っていた。
水色のふわふわしたセミロングの髪。雨に濡れて、しっとりと輝いている。蒼玉のような大きな瞳が、不安そうに揺れていた。身長は百四十四センチ。黄色いレインコートを着て、左手には、眼帯をつけたウサギのパペットをはめている。
「四糸乃、おはよう」
士道が声をかけると、四糸乃はびくりと肩を跳ねさせた。
「……おはよう、ございます」
声は、雨音に消えそうなくらい小さい。
「あらあら、士道さん。今日も四糸乃は、朝から三回も鏡を見てたのよ。髪の毛、何度もとかして」
よしのんが、パペットの口を動かしながら言った。
「よ、よしのん!」
四糸乃が真っ赤になって、パペットをぎゅっと抱きしめた。
士道は、思わず笑ってしまった。
「お前、相変わらずだな。よしのん」
「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。さ、今日は商店街を案内してくれるんでしょ?楽しみね」
士道は頷いて、歩き出した。四糸乃が、半歩後ろをついてくる。
二人の距離は、まだ少し開いていた。
(昨日よりは、近い。でも、まだ警戒されてる)
士道は、四糸乃の様子をちらりと見た。四糸乃は、周囲の視線に怯えるように、肩を縮めている。
「大丈夫だ。平日だから、そんなに混んでない。それに、何かあったら俺が守るから」
士道が言うと、四糸乃の頬が、ほんのり赤くなった。
「あら、守るですって。四糸乃、よかったわね。士道さんが守ってくれるって」
「……よしのん、静かに」
四糸乃が、パペットの口を押さえた。
二人は、商店街の中へと歩き出した。
アーケードの中は、雨の音が少し遠い。色とりどりの店が並び、人々が行き交っている。
「わあ……お店が、いっぱい」
四糸乃が、小さく声を漏らした。パペット越しではない、地の声。
「ああ。ここは天宮市で一番賑やかな通りだ。食べ物も、服も、本も、何でも揃ってる」
士道は、四糸乃の隣を歩きながら、店の説明を始めた。
「あそこが、たい焼き屋の天宮屋。あんこが有名で、いつも行列ができるんだ」
「……たい焼き」
四糸乃が、たい焼き屋の看板を見つめた。
「四糸乃、たい焼き食べたいの?あら、士道さん、四糸乃がたい焼きに興味津々よ」
「よ、よしのん!そんなこと、言ってない」
四糸乃が、慌てて首を振った。
士道は、四糸乃の反応を見て、微笑んだ。
「一個買ってみるか?あんことカスタード、どっちがいい?」
四糸乃は、おそるおそる士道の顔を見上げた。
「……あんこ」
小さな声。でも、確かに自分の意思で答えた。
士道は、天宮屋の前に並んだ。
五分後、熱々のたい焼きを二つ持って戻ってきた。
「ほら。熱いから、気をつけて食べろよ」
士道が、たい焼きを差し出す。四糸乃は、小さな手で受け取った。
「……ありがとう、ございます」
四糸乃は、たい焼きを両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけた。
「……おいしい」
四糸乃の表情が、ぱっと明るくなった。
(やっぱり、四糸乃は笑うとかわいいな)
士道は、心の中で呟いた。そして、すぐに首を振る。
(いや、何考えてんだ。これは任務だ)
士道は、気を取り直して、たい焼きをかじった。
「ったく、熱っ。でも、うまいな」
「士道さん、猫舌なの?かわいいわね」
「う、うるせぇ!」
士道は、照れて声が裏返った。四糸乃が、くすっと笑った。
二人は、たい焼きを食べながら、商店街を歩いた。
古書店の前で、四糸乃が足を止めた。
「ここは、霧生堂。古い本を扱ってる店だ。絵本も置いてあるぞ」
四糸乃は、店の奥を見つめた。
「……あの、絵本」
四糸乃が、指を差した。店の奥に、氷の国の絵本が飾ってある。
「ああ、あれか。昨日、図書館で読んだやつに似てるな」
士道が言うと、四糸乃はこくりと頷いた。
「四糸乃、あの絵本が欲しいの?士道さん、買ってあげたら?」
「よ、よしのん!そんな、悪いから」
四糸乃が、慌ててパペットを抱きしめた。
「別にいいぞ。安いもんだ」
士道は、霧生堂に入った。店主の老人が、カウンターから顔を上げる。
「すみません、あの絵本をください」
士道が、氷の国の絵本を指差した。
「ああ、それかい。氷の国に迷い込んだ少女の話だよ。寂しくて、寒くて、でも最後は暖かくなる。いい本だよ」
店主は、絵本を手渡した。
士道は、絵本を四糸乃に差し出した。
「ほら。プレゼントだ」
四糸乃は、絵本を受け取ると、胸にぎゅっと抱きしめた。
「……ありがとう、ございます。大事に、します」
四糸乃の声は、雨音に溶けてしまいそうなほど、小さかった。
でも、士道には、はっきりと聞こえた。
(四糸乃の心が、少しずつ開いてきてる)
士道は、確かな手応えを感じていた。
二人は、商店街の中央にある小さな広場に着いた。
ベンチがいくつか並び、噴水が静かに水を噴き上げている。雨の日だから、人影は少ない。
「ここで、少し休憩するか」
士道が、ベンチに座った。四糸乃も、隣に座る。
二人の距離は、拳一つ分。
(近い。でも、悪くない)
士道は、四糸乃の横顔を見た。雨に濡れた水色の髪。長いまつげ。小さな鼻。
「四糸乃、今日は楽しいか?」
士道が尋ねると、四糸乃は、士道の顔を見上げた。
蒼玉の瞳が、まっすぐに士道を見つめている。
「……はい。士道さんと、歩くの……楽しい」
四糸乃が、自分の言葉で、そう言った。
パペット越しではない、地の声。
そして、四糸乃は、初めて自然な笑顔を見せた。
雨の日の商店街。薄暗いアーケードの下で、四糸乃の笑顔は、まるで陽だまりのように暖かかった。
士道の胸の奥が、ドキリと鳴った。
(……やばい。かわいすぎる)
士道は、心の中で叫んだ。
「あらあら、いい雰囲気じゃない。士道さん、顔が真っ赤よ?」
よしのんが、茶化すように言った。
「う、うるせぇ!別に、赤くねぇし!」
士道は、照れて顔を背けた。四糸乃が、くすっと笑う。
「……私、士道さんと、もっと歩きたい」
四糸乃が、小さな声で言った。
士道は、四糸乃の小さな手を、そっと握った。
「ああ。もっと、色んなところに行こうな」
四糸乃は、こくりと頷いた。
その時だった。
「シドーーーーーー!!!」
商店街の入り口から、怒号が響き渡った。
士道は、慌てて振り返った。
そこに立っていたのは、夜刀神十香。
夜色の髪が、雨に濡れて輝いている。水晶の瞳が、怒りに燃えていた。身長は高く、スタイルも抜群。紫色の鎧とドレスを混ぜたような公女型霊装を身に纏い、肩には、巨大な大剣を担いでいた。
天使〈鏖殺公〉。一振りでビルを切断する、精霊十香の最強の武器。
「シドー!なぜ四糸乃とデェトをしているのだ!私というものがありながら!」
十香が、鏖殺公を振りかざした。
「お、おい、十香!落ち着け!これは作戦なんだ!」
士道は、四糸乃を庇うように立ち上がった。
「作戦?作戦とはなんだ!私には内緒で、四糸乃とデェトをしていたのか!」
十香の目に、涙が浮かんでいる。
「違う!お前にも話しただろ!四糸乃の封印作戦だって!」
「聞いてない!私は、シドーが四糸乃と楽しそうに歩いているのを見ただけだ!私の知らないところで、私のシドーが、他の女と!」
十香の霊力が、高ぶっていく。
鏖殺公が、赤く発光し始めた。
「十香、頼むから剣を降ろせ!ここは商店街だ!人がいっぱいいる!」
士道は、必死に宥めようとした。
しかし、十香の嫉妬と霊力の高ぶりは、収まらない。
「シドー!私と、四糸乃と、どちらが大事なのだ!」
十香が、叫んだ。
その瞬間だった。
四糸乃の体が、びくりと震えた。
十香の高ぶった霊力が、四糸乃の繊細な精神を、直接刺激したのだ。
「……あ」
四糸乃の目が、見開かれる。
蒼玉の瞳が、揺らぎ、光を失っていく。
「四糸乃、もういいのよ」
よしのんの声が、突然、冷たくなった。
士道は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「人間なんて、みんなあなたを傷つけるだけ。私が守ってあげる」
よしのんが、囁く。
「四糸乃!しっかりしろ!俺はお前を傷つけない!」
士道が叫んだ。
しかし、四糸乃の耳には、もう届いていない。
四糸乃の目から、光が完全に消えた。
——次の瞬間。
バキバキバキバキッ!!!
商店街の地面が、一瞬で凍結した。
白い氷が、足元から広がっていく。
「うわああああああ!!!」
「なんだ、なんだ!?」
逃げ惑う人々。
ガラスが、砕け散る音。
商店街のショーウィンドウが、内側から白く凍り、弾け飛んだ。
「四糸乃!やめるんだ!俺は逃げない!約束する!」
士道は、凍てつく床を踏みしめ、四糸乃に駆け寄ろうとした。
「嘘よ。みんなそう言って、最後には怖がって逃げるの」
よしのんが、冷たく切り返した。
四糸乃の周囲に、氷の結界が拡大していく。
「十香!お前の霊力が、四糸乃を刺激したんだ!剣を降ろせ!」
士道が、十香に叫んだ。
「わ、私は……私はただ、シドーと……」
十香は、慌てて鏖殺公を消した。
しかし、もう遅かった。
四糸乃の霊力は、完全に暴走していた。
その時、士道のスマホが、けたたましく鳴り響いた。
「士道!四糸乃の霊力が、危険レベルを突破したわ!ラタトスクの観測網が、天宮市商店街に異常な霊力反応を検知してる!」
琴里の声が、司令官モードで響く。
「琴里!四糸乃が暴走した!十香の霊力が、四糸乃を刺激したんだ!」
士道が、状況を報告した。
「十香が?……くっ、あのバカ犬!全員、四糸乃の暴走に備えろ!士道を支援しろ!フラクシナス、緊急発進よ!」
琴里が、ラタトスクに緊急指令を発令した。
「四糸乃!俺を見ろ!俺は、お前のことを怖がったりしない!」
士道は、四糸乃に叫び続けた。
しかし、四糸乃の目は、虚ろなまま。
氷の結界は、止まらない。
商店街のアーケードが、白い氷に覆われていく。
人々の悲鳴が、雨音に混じって響く。
——その混乱の裏で。
天宮市の上空、雨雲の向こう。
DEM社の観測衛星が、静かに四糸乃の霊結晶反応を捕捉していた。
天宮市郊外、DEM社極東支部。
「〈ハーミット〉の霊結晶反応を確認。天宮市駅前商店街。霊力値は、捕獲に十分な数値を維持しています」
「そうか。ついに、好機が来たな。捕獲部隊の出撃準備を急げ。四糸乃の霊結晶を、必ず手に入れる」
DEM社の捕獲部隊が、動き始めていた。
士道は、まだ、そのことに気づいていなかった。
「四糸乃!お願いだ!俺を信じてくれ!」
士道の叫びは、氷の迷宮に吸い込まれていく。
四糸乃の小さな体が、氷の結界の中心で、静かに震えていた。
その左手で、よしのんが、冷たい笑みを浮かべていた。Noveliaとは?
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