ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者―
三年前の入学式の朝に目覚めたソウル=イーターは、自分が未来の記憶を持ったまま過去へと逆行したことに気づく。鬼神・阿修羅との最終決戦でマカをかばって命を落とした――その記憶を胸に、十三歳の少年となった彼は、今度こそ仲間たちを守り抜くと誓う。だが、死神様の口から語られたのは、ソウルが知らない新たな脅威「アナムネシス教団」の存在だった。記憶を喰らう者を崇拝する謎の集団。自分の行動が未来を変えてしまったのか。それとも――。無邪気に笑うマカの隣で、ソウルは誰にも言えない決意を胸に、二度目の運命を歩き始める。未来を知る者が、未来を変えるために戦う冒険譚、ここに開幕。
ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者― - 魂の共鳴者 ―逆行した死神の弟子―
目が、覚めた。
いや、正確には違う。覚めた、というより、無理やり引き戻された。
ソウル=イーターは飛び起きた。心臓が、おかしいくらいに暴れている。指先が冷たい。汗が、首筋を伝って落ちた。
(俺は……死んだはずだ)
喉が渇く。息が浅い。空気を求めて、何度も吸い込む。肺が、ちゃんと動いている。心臓が、血を送っている。痛みも、熱も、何もない。
部屋の中を見回した。
狭い。壁紙が少し剥がれている。カーテンの色が、くすんだ青。窓の外から、朝の光が細く差し込んでいる。見覚えがある。いや、見覚えがありすぎる。
これは、死武専の寮だ。
それも、入学したての頃に割り当てられた、あの部屋。
「……なんで」
声が、掠れた。自分の声なのに、遠くから聞こえるみたいだ。
ベッドから降りる。足が、震える。床に足の裏がつく感覚が、やけにリアルだ。
部屋の隅に、姿見があった。安物の、縁が錆びかけた鏡。そこに、映った。
白っぽい銀髪。ツンツンした短髪。赤い瞳。耳には小さなピアス。
……若い。
いや、若いなんてものじゃない。
これは、十三歳の俺だ。
ソウルは鏡に近づいた。手を伸ばす。指先が、冷たい鏡の表面に触れた。
(間違いない。これは、俺だ)
死武専のパフスリーブの制服を、だらしなく着崩している。口には、いつものように、爪楊枝みたいな棒を噛んでいた。いつの間に咥えたのか、自分でもわからない。体が覚えている。
ベッドに戻る。枕元に、スマホが置いてあった。手に取る。画面をつける。
日付が、表示された。
三年前の、入学式の日。
「……マジかよ」
ソウルは、スマホを握りしめた。手のひらに、画面の角が食い込む。痛い。でも、その痛みが、逆に現実を引き寄せる。
これは夢じゃない。
俺は、三年前に戻ってきたんだ。
記憶が、一気に蘇る。
鬼神・阿修羅。最終決戦。月の上での、あの戦い。
マカが、叫んでいた。俺の名前を。
そして、俺は――
ソウルは、目を閉じた。
マカをかばった。それで、致命傷を負った。体が、真っ二つになる感覚。血の匂い。冷たくなっていく指先。
マカの泣き顔が、最後に目に焼きついた。
「……っ」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。息が、止まりそうだ。
(俺は、死んだ)
(でも、生きてる)
(三年前の、入学式の朝に)
意味がわからない。どうしてこうなったのか、理由なんて何もわからない。
ただ、一つだけ、はっきりしていることがある。
俺は、未来を知っている。
これから起こること、全部。
マカが苦しむ未来も。友達が傷つく未来も。キッドが狂気に飲まれる未来も。
そして、俺が死ぬ運命も。
「……変えてやる」
声に出したら、少しだけ、腹が据わった。
絶対に、変えてみせる。今度こそ、俺がみんなを守るんだ。
――コンコン。
ドアが、ノックされた。
ソウルの体が、びくっと跳ねる。
「ソウルくん、起きてる?」
聞き覚えのある声。でも、今の俺には、その声が、鋭い刃みたいに突き刺さる。
マカだ。
三年前の、マカの声。
「……ああ」
声が、うまく出ない。喉の奥が、熱い。
「入るわよ?」
返事をする前に、ドアが開いた。
そこに立っていたのは、マカ=アルバーンだった。
暗いベージュの髪を、ツインテールにしている。緑色の瞳。身長は一五五センチ。死武専の制服を、きちんと着こなしている。
まだ、十三歳のマカ。
俺が、よく知っているマカ。
「おはよう、ソウルくん」
マカが、笑った。
無邪気で、明るくて、太陽みたいな笑顔。
それを見た瞬間、ソウルの胸の奥で、何かが、壊れる音がした。
(ああ、この笑顔だ)
(俺は、この笑顔を守りたかったんだ)
未来の記憶が、また蘇る。
最終決戦の時、マカは、泣いていた。俺の名前を叫びながら、泣いていた。
あんな顔、もう二度とさせたくない。
「……おはよう」
ソウルは、必死に笑顔を作った。
でも、うまく笑えているか、自信がない。目の奥が、熱い。涙が、出そうだ。
「どうしたの? 顔色、悪いけど」
マカが、首をかしげた。心配そうな顔で、俺の顔を覗き込む。
「別に。寝起きだからな」
「そう? ならいいけど」
マカは、それ以上追及しなかった。
「入学式、一緒に行こう。ほら、早く準備して」
マカが、手を差し出した。
小さくて、白い手。
ソウルは、その手を、じっと見つめた。
(この手を、握り返してもいいのか?)
(俺は、未来のことを全部知っている。でも、マカは何も知らない)
(何も知らないマカに、俺は……)
「ソウルくん?」
マカが、不思議そうな顔をした。
ソウルは、自分の手を、マカの手に重ねた。
マカの手は、温かかった。
「……行くか」
「うん!」
マカが、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、ソウルは、心の中で誓った。
(絶対に、守り抜く)
(今度こそ、マカの笑顔を)
(俺が、守るんだ)
死武専の校門をくぐる。
あの日と同じ、入学式の朝。
空は、抜けるように青い。風が、少しだけ冷たい。
校舎の前には、新入生たちが集まっていた。みんな、不安と期待が混ざったような顔をしている。
ソウルは、その光景を、どこか遠くから見ているような気分だった。
(三年前も、こんな感じだったな)
(あの頃の俺は、何も知らなかった)
(これから、こんなに辛いことが起きるなんて、想像もしてなかった)
「ソウルくん、緊張してる?」
マカが、隣で、俺の顔を覗き込んだ。
「してない」
「ふーん。私は、ちょっと緊張してるかも」
マカは、自分の指を、もじもじと絡めた。
「でも、ソウルくんが一緒なら、大丈夫な気がする」
マカが、そう言って、はにかんだ。
ソウルは、胸が、きゅっと苦しくなった。
(やめてくれ。そんなこと言われたら、俺は……)
(俺は、お前を守りたいのに)
(お前に、そんな顔をさせたいわけじゃない)
「……ああ」
ソウルは、短く答えた。
それ以上、何も言えなかった。
体育館に、新入生が集められた。
入学式が、始まる。
壇上に、死神様が立った。
大きな体。骸骨みたいな顔。でも、その雰囲気は、不思議と怖くない。
死神様は、この死武専の創設者であり、校長だ。
死神様が、口を開いた。
「ようこそ、死武専へ」
低くて、よく通る声。体育館の隅々まで、その声が響き渡る。
「この学校は、死神武器職人専門学校。略して、死武専」
「ここは、武器と職人を育成するための教育機関だ」
「君たちの中には、武器としての才能を持つ者と、職人としての才能を持つ者がいる」
「武器は、自らの体を武器に変身させることができる。職人は、その武器を使いこなす」
「武器と職人は、ペアを組む。互いの魂の波長を共鳴させ、戦うのだ」
死神様の演説は、続く。
「最終目標は、武器が悪人の魂九十九個と、魔女の魂一個を食べること」
「そうして、死神様の武器、デスサイズを作り出すのだ」
ソウルは、その話を、懐かしい気持ちで聞いていた。
(ああ、そうだ。最初は、みんな、ここから始まるんだ)
(俺も、マカも、みんな)
(デスサイズを作るために、魂を集めて……)
(そして、あの戦いに……)
「――だが」
死神様の声が、急に、重くなった。
「近年、世界には、新たな脅威が現れつつある」
体育館の空気が、一瞬で張り詰めた。
「その名は、アナムネシス教団」
ソウルの心臓が、どくん、と跳ねた。
(アナムネシス教団……?)
(そんな名前、聞いたことない)
「彼らは、記憶を喰らう者を崇拝する、危険な集団だ」
「まだ、その全貌は明らかになっていない。しかし、君たちも、十分に注意するように」
死神様は、それ以上、詳しいことは話さなかった。
でも、ソウルは、確信した。
(これは、俺の知らない未来だ)
(三年前の入学式で、死神様は、こんな話をしなかった)
(アナムネシス教団? 記憶を喰らう者?)
(何だ、それは)
(未来が、変わっている)
(いや、もしかしたら、俺が戻ってきたせいで、何かが……)
ソウルの胸に、黒い不安が、じわじわと広がっていく。
入学式が終わり、クラス分けと寮の部屋割りが行われた。
ソウルとマカは、パートナーとして認められた。
未来と同じ。
ソウルは、心の中で、ほっと息を吐いた。
(よかった。ここは、変わってない)
(俺とマカが、パートナーになる。それは、変わらない)
(このまま、未来をなぞれば……)
「ソウルくん、これから、よろしくね」
マカが、俺に向かって、手を差し出した。
「……おう」
ソウルは、その手を握った。
――その瞬間。
ソウルは、マカの魂の波長を、感じ取った。
(……弱い)
(まだ、全然、未熟だ)
(この頃のマカは、本当に、何もできなかったんだな)
未来のマカは、もっと強かった。魂の波長も、鋭くて、力強くて。
でも、今のマカの波長は、まるで、生まれたての小鳥みたいに、か細い。
(これが、三年前の、マカの実力)
(今の俺たちじゃ、あの未来の惨劇を、変えられないかもしれない)
(いや、変えなきゃいけないんだ)
(変えるために、俺は、ここにいるんだから)
ソウルは、マカの手を、強く握りしめた。
「ソウルくん……?」
マカが、驚いたように、目を丸くした。
「……何でもない」
ソウルは、手を離した。
(焦るな。まだ、始まったばかりだ)
(一歩ずつ、だ)
(俺が、みんなを守る)
(そのために、今は、何もかもを、我慢しろ)
夜。
寮の屋上。
ソウルは、一人で、フェンスにもたれかかっていた。
空には、星が、たくさん浮かんでいる。
風が、冷たい。
(未来のことを、考える)
(マカの泣き顔)
(キッドが、狂気に飲まれる姿)
(仲間たちの、死)
(そして、俺の死)
(全部、変えなきゃいけない)
(でも、どうやって?)
(未来を知っているからこそ、動けないこともある)
(余計なことをして、歴史が狂えば、もっと悪い結末になるかもしれない)
(それでも、俺は……)
ソウルは、フェンスを、ぎゅっと握りしめた。
(絶対に、変えてみせる)
(今度こそ、俺が、みんなを守るんだ)
(マカを、キッドを、ブラック☆スターを、椿を、リズを、パティを)
(みんなを)
その時。
視界の隅で、何かが、動いた。
ソウルは、とっさに、そちらを見た。
寮の窓の外。
黒い影が、一瞬、よぎった。
(……何だ?)
ソウルは、目を凝らした。
でも、そこには、もう、何もいなかった。
ただ、夜の闇が、広がっているだけ。
(気のせいか?)
ソウルは、首を振った。
(疲れてるんだな、俺)
(今日は、もう寝よう)
ソウルは、屋上を後にした。
――その影が、再び、窓の外に現れたことを、ソウルは、知らない。
影は、しばらく、ソウルの部屋の窓を、じっと見つめていた。
そして、まるで、獲物を見定めるように、ゆっくりと、夜の闇に溶けていった。Noveliaとは?
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