ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者―
三年前の入学式の朝に目覚めたソウル=イーターは、自分が未来の記憶を持ったまま過去へと逆行したことに気づく。鬼神・阿修羅との最終決戦でマカをかばって命を落とした――その記憶を胸に、十三歳の少年となった彼は、今度こそ仲間たちを守り抜くと誓う。だが、死神様の口から語られたのは、ソウルが知らない新たな脅威「アナムネシス教団」の存在だった。記憶を喰らう者を崇拝する謎の集団。自分の行動が未来を変えてしまったのか。それとも――。無邪気に笑うマカの隣で、ソウルは誰にも言えない決意を胸に、二度目の運命を歩き始める。未来を知る者が、未来を変えるために戦う冒険譚、ここに開幕。
ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者― - 黒血の囁き ―未来を知る者への罠―
廊下の空気が、妙に重い。
朝の光は窓から差し込んでいるのに、どこか薄暗く感じる。ソウル=イーターは、そんなことを考えながら歩いていた。口にはいつもの爪楊枝みたいな棒。銀髪が、わずかに湿った風に揺れる。
入学から一ヶ月。
死武専の校舎にも、すっかり慣れた。教室の場所も、訓練場の使い方も、寮のルールも。未来の記憶があるから、本当は全部知っている。でも、知らないふりを続けるのは、思ったより疲れる。
(一ヶ月か)
まだ一ヶ月。あの最終決戦まで、三年近くある。気が遠くなるような長さだ。
でも、油断はできない。
廃教会で感じたあの囁き。寮の屋根から俺を見下ろしていた黒い影。アナムネシス教団の存在。未来にはなかったものが、確実に動き始めている。
「ソウルくん」
後ろから、聞き慣れた声。
振り向くと、マカ=アルバーンが小走りで近づいてくる。暗いベージュのツインテールが、ぱたぱたと揺れていた。緑色の瞳が、朝の光を受けてきらきらしている。
「死神様から、呼び出しだって」
「呼び出し?」
「うん。二人で来るようにって」
マカの顔に、少しだけ緊張の色が浮かんでいる。
死神様からの呼び出し。入学して一ヶ月の生徒が、直接呼ばれることなんて、そうそうない。
(来たか)
ソウルは、心の中で呟いた。
未来の記憶が、ざわざわと騒ぐ。
この呼び出しが、何を意味するのか。俺は、知っている。
「行こう」
「うん」
二人は、死神様の執務室へと向かった。
廊下を歩く。すれ違う生徒たちが、ちらちらとこちらを見ている。死神様に呼び出された二人組。好奇の視線が、背中に突き刺さる。
マカは、少しだけ背筋を伸ばした。
「なんだか、緊張するね」
「……そうだな」
ソウルは、短く答えた。
本当は、緊張なんてしていない。
何が待っているのか、全部知っているから。
だからこそ、足が重い。
(行きたくねえ)
心の奥底で、弱音が漏れる。
でも、行かないわけにはいかない。
これが、運命の分かれ道だ。
執務室の前に着いた。
大きな扉。黒い木でできていて、死神様の紋章が刻まれている。
マカが、小さく深呼吸をした。
ソウルは、その横顔を、ちらりと見た。
(こいつは、何も知らない)
(これから、何が始まるのかも)
(俺が、どんな選択を迫られているのかも)
「入るよ」
マカが、扉をノックした。
「どうぞ」
中から、穏やかな声が聞こえる。
扉が開く。
執務室の中は、薄暗かった。
窓はあるのに、なぜか光が弱い。壁一面に本棚。分厚い本が、ぎっしりと並んでいる。机の上には、書類の山。
そして、その奥に。
死神様が、座っていた。
白い仮面のような顔。黒いローブ。その姿は、未来の記憶と、何一つ変わっていない。
「よく来たね」
死神様の声は、相変わらず穏やかだ。
でも、ソウルは知っている。
この穏やかさの奥に、どれほどの力が眠っているのかを。
「二人に、話がある」
死神様が、手元の書類を、とんとんと整えた。
「実地任務を、命じたい」
マカの肩が、ぴくりと動いた。
「実地任務……ですか?」
「ああ。魔女アラクネの討伐だ」
――来た。
ソウルは、心の中で、静かに呟いた。
知っていた。知っていたとも。
この任務が、俺の運命を、大きく変える。
黒血。
アラクネが、俺の体に流し込む、あの黒い血。
狂気の扉を開く、呪い。
「アラクネは、魔女の中でも特に危険な存在だ」
死神様の声が、続く。
「彼女の城、ババ・ヤガーの城には、多くの罠と眷属がいる。油断すれば、命はないと思え」
「……はい」
マカの声が、少し震えている。
無理もない。入学一ヶ月で、魔女討伐。しかも、相手はアラクネ。
でも、マカは、顔を上げた。
「私、頑張ります」
その目に、強い決意が宿っている。
ソウルは、その横顔を見て、胸が痛んだ。
(ごめんな、マカ)
(俺は、お前を、これから、もっと辛い目に遭わせる)
「ソウル=イーター」
死神様の視線が、ソウルに向けられる。
「何か、質問はあるか?」
「……いえ、別に」
ソウルは、短く答えた。
質問なんて、あるわけがない。
全部、知っている。
これから起こることの、全部を。
「そうか。では、詳細は追って連絡する。下がっていい」
「はい。失礼します」
マカが、深々とお辞儀をした。
ソウルも、軽く頭を下げる。
二人は、執務室を後にした。
扉が閉まる。
その瞬間、ソウルは、壁に手をついた。
「……ソウルくん?」
マカが、心配そうに、ソウルの顔を覗き込む。
「大丈夫? 顔色、悪いよ?」
「……なんでもねえ」
ソウルは、無理やり、いつもの調子で言った。
「ちょっと、寝不足なだけだ」
「……そう? ならいいけど」
マカは、まだ心配そうだった。
でも、それ以上は追及しなかった。
「アラクネ討伐か……すごい任務だね。緊張するけど、頑張ろうね、ソウルくん」
マカが、笑顔で言った。
その笑顔が、痛い。
(頑張ろう、か)
(俺は、これから、お前を、地獄に突き落とすのに)
「……おう」
ソウルは、目を逸らした。
――その夜。
寮の屋上。
夜風が、冷たい。
ソウルは、一人で、フェンスに寄りかかっていた。
空には、星が、ぽつぽつと見える。
(どうする)
頭の中で、同じ問いが、ぐるぐる回っている。
アラクネに接触しなければ、黒血を避けられる。
でも、黒血なしでは、未来の戦いで、マカを守れない。
(黒血は、呪いだ)
(でも、同時に、力でもある)
未来の俺は、黒血の狂気に、何度も苦しめられた。
あの黒い部屋。あの黒い炎。あの囁き。
思い出すだけで、吐き気がする。
でも、その力があったから、戦えた。
マカを、守れた。
(歴史を変える代償)
(マカを守るための、必要悪)
どちらを選ぶ?
答えは、もう、出ている。
「……決まってるだろ」
ソウルは、誰に言うでもなく、呟いた。
「俺は、マカを守る」
たとえ、自分が、地獄に落ちても。
たとえ、この身が、狂気に蝕まれても。
マカの笑顔を、守れるなら。
それで、いい。
「ソウルくん?」
突然、後ろから声がした。
振り向くと、マカが、屋上の入り口に立っていた。
「こんなところで、何してるの?」
「……別に。星、見てただけだ」
「星?」
マカが、空を見上げた。
「きれいだね」
「……ああ」
マカが、ソウルの隣に来る。
二人で、並んで、空を見上げた。
沈黙が、流れる。
でも、嫌な沈黙じゃない。
「明日、頑張ろうね」
マカが、静かに言った。
「私、まだ、うまく戦えないけど。でも、ソウルくんと一緒なら、大丈夫な気がする」
マカの声は、真っ直ぐだった。
「だから、明日は、絶対に、生きて帰ろう」
「……おう」
ソウルは、短く答えた。
(ごめんな、マカ)
(お前を守るためなんだ)
(お前を、これから、苦しめることになる)
(でも、それでも、俺は)
ソウルは、拳を、ぎゅっと握った。
――翌日。
ババ・ヤガーの城。
その姿は、不気味だった。
岩山の上に、ねじれた塔が、いくつも突き出ている。空は、城の周りだけ、どんよりと曇っていた。
「ここが、ババ・ヤガーの城……」
マカの声が、震えている。
「気を抜くな。中は、罠だらけだ」
「うん」
二人は、城の入り口に立った。
巨大な門。黒い鉄でできていて、触れると、ひんやりと冷たい。
「行くぞ」
ソウルは、門を押した。
ギギギギギ……
耳障りな音を立てて、門が開く。
中は、真っ暗だった。
「……暗いね」
「ああ。気をつけろ」
二人は、一歩、中に踏み入れた。
瞬間、足元が、光った。
魔法陣。
「なっ――」
「きゃあっ!」
光が、二人を包み込む。
視界が、白く染まる。
そして、気がつくと、二人は、別の場所に立っていた。
「ここは……?」
「転移の罠だ。城内のどこかに、飛ばされた」
周囲を見回す。
石造りの広間。壁には、不気味な絵が飾られている。床には、黒い染み。
「気をつけろ。眷属がいる」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、壁の影から、何かが動いた。
ゾロゾロと。
人の形をした、黒い影。
目が、赤く光っている。
「狂気の亡者……!」
マカが、身構えた。
「ソウルくん、お願い!」
「おう」
ソウルは、マカの手を取った。
――変身する。
体が、光に包まれる。骨が、形を変える。皮膚が、硬質な金属に変わる。一瞬の浮遊感。そして、ソウルの体は、一振りの大鎌になっていた。
マカの手の中に、その柄が、しっかりと握られている。
「行くよ!」
マカが、駆け出した。
鎌を振るう。
――キィィン。
耳障りな音。
共鳴が、軋んでいる。
(まだ、ダメか)
ソウルは、心の中で、歯がゆさを感じた。
マカの波長は、まだ、か細い。俺の波長と、うまく噛み合わない。
鎌の刃が、亡者を切り裂く。
でも、浅い。
本来の力が、出せていない。
「くっ……」
マカが、悔しそうに、唇を噛んだ。
「落ち着け。俺の波長を、もっと感じろ」
「……うん!」
マカが、深呼吸をした。
――ジリジリ。
まだ、軋む。
でも、さっきよりは、少しだけ、マシだ。
「はああっ!」
マカが、鎌を、横に薙ぐ。
ザシュッ。
亡者の一体が、黒い霧になって消えた。
「やった!」
「まだだ。次が来る!」
ゾロゾロと、次から次へと、亡者が湧いてくる。
マカは、必死に、鎌を振るい続ける。
でも、共鳴が不完全なせいで、攻撃が、なかなか決まらない。
(未来のマカなら)
(もっと、上手くやれたはずだ)
ソウルは、歯がゆかった。
でも、それを、口に出すわけにはいかない。
「マカ、右だ!」
「えっ!?」
マカが、慌てて、右を見る。
亡者が、すぐそこまで迫っていた。
「きゃあっ!」
マカが、とっさに、鎌を突き出す。
でも、狙いが、ずれている。
「くそっ」
ソウルは、自分の意志で、鎌の刃を、わずかに動かした。
ギリギリで、亡者の攻撃を、弾く。
「ご、ごめん、ソウルくん!」
「謝るな。前を見ろ!」
「う、うん!」
戦闘は、続いた。
何とか、亡者の群れを、突破する。
マカは、肩で息をしていた。
「はあ……はあ……ごめん、私、全然……」
「気にすんな。生きてりゃいい」
ソウルは、マカを、安心させるように言った。
でも、心の中では、焦りがあった。
(このままじゃ、アラクネのところまで、たどり着けないかもしれない)
(いや、たどり着く)
(未来では、たどり着いた)
(だから、大丈夫だ)
ソウルは、自分に言い聞かせた。
二人は、城の奥へと、進んでいった。
罠をかわし、眷属を倒し、階段を上り。
そして、ようやく、四層に到達した。
「ここが……最上階……?」
「ああ。アラクネの居室だ」
二人は、大きな扉の前に立った。
「開けるよ」
「おう」
マカが、扉を押した。
ギィィィ……
扉が、ゆっくりと開く。
中は、広い部屋だった。
天井は高く、壁には、無数の本が並んでいる。
そして、部屋の奥に。
女が、立っていた。
長い黒髪。白い肌。紫のドレス。
その顔は、美しいのに、どこか、不気味だった。
「あら、いらっしゃい」
アラクネが、微笑んだ。
「死神の子飼いが、二人だけで来たのか。随分と、舐められたものね」
アラクネの声は、甘く、そして、冷たかった。
「アラクネ……!」
マカが、鎌を構えた。
「私たちが、あなたを、討つ!」
「まあ、怖い。でも、無理よ。あなたたちの共鳴、聞こえていたわ。とても、私を倒せるとは思えない」
アラクネが、くすくすと笑った。
「やってみなければ、わからない!」
マカが、駆け出した。
「魔女狩り!」
鎌が、巨大な光の刃となって、アラクネに襲いかかる。
でも、アラクネは、片手を上げただけだった。
「甘いわ」
――バチン。
魔法障壁が、光の刃を、弾き返した。
「きゃあっ!」
マカが、吹き飛ばされる。
「マカ!」
「大丈夫……まだ、やれる……」
マカが、立ち上がる。
「無駄よ。あなたたちの共鳴は、不完全。私には、届かない」
アラクネが、ゆっくりと、二人に近づいてくる。
その目が、ソウルを、じっと見た。
「……おや?」
アラクネの目が、細められた。
「あなた、面白い魂をしているわね」
ソウルの心臓が、跳ねた。
「波長に、異常な干渉がある。まるで……時間の歪みみたいな」
(やばい)
ソウルは、直感した。
この女は、俺の秘密に、気づいている。
「ねえ、あなた」
アラクネが、ソウルに、顔を近づけた。
「お前、未来を知っているな?」
――。
ソウルの体が、凍りついた。
未来にはなかった言葉。
アラクネが、こんなことを言うはずがない。
(なんで……)
(なんで、こいつが……)
「やはりな」
アラクネが、不気味に笑った。
「その魂の歪み、時間を跳んだ者のものだ。間違いない」
アラクネの手が、ソウルの胸に、触れる。
「な、なにを――」
「頂くわ。あなたの未来の記憶。そして、あなたの魂に、黒血を注いであげる」
「やめろ!」
マカが、叫んだ。
でも、体が、動かない。
アラクネの魔法で、拘束されていた。
「ソウルくんから、離れて!」
「うるさい子ね。少し、黙っていなさい」
アラクネが、指を鳴らす。
マカの口が、見えない力で、塞がれた。
「んんっ!」
「さあ、始めましょう」
アラクネの手が、黒く光る。
「あなたの記憶、そして、あなたの運命。すべて、私のものよ」
黒い光が、ソウルの胸に、吸い込まれていく。
「ぐっ……あああああっ!!」
激痛。
体の中を、黒い何かが、駆け巡る。
熱い。痛い。冷たい。
相反する感覚が、同時に、全身を襲う。
「ああああああっ!!」
ソウルは、叫んだ。
視界が、赤く染まる。
いや、黒い。
黒い炎が、周囲を包み込む。
――ブラックルーム。
意識が、暗闇の中に、落ちていく。
黒い部屋。
黒い炎。
黒い囁き。
『お前は、何も守れない』
『お前は、弱い』
『お前のせいで、マカは死ぬ』
『お前が、殺すんだ』
「ちがう……ちがう……!」
ソウルは、暗闇の中で、もがいた。
『諦めろ。お前には、何もできない』
『お前は、未来を知っているだけの、無力な子供だ』
『マカを守れると、本気で思っているのか?』
「うるさい……うるさい……!」
黒い炎が、ソウルの体を、焼く。
痛い。
苦しい。
消えたい。
――その時。
遠くから、声が聞こえた。
「ソウルくん!」
マカの声。
「ソウルくん! 戻ってきて! 私がいるでしょ!」
マカが、叫んでいる。
「お願い! 私を、一人にしないで!」
その声が、黒い炎を、かき分けて、ソウルの心に、届いた。
(マカ……)
(マカが、呼んでる)
(俺は、まだ、ここにいる)
(死ぬわけには、いかない)
(マカを、守るんだ)
ソウルは、暗闇の中で、目を開けた。
――現実。
「ソウルくん! ソウルくん!」
マカが、泣きながら、ソウルを呼んでいた。
「……うるせえ……聞こえてる……」
ソウルは、かすれた声で、言った。
「ソウルくん……! よかった……!」
マカが、ソウルに、抱きついた。
涙が、ソウルの胸に、落ちる。
「あら、しぶといのね」
アラクネが、驚いたように言った。
「黒血の侵食に、耐えるなんて。面白いわ。でも、もう、目的は果たした。黒血は、あなたの中に、確かに流れ込んだ」
アラクネが、満足そうに、微笑んだ。
「次は、お前の記憶を、すべて喰らう。楽しみにしているぞ」
アラクネの体が、光に包まれる。
「それまで、せいぜい、狂気に苦しむといいわ」
そして、アラクネは、城ごと、転移した。
――気がつくと、二人は、城の外に、放り出されていた。
「ソウルくん……ソウルくん……!」
マカが、必死に、ソウルの体を、揺さぶる。
「大丈夫……死んでねえよ……」
ソウルは、なんとか、笑顔を作った。
でも、体の中では、黒血が、ドクドクと脈打っていた。
狂気の扉が、少しだけ、開いている。
その向こうから、黒い何かが、こちらを、覗いている。
(これが、黒血)
(未来で、俺を苦しめた、呪い)
(でも、これで、マカを守れる)
(これで、いい)
ソウルは、意識を手放した。
――死武専。
医務室。
ソウルは、ベッドの上で、目を覚ました。
体が、重い。
「気がついたか」
シュタイン教官が、ベッドの横に立っていた。
「……ここは」
「医務室だ。お前は、任務中に、魔女の術を受けた」
シュタインが、カルテを見ながら、言った。
「黒血、だな。アラクネの術だ。体内に、特殊な血を、流し込まれた」
「……除去、できたのか?」
「できない」
シュタインは、あっさりと言った。
「現時点では、除去方法は不明だ。お前は、これから、黒血と付き合っていくしかない」
「……そうか」
ソウルは、静かに、目を閉じた。
知っていた。
黒血が、除去できないことは、未来の記憶で、知っていた。
「マカは?」
「隣の部屋で、休んでいる。お前を、一晩中、看病していた。今、やっと、眠ったところだ」
「……そうか」
ソウルの胸が、きゅっと痛んだ。
(マカ……)
(ごめんな)
「ゆっくり休め」
シュタインは、部屋を出ていった。
ソウルは、一人になった。
――その時。
ブブッ。
枕元のスマホが、震えた。
ソウルは、手を伸ばして、スマホを取った。
画面に、メッセージが表示されている。
差出人は、不明。
「お前の記憶、いただく」
――アナムネシス。
ソウルの指が、震えた。
(アナムネシス)
(記憶喰い)
(教団が、俺を、完全に感知している)
(俺の記憶を、狙っている)
恐怖が、足元から、這い上がってくる。
黒血の痛みが、胸を、締めつける。
(どうすりゃいいんだよ)
(誰にも、言えない)
(マカにも、死神様にも)
(俺の逆行は、誰にも、知られちゃいけない)
(でも、もう、知られている)
(アラクネにも、アナムネシスにも)
(俺は、どうすればいい?)
答えは、出ない。
ただ、黒血の痛みと、孤独が、ソウルを、じわじわと、蝕んでいく。
――その夜。
ソウルの部屋のドアが、ノックされた。
「ソウルくん、起きてる?」
マカの声。
「……おう」
ドアが開いて、マカが、入ってきた。
「大丈夫?」
マカの顔は、まだ、疲れていた。
「平気だ」
ソウルは、無理やり、笑った。
「心配すんな。俺は、元気だぜ」
「……本当?」
マカが、ソウルの顔を、じっと見た。
「本当だって」
ソウルは、言った。
その時、ソウルは、無意識に、左手で、左耳を触っていた。
マカの視線が、ソウルの手に、落ちる。
「……嘘つくとき、ソウルくんは、左耳触るんだよ」
マカが、小さく、呟いた。
「……触ってねえよ」
ソウルは、慌てて、手を下ろした。
「触ってた」
「触ってねえ」
「触ってたもん」
マカは、悲しそうに、笑った。
「……わかった。今日は、もう、聞かない」
マカは、ドアの方に、歩いていった。
「おやすみ、ソウルくん」
「……おやすみ」
ドアが、閉まる。
ソウルは、一人になった。
黒血が、ドクン、と脈打つ。
痛み。
そして、孤独。
「……どうすりゃいいんだよ」
ソウルは、暗い部屋の中で、一人、呟いた。
窓の外では、月が、雲に隠れていた。
――まだ、夜は、長い。Noveliaとは?
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