ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者―
三年前の入学式の朝に目覚めたソウル=イーターは、自分が未来の記憶を持ったまま過去へと逆行したことに気づく。鬼神・阿修羅との最終決戦でマカをかばって命を落とした――その記憶を胸に、十三歳の少年となった彼は、今度こそ仲間たちを守り抜くと誓う。だが、死神様の口から語られたのは、ソウルが知らない新たな脅威「アナムネシス教団」の存在だった。記憶を喰らう者を崇拝する謎の集団。自分の行動が未来を変えてしまったのか。それとも――。無邪気に笑うマカの隣で、ソウルは誰にも言えない決意を胸に、二度目の運命を歩き始める。未来を知る者が、未来を変えるために戦う冒険譚、ここに開幕。
ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者― - 黒血の暴走 ―孤独の屋上―
医務室のベッド。白い天井。消毒液の匂いが、鼻の奥に張りついて離れない。
ソウル=イーターは、目を覚ました。
(ここは……)
体が、鉛のように重い。シーツの感触が、妙に遠い。
胸の奥で、何かが、ドクン、と脈打つ。
黒い血。
アラクネが、俺の体に流し込んだ、呪い。
(昨日の、続きか)
あの城から帰ってきて、一晩中、マカが看病してくれて。それで、朝になって、少し楽になった気がした。
でも。
違った。
体の奥底で、黒い何かが、じわじわと、広がっている。熱い。冷たい。両方が、同時に、俺の内側を蝕んでくる。
「ソウルくん!」
ドアが、勢いよく開いた。マカだ。暗いベージュのツインテールが、乱れている。緑の瞳が、泣き腫らしたみたいに、赤い。
「よかった……目が覚めたんだね」
マカが、ベッドに駆け寄ってくる。靴音が、やけに響く。
「ずっと、呼んでたんだよ。でも、全然、起きなくて」
声が、震えている。
「……心配かけたな」
ソウルは、体を起こそうとした。
その瞬間。
胸を、黒い何かが、突き破るような、激痛。
「ぐっ……!」
ソウルは、胸を押さえて、うずくまった。シーツが、握った指の分だけ、皺になる。
「ソウルくん!? どうしたの!?」
マカが、慌てて、ソウルの肩に手を置く。その手のひらが、震えている。
「平気だ……ちょっと、痛んだだけだ」
ソウルは、無理やり、笑った。口の端が、引きつる。
「心配すんな。俺は、元気だぜ」
「……嘘」
マカが、小さく、呟いた。
「嘘つくとき、ソウルくんは、左耳触るんだよ」
ソウルは、自分の左手が、いつの間にか、左耳に触れていることに、気づいた。指先が、耳たぶの上で止まっている。
「……触ってねえよ」
「触ってた」
マカの目が、真剣だ。
「ねえ、ソウルくん。あの黒い血……本当に、大丈夫なの?」
マカの声が、小さくなる。
「私、昨日の夜、ずっと、ソウルくんの魂を見てた。……あれ、普通の波長じゃない。黒い何かが、ソウルくんの魂に、まとわりついてるみたいで」
ソウルの胸が、ぎゅっと、締めつけられる。
(こいつは、本当に、俺のことをよく見てる)
(だからこそ、言えない)
(黒血のことは、未来の俺も、苦しめられた)
(でも、今は、まだ)
「大丈夫だって」
ソウルは、マカの目を、真っ直ぐに見て、言った。まぶたが、わずかに、跳ねる。
「俺は、ちゃんと、制御できる。お前は、何も心配すんな」
マカは、しばらく、ソウルの顔を、じっと見つめていた。
でも、やがて、小さく、うなずいた。
「……分かった。でも、無理しないで。今日は、授業、休もう?」
「いや、行く」
ソウルは、ベッドから、立ち上がった。足元が、ふらつく。床の感触が、スポンジみたいに、頼りない。
「ほら、やっぱり、無理してる」
マカが、ソウルの腕を、支えようとした。指が、袖を、掴む。
「平気だって」
ソウルは、マカの手を、そっと、外した。自分の指が、マカの指から、一本ずつ、剥がれていく。
(これ以上、お前に、心配かけられねえ)
(俺が、しっかりしなきゃ)
(未来を変えるのは、俺の役目だ)
二人は、医務室を出た。廊下は、朝の光で、明るかった。床のリノリウムが、白く、反射している。
でも、ソウルの心の中は、暗い影が、じわじわと、広がっていた。
教室に着いた。いつもの席に、座る。椅子の背もたれが、背中に、冷たい。
授業が、始まった。教官の声が、遠くに聞こえる。黒板の文字が、ぼやける。チョークの音が、水の中で、鳴っているみたいだ。
(あれ……)
(おかしい)
(体が、熱い)
胸の奥で、黒血が、ドクンドクンと、脈打つ。指先が、痺れる。鉛筆を、落としそうになる。
視界が、ゆがむ。黒板の文字が、にじんで、溶けていく。
「ソウルくん?」
隣の席のマカが、心配そうに、こちらを見ている。
「大丈夫? 顔色、真っ青だよ」
「……平気だ」
ソウルは、答えた。でも、声が、うまく出ない。喉の奥で、空気が、詰まる。
(まずい)
(これは、まずい)
(黒血が、暴れようとしてる)
(ここで、制御を失ったら)
(マカが、みんなが、危ない)
ソウルは、必死に、黒血を、抑え込もうとした。奥歯を、噛みしめる。爪が、掌に、食い込む。
でも。
無理だった。
黒い何かが、体の奥底から、噴き上がってくる。全身の血管が、浮き上がる。黒く、染まっていく。皮膚の下で、蛇が、のたうつみたいに。
「あ……ああ……!」
ソウルは、机に、突っ伏した。頬に、冷たい天板が、当たる。
「ソウルくん!? ソウルくん!!」
マカの叫び声が、遠くに聞こえる。椅子が、倒れる音。教科書が、床に、散らばる音。
「どうした!?」
「分かりません! 突然、倒れて……!」
「医務室に運べ! 誰か、手を貸せ!」
周りの生徒たちが、ざわめく。靴音が、幾つも、重なる。
「う……あ……」
ソウルは、うわ言のように、呟いた。口の中が、鉄の味で、いっぱいになる。
「アラクネ……お前……」
その言葉を、聞いた瞬間。
マカの顔が、真っ青になった。
「ソウルくん……!」
マカは、ソウルの手を、強く、握った。骨が、軋むくらいに。
「しっかりして! 私が、いるから! 私が、絶対に、助けるから!」
でも、ソウルの意識は、もう、遠かった。マカの声が、埃のように、薄れていく。
黒い部屋。
真っ暗で、何も見えない。でも、熱い。黒い炎が、あちこちで、燃えている。煙が、肺の奥を、焦がす。
(ここは……ブラックルーム)
(俺の、精神空間)
(黒血に、支配された、場所)
ソウルは、黒い炎に、囲まれていた。炎が、肌を、焼く。皮膚が、縮む音が、自分の耳で、聞こえる。
「あああああっ!!」
痛い。熱い。体が、溶けていく。足の指の感覚が、消える。膝が、崩れる。
(嫌だ)
(死にたくない)
(まだ、やらなきゃいけないことが、あるんだ)
(マカを、守らなきゃ)
(みんなを、守らなきゃ)
(未来を、変えなきゃ)
でも、黒い炎は、容赦なく、ソウルを焼き続ける。
「誰か……」
声が、かすれる。喉が、ひりつく。
「誰か……助けて……」
その時。
遠くから、声が、聞こえた。
「ソウルくん!!」
マカの声だ。
「ソウルくん、聞こえる!? 私よ! マカよ!」
声が、黒い炎の向こうから、聞こえてくる。
「マカ……」
ソウルは、声のする方に、手を伸ばした。指先が、炎に、かすめる。焼けた爪が、剥がれる。
でも、黒い炎が、行く手を、阻む。
「くそっ……」
「ソウルくん! 私の声、聞こえてる!? お願い、戻ってきて!」
マカの声が、震えている。泣いている。
「私、ソウルくんの魂に、触れる! 魂の波長を、送るから! お願い、受け取って!」
次の瞬間。
黒い部屋に、一筋の、光が、差し込んだ。温かい、光。マカの、魂の波長だ。
「マカ……!」
ソウルは、光に向かって、手を伸ばした。
でも。
黒い炎が、光を、弾き返した。
「きゃあっ!」
マカの悲鳴が、響く。光が、揺れる。
「マカ!? マカ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……でも、黒い何かが、私の波長を、拒絶してる……」
マカの声が、苦しそうだ。息が、浅い。
「お願い、ソウルくん……私の声、聞いて……」
「聞こえてる! 聞こえてるぞ、マカ!」
ソウルは、叫んだ。喉が、裂ける。
「でも、体が、動かないんだ! 黒い炎が、俺を、焼いてる!」
「私が、消してあげる! 絶対に、消してあげるから!」
マカの声が、力強くなる。
「私、諦めない! 何度だって、やる! ソウルくんの魂に、私の波長を、届けるまで!」
光が、再び、差し込む。今度は、さっきより、強い光。
でも、黒い炎が、また、弾き返す。
「くっ……!」
「マカ、もういい! 無理すんな!」
「嫌! 絶対に、諦めない! ソウルくんを、一人にしない!」
マカの叫び声が、黒い部屋に、響き渡る。
「私が、いるでしょ! 私が、ソウルくんの、パートナーでしょ! 一人で、抱え込まないでよ!」
その言葉が、ソウルの胸に、突き刺さる。
(マカ……)
(俺は、お前に、何も、言えなくて)
(でも、お前は、いつも、俺のことを、見ててくれて)
(俺は、お前を、守りたいのに)
(逆に、お前に、守られてる)
「マカ……」
ソウルの目から、涙が、こぼれた。頬を、伝う。熱い。炎の熱さとは、違う熱さだ。
「俺は……俺は……」
「ソウルくん! 聞こえる!? お願い、戻ってきて! 私の、声を、聞いて!」
マカの光が、三度、差し込む。
黒い炎が、光を、阻む。
でも。
今度は、光が、消えなかった。黒い炎と、光が、せめぎ合う。空気が、震える。
「うああああっ!!」
ソウルは、黒い炎の中で、叫んだ。
(負けるな)
(負けるな、俺)
(マカが、呼んでる)
(マカが、俺を、助けようとしてる)
(俺は、ここで、負けるわけには、いかない)
ソウルは、黒い炎に、手を伸ばした。熱い。痛い。でも、構わない。指の皮が、めくれる。
「マカ……!」
ソウルは、光に向かって、叫んだ。
「俺は、ここだ! 俺は、まだ、生きてる!」
その瞬間。
黒い炎が、弾けた。
光が、ソウルを、包み込む。温かい。マカの、魂の波長だ。
「ソウルくん……!」
マカの声が、すぐ近くで、聞こえる。
「よかった……よかった……」
マカが、泣いている。鼻を、すする音。
「マカ……」
ソウルは、目を、開けた。
教室の天井が、見える。蛍光灯が、一本、切れかけている。ちか、ちか、と、瞬く。
「ソウルくん!」
マカが、ソウルに、抱きついてきた。髪が、頬に、触れる。汗の匂いと、涙の匂い。
「よかった……本当に、よかった……」
マカの体が、震えている。
「マカ……お前……」
ソウルは、周りを、見渡した。
教室が、めちゃくちゃになっている。机が、ひっくり返っている。椅子が、粉々に、砕けている。木片が、床に、散らばる。窓ガラスが、割れている。破片が、光を、乱反射する。壁に、大きな、ひびが、入っている。漆喰の粉が、床に、白く、積もっている。
「これ……俺が?」
「うん……ソウルくん、急に、暴れ出して……」
マカが、涙声で、言った。
「私、必死に、止めたんだけど……ソウルくんの力、すごく強くて……」
ソウルは、自分の手を、見た。黒い血管が、まだ、浮き出ている。手の甲で、蛇のように、うねっている。
(俺が……やったのか)
(俺が、マカを、傷つけたのか)
「マカ……お前の、腕……」
ソウルは、マカの腕を、見た。
マカの右腕に、火傷のような、赤い跡が、残っている。水ぶくれが、二つ、並んでいる。
「これ……俺が?」
「大丈夫! これは、私が、転んだだけだから!」
マカが、慌てて、腕を、隠した。袖を、引っ張る。
「違う! これは、私が、自分で、ぶつけただけで……」
「嘘つくな」
ソウルは、マカの腕を、掴んだ。指先が、マカの肌に、触れる。
「これは、俺が、やったんだろ。俺の、黒血が、お前を、傷つけたんだろ」
「……違うの。私が、勝手に、近づいたから……」
マカが、うつむいた。
「私、ソウルくんの魂に、触れようとして……でも、黒い何かに、弾かれて……その時に、腕を……」
ソウルの胸が、激しく、痛んだ。
(俺が、マカを、傷つけた)
(俺の、黒血が、マカを、傷つけた)
(俺は、マカを、守るために、黒血を、受け入れたのに)
(逆に、マカを、傷つけてる)
「……ごめん」
ソウルは、小さく、呟いた。
「謝らないで! ソウルくんは、悪くない! 悪いのは、アラクネよ! あの魔女が、ソウルくんに、あんなものを、入れたから!」
マカが、ソウルの手を、強く、握った。
「私、絶対に、ソウルくんを、助けるから。黒血を、一緒に、どうにかするから。だから、一人で、抱え込まないで」
マカの緑の瞳が、真剣に、ソウルを見つめている。目の縁が、赤い。
「……おう」
ソウルは、それだけ、言った。喉の奥に、言葉が、詰まって、出てこない。
(でも、言えない)
(黒血のことは、まだ、誰にも)
(未来の記憶のことも)
(アナムネシスのことも)
(全部、俺が、一人で、背負うしかない)
その後、二人は、教室を出た。授業は、中断になった。廊下ですれ違う生徒が、皆、ソウルの顔を、ちらりと見て、目を、そらす。
ソウルは、教官に、体調不良だと言って、訓練場に向かった。
「本当に、大丈夫なの?」
マカが、心配そうに、聞いてきた。歩きながら、何度も、こちらを、見る。
「ああ。体を、動かした方が、気が紛れる」
「……分かった。でも、無理は、しないでね」
訓練場に着いた。広い、土のグラウンド。誰も、いない。踏み固められた土が、足の裏に、固い。
「少し、一人に、してくれ」
ソウルは、マカに、言った。
「……うん。でも、すぐ、戻ってくるからね」
マカは、訓練場の隅に、移動した。ベンチに、腰を、かける。
ソウルは、グラウンドの真ん中に、立った。
(黒血……)
(俺は、これを、制御できるのか?)
(未来の俺は、黒血を、力に変えていた)
(でも、今の俺には、まだ、無理だ)
(さっきみたいに、暴走する)
(マカを、傷つける)
(そんなのは、嫌だ)
ソウルは、自分の手を、見つめた。黒い血管が、まだ、うっすらと、浮かんでいる。
(どうすれば、いい?)
(どうすれば、黒血を、制御できる?)
答えは、出ない。風が、土を、巻き上げる。
その時。
「よう! ソウル=イーター!」
大声が、訓練場に、響き渡った。
振り向くと、ブラック☆スターが、立っていた。青黒い短髪。頭には、星のマーク。自信満々の、笑顔。隣には、中務椿が、いる。長い黒髪を、ポニーテールにした、おっとりした雰囲気の少女だ。
「ブラック☆スター……」
「お前、さっき、教室で、暴れたんだってな! 話は、聞いたぜ!」
ブラック☆スターが、ずかずかと、近づいてくる。土を、踏む音が、大きい。
「お前の魂、なんか、変だぞ。すげえ、黒い何かが、渦巻いてる」
ブラック☆スターが、ソウルの顔を、じろじろと、見る。
「……関係ねえ」
ソウルは、顔を、そらした。
「関係あるだろ! お前、面白いもの、持ってるじゃねえか! なあ、俺と、勝負しろよ!」
ブラック☆スターが、拳を、突き出した。
「俺は、ビッグな男だ! お前の、その黒い力、俺が、全部、受け止めてやるぜ!」
「やめとけ。今の俺は、まともに、戦える状態じゃねえ」
「何言ってんだ! だからこそ、だろ! お前が、どれだけ、やれるか、俺が、確かめてやる!」
「ブラック☆スター、やめなよ。ソウルくん、具合が悪いみたいだし」
椿が、ブラック☆スターを、止めようとした。袖を、引く。
「椿、黙ってろ! 男同士の、勝負に、口出しすんな!」
「……もう」
椿が、小さく、ため息をついた。
「ソウル=イーター! やるぞ! 武器になれ!」
ブラック☆スターが、構えた。
「……知るか。めんどくせえ」
ソウルは、背を、向けた。
「逃げるのか!? ビビってるのか!?」
ブラック☆スターが、挑発する。
「お前、マカって奴と、ペア組んでるんだろ? そのマカって奴に、みっともねえ姿、見せていいのかよ!」
ソウルの足が、止まった。
(マカ……)
(マカに、みっともねえ姿……)
(見せられるか)
ソウルは、振り返った。
「……上等だ。やってやる」
ソウルの体が、光に、包まれる。
次の瞬間。
ソウルの姿は、消えていた。代わりに、大きな、大鎌が、地面に、突き刺さっている。銀色の刃。黒い柄。刃が、夕日を、反射する。
「いいぜ! その気になったな!」
ブラック☆スターが、笑った。
「椿! 行くぞ!」
「……はいはい」
椿の体が、光に、包まれる。
次の瞬間。
椿の姿は、消えていた。代わりに、ブラック☆スターの手に、鎖鎌が、握られている。鎖が、じゃらり、と、鳴る。
「行くぜ、ソウル=イーター!」
ブラック☆スターが、地面を、蹴った。土が、飛び散る。ものすごい速さで、ソウルの鎌に、突っ込んでくる。
マカが、駆け寄ってきて、鎌を、手に取った。柄が、汗で、滑る。
「ソウルくん! 私も、戦う!」
「マカ! お前は、下がってろ!」
ソウルの声が、鎌から、響く。
「嫌! 私も、ソウルくんと、一緒に、戦う!」
「危ねえんだよ! 俺の、黒血が、また、暴走するかもしれねえ!」
「それでも! 私が、ソウルくんを、止めるから!」
マカは、鎌を、構えた。手首が、白い。
「来るぞ!」
ブラック☆スターの鎖鎌が、風を切って、飛んでくる。
ガキィン!
マカが、ソウルの鎌で、鎖鎌を、弾き返す。金属が、ぶつかる音が、耳の奥で、炸裂する。
「おお! やるじゃねえか!」
ブラック☆スターが、笑う。
「でも、まだまだ! 俺は、ビッグな男だ! こんなもんじゃ、止まらねえ!」
ブラック☆スターが、鎖鎌を、振り回す。
マカは、必死に、ソウルの鎌で、応戦する。足が、土を、蹴る。息が、上がる。
でも、ブラック☆スターの動きは、速い。力も、強い。
マカは、徐々に、押され始めた。腕が、震える。
「くっ……」
「どうした!? もう、終わりか!?」
ブラック☆スターが、鎖鎌を、マカの足元に、投げつけた。
「きゃあっ!」
マカが、バランスを、崩した。膝が、土に、つく。
その瞬間。
ソウルの鎌が、黒く、輝いた。
「なっ……」
ソウルの意思とは、関係なく。
鎌が、勝手に、動いた。
黒い刃が、ブラック☆スターに、襲いかかる。空気が、裂ける音。
「おわっ!?」
ブラック☆スターが、間一髪で、かわす。髪が、数本、宙を、舞う。
「なんだ、今の!? 急に、速くなったぞ!」
「ちが……俺は……!」
ソウルの声が、苦しそうだ。
「体が……勝手に……!」
「ソウルくん!? しっかりして!」
マカが、叫んだ。
でも、ソウルの鎌は、止まらない。
黒い刃が、再び、ブラック☆スターに、襲いかかる。
「くそっ! なんなんだ、これ!?」
ブラック☆スターが、鎖鎌で、応戦する。歯を、食いしばる。
でも、ソウルの鎌の攻撃は、異常な威力だった。
ガギィィィン!!
鎖鎌が、弾き飛ばされる。椿が、悲鳴を、あげる。
「ブラック☆スター!」
椿の声が、響く。
「まずい! このままじゃ、ブラック☆スターが!」
ソウルの鎌が、ブラック☆スターに、振り下ろされる。
「やめろおおおお!!」
ソウルの叫び声が、空しく、響く。
その瞬間。
椿が、ブラック☆スターの前に、飛び出した。
「椿!?」
ズバァァァン!!
ソウルの鎌が、椿を、かすめた。布が、裂ける音。
椿の服が、裂ける。白い肌に、赤い線が、走る。
「椿!!」
ブラック☆スターが、叫んだ。
「てめえ、ソウル=イーター! 今のは、なんだ!?」
ブラック☆スターが、ソウルの鎌を、睨みつけた。目が、血走っている。
「答えろ! お前、何か、隠してるだろ!」
ソウルの鎌が、光に、包まれる。
ソウルが、元の姿に、戻った。肩が、上下している。
「……関係ねえ」
ソウルは、俯いたまま、言った。
「関係ねえだって!? 椿が、怪我したんだぞ! お前の、その黒い力のせいで!」
ブラック☆スターが、ソウルの胸ぐらを、掴んだ。拳が、震えている。
「何を、隠してる! 言え!」
「……言えるわけ、ねえだろ」
ソウルは、ブラック☆スターの手を、振り払った。
「俺の、問題だ。お前には、関係ねえ」
「てめえ……!」
ブラック☆スターが、拳を、振り上げた。
「やめて、ブラック☆スター!」
椿が、ブラック☆スターを、止めた。裂けた服の、端を、握っている。
「私は、大丈夫。ちょっと、服が、破れただけだから」
「でも、椿……」
「いいから。ソウルくんも、辛いんだよ。きっと、言えない事情が、あるんだよ」
椿が、優しく、微笑んだ。傷口から、血が、にじんでいる。
「……チッ」
ブラック☆スターが、舌打ちをした。
「分かったよ。でも、ソウル=イーター。お前、その力、ちゃんと、制御しろよ。次に、椿に、何かあったら、ただじゃ、おかねえからな」
ブラック☆スターは、そう言って、椿を、連れて、訓練場を、去っていった。椿が、振り返って、一度だけ、ソウルに、頭を、下げた。
ソウルは、一人、訓練場に、残された。風が、土埃を、運ぶ。
「ソウルくん……」
マカが、心配そうに、近づいてくる。
「大丈夫?」
「……ああ」
ソウルは、短く、答えた。
「一人に、してくれ」
「……うん。でも、また、後で、話そうね」
マカは、去っていった。足音が、遠ざかる。
ソウルは、空を、見上げた。夕焼けが、空を、赤く、染めている。雲の縁が、血の色に、光る。
(俺は……)
(俺は、どうすれば、いいんだ)
(黒血を、制御できない)
(マカを、傷つける)
(仲間を、傷つける)
(アナムネシスは、俺の記憶を、狙ってる)
(誰にも、言えない)
(誰にも、頼れない)
(俺は……)
(一人だ)
夜。
寮の屋上。ソウルは、一人で、膝を、抱えていた。コンクリートの床が、冷たい。冷たい風が、吹いている。空には、星が、輝いている。
でも、ソウルの心は、真っ暗だった。
(どうすりゃいいんだよ……)
ソウルの目から、涙が、こぼれた。膝の上に、落ちる。染みが、広がる。
(俺は、未来を、変えるために、戻ってきた)
(なのに、何も、できてない)
(黒血に、苦しめられて)
(アナムネシスに、狙われて)
(マカを、傷つけて)
(ブラック☆スターに、疑われて)
(全部、俺の、せいだ)
(俺が、もっと、強ければ)
(俺が、もっと、ちゃんと、してれば)
(こんなことには、ならなかった)
涙が、止まらない。鼻水が、唇に、つく。
「……くそ」
ソウルは、呟いた。
「くそ……くそ……!」
ソウルは、地面を、殴った。拳が、痛い。皮膚が、切れる。血が、にじむ。
でも、心の痛みに、比べたら、何でもない。
その時。
ブブッ。
ポケットのスマホが、震えた。太ももが、痺れる。
ソウルは、涙を、拭って、スマホを、取り出した。画面が、暗闇で、まぶしい。
差出人は、不明。
「お前の記憶、いただく」
――アナムネシス。
ソウルの指が、震えた。スマホが、滑りそうになる。
(また、来た)
(アナムネシス)
(記憶喰い)
(俺は、監視されてる)
(完全に、把握されてる)
(俺の、行動も、思考も、全部)
(逃げ場が、ない)
(どこにも、逃げ場が、ない)
恐怖が、足元から、這い上がってくる。ふくらはぎが、痙攣する。黒血の痛みが、胸を、締めつける。肋骨の内側で、何かが、爪を、立てる。
(助けて……)
(誰か……)
(助けてくれ……)
ソウルは、スマホを、握りしめた。画面に、ひびが、入る。
涙が、また、あふれてくる。止めようとしても、止まらない。
「……誰か」
声が、震える。
「誰か……助けて……」
その時。
「よう」
声がした。
振り向くと、ブラック☆スターが、屋上の入り口に、立っていた。ドアが、半分、開いている。
「……ブラック☆スター」
ソウルは、慌てて、涙を、拭った。袖が、濡れる。
「なんで、ここに……」
「別に。なんとなくだ」
ブラック☆スターが、近づいてくる。靴音が、コンクリートに、響く。
「泣いてたのか?」
「……泣いてねえ」
「嘘つけ。目、真っ赤じゃねえか」
ブラック☆スターが、ソウルの隣に、座った。体温が、伝わる。
「……何しに来たんだよ」
ソウルは、顔を、そらした。
「さっきは、悪かったな」
ブラック☆スターが、言った。
「……何がだよ」
「胸ぐら、掴んだり、詰め寄ったり。お前にも、事情があるんだろ。俺、そういうの、考えずに、すぐ、カッとなるから」
ブラック☆スターが、頭を、かいた。
「……別に、気にしてねえ」
「そうか。なら、いいんだ」
ブラック☆スターが、空を、見上げた。
「なあ、ソウル=イーター」
「……なんだよ」
「泣いてる暇、あったら、強くなれ」
ブラック☆スターが、笑った。
「俺は、ビッグな男になる男だ。神を超える男だ。お前も、強くなれ。泣いてる場合じゃ、ねえぞ」
「……お前には、分からねえよ」
ソウルは、呟いた。
「俺が、どれだけ、重いものを、背負ってるか。お前には、分からねえ」
「ああ、分からねえな」
ブラック☆スターが、あっさりと、言った。
「でも、だからって、泣いてても、何も、変わらねえだろ。強くなるしか、ねえんだよ。お前が、何を背負ってても、前に進むしか、ねえんだよ」
ブラック☆スターの言葉が、ソウルの胸に、突き刺さる。
(……そうだな)
(泣いてても、何も、変わらない)
(強くなるしか、ない)
(黒血を、制御できるように)
(アナムネシスに、負けないように)
(マカを、守れるように)
(俺は、強くならなきゃ)
「……お前、たまには、いいこと、言うんだな」
ソウルは、少しだけ、笑った。口元が、引きつる。
「当たり前だろ! 俺は、ビッグな男だ! いつでも、いいこと、言ってるぜ!」
ブラック☆スターが、胸を、張った。
「……うるせえ」
ソウルは、空を、見上げた。星が、輝いている。指先の血が、乾き始めている。
(黒血の制御)
(記憶喰いの脅威)
(二つの壁)
(どっちも、まだ、越えられない)
(でも)
(泣いてるだけじゃ、ダメだ)
(俺は、進まなきゃ)
(未来を、変えるために)
(マカの笑顔を、守るために)
ソウルは、拳を、握りしめた。爪が、掌の傷に、食い込む。痛みが、走る。でも、その痛みは、まだ、ここに、自分がいることを、教えてくれた。
夜風が、ソウルの銀髪を、揺らす。
遠くで、死武専の校舎の明かりが、静かに、瞬いていた。Noveliaとは?
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