ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者―
三年前の入学式の朝に目覚めたソウル=イーターは、自分が未来の記憶を持ったまま過去へと逆行したことに気づく。鬼神・阿修羅との最終決戦でマカをかばって命を落とした――その記憶を胸に、十三歳の少年となった彼は、今度こそ仲間たちを守り抜くと誓う。だが、死神様の口から語られたのは、ソウルが知らない新たな脅威「アナムネシス教団」の存在だった。記憶を喰らう者を崇拝する謎の集団。自分の行動が未来を変えてしまったのか。それとも――。無邪気に笑うマカの隣で、ソウルは誰にも言えない決意を胸に、二度目の運命を歩き始める。未来を知る者が、未来を変えるために戦う冒険譚、ここに開幕。
ソウルイーター 逆行の共鳴 ―死神を継ぐ者― - ババ・ヤガーの城 ―記憶喰いの罠―
胸の奥が、ドクンと脈打つ。
黒血が、疼く。
ソウル=イーターは、死武専の廊下を歩いていた。口には、爪楊枝のような棒。銀髪が、窓から差し込む夕日に、薄く染まる。
アラクネ討伐から、一ヶ月。
スマホに届いたメッセージ。「お前の記憶、いただく――アナムネシス」。あの文字列が、まぶたの裏にこびりついて離れない。
(未来が、変わってる)
(あの城の配置も、敵の数も)
(俺の知ってる未来と、違う)
ソウルは、拳を、ぎゅっと握った。爪が、掌に食い込む。
「ソウルくん!」
振り向くと、マカ=アルバーンが小走りで近づいてくる。ベージュのツインテールが揺れる。緑の瞳が、真っ直ぐに、ソウルを捉えていた。
「もう、準備できた?」
「……おう」
「なんだか、緊張するね」
マカが、口元を、小さく緩めた。
「あんたと一緒なら、大丈夫だとは思うけど」
「……そうだな」
(大丈夫、じゃない)
(今回は、何が起きるか、分からない)
(未来の知識が、通用しないかもしれない)
二人は、正門へと向かった。
すでに、仲間たちが集まっていた。
「遅いぞ、ソウル=イーター!」
ブラック☆スターが大声を張り上げる。頭の星のマークが、夕日に、きらりと光った。隣に、長い黒髪をポニーテールにした中務椿が、静かに立っている。
「すみません、少し、準備に手間取ってしまって」
「椿、お前が謝ることねえだろ」
「でも、ブラック☆スターくんが、遅刻しそうになったから」
「うるせえ! 俺はビッグな男だ! 時間なんて、俺に合わせるもんだぜ!」
胸を張るブラック☆スターに、ソウルは小さくため息をついた。
「ソウル=イーター、マカ=アルバーン。遅かったな」
静かな声。デス・ザ・キッドが立っていた。黒髪の右側に白い三本線。黄色い瞳が、二人を見据える。
「準備は、できているか」
「……ああ」
「なら、いい」
隣には、金髪のリズと、黄色いクレヨンを握ったパティ。
「ねえ、キッド。あたしたち、ほんとに行くの?」
「あの城、お化けが出そうで、やなんだよね」
「お化け、怖いの? リズは」
「パティは、怖くないの?」
「怖くない! だって、お化けより、あたしの方が、強いもん!」
「……そういう問題じゃないと思うんだけど」
「リズ、パティ。無駄話は、そこまでだ」
キッドが、二丁の拳銃のグリップを、確認するように握った。
「これから、ババ・ヤガーの城へ、向かう。油断は、するなよ」
「分かってるわよ」
「はーい!」
ソウルは、キッドの横顔を、ちらりと見た。
(未来では、この作戦で、キッドは、エイボンの書に吸い込まれた)
(でも、自力で、脱出した)
(今回は、どうなる?)
胸の奥が、ざわつく。
「行こう」
「おう!」
「ええ」
七人は、夕暮れの街を、歩き出した。
正門を抜ける。街の灯りが、少しずつ遠ざかる。空が暗くなり、星が、瞬き始める。
ババ・ヤガーの城は移動する。正確な場所は、誰にも分からない。死神様の指示で、おおよその位置は特定されていた。
「あの森の、奥だな」
ブラック☆スターが、指を差した。
「……ああ」
(未来では、この森を抜けた先に、城があった)
(でも、今回は、どうか)
森に入る。木々が空を覆い隠し、月明かりがわずかに差し込む。
「暗いね」
「大丈夫だ。俺が、いる」
「……うん」
マカが、小さく笑った。
「あんた、そういうこと、たまに言うよね」
「……言うか?」
「言うよ。でも、嫌じゃない」
マカの声が、少し弾んだ。
「……そうか」
(マカを、守る)
(絶対に)
一時間ほど歩いただろうか。
「見えたぞ!」
木々の切れ間から、巨大な影。不気味な黒い城が、月を背に、聳えていた。
「……でかいな」
(未来と、同じだ)
(でも、中は、違うかもしれない)
「突入するぞ」
「いいか、油断するな。この城には、罠と眷属が、うじゃうじゃいる」
「分かってるって! 行くぜ!」
ブラック☆スターが先頭を切った。
「あ、ちょっと、ブラック☆スターくん!」
椿が慌てて追いかける。
「……相変わらず、せっかちだな」
大きな鉄の扉に、ブラック☆スターが手をかける。ギィィィ、と重い音を立てて、扉が開いた。
中は、真っ暗だった。
「マカ、灯りを」
「うん」
マカがランタンを取り出す。魂の波長を灯りに変える、と呟いて、ぼんやりと光が広がった。石造りの広い空間。壁には不気味な模様。
「……気味が悪いな」
「お化け、出そう」
「大丈夫だよ、リズ。あたしが、守ってあげる!」
パティがリズの腕に抱きつく。
「進むぞ」
キッドが二丁拳銃を構えた。
「1層は、狂気の亡者の巣だ。数が多い。気をつけろ」
「おう!」
七人は、ゆっくりと前へ進んだ。
――その時。
「ギャアアアア!」
壁の影から、人型の化け物が飛び出してきた。理性を失った元人間。狂気の亡者。
「来たぞ! 俺に任せろ! 俺はビッグな男だ!」
ブラック☆スターが飛び出し、亡者に殴りかかる。一撃で、亡者が吹き飛んだ。
「ハハハ! 雑魚だな!」
「ギャアアアア!」
次から次へと、亡者が現れる。
「なっ……!? おいおい、数が、多すぎるだろ!」
(未来では、こんな数じゃなかった)
(倍以上だ)
(未来と、違う)
(やっぱり、歴史が、変わってる)
「マカ、共鳴だ!」
「うん!」
マカがソウルの手を取る。瞬間、ソウルの体が光に包まれ、大鎌へと変身する。マカが柄を握った。
「魂の共鳴……! 魔女狩り!」
光の刃が、亡者たちを切り裂く。
「ギャアアアア!」
「でも、まだ、いる!」
「ああ、分かってる。俺が、お前を、導く。俺の波長に、合わせろ」
「……うん!」
――その時。
「きゃあっ!」
リズの悲鳴。見ると、亡者に足を掴まれていた。
「離して!」
拳銃を撃つが、離れない。
「リズ!」
キッドが駆け寄り、拳銃が光を放つ。亡者が吹き飛んだ。
「大丈夫か、リズ!」
「……うん、なんとか」
立ち上がるリズの足から、血が流れている。
「怪我してるじゃないか」
「このくらい、平気よ」
「でも、動きは、鈍るな」
「……ごめん」
「謝るな。お前のせいじゃない」
(未来では、リズもパティも、無傷だった)
(今回は、二人とも、負傷した)
(何が、起きてる?)
「ソウルくん! あっちからも、来る!」
「魔女狩り!」
光の刃が、亡者を薙ぎ払う。
「突破口を、開くぞ!」
マカが走る。ソウルが波長で、マカの動きを支える。
「はああああ! 魔女狩り・六文字狩り!」
六つの光の刃が、亡者の群れを切り裂いた。亡者たちが、一斉に消え去る。
「今だ! 行くぞ!」
「おう!」
「走れ!」
七人は一気に駆け抜け、1層を突破。階段を上る。
2層。罠の回廊。
「気をつけろ。ここからは、罠だらけだ」
「分かってるよ」
マカが慎重に足を進める。
――カチッ。
「っ!?」
「伏せろ!」
マカがとっさに身を伏せる。ヒュン、と矢がマカの髪をかすめた。
「あぶねえ! ……ごめん」
「謝るな。無事で、よかった」
ソウルの声が、少し震えた。
(未来では、この罠は、なかった)
(やっぱり、全部、変わってる)
(敵の配置も、罠も)
(俺の知識は、もう、役に立たない)
「……ソウルくん」
マカが、心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「……ああ、平気だ」
「でも、あんた、さっきから、顔色が、悪いよ」
「気のせいだ」
「……本当?」
「本当だって」
ソウルは視線を逸らした。
(マカに、言えるわけがない)
(未来の記憶が、あるなんて)
(歴史が、変わってるなんて)
七人は慎重に2層を進んだ。罠をいくつも回避する。でも、未来にはなかった罠が、次々と現れる。
「くそっ、キリがないぜ!」
「あと少しだ。我慢しろ」
3層。記憶喰いの眷属。人造の魔物。
「来るぞ! マカ、共鳴を、高めろ!」
「魔女狩り!」
光の刃が眷属を切り裂く。だが、すぐに再生する。
「効いてない!?」
「こいつらは、光属性が、弱点だ。マカ、もっと、波長を、光に集中させろ!」
「光に……集中……! 魔女狩り・U字狩り!」
U字型の光の刃が、眷属を切り裂く。眷属が、消えていく。
「やった!」
「まだだ! 来るぞ!」
「キッド、あたしたちも!」
「ああ! 死刑執行モード!」
光の弾丸が、眷属を撃ち抜く。
「ブラック☆スター、あんたも!」
「おう! 俺はビッグな男だ! 神を超える! 影☆星・壱ノ型『鏈黒』!」
黒い鎖が、眷属を絡め取る。
「やるじゃねえか!」
「当たり前だ! 俺はビッグな男だ!」
――その時。
「うわああああ!」
キッドの悲鳴。見ると、キッドの足に、黒い影が絡みついていた。
「なんだ、これは!? 離せ!」
拳銃を撃つが、影は離れない。
「くそっ! 鬱だ! 死のう!」
「キッド、今、助ける!」
「リズ、来るな! こいつは……エイボンの書だ!」
キッドの目の前に、古びた魔導書が浮かんでいた。エイボンの書。
「本が……キッドを、吸い込もうとしてる!」
「キッド!」
リズが手を伸ばす。届かない。
「くそっ……! 助けてくれ……ソウル!」
キッドの体が、本に吸い込まれていく。悲痛な叫びを残して、完全に、消えた。
「キッド……!」
「キッドが、本に、食べられちゃった!」
パティが泣き出した。
「……くそっ!」
拳を、床に叩きつける。
(未来では、キッドは、自力で、脱出した)
(でも、今回は、違う)
(キッドが、助けを、求めた)
(未来と、違う)
――本から、声が、聞こえた。
「……ようやく会えたな、死神の息子よ」
低い、不気味な声。
「誰だ!?」
「お前の記憶、いただくぞ」
声が、笑った。
(未来には、いなかった敵)
(アナムネシス教団の、教祖)
「マカ! 俺と、共鳴を、最大まで、高めろ! 書の中に、飛び込むぞ!」
「えっ……!? でも、どうやって……?」
「俺が、道を、作る。お前は、俺の波長に、乗ってくるんだ!」
「……分かった! 魂の共鳴……最大出力!」
二人の魂が、強く共鳴する。光が弾け、ソウルとマカは、本の中へ飛び込んだ。
――書の中。
無数の記憶の断片が漂う空間。青い光。白い霧。どこまでも続く、不思議な場所。
「ここは……?」
「エイボンの書の、中だ」
「キッドは、どこに……?」
「……あそこだ!」
遠くに、キッドの姿。黒い影に絡まれ、苦しんでいる。
「うああああ!」
(未来で、キッドが、狂気に飲まれた姿と、重なる)
(あの時も、キッドは、苦しんでいた)
(俺は、何も、できなかった)
「ソウルくん! 行くよ!」
「……ああ!」
「キッド!」
「……ソウル、か。すまない……俺は、また、お前に、迷惑を……」
「何言ってやがる! 今、助ける! マカ、あの影の、弱点を、探れ!」
「……うん!」
マカが目を閉じる。魂感知能力。魔力の磁場の中でも、波長を感じ取れる、マカの力。
「……見つけた! あの影の、中心に、核がある! そこを、狙って!」
「分かった! 共鳴を、最大に! 俺の波長を、光に、変える!」
「魔女狩り・鎌威断ち!」
光の刃が、影の中心を切り裂く。バチン、と音を立てて、影が弾けた。
「ギャアアアア!」
「キッド! 掴まれ!」
「……ああ!」
キッドがソウルの手を掴む。
「脱出するぞ! マカ、出口を!」
「魔女狩り!」
光の刃が空間を切り裂き、三人は光に包まれた。
――城の、4層。
「うわっ!」
床に転がり出る。
「……戻って、きた」
「ソウルくん! 大丈夫?」
「……ああ。キッドは……?」
「ここに」
キッドが、ゆっくりと起き上がった。
「……助かった、のか。すまない、ソウル。マカ。俺が、不甲斐ないばかりに……」
「気にすんな。無事で、よかった」
「……ああ」
キッドが、小さく笑った。
「キッド! 無事!?」
リズとパティが駆け寄ってくる。
「ああ、無事だ」
「よかった……」
リズの目に、涙が浮かぶ。
「キッド、おかえり!」
パティがキッドに抱きついた。
「……ああ、ただいま」
キッドがパティの頭を撫でた。
――その時。
「……よくも、私の獲物を」
ソウルが振り返る。そこに、黒い影が立っていた。記憶喰いの、分身。
「お前は……!」
「ソウル=イーター」
影が、ソウルを見た。
「お前の記憶、いただく。次は、すべてだ」
影が笑った。瞬間、ソウルの胸の奥で、黒血が激しく疼いた。
「ぐっ……!」
胸を押さえる。
「ソウルくん!?」
「……平気だ」
無理やり笑う。影は、消えた。
「……消えた」
「ソウルくん」
マカが、ソウルの顔を覗き込んだ。
「何か、隠してるでしょ」
声が、震えていた。
「……何も、隠してねえよ」
視線を逸らす。
「嘘。あんた、さっきから、ずっと、変だよ。あの影が、『お前の記憶』って、言ってた。あんた、何を、知ってるの?」
マカが、ソウルの腕を掴んだ。
「……知らねえよ」
ソウルは、マカの手を振り払った。
「ソウルくん! 一人で、抱え込まないで!」
マカの目に、涙。
「……ごめんな、マカ」
(言えるわけ、ないだろ)
(俺が、未来から、来たなんて)
(お前を、守るために、戻ってきたなんて)
「……帰るぞ」
背を向ける。
「ソウルくん……」
マカが、小さく呟いた。
――城からの帰還。
死神様の執務室。
「……なるほど」
死神様が、静かに頷いた。
「エイボンの書に、記憶喰いが、潜んでいた、と」
「はい。キッドが、書に吸い込まれ、私とソウルくんで、救出しました」
「……そうか。記憶喰い……アナムネシス教団の存在を、確認した」
死神様が、目を閉じる。
「奴らは、時間を跳躍した者の、記憶を狙う。お前たちも、十分に、気をつけろ」
「……はい」
(俺の記憶が、狙われていることは、言えない)
(死神様にも、マカにも)
(俺は、一人で、戦わなきゃならない)
「下がっていいぞ」
「……失礼します」
一礼して、部屋を出る。廊下を歩く。
「ソウルくん」
後ろから、マカが追いかけてきた。
「……なんだよ」
振り返らない。
「あんた、本当に、何も、隠してない?」
ソウルの背中に、問いかける。
「……隠してねえって」
歩き続ける。
「ソウルくん! あんたが、一人で、苦しんでるの、私、見てられない!」
マカの声が、震えていた。
「……お前には、関係ねえ」
冷たく、言った。
「……ひどい」
マカが、立ち止まる。
「……ごめん」
(ごめんな、マカ)
(お前を、守るためには、こうするしか、ないんだ)
ソウルは、一人で、廊下を歩き続けた。胸の奥で、黒血が、静かに疼いていた。
――夜。
寮の屋上。ソウルは、一人で空を見上げていた。星が、輝いている。
「……どうすりゃいいんだよ」
呟く。
「俺の記憶を、狙ってる敵がいる。未来は、どんどん、変わっていく。マカにも、言えない。死神様にも、言えない」
拳を握りしめる。
「でも、守らなきゃならない。マカを。仲間を。未来を」
立ち上がった。
「泣いてる暇は、ねえんだ」
風が、銀髪を揺らした。遠くで、死武専の校舎の明かりが、静かに瞬いている。
その明かりは、少しだけ、歪んで見えた。
黒血が、視界を、わずかに滲ませていた。Noveliaとは?
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