異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~
ある日、高文は意識を失った叔父・ユウスケの部屋で、古いビデオテープを見つける。再生してみると、そこには誰も知らない、異世界グラン・バハムルの三人のヒロインたちとの「秘密の関係」が赤裸々に記録されていた。
最初に現れるのは、エルフのツンデレ。最初は冷たい態度だったが、セガサターンを愛する彼の姿に惹かれていく。嵐の夜、宿で二人きりになった彼女は「今夜だけは、私だけを見て…」と甘い声で縋り、激しい口づけを交わす。乱れた衣服のまま、淫らかに腰を動かしながら、彼の名を何度も呼ぶのだった。
次は、氷の魔法使い。普段は無表情な彼女が、温泉で彼の背中を流しながら、その手を自らの胸元へ導き、「ここの部分が…熱いの」と囁く。湯気の中で二人は身体を重ね合わせ、彼女は涙を浮かべた顔で彼に跨り、ゆっくりと腰を沈めながら「自分で動かないで」と命じる。
そして最後は、彼を「おじさま」と呼ぶ小さな戦士の少女。洞窟に閉じ込められた彼女は、「これが最後かもしれないから…」と鎧を脱ぎ、小さな身体を差し出す。意外にも積極的に舌を絡め、上目遣いで「私はおじさまのもの…だから、好きにしていいよ?」と懇願する。
テープには
異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~ - ビデオテープの向こう側——おじさんの異世界と、銀髪のエルフ
ゴトリ、と重たい音がした。
天井の染みをぼんやり見ていたたかふみは、その音で我に返った。六畳間の真ん中に積まれたダンボールが、ひとつ、倒れている。
「……片付けないと」
自分の声が、やけに部屋に響いた。
ベッドで眠る叔父――ユウスケには、聞こえていない。三週間前、交通事故にあってからずっとこうだ。
たかふみは、目元のくまを指でこすりながら、立ち上がった。黒いショートヘアが汗で少し額に張り付いている。白いシャツも、押し入れのホコリでうっすら汚れていた。
「おじさん、ゲームばっかしてたのに、こんなにゴミためて……」
ぼやきながら、押し入れに手をかける。
昨日、母さんに頼まれたんだった。『あの子、まだ意識戻らないから、ちょっと部屋を整理してあげて』って。
コンビニのバイトが休みで、大学の講義をサボる口実にもなる。俺はそんな理由でここに来た。
――ただ、それだけのつもりだった。
「うわっ!?」
押し入れのふすまを開いた瞬間、中に詰まっていた何かが雪崩を打って、足元に崩れ落ちた。
黒い長方形の塊。
それが、床を這うように散らばっていく。
「なんだ、これ……」
手に取って、まじまじと見る。
VHSのビデオテープだ。
しかも、一つや二つじゃない。押し入れの奥から、さらに何本も転がり出てくる。軽く百本はあるんじゃないか。それと一緒に、埃をかぶったゲーム機の本体とソフトの山も崩れてきた。
「セガサターン……」
たかふみは呆れた顔で、そのゲーム機をつまみ上げた。
子供の頃、この叔父が熱心に語っていたのを思い出す。当時はまだ俺も小さくて、何を言ってるのか半分もわからなかったけど。
とにかくすごいんだ、最高なんだ、って目を輝かせてたっけ。
今、目の前で眠り続けている無精髭の男からは想像もつかないけど。
床に手を伸ばし、一本のテープを拾い上げる。ラベルには、マジックで殴り書きがしてあった。
『グランバハムル エルフ編』
「……グラン、バハムル?」
意味がわからない。
他のテープも見る。『温泉編』『洞窟編』『別れの日』……。どれも同じ筆跡だ。
「おじさん、こんなの撮ってたのかよ。特撮ごっこでもしてたのか?」
でも、ラベルの文字は妙に生々しいというか、なんというか。いたずらで書いたって感じじゃない。
ふと、部屋の隅を見る。
小さなブラウン管テレビと、その下に置かれた古いビデオデッキ。
たかふみは、しばらくテープを手のひらで弄んでいた。
(こんな変なおじさんの、妄想の映像なんて、見たってしょうがないだろ)
そう思いながらも、気づけばデッキの電源を入れ、テープを差し込んでいる自分がいた。
好奇心が、理性に勝った。
砂嵐が、やんだ。
画面に広がったのは、見たことのない森だった。
「え……」
たかふみは思わず、テレビに顔を近づける。
とてつもなく大きな木々。幹は大人が何人も手をつないでも囲めないくらい太い。枝が空を埋め尽くし、木漏れ日が金色の帯になって地面に落ちている。
空気が、違う。
現実の映像にしては、あまりにも綺麗すぎる。でもCGと言うには、なんていうか、作り物っぽくない。
そこに、人が映った。
「おじさん……?」
二十代半ばの男だ。
背筋を伸ばし、目に活気がある。今ベッドで寝ている無精髭の男と同じ人物とは思えなかった。
映像の中のユウスケが、ニヤリと笑う。
「ここはグランバハムル。フォルセティア大森林だ」
カメラに向かって、興奮した声で囁いている。
「俺は今、17歳……いや、これから36歳まで、ここで生きる。現実の時間と流れが違うからな」
「時間の流れが、違う……?」
たかふみは眉をひそめた。
どういう意味だ。
でも、その言葉の意味を考え抜くより先に、映像に新しい人影が映り込んだ。
銀色だ。
腰まで伸びた銀髪が、風に揺れている。
尖った長い耳。
身長は165センチくらいか。細い体を深緑の服で包み、背中に長弓を負っている。
何より、目だった。
翡翠色の瞳。冷たくて、鋭くて、こっちを値踏みするような視線。
(エルフ……?)
たかふみは、ソファに座ったまま前のめりになった。
「よう、エルフの姉ちゃん」
ユウスケの軽い口調に、エルフの女は片方の眉をピクリと動かした。
「馬鹿な人間め。この森に立ち入った罰は、わかっているの?」
声は、透き通るような響きなのに、どこまでも冷たかった。
完全に見下されていた。
「おじさん、普通に怒られてるじゃん……」
でも、だ。
映像の中のユウスケは、まるで気にした様子もない。
「なあ、セガサターンって知ってるか? 最高なんだよ、あれ」
「……は?」
たかふみが声をあげたのと、映像の中のエリュシアの眉がわずかに動いたのは、同時だった。
「……セガ、サターン?」
さっきまでの冷たい拒絶とは、明らかに違う響きだった。
拒絶じゃなくて、疑問。
もっと言うなら――ほんのちょっとだけ、興味。
「あ、こいつ……」
たかふみは、ごくりと唾を飲み込んだ。
映像は、数分飛んだ。
場面が変わって、夜。
焚き火がパチパチと音を立てている。
ユウスケとエリュシアは、丸太に並んで座っていた。
距離は、まだある。でも、最初より近い。
「バーチャファイターの波動拳がな、あのリアルな動きがな、もう本当にすごいんだよ!」
ユウスケが、目を輝かせてしゃべっている。
手振りを交えて、声はどんどん大きくなる。
「あと、パンツァードラグーン! 飛ぶんだよ、竜に乗って! 3Dで!」
エリュシアは、呆れたような顔で聞いている。
でも、たかふみにはわかった。
彼女の体が、ほんの少しだけ、ユウスケの方を向いている。
足の先も、ユウスケの方に動いている。
「……面白いの? それ」
声はまだぶっきらぼうだけど、目つきが違った。
「最高だよ!」
ユウスケが即答する。
「馬鹿みたい」
そう言って、エリュシアは顔をそらした。
――でも、その口元が、一瞬だけ緩んだ。
たかふみは、それを見逃さなかった。
「ああ……こいつ、好きになってるじゃないか」
口から、自然に言葉が漏れていた。
胸の奥が、チクリと痛む。
(……なんだこれ)
羨ましい。
そんな感情が、生まれたことなんてほとんどなかったのに。今、たしかに、羨ましいと思った。
映像はさらに飛ぶ。
石造りの小さな部屋だった。
窓の外では、激しい雨音が聞こえる。風が唸り、木々がざわめいている。
嵐だ。
エリュシアは、湿った銀髪を手でかき上げながら、ユウスケの向かいに座っていた。
さっきまでの冷たさは、消えている。
頬が、ほのかに赤い。
(……まさか)
たかふみはリモコンを握る手に、無意識に力を込めた。
「……今夜だけは。あたしのこと、だけ見て」
エリュシアの声が、小さく、でもはっきりと、スピーカーから流れてくる。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
銀髪が肩からこぼれ落ちる。
そして、ユウスケの方へ、一歩、踏み出す。
――停止。
画面が、真っ黒になった。
たかふみが、リモコンの停止ボタンを押していた。
自分でも気づかないうちに、指が動いていた。
「はあ…………」
全身の力が抜ける。
顔が熱い。心臓がうるさい。
「これ……本当にあったことなのか……?」
声が、掠れた。
ベッドで眠るユウスケを振り返る。
昏睡状態の叔父は、静かな寝顔で、ゆっくりと息をしていた。
この変なおじさんが、本当に、異世界に行って、あのツンツンしたエルフと、そういう関係に――?
(いや、まて)
たかふみは深呼吸した。
頭を冷やせ。
映像の中で、ユウスケ自身が言ってたことを思い出せ。
『グランバハムル』ってのは、現実とは時間の流れが違う異世界だ。そこには魔法を使うエルフ族とかが住んでて、ユウスケは17歳の時に交通事故の衝撃で次元の裂け目を通って向こうに行った。それで19年向こうで過ごして、36歳としてこっちに戻ってきた――って本人は主張してる。
エルフってのは寿命が400年を超える種族で、森を守ってる誇り高い連中だ。他の種族、特に人間は見下してる、っていう話も映像の中でしてたな。
「……セガサターン」
現実世界のゲーム機。向こうの世界には絶対に存在しない。
だからこそ、ありえないものへの好奇心が、エリュシアの心を動かしたのか。
(納得できるような、できないような……)
たかふみは、床に散らばったテープの山に目をやった。
その中に、キラリと光るものがあった。
テープの陰から見つけたのは、銀色の徽章だ。小さくて、手のひらに収まるくらい。円形で、表面には氷の結晶みたいな模様が彫ってある。
「これ、おじさんの……?」
映像の中の異世界で、ユウスケが大事そうに持っていたものだ。
現実世界で見つけた、異世界のモノ。
(物的証拠……か)
テレビ画面は、まだ砂嵐を映している。
デッキが、ウィンという小さな音を立てて、テープを巻き戻し始めた。
たかふみは立ち上がって、床のテープの山を見渡す。
『温泉編』のラベルが目に入った。
もし、一本目が本当に現実の出来事の記録なら。
二本目には、何が映っているんだろう。
好奇心が、さっきよりもずっと強く、胸の奥をじわじわと満たしていく。
おじさんが好きだったセガサターン。
森の中で少しずつ溶けていった、あのエルフの女の子。
そして、『今夜だけは』っていう、あの一言。
「……なんでだろな」
たかふみは、ポケットに突っ込んだ手をぎゅっと握った。
あのエルフがユウスケを選んだ理由が、わかる気がする。
それが、なぜか無性に羨ましい。
そして自分には、絶対にそんな経験ができないっていう確信もある。
たかふみの手は、少しだけ震えながら、『温泉編』のテープに伸びていく。
ベッドの上で、ユウスケが小さく寝息を立てた。
窓の外では、午後の日差しが、アパートの駐車場を白く照らしている。
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