異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~
ある日、高文は意識を失った叔父・ユウスケの部屋で、古いビデオテープを見つける。再生してみると、そこには誰も知らない、異世界グラン・バハムルの三人のヒロインたちとの「秘密の関係」が赤裸々に記録されていた。
最初に現れるのは、エルフのツンデレ。最初は冷たい態度だったが、セガサターンを愛する彼の姿に惹かれていく。嵐の夜、宿で二人きりになった彼女は「今夜だけは、私だけを見て…」と甘い声で縋り、激しい口づけを交わす。乱れた衣服のまま、淫らかに腰を動かしながら、彼の名を何度も呼ぶのだった。
次は、氷の魔法使い。普段は無表情な彼女が、温泉で彼の背中を流しながら、その手を自らの胸元へ導き、「ここの部分が…熱いの」と囁く。湯気の中で二人は身体を重ね合わせ、彼女は涙を浮かべた顔で彼に跨り、ゆっくりと腰を沈めながら「自分で動かないで」と命じる。
そして最後は、彼を「おじさま」と呼ぶ小さな戦士の少女。洞窟に閉じ込められた彼女は、「これが最後かもしれないから…」と鎧を脱ぎ、小さな身体を差し出す。意外にも積極的に舌を絡め、上目遣いで「私はおじさまのもの…だから、好きにしていいよ?」と懇願する。
テープには
異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~ - 洞窟の告白——シエナが脱いだ夜、たかふみの心が完全に折れる
テレビの砂嵐が、目に染みる。
さっきまで映っていたノエルの顔が、まだ焼きついていた。無表情だった人形が、ぐしゃりと崩れた顔。おじさんの胸に縋って泣いた顔。そして——全部忘れた顔。
部屋の中の空気が、重く沈んでいる。
たかふみは手のひらを見つめていた。指がまだ震えている。エリュシアの映像を見て燃え上がった嫉妬が、ノエルの話を聞いて、今は鉛みたいに冷たく固まっている。
「けっこう堪えてる顔だな」
ベッドの上で、ユウスケがにやにやと笑っていた。
「うるせえ」
声に力が入らない。
「なあ、まだ終わりじゃないぞ」
ユウスケが身を乗り出して、テープの山から一本を取り出した。ラベルには墨で『洞窟編——シエナ』と書かれている。彼は無造作に、そのテープをたかふみの膝の上に置いた。
「……まだあるのかよ」
「これが最後だ。洞窟編って書いてあるだろ」
たかふみはテープをじっと見つめた。
(もう無理だ)
頭のどこかで声がする。これ以上見たら、立ち直れなくなる。でも——手が、勝手にテープを掴んでいた。デッキに押し込む。再生ボタンを押す自分に、乾いたツッコミが漏れる。
(マジで、学習しねえな)
砂嵐が晴れた。
画面いっぱいに、薄暗い洞窟が広がった。
岩壁が松明の灯りでオレンジ色に揺れている。鍾乳石が牙みたいに天井から垂れ下がり、水滴がかすかな音を立てていた。映像の中のユウスケは、狭い通路を這うように進んでいる。
「おじさまっ!」
突然の声。
画面の端から、小さな影が飛び込んできた。
腰までの金髪をポニーテールに束ねた少女。身長は百四十センチくらいで、明らかに大人より小さい。でも、着込んだ皮の鎧は傷だらけで、腰には短剣が吊られている。その目は——猛禽みたいに鋭かった。
彼女は映像の中のユウスケに飛びついた。
「おじさま、ここは危険です! 単独行動は控えてって言ったじゃないですか!」
怒っているのに、声が弾んでいる。
「……おじさまって」
たかふみは素で呟いた。
「あいつ、最初から俺のことそう呼んでたんだよ」
ユウスケが懐かしそうに笑う。
「自分で決めたんだって。俺が『おじさん』って呼ばれるのに慣れてたから、敬意を込めて『おじさま』にするって」
たかふみの胸に、また新しいやつが出てきた。
おじさま——って、呼ばれてるのかよ。しかも、十五歳の小柄な女戦士に。エリュシアには『人間のくせに』と言われ、ノエルには『どちら様ですか』と忘れられ、今度はこれだ。
(次から次へと……)
理不尽な嫉妬が、じわじわと積もっていく。
映像が進む。
シエナがユウスケの手を引いて、洞窟の奥へ奥へと案内していく。彼女は成人の儀式——単独での魔獣討伐——をこなそうとしていたらしい。そこに偶然、ユウスケが迷い込んだ。
「ここは二層部分です。見てください、鍾乳石の模様が綺麗でしょう」
彼女が壁を指さす。
その時——。
ゴゴゴゴゴッ。
画面が激しく揺れた。轟音。天井から岩が落ちてくる。松明が消えて、一瞬真っ暗になる。
砂埃がすごい。映像は乱れ、かすかにシエナの咳込む声だけが聞こえる。
やがて、かすかな松明の灯りが再び点った。
入り口方向が、完全に瓦礫で埋まっていた。
「閉じ込められましたね」
シエナの声は、驚くほど落ち着いていた。彼女はまず、ユウスケの方を振り返る。
「おじさま、ご無事ですか? どこか怪我は?」
「俺より自分の心配をしろ」
映像の中のユウスケが言う。
シエナは、ふっと笑った。
「私は、おじさまがいれば大丈夫です」
たかふみはソファの上で、腕を組んだまま固まった。
(——それ、言える?)
今の言葉。迷いが一ミリもない。本当に心の底から、そう思っている声だった。誰かにそんな言葉を迷いなく言える人間が、羨ましい。言われる側のおじさんが、羨ましい。どっちも自分には程遠い。その痛みが、胸の真ん中でじわじわと広がっていく。
映像の中で、時間が経過する。
二人は瓦礫のそばに腰を下ろし、救助を待っていた。シエナは膝を抱えて座っている。小柄な体が、さらに小さく見えた。
しばらくして——。
彼女は、ゆっくり立ち上がった。
「……シエナ?」
ユウスケの声。
シエナは答えない。代わりに、自分の鎧の留め金に手をかけた。金属の金具が外れる、かすかな音。胸当てが外れ、肩当てが床に落ちる。
「何してんだ」
シエナは黙って、最後の皮鎧を解いた。
鎧の下から現れたのは、思ったより細い肩と、鎖骨の華奢な線だった。金髪が汗で額に張りついている。彼女は顔を上げた。松明の灯りに、目に涙の膜が張っているのが見えた。
でも——声は、揺れていなかった。
「もし、これが最後かもしれないなら」
彼女は一歩、ユウスケに近づいた。
「後悔したくないから」
膝をつく。ユウスケのすぐ前で、彼女は手を伸ばして、ユウスケの頬に触れた。指が震えている。
「おじさまのこと、ずっと好きでした」
声が、少しだけ掠れた。
「だから——」
彼女は自分から、ユウスケの首に腕を回した。
「好きにしていいよ?」
その言葉と同時に、彼女はユウスケの唇に自分の唇を押しつけた。
たかふみはソファから立ち上がっていた。
テレビの前で、足が動かない。顔が燃えるように熱い。指先が冷たい。耳の奥で、心臓がうるさく脈打っている。
映像の中では、シエナがユウスケの首にしがみついて、必死にキスをしていた。舌を絡めて、息継ぎの合間に小さな声が漏れる。十五歳の少女が——全部を自分で決めて、迷わずに差し出す。その潔さが、たかふみの胸を痛いほど揺さぶった。
エリュシアの独占欲。
ノエルの感情爆発。
今夜のシエナの献身。
三枚のテープを見てきたたかふみの頭の中で、それら全部がおじさんという一人の人間に向けられたものだという事実が、改めて巨大な質量を持って圧しかかってくる。
(三人とも……全員、おじさんだけに)
映像がクライマックスに差し掛かった——その時。
ピッ。
ユウスケが手動で停止した。
「な——」
たかふみが振り返る。
おじさんは、にやにやしながらベッドに寄りかかっていた。
「ここから先は、俺の口で説明したほうがいいと思ってな」
「はあ!?」
あんだけ見せておいて——ここで止めるのかよ。
でも、たかふみの抗議を無視して、ユウスケは語り始めた。
「あの時のシエナの手がな、驚くほど小さくてびっくりしたんだよ。鎧を脱いだ体が思ったより細くて、抱き締めたらすっぽり腕の中に収まっちまうんだ。体温が異様に高くて、熱いなって言ったら——」
「……やめてくれ」
たかふみは絞り出すように言った。
でも、ユウスケは止まらない。
「——おじさまのせいですよ、だってさ。あの時、俺の心臓がバクバクしてるのが伝わったらしくて、シエナが笑ってたんだ。こんな状況なのに、嬉しそうに」
「やめろって!」
たかふみの声が、部屋に響いた。
ユウスケが黙る。
「……もう、いいよ」
たかふみはソファに、ドサッと音を立てて座り込んだ。顔を覆う。太腿の上に、両肘を突いて、指の隙間から床のテープの山を見つめる。
言葉が出ない。
嫉妬だとか、羨望だとか、そんな生易しい感情じゃなくなっていた。もっと黒い、もっと冷たい、もっと本質的な敗北感が、じわじわと全身に広がっていく。
エリュシアには終生婚の掟を超えた独占欲を向けられ。ノエルには感情の扉を開いてもらい。シエナには全てを預けてもらう。そんな体験が、一人の人間に三回も起きている。
(おじさんは、特別すぎる)
たかふみは、床のテープの山を見つめたまま、動かなくなった。
百本近いVHSテープ。まだ見ていないラベルが、いくつもある。これら全部に、おじさんだけが知っている誰かが、おじさんだけに向けた感情が、記録されている。
しばらくして——。
「おじさんだけが、特別なんだ」
自分の声なのに、遠くから聞こえた。
「俺には、無理だよ。そういう世界に。そういう生き方に」
声が震えている。目の奥が熱い。涙は出なかったけど、それよりも重いもので胸が塞がっていく。
三人の女性が、全員、おじさん一人だけに全てを捧げた。そんな人間に、自分はなれない。一度も好きと言えたことのない自分には、そもそも資格が存在しない。ずっと嫉妬と憧れを曖昧に混ぜてきたけど——もう、誤魔化せない。
(俺には、絶対無理だ)
黒い自己嫌悪が、これまでの憧れを塗り替えていく。
部屋に、沈黙が落ちた。
窓の外では、アパートの駐車場に夜の闇が広がっている。街灯が一つ、かすかにオレンジ色に揺れていた。
「そうか」
ユウスケが静かに言った。怒りでも慰めでもない、ただの確認みたいな一言だった。
それから——。
おじさんの視線が、たかふみの右手に向く。
たかふみの手には、いつからか握りしめていたセガサターンのキーホルダーがあった。埃で汚れた、古いプラスチックの小さな本体。いつの間に手に取ったのか、自分でもわからない。
おじさんは何も言わない。
でも——その視線が、一瞬だけ、映像の中でシエナが宝物みたいに握りしめていた、同じ形のキーホルダーを映し出した場面を思い起こさせた。
たかふみは、おじさんの視線に気づいて顔を上げる。
「……なんだよ」
声が掠れていた。
ユウスケは答えない。ただ、口の端をわずかに上げて、視線を窓の外に移す。カーテンの隙間から見える闇の中に、何を見ているのか——たかふみにはわからない。
でも。
(もしかして)
絶望で埋め尽くされた胸の底に、針の先ほどの光が刺さった。それが何かは、まだ誰も言葉にしていない。
デッキが、五本目のテープを吐き出す。
ウィン、という小さな音だけが、静かな部屋に響いていた。Noveliaとは?
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