異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~
ある日、高文は意識を失った叔父・ユウスケの部屋で、古いビデオテープを見つける。再生してみると、そこには誰も知らない、異世界グラン・バハムルの三人のヒロインたちとの「秘密の関係」が赤裸々に記録されていた。
最初に現れるのは、エルフのツンデレ。最初は冷たい態度だったが、セガサターンを愛する彼の姿に惹かれていく。嵐の夜、宿で二人きりになった彼女は「今夜だけは、私だけを見て…」と甘い声で縋り、激しい口づけを交わす。乱れた衣服のまま、淫らかに腰を動かしながら、彼の名を何度も呼ぶのだった。
次は、氷の魔法使い。普段は無表情な彼女が、温泉で彼の背中を流しながら、その手を自らの胸元へ導き、「ここの部分が…熱いの」と囁く。湯気の中で二人は身体を重ね合わせ、彼女は涙を浮かべた顔で彼に跨り、ゆっくりと腰を沈めながら「自分で動かないで」と命じる。
そして最後は、彼を「おじさま」と呼ぶ小さな戦士の少女。洞窟に閉じ込められた彼女は、「これが最後かもしれないから…」と鎧を脱ぎ、小さな身体を差し出す。意外にも積極的に舌を絡め、上目遣いで「私はおじさまのもの…だから、好きにしていいよ?」と懇願する。
テープには
異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~ - キーホルダーの意味——おじさんが語る喪失と、たかふみへの継承
部屋に静けさが、重く溜まっていた。
テレビはもう何も映していない。デッキが五本目のテープを吐き出したあの小さな音のあと、たかふみはソファにうずくまったまま、動けずにいた。窓の外では、夜が深くなっている。
頭の中にあるのは、三人の女性の顔だ。エリュシア。ノエル。シエナ。
全員が、おじさんだけにすべてを捧げていた。
自分には絶対に起きないことだ。そう思ったら、胸の奥がひどく冷たくなった。骨の芯まで凍るような、暗い諦めだけが残る。
「なあ」
ベッドの上で、おじさんが口を開いた。
「三人とも、今どうしてると思う?」
たかふみは顔を上げなかった。返事もできない。
おじさんは構わず、ゆっくりと話し始めた。
「エリュシアはエルフだ。寿命は四百年。今もどこかで生きてるはずだ」
声は静かだった。
「でも、エルフの掟じゃ、伴侶は一人だけだ。一生、変えられない。あいつが終生婚なんて古臭いしきたりをどう思ってるかはわからんがな——おそらく、まだ俺を待ってるか、待つのをやめて心を閉ざしたかのどっちかだ」
たかふみの胸に、銀髪のエルフの映像が蘇る。ツンと冷たい目つき。でも、画面の向こうでおじさんに跨ったとき、彼女は泣きそうな顔で名前を呼んでいた。
「ノエルは——知っての通りだ。記憶を失って、今も氷晶科で魔法の研究をしてるらしい。星見の湯の夜も、自分から俺の手を引き寄せたことも、全部綺麗に忘れてる」
感情のなかった人形が、ぐしゃりと顔を崩した瞬間。
「感情を教えてくれてありがとう」と刻まれた銀の徽章。
それらは全部、彼女の中から消えている。
「そして——シエナだ」
たかふみの指が、わずかに震えた。
「山岳民の寿命は百五十年。洞窟で会ったとき、あいつは十五歳だった。そこから現実の時間で十九年が経ってる。異世界の時間の流れが現実より速いとしたら、もっと経ってるかもしれねえ」
一拍置いて、おじさんは数字を口にした。
「今、生きてれば三十四歳だ」
三十四。
たかふみの頭の中で、あの小さな女戦士の姿が浮かぶ。腰までの金髪をポニーテールにして、百四十センチの体でおじさんに飛びついていた少女。自分の鎧を外し、震える指でおじさんの頬に触れて「好きにしていいよ?」と言った十五歳の声。
それが今、三十四歳。
(俺と、十四も離れてる——)
数字の重みが、胸に鈍く突き刺さった。シエナはもう、あの洞窟の少女じゃない。大人の女性として、十九年の時間を生きている。おじさんのいない世界で。
「三人とも、もう俺を待てねえ場所にいるかもしれねえ」
おじさんの声は、事実を淡々と述べるだけだった。悲しみも後悔も、そこには薄く滲んでいるだけ。それがたかふみには、たまらなく苦しかった。
ソファの背もたれに顔を埋めたまま、たかふみは唇を噛んだ。
(エリュシアがまだ待ってるかもしれない——でも、四百年の寿命の中で十九年を無駄にした。誇り高いエルフが、それで平気なはずがない)
(ノエルは何も覚えてない——それが救いなのか、それとも余計に残酷なのか、俺には判断もできない)
(シエナは三十四歳。もし異世界の時間がもっと速ければ、もっと歳をとってるかもしれない。あの小さな体も、金髪も、笑い方も、もう違うかもしれない——)
三人の喪失の形が、それぞれまったく違う。
それがたかふみの胸の中で、ぐちゃぐちゃに混ざって、黒い塊になった。
「……会いに」
声が漏れた。自分でも気づかないうちに。
「会いに、行けないのかよ」
絞り出すような声だった。エリュシアに会いたいのか、ノエルに会いたいのか、シエナに会いたいのか——自分でもわからない。ただ、その場所に行きたい。画面の向こうの世界に。
おじさんはすぐに答えなかった。
沈黙が数秒、部屋に落ちる。その沈黙に耐えられず、たかふみは顔を上げた。
おじさんの視線は、たかふみの右手に向いていた。
たかふみは自分の手を見る。
右手に、セガサターンのキーホルダーを握りしめていた。いつから握っていたのか、まったく記憶がない。でも、手のひらに馴染んだプラスチックの感触は、昔からずっとそこにあったように自然だった。
「そのキーホルダー」
おじさんが静かに言った。
「どこで手に入れた?」
「……わからねえ。昔からあった。気づいたら持ってた」
たかふみは正直に答えた。物心ついたときには、もう手元にあった気がする。親に買ってもらった記憶も、誰かにもらった記憶もない。でも、なぜか手放せなかったものだ。
おじさんは小さく頷いた。
「俺がお前に渡したんだよ。ずっと前に」
「……は?」
意味がわからず、たかふみは顔を上げた。
「シエナが洞窟で持ってたやつと同じだ。あの映像の中で、宝物みたいに握りしめてただろ」
たかふみの脳裏に、映像の一場面が蘇る。松明の灯りに照らされた洞窟で、シエナが胸の前で何かを大事そうに握っていた。あれは——このキーホルダーと同じ物だったのか。
「シエナに渡す前に、俺はもう一個持ってた。異世界に持ち込んだのはセガサターンの記憶だけじゃねえ。お前のために、一個だけ手元に残しておいた」
たかふみの指が、キーホルダーを握りしめた。
「お前には記憶がねえだろう。でも、そのキーホルダーは確かに昔からお前の手元にあったはずだ」
そうだ。
記憶はない。でも、このキーホルダーは昔から——。
「次元の裂け目ってのは、その持ち主を引き寄せることがあるらしい」
おじさんの声が、静かに部屋に響いた。
「何を言って——」
たかふみが言いかけて、言葉を止めた。
手の中のキーホルダーが、わずかに温かい気がした。
気のせいだ。そう思い込もうとした。でも——手のひらに感じるその温度は、冷たいプラスチックの塊から発せられているとは思えなかった。
絶望で埋め尽くされていた胸の底に、針の先ほどの光が刺さった。
それはあまりにかすかで、一瞬でも目を離せば見失いそうな光だった。
「洞窟の夜——シエナが鎧を脱いだあとのこと、映像は途中で止めたが、先もあったんだ」
おじさんが話題を戻した。
「……その後、どうなったんだよ」
たかふみの声は低く掠れていた。
「シエナは、あの洞窟で俺にすべてを預けた。小さな手で俺の胸を掴んで、耳元で囁いたんだ——『おじさまのそばにいると、怖くない』って」
おじさんの声には、十九年の時間を超えた重みがあった。
「あの言葉を聞いたとき、俺は自分の中で何かを諦めた。自分の弱さも、現実に戻るっていう迷いも、全部どうでもよくなった」
たかふみの頭の中で、映像の中の十五歳のシエナと、三十四歳になった今のシエナの姿が重なる。
小さな体で、必死におじさんにしがみついていた少女。
今は、大人の女性として、どこかで生きている。
官能的な記憶と喪失の痛みが、同時にたかふみを貫いた。
(これが——恋愛の、本当の重さなのか)
初めて、その自覚がはっきりと言葉になった。好きとか、付き合いたいとか、そういう軽い話じゃない。全身全霊で誰かを想い、その代償としてすべてを失うかもしれない覚悟——。
おじさんは三人に対して、それぞれちがう形で向き合っていた。そして三人とも、おじさんを想い、喪失を抱えた。
(俺は——こんな重さに耐えられるのか?)
わからない。でも今、胸の奥で何かが動いているのは確かだった。
「お前にも、その資格があるかもしれない」
おじさんが立ち上がった。窓の前に移動し、カーテンの隙間から夜の闇を見つめる。背中越しの声は、静かだった。
たかふみはすぐに顔を上げられなかった。
さっきまで、自分には絶対に無理だと確信していた。資格も、勇気も、何もかも足りないと思っていた。
でも——手の中のキーホルダーが、まだ温かい。
「……俺が?」
「そのキーホルダーを、俺はお前に渡した。それがどういう意味かは、お前が自分で考えろ」
おじさんは振り返らなかった。
たかふみはキーホルダーを見つめる。黒いプラスチックの、黄ばんだ、ちっぽけなセガサターンのミニチュア。映像の中でシエナが宝物みたいに握っていた物と同じ形。
おじさんが異世界に持ち込んだ、たった一つの記憶の鍵。
それを、俺に渡した——。
手の中で、キーホルダーがまた少しだけ温かく感じた。今度は、気のせいではないと信じたい。絶望のどん底から、かすかな光の方向だけが見えてきた。
まだ何も決まっていない。扉が開くかどうかもわからない。自分に覚悟があるかどうかもわからない。
でも——。
たかふみはキーホルダーを握りしめたまま、深く息を吐いた。
窓の外では、アパートの駐車場に街灯がひとつ、オレンジ色に揺れている。おじさんの背中が、夜の闇に溶けそうに見えた。
それ以上、言葉はなかった。
部屋にはただ、古いエアコンの唸るような音と、二人分の静かな呼吸だけが残った。Noveliaとは?
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