異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~
ある日、高文は意識を失った叔父・ユウスケの部屋で、古いビデオテープを見つける。再生してみると、そこには誰も知らない、異世界グラン・バハムルの三人のヒロインたちとの「秘密の関係」が赤裸々に記録されていた。
最初に現れるのは、エルフのツンデレ。最初は冷たい態度だったが、セガサターンを愛する彼の姿に惹かれていく。嵐の夜、宿で二人きりになった彼女は「今夜だけは、私だけを見て…」と甘い声で縋り、激しい口づけを交わす。乱れた衣服のまま、淫らかに腰を動かしながら、彼の名を何度も呼ぶのだった。
次は、氷の魔法使い。普段は無表情な彼女が、温泉で彼の背中を流しながら、その手を自らの胸元へ導き、「ここの部分が…熱いの」と囁く。湯気の中で二人は身体を重ね合わせ、彼女は涙を浮かべた顔で彼に跨り、ゆっくりと腰を沈めながら「自分で動かないで」と命じる。
そして最後は、彼を「おじさま」と呼ぶ小さな戦士の少女。洞窟に閉じ込められた彼女は、「これが最後かもしれないから…」と鎧を脱ぎ、小さな身体を差し出す。意外にも積極的に舌を絡め、上目遣いで「私はおじさまのもの…だから、好きにしていいよ?」と懇願する。
テープには
異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~ - エリュシアの独占欲——おじさんが語る、銀髪エルフの本当の顔
テレビの砂嵐が、まだ目に焼きついている。
たかふみはソファに座ったまま、手の中のリモコンをじっと見つめていた。指先がまだ少し震えている。二本目のテープ——エリュシアがおじさんに迫る映像。あの後、おじさんが突然目を覚ました。
「……マジかよ」
声が掠れていた。
ベッドの上では、ユウスケが背もたれに寄りかかって、水を飲んでいる。三週間ぶりに起きたとは思えないほど、落ち着いた顔だった。無精髭を撫でながら、たかふみの方をじっと見ている。
「どうした、顔が真っ赤だぞ」
「う、うるせえ!」
たかふみは顔を背けた。耳まで熱い。
確かに、見ていた。あの銀髪のエルフが、おじさんの服を掴んで、名前を呼んで——。思い出すだけで、心臓の奥がぎゅっと締め付けられる。
「あれ、本当なのかよ……」
「本当だ」
ユウスケはあっさりと言った。
「グランバハムルは実在する。エリュシアも、他の連中も、みんな本物だ」
たかふみは、床に散らばったテープの山に目を落とした。
百本近いVHSテープ。ラベルには見たことのない地名と、女性の名前らしき文字。押し入れの中でホコリをかぶっていた、この変なおじさんの秘密。
(現実なのか、これが)
頭ではまだ信じられない。でも、さっき見た映像の生々しさ。あのエルフの声の震え方。作り物とは思えなかった。
ポケットの中で、銀の徽章が冷たく手のひらに当たる。氷の結晶の模様が刻まれた、異世界の品物。
物的証拠は、ここにある。
「なあ、三本目を再生しろ」
ユウスケが顎で、テープの山を指した。
「エルフ編③だ。フォルセティアの森ってラベルが貼ってある。最初の出会いが全部入ってる」
たかふみはしゃがみ込んで、テープを探した。何本も手に取ってはラベルを確認する。『温泉編』『洞窟編』『別れの日』……。
あった。
『グランバハムル エルフ編③ フォルセティアの森』
マジックの文字が少し掠れている。何度も手に取られた証拠だ。
「……なんで、こんなに撮ってあるんだ?」
「記録だよ。忘れたくなかったからな」
ユウスケの声が、少しだけ低くなった。
「向こうで過ごした十九年間——現実に戻ったら、全部夢だったって言われると思った。だから、撮れるものは全部撮った」
たかふみは黙って、テープをデッキに差し込んだ。
再生ボタンを押す。
砂嵐。
そして——画面に、深い森が広がった。
フォルセティア大森林。
画面いっぱいに、巨大な木々が立ち並んでいる。幹は大人が何人も手をつないでも囲めないくらい太く、枝が空を埋め尽くしていた。木漏れ日が金色の帯になって、地面の苔を照らしている。
空気が違う。現実の森より、何もかもが濃い。緑の匂いまで画面から漂ってきそうだ。
映像の中のユウスケは、二十代半ばだった。背筋を伸ばし、目に強い光がある。今ベッドで無精髭を生やしている男と、同じ人物とは思えない。
「えーと、どこだここ……」
彼は地図を見ながら、あちこち歩き回っている。完全に迷子だ。
その時——
さっと、画面の端で銀色が光った。
「人間か」
声がした。透き通っているのに、どこまでも冷たい響き。
映像の中のユウスケが振り返る。
そこに立っていたのは、腰まで伸びた銀髪を風になびかせたエルフの女性だった。尖った長い耳。翡翠色の瞳。深緑の衣服をまとい、背中に長弓を負っている。
美しい——でも、それ以上に、冷たかった。
彼女の目は、ユウスケを値踏みするように細められている。まるで珍しい虫でも見つけたかのようだ。
「この森に何の用だ。人間のくせに」
声は低く、拒絶でできていた。
たかふみは少し身を乗り出した。
(これが……最初の出会い)
一本目のテープで見た、あの甘えた声とはまるで別人だ。
画面の中のユウスケは、でも——まったく怯えていなかった。
「ああ、迷っちゃってよ。この森、すげえ広いんだな」
「質問に答えろ」
エリュシアの手が、背中の弓に伸びる。
「フォルセティア大森林への無断立ち入りは、エルフ族の法により追放刑だ。今すぐここを去れ。さもなければ——」
「なあ、セガサターンって知ってるか?」
エリュシアの手が、止まった。
「……何?」
「ゲーム機だよ。最高なんだ、これが」
ユウスケは、まるで警戒心なんて欠片もない顔で、にこにこしながら話し始めた。
「バーチャファイターって格闘ゲームがあってな、そのリアルな動きがすごいんだよ。あと、パンツァードラグーン! 竜に乗って空を飛ぶんだ。3Dの映像で、すげえ迫力で——」
「……待て」
エリュシアの眉が、ぴくりと動いた。
「なんだ、それは。この世界に、そんなものは存在しない」
「ああ、別の世界の話だよ」
「別の……世界?」
エリュシアの声から、初めて冷たさが薄れた。
代わりに——ほんの少しだけ、好奇心が滲んでいる。
「お前、何者だ?」
彼女の目が、初めてちゃんとユウスケの顔を見た。
たかふみは、その瞬間を食い入るように見ていた。
(ああ……ここだ)
あの冷たいエルフが、初めて自分から質問した瞬間。
胸の奥が、またチクリと痛む。
「あの一言が全部の始まりだよ」
横から、ユウスケの声がした。
ベッドの上で、おじさんがにやにやしながら画面を指さしている。
「あいつ、最初は本当に冷たかったんだ。俺を森から追い出そうとして、弓に手までかけてさ。でも——セガサターンの話をしたら、急にあの顔だ」
「……おじさん、よくそんな状況でゲームの話できたな」
「だって好きだったからな」
ユウスケは肩をすくめた。
「好きなことを話して、何が悪いんだよ」
たかふみは何も言えなかった。
言われてみれば、そうなのかもしれない。でも——普通は、怖がったり、緊張したりするだろ。相手は自分を追い出そうとしてるエルフで、しかも弓を持ってる。
なのに、このおじさんは。
映像は続く。
場面が変わった。夜。焚き火がパチパチと音を立てている。
どうやら、エリュシアはユウスケをすぐには追放しなかったらしい。二人は丸太に並んで座っていた。距離はまだあるけど、最初より近い。
エリュシアが、じっとユウスケの横顔を見ている。
「……馬鹿みたいな話だな」
「そうか?」
「この世界にないものを、そんなに熱心に語るなんて」
「だって、本当にすごいんだよ」
ユウスケは目を輝かせて、また話し始める。
「サターンはな、セガが最後に出した据え置き機で——」
エリュシアは、呆れた顔で聞いている。でも、彼女の体が、ほんの少しだけユウスケの方を向いているのを、たかふみは見逃さなかった。
(ああ、もう……)
彼女の目が、少しだけ柔らかくなっている。
また場面が変わる。
今度は、石造りの小さな小屋の中だった。エルフの集落の外れだろうか。粗末な木の机と、藁で編んだベッドがあるだけの部屋。
ユウスケが机に向かって何か書いている。
その隣に、エリュシアが座っていた。
距離が、もうない。
彼女はユウスケの肩に頭を寄せかけて、ユウスケの書き物をじっと見つめている。長い銀髪が、ユウスケの腕の上に流れ落ちていた。
「……これが、なんなのか、まだよく分からない」
彼女の声は、もう冷たくない。
「でも、お前が話すときだけ、お前の目が本当に輝く」
ユウスケが手を止めて、彼女を見る。
「ずるい。そんな顔をするな」
エリュシアは顔をそらした。でも、その耳の先が、ほんのり赤くなっている。
たかふみは、無意識に拳を握っていた。
(なんで、こんな——)
なんで、こんなに羨ましいんだ。
おじさんがやったことなんて、ただ好きなものを好きだって言ってただけじゃないか。それだけで、あんな綺麗なエルフが、ここまで心を開くのか。
「エルフ族にはな、終生婚って掟があるんだ」
ユウスケが、静かに言った。
「一生に一度だけ、伴侶を選ぶ。その相手を、絶対に変えられない。離婚の概念すらない。だからこそ、エルフは最初から心を開かない。特に——相手が人間なら、なおさらだ」
たかふみは黙って聞いていた。
「エルフ族の寿命は四百年以上だ。人間は長くても百年。そんな相手に心を許したら、残りの三百年を一人で生きなきゃいけない。だから、エリュシアは最初、完璧に心を閉ざしてた」
「……それを、セガサターンで口説いたのかよ」
「違う」。
ユウスケは首を振った。
「俺が本気でセガサターンが好きだったから、それが伝わったんだ」
たかふみは言葉を失った。
本気で好きだから、伝わる——そんな単純なことで、エルフの掟が、誇りが、全部崩れるのか。
その時、映像が変わった。
小屋の中が、薄暗くなっている。壁にかけられた小さなランプだけが、オレンジ色の灯りを揺らしていた。
エリュシアが、立ち上がった。
彼女はユウスケの前に立ち、深緑の服の留め金を、細い指でつまむ。
たかふみの呼吸が、止まった。
「ユウスケ」
銀髪が、肩からこぼれ落ちる。
「ユウスケ」
彼女はもう一度、名前を呼んだ。確認するように、確かめるように。
留め金が、かちりと外れた。
上衣がゆっくりと開かれ、白い肩が露わになる。ランプの灯りが、彼女の肌をオレンジ色に染めていた。
「ユウスケ、ユウスケ……」
何度も、何度も名前を繰り返す。
彼女は自ら、ユウスケの膝の上に跨った。銀髪がユウスケの胸に押し当てられ、彼女の細い指がユウスケの肩をぎゅっと掴む。
「あんたしか、見えないから」
その声はかすれていて、でも、はっきりとスピーカーから流れてくる。
たかふみは立ち上がっていた。一歩後ずさる。顔が燃えるように熱い。心臓が痛いくらい速い。頭の中で何かがガンガンと音を立てている。
画面の中で、エリュシアが腰を落としていく。
彼女の制服の留め金がまた一つ外れ、深緑の布が下に落ちた。銀髪が全部崩れて、ユウスケの体を覆い隠す。
「あんただけ——」
彼女が腰をくねらせるたびに、ランプの灯りが揺れる。影が壁に踊る。
(すごい)
(羨ましい)
(なんで、おじさんだけ——)
言葉が、脳裏を埋め尽くす。
今まで感じたことのない、黒くて重い何かが、胸の奥にどんどん溜まっていく。
「あいつの独占欲はすごかったぞ」
救いがたいほど平然とした声で、おじさんが言った。
「ある時、俺が別の旅人の女とちょっと話をしただけで、三日間口をきいてもらえなかった」
「……え」
「別の女と話しただけで、だぞ。すごいだろ」
ユウスケはまるで自慢話でもするみたいに、にやりと笑った。
たかふみは何も言えず、ただ画面を見つめる。
映像の中のエリュシアは、ユウスケにしがみつきながら、何度も何度も腰を動かしていた。彼女の背中が震えている。長い銀髪が、汗で額に張り付いていた。
「ユウスケ……あんた、ずっとここにいて」
彼女の声は泣き声に近い。
「お願い。誰にも触らせないから。あたしだけの、ものになって」
独占欲と、不安と、それから——たぶん、恋愛。
全部が混ざり合った声だった。
たかふみは、目を離せなかった。
嫉妬が、はっきりとした言葉になって、頭の中に浮かぶ。
(なぜ、おじさんだけが)
(なぜ、俺じゃないんだ)
自分にそんな経験が一度もないという事実が、ずしりと胸にのしかかる。誰かにここまで求められたこと。誰かの世界の全部になったこと。
一度も、ない。
映像が、終わった。
画面が真っ黒になる。
部屋に、静寂が訪れた。
デッキがウィンという小さな音を立てて、テープを巻き戻し始める。
たかふみはぐったりとソファに座り直し、天井を見上げた。腕で目を覆う。全身の力が抜けて、指先がかすかに震えている。
「……はあ」
長いため息が、自然に漏れた。
「なあ、なぜエリュシアが俺を選んだか、わかるか」
ユウスケが静かに言った。
たかふみは腕を外して、おじさんを見る。
「エルフは一度選んだ相手を、一生変えられない。掟がどうこうじゃない。魂の契約に近いんだ。だからこそ、最初は絶対に心を開かない。でも——」
ユウスケは、水をもう一口飲んだ。
「俺は、セガサターンが好きだった。本気で好きだった。誰に何と言われても、それが俺の一部だった。エリュシアは、その本気を見たんだ」
「……セガサターンで口説いたのかよ」
「違う」。
ユウスケが首を振った。
「俺は口説こうとしたことなんて一度もない。ただ——本気でいれば伝わる。それだけだ」
本気でいれば伝わる。
その言葉が、たかふみの胸にぐさりと刺さった。
(本気で好きなもの)
(それを誰かに語る勇気)
自分には、どっちもない。
少なくとも、そう思えるほどのものは。
嫉妬に、黒い色が混ざる。
羨ましいだけじゃない。自分が持っていないものを持っている相手への、苛立ち。どうしようもない不条理さ。
「さて」
ユウスケがベッドから身を乗り出し、押し入れの奥に手を伸ばした。
「次は、ノエルの話だな」
彼が取り出したのは、また一本の未開封テープだった。
ラベルには、『温泉編——グランバハムル』と書かれている。
「ノエル?」
「パルミラ魔法学院の氷晶科の学生だ。白い髪の、感情が薄い魔法使いでな——エリュシアとは全然ちがうタイプだよ」
たかふみは、目の前に置かれたテープを見つめた。
(また、ちがう女性の話かよ)
心の中でツッコミが走る。でも——それと同時に、自分がそれを楽しみにしていることに気づいて、胸の奥が苦しくなった。
どんな女性なのか、知りたくてしょうがない。おじさんの心を動かした別の誰か。
嫉妬の対象が、また増える。
「ふたりでも、じゅうぶんすごいのに」
声が、少し震えた。
ユウスケは声に出さず笑い、ベッドに寄りかかる。
「エリュシアとは、また全然ちがう話になるぜ」
たかふみは三本目のテープをデッキから取り出しながら、四本目のラベルを確認した。
墨で書かれた文字が、部屋の灯りに照らされている。
(まだいるのかよ)
(しかも二人とも、このおじさんに……)
嫉妬が深くなる予感と、それでも次のテープに手が伸びる自分への苦いツッコミ。
たかふみは静かに息を吐き、ソファに座り直した。
窓の外では、午後の日差しが少し傾き始めている。アパートの駐車場に、長い影が落ち始めていた。
デッキが、四本目のテープを飲み込む。Noveliaとは?
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