異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~
ある日、高文は意識を失った叔父・ユウスケの部屋で、古いビデオテープを見つける。再生してみると、そこには誰も知らない、異世界グラン・バハムルの三人のヒロインたちとの「秘密の関係」が赤裸々に記録されていた。
最初に現れるのは、エルフのツンデレ。最初は冷たい態度だったが、セガサターンを愛する彼の姿に惹かれていく。嵐の夜、宿で二人きりになった彼女は「今夜だけは、私だけを見て…」と甘い声で縋り、激しい口づけを交わす。乱れた衣服のまま、淫らかに腰を動かしながら、彼の名を何度も呼ぶのだった。
次は、氷の魔法使い。普段は無表情な彼女が、温泉で彼の背中を流しながら、その手を自らの胸元へ導き、「ここの部分が…熱いの」と囁く。湯気の中で二人は身体を重ね合わせ、彼女は涙を浮かべた顔で彼に跨り、ゆっくりと腰を沈めながら「自分で動かないで」と命じる。
そして最後は、彼を「おじさま」と呼ぶ小さな戦士の少女。洞窟に閉じ込められた彼女は、「これが最後かもしれないから…」と鎧を脱ぎ、小さな身体を差し出す。意外にも積極的に舌を絡め、上目遣いで「私はおじさまのもの…だから、好きにしていいよ?」と懇願する。
テープには
異世界おじさん ~誰にも言えない、私とおじさまの秘密の夜~ - 氷が溶けた夜——ノエルという名の喪失
たかふみはしばらく、手にした四本目のVHSテープを見つめていた。ラベルには『温泉編——グランバハムル』と墨で書かれている。
(ノエル……)
さっきおじさんが言った名前だ。エリュシアとは全然ちがうタイプだ、と。白い髪の、感情が薄い魔法使い——。
たかふみの頭の中にはまだ、エリュシアの映像が焼きついていた。おじさんに迫るあの銀髪のエルフ。独占欲をむき出しにした声。服を脱いでいく白い指先。思い出すだけで顔が熱くなる。
(次は一体どんな女が出てくるんだよ)
「どうした、手が止まってるぞ」
ベッドの上で、ユウスケがにやにやと笑っていた。
「うるせえ、今入れるとこだよ」
たかふみは乱暴にテープをデッキに押し込んだ。再生ボタンを押す。砂嵐。そして——。
画面いっぱいに、巨大な図書館が広がった。
天井まで届く高い本棚が、迷路のように並んでいる。壁にはランタンがかけられ、オレンジ色の灯りが古い書物の背表紙を照らしていた。空気までもが静かで、神聖な感じがする。
パルミラ魔法学院の図書館——と、おじさんが前に言っていた場所だろう。
映像の中のユウスケは、分厚い魔法書を両腕に抱えて通路を歩いていた。二十代半ば。背筋が伸びていて、目に力がある。
次の瞬間——。
ドサッ。
本が床に散らばった。
通路の角から現れた誰かと、正面からぶつかったのだ。画面の中のユウスケがよろめく。
「うわ、悪い!」
ぶつかった相手は床に膝をついて、落ちた本を拾っている。白いローブ。フードを被っているせいで、顔はよく見えない。
「……すみません」
声はした。
でも——。
たかふみは思わずテレビに顔を近づけた。
「え……?」
今の声、感情が一ミリも込められていなかった。機械が読み上げたみたいな、そんな響き。謝罪の言葉なのに、申し訳なさが欠片もない。
ノエルは自分の本だけを拾い上げ、立ち上がった。フードが少しずれて、横顔が見える。白い肌。整った鼻筋。銀色に近い白い髪が、一筋こぼれている。
でも——表情が、まったく動いていなかった。
人形みたいだ。
ノエルはたかふみの方を一度も見ずに、そのまま通路の奥へ消えていった。映像の中のユウスケは、呆然とその後ろ姿を見つめている。
映像が一時停止した。
おじさんが手動で止めたのだ。
「あいつ、最初から全部あんな感じだったんだよ」
ユウスケの声は懐かしそうで、でも少しだけ寂しげだった。
「顔が綺麗なのに、人形みたいで怖かった。笑いもしなければ、怒りもしない。まったくの無表情で——」
「……普通に怖いじゃないか」
たかふみは正直に言った。さっきのエリュシアは、冷たかったけど感情はあった。ツンツンしてるけど、怒ったり呆れたりしてた。でも——今のは違う。まるで生きている人間じゃないみたいだった。
「なんでそんなやつに興味持ったんだよ」
「さあな」
ユウスケは肩をすくめた。
「でもよ、感情がないように見えて、本当はそうじゃないんだ。あいつは——感情が内側に溜まってるだけなんだよ」
たかふみは首を傾げた。意味がよくわからない。
「まあ、見てろよ」
ユウスケが再生ボタンを押す。
映像が切り替わった。
——夜の、露天風呂。
満天の星空が、広い湖の水面にそのまま映り込んでいる。二つの星空が、上にも下にも広がっているみたいだ。白い湯気がゆらゆらと立ちのぼり、灯籠の淡い光に照らされている。
「水鏡亭の星見の湯だ」
ユウスケが教えてくれた。ミストヴェイル湖のほとりにある、老舗の温泉宿だという。映像は固定カメラらしく、湯船の全体が映っていた。
石造りの湯船に、二人の人影。
一人はユウスケ。もう一人は——ノエル。
彼女は肩まで湯につかり、目を閉じている。白い髪が水面に広がり、灯籠の光に照らされて銀色に煌めいていた。濡れた肌が、陶器みたいに白く光っている。
相変わらず、表情はなかった。石像が湯につかっているみたいだ。
ユウスケが、彼女の背中に手を伸ばす。
たかふみはギクリとした。
(な、なにしてんだ)
おじさんの手が、ノエルの背中をそっと流し始める。泡のついた布で、肩甲骨のあたりを丁寧に。映像の中のユウスケの指が、彼女の背中の線をなぞるように動いた。
ノエルは目を閉じたままだ。されるがまま、という感じだった。
「寒くないか?」
ユウスケの声。
ノエルは、しばらく黙っていた。
「……感覚の抑制は、魔法と一緒に訓練します」
無機質な声だった。
「温度も、痛みも、あまりよくわかりません」
たかふみはソファの上で体を強張らせた。
「……それって、ずっとそうなの?」
思わず画面に向かって声が出ていた。
温度がわからない。痛みがわからない。それって——温かいものに触れても、冷たいものに触れても、何も感じないってことか。
「だから俺は、あいつに感情を教えたかったんだよ」
ベッドの上で、ユウスケが静かに言った。
たかふみは黙った。何か言おうとしたけど、言葉が見つからなかった。
映像が進む。
おじさんの手が、ノエルの背中を流し続けている。肩甲骨のあたりで、指がゆっくりと円を描く。泡が湯に溶けて、白い肌が露わになっていく。
その時——。
ノエルの肩が、小さく震えた。
たかふみは目を見開いた。
映像の中のノエルの呼吸が、かすかに乱れている。肩が上下している。指先が、湯の中でぎゅっと握られた。
沈黙が、数秒続いた。
「……私のここ」
ノエルの声。でも——今までの機械みたいな声じゃなかった。絞り出すような、かすれた声だった。
「すごく……熱いの」
彼女が、自分の胸に手を当てた。
そして——おじさんの手を掴み、ゆっくりと、自分の胸元へ引き寄せた。
たかふみはソファから立ち上がっていた。
テレビから一歩、二歩と後ずさる。顔が燃えるように熱い。耳の奥で、心臓がうるさく鳴っている。
映像の中で、ノエルの顔が——崩れた。
今までどんな時も動かなかった顔が、ぐしゃりと歪む。眉が寄り、目元が赤くなる。唇が震え、白い歯がのぞく。泣きそうで、笑いそうで、困惑と安堵がめちゃくちゃに混ざった、人間の顔だった。
「何これ……こんな気持ち、初めて……」
震える声。
彼女がおじさんの胸に、額を押しつける。肩が小刻みに震えている。涙が、湯の水面に落ちて波紋を作った。
おじさんの手が、ゆっくりと彼女の背中に回される。
映像が——一時停止した。
また、おじさんが手動で止めたのだ。
部屋に、静寂が落ちた。
たかふみは立ち尽くしたまま、動けなかった。指先が震えている。さっきのエリュシアの映像もすごかったけど、今のは別の意味ですごかった。感情のない人形が、目の前で人間になった瞬間——。
「……ここから先は、まあ、お前の想像に任せる」
ユウスケがにやりと笑った。
「なんで止めるんだよ!」
たかふみは反射的に怒鳴っていた。
言ってから、自分で気づく。
(……今、なんて言った?)
顔に一気に血が上る。耳まで真っ赤になっていくのがわかった。
「はは、正直だな」
ユウスケが声を出して笑った。
「ち、ちがう! そういう意味じゃなくて!」
「どういう意味だよ」
「……うるせえ」
たかふみはソファにドサッと座り込み、顔を覆った。頭の中がぐちゃぐちゃだ。ノエルの、崩れた表情が焼きついて離れない。
ユウスケは笑いを引っ込め、少し真面目な顔になった。
「感情抑制体質——って言うんだ」
彼は画面のノエルを見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「あいつはさ、感情がないんじゃない。感情が内側で圧縮されたまま、出口を持てない状態なんだ。幼いころから感情を抑える訓練を受けて、自分が何を感じてるのかすら、言葉にできなくなってた」
たかふみは顔を覆った手の隙間から、おじさんを見た。
「俺が毎日、図書館で話しかけたんだ。何の見返りも求めずにさ。今日の飯はうまかったとか、星がきれいだとか——馬鹿みたいな話をし続けた」
「……それだけかよ」
「それだけだよ。でも——俺以外に、あいつにそれをやった人間はいなかった」
たかふみの胸の中で、何かがぎゅっと縮まった。
嫉妬と羨望が、ぐるぐると渦を巻く。
(俺には——そんな根気も、勇気もない)
自分が誰かのために、何週間も図書館に通って、見返りもなく話しかけ続けるなんて——できる気がしなかった。
ユウスケの表情が、ゆっくりと変わった。
今までにない、暗い顔だった。
「ノエルとの関係は——終わった」
声が、低くなった。
たかふみは顔を上げた。
「温泉の夜から数週間後、あいつは魔法暴走を起こした。長年抑えてた感情が一気に溢れて、体内のマナ制御が崩壊したんだ。学院の訓練場を、氷晶で覆い尽くす大規模な暴走事故——」
おじさんは、そこで言葉を切った。
「一命はとりとめた。でも——その時の記憶の一部が、消えた。俺と過ごした時間も、温泉の夜も、全部だ」
たかふみの胸に、冷たいものが広がった。
「俺が病院に駆けつけた時、あいつは俺を見て——」
ユウスケは、そこで声を詰まらせた。
「……どちら様ですか、だってさ」
たかふみは息を呑んだ。
さっきまで、画面の中で熱く崩れてた女が——おじさんの胸に顔を埋めて、涙を流してた女が——何も覚えてない。
「……それって、ひどすぎる」
声が震えた。
「そうだな」
ユウスケは遠くを見る目をして、一言だけ言った。
しばらく、部屋に沈黙が落ちた。
窓の外では、午後の日差しが傾き始めている。アパートの駐車場に、長い影が伸びていた。
「ノエルは今も、魔法学院の氷晶科にいるらしい。俺のことは覚えてないけどな」
ユウスケがいつものにやにや顔に戻った。
「……それでよく平気でいられるな」
たかふみは呆れた声を出した。
「あの夜だけでも、あいつが初めて笑った顔が見られたんだから、いいだろ」
ユウスケが笑う。
その一言が、たかふみの胸に深く刺さった。
三人の女性を、それぞれちがう形で大切にして。それぞれに別れがあって。それでも後悔してない顔をしている。
(おじさんって、本当に——俺と生きてる世界がちがう)
たかふみは独り言のように呟いた。ユウスケは聞こえていたはずなのに、何も言わなかった。
代わりに、彼は次のテープをたかふみの膝の上に置いた。
ラベルには——『洞窟編——シエナ』と書かれている。
たかふみは、そのテープをじっと見つめた。
胸の奥で、嫉妬と憧れがぐちゃぐちゃに渦巻いている。さっきよりも、さらに深く、さらに苦い。
(まだ——続きがあるのかよ)
そう思いながらも、すでに自分の手が次のテープに伸びそうになっていることに、たかふみは気づいていた。
デッキが、四本目のテープを吐き出す。
ウィン、という小さな音が、静かな部屋に響いた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。