青春ブタ野郎はみんなでゲームをする
バイト先のファミレスで見つけた古びたボードゲーム、その名も「青春すごろく ムスビダイス」。盤面にはなぜか見覚えのある峰ヶ原高校と七里ヶ浜の海、そして数字ではなく奇妙な記号が刻まれたサイコロ。拾ってきた箱を見た妹かえでが、一瞬だけ見せたあの表情は——。
「何も起きない」はずの日常は、静かに、しかし確実に崩れ始める。ひとりでに転がるサイコロ、夢に蘇るあの日の痛み、そして「人と繋がる」という記号の意味。これはただの暇つぶしのゲームなのか、それとも——。
週末、麻衣さん、双葉、のどかを呼んでみんなで遊ぶ。その約束が、今は少しだけ恐ろしい。でも、かえでの笑顔を守るために、俺は前に進むしかない。思春期症候群を巡る、にぎやかで、ほんの少し不思議な青春すごろくが、いま幕を開ける。
青春ブタ野郎はみんなでゲームをする - 思い出のマスと、止まらない暴走
日曜の朝。
リビングのカーテンの隙間から、細い光が差し込んでいた。
梓川咲太は、ローテーブルの前に座り込んでいた。寝癖のついた黒髪を、無造作にかき上げる。深い茶色の瞳は、半分閉じたままだった。
テーブルの上には、あの古びたボードゲーム。
『青春すごろく ムスビダイス』。
盤面は、昨夜のままだった。かえでのコマから浮かび上がった、無数の傷のような模様。それが、盤面全体に、うっすらと広がっている。
「……めんどくせー」
咲太は、小さく呟いた。
昨日の夜、ゲームは『管理人より告げる。ゲームを続行せよ』という文字を浮かべたまま、止まった。誰も、サイコロを振ろうとはしなかった。
それで、お開きになった。
麻衣は、何も言わずに帰っていった。理央も、のどかも。かえでは、咲太の部屋の前で、ずっと俯いていた。
「お兄ちゃん……かえで、ごめんなさい」
かえでは、何度も、そう謝っていた。
咲太は、かえでの頭を撫でることしかできなかった。
「お前が謝ることなんて、何もないだろ」
そう言うのが、精一杯だった。
今朝。
咲太は、一人で、リビングにいた。
かえでは、まだ、自分の部屋から出てこない。
(あのゲーム……)
咲太は、盤面を見つめた。
(どうして、こんなことに)
答えは、出ない。
その時。
ピンポーン、と、インターホンが鳴った。
咲太は、のろのろと立ち上がり、玄関に向かった。
ドアを開ける。
「おはよう。……また、来ちゃったわ」
麻衣だった。
黒髪ロングヘアが、朝の光に、さらさらと揺れる。ウサギの形をした髪留めが、ちかりと光った。白いブラウスに、淡いブルーのロングスカート。手には、小さな紙袋を提げている。
「また、って……来るの、二回目だろ」
「二回目でも、『また』でしょ。……はい、これ。朝ごはんにどうぞ」
麻衣は、紙袋を差し出した。
中から、パンの香りがした。
「……朝から、わざわざ買ってきてくれたのかよ」
「別に。私が食べたかっただけよ。……一人で食べるより、誰かと一緒の方が、美味しいでしょ」
麻衣は、少しだけ、はにかんだ。
咲太は、胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。
「麻衣さん、そういうの、ずるいよな」
「何が?」
「俺が、断れないって分かってて、そういうこと言う」
「あら、バレた?」
麻衣は、いたずらっぽく笑った。
その笑顔に、咲太の心は、少しだけ軽くなった。
「……かえでちゃんは?」
麻衣が、声を潜めて尋ねた。
「まだ、部屋。……昨日のことが、堪えてるんだと思う」
「……そう」
麻衣は、リビングに上がり、テーブルの上の盤面を見つめた。
「……この模様、昨日より、濃くなってない?」
「……ああ。たぶん、な」
咲太も、麻衣の隣に座り、盤面を見た。
かえでのコマから広がった傷の模様は、確かに、昨日より、くっきりと浮かび上がっていた。
「このゲーム、やっぱり、普通じゃないわ」
「今さらかよ」
「今さらよ。……でも、放っておくわけにもいかないでしょ」
麻衣の声は、静かだった。
でも、その瞳は、まっすぐに、咲太を見ていた。
「……ああ」
咲太は、頷いた。
その時。
ガチャリ、と、かえでの部屋のドアが開いた。
「お兄ちゃん……あ、麻衣さん。おはようございます」
かえでが、パンダ柄のパジャマのまま、リビングに現れた。
いつもの笑顔。
でも、その笑顔は、明らかに、無理をしていた。
「おはよう、かえでちゃん。……朝ごはん、一緒に食べましょ」
麻衣が、優しく声をかけた。
「はい。……あの、麻衣さん、昨日は、本当にごめんなさい」
かえでは、深く、頭を下げた。
「かえでちゃんが謝ることじゃないわ。……さ、座って」
麻衣は、かえでの手を引いて、テーブルの前に座らせた。
咲太は、麻衣の、その自然な優しさに、心の中で、ありがとう、と呟いた。
三人で、パンを食べた。
麻衣が買ってきてくれたのは、近所のパン屋の、クロワッサンと、チョコデニッシュだった。
「おいしいです! 麻衣さん、ありがとうございます!」
かえでは、チョコデニッシュを頬張りながら、嬉しそうに言った。
その笑顔は、さっきより、少しだけ、自然だった。
「よかった。……咲太、あんた、クロワッサン、そんなに一気に食べて、喉に詰まらせないでよ」
「大丈夫だって。……麻衣さん、俺の食べ方まで監視するのかよ」
「監視じゃないわ。心配してるの」
麻衣は、そう言って、咲太の口元についたパンくずを、指先で、そっと取った。
「……おい」
咲太は、一瞬、固まった。
「ほら、ついてたわよ。子供ね」
麻衣は、楽しそうに笑った。
かえでは、二人のやり取りを、にこにこと見ていた。
「お兄ちゃんと麻衣さんって、本当に仲良しですね」
「そ、そうか?」
「……ええ、まあね」
麻衣は、少し照れたように、髪をかき上げた。
その時。
ピンポーン。
また、インターホンが鳴った。
「今度は誰だよ」
咲太は、玄関に向かった。
ドアを開けると。
「おはよー! 咲太くん! 今日もゲームやるんでしょ!?」
のどかが、満面の笑みで立っていた。
派手なピンクのパーカーに、デニムのショートパンツ。首元には、星のチャームが揺れている。
「……お前、朝から元気だな」
「当たり前でしょ! アイドルは、いつでも元気が仕事なんだから!」
のどかは、咲太の脇をすり抜けて、リビングに上がり込んだ。
「麻衣お姉ちゃんも、かえでちゃんも、おはよー!」
「おはよう、のどか」
「のどかさん、おはようございます」
「あ、パン! いいなー! 私も食べたい!」
のどかは、テーブルの上のパンに、目を輝かせた。
「お前、人の家の朝飯、狙いすぎだろ」
「いいじゃん! 減るもんじゃないし!」
のどかは、勝手にクロワッサンを手に取った。
「……朝から、騒がしいわね」
玄関から、理央の声がした。
「双葉まで来たのかよ」
「あんたが、昨日、『明日もゲームを続ける』って言ったんでしょ。……私は、データを取りに来ただけよ」
理央は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、リビングに入ってきた。
やや癖のある長い髪が、無造作に揺れる。メガネの奥の知的な瞳が、テーブルの上の盤面を、じっと見つめていた。
「……模様が、濃くなってるわね」
理央は、メガネのフレームを、くいっと押し上げた。
「さすが、よく見てるな」
「当然よ。……これは、無視できない変化だわ」
理央は、テーブルの前に座った。
こうして、五人が、また、リビングに集まった。
「……で、どうする? 本当に、続けるのか?」
咲太は、全員の顔を見回した。
「やるしかないでしょ。……このゲームが何なのか、はっきりさせないと」
麻衣の声は、凛としていた。
「同感よ。……データを集めれば、何か分かるかもしれない」
「私もやる! 絶対、面白いことになりそうだし!」
のどかは、無邪気に言った。
「かえで、も……やります。みんなと一緒なら、大丈夫です」
かえでは、小さく、でも、はっきりと、言った。
「……かえで」
咲太は、かえでの頭を、そっと撫でた。
「大丈夫です、お兄ちゃん。かえで、頑張ります」
かえでは、笑った。
まだ、無理をしている。
でも、それでも、前に進もうとしていた。
「……分かった。やろう」
咲太は、サイコロを手に取った。
六面に、不思議な記号が刻まれた、あのサイコロ。
「俺から振る。……いいな?」
咲太は、全員の顔を見た。
麻衣が、頷いた。理央も、のどかも。かえでが、ぎゅっと、自分の手を握りしめた。
咲太は、サイコロを振った。
カラカラ、と、サイコロが、盤面の上を転がる。
そして、止まった。
出た記号は、『手を繋ぐ形』。
その瞬間。
盤面が、光った。
「……また、光った!」
のどかが、声を上げた。
盤面の光は、やがて、一つの映像を、浮かび上がらせた。
それは、学校の廊下だった。
見覚えのある、峰ヶ原高校の廊下。
その廊下を、一人の少女が歩いている。
黒髪ロングヘア。
麻衣だった。
でも、その姿は、どこか、薄かった。
まるで、幽霊のように。
「……これ、麻衣さん……?」
かえでが、呟いた。
映像の中で、麻衣は、生徒たちに、声をかけていた。
でも、誰も、麻衣に、気づかない。
麻衣が、肩に触れても。
麻衣が、名前を呼んでも。
誰も、振り向かない。
誰も、麻衣のことを、見ようとしない。
麻衣は、一人で、廊下に立ち尽くしていた。
その顔は、無表情だった。
でも、その手は、微かに、震えていた。
「……もう、終わったことよ」
麻衣が、静かに、呟いた。
その声は、かすれていた。
「……麻衣さん」
咲太は、麻衣の横顔を見た。
麻衣は、盤面の映像を、じっと見つめていた。
その手は、膝の上で、ぎゅっと、握りしめられていた。
微かに、震えている。
咲太は、何も言えなかった。
ただ、麻衣の、震える手を、じっと見つめていた。
映像が、消えた。
「……これが、思春期症候群の、映像化。……桜島さん、あなたの過去が、映し出されたのね」
理央が、静かに、言った。
「……ええ。そうみたいね。……これは、私が、周りから見えなくなっていた時のことよ」
麻衣は、顔を上げ、微笑んだ。
でも、その笑顔は、悲しそうだった。
「……麻衣さん、無理して笑わなくていいから」
咲太は、思わず、そう言っていた。
「……咲太?」
麻衣が、驚いたように、咲太を見た。
「……俺には、そう見える。……麻衣さん、今、無理して笑ってる」
咲太は、まっすぐに、麻衣の目を見た。
麻衣は、一瞬、言葉に詰まった。
そして、小さく、息を吐いた。
「……バレたわね。……ごめんなさい。心配かけちゃった」
麻衣は、今度は、自然に、微笑んだ。
「……別に。麻衣さんに謝られることじゃないだろ」
咲太は、照れ隠しのように、頭をかいた。
「……ありがとう、咲太」
麻衣の声は、柔らかかった。
「……次、振るわよ」
理央が、サイコロを手に取った。
「お前、空気読めよ」
「空気を読む必要があるの? これは、実験よ。……私は、データを取るために来てるんだから」
理央は、淡々と言って、サイコロを振った。
カラカラ。
出た記号は、『目玉の形』。
盤面が、また、光った。
今度の映像は、病院のベッドだった。
中学生の咲太が、胸を、血だらけにして、倒れていた。
「……お兄ちゃん……?」
かえでの声が、震えた。
映像の中で、咲太は、意識を失っていた。
胸から、血が、どくどくと、流れ出ていた。
白いシーツが、真っ赤に染まっていく。
「……これが、病院送り事件の真相」
理央が、呟いた。
「お兄ちゃん……なんで、こんな……」
かえでは、両手で口を覆った。
「……めんどくせーな。こんな昔のことまで、映すのかよ」
咲太は、わざと、軽く言って、笑った。
でも。
「咲太。……あんた、また、作り笑いしてる」
麻衣が、咲太の顔を、じっと見つめた。
「……は? 笑ってねーし」
「……笑ってるわ。……あんたが、本当にどうでもいいと思ってる時は、もっと、目が、死んでるもの」
麻衣の言葉に、咲太は、ぐっ、と言葉を詰まらせた。
「……ひどい言い草だな」
「本当のことよ」
麻衣は、咲太の手に、そっと、自分の手を重ねた。
「……無理に笑わなくていい。……私の前では、ね」
麻衣の手は、温かかった。
咲太は、胸の奥が、きゅっと、締め付けられるのを感じた。
「お兄ちゃん……そんなことが、あったんですね……」
かえでは、涙を浮かべていた。
「……かえで。これは、昔の話だ。……今は、もう、大丈夫だから」
咲太は、かえでの頭を、優しく撫でた。
「……でも、痛かったですよね……苦しかったですよね……」
かえでの涙が、ぽろぽろと、こぼれた。
「……かえで」
咲太は、かえでを、ぎゅっと、抱きしめた。
「大丈夫だ。……俺は、ちゃんと、ここにいる」
咲太は、かえでの背中を、何度も、優しく、叩いた。
「……お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
かえでは、咲太の胸に、顔を埋めて、泣き続けた。
映像が、消えた。
「……次は、かえでさんの番ね」
理央が、静かに、サイコロを、かえでの前に置いた。
「……かえで、は……」
かえでは、サイコロを、じっと見つめた。
手が、震えている。
「かえでちゃん、無理しなくていいのよ」
麻衣が、優しく、言った。
「……でも、かえで、頑張ります。……みんなが、自分のことを、見せてくれたから」
かえでは、震える手で、サイコロを、握りしめた。
そして、振った。
カラカラ。
出た記号は、『二つの矢印が逆方向を向いている形』。
盤面が、光った。
今度の映像は、スマートフォンの画面だった。
無数の、心ない言葉。
『消えろ』
『キモい』
『死ね』
『学校来るな』
『お前のせいで』
『うざい』
『生きてる価値ない』
その言葉が、画面いっぱいに、溢れていた。
「……あ……ああ……」
かえでの顔から、血の気が、引いていった。
映像から、スマホの通知音が、鳴り響く。
ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。
「やめて……やめて……!」
かえでは、両耳を、手で塞いだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
かえでは、何度も、謝りながら、立ち上がった。
そして、リビングを、飛び出した。
「かえで!」
咲太は、すぐに、追いかけた。
かえでは、トイレに、駆け込んだ。
バタン、と、ドアが、閉まる。
ガチャ、と、鍵が、かかる音。
「かえで! 大丈夫か!?」
咲太は、トイレのドアを、ノックした。
中から、かえでの、泣き声が、聞こえる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……かえでのせいで……みんなのゲーム……止めちゃった……」
かえでは、ドアの向こうで、泣き続けていた。
「かえで、違う。お前のせいじゃない。……お前は、何も、悪くない」
咲太は、ドアに、手を当てた。
「……でも、かえでが、弱いから……かえでが、スマホを、怖がるから……」
「……弱くなんか、ない。……かえでは、強いよ。……俺が、知ってる」
咲太は、ドア越しに、かえでの震えを、感じていた。
(俺も、同じだ)
咲太は、自分の胸に、手を当てた。
服の下には、大きな傷跡がある。
(俺も、過去を、抱えてる)
(かえでと、同じように)
「……お兄ちゃん……かえで、怖いよ……」
かえでの、か細い声。
「……大丈夫だ。俺が、ここにいる。……ずっと、ここにいるから」
咲太は、ドアに、額を、そっと、押し当てた。
その時。
「……咲太」
麻衣が、咲太の後ろに、立っていた。
「……麻衣さん」
咲太は、振り返った。
麻衣の目は、潤んでいた。
「……あんたたち、二人だけで、抱え込まないでよ」
麻衣の声が、震えていた。
「……私も……私も、ここにいるんだから」
麻衣は、咲太の背中に、そっと、手を置いた。
「……麻衣さん」
咲太は、麻衣の顔を見た。
麻衣は、泣いていた。
涙が、一筋、頬を、伝っていた。
「……ごめんなさい。……私、あんたたちに、何も、してあげられてない」
「……そんなこと、ない。……麻衣さんは、いつも、俺たちのことを、見ててくれてる」
咲太は、麻衣の手を、握った。
「……ありがとうございます。……麻衣さん」
咲太は、小さく、そう言った。
麻衣は、涙を拭いて、少しだけ、笑った。
「……そういうところよ」
麻衣の笑顔は、泣き顔だった。
でも、その笑顔は、とても、美しかった。
「……かえで。聞こえるか?」
咲太は、トイレのドアに向かって、言った。
「……はい……」
かえでの声が、小さく、聞こえた。
「……麻衣さんも、ここにいる。……理央も、のどかも、いる。……みんな、お前のことを、待ってる」
「……かえでちゃん。……ゆっくりで、いいのよ。……私たち、ここにいるから」
麻衣が、優しく、ドアに、語りかけた。
しばらく、沈黙が、続いた。
そして。
ガチャ。
鍵が、開く音。
ドアが、ゆっくりと、開いた。
かえでが、泣き腫らした顔で、立っていた。
「……お兄ちゃん……麻衣さん……」
かえでは、咲太に、抱きついた。
「……よく、出てこれたな」
咲太は、かえでを、ぎゅっと、抱きしめた。
「……かえで、ごめんなさい……みんなに、心配かけて……」
「……いいのよ。……かえでちゃんは、何も、悪くないんだから」
麻衣は、かえでの頭を、優しく、撫でた。
三人は、しばらく、そのまま、廊下で、抱き合っていた。
リビングに戻ると。
のどかと理央が、盤面を、じっと見つめていた。
「……お、戻ってきた」
のどかが、振り返った。
「……大丈夫だった?」
理央が、静かに、尋ねた。
「……ああ。なんとか」
咲太は、かえでを、テーブルの前に、座らせた。
「……みなさん、ごめんなさい。……かえで、大丈夫です」
かえでは、無理に、笑顔を作った。
でも、その笑顔は、もう、限界だった。
「かえでちゃん、無理に笑わなくていいのよ」
麻衣が、かえでの手を、握った。
「……そうだぞ。……今日は、もう、やめにするか?」
咲太は、全員の顔を見た。
「……いや、続けよう」
理央が、言った。
「双葉?」
「……このゲームは、私たちの心を、映し出す。……なら、最後まで、見るべきよ。……自分たちの、心を」
理央の声は、淡々としていた。
でも、その瞳は、真剣だった。
「……私も、続けたい」
のどかも、言った。
「……って、言いたいところだけど、正直、怖いよ。……でも、逃げてばかりじゃ、ダメだって、思ったの」
のどかは、少し、寂しそうに、笑った。
「……かえでも、続けます。……みんなが、一緒なら」
かえでは、小さく、頷いた。
「……分かった。……じゃあ、続けるぞ」
咲太は、サイコロを、手に取った。
そして、振った。
カラカラ。
出た記号は、『星の形』。
盤面が、光った。
今度の映像は、ステージだった。
スポットライトを浴びて、笑顔で、歌って、踊る、のどかの姿。
「……あ、私だ! これ、ライブの映像!」
のどかが、声を上げた。
でも。
映像は、舞台裏に、切り替わった。
のどかは、一人で、鏡の前に、座っていた。
その顔は、疲れ切っていた。
「……私、本当は、こんなんじゃないのに」
映像の中の、のどかが、呟いた。
「……本当の私、もっと、地味で、暗くて……でも、そんなの、誰も、見たくないでしょ?」
映像の中の、のどかは、笑った。
でも、その笑顔は、泣きそうだった。
「……のどか」
麻衣が、のどかの手を、握った。
「……あ、あはは……なんだこれ、恥ずかしいなー」
のどかは、笑って、ごまかそうとした。
でも、その声は、震えていた。
「……豊浜さん。……あなたも、隠してるのね。……本当の自分を」
理央が、静かに、言った。
「……うん。……そうみたい。……私、アイドルの『豊浜のどか』を、演じてるの。……本当の私は、もっと、普通の、つまらない女の子なのに」
のどかは、俯いた。
「……つまらなくなんか、ないわ。……のどかは、のどかでしょ」
麻衣が、優しく、言った。
「……麻衣お姉ちゃん……」
のどかの目に、涙が、浮かんだ。
「……次、私ね」
理央は、サイコロを、振った。
カラカラ。
出た記号は、『波の形』。
盤面が、光った。
今度の映像は、物理実験室だった。
理央が、一人で、机に向かっていた。
「……また、一人か」
映像の中の、理央が、呟いた。
「……別に、一人で、平気。……一人の方が、楽だし。……でも」
映像の中の、理央は、窓の外を、見た。
校庭では、生徒たちが、楽しそうに、話していた。
「……たまには、誰かに、必要とされたいって、思うことも、あるのよ」
映像の中の、理央は、小さく、息を吐いた。
「……双葉……」
咲太は、理央の横顔を見た。
理央は、無表情だった。
でも、その手は、白衣のポケットの中で、ぎゅっと、握りしめられていた。
「……何よ。……そんな顔で、見ないでくれる?」
理央は、咲太から、目を逸らした。
「……別に。……ただ、お前も、ちゃんと、人間だったんだなって」
「……失礼ね。……私、ずっと、人間よ」
理央は、メガネのフレームを、くいっと押し上げた。
でも、その指先は、微かに、震えていた。
「……理央さん。……かえで、理央さんの気持ち、少し、分かります」
かえでが、理央に、優しく、言った。
「……かえでさん?」
理央が、かえでを見た。
「……かえでも、一人で、いる方が、楽だって、思ってました。……でも、お兄ちゃんが、いてくれて……麻衣さんたちが、いてくれて……今は、一人じゃない方が、いいなって、思います」
かえでは、笑った。
今度は、無理のない、自然な笑顔だった。
「……そう、ね。……私も、そう、思えるように、なりたいわ」
理央は、少しだけ、微笑んだ。
その笑顔は、とても、優しかった。
「……さて、と。……このゲーム、そろそろ、終わりにしないか?」
咲太は、全員の顔を見た。
「……え? まだ、続けるんじゃないの?」
「……いや、今日は、もう十分だ。……みんな、自分の過去と、向き合った。……それで、今は、いいんじゃないか?」
咲太の言葉に、全員が、静かに、頷いた。
「……そうね。……今日は、ここまでにしましょう」
麻衣が、言った。
その時。
盤面が、突然、激しく、光り出した。
「……なに!?」
のどかが、悲鳴を上げた。
盤面が、歪んでいく。
まるで、水面に、石を投げ込んだように。
「……みんな、下がって!」
咲太は、叫んだ。
盤面から、黒い、靄のようなものが、溢れ出した。
それは、部屋の中に、広がっていく。
「……これ、何なの!?」
麻衣が、声を上げた。
「……分からない。……でも、これは、危険よ」
理央が、冷静に、言った。
黒い靄は、五人の、それぞれの体に、まとわりついた。
「……やめて! 触らないで!」
のどかが、靄を、振り払おうとした。
その時。
のどかの体が、光った。
「……私は! 本当の私を、見てほしいの!」
のどかが、叫んだ。
その声は、のどか自身の声では、なかった。
もっと、低く、不気味な声だった。
「……のどか!?」
麻衣が、のどかに、駆け寄ろうとした。
「……桜島さん、近づいちゃダメ! ……豊浜さんの、願望が、暴走してる!」
理央が、麻衣を、止めた。
「……私は、完璧なアイドルじゃない! 普通の女の子なの! なのに、どうして、誰も、本当の私を、見てくれないの!?」
のどかの口から、感情が、溢れ出していた。
「……理央、これ、どうすれば!?」
咲太は、理央に、叫んだ。
「……分からない! でも、この現象は、おそらく、ゲームの暴走よ! ……参加者の、抑圧された願望が、増幅されて、具現化してる!」
理央も、叫んだ。
その時。
理央の体も、光った。
「……私は……誰かに、必要とされたい……」
理央の口から、か細い声が、漏れた。
「……双葉!」
咲太は、理央の肩を、掴んだ。
「……私、一人でいるのは、平気だって、思ってた……でも、違った……私、本当は、寂しかったの……」
理央の体から、黒い靄が、溢れ出した。
「……くそっ! どうなってるんだよ!」
咲太は、理央を、抱きしめた。
「……双葉! お前は、一人じゃない! 俺が、ここにいる! 麻衣さんも、かえでものどかも、ここにいるだろ!」
咲太は、理央の耳元で、叫んだ。
「……咲太……?」
理央の体から、光が、少しだけ、弱まった。
「……そうだ! お前は、俺の、大切な友人だ! ……俺は、お前に、何度も、助けられてきた! ……お前がいなかったら、俺は、とっくに、ダメになってた!」
咲太は、理央を、強く、抱きしめた。
「……咲太……」
理央の目から、涙が、こぼれた。
「……だから、一人で、抱え込むな! ……寂しいなら、寂しいって、言えよ! ……俺たちは、友達だろ!」
咲太の叫びに、理央は、何度も、頷いた。
黒い靄が、理央の体から、離れていく。
「……ありがとう、咲太」
理央は、小さく、呟いた。
その時。
咲太の体が、光り出した。
「……え?」
咲太は、自分の体を、見た。
胸の奥から、何かが、溢れ出してくる。
「……俺は……誰かを、助けたい!」
咲太の口から、声が、漏れた。
「……俺は、もう、誰も、傷つけたくない! 誰も、悲しませたくない! ……だから、俺が、全部、何とかしなきゃ!」
咲太の体から、黒い靄が、溢れ出した。
「……咲太!?」
麻衣が、叫んだ。
「……俺が、守らなきゃ! かえでを! 麻衣さんを! 理央を! のどかを! ……俺が、全部、守らなきゃ!」
咲太の体が、盤面の方に、引き寄せられていく。
「……咲太! ダメ! 戻ってきて!」
麻衣は、咲太の手を、掴んだ。
「……離せ! 俺が、行かなきゃ! 俺が、みんなを、助けるんだ!」
咲太の目は、虚ろだった。
「……咲太! お願い! こっちに、戻ってきて!」
麻衣は、咲太の手を、両手で、ぎゅっと、握りしめた。
「……あんたが、一人で、全部、背負う必要なんて、ないのよ! ……私も、理央も、のどかも、かえでちゃんも、いる! ……あんたが、助けたいって思うなら、私たちだって、あんたを、助けたいって、思ってる!」
麻衣の叫びが、部屋に、響き渡った。
「……だから、お願い! ……一人で、行かないで! ……私の手を、離さないで!」
麻衣の涙が、咲太の手に、落ちた。
その温かさに。
咲太の目が、光を、取り戻した。
「……麻衣……さん……」
咲太は、麻衣の顔を、見た。
「……咲太! 戻ってきて! お願い!」
麻衣は、泣きながら、咲太を、抱きしめた。
「……ああ……ごめん。……俺、また、一人で、何とかしようとしてた」
咲太は、麻衣を、抱きしめ返した。
黒い靄が、咲太の体から、消えていく。
盤面の光が、ゆっくりと、弱まっていく。
そして。
パタン、と、音を立てて。
ゲームは、完全に、停止した。
部屋の中は、静寂に、包まれた。
「……終わった……の?」
のどかが、呟いた。
「……ええ。……ゲームは、停止したわ」
理央が、静かに、言った。
咲太は、床に、座り込んだ。
「……俺、みんなのこと……何も、分かってなかった」
咲太は、両手で、顔を覆った。
「……咲太」
麻衣は、咲太の隣に、座った。
「……俺は、みんなを、助けたいって、思ってた。……でも、それは、ただの、自己満足だった。……俺は、みんなのことを、ちゃんと、見てなかった」
咲太の声は、震えていた。
「……そんなこと、ないわ。……あんたは、いつも、私たちのことを、見てくれてた。……ただ、あんたは、優しすぎるのよ。……一人で、全部、抱え込もうとするくらいに」
麻衣は、咲太の手を、握った。
「……お兄ちゃん……」
かえでが、咲太の背中に、抱きついた。
「……お兄ちゃんは、一人じゃないです。……かえでが、います。……麻衣さんも、理央さんも、のどかさんも、います」
かえでは、涙声で、言った。
「……かえで……」
咲太は、かえでの頭を、撫でた。
「……咲太。……あんたが、私たちを、助けたいって思ってくれてるのは、嬉しい。……でも、あんたも、誰かに、頼っていいんだよ」
麻衣は、咲太の目を、まっすぐに見つめた。
「……あんたが、かえでちゃんを、大事にするのは、分かる。……でも、あんたも、誰かに、頼っていいんだよ」
麻衣は、初めて、自分の弱さを、咲太に、見せた。
「……麻衣さん……」
咲太は、麻衣の言葉に、胸を打たれた。
「……俺、みんなのこと……もっと、知りたいって、思った。……ゲームがなくても、ちゃんと、繋がりたい」
咲太は、本音を、漏らした。
「……ええ。……私たちも、同じよ」
麻衣は、微笑んだ。
「……かえでも、もっと、みんなと、仲良くなりたいです」
かえでは、涙を拭いて、笑った。
「……私も! 私も、みんなと、もっと、仲良くなりたい!」
のどかも、笑ったNoveliaとは?
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