青春ブタ野郎はみんなでゲームをする
バイト先のファミレスで見つけた古びたボードゲーム、その名も「青春すごろく ムスビダイス」。盤面にはなぜか見覚えのある峰ヶ原高校と七里ヶ浜の海、そして数字ではなく奇妙な記号が刻まれたサイコロ。拾ってきた箱を見た妹かえでが、一瞬だけ見せたあの表情は——。
「何も起きない」はずの日常は、静かに、しかし確実に崩れ始める。ひとりでに転がるサイコロ、夢に蘇るあの日の痛み、そして「人と繋がる」という記号の意味。これはただの暇つぶしのゲームなのか、それとも——。
週末、麻衣さん、双葉、のどかを呼んでみんなで遊ぶ。その約束が、今は少しだけ恐ろしい。でも、かえでの笑顔を守るために、俺は前に進むしかない。思春期症候群を巡る、にぎやかで、ほんの少し不思議な青春すごろくが、いま幕を開ける。
青春ブタ野郎はみんなでゲームをする - ゲームクリアと、隠されたサイコロ
日曜の夕方。
リビングのカーテンが、オレンジ色の光を透かしていた。
梓川咲太は、ローテーブルの上に広げられた古いボードゲーム『青春すごろく ムスビダイス』を見下ろしていた。峰ヶ原高校の校舎も、七里ヶ浜の海も、その盤面の上では静かに夕焼けを浴びている。
停電から復旧して、冷蔵庫が低く唸る音が戻ってきた。
「お兄ちゃん、みんな来ましたよ」
かえでが、パンダ柄のパジャマの袖を引っ張りながら言った。肩口で跳ねた明るめの髪が、夕日に透けて柔らかく光っている。
「お前、パジャマで客を出迎えるなよ」
咲太は、寝癖のついた黒髪をかき上げながら振り返った。
「だって、今日はおうちでゲームですから。かえで、これが一番落ち着くんです」
「まあ、いいけどよ」
玄関から、にぎやかな声が近づいてくる。
「おじゃましまーす! 咲太くん、今日こそ私のコマが大活躍するんだから!」
豊浜のどかが、薄いピンクのニットに白のスカートという格好でリビングに飛び込んできた。肩口で揃えた髪の毛先が、ふわりと内側に巻かれている。手には、コンビニの袋を提げていた。
「お前、人の家に来るたびに騒がしいな」
「いいでしょ、別に! あ、これ、みんなで食べようと思って買ってきたの。シュークリーム」
のどかは、袋から箱を取り出して、テーブルの端に置いた。
「のどかさん、ありがとうございます。かえで、シュークリーム大好きです」
かえでが、にっこりと笑った。
その笑顔を見て、咲太は思う。
(かえでの笑顔、昨日までと違うな)
無理に作った笑顔じゃない。心の底から、嬉しいと思っている顔だ。
「こんにちは。……相変わらず、賑やかなのね」
桜島麻衣が、静かにリビングへ入ってきた。黒髪ロングヘアが、夕日に照らされて艶やかに流れる。ウサギの形をした髪留めが、ちかりと光った。白いブラウスに、紺色のロングスカート。手には、小さな紙袋を提げている。
「麻衣さんも、また何か持ってきてるし」
「お茶請けに、クッキーを焼いたの。……のどかと被ったかしら」
「あはは、甘いものだらけになっちゃうね! でも、全然オッケー!」
「……あんたたち、今日はゲームをするんじゃなかったの? お菓子パーティーに来たわけじゃないんだけど」
双葉理央が、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、のろのろとリビングに現れた。やや癖のある長い髪が、無造作に肩にかかっている。メガネの奥の黒い瞳が、テーブルの上の盤面をじっと見つめていた。
「双葉、お前、白衣で来たのかよ。日曜なのに」
「白衣は私の正装みたいなものだから。……それより、早く始めましょ。データを取るんだから」
理央は、そう言ってローテーブルの前に座り込んだ。
「理央さん、今日はなんだか、やる気ですね」
かえでが、小首を傾げた。
「別に。……ただ、昨日のゲームの続きが、どうなるのか興味があるだけよ」
理央は、メガネのフレームをくいっと押し上げた。
昨日の夜。
停電の中で、五人で本音を語り合った。
かえでは、みんなと繋がれて嬉しいと泣いた。
のどかは、本当の自分を隠すのに疲れたと打ち明けた。
理央は、メガネを外して、一人じゃなかったと認めた。
麻衣は、咲太に頼ってよと、初めて弱さを見せた。
そして、咲太は——。
「……じゃあ、始めるか」
咲太は、五つのコマを盤面のスタート地点に並べた。
かえでのコマは、小さなパンダの形をしている。
麻衣のコマは、ウサギ。
理央のコマは、メガネをかけたフクロウ。
のどかのコマは、星の形。
そして、咲太のコマは——野良猫だった。
「お兄ちゃんのコマ、猫さんなんですね。かわいいです」
「俺が選んだんじゃない。勝手にこうなったんだよ」
「このゲームは、参加者の心理状態をコマに反映する。あんたが野良猫なのは、誰にも飼い慣らされないからじゃないの」
「ひでえ言い草だな」
「でも、当たってるかもね。咲太くん、猫っぽいもん」
「ふふ、そうね。気ままで、なつかないけど、たまにすり寄ってくる感じ」
「麻衣さん、俺を猫扱いして楽しんでるだろ」
「あら、バレた?」
麻衣が、いたずらっぽく笑った。
その笑顔を見て、咲太の胸の奥が、じわりと温かくなる。
(……この空気、悪くないな)
昨日までの、張り詰めた空気はない。
「じゃあ、最初はかえでからだ。サイコロ、振ってみろ」
咲太は、記号が刻まれたサイコロを、かえでに差し出した。
「はい。……えいっ」
かえでが、サイコロを振った。
カタカタカタ……。
サイコロが、盤面の上を転がる。
止まった。
出た目は——「人と繋がる」の記号。
「わあっ! 繋がるマスです!」
かえでが、パッと顔を輝かせた。
すると。
盤面が、ふわりと柔らかな光を放った。
昨日までの、不気味な光じゃない。
夕焼けみたいな、温かいオレンジ色の光。
かえでのパンダのコマが、するすると盤面を滑り出す。
「みんなと繋がる」マスに、ぴたりと止まった。
「……動いた。かえでのコマ、動きました!」
かえでが、目を丸くした。
昨日まで、かえでのコマは「スマホを持っていない」というルールに引っかかって、全然動けなかった。
でも、今は。
「良かったわね、かえでちゃん」
麻衣が、優しく微笑んだ。
「はい! ……あの、かえで、スマホがなくても、みんなと繋がれるんですね」
かえでの声が、少し震えている。
嬉しさで、泣きそうになっているんだ。
咲太には、それが分かった。
「当たり前だろ。スマホなんかなくても、お前はちゃんと、ここにいるんだから」
咲太は、かえでの頭を、くしゃりと撫でた。
「お兄ちゃん……はい。かえで、嬉しいです」
かえでは、涙を浮かべながら、にっこりと笑った。
「よーし、次は私! 絶対いいマスに止まるんだから!」
のどかが、サイコロを手に取った。
「はいはい、どうぞ。……あんたのコマ、星の形なのね。派手でいいんじゃない」
「でしょでしょ! 私にぴったり!」
のどかが、サイコロを振った。
カタカタカタ……。
出た目は——「本当の自分を見せる」の記号。
「えっ、本当の自分を見せる? ……なにそれ、恥ずかしいんだけど」
のどかの星のコマが、するすると盤面を進む。
「本当の自分を見せる」マスに、ぴたりと止まった。
すると、盤面の上に、ふわっと映像が浮かび上がった。
それは、のどかが、アイドルグループ「Sweet Bullet」の衣装を着て、ステージの上で笑っている姿だった。
キラキラと輝く照明。
大勢の観客の歓声。
「わっ、私のライブの映像! 懐かしい!」
でも、映像はすぐに変わった。
今度は、のどかが、楽屋で一人、鏡の前に座っている姿。
派手な衣装のまま、でも、笑っていない。
疲れた顔で、自分の姿をじっと見つめている。
「……なにこれ」
のどかの声が、小さくなった。
「それが、あんたの『本当の自分』ってことじゃないの。……アイドルの豊浜のどかじゃない、普通の女の子の豊浜のどか」
理央が、淡々と言った。
「……そう、かもね」
のどかは、しばらく映像を見つめていた。
でも、やがて。
「……でもさ、これも私なんだよね! 疲れてる私も、笑ってる私も、全部ひっくるめて、私!」
のどかは、パッと顔を上げて、笑った。
「のどかさん、かっこいいです」
「えへへ、でしょ? アイドルだからね!」
「今のはアイドル関係ないだろ」
「細かいことは気にしない! 次、理央ちゃんの番!」
のどかは、サイコロを理央に押し付けた。
「……私のコマ、フクロウなのよね。なんでフクロウなのかしら」
理央は、サイコロを受け取りながら、自分のコマをじっと見た。
「夜行性で、目が良くて、物知りだからだろ」
「……まあ、悪くないわね」
理央は、サイコロを振った。
カタカタカタ……。
出た目は——「一人じゃないと気づく」の記号。
「……なに、この記号」
理央のフクロウのコマが、するすると盤面を進む。
「一人じゃないと気づく」マスに、ぴたりと止まった。
盤面の上に、映像が浮かび上がる。
それは、峰ヶ原高校の物理実験室。
理央が、一人で、白衣を着て、実験器具をいじっている姿だった。
「……私の、実験室」
映像の中の理央は、無表情で、黙々と作業をしている。
でも、その隣に——。
「あ、お兄ちゃんが映ってます!」
映像の中に、咲太がいた。
咲太は、理央の隣で、だらだらと座って、スマホをいじっている。
「……なんで俺が映ってるんだよ」
「あんた、よく実験室に来て、私の邪魔してたじゃない。……この映像は、あの時のものね」
映像は続く。
咲太が、理央に何か話しかけている。
理央は、無表情のまま、でも、時々、口元をわずかに緩めている。
「理央さん、お兄ちゃんと話してる時、ちょっとだけ笑ってますよ」
「……笑ってないわよ」
理央は、メガネを押し上げて、顔を背けた。
「理央ちゃん、照れてる! かわいい!」
「うるさいわね。……ほっといて」
「でも、良かったじゃない。理央さん、一人じゃないって、ちゃんと分かってるんだから」
麻衣が、穏やかに言った。
「……まあ、そうね。……あんたたちがいるから、一人じゃないって、そういうことなんでしょ」
理央の声は、相変わらず淡々としていた。
でも、その頬が、ほんの少しだけ赤い。
「……次は、麻衣さんの番だ」
咲太は、サイコロを麻衣に差し出した。
「ええ。……私のコマ、ウサギなのよね。なんだか、ちょっと嬉しいわ」
麻衣は、ウサギのコマを、そっと指先で触れた。
「麻衣さん、ウサギ好きだもんな。スマホケースもウサギ耳だし」
「そうよ。……ウサギは、寂しがり屋だけど、強がりなの。私に似てるでしょ」
麻衣は、サイコロを振った。
カタカタカタ……。
出た目は——「本当の自分を見せる」の記号。
「あら、のどかと同じ記号ね」
麻衣のウサギのコマが、するすると盤面を進む。
「本当の自分を見せる」マスに、ぴたりと止まった。
盤面の上に、映像が浮かび上がる。
それは——。
「……これは」
麻衣が、息を呑んだ。
映像の中の麻衣は、国民的女優として、テレビのインタビューに答えていた。
完璧な笑顔。
完璧な受け答え。
誰もが憧れる、完璧な桜島麻衣。
でも、その映像は、すぐに変わった。
今度は、麻衣が、一人で、海辺に立っている姿だった。
七里ヶ浜の海岸。
夕日が沈む中、麻衣は、制服姿で、裸足で、波打ち際に立っていた。
そして——笑っていた。
テレビの笑顔とは、全然違う笑顔。
無邪気で、あどけなくて、少しはにかんだ、普通の女の子の笑顔。
「……こんなの、いつ撮られたのかしら」
麻衣の声が、震えている。
「……麻衣さん、これ、七里ヶ浜だろ。俺と一緒に行った時の」
咲太は、映像を見つめながら言った。
「……ええ。そうね。……あの時、私、こんな顔で笑ってたのね」
麻衣は、映像の中の自分を、じっと見つめた。
「……なあ、麻衣さん」
「なに?」
「俺は、こっちの方が好きですよ。……テレビの中の完璧な桜島麻衣より、こうやって普通に笑ってる麻衣さんの方が」
咲太は、まっすぐに麻衣の目を見て言った。
麻衣は、一瞬だけ、口元を緩めた。
でも、すぐに、咲太から目を逸らした。
「……そういうところ、ずるいのよ」
麻衣の声は、いつものからかいの調子じゃなかった。
確かな照れが、混じっている。
「麻衣さん、顔赤い! かわいい!」
「のどか、あんた、いちいち騒がないでくれる?」
「だって、本当に赤いんだもん! ねえ、かえでちゃん!」
「ふふ、麻衣さん、照れてますね。かえで、なんだか嬉しいです」
「……もう、みんなして、からかわないでよ」
麻衣は、髪をかき上げて、そっぽを向いた。
その仕草が、あまりにも普通の女の子で。
咲太は、胸の奥が、くすぐったくなるのを感じた。
「……じゃあ、最後は俺だな」
咲太は、サイコロを手に取った。
「あんたのコマ、野良猫。どんなマスに止まるのかしら」
「さあな。……野良猫らしく、適当に進むだろ」
咲太は、サイコロを振った。
カタカタカタ……。
出た目は——「大切な人を守る」の記号。
「……大切な人を守る、か」
咲太の野良猫のコマが、するすると盤面を進む。
「大切な人を守る」マスに、ぴたりと止まった。
盤面の上に、映像が浮かび上がる。
それは、これまでの五人のやり取りだった。
麻衣が、咲太にケーキを差し出す姿。
理央が、メガネを押し上げて、ゲームを分析する姿。
かえでが、パンダのぬいぐるみを抱えて笑う姿。
のどかが、派手な声で笑う姿。
そして——咲太が、かえでを守ろうと、必死になっている姿。
「……なんだよ、これ」
咲太は、映像を見つめた。
映像の中の咲太は、いつも、誰かを守ろうとしていた。
かえでを、SNSのいじめから守ろうとしていた。
麻衣を、芸能界のしがらみから守ろうとしていた。
理央を、孤独から守ろうとしていた。
でも——。
「……俺、ずっと、誰かを守らなきゃって思ってた。……でも、違ったんだな」
咲太は、ぽつりと呟いた。
「……なにが?」
「……俺、みんなに守られてたんだなって。……かえでに、麻衣さんに、双葉に、のどかに。……俺一人で守ってるつもりだったけど、本当は、みんなに支えられてた」
咲太の言葉に、みんなが静かになった。
「……ようやく自覚したのね、青春ブタ野郎」
理央が、毒舌を吐いた。
でも、その口調は、どこか優しい。
「……双葉、お前もちゃんと守られてるからな。……俺だけじゃなくて、みんなに」
咲太は、理央の目を見て言った。
理央は、メガネを押し上げて、黙り込んだ。
その頬が、また、ほんの少し赤い。
「……ねえねえ、なんか、すっごくいい雰囲気じゃない!? 私たち、すごくいい感じに繋がってるよね!」
のどかが、パンッと手を叩いた。
「そうですね。……かえで、みんなと繋がれて、本当に嬉しいです」
かえでが、にっこりと笑った。
「……ええ。私も、そう思うわ」
麻衣が、静かに頷いた。
その時。
盤面が、ふわりと、今までで一番強い光を放った。
オレンジ色の光が、リビング全体を包み込む。
そして、盤面の中央に、文字が浮かび上がった。
『よく頑張った。次なる参加者を待つ』
「……なんだ、これ。ゲームクリアってことか?」
咲太は、盤面に浮かび上がった文字を、じっと見つめた。
「……どうやら、そうみたいね。……全員が、最後のマスにたどり着いた。これで、ゲームは終わりよ」
理央が、冷静に分析した。
「やったー! ゲームクリア! 私たち、すごいじゃん!」
のどかが、飛び上がって喜んだ。
「……あれ? でも、お兄ちゃん、サイコロの出目、全部『人と繋がる』の記号じゃなかったですか?」
かえでが、小首を傾げた。
「……え?」
咲太は、サイコロを手に取った。
そういえば。
かえでが振った時も、のどかが振った時も、理央が振った時も、麻衣が振った時も、咲太が振った時も——。
出た目は、全部、「人と繋がる」の記号だった。
「……偶然で片付けるには、確率が低すぎるわ。……これ、全員の願いがサイコロを動かしたのよ。……みんなが、繋がりたいって思った。その願いが、サイコロの出目を全部『人と繋がる』にしたの」
理央が、メガネを押し上げて言った。
「じゃあ、私たちの願い、叶ったってこと?」
のどかが、目を丸くした。
「……少なくとも、繋がれたんじゃないか」
咲太は、五人を見回して、笑った。
「……そうね。……私たち、ちゃんと繋がれたわ」
麻衣が、咲太の隣に座り直した。
「かえで、嬉しいです。……みんなと、もっと仲良くなりたいです」
かえでが、咲太の腕に、ぎゅっと抱きついた。
「……かえで、暑いから離れろ」
「いやです。……お兄ちゃん、あったかいです」
「かえでちゃん、相変わらずブラコンだね!」
「……まあ、これでゲームは終わり。……後は、片付けだけね」
理央が、立ち上がろうとした。
その時。
咲太は、ゲームの箱を、何気なく裏返した。
「……ん?」
箱の裏に、小さく文字が書かれていた。
『管理人より』
「……管理人より、だと?」
咲太が、首を傾げた。
直後。
プルルルルル——。
かえでのスマホが、テーブルの上で鳴り出した。
「……っ!」
かえでが、ビクッと体を震わせた。
顔から、さっと血の気が引いていく。
「かえで、大丈夫だ。……俺が出る」
咲太は、かえでのスマホを手に取った。
画面には、非通知。
「……もしもし」
『……次の招待状を送った』
低い、機械的な声。
男か女かも分からない、不気味な声だった。
「お前、誰だ」
『……次の招待状を送った』
同じ言葉を繰り返す。
そして——ツー、ツー、と、通話が切れた。
「おい、待て! 誰だ、お前!」
咲太は、スマホを握りしめて、立ち上がった。
「咲太、落ち着いて」
麻衣が、咲太の腕を掴んだ。
「でも、麻衣さん、今の電話——」
「今はいい。……みんなでゲームをクリアしたんだから、今日はゆっくりしましょう」
麻衣は、穏やかに、でも、有無を言わせない強さで言った。
「……でも」
「……あんた、また一人で抱え込むつもり? ……さっき、みんなに守られてたって、自分で言ったでしょ」
麻衣の言葉に、咲太は、ハッとした。
「……そう、だな。……悪い、麻衣さん」
咲太は、深く息を吐いて、座り直した。
「……うん。……今日は、みんなで、ゆっくりしましょう」
麻衣が、咲太の手を、そっと握った。
「……お兄ちゃん、かえで、怖いです。……でも、みんながいるから、大丈夫です」
かえでが、咲太の背中に、ぎゅっと抱きついた。
「そうだよ! 私たちがついてるんだから! 何が来ても、大丈夫!」
のどかが、かえでの肩を、ポンと叩いた。
「……まあ、次に何か起きるなら、データを取って、分析すればいいわ。……私が、ついてるんだから」
理央が、メガネを、くいっと押し上げた。
「……双葉、お前、意外と頼りになるな」
「……当たり前でしょ。……あんたと違って、私は、頭を使うんだから」
「……はいはい、そうだな」
咲太は、笑った。
五人は、笑い合った。
窓の外では、湘南の夕日が、海を真っ赤に染めていた。
遠くで、波の音が聞こえる。
ざざ、ざざ、と、繰り返す、波の音。
その音は、不思議と、心地よく、胸に響いた。
静かな、日曜日の夕暮れ。
五人の、新しい、一歩が、始まった。
テーブルの上では、『青春すごろく ムスビダイス』が、静かに眠っていた。
その盤面には、もう、不気味な光はなかった。
ただ、五人の笑顔が、そこに映っているように見えた。
……
片付けの時。
咲太は、ゲームの箱を、手に取った。
箱を、閉じようとして。
違和感に、気づいた。
箱の底が、わずかに、浮いている。
「……ん?」
咲太は、箱の底を、指で押してみた。
カチリ。
小さな音がして、底が外れた。
隠し底。
そこには、もう一つのサイコロが、収められていた。
奇妙な形をした、サイコロ。
六面体ではない。
八面体でもない。
まるで、結晶のように、不規則な形をした、透明なサイコロ。
その面ごとに、渦を巻いたような模様が刻まれている。
「……なんだ、これ」
咲太は、そのサイコロを、そっと手に取った。
冷たい。
氷のように、冷たい。
でも、その中心で、何かが、ゆっくりと脈打っていた。
ドクン。
まるで、生き物の心臓みたいに。
「……見せて」
理央が、咲太の手から、サイコロを取ろうと手を伸ばした。
その瞬間。
サイコロが、咲太の手のひらの中で、かすかに熱を持ったように震えた。
「……っ!」
咲太は、反射的に、サイコロを握りしめた。
「……どうしたの?」
「……いや、なんでもない。……ちょっと、手が滑っただけだ」
咲太は、サイコロを、ポケットにそっと隠した。
理央には、まだ、見せない方がいい。
そんな気がした。
「……咲太? どうしたの?」
麻衣が、咲太の背後から声をかけた。
「……いや、なんでもない。……ちょっと、箱の底が、壊れてただけだ」
咲太は、ポケットの中で、冷たいサイコロを握りしめた。
ドクン。
光が、咲太の手の中で、静かに鼓動を続けていた。
「……次はこれかよ」
咲太は、誰にも聞こえないように、小さく呟いた。
その目は、もう、次の謎を見据えていた。
窓の外では、湘南の夕日が、静かに沈んでいった。
海は、黄金色に輝いている。
五人の笑い声が、リビングに響いていた。
でも、咲太のポケットの中では、新しいサイコロが、静かに、脈打ち続けていた。
ドクン。
まるで、次の物語の始まりを告げるように。Noveliaとは?
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