青春ブタ野郎はみんなでゲームをする
バイト先のファミレスで見つけた古びたボードゲーム、その名も「青春すごろく ムスビダイス」。盤面にはなぜか見覚えのある峰ヶ原高校と七里ヶ浜の海、そして数字ではなく奇妙な記号が刻まれたサイコロ。拾ってきた箱を見た妹かえでが、一瞬だけ見せたあの表情は——。
「何も起きない」はずの日常は、静かに、しかし確実に崩れ始める。ひとりでに転がるサイコロ、夢に蘇るあの日の痛み、そして「人と繋がる」という記号の意味。これはただの暇つぶしのゲームなのか、それとも——。
週末、麻衣さん、双葉、のどかを呼んでみんなで遊ぶ。その約束が、今は少しだけ恐ろしい。でも、かえでの笑顔を守るために、俺は前に進むしかない。思春期症候群を巡る、にぎやかで、ほんの少し不思議な青春すごろくが、いま幕を開ける。
青春ブタ野郎はみんなでゲームをする - 停電のあとの本音と、もう一度のサイコロ
停電。
リビングは、午後の光を遮るカーテンのせいで、薄暗い箱の底みたいだった。
五人、床に座り込んでいる。
誰も、動かない。
冷蔵庫の唸りも、エアコンの風も、全部止まって、耳の奥で自分の鼓動だけがやけに大きく響く。
梓川咲太は、寝癖のついた黒髪をかき上げた。
深い茶色の瞳が、ローテーブルの上の盤面を映す。
『青春すごろく ムスビダイス』。
さっきまで暴走していた古いボードゲームは、今はただの板きれみたいに静かだった。
「……停電、長いわね」
桜島麻衣が、ぽつりと言った。
黒髪ロングヘアの先が、わずかに揺れる。ウサギの形をした髪留めが、薄闇の中でちかりと光った。
「ブレーカーじゃないわ。この部屋だけじゃなくて、周辺一帯が落ちてる。窓の外、信号も消えてるもの」
理央は、メガネのフレームをくいっと押し上げた。白衣のポケットから、小型のペンライトを取り出す。
「さすが科学部。停電の時も準備がいいな」
「あんたと違って、備えはする主義なのよ」
理央の声は、いつも通り淡々としていた。
でも。
その指先が、ほんの少し、震えている。
咲太は、それに気づいていた。
(……双葉も、怖いんだよな)
あの盤面の暴走。五人の心の奥を、無理やり引きずり出されるような感覚。
誰だって、平静ではいられない。
「あーもう、真っ暗でなんにも見えないんだけど! ねえ、誰か携帯のライトつけてよ!」
のどかが、派手な声を上げた。
肩口で揃えた髪の毛先が、ふわりと内側に巻かれている。薄いピンクのニットが、薄闇の中でぼんやり浮かんで見えた。
「お前、アイドルが真っ暗な部屋で騒いでるとか、SNSに流れたらどうすんだよ」
「流れないし! つか、咲太くん携帯持ってないんでしょ? 役立たず!」
「悪かったな、持ってなくて」
「あの……かえで、懐中電灯、持ってきましょうか? お兄ちゃんの部屋に、確か……」
かえでが、おそるおそる口を開いた。
肩にかかるくらいの明るめの髪が、左右に跳ねている。パンダ柄のパジャマの袖を、もじもじと触っていた。
「かえでちゃん、一人で行ける? 真っ暗よ」
「はい。大丈夫です。かえで、この部屋、目が慣れてますから」
かえでは、そう言って立ち上がった。
ふらり、と少しよろける。
「無理すんな。俺が行く」
咲太も、腰を浮かせた。
「いいえ、お兄ちゃんは座っててください。かえで、行けます」
かえでは、小さく首を振った。
その声は、震えていなかった。
咲太は、妹の背中を、暗闇の中で見送った。
廊下へ出る足音。
ぱたぱたと、小さい。
(……強くなったな、かえで)
そう思うと同時に、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
強くならざるを得なかったのだ。
あのSNSのいじめのせいで。
「……ねえ、咲太くん」
のどかが、声を潜めた。
「なんだよ」
「さっきのゲーム……あれ、マジでやばくなかった? 私、なんか、心の中、全部見られてるみたいで」
「……ああ。やばかったな」
咲太は、短く答えた。
「あれは、私たちの思春期症候群が、盤面に投影された現象よ。……つまり、あのゲームは、私たちの心理状態を、増幅して可視化する装置みたいなもの」
理央が、ペンライトの光を、盤面に当てた。
「装置って……じゃあ、理央ちゃん、あのゲーム、やっぱり普通のゲームじゃないの?」
「普通のゲームが、停電を起こすわけないでしょ。……少なくとも、私はそう結論づけたわ」
「……双葉、お前、平気なのかよ。自分のコマが、『一人でいる方が楽』マスにばかり止まってたのに」
咲太の言葉に、理央は、ぴくりと肩を震わせた。
「……平気なわけないでしょ。でも、私が取り乱したところで、状況は改善しないわ。それに……」
理央は、そこで言葉を切った。
メガネの奥の瞳が、暗闇の中で、揺れる。
「……それに?」
麻衣が、優しく促した。
理央は、小さく息を吐いた。
「……それに、私は、あのマスに止まる理由を、知ってるから」
理央の声が、ほんの少し、湿っていた。
その時。
ぱたぱた、と足音が戻ってきた。
「お待たせしました。懐中電灯、見つけましたよ」
かえでが、リビングに戻ってきた。
手には、古びた懐中電灯。
「ありがとう、かえでちゃん。助かったわ」
麻衣が、かえでから懐中電灯を受け取る。
スイッチを入れると、白い光が、天井に向かって伸びた。
「おおー、明るい明るい! これで安心だね!」
のどかが、大げさに喜ぶ。
「お前、停電の時くらい静かにできないのかよ」
「できないよ! だって、暗いの怖いんだもん!」
「……のどかさん、かわいいですね」
かえでが、くすくす笑った。
その笑い声は、不思議と、部屋の空気を、ほんの少しだけ軽くした。
「……ねえ、みんな」
麻衣が、懐中電灯を、テーブルの上に置いた。
光が、天井で乱反射して、五人の顔を、ぼんやりと照らし出す。
「……今のうちに、話しておきたいことがあるの。……このゲームのこととか、そういうのじゃなくて、もっと、私たち自身のこと」
麻衣の声は、静かだった。
でも、その瞳は、まっすぐに、全員を見渡していた。
「麻衣さん……?」
咲太は、麻衣の横顔を見た。
麻衣の黒い瞳が、懐中電灯の光を受けて、きらきらと揺れていた。
「さっきのゲームで、私は、自分の過去を、無理やり見せられた。……芸能界で、ずっと完璧を求められてきたこと。周りから、見えなくなるのが、怖かったこと」
麻衣は、ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「……私、思ったの。こんな風に、心の中を暴かれるくらいなら、自分から、話してしまった方がいいって」
「麻衣さん……」
咲太は、麻衣の手を、そっと握った。
麻衣の指先は、氷のように冷たかった。
「……大丈夫よ。私は、もう逃げないから」
麻衣は、咲太の手を、握り返した。
その力は、弱々しく、でも、確かな意志が込められていた。
「……私も、話す」
理央が、ぽつりと言った。
「双葉……?」
咲太は、理央を見た。
理央は、メガネを外した。
「……私は、ずっと、一人でいる方が楽だと思ってた。……誰かと一緒にいると、その人の期待に応えなきゃいけない。失望されるのが、怖い。……でも」
理央は、外したメガネを、両手で、ぎゅっと握った。
「……でも、違ったみたい。……青春ブタ野郎が、いつも隣にいたから。……一人じゃなかったんだって、今、わかった」
理央の声は、震えていた。
普段、感情を表に出さない彼女の、涙声。
咲太は、息が詰まった。
「……双葉……」
何か言わなければ。
そう思うのに、言葉が出てこない。
「……私も、言うね」
のどかが、鼻をすすった。
「……私、アイドルとして、完璧な自分を、ずっと演じてきたの。……本当の私なんて、誰にも見せたことない。……それが、疲れちゃった」
のどかの声は、いつもの明るさを、すっかり失っていた。
「……私、本当は、もっと普通の女の子でいたかった。……おしゃれも、アイドルだからじゃなくて、自分が好きだから、楽しみたかった」
のどかの頬を、涙が伝った。
「のどかさん……」
かえでが、のどかの隣に、そっと寄り添った。
「……かえでちゃん、ごめんね。……私、泣いちゃって」
「いいえ。……かえで、のどかさんが、本当のことを話してくれて、嬉しいです」
かえでは、のどかの背中を、優しく撫でた。
その手つきは、どこか、咲太に似ていた。
「……かえでも、話したいことがあります」
かえでが、顔を上げた。
大きな黒い瞳が、懐中電灯の光を映して、潤んでいた。
「……かえで、みんなに、迷惑かけてばかりで。……でも、ゲーム、楽しかったです。……みんなと一緒にいられて、嬉しかった」
かえでの声が、震える。
「……かえで、スマホがなくても、みんなと繋がれて、嬉しいです。……お兄ちゃんだけじゃなくて、麻衣さんとも、理央さんとも、のどかさんとも、……繋がりたい」
涙が、かえでの頬を、次々に流れ落ちた。
でも。
その顔は、笑っていた。
無理をして作った笑顔じゃない。
心の底から、あふれ出したような、自然な笑顔。
咲太は、その笑顔を見て、胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられた。
(俺は……)
(かえでを守ることばかり考えて)
(かえでの気持ちを、ちゃんと聞いてこなかった)
咲太は、唇を噛んだ。
鉄の味が、口の中に広がる。
「……かえで」
咲太は、かえでの頭に、手を伸ばした。
「……お前、そんな風に思ってたんだな。……俺、全然、気づいてやれなかった」
「……お兄ちゃんは、いつも、かえでを守ってくれました。……だから、かえで、お兄ちゃんに、心配かけないようにって、笑ってなきゃって、思ってました」
「……バカだな。……お前が笑ってないと、俺は、もっと心配するぞ」
咲太は、かえでの髪を、ぐしゃぐしゃと撫でた。
「……はい。……ごめんなさい」
「……謝るな。……俺こそ、ごめんな」
咲太は、かえでを、そっと抱きしめた。
かえでの体は、小さくて、温かかった。
「……咲太」
麻衣が、咲太の名を呼んだ。
「……なんだよ」
咲太は、かえでを抱きしめたまま、麻衣を見た。
麻衣は、まっすぐに、咲太を見つめていた。
「……あんたが、かえでちゃんを大事にするのは、分かる。……でも、あんたも、誰かに頼っていいんだよ。……私に……頼ってよ」
麻衣の声が、震えていた。
「……麻衣さん……」
咲太は、言葉を失った。
国民的女優として、常に完璧を求められてきた麻衣。
その麻衣が、今、自分の弱さを、さらけ出している。
「……私は、あんたに、頼ってほしい。……あんたが、一人で抱え込もうとするたびに、私、悲しくなるの」
「……麻衣さん、そんな風に思ってたのかよ」
「……ええ。……ずっと、思ってた。……でも、言えなかった。……私、プライドが高いから」
麻衣は、苦笑いした。
「……知ってるよ。麻衣さん、プライド高いもんな」
「……バカね。……今、そういうこと言う?」
麻衣は、咲太の額を、指先で、こつんと弾いた。
「……痛いな。……でも、ありがとうな。……麻衣さん」
咲太は、麻衣の手を、握った。
「……俺、みんなのこと……もっと知りたいって、思った。……ゲームがなくても、ちゃんと、繋がりたい」
咲太は、本音を、口にした。
「……ええ。……私たちも、同じよ」
麻衣は、微笑んだ。
「……私も! 私も、みんなと、もっと、仲良くなりたい! 本当の私で!」
のどかが、涙を拭いて、笑った。
「……私も、ね。……一人でいるより、みんなと、いる方が、いいって、思えたから」
理央は、メガネを、もう一度、かけ直した。
「……双葉、お前、メガネ外すと、結構、かわいいな」
咲太は、理央の顔を、じっと見た。
「……バカじゃないの。……そういうこと、軽々しく言わないでくれる?」
理央は、顔を赤くして、そっぽを向いた。
「……でも、本当よ。理央さん、メガネ外すと、すごく、きれいです」
麻衣が、笑った。
「……そうそう! 理央ちゃん、もっと、自信持ちなよ!」
のどかが、理央の肩を、ポンと、叩いた。
「……うるさいわね。……ほっといて」
理央は、口元を、微かに、緩めた。
「……なあ、みんな」
咲太は、全員の顔を、見回した。
「……もう一度、ゲームをやらないか? ……今度は、隠し事なしで」
咲太の言葉に。
全員が、顔を見合わせた。
「……ええ。……今度は、隠し事なしで、やりましょう」
「……データを取るなら、全員の本音が必要よ。……そうでしょ?」
理央が、メガネを、くいっと押し上げた。
「……もちろん! 今度は、私のコマ、大活躍させるんだから!」
「……かえでも、やります。……今度は、もっと、みんなと、お話しながら、やりたいです」
五人は、笑い合った。
その時。
パッ、と、電気がついた。
停電が、終わったのだ。
「……お、復旧した」
咲太は、天井の照明を、まぶしそうに見上げた。
「……じゃあ、始めましょうか。……もう一度」
麻衣が、サイコロを、手に取った。
あの、奇妙な記号が刻まれたサイコロ。
「……かえでちゃん、最初に振ってみない?」
麻衣は、かえでに、サイコロを差し出した。
「……かえでが、ですか? ……でも、かえで、スマホがないので、また、止まっちゃうかも……」
かえでは、不安そうに、サイコロを見つめた。
「……大丈夫よ。……きっと、今度は、違うから」
麻衣は、かえでの手に、サイコロを、そっと握らせた。
「……かえで。……お前が振れ。……俺たちは、お前と一緒に進むから」
咲太は、かえでの肩に、手を置いた。
「……はい。……じゃあ、振りますね」
かえでは、サイコロを、両手で包み込んだ。
そして、ローテーブルの上に、そっと、転がした。
カラカラカラ……
サイコロが、盤面の上を、転がる。
出た目は。
『人と繋がる』の記号。
その瞬間。
盤面が、ふわりと、温かい光を放ち始めた。
「……光ってる……」
咲太は、目を見開いた。
光は、決して、まぶしくない。
優しく、温かく、五人の顔を、照らし出していた。
「……かえでのコマが、進んでる……」
麻衣が、盤面を指さした。
かえでのコマが、ゆっくりと、動き出していた。
これまで、スマホ未所持の制約で、止まっていたマスを、通り過ぎる。
そして、『みんなと繋がる』マスに、止まった。
「……かえで、進めました……! みんなと、繋がるマスに、止まれました……!」
かえでの瞳から、涙が、あふれ出た。
「……やったじゃん、かえでちゃん! すごいすごい!」
のどかが、かえでに、抱きついた。
「……よかったわね、かえでちゃん」
麻衣が、かえでの頭を、優しく撫でた。
「……どうやら、サイコロは、参加者の願いを反映するみたいね。……さっきの停電も、私たちの心の乱れが、引き起こしたのかも」
理央が、盤面を、じっと観察しながら言った。
「……じゃあ、俺も振るか」
咲太は、サイコロを拾い上げた。
振る。
出た目は、また、『人と繋がる』の記号。
咲太のコマが、『大切な人を守る』マスに、進んだ。
「……また、同じ記号か」
咲太は、サイコロを、まじまじと見た。
「……偶然で片付けるには、確率が低すぎるわ。……これ、参加者の願いが、サイコロを動かしてる」
理央が、サイコロを、咲太から受け取った。
「……つまり、俺たちが、繋がりたいって、心から願えば、ゲームは、俺たちの味方になるってことか?」
「……そういうこと。……このゲームは、私たちの心を映す鏡。……心が変われば、盤面も変わる」
理央は、サイコロを、振った。
出た目は、またしても、『人と繋がる』。
理央のコマが、『本当の自分を見せる』マスに、進んだ。
「……私まで」
理央は、目を丸くした。
「……理央ちゃん、顔、おかしくなってるよ」
のどかが、笑った。
「……うるさいわね。……ほら、次、あんたの番よ」
理央は、のどかに、サイコロを押し付けた。
「……よーし、私のコマも、進んじゃうぞー!」
のどかが、サイコロを振る。
出た目は、『人と繋がる』。
「……ほら! 私も! 私のコマも進んだ!」
のどかのコマが、『本当の自分を見せる』マスに、止まった。
「……じゃあ、私も」
麻衣が、サイコロを振る。
出た目は、『人と繋がる』。
麻衣のコマが、『本当の自分を見せる』マスに、進んだ。
「……全員、同じ記号……」
麻衣が、驚いたように、盤面を見つめた。
「……なあ、これ、おかしくないか? 全部、『人と繋がる』の記号だぞ」
咲太は、サイコロを、手に取った。
「……だから言ったでしょ。参加者の願いが、サイコロを動かしてるって。……私たちが、心から繋がりたいって思ったから、出目が、全部、その記号になったのよ」
理央は、淡々と言った。
「……なんだか、このゲーム、あったかいですね。……さっきまでは、怖かったのに」
かえでが、盤面の光に、手をかざした。
「……ええ。……みんなの気持ちが、盤面に、映ってるのね」
麻衣が、微笑んだ。
「……めんどくせーゲームだな。……でも、まあ、悪くない」
咲太は、口元を、緩めた。
「……あんた、素直じゃないわね」
「……うるさいな。……これでも、結構、素直な方だぞ」
「……どこがよ」
麻衣が、笑った。
「……あはは! 咲太くん、顔赤いし!」
のどかが、咲太の顔を、指さした。
「……赤くねーよ。……停電の後で、部屋が暑いんだよ」
咲太は、顔を、そらした。
「……お兄ちゃん、照れてますね」
かえでが、くすくす笑った。
「……かえでまで、そういうこと言うのかよ」
咲太は、ため息をついた。
でも。
その顔は、笑っていた。
「……ねえ、咲太」
麻衣が、咲太の袖を、くいっと引っ張った。
「……なんだよ」
「……ゲームの箱、見てみて。……裏に、何か書いてある」
麻衣が、ゲームの箱を、咲太に差し出した。
咲太は、箱を裏返した。
そこには、小さく、こう書かれていた。
『管理人より』
「……なんだよ、管理人って」
咲太は、首を傾げた。
「……管理人。……このゲームの、管理者ってことかしら。……つまり、このゲームを、動かしている誰か」
理央が、箱を、覗き込んだ。
「……え、ちょっと、それ、こわくない?」
のどかが、身を震わせた。
「……まあ、今は、深く考えなくてもいいだろ。……とりあえず、ゲームは、クリアしたんだし」
咲太は、箱を、テーブルに置いた。
その時。
プルルルル……
かえでのスマホが、鳴った。
「……っ!」
かえでの体が、びくん、と強張った。
顔から、血の気が、引いていく。
「……かえで、大丈夫だ。俺が出る」
咲太は、かえでのスマホを、手に取った。
画面には、非通知。
「……もしもし」
咲太は、通話ボタンを押した。
『……次の招待状を、送った』
低い、機械的な声。
「……は? お前、誰だよ」
咲太は、声を、鋭くした。
『……それでは、失礼する』
プツッ。
通話が、切れた。
「……おい、待てよ!」
咲太は、スマホを、睨みつけた。
「……お兄ちゃん……かえで、怖い……」
かえでが、咲太の腕に、しがみついた。
「……大丈夫だ。……俺が、ついてる」
咲太は、かえでの頭を、優しく撫でた。
「……咲太、誰だったの?」
麻衣が、心配そうに、咲太を見た。
「……わからん。……『次の招待状を送った』って、それだけ言って、切れた」
「……招待状……? このゲームの、続きってこと?」
理央が、眉をひそめた。
「……さあな。……でも、今は、追いかけても仕方ない。……相手は、こっちのことを、知ってるみたいだし」
咲太は、スマホを、テーブルに置いた。
「……そうね。……今は、みんなで、ゲームをクリアしたんだから、今日は、ゆっくりしましょう」
麻衣が、咲太の手を、握った。
「……ああ。……そうだな」
咲太は、麻衣の手を、握り返した。
「……かえでも、大丈夫です。……みんなと一緒なら、怖くないです」
かえでは、涙を拭いて、笑った。
「……そうだよ! 私たちが、ついてるんだから! 何が来ても、大丈夫!」
のどかが、かえでの肩を、抱いた。
「……まあ、次に何か起きるなら、データを取って、分析すればいいわ。……私が、ついてるんだから」
理央が、メガネを、くいっと押し上げた。
「……双葉、お前、意外と頼りになるな」
「……当たり前でしょ。……あんたと違って、私は、頭を使うんだから」
「……はいはい、そうだな」
咲太は、笑った。
五人は、笑い合った。
窓の外では、湘南の午後の光が、カーテンの隙間から、差し込んでいた。
遠くで、波の音が、聞こえる。
ざざ、ざざ、と、繰り返す、波の音。
その音は、今度は、不思議と、心地よく、胸に響いた。
静かな、日曜日の午後。
五人の、新しい、一歩が、始まった。
テーブルの上では、『青春すごろく ムスビダイス』が、静かに、眠っていた。
その盤面には、もう、不気味な光は、なかった。
ただ、五人の、笑顔が、そこに、映っているように、見えた。
……
片付けの時。
咲太は、ゲームの箱を、手に取った。
箱を、閉じようとして。
違和感に、気づいた。
箱の底が、わずかに、浮いている。
「……ん?」
咲太は、箱の底を、指で、押してみた。
カチリ。
小さな音がして、底が、外れた。
隠し底。
そこには、もう一つのサイコロが、収められていた。
奇妙な形をした、サイコロ。
六面体ではない。
八面体でもない。
まるで、結晶のように、不規則な形をした、透明なサイコロ。
その中に、小さな光が、閉じ込められていた。
「……なんだ、これ」
咲太は、そのサイコロを、そっと、手に取った。
冷たい。
氷のように、冷たい。
でも、その中心で、光が、ゆっくりと、脈打っていた。
ドクン。
まるで、生き物の心臓みたいに。
「……咲太? どうしたの?」
麻衣が、咲太の背後から、声をかけた。
「……いや、なんでもない。……ちょっと、箱の底が、壊れてただけだ」
咲太は、もう一つのサイコロを、ポケットに、そっと隠した。
麻衣には、まだ、見せない方がいい。
そんな気がした。
「……そう。……じゃあ、片付け、手伝うわね」
「……ああ、頼む」
咲太は、ポケットの中で、冷たいサイコロを、握りしめた。
ドクン。
光が、咲太の手の中で、静かに、鼓動を続けていた。Noveliaとは?
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