チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜
「山田くんも来るよ」——その一行から始まる、六月の週末。オンラインゲーム『アルカディア・クロニクル』のギルド「チョコレートラビット」、通称チョコラビのオフ会に参加するため、女子大生・木之下茜はアオバシティへ向かう。
ゲーム内で猫耳パラディンを操る茜には、人に言えない過去があった。元彼に「重い」と言われて振られたこと。それでもゲームをやめられなかったこと。そんな彼女を拾ってくれたのが、ゆるくてあたたかいチョコラビの仲間たちだった。
待ち合わせの農園に集まったのは、優しげなギルドマスター・瑛太、いちご農家のサブマスター・鴨田、そしてツンデレ女子大生の瑠奈。いちご狩り対決に爆笑トーク、顔を真っ赤にしながらも距離を縮めていく不器用な友情——ゲームの外でも、人間関係のレベルはちゃんと上がっていく。
でも、楽しい時間に突然現れたのは、瑛太の同級生だという鷲田という女性。にこやかな笑顔の裏に、どこか不穏な空気が漂っていて……?
これは、傷ついた心を抱えた少女が、ゲームの仲間たちとの日常を通じて、もう一度人を信じることを学んでいく物語。笑って、食べて、ときに胸がざわつく、チョコラビの日常帳。
チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜 - ギルドに嵐の加入申請!~揺れる気持ちと山田くんのひと言~
六月も終わりに近づいた、むし暑い夜のことだった。
茜はバイトから帰ると、汗ばんだ服を着替えもせずにパソコンの電源を入れた。画面が青白く光る。今日は水曜日。チョコラビの定期レイドがある日だ。
「……ふう」
茜はペットボトルのお茶を一口飲んで、マウスを握った。『アルカディア・クロニクル』にログインする。猫耳の少女アバター、Akaneが、ギルドハウスにふわりと現れた。
画面の端に、見慣れない通知が点滅している。
「……あれ?」
茜は首をかしげた。カーソルを合わせて、クリックする。
【新メンバー加入申請】
【申請者:WASHIDA】
【メッセージ:はじめまして! 先日はオフ会でお世話になりました、鷲田です。ぜひ、チョコラビのみなさんと一緒に遊びたいです。よろしくお願いします!】
茜の指が、止まった。
「……うそ」
二週間前の、あの農園の光景が、まぶたの裏に浮かぶ。
『山田くんって、ゲーム強いんだって?』
あの時の鷲田の笑顔。目を細めて、まるで獲物を見つけたみたいな、あの笑い方。
「なんで……今さら」
茜は画面の前で、小さくつぶやいた。
ギルドチャットが、静かに動き出す。
【瑠璃姫】あー、みんな、掲示板見たか?
【Runa】見た。何これ。知らない人入れたくない!
【瑠璃姫】まあまあ、瑠奈。落ち着けって
【Runa】だって! オフ会にちょっと来ただけで、いきなりギルドに入りたいとか、おかしいよ!
【瑠璃姫】うーん、すぐには決められないな。みんなの意見を聞きたい
【Runa】私は反対! 絶対にイヤ!
茜はキーボードに手を置いた。
(どうしよう)
瑛太さんの言うことも、瑠奈ちゃんの言うことも、どちらもわかる。
(私、どうしたらいいんだろう)
茜は文字を打っては消し、打っては消した。
【Akane】……あの、私も、ちょっとびっくりしてます
【Runa】茜! あんた、あの人と何かあったでしょ!
【Akane】え!? な、なんで!?
【Runa】だって、あのオフ会の時、あの人、茜のことじっと見てたもん!
茜は画面の前で、思わず声を上げた。
「ええっ!?」
(瑠奈ちゃん、そんなとこまで見てたの!?)
【瑠璃姫】まあ、とにかく、今日はレイドもあるし、この話はまた今度にしよう。な?
【Runa】……わかった。でも、私は絶対に反対だからね!
【Akane】……はい
茜はチャットを閉じた。
でも、胸の奥のモヤモヤは、消えなかった。
(鷲田さん、どうして急に……)
山田の言葉が、頭の中でよみがえる。
『あの人、なんか変だったすね』
『気をつけた方がいいっすよ』
(山田くんは、何か知ってるのかな)
茜は深く息を吐いた。
レイドが始まっても、茜の頭の片隅には、ずっとあの加入申請の文字が張り付いていた。
翌日。
茜は大学の講義が終わると、まっすぐ家に帰った。今日はバイトもない。
「……ゲームでもしよう」
パソコンを開いて、ログインする。
ギルドハウスには、誰もいなかった。
茜は一人で、のんびりとフィールドを歩いた。ゲーム内の空は、いつも通り青い。風に揺れる草原の音が、スピーカーから流れてくる。
(こういう時間も、好きだなあ)
茜は小さく笑った。
その時だった。
画面の向こうから、一人のアバターが近づいてくる。
【WASHIDA】あ、Akaneさん! こんにちは!
茜の体が、びくりと跳ねた。
「……うそ、なんでここに」
茜はマウスを握る手に力を込めた。
【Akane】あ、こんにちは……
【WASHIDA】先日はどうも! ギルドの申請、見てくれたかな?
【Akane】え、あ、はい……見ました
【WASHIDA】よかった! まだお返事もらえてないから、ドキドキしてたの
【Akane】あの、あれは、ギルドマスターの瑛太さんが決めることなので……
【WASHIDA】そっかあ。でも、Akaneさんはどう思う? 私、入ってもいいかな?
茜は返信に困った。
(どう思うって……そんなの、私には答えられないよ)
【Akane】えっと、私には、なんとも……
【WASHIDA】あはは、ごめんね、困らせちゃった?
【Akane】いえ、そんな……
【WASHIDA】ねえ、Akaneさん
【WASHIDA】山田くんって、どんな子?
茜の指が、完全に止まった。
(……え?)
【WASHIDA】私、山田くんとは前から知り合いなの。でも、ゲームの中ではあんまり話したことなくて。どんな子かなあって思って
前から知り合い。
その言葉が、茜の胸に、チクリと刺さった。
(前から知り合い……)
【Akane】え、あの、別に……普通の、高校生です
【WASHIDA】ふふ、そうなんだ。でも、ゲームすごく強いんでしょ?
【Akane】はい、強いです
【WASHIDA】そっかあ。ますます気になっちゃうな
茜は、なぜか胸の奥がモヤモヤするのを感じた。
(なんで私、こんな気持ちになるんだろう)
【WASHIDA】今度、山田くんに会う機会があったら、色々教えてね!
【Akane】……はい
茜は、それしか返せなかった。
【WASHIDA】じゃあ、またね!
鷲田のアバターが、軽やかに去っていく。
茜は画面の前で、しばらく動けなかった。
「……前から知り合い」
つぶやいた声が、部屋に溶けていく。
(なんだろう。この気持ち)
茜は自分の胸に手を当てた。
(山田くんと、あの人、本当はどういう関係なんだろう)
答えの出ない問いが、頭の中をぐるぐる回った。
その夜。
ギルドチャットが、また動き出した。
【Runa】茜! ちょっといい?
【Akane】瑠奈ちゃん? どうしたの?
【Runa】あんた、あの人と何かあったでしょ
茜はドキリとした。
【Akane】な、なにもないよ!
【Runa】嘘。あんたの顔、なんか変だもん
【Akane】顔なんて、見えてないでしょ!?
【Runa】文字でわかるの! あんた、動揺してるでしょ
茜は返信に詰まった。
(瑠奈ちゃん、鋭すぎる……)
【Akane】ほんとに、何もないってば
【Runa】ふーん。まあいいけど。でも、私、あの人嫌い
【Akane】……なんで?
【Runa】だって、なんか、ずるい感じがするもん。笑ってるのに、目が笑ってないっていうか
茜は、瑠奈の言葉にハッとした。
(そう……なのかな)
【Runa】茜も気をつけた方がいいよ。あの人、山田くんのこと、狙ってるっぽいし
【Akane】え!?
【Runa】あのオフ会の時、山田くんのこと、やたら聞いてたでしょ。あれ、絶対そうだよ
茜の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
(狙ってる……)
【Akane】瑠奈ちゃん、何言ってるの……
【Runa】べー。私は応援してるんだからね!
【Akane】応援って……
【Runa】茜は鈍すぎ! もー知らない!
瑠奈はそれだけ言うと、チャットから離れていった。
茜は一人、画面の前で固まっていた。
(応援って……どういう意味?)
心臓が、変な跳ね方をする。
(瑠奈ちゃん、まさか、私が山田くんのこと……)
茜は首をぶんぶんと振った。
「ち、違うし! 別に、そういうんじゃないし!」
声に出して否定する。
でも、顔は、自分でもわかるくらい熱かった。
その夜、さらに遅く。
茜がそろそろログアウトしようかと思っていた時、ギルドチャットに、山田が現れた。
【山田】あの人、俺のこと知ってるらしいすけど、俺は知らないすね
茜の指が、止まった。
(山田くん……)
【瑠璃姫】山田、お前も掲示板見たのか
【山田】まあ、一応
【瑠璃姫】どう思う?
【山田】興味ないすね
【瑠璃姫】だよなあ
【Runa】山田くん! あの人、絶対怪しいよ!
【山田】そうすかね
【Runa】そうだよ! 山田くんも気をつけて!
【山田】別に、俺に何かできるわけでもないす
茜は、山田の書き込みを、何度も読み返した。
『俺は知らないすね』
(山田くんは、鷲田さんのこと、知らないんだ)
(でも、鷲田さんは、前から知り合いって言ってた)
(……どういうこと?)
茜の頭の中は、混乱でいっぱいだった。
【山田】茜さん
突然、個別メッセージが届いた。
茜は、心臓が飛び跳ねるのを感じた。
【Akane】は、はい!
【山田】あの人と、話したすか?
【Akane】え、あの、今日、ゲーム内でちょっと……
【山田】なんて言ってたすか?
【Akane】えっと……山田くんと、前から知り合いって……
【山田】……俺は知らないす
【Akane】うん、知ってる。さっきのチャットで見た
【山田】あの人は、俺のことを知ってるらしいすけど、俺はあの人を知らない。それだけす
【Akane】そっか……
【山田】気をつけた方がいいっすよ
【Akane】え?
【山田】あの人は、なんか、変す
【Akane】……山田くんも、そう思う?
【山田】勘すけど
【Akane】勘って……
【山田】まあ、いいす。とにかく、あんまり深く関わらない方がいいす
【Akane】……うん、わかった
【山田】じゃあ
山田は、それだけ言うと、ログアウトしていった。
茜は、山田との会話を、何度も読み返した。
(山田くんが、あんなに長く話してくれた)
(しかも、私に、気をつけた方がいいって……)
茜の胸の奥が、じわりと温かくなる。
でも、同時に、モヤモヤも消えなかった。
(山田くんは、私に、なんでそんなことを言うんだろう)
(私のことを、心配してくれてるの?)
(……それとも、ただ、鷲田さんが嫌いなだけ?)
答えは、どこにもなかった。
翌日。
茜は、瑠奈とゲーム内で会う約束をしていた。
「……よし」
茜は気合を入れて、ログインした。
ギルドハウスの前で、瑠奈のアバターが待っていた。
【Runa】遅い!
【Akane】ごめんごめん! ちょっと準備に手間取っちゃって
【Runa】もう、しっかりしてよ
【Akane】はいはい。それで、今日は何する?
【Runa】うーん、新しいダンジョン行ってみたい!
【Akane】え、あの、私、まだレベル低いよ?
【Runa】大丈夫だよ、私が守ってあげるから!
【Akane】……瑠奈ちゃん、私より回復職じゃなかったっけ?
【Runa】うっさい! 回復職だって戦えるんだから!
茜は、画面の前で笑ってしまった。
(瑠奈ちゃん、相変わらずだなあ)
【Akane】わかった。じゃあ、行こっか
【Runa】うん!
二人で、フィールドを歩き出す。
その時だった。
【WASHIDA】あれ、Akaneさんに、Runaさん!
茜と瑠奈のアバターが、同時に立ち止まった。
【WASHIDA】こんにちは! 今からどっか行くの?
【Runa】……なんであんたがここにいるのよ
【WASHIDA】あら、怖い。たまたま通りかかっただけよ
【Runa】ふん。私たち、これから二人でダンジョン行くんだから。邪魔しないで
【WASHIDA】まあ、そうなの。楽しそうね
【Runa】当たり前でしょ
【WASHIDA】ねえ、Akaneさん
茜は、びくりとした。
【Akane】は、はい……
【WASHIDA】山田くんのこと、もっと教えてほしいの
【Akane】え……
【WASHIDA】お願い。山田くんのこと、知りたいの
茜は、キーボードを打つ手が止まった。
(なんで、そんなこと聞くの)
【Akane】なんで、そんなこと聞くの?
【WASHIDA】だって、私、山田くんのこと、好きになっちゃったみたいなの
茜の頭が、真っ白になった。
(……え?)
【WASHIDA】だから、山田くんのこと、色々知りたいの。お願い、Akaneさん
茜は、画面の前で、完全に固まった。
指が、動かない。
言葉が、出てこない。
【Runa】ちょっと、何言ってんの!
瑠奈が、茜の代わりに怒鳴った。
【WASHIDA】あら、Runaさん、どうしたの? そんなに怒って
【Runa】あんた、山田くんのこと、好きになっちゃったって……!
【WASHIDA】ええ、そうよ。だめかしら?
【Runa】だめに決まってるでしょ!
【WASHIDA】あら、どうして?
【Runa】どうしても!
【WASHIDA】ふふ、Runaさん、面白いわね
【Runa】面白くない!
茜は、二人のやりとりを、ただ見ていることしかできなかった。
(山田くんのこと、好きになっちゃった)
(鷲田さんが、山田くんのことを……)
心臓が、バクバクと音を立てている。
(なんで、私、こんなに動揺してるの)
【WASHIDA】Akaneさん、今度、ゆっくりお話しましょうね
【Akane】……え、あの……
【WASHIDA】それじゃあ、またね!
鷲田のアバターは、そう言い残して、去っていった。
茜は、画面の前で、しばらく動けなかった。
【Runa】茜! しっかりして!
【Akane】……瑠奈ちゃん……
【Runa】あんなの、無視しなよ! あの人、絶対おかしい!
【Akane】……うん……
【Runa】茜、顔、真っ青だよ?
【Akane】顔、見えてないでしょ……
【Runa】文字でわかるの!
茜は、瑠奈の言葉に、少しだけ救われた。
でも、胸のざわつきは、全然おさまらなかった。
(山田くんのこと、好きになっちゃった)
鷲田の言葉が、頭の中で、何度も繰り返される。
(私、どうしたらいいんだろう)
茜は、マウスを握る手を、ぎゅっと握りしめた。
その夜。
茜は、ベッドに寝転がって、天井を見つめていた。
「……山田くんのこと、好きになっちゃった」
鷲田の言葉を、声に出して、反芻する。
「……なんで、あの人が」
茜は、枕に顔を埋めた。
(山田くんは、あの人のこと、知らないって言ってた)
(なのに、あの人は、山田くんのこと、好きになっちゃったって)
(……意味がわからない)
茜は、ごろりと寝返りを打った。
(でも、なんで、私、こんなにモヤモヤしてるんだろう)
(山田くんが、誰に好かれても、私には関係ないはずなのに)
(……関係ない、はず、なのに)
茜は、自分の気持ちが、自分でもわからなかった。
その時、スマホが震えた。
茜は、のろのろと手を伸ばして、画面を見た。
【山田】明日、駅でちょっといいすか
茜は、飛び起きた。
「え!?」
心臓が、激しく脈打つ。
(山田くんから、メッセージ!?)
茜は、震える指で、返信を打った。
【Akane】うん、いいよ! 何時くらい?
【山田】放課後、17時くらい
【Akane】わかった!
【山田】じゃあ
茜は、スマホを胸に抱きしめた。
(山田くんが、私に、会いたいって……)
(なんで? 何の話?)
(もしかして、鷲田さんのこと?)
茜の胸は、期待と不安で、いっぱいだった。
(明日、山田くんに会える)
(……何を話すんだろう)
茜は、なかなか眠れなかった。
窓の外では、月が、静かに光っていた。Noveliaとは?
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