チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜
「山田くんも来るよ」——その一行から始まる、六月の週末。オンラインゲーム『アルカディア・クロニクル』のギルド「チョコレートラビット」、通称チョコラビのオフ会に参加するため、女子大生・木之下茜はアオバシティへ向かう。
ゲーム内で猫耳パラディンを操る茜には、人に言えない過去があった。元彼に「重い」と言われて振られたこと。それでもゲームをやめられなかったこと。そんな彼女を拾ってくれたのが、ゆるくてあたたかいチョコラビの仲間たちだった。
待ち合わせの農園に集まったのは、優しげなギルドマスター・瑛太、いちご農家のサブマスター・鴨田、そしてツンデレ女子大生の瑠奈。いちご狩り対決に爆笑トーク、顔を真っ赤にしながらも距離を縮めていく不器用な友情——ゲームの外でも、人間関係のレベルはちゃんと上がっていく。
でも、楽しい時間に突然現れたのは、瑛太の同級生だという鷲田という女性。にこやかな笑顔の裏に、どこか不穏な空気が漂っていて……?
これは、傷ついた心を抱えた少女が、ゲームの仲間たちとの日常を通じて、もう一度人を信じることを学んでいく物語。笑って、食べて、ときに胸がざわつく、チョコラビの日常帳。
チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜 - ゲーム内決闘!~敗北と涙のログアウト~
パソコンの画面が、青白く光っている。
茜は椅子の上で、膝を抱えるようにして座っていた。時刻は夜の十時を回っている。バイトから帰って、シャワーを浴びて、髪も乾かさないまま、パソコンの前に座り込んで、もう二時間になる。
「……はあ」
ため息が、暗い部屋に溶けていく。
画面の中では、猫耳の少女アバター、Akaneが、練習用のダミー人形を前に棒立ちになっている。
『アルカディア・クロニクル』。茜たちが遊んでいる、剣と魔法のオンラインゲームだ。月額980円。国内登録者約120万人。のんびり勢が多い、生活系コンテンツも充実した、ちょっと懐かしい感じのMMO。
その中の、ギルド「チョコレートラビット」。設立4年目、メンバー6人。活動方針は「縛らない、急かさない、でも困った時は助ける」。週2回の定期レイドと、不定期の雑談・生産活動が主な、のんびりギルドだ。
そのギルドの一員である茜は今、のんびりとは程遠い場所にいた。
闘技場の練習モード。無限に湧いてくる練習用の敵を、ひたすら倒すモードだ。
「ええいっ!」
茜はマウスを握り直して、スキルボタンを連打した。
Akaneが、剣を振る。
カキン、と軽い音。
ダメージ表示が、ぽこぽこ浮かぶ。
「……弱い」
茜は、自分のキャラクターの火力の低さに、泣きたくなった。
(なんで、私、こんなに弱いんだろう)
茜の職業はパラディン。本来は、仲間を守る盾役だ。攻撃力は、正直、低い。
でも、それでも。
(勝たなきゃ、いけないんだ)
茜は、唇を噛みしめた。
頭の中に、あのメッセージが、何度も浮かんでは消える。
『茜さんって、山田くんのこと好きでしょ? 私も好きなの。だから、どっちがふさわしいか勝負しない?』
鷲田からの、宣戦布告。
そして、ギルドの掲示板に、鷲田が勝手に書き込んだ、対決の日取り。
『来週土曜、レイドバトルで茜さんと対決します。勝った方が山田くんに思いを伝える権利を得ます。ギルドの皆さん、見守っててね☆』
あの書き込みを見た時の、頭が真っ白になる感覚。
(勝手に、決められてる)
(でも、断れなかった)
(だって、断ったら、私、山田くんのこと、どうでもいいって、認めるみたいじゃない?)
茜は、自分の心の奥底にある、黒い、どろどろした感情を、見ないふりをしていた。
(私、山田くんのこと、取られたくない)
(好き、なのかな)
(わかんない。でも、嫌なの)
(鷲田さんに、山田くんを、持っていかれるのは、嫌なの)
茜は、マウスを握る手に、力を込めた。
「……もう一回!」
ダミー人形が、リスポーンする。
Akaneが、駆け出す。
剣を振る。
回避。
反撃。
また、剣を振る。
「……っ」
攻撃を受けて、AkaneのHPが、ごっそり減る。
「やばっ……」
回復が、間に合わない。
Akaneが、地面に倒れる。
『YOU DIED』
無機質な文字が、画面に表示される。
「……はあああ」
茜は、机に突っ伏した。
(何度やっても、ダメだ)
(操作が、追いつかない)
(スキルの使い分けも、わかってない)
(こんなんじゃ、鷲田さんに、勝てるわけがない)
茜の目に、涙が、じわりと滲んだ。
(でも、泣いてる場合じゃない)
(練習しなきゃ)
(やるしか、ないんだ)
茜は、顔を上げて、もう一度、マウスを握った。
その時、画面の端に、通知が点滅した。
【Runaからアイテムが届きました】
「……え?」
茜は、通知をクリックした。
【Runa】回復アイテム、送っといたから。バカじゃないの、あんた。
「……瑠奈ちゃん」
茜の胸が、じんわりと温かくなった。
【Akane】ありがとう……! でも、どうして?
【Runa】どうしても! あんたが負けたら、私が嫌な気持ちになるから! それだけ!
【Akane】……瑠奈ちゃん、本当は優しいね
【Runa】うるさい! 早く練習しなさいよ!
茜は、小さく笑った。
(瑠奈ちゃん、素直じゃないなあ)
(でも、すごく、嬉しい)
茜は、送られてきた回復アイテムを、インベントリにしまった。
高級な回復薬が、たくさん入っている。
(これ、結構高いやつじゃ……)
(瑠奈ちゃん、バイト代、使ったのかな)
茜は、瑠奈の不器用な優しさに、胸がいっぱいになった。
(よし)
(絶対、勝つ)
(瑠奈ちゃんのためにも、負けられない)
茜は、再び、練習を始めた。
ダミー人形を、斬る。
斬る。
回避。
反撃。
回復。
また、斬る。
「……あ、今の、いい感じかも」
少しずつ、操作に慣れてきた気がする。
(この調子!)
(この調子で、もっと、もっと!)
茜が、夢中で練習していると、また、通知が点滅した。
【山田からトレード申請が届きました】
「……え?」
茜は、心臓が跳ねるのを感じた。
(山田くんから?)
震える指で、トレード申請を承認する。
トレードウィンドウが開く。
そこには、一枚の盾が、置かれていた。
【山田】それ、耐久低いすよ
「……へ?」
茜は、自分の装備を見た。
確かに、今使っている盾は、初心者用の、安物だった。
【Akane】あ、うん……でも、これしかなくて
【山田】それ、使ってください
【Akane】え!? でも、これ、すごくいいやつじゃ……!
【山田】別に。素材、余ってただけっす
【Akane】でも……
【山田】興味ないすね。使うか使わないか、どっちかっす
「……っ」
茜は、その不器用すぎる優しさに、胸が、ぎゅうっとなった。
(山田くん、これ、私のために、作ってくれたんだ)
(「素材、余ってただけ」って、絶対、嘘だ)
(だって、この盾、山田くんが普段使ってるやつより、ちょっとだけ、性能が低い、でも、私にちょうどいい、そんなやつだもん)
茜は、トレードを承認した。
【Akane】……ありがとう。大事に使うね
【山田】どうも
山田は、それだけ言うと、去っていった。
茜は、新しい盾を装備した。
画面の中で、Akaneが、銀色の盾を構える。
(山田くんが、作ってくれた盾)
(これで、戦うんだ)
(絶対に、負けられない)
茜は、胸の奥が、熱くなるのを感じた。
(絶対、勝つ)
(山田くんに、私の気持ちを、伝えるんだ)
(……って、何考えてるの、私!)
茜は、自分の頬が、熱くなっていることに気づいて、慌てて首を振った。
(と、とにかく、練習!)
(練習あるのみ!)
茜は、夜遅くまで、練習を続けた。
窓の外では、虫の声が、静かに響いていた。
土曜日。
対決当日。
茜は、朝から、ソワソワしていた。
(今日、なんだ)
(今日が、本番なんだ)
茜は、何度も、ゲームの攻略サイトを確認した。
パラディンの立ち回り。
レイドバトルでの注意点。
対人戦でのコツ。
(頭では、わかってる)
(でも、本番で、できるかな)
茜は、深く、深呼吸をした。
(大丈夫)
(練習した)
(瑠奈ちゃんのアイテムもある)
(山田くんの盾もある)
(やれる)
茜は、自分に言い聞かせた。
午後九時。
約束の時間。
茜は、ゲームにログインした。
闘技場に、Akaneが、現れる。
そこは、すでに、たくさんのプレイヤーで、ごった返していた。
「……うそ」
茜は、画面の前で、固まった。
(なにこれ)
(こんなに、人が……)
闘技場の観客席には、ずらりと、プレイヤーたちが並んでいる。
ギルドメンバーだけじゃない。
見ず知らずの、野次馬のプレイヤーたちが、大勢、集まっていた。
「お、来た来た」「あれがAkaneか?」「猫耳かわいいな」「相手のWASHIDAは?」「あっちにいるぞ」
チャット欄が、ものすごい勢いで流れていく。
茜は、その光景に、圧倒された。
(こんな、大勢の前で、戦うの?)
(私、こんなの、聞いてない)
茜の心臓が、激しく脈打つ。
手が、震える。
「ちょっと待って! なんでこんなに人がいるの!?」
茜は、思わず、声に出していた。
「あ、茜! 来たんだ」
画面の向こうから、瑠奈のアバター、Runaが、駆け寄ってきた。
「瑠奈ちゃん! これ、どういうこと!?」
「知らない! 私が来た時には、もうこんな感じだったんだから!」
「うそでしょ……」
「あの人、絶対、わざと広めたんだよ! 『見せ物にしよう』って!」
茜は、瑠奈の言葉に、背筋が冷たくなった。
(見せ物)
(私を、笑い者に、するつもりなの?)
「……でも、やるしかない」
茜は、ぎゅっと、拳を握った。
「私、逃げない。やるって、決めたから」
「茜……」
「大丈夫。練習したし。それに、瑠奈ちゃんがくれたアイテムもあるし」
「……わかった。でも、無理だけはしないでよ!」
「うん。ありがとう、瑠奈ちゃん」
茜は、闘技場の中央へと、Akaneを歩かせた。
観客席から、ざわめきが聞こえる。
「お、始まるぞ」「どっちが勝つと思う?」「WASHIDAでしょ。あの人、強いって噂だよ」「Akaneって、初心者だろ?」
茜は、その言葉を、聞こえないふりをした。
(大丈夫)
(私なら、できる)
茜は、自分に言い聞かせた。
闘技場の反対側から、一人のアバターが、歩いてくる。
WASHIDA。
鷲田のアバターだ。
洗練された、魔法使いの装備。
優雅な、立ち姿。
「あら、Akaneさん。よく来たわね。逃げちゃうかと思ってた」
チャット欄に、鷲田の言葉が、表示される。
「逃げないよ。私、やるって決めたから」
茜は、震える指で、返信した。
「ふふ、いい心がけね。じゃあ、始めましょうか」
システムメッセージが、画面に表示される。
【レイドバトルを開始します】
【Akane VS WASHIDA】
カウントダウンが、始まる。
3。
2。
1。
「——開始!」
茜は、マウスを握り直した。
Akaneが、駆け出す。
「ええいっ!」
剣を振る。
でも、当たらない。
鷲田のアバターが、ひらり、ひらりと、蝶のように、攻撃をかわしていく。
「あらあら、どうしたの? そんな大振りじゃ、当たらないわよ?」
「くっ……」
茜は、追いかける。
でも、距離が、縮まらない。
鷲田は、常に、茜の攻撃が届かない距離を、保っている。
「パラディンなのに、接近戦しかできないの? 盾役なら、もっと、味方を守ることを考えたら?」
茜は、何も言い返せない。
(わかってる)
(そんなこと、わかってる)
(でも、私には、これしか、できない)
茜は、がむしゃらに、剣を振り続けた。
でも、一撃も、当たらない。
逆に、鷲田の魔法が、Akaneを、じわじわと、追い詰めていく。
「ねえ、Akaneさん。あなた、本当に、山田くんのことが好きなの?」
「……え?」
茜は、一瞬、動きを止めた。
その隙を、鷲田は、見逃さなかった。
「ほら、隙だらけよ!」
強力な魔法が、Akaneに、直撃する。
HPが、一気に、半分以下になる。
「やばっ……!」
茜は、慌てて、回復アイテムを使った。
でも、鷲田の攻撃は、止まらない。
「私ね、山田くんのこと、前から知ってるの。ゲームの大会で、何度も、見てきた。あの人の、ゲームをしてる時の、真剣な目。すごく、素敵なの」
「……っ」
「あなたは? 山田くんの、何を知ってるの? ゲームの中の、能面アフロの姿しか、知らないんじゃない?」
茜は、返す言葉が、なかった。
(私、山田くんの、現実の姿、知ってる)
(駅で、会った)
(荷物、持ってくれた)
(でも、それだけ)
(山田くんの、ゲームをしてる時の、真剣な目なんて、知らない)
茜の、心が、折れかける。
「あなたに、山田くんは、もったいないわ」
鷲田の言葉が、茜の胸に、突き刺さる。
「……っ!」
茜は、歯を食いしばった。
(負けない)
(負けたくない)
(山田くんは、私に、盾をくれた)
(瑠奈ちゃんは、私に、アイテムをくれた)
(みんなの、気持ちを、無駄にしたくない)
茜は、再び、Akaneを、走らせた。
「私は、山田くんのこと、まだ、よく知らない! でも、これから、知っていきたい! だから、負けない!」
茜は、ありったけの力を込めて、剣を振った。
今度は、鷲田の、肩に、かする。
「あら」
(当たった!)
(この調子!)
茜は、畳み掛ける。
でも、鷲田は、すぐに、体勢を立て直した。
「ふうん。少しは、やるじゃない。でも、まだまだね」
鷲田の、反撃が、始まる。
さっきまでとは、比べ物にならない、激しい攻撃。
「ちょっと待って! 速すぎる!」
茜は、避けるのが、精一杯だった。
回復が、間に合わない。
HPが、どんどん、減っていく。
「これが、現実よ。あなたと私の、実力の差」
「……っ」
茜は、マウスを握る手が、汗で、滑りそうになる。
(やばい)
(このままじゃ、負ける)
(なんとか、しなきゃ)
でも、体が、動かない。
操作が、追いつかない。
「終わりにしてあげる」
鷲田が、最後の魔法を、放とうとした、その時。
観客席から、一人のアバターが、飛び出してきた。
能面アフロ。
山田のアバターだ。
「待ってください」
山田の言葉が、チャット欄に、表示される。
茜は、心臓が、跳ねた。
(山田くん……!)
山田は、茜と鷲田の、間に、立とうとした。
でも、その前に、鷲田が、言った。
「山田くんは黙ってて。これは私と茜さんの勝負でしょ?」
山田のアバターが、止まる。
「……っす」
山田は、それだけ言うと、後ろに、下がった。
でも、その目は、じっと、茜のことを、見つめていた。
(山田くん……)
茜は、山田の、その視線に、胸が、熱くなった。
(私、山田くんに、見られてる)
(山田くんが、私のことを、見てくれてる)
(だから、負けられない)
茜は、最後の力を、振り絞った。
「まだ、終わってない!」
Akaneが、駆け出す。
剣を、振りかぶる。
「無駄よ!」
鷲田が、魔法を、放つ。
茜は、避けようとした。
でも、間に合わない。
魔法が、Akaneに、直撃する。
AkaneのHPが、ゼロになる。
Akaneが、地面に、倒れる。
『YOU DIED』
無機質な文字が、画面に、表示される。
「……あ」
茜は、マウスから、手が、落ちた。
(負けた)
(私、負けた)
(山田くんの、目の前で)
(みんなの、目の前で)
茜の、視界が、ぼやける。
涙が、あふれて、画面が、歪んで見える。
「約束は約束でしょ? 山田くんは私がもらうね」
鷲田の言葉が、チャット欄に、表示される。
観客席から、どよめきが、起こる。
「おお……」「マジかよ」「WASHIDA、やるな」「Akane、かわいそうに」「でも、これが勝負だろ」
茜は、チャット欄を、見ることが、できなかった。
「まだ……終わってない……」
茜は、震える指で、キーボードを、叩いた。
でも、文字が、うまく、打てない。
「まだ……私、まだ……」
声にならない。
言葉にならない。
茜は、ただ、涙を、こぼすことしか、できなかった。
「ふざけないでよ!」
瑠奈の叫びが、チャット欄に、表示される。
「あんた、卑怯よ! 茜は、まだ、ゲーム始めたばかりなんだから! そんなの、勝負にならないでしょ!」
「ゲームは結果がすべてよ。それに、この勝負、私が勝手に決めたわけじゃないわ。Akaneさん、勝負を受けたのよ」
「それは、あんたが、勝手に、掲示板に書き込んだからでしょ!」
「あら、でも、Akaneさん、断らなかったわよ。それって、受けたってことじゃないの?」
「それは……!」
瑠奈が、言い返せない。
茜は、二人のやりとりを、ただ、涙で、ぼやけた画面で、見ていることしか、できなかった。
(ごめん、瑠奈ちゃん)
(私が、弱いから)
(私が、勝てなかったから)
茜は、自分の、情けなさに、押しつぶされそうだった。
「茜、大丈夫か?」
瑛太の言葉が、チャット欄に、表示される。
でも、茜は、返信できなかった。
(瑛太さん、ごめんなさい)
(私、ギルドに、迷惑かけて)
(ごめんなさい)
茜は、ゆっくりと、マウスを、動かした。
カーソルを、メニューボタンに、合わせる。
【ログアウト】
茜は、そのボタンを、クリックした。
画面が、暗転する。
「……う、あ……」
茜は、パソコンの前で、声を上げて、泣いた。
子どものように、大声で、泣いた。
涙が、止まらない。
鼻水も、出てくる。
でも、そんなこと、気にしていられない。
「うわああああん!」
茜は、机に突っ伏して、泣き続けた。
どれくらい、泣いていただろう。
ふと、スマホが、震えた。
茜は、涙で、ぐしゃぐしゃの顔で、スマホを、見た。
【瑠奈】あんた、大丈夫?
茜は、返信しようとした。
でも、指が、動かない。
【瑠奈】あんた、悪くないから! あの女が、おかしいんだから!
【瑠奈】茜! 返事して!
茜は、スマホを、握りしめた。
返信、できない。
なんて、返せばいいのか、わからない。
(ごめん、瑠奈ちゃん)
(私、大丈夫じゃない)
(すごく、つらい)
(でも、それを、言ったら、瑠奈ちゃんを、困らせちゃう)
茜は、スマホを、ベッドに、置いた。
また、スマホが、震えた。
【山田】今度、話があるすね
茜は、そのメッセージを、見た。
でも、既読に、できなかった。
(山田くん、ごめん)
(私、今、山田くんの、顔、見れない)
(声も、聞けない)
茜は、布団を、かぶった。
真っ暗な、布団の中で、茜は、丸くなった。
涙が、まだ、あふれてくる。
(私、山田くんのこと、好きなのかな)
(好きだから、こんなに、苦しいのかな)
(でも、私、山田くんに、何も、伝えられなかった)
(勝負に、負けた)
(山田くんに、思いを伝える権利を、失った)
(鷲田さんが、山田くんを、もらう)
(私、どうすれば、いいの)
茜は、枕に、顔を、うずめた。
涙が、枕を、濡らしていく。
(もう、ゲーム、やめようかな)
(ギルド、抜けようかな)
(みんなに、会わせる顔、ない)
茜の、心は、どんどん、暗い方へ、沈んでいく。
スマホが、また、震えた。
でも、茜は、もう、見なかった。
茜は、一晩中、眠れないまま、泣き続けた。
翌朝。
茜は、鏡の前で、自分の顔を、見た。
目は、ひどく、腫れている。
顔色も、真っ青だ。
「……最悪」
茜は、ため息を、ついた。
今日は、バイトの日だ。
休むわけには、いかない。
茜は、冷たい水で、顔を、洗った。
でも、腫れた目は、戻らない。
茜は、仕方なく、そのまま、家を出た。
コンビニに、着く。
「おはようございます」
茜は、店長に、挨拶した。
「おはよう。……って、茜ちゃん、どうしたの!? 目、すごく腫れてるよ!?」
店長が、心配そうに、茜の顔を、覗き込む。
「あ、えっと……昨日、ちょっと、泣いちゃって……」
「なにか、あったの?」
「大丈夫です。ちょっと、ゲームで、負けちゃっただけなので」
茜は、笑顔を、作った。
でも、心は、全然、大丈夫じゃなかった。
「そう……? 無理しないでね。何かあったら、言うんだよ」
「はい。ありがとうございます」
茜は、レジに、立った。
でも、全然、集中できない。
おつりを、間違える。
商品を、落とす。
レジ打ちを、ミスする。
「茜ちゃん、大丈夫? ほんとに、休んだ方がいいんじゃない?」
「すみません……大丈夫です。ちゃんと、やります」
茜は、笑顔を、作った。
でも、心は、ボロボロだった。
(大丈夫じゃない)
(全然、大丈夫じゃない)
(でも、大丈夫って、言わなきゃ)
(迷惑、かけられない)
茜は、必死に、笑顔を、保ち続けた。
バイトが、終わる。
茜は、ふらふらと、家に、帰った。
部屋に、入る。
パソコンが、目に、入る。
茜は、パソコンの前を、通り過ぎた。
(ゲーム、しない)
(今日は、しない)
茜は、ベッドに、倒れ込んだ。
天井を、見つめる。
スマホが、震える。
でも、茜は、見なかった。
(もう、何も、考えたくない)
茜は、目を、閉じた。
でも、まぶたの裏に、あの光景が、浮かぶ。
鷲田の、勝ち誇った笑顔。
『山田くんは私がもらうね』
あの言葉が、頭の中で、何度も、繰り返される。
茜は、布団を、頭から、かぶった。
(つらい)
(苦しい)
(どうすれば、いいの)
茜は、丸くなって、ただ、震えていた。
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