チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜
「山田くんも来るよ」——その一行から始まる、六月の週末。オンラインゲーム『アルカディア・クロニクル』のギルド「チョコレートラビット」、通称チョコラビのオフ会に参加するため、女子大生・木之下茜はアオバシティへ向かう。
ゲーム内で猫耳パラディンを操る茜には、人に言えない過去があった。元彼に「重い」と言われて振られたこと。それでもゲームをやめられなかったこと。そんな彼女を拾ってくれたのが、ゆるくてあたたかいチョコラビの仲間たちだった。
待ち合わせの農園に集まったのは、優しげなギルドマスター・瑛太、いちご農家のサブマスター・鴨田、そしてツンデレ女子大生の瑠奈。いちご狩り対決に爆笑トーク、顔を真っ赤にしながらも距離を縮めていく不器用な友情——ゲームの外でも、人間関係のレベルはちゃんと上がっていく。
でも、楽しい時間に突然現れたのは、瑛太の同級生だという鷲田という女性。にこやかな笑顔の裏に、どこか不穏な空気が漂っていて……?
これは、傷ついた心を抱えた少女が、ゲームの仲間たちとの日常を通じて、もう一度人を信じることを学んでいく物語。笑って、食べて、ときに胸がざわつく、チョコラビの日常帳。
チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜 - 瑠奈が来た!~不器用な励ましと山田くんの極秘調査~
スマホの画面が、湿った手のひらの中で光っていた。
茜はアパートの薄暗い部屋の隅で膝を抱えていた。カーテンは閉め切ったまま。エアコンの室外機の音だけが、窓の外で唸っている。七月の空気が、首筋に貼りついて離れない。
画面には見慣れたアイコン。アルカディア・クロニクル。剣と魔法のオンラインゲーム。月額九百八十円。茜が仲間と笑い合った場所。
指を伸ばす。アイコンに触れる。少しだけ、触れる。親指の腹が、ガラスの上で止まっている。
『山田くんは私がもらうね』
鷲田の声が、耳の奥で再生される。勝ち誇った笑顔。大勢の観客の前で、茜は、唇を噛むことしかできなかった。
親指を、画面から離した。スマホを床に置く。画面が静かに暗くなる。暗い画面に、自分の輪郭がぼんやり映っていた。
講義中、教授の声は遠くで途切れていた。ノートの上を、ペン先がぐるぐると回っている。渦を巻く線が、いつの間にか、同じ円を何度もなぞっていた。
隣の席の学生が、ちらりと茜のノートを見た。茜は、ペンを置いて、窓の外を見た。駐輪場の自転車が、風もないのに、一台だけ倒れていた。
コンビニのレジで、小銭を数え間違えた。
「……あの、おつり、多いです」
若い男性客が、困った顔で小銭を差し出してくる。
「えっ、あ、す、すみません!」
レジを打ち直す。指が震えて、五十円玉が床に落ちた。転がる音が、店のBGMの間を縫っていく。しゃがんで拾う。立ち上がると、頭の血が、さっと引いた。
「茜ちゃん、ちょっと休憩しな」
店長が奥から顔を出した。四十代の、優しい目をした男性だ。
「だ、大丈夫です! ちゃんと、やりますから!」
「いや、顔、真っ青だよ。昨日も、一昨日も、ミスばっかりじゃないか。何かあったなら、聞くよ?」
「……本当に、大丈夫です。ちょっと、寝不足なだけで」
笑顔を作る。頬の筋肉が、自分の意思と関係なく、ぴくりと攣った。店長は、何か言いたそうに口を開いて、それから、黙って奥に引っ込んだ。
バイトが終わって、アパートに帰る。
ドアを開ける。誰もいない部屋。玄関のたたきに、昨日脱いだ靴下が、片方だけ落ちていた。茜は、しゃがみ込んだ。膝が、床に当たる。
(ただいま)
(……誰も、いないけど)
靴を脱いで、部屋に上がる。ベッドに倒れ込む。天井のシミが、いつもと同じ場所にある。枕に顔をうずめる。涙は出なかった。目が乾いて、まばたきするたびに、まぶたが、こすれる。
ピンポーン。
茜は、体を起こした。
(……誰?)
のろのろと、玄関に向かう。ドアスコープを覗く。視界が、丸く歪んでいる。
「……え?」
そこに立っていたのは、佐々木瑠奈だった。ふわふわの黒髪を、今日は、肩にだらりと下ろしている。くりくりした大きな黒目が、じっと、ドアを見つめている。
ドアを開ける。
「瑠奈ちゃん……? どうして、ここに……?」
瑠奈は、茜の顔を見るなり、眉の間をぐっと寄せた。
「……あんた、ひどい顔してるわよ」
「えっ、あ、うん……ちょっと、寝不足で……」
「寝不足で済む顔じゃないわよ! ゾンビみたい!」
瑠奈は、ずかずかと、茜の部屋に上がり込んできた。スニーカーの紐を、片手で器用にほどいて、脱ぎ捨てる。
「お邪魔するわよ」
部屋の真ん中まで歩いて、瑠奈は、足を止めた。目が、床の散らかり具合を、端から端まで、舐めるように動く。
「……あんた、こんな散らかった部屋で、よく生きてられるわね」
「うっ……だって、片付ける気分になれなくて……」
「だからって、これはないでしょ! ゴミ屋敷になる気!?」
瑠奈は、手に持っていたコンビニの袋を、机の上に置いた。袋の底が、空のペットボトルを押しのけて、からんと音を立てる。
「……ほら、これ、食べなさいよ」
袋から、菓子パンと、スポーツドリンクが出てきた。チョコレートの匂いが、部屋の空気に、ふわりと混ざる。
「え……? これ、私に?」
「ここに、あんた以外に誰がいるのよ!」
菓子パンを、茜の胸のあたりに突き出してくる。袋の端が、茜の指に当たった。
「顔色、最悪よ。ちゃんと、食べてるの?」
「……あんまり、食欲なくて……」
「だから、食べなさいって言ってるの! 私が、わざわざ買ってきたんだから!」
茜は、おずおずと、菓子パンを受け取った。袋が、手のひらで、くしゃりと鳴る。
「……ありがとう、瑠奈ちゃん」
「べ、別に、あんたのためじゃないから! 私が、お腹空いてただけだから!」
瑠奈は、ぷいっと、横を向いた。耳の先が、ほんのり赤い。茜は、袋を開けた。一口、かじる。チョコレートの味が、口の中に広がる。二口、三口と、頬張った。
「……美味しい」
「当たり前でしょ。私が、選んだんだから」
瑠奈の口元が、少しだけ、ゆるんで、すぐに、引き締まる。茜は、スポーツドリンクを飲んだ。冷たい液体が、喉の奥に染みていく。息をついた。
「……で、瑠奈ちゃん、どうして、ここに? お兄ちゃんに、頼まれたの?」
瑠奈が、勢いよく、茜の方を向いた。
「違う! お兄ちゃんに、頼まれたわけじゃないから! 本当に、自分で、来たんだから!」
「え、じゃあ、なんで……?」
「……あんたが、ゲームに、全然、ログインしてこないから」
声が、急に、小さくなる。瑠奈は、自分の指先を、じっと見ていた。
「……あんたが、あの勝負に負けてから、ずっと、ログインしてないの、知ってるんだから。ギルドのメンバー一覧で、最終ログインが、あの日から、止まってるの、見たんだから」
「……瑠奈ちゃん、私のこと、気にしてくれてたの?」
「ち、違う! 別に、気にしてなんかない! ただ、あんたが、あんな負け方して、そのまま、逃げるのが、ムカついただけ!」
また、横を向く。今度は、首の付け根まで、赤かった。
(瑠奈ちゃん、私のこと、心配して、来てくれたんだ)
胸の奥で、何かが、じんわりと、広がった。
「……ありがとう、瑠奈ちゃん」
「……だから、違うって言ってるでしょ!」
瑠奈は、自分の分の菓子パンを、乱暴に、袋から出した。ビニールが破れる音がした。そして、茜の隣に、どすんと、座り込んだ。背中が、壁に当たる音がした。
「……あんた、これ、見なさい」
スマホが、茜の目の前に突き出された。画面が、白く光る。
「……何、これ?」
画面には、オンラインゲームの掲示板が映っていた。
「あの女……鷲田って奴の、こと」
茜の喉が、勝手に鳴った。唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。
「あいつ、このゲームでも、同じこと、やってたのよ」
「同じことって……?」
「ギルドに、入り込んで、人間関係を、ぐちゃぐちゃにして、出て行くの。あいつが、入ったギルド、三つも、解散してる。複数のプレイヤーが、被害を、訴えてるわ」
画面を、スクロールする。鷲田のハンドルネームが、書き込みの端々に、何度も出てくる。
「……これ、本当に、鷲田さんなの?」
「間違いないわ。ゲーム内の、書き込みの、文体とか、アバターの、スクリーンショットとか、全部、一致してる。あいつ、このゲームでは、別の名前で、活動してたみたいだけど、中身は、同じよ」
スクリーンショットが、次々と、茜の目に飛び込んでくる。ギルド内で対立を煽る書き込み。特定のメンバーを孤立させる文章。茜は、画面に、顔を近づけた。息が、ガラスに当たって、白く曇る。
「……私、何も、知らなかった」
「当たり前でしょ。あいつ、そういうの、すごく、上手いんだから。周りに、バレないように、やるのよ」
茜は、瑠奈の顔を、見つめた。瑠奈は、画面から目を上げない。前髪が、目の上に、影を落としている。
「……瑠奈ちゃん、なんで、こんなこと、調べたの?」
瑠奈の指が、スマホの画面の上で、止まった。
「……あんたが、あんなに、落ち込んでるから、ちょっと、腹が立ったのよ」
「腹が、立った?」
「あんた、あの勝負に、負けたから、落ち込んでるんでしょ? でも、あの勝負、そもそも、おかしいじゃない! あの女が、勝手に、決めたことで、あんたが、負けたからって、山田くんに、思いを伝える権利を、失うなんて、おかしいでしょ!」
瑠奈の声が、部屋の壁に当たって、跳ね返る。茜は、うつむいた。膝の上で、指を組む。
「……でも、私、負けたんだよ。だから、仕方ないんだよ」
「仕方なくない! あんた、それで、いいの!? あの女に、山田くんを、取られても、いいの!?」
「……取られるって、私、山田くんの、何でもないし……」
「はあ!? あんた、山田くんのこと、好きなんじゃないの!?」
心臓が、胸骨の裏で、大きく跳ねた。喉の奥が、詰まる。
(す、好き……?)
(私、山田くんのこと、好き、なのかな)
(わかんない。でも、嫌なのは、確かで)
茜は、何も言えなかった。瑠奈が、大きなため息をついた。その息が、茜の腕に、かすかに当たる。
「……あのね、茜。私、あんたのこと、最初は、嫌いだったのよ」
茜は、顔を上げた。瑠奈の目が、真っ直ぐに、こちらを向いている。逃げ場はない。
「あんたが、ギルドに、入ってきた時、ゲームだけの、くせに、リアルまで、来ちゃって、調子いいなって、思ってた。オフ会にも、平気で、来るし、お兄ちゃんにも、すぐ、懐いて、ムカついた」
一語、一語が、胸に刺さる。でも、茜は、目を逸らさなかった。
「でもね、あんたが、ゲーム、楽しそうに、してるの、見てたら、なんか、ムカつくけど、認めてたんだよ。あんた、ゲーム、下手なくせに、いつも、一生懸命で、ギルドの、みんなのこと、すごく、大事にしてて、あんたが、いると、なんか、場が、明るくなるっていうか」
瑠奈の声が、少しずつ、震え始めた。指先が、膝の上で、小さく握られている。
「だから、あんたが、あんな顔してるの、私が、許さないのよ! あんたは、あんな、しけた顔してるのが、似合わないんだから! いつもみたいに、バカみたいに、笑ってなさいよ!」
顔を、真っ赤にして、叫んだ。声が、部屋の空気を、びりびりと震わせた。
茜の、目の奥が、熱くなった。視界の端から、水が、にじむ。
(瑠奈ちゃんが、私のこと、認めてくれてた)
(嬉しい)
涙が、頬を伝った。止まらなかった。顎から、首へ、ぽたぽたと落ちる。
「……瑠奈ちゃん、ありがとう……ありがとう……」
茜は、思わず、瑠奈に、抱きついた。腕が、瑠奈の背中に回る。細い肩が、腕の中に、すっぽりと収まった。
「ちょ、やめ、何してんの!? 離しなさいよ!」
瑠奈は、茜の肩を、押し返そうとした。でも、茜は、離さなかった。瑠奈のシャツの生地が、涙で、じっとりと濡れていく。
「……ありがとう……私、一人じゃ、なかったんだね……」
「当たり前でしょ! ギルドの、みんなが、いるんだから! 私だって、いるんだから!」
押し返す力が、急に、抜けた。瑠奈の手が、茜の背中に、そっと、回される。
「……もう、泣かないでよ。私まで、泣きそうになるでしょ」
瑠奈の声が、耳元で、小さく、震えていた。茜は、瑠奈の温かさを、背中越しに感じた。シャンプーの匂いが、鼻の奥に、かすかに届く。
しばらく、そうしていた。瑠奈は、されるがままだった。やがて、茜が、腕の力を緩めると、瑠奈は、茜から、体を離した。
「……もう、服が、濡れたじゃない」
「ご、ごめん……」
茜は、手の甲で、涙を拭った。瑠奈は、立ち上がった。スカートの裾を、一度、払う。
「……私、帰るわ」
「え、もう?」
「あんたに、用は、済んだから」
瑠奈は、玄関に向かった。茜も、立ち上がって、後を追った。
「……茜、あの女のことは、私も、お兄ちゃんも、調べてるから。あんたは、あんたで、ちゃんと、顔を、洗って、寝なさいよ」
「瑛太さんも、調べてるの?」
「当たり前でしょ。ギルドの、マスターなんだから。あんたが、あんなに、落ち込んでるのに、何もしないわけ、ないでしょ」
胸が、また、熱くなった。
(みんな、私のために、動いてくれてる)
瑠奈は、靴を履いて、ドアを開けた。廊下の光が、部屋の中に、細長く、差し込む。
「……じゃあ、またね」
「……うん。本当に、ありがとう、瑠奈ちゃん」
瑠奈は、茜に、背を向けて、歩き出した。ふわふわの黒髪が、廊下の風に、揺れている。茜は、ドアを閉めた。
部屋に、静けさが戻る。でも、さっきまでの、重苦しい静けさとは、違う。空気が、少しだけ、軽い。
茜は、洗面所に行って、蛇口をひねった。冷たい水が、手のひらに当たる。顔を洗う。水滴が、顎から、ぽたぽたと落ちる。鏡に映る自分の顔。目は、まだ腫れている。でも、頬に、少しだけ、血の色が戻っていた。
部屋に戻って、床に散らばった服を、拾い始めた。Tシャツ、靴下、タオル。洗濯機に、放り込む。空のペットボトルを、ゴミ袋に入れる。袋が、くしゃりと音を立てた。机の上を、拭く。雑巾が、黒ずんでいく。
部屋が、少しずつ、綺麗になっていく。
ベッドに座って、スマホを手に取った。その時、スマホが、震えた。画面が、明るくなる。
【山田】今、近くにいるんで。ちょっといいすか。
心臓が、跳ねた。親指が、画面の上で、一瞬、止まる。
(山田くんから……?)
(近くに、いる?)
慌てて、返信を打つ。
【Akane】いいよ。どこにいるの?
【山田】アパートの前。
茜は、飛び上がった。スマホをベッドに置いて、洗面所に駆け込む。鏡の前で、髪を整える。寝癖が、梳いても、梳いても、跳ね返る。
(ちょっと待って! 私、こんな、ひどい顔で!)
服を着替えようか、迷った。クローゼットを開けて、閉じる。でも、待たせるわけにはいかない。深呼吸を、一つ。玄関に向かった。
ドアを開ける。外は、もう、暗くなり始めていた。街灯が、ぼんやりと、アパートの前を照らしている。その光の下に、山田が立っていた。黒い髪。長めの前髪が、目にかかっている。切れ長の、澄んだ黒い瞳。無表情で、片手を、ポケットに突っ込んでいる。
「や、山田くん……お、遅くなって、ごめん」
息を切らしながら、言った。
「別に。急に、呼び出したのは、俺の方っすから」
山田は、茜の顔を、じっと見た。
「……目、腫れてるっすね」
「え!? あ、これ、その、アレルギーで!」
「興味ないすね」
「……ですよね」
肩を落とす。山田は、アパートの外壁に、背を預けた。壁の塗装が、背中で、小さく擦れる音がした。
「あの対決、俺は、関係ないすね」
唐突に、山田が言った。
「……え?」
顔を上げる。山田は、相変わらず、無表情だった。
「あの勝負に、勝った方が、俺に、思いを伝える権利を得る、とか、そういうの、俺は、知らないし、関係ないすね。俺は、俺で、決めるんで」
言葉の意味を、頭の中で、転がす。転がして、転がして、ようやく、形になる。
(鷲田さんが、勝ったからって、山田くんが、鷲田さんのものになるわけじゃ、ない)
胸の奥で、何かが、弾けた。弾けた音が、耳の奥で、鳴った。
「……じゃあ、私が、負けても、山田くんに、思いを伝える、チャンスは、まだ、あるの?」
自分で、何を言っているのか、わからなくなった。言葉が、口から、滑り出ていた。
山田は、少しだけ、目を丸くした。前髪の隙間から、黒目が、いつもより、少しだけ、大きく見えた。
「……何、言ってんすか。そういうの、興味ないすね」
「あ、そ、そうだよね! ごめん、変なこと、言った!」
顔が、熱い。手を、振る。振った手が、空気を、切る。山田は、ため息をついた。
「……それより、鷲田さんのこと、調べたんで。色々、出てきたすよ」
「……山田くんも、調べてたの?」
さっき、瑠奈から聞いた話が、頭をよぎる。
「あの人が、初めて、農園に、来た時から、ちょっと、引っかかってたんで」
ポケットから、スマホを取り出す。画面が、街灯の光を、反射した。
「あの人、別のゲームでも、同じような、こと、してるみたいすね。ギルドに、入って、人間関係、壊して、出て行く。被害者も、結構、いるみたいっす」
「……それ、瑠奈ちゃんも、言ってた」
「ああ、瑠奈さん、結構、調べてたみたいすね。あの人、そういうの、得意みたいっすから」
スマホを、茜に、見せる。画面には、瑠奈が見せてくれたのとは、別のゲームの掲示板が、映っていた。
「あの人が、初めて、俺に、話しかけてきた時、俺、あの人、知らないって、言ったっすよね。でも、あの人、俺の、プロゲーマーの、活動名、知ってたみたいで。だから、ちょっと、おかしいなって、思ってたんす」
山田の横顔を、見つめた。街灯の光が、鼻筋に、一本の線を、引いている。
(山田くん、あの時から、ずっと、警戒してたんだ)
(黙って、一人で、調べてたんだ)
胸が、熱くなった。
「……俺、そういうの、興味ないすけど、あの人が、ギルドに、入ってきて、お前が、困ってるのは、見てて、わかったんで」
山田が、茜の方を、見た。目が、合う。
「だから、調べた。それだけすよ」
涙が、溢れてきた。頬を、伝う。
「……山田くん、ありがとう……」
泣きながら、笑った。口元が、勝手に、緩む。
「……なんで、泣くんすか」
「……だって、山田くん、全然、興味ないって、言うから、私、一人で、空回りしてるんだって、思ってたから……」
「……興味ないすね。でも、お前が、困ってるのは、別っす」
その言葉が、胸に、深く、刺さった。刺さった場所から、温かいものが、広がっていく。
(山田くんは、興味ないって、言いながら)
(いつも、私のことを、見ててくれる)
涙が、止まらない。山田は、茜から、目を逸らした。ポケットに、手を、戻す。
「……明日、ゲームで、話すすね。瑛太さんにも、連絡しといたんで」
「……瑛太さんにも?」
「あの人のこと、ギルド、全員で、話し合うべきす。もう、お前一人で、抱え込む必要は、ないすね」
山田は、外壁から、背を離した。壁と背中の間に、一瞬、隙間ができて、すぐに、閉じる。
「じゃあ、また明日」
背を向けて、歩き出す。長身の、黒い影が、街灯の光を、背に、遠ざかっていく。足音が、アスファルトの上で、規則正しく、響いていた。
茜は、その背中を、見送った。
(山田くん)
(私、やっぱり、山田くんの、そういうところが)
胸の奥が、ぎゅっと、締め付けられる。
(好き、なのかな)
(わかんない)
(でも、今は、それよりも)
空を見上げた。夜空に、星が、ぽつりぽつりと、輝いている。街灯の光が届かない、高いところで。
(明日、みんなで、話すんだ)
(私、もう、逃げない)
拳を、ぎゅっと、握った。爪が、手のひらに、食い込む。
涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、もう一度、山田が去っていった、暗い道を、見つめた。
(待ってて、みんな)
(私、もう一度、立ち上がるから)
大きく、深呼吸をした。夜の空気が、肺の奥まで、冷たく、入ってくる。そして、アパートの、自分の部屋へと、戻っていった。Noveliaとは?
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