チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜
「山田くんも来るよ」——その一行から始まる、六月の週末。オンラインゲーム『アルカディア・クロニクル』のギルド「チョコレートラビット」、通称チョコラビのオフ会に参加するため、女子大生・木之下茜はアオバシティへ向かう。
ゲーム内で猫耳パラディンを操る茜には、人に言えない過去があった。元彼に「重い」と言われて振られたこと。それでもゲームをやめられなかったこと。そんな彼女を拾ってくれたのが、ゆるくてあたたかいチョコラビの仲間たちだった。
待ち合わせの農園に集まったのは、優しげなギルドマスター・瑛太、いちご農家のサブマスター・鴨田、そしてツンデレ女子大生の瑠奈。いちご狩り対決に爆笑トーク、顔を真っ赤にしながらも距離を縮めていく不器用な友情——ゲームの外でも、人間関係のレベルはちゃんと上がっていく。
でも、楽しい時間に突然現れたのは、瑛太の同級生だという鷲田という女性。にこやかな笑顔の裏に、どこか不穏な空気が漂っていて……?
これは、傷ついた心を抱えた少女が、ゲームの仲間たちとの日常を通じて、もう一度人を信じることを学んでいく物語。笑って、食べて、ときに胸がざわつく、チョコラビの日常帳。
チョコラビ日常帳 〜ゲームの外でもレベルは上がる!?〜 - ギルドは渡さない!~茜の決意と山田くんの赤い耳~
ギルドホールの扉が、いつもより早く閉まった。
茜のアバター、Akaneは、猫耳をぴくりと震わせて椅子に座っている。マウスを握る手のひらが、じっとりと湿っていた。
「……集まったな」
瑠璃姫のアバターが、真剣な声で言う。隣で、takezoがのんびりと首をかしげた。
「で、どういうことだ? 山田の野郎、何を調べたんだ?」
「……あの人、鷲田って人、複数のゲームで同じことしてる」
能面にアフロのアバターから、淡々とした声が流れる。
「ギルドに入って、人間関係を壊して、ギルドを潰す。それを繰り返してる。通称、ギルドクラッシャーってやつすね」
重い沈黙が落ちた。茜は、息を呑む。
(やっぱり、そうだったんだ)
(鷲田さんは、最初から、チョコラビを壊すつもりで)
(私との勝負も、ただの、きっかけで)
「だから言ったでしょ! 知らない人入れたくないって!」
瑠奈の小さなアバターが、ぴょんぴょん跳ねる。
「あたし、最初からあの人、絶対おかしいと思ってたんだから! 茜が勝手に勝負なんて受けるから!」
「う……それは、ごめん……」
茜は、肩をすくめた。
「まあ、瑠奈の言う通りだな。俺も、もっと早く調べるべきだった」
瑛太が、深くため息をつく。
「ギルドを預かる身として、申し訳ない。みんなを危険な目に合わせた」
「瑛太さんのせいじゃないよ! 悪いのは、全部、鷲田さんなんだから!」
茜は、思わず声を上げた。
「私、瑛太さんが作ってくれたこのギルドが、大好きだもん。だから、守りたい」
「……茜」
「で、どうするんすか? あの人、まだギルドの近くにいるみたいっすよ」
山田が、冷たい声で言った。
「さっき、広場で見かけた。多分、俺たちの様子を探ってる」
「なにそれ! ずるくない!?」
「ずるいも何も、あの人はそういう人なんだよ」
瑛太が、静かに言う。
「でも、逃げるわけにはいかない。ギルドの問題として、ちゃんと向き合おう」
「俺も、それがいいと思う」
ポニーテールのエルフのアバター、TSUBAKIが静かに言った。
「私も、ここは居心地がいい。だから、守りたい」
「まあ、人が増えるのは楽しいけどな。でも、壊されるのは御免だぜ」
鴨田が、笑いながら言う。
「じゃあ、決まりだ。俺たちで、鷲田さんに、ここは渡せないって伝えよう」
茜は、深くうなずいた。
(私、もう、逃げない)
(みんなと一緒に、戦う)
中央広場。石畳の上を、噴水がさらさらと流れている。
茜は、広場の真ん中に、一人で立っていた。
(来るはず)
(山田くんの情報だと、この時間に、ここに現れるって)
心臓が、うるさい。手のひらに、汗が滲む。
(大丈夫。私、一人で来たけど、みんな、近くで見てる)
(だから、大丈夫)
「あら、一人?」
後ろから、声がした。
振り返る。黒いローブの魔術師。フードの奥、口元だけが、にやりと笑っていた。
「負けたのに、何しに来たの? もしかして、泣き言でも言いに来たの?」
茜は、唇を噛みしめた。
(怖い)
(でも、負けない)
「……泣き言じゃない。伝えたいことがあって来た」
まっすぐに、鷲田を見る。
「私は、あなたに勝ちたかったんじゃない。山田くんが大事にしているギルドを、守りたかったんだ」
「……は?」
鷲田の笑みが、消えた。
「何を偉そうに。あんた、私に負けたのよ? 山田くんに想いを伝える権利も、全部、私に奪われたじゃない」
「それでも、私は、このギルドが好きだから。みんなの居場所を、あなたに壊させない」
声は、震えていた。でも、目は逸らさなかった。
「……ふん。居場所? 笑わせるわ」
鷲田が、鼻で笑う。
「あんたたち、ただのゲーム仲間でしょ? 現実で会ったこともない、顔も知らない、名前も知らない。そんな薄っぺらい関係のどこが居場所なのよ」
胸が、ちくりと痛んだ。
(確かに、そうだ)
(私たち、現実では、まだ数回しか会ってない)
(でも、それでも)
「……あなたに、何がわかるの」
一歩、前に出る。
「あなたが本当に欲しかったのは、居場所でしょ? だから、こんなことしてるんでしょ? 人のギルドを壊して、自分だけの場所を作ろうとしてるんでしょ!」
「……っ」
フードの奥の目が、わずかに見開かれた。
「……黙りなさいよ。あんたに、私の何がわかるって言うの」
声が、低くなる。
「わからないよ。あなたのことは、何も知らない。でも、わかることもある。寂しいから、誰かを傷つける。それって、一番悲しいことだよ」
鷲田は、一瞬、言葉を失った。
その時だった。
「あんたみたいな人に、私のお兄ちゃんのギルドは渡さない!」
瑠奈が、飛び出してきた。
「私はここが大好きなんだから! 茜と競争するのも、山田くんに教えてもらうのも、お兄ちゃんに甘えるのも、ぜーんぶ、ここが私の場所だから!」
瑠奈のアバターが、鷲田の前に立ちはだかる。
「……ギルドは、縛らない、急かさない、でも困った時は助ける。それが、うちのルールだ」
瑛太が、瑠奈の隣に立った。
「そのルールを守れない人を、うちは迎えられない。すまないが、これが、ギルドの総意だ」
「まあ、人が増えるのは楽しいけどな。でも、壊しに来る奴は、お断りだぜ」
鴨田が、のんびりと、でも、しっかりとした声で言う。
「私も、まだ新入りですけど、ここが居心地いいのはわかります。だから、守りたいって、そう思います」
椿が、静かに続けた。
茜の後ろに、みんなが、並んでいた。
(みんな……!)
(一人じゃ、ないんだ)
「……っ、ふざけないで」
鷲田が、舌打ちした。
「あんたたち、後悔するから。あんたたちの居場所なんて、私が、ぜーんぶ、めちゃくちゃにしてやる」
転移魔法の光が、鷲田を包んだ。消える。
後には、噴水の音だけが、残った。
「……終わった、のかな」
茜は、小さく呟いた。
「とりあえずはな。でも、あの人のことだ。また、何かしてくるかもしれない」
瑛太が、ため息をつく。
「まあ、その時は、また、みんなで追い返せばいいさ」
鴨田が、笑った。
「そうだな。一人で抱え込む必要はない」
茜は、山田の方を向いた。能面アフロが、黙って立っている。
「山田くん、調べてくれて、ありがとう」
頭を下げる。
「……別に。興味ないすね」
山田は、そう言って、顔を背けた。
その時、茜は、見てしまった。
能面の、横。耳のあたりが、ほんの少しだけ、赤い。
(……え?)
(今、山田くんの耳、赤くなかった?)
(ゲームのアバターで、そんなこと、ある?)
心臓が、跳ねた。
「あんた、なんでそんなとこ見てんのよ」
瑠奈が、茜の顔を、じっと見た。
「えっ!? み、見てないし! 何も見てないよ!?」
慌てて、首を振る。顔が、一気に熱くなる。
「ふーん? まあ、いいけど。とにかく、これで一件落着ね!」
瑠奈が、満足そうに言った。
「ああ、一件落着だな。……コーヒーでも飲むか?」
瑛太が、ゲーム内アイテムのコーヒーを取り出す。
「お、いいね。俺ももらうぜ」
「私も、いただきます」
「私も! 私も飲む!」
「わ、私も……」
茜も、小さく手を挙げた。
「……俺は、いいす」
素っ気ない声。でも、茜は、さっきの赤い耳が、頭から離れなかった。
(山田くん、本当は、嬉しかったのかな)
(それとも、恥ずかしかったのかな)
(……どっちにしても、可愛い)
口元がにやけるのを、必死に抑えた。
「でもさ」
コーヒーを一口飲んで、鴨田が、ぽつりと言った。
「あの人、最後に、後悔するって言ってたぞ」
場の空気が、少しだけ、張り詰めた。
「……ああ。まだ、何か企んでるかもしれないな」
瑛太の声が、低くなる。
「え、なに、まだ続くの……?」
茜は、不安そうに、みんなの顔を見た。
「わからない。でも、警戒はしておこう。今日のところは、解散だ。みんな、お疲れ様」
会議が、締められた。
茜は、ログアウトする前に、もう一度、広場を見た。鷲田が消えた場所。
(……また、来るのかな)
(でも、その時は、また、みんなで)
(負けない)
小さく、うなずいた。
翌日。茜は、大学から帰ると、すぐにパソコンを開いた。
ログインして、ギルドの掲示板を確認する。
鷲田が書き込んだ、あの忌々しい対決の日取り。それが、きれいに、削除されていた。
代わりに、瑛太からの、新しい書き込みがある。
『新メンバー加入は、全員の同意を原則とする。』
シンプルな、一文。
その一文が、じんわりと、胸の内側を温かくした。
(瑛太さん……)
(私たちのことを、ちゃんと、考えてくれてる)
ほっと、一息ついた。
その時、チャットが、ピコンと鳴った。
【Runa】今日、いちご農園来ない? 鴨田さんが新作のいちごくれるって
茜は、ぱっと、顔を輝かせた。
【Akane】行く行く! 絶対行く!
そう返信して、ゲームを閉じる。
クローゼットを開けて、着替えを探す。
「何着て行こうかなー!」
鼻歌まじりに、服を選び始めた。
その裏で。
アオバシティの、とある場所。薄暗い部屋の中で、一人の女性が、パソコンに向かっていた。
画面には、ゲームのログイン画面。
鷲田は、別のアカウントで、ログインした。
チャットウィンドウを開く。送信先は、一人だけ。
『計画はまだ終わってない。』
短いメッセージを、送信した。
画面の光が、鷲田の顔を、青白く照らしていた。Noveliaとは?
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