悪役令嬢の下剋上。
私は乙女ゲーム『ロザリアン・クロニクル』の世界に、悪役令嬢ミア・ロザリアンとして転生してしまった。ゲームでは断罪されて処刑される、クソみたいな役どころだ。でも、私はこの世界のルールも、攻略対象たちの弱点も、全部知っている。頭を使えば、バッドエンドは回避できる。
最初は静かに生きるつもりだった。でも、待って、平民のままじゃ何もできない。だから前世の知識と策謀を駆使して、王立学園で首席を奪い、貴族たちを蹂躙し、辺境伯にまでのし上がった。人々は震え上がった。彼らは私を『ロザリアンの魔女』と呼んだ。最高の気分だった。
そんなある日、執事のシアンが現れた。「お嬢様、私はあなたに仕えるために生まれてきました」と、女神を崇拝するような献身の眼差しで私を見つめてきた。こいつはイカれている。どんなに冷たく接しても、どんなに残酷な命令を下しても、喜んで従う。ある夜、私が眠るベッドの傍らに立っているのを見て、本気で殺そうかと考えた。でも便利だから、置いておく。
そしてレン王子。ゲームでは爽やかな攻略対象だったのに、こいつも壊れている。「あなたを見た瞬間から、私の目には他の誰も映らない」と、皆の前で告白
悪役令嬢の下剋上。 - 学院祭前夜 ~仕組まれた罠と奪われた銀の蝶~
学院祭の準備が進む王立学院アルヴェンティアの大講堂前広場には、色とりどりの旗や花飾りが所狭しと並び、若者たちの熱気が秋の冷たい空気をかき混ぜていた。昼下がりの陽射しが石畳を照らし、魔導灯の試し点灯をする生徒たちの笑い声が聞こえる。だが、その喧騒から少し離れた東校舎の廊下を、レミリア・ロザリアンは一人、静かな足取りで歩いていた。
腰まで届く艶やかな黒髪が、窓から差し込む光を受けて青みがかった光沢を放つ。右目は血のように深い赤、左目は夜闇を溶かした紫。その異色の双眸が、廊下の先を見据えていた。胸元には、銀の蝶のネックレス。祖母の形見。彼女がこの世界で唯一、心の拠り所にしているもの。
(学院祭か。原作ゲームでは、こんなイベント、なかったわね)
レミリアは内心で呟いた。前世で没頭した乙女ゲーム『ロザリアン・クロニクル』には、学院祭のイベントは存在しない。だからこそ、この学院祭が、黒幕の仕掛けた新たな舞台である可能性が高い。
「お嬢様」
背後から、深く落ち着いた声がかかった。振り返ると、深い紫紺の髪を片側に流した執事、シアン・クロフォードが立っている。深い翡翠色の瞳が、静かにレミリアを見つめていた。黒の執事服は皺ひとつなく、白手袋に包まれた指先まで完璧に整えられている。
「影の庭より、緊急の報告が届いております。場所を移していただけますか」
シアンの声は、周囲に聞こえないよう、ごく低く抑えられていた。レミリアは小さく頷く。
「分かったわ。空き教室を使いましょう」
二人は東校舎の二階にある空き教室に入った。古い木の机と椅子が並び、窓からは中庭の噴水が見える。レミリアは窓際に立ち、シアンは扉の前に立って外の気配を探る。
「それで、報告は?」
シアンは懐から折り畳まれた羊皮紙を取り出し、レミリアに手渡した。彼女はそれを広げる。影の庭——彼女が独自に築いた諜報組織——からの報告書だ。
『王都アルヴェンティアにて暗躍する謎の組織について、新たな確証を得た。同組織は古代魔導文明の遺産を求め、特にロザリアン辺境伯閣下の「黒の魔眼」を異常に注視している。組織の構成員は、王立学院の有力貴族子弟、一部の教授陣、さらに王宮の廷臣にまで浸透している可能性が極めて高い。学院祭前夜、地下書庫周辺に不審な人影が確認された』
レミリアの指が、羊皮紙を握りしめた。
「……学院の有力貴族子弟に、教授陣。それに王宮の廷臣にまで」
彼女の左目、夜闇を溶かした紫の瞳が、微かに光る。
(黒の魔眼。八歳の時にヴェルンハイム地下遺跡で覚醒した、私の最大の秘密。闇属性魔法の威力を三倍に高め、相手の魔力を見ることができる力。この力が、黒幕の目的と直結している)
レミリアは、前世のゲーム知識と照合した。原作『ロザリアン・クロニクル』では、悪役令嬢レミリアは十八歳で断罪され、処刑される。その断罪イベントは、ゲームの筋書きとして当然のように描かれていた。だが、この世界では違う。
(原作の断罪エンドは、ゲームの筋書きなんかじゃない。黒幕が、私を処刑するために、裏で仕組んでいたのよ。私の魔眼を手に入れるために)
レミリアは羊皮紙を燭台の火に近づけた。炎が、羊皮紙をゆっくりと燃やしていく。
「シアン。学院の地下書庫に、古代魔導文明に関する禁書の巻物があるはずよ。黒幕の正体と、遺産の在処を探る手がかりになるかもしれない」
シアンの翡翠色の瞳が、すっと細められた。
「お嬢様。お一人で行かれるおつもりですか」
「ええ。大勢で動けば、かえって目立つわ。わたくし一人なら、学院の警備網も掻い潜れる」
シアンは一瞬、何かを言いかけた。しかし、すぐに深く頭を下げる。
「かしこまりました。ですが、どうかお気をつけくださいませ。何かあれば、すぐに私が参ります」
彼の声は、恭しさの中に、抑えきれない不安と執着が滲んでいた。レミリアはそんなシアンを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「大丈夫よ。わたくしの計算では、この程度、想定の範囲内ですわ」
彼女の口癖。だが、その言葉とは裏腹に、胸の奥に冷たい予感が走るのを、レミリアは感じていた。
(本当に、想定の範囲内ならいいのだけれど)
その夜。
学院祭前夜の王立学院は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。準備会場となった大講堂には、まだ数人の生徒が残って飾り付けをしている。しかし、校舎の奥、地下へと続く階段のあたりには、人の気配はない。
レミリアは、黒いローブを羽織り、音もなく地下書庫への扉を開けた。地下書庫は、王立学院の中でも特に古い区画で、一般生徒の立ち入りは禁止されている。分厚い石壁に囲まれ、魔導灯の青白い光だけが、無数の書架を照らしていた。
(ここが、学院の地下書庫。禁書の保管庫)
レミリアは、書架の間を慎重に進んだ。古い羊皮紙の匂い、埃っぽい空気、そして、ほんのわずかに感じる魔力の残滓。彼女の黒の魔眼が、周囲の魔力を敏感に感じ取っている。
(どこかにあるはず。古代魔導文明に関する禁書の巻物)
彼女は、前世のゲーム知識を頼りに、書架の配置を思い出していた。ゲームの中では、地下書庫はイベント会場の一つで、特定の巻物を調べると、古代魔導文明の断片的な情報が手に入る。だが、その巻物の正確な場所までは、ゲームでは明かされていなかった。
「……あった」
一番奥の書架。他の巻物とは明らかに異なる、黒い装丁の巻物が、ひときわ目立つ場所に置かれていた。レミリアは、その巻物に手を伸ばした。
指先が巻物に触れた瞬間、だった。
ズァンッ!
書架全体が、青白い光に包まれた。床に描かれた魔法陣が浮かび上がり、強力な封印魔法が発動する。レミリアの体が、見えない力に縛りつけられたように動かなくなる。
「な、何ですの!?」
彼女の左目、紫の瞳が、意思に反して大きく見開かれた。黒の魔眼が、勝手に覚醒しようとしている。体内の魔力が、制御を失って暴れ始める。
(ダメ、魔眼が、暴走する——!)
レミリアは必死に抵抗した。だが、封印魔法が、彼女の魔力を吸い上げていく。黒の魔眼の力が、彼女の意思を無視して、どんどん解放されていく。視界が紫と黒に染まり、体の奥底から、自分ではない何かが溢れ出してくる感覚。
「あ、ああ……っ!」
彼女は膝をついた。冷たい石の床に、汗が滴り落ちる。呼吸が荒くなり、心臓が激しく脈打つ。魔力が、指先から、目から、体中の穴という穴から噴き出していく。
(このままじゃ、私の魔力が、全部吸い尽くされる)
書庫が、彼女の魔力の暴走に耐えきれずに震え始めた。書架が揺れ、巻物が次々と床に落ちる。天井から、埃と石片が降り注ぐ。
「やめて……お願い、やめて……!」
レミリアの口から、弱々しい声が漏れた。涙が、頬を伝う。こんな無力感は、転生してから初めてだった。
その時、だった。
バンッ!
地下書庫の扉が、勢いよく開かれた。
「お嬢様!!」
シアンが、飛び込んできた。彼の翡翠色の瞳が、レミリアの苦しむ姿を捉える。その顔から、完璧な執事の仮面が消えていた。怒りと、恐怖と、そして、自分自身への激しい自責が、むき出しになっている。
「主様、お下がりください」
シアンは、白手袋を外した。素手を、床に描かれた魔法陣に向ける。彼の指先から、深い緑色の魔力が溢れ出し、封印魔法の光と激しくぶつかり合う。
「我が主の魔力を、返していただきます」
シアンの声は、温度のない、機械のような冷たさだった。彼の魔力が、封印魔法を侵食していく。緑色の光が、青白い光を少しずつ、しかし確実に、塗り替えていく。
「シアン……!」
レミリアは、霞む視界の中で、シアンの背中を見た。彼の体が、封印魔法の反動で傷ついているのが見える。白いシャツの背中が、赤く染まっていく。
(やめて、シアン。あんたまで傷つかないで)
だが、声が出ない。レミリアは、ただ、シアンの背中を見つめることしかできなかった。
パリンッ!
何かが砕ける音がした。封印魔法の光が、ガラスのように砕け散る。魔法陣が消え、書庫を包んでいた青白い光が、霧散していく。
「お嬢様、ご無事ですか」
シアンが、レミリアの傍らに駆け寄った。彼は、レミリアの体を支えるように抱き起こす。その手は、微かに震えていた。
「ええ……なんとか。ありがとう、シアン」
レミリアは、かすれた声で答えた。シアンの翡翠色の瞳が、ほんの一瞬、安堵の色を見せる。だが、すぐに、鋭い光に変わった。
「……お嬢様。あの封印魔法は、お嬢様の黒の魔眼に反応するよう、意図的に仕組まれたものです。これは、罠です」
レミリアは、息を呑んだ。
(やはり、罠だったのね。私が地下書庫に来ることを、黒幕は予測していた)
その時、だった。
「ご明察。流石は、ロザリアンの魔女の飼い犬だな」
地下書庫の奥、書架の影から、一人の男が姿を現した。黒いローブを纏い、顔の上半分を、銀色の仮面で覆っている。その声は、低く、嘲笑を含んでいた。
「お前は、何者だ」
シアンが、レミリアを背に庇い、仮面の男と対峙する。彼の翡翠色の瞳は、もはや氷のように冷たく、殺意に満ちていた。
「名乗るほどの者ではない。ただ、お前たちに伝言を預かっている」
仮面の男は、ゆっくりとレミリアに視線を向けた。仮面の奥の瞳が、暗闇の中で、ぎらりと光る。
「レミリア・ロザリアン。お前の存在そのものが、この世界のイレギュラーだ。転生者め。ゲームの筋書き通りに、処刑されるがいい」
レミリアの全身が、凍りついた。
(転生者。この男は、私が前世の記憶を持つ転生者だと知っている)
彼女の胸の奥で、何かが激しく脈打つ。前世の記憶。乙女ゲームの知識。この世界で彼女が優位に立てた、最大の武器。その存在が、黒幕に知られている。
「……あなた、何を知っているの」
レミリアの声が、震えた。仮面の男は、くつくつと喉を鳴らして笑う。
「すべてだ。お前がどこから来たのかも、何を知っているのかも、そして、お前がこれからどうなるのかも」
「それ以上、主様に近づくな」
シアンが、レミリアの前に立ちはだかった。彼の手には、いつの間にか短剣が握られている。白手袋を外した素手は、血に染まっていた。
「お前も、黒幕の犬か。主様に仇なす者は、私が必ず排除する」
仮面の男は、シアンを一瞥した。
「執事風情が、粋がるな。だが、今日のところは、これで十分だ。お前たちに、絶望を教えてやったからな」
仮面の男の体が、黒い霧に包まれていく。
「次に会う時は、学院祭の会場だ。楽しみにしているぞ、レミリア・ロザリアン。断罪の舞台を、見せてやる」
そして、仮面の男は、煙のように消えた。
地下書庫に、静寂が戻る。レミリアは、床に座り込んだまま、動けなかった。
(黒幕は、私が転生者だと知っている。私の前世の記憶も、ゲームの知識も、全部知っている)
これまで、レミリアは前世のゲーム知識を駆使して、数々のピンチを切り抜けてきた。原作のイベントを先読みし、攻略対象の弱点を突き、悪役令嬢としての運命を覆してきた。だが、その前提が、根底から崩れた。
(私の知っている原作は、もう、何の役にも立たないのかもしれない)
「お嬢様。立てますか」
シアンが、レミリアに手を差し伸べた。彼の翡翠色の瞳は、先ほどまでの殺意を消し、レミリアを案じる優しさに満ちていた。
レミリアは、その手を取って立ち上がった。
「……シアン。私、もしかしたら、とんでもない敵と戦っているのかもしれない」
レミリアの声は、小さく、力がなかった。シアンは、そんな彼女を、静かに見つめた。
「お嬢様。たとえ敵が何者であろうと、私は、お嬢様の御側を離れません。あの者を、必ず排除いたします」
シアンの声は、静かで、しかし、決意に満ちていた。彼は、レミリアの手を取ると、恭しく、自分の額に押し当てた。
「主様は、私がお守りします。何があっても」
レミリアは、シアンの手の温かさを感じながら、深く息を吐いた。
(そう。私には、シアンがいる。影の庭がいる。まだ、負けたわけじゃない)
彼女は、胸元の銀の蝶のネックレスに、そっと指を触れた。祖母の形見。その冷たい感触が、彼女の心を、わずかに落ち着かせてくれた。
その夜、さらに別の場所で、もう一つの罠が動き出していた。
王立学院の大講堂。学院祭の準備会場では、残っていた生徒たちが、最後の飾り付けに追われていた。色とりどりの花飾り、色鮮やかな旗、そして、学院祭の目玉である「星の間」の準備。
「ミア様、こちらの飾り付け、こんな感じでよろしいでしょうか?」
桃色がかったピンクのふわふわした巻き髪を揺らし、ミア・セレスティアが振り返った。澄み切った水色の瞳が、無邪気に瞬く。百人に一人が振り返る愛らしい美貌。笑顔にすると右頬にえくぼができる。
「あら、素敵ですわ。あなた、センスがよろしいのね」
ミアは、可憐な令嬢口調で、貴族子弟たちを褒めそやした。彼女の周りには、いつも人だかりができている。聖女候補としての評判は、学院内で日増しに高まっていた。
(ふん。こんな飾り付け、どうでもいいのよ。私は、レン王子に近づくための舞台を作ってるだけ)
ミアの内心は、表向きの笑顔とは裏腹に、冷たく計算高かった。彼女は、平民から成り上がるためには手段を選ばない腹黒い野心家。イケメンと権力に目がなく、特にレン王子を人生の上がり口と定めて執着している。
「あら、そうだわ。レミリア様は、どちらにいらっしゃるのかしら?学院祭の準備、手伝ってくださらないかしら」
ミアが、わざとらしく首を傾げた。周囲の貴族子弟たちが、顔を見合わせる。
「ロザリアンの魔女が、こんな雑用をするわけないだろ」
「平民上がりの分際で、貴族ぶってるからな」
「あの人、最近、学院で何か企んでるらしいぜ」
聞こえよがしの囁きが、講堂に広がった。ミアは、それを聞きながら、内心でほくそ笑む。
(そうよ。もっと言いなさい。あの女の評判を、地に落としてやるのよ)
その時、だった。
「あら、これ、何かしら?」
ミアは、講堂の隅に置かれた木箱に目を留めた。それは、レミリアが学院祭の準備のために、私物を入れておくようにと、学院から支給されたものだった。しかし、ミアは、その木箱の蓋が、わずかに開いていることに気づいた。
(これは、レミリアの私物箱。蓋が開いてる。中に、何かある)
ミアは、周囲に気づかれないように、そっと木箱を覗き込んだ。中には、レミリアの筆記用具や、数冊の本、そして、小さな布袋が入っていた。布袋の口が緩んでいて、中から銀色の鎖が覗いている。
(これは……ネックレス?)
ミアは、布袋を手に取った。中から出てきたのは、銀の蝶の形をしたペンダント。精巧な細工が施された、美しいネックレスだった。
(これ、レミリアがいつも首から下げてるやつ。なんで、こんなところに?)
ミアの瞳が、冷たく光った。
(チャンスだわ。これを利用しない手はない)
ミアは、素早く周囲を見回した。誰も、彼女の行動に気づいていない。彼女は、ネックレスを自分のポケットに隠し、代わりに、あらかじめ用意していた偽の証拠——ネックレスの紛失届と、レミリアが貴族の宝石を狙っているという噂を書いたメモ——を、木箱の中に滑り込ませた。
「……これで、あの女も終わりよ」
ミアの口元が、不気味に歪んだ。表向きの聖女の仮面が、一瞬、剥がれ落ちる。
そして、彼女は、ネックレスを手にしたまま、講堂の中央へと歩み出た。
「皆様、大変ですわ!」
ミアの声が、講堂に響き渡った。貴族子弟たちが、一斉に彼女を見る。
「私、見てしまいましたの。レミリア様の私物箱の中に、盗品が隠されているのを」
講堂が、ざわめいた。
「盗品だって?」
「ロザリアンの魔女が、盗みを?」
「さすが平民上がり。下賤な血は隠せないな」
貴族子弟たちの声が、好奇と嘲笑に満ちていく。ミアは、その反応を見て、内心で笑った。
(そうよ。もっと騒ぎなさい。この場にいる全員に、あの女の罪を刻みつけてやるのよ)
ミアは、ネックレスを高く掲げた。銀の蝶が、魔導灯の光を受けて、きらりと輝く。
「こちらが、その盗品ですわ。銀の蝶のネックレス。これは、ある貴族のご令嬢が、数日前に紛失されたもの。そのご令嬢から、紛失届が出されておりますの」
ミアは、ポケットから、偽の紛失届を取り出した。そこには、銀の蝶のネックレスが盗まれたという内容と、その持ち主として、とある貴族令嬢の名前が書かれている。
「そして、こちらが、レミリア様が、貴族の宝石を狙っているという証言をまとめたメモですわ。複数の生徒から、同様の目撃情報が寄せられておりますの」
ミアは、偽のメモも掲げた。そのメモには、レミリアが宝石店や貴族の屋敷を物色しているという、根拠のない噂が、もっともらしく書かれている。
講堂内が、騒然となった。
「やっぱり、あの女は泥棒だったんだ!」
「平民上がりの屑が、貴族の宝石を狙うなんて、身の程知らずもいいところだ」
「私、あの人と話したことあるのに……怖い」
貴族子弟たちの声が、レミリアへの非難と軽蔑に変わっていく。ミアは、その様子を見て、満足げに微笑んだ。
(これで、あの女の学院内での立場は、一気に崩れる。首席の座も、婚約者の立場も、全部、私が奪ってやる)
その時、講堂の入り口に、一人の男が立っていた。
「……何をしている」
太陽の光を集めたような金色の髪。澄み切った空のような青い瞳。誰もが振り返る完璧な美青年。中央王国アルヴェンティアの第一王子、レン・アルヴェンティアが、そこにいた。
「レン王子……!」
ミアの表情が、一瞬で聖女の仮面に戻った。彼女は、可憐に首を傾げ、レンに駆け寄る。
「レン王子、大変ですの。レミリア様が、盗みを……私、見てしまいましたの」
ミアは、涙ぐんだ声で、レンに縋りついた。しかし、レンの青い瞳は、冷たく、ミアを見下ろしていた。
「ミア・セレスティア。君は、何を根拠に、レミリアを盗人だと決めつける」
レンの声は、低く、有無を言わせない響きがあった。ミアは、一瞬、ひるんだ。
「で、ですが、これが、証拠ですわ。紛失届と、目撃情報のメモが……」
「その紛失届、本当に本物か?そのメモ、誰が書いた?君は、それらを、どこで手に入れた?」
レンの追及に、ミアの顔から血の気が引いていく。
(やばい。この王子、私の嘘を見抜いてる?)
ミアは、必死に笑顔を作った。
「わ、私、ただ、学院の皆様のために、真実を明らかにしたくて……レミリア様の私物箱から、このネックレスが……」
「レミリアの私物箱を、なぜ君が開けた?それは、盗み見ではないのか?」
レンの言葉に、講堂内が、再びざわめいた。今度は、ミアへの疑惑の目が向けられる。
「そういえば、ミア様が、勝手にレミリアの私物箱を開けたのか?」
「それって、盗み見じゃないか」
「もしかして、ミア様が、レミリアを陥れようとしてる?」
貴族子弟たちの声が、一変する。ミアは、焦った。
(くっ、このままじゃ、私が悪者になる!)
ミアは、涙を浮かべ、レンに訴えた。
「レン王子、違いますの!私は、ただ、学院の秩序を守りたくて……レミリア様が、盗みを働いたのは事実ですの!このネックレスが、何よりの証拠ですわ!」
ミアは、ネックレスを握りしめた。その瞬間、だった。
パキッ。
ネックレスの蝶の部分が、わずかに開いた。銀の蝶は、実は、小さな小箱になっていたのだ。中から、折り畳まれた紙片が、ひらりと落ちる。
「あら……これは?」
ミアは、紙片を拾い上げた。そこには、かすれた文字で、こう書かれていた。
『黒の魔眼に気をつけなさい』
ミアの水色の瞳が、大きく見開かれた。
(黒の魔眼?なに、これ?レミリアの秘密?)
ミアは、その紙片を、素早く自分のポケットに隠した。そして、心の中で、不気味に笑った。
(これは、使える。この情報を、あの方に流せば……)
ミアの脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。黒幕の手の者。彼女は、すでに、黒幕側と通じていたのだ。
「レン王子、とにかく、このネックレスが、盗品であることは間違いありませんわ。レミリア様は、学院祭の準備のため、この講堂に私物を置いていた。その私物箱から、盗品が見つかった以上、レミリア様の嫌疑は、晴れませんの」
ミアは、レンに詰め寄った。レンの青い瞳が、怒りに燃える。
「ミア・セレスティア。君は、レミリアを貶めるために、偽の証拠を捏造したな」
「な、何をおっしゃいますの!私は、そんなこと……」
「君の目は、嘘をついている。君の声は、震えている。君の心は、嫉妬に塗れている」
レンの言葉に、ミアは、言葉を失った。
(こいつ、本気で、私の嘘を見抜いてる。レミリアのことになると、この王子、異常なほど鋭くなる)
ミアは、レンに対する執着と、レミリアへの嫉妬で、心がぐちゃぐちゃになっていた。
その時、講堂の入り口に、新たな人影が現れた。
「……何やら、騒がしいですわね」
レミリア・ロザリアンが、立っていた。その後ろには、シアンが控えている。彼女の顔は、地下書庫での出来事の疲れを微塵も見せず、高貴で冷ややかな美しさを放っていた。
「レミリア様……!」
ミアの顔が、引きつった。レミリアは、ゆっくりと講堂の中央へ歩み出る。
「わたくしの私物箱を、勝手に開けたのは、どなたですの?」
レミリアの右目、血のように深い赤の瞳が、ミアを射抜いた。ミアは、思わず一歩後ずさる。
「わ、私ではありませんわ。たまたま、蓋が開いていて……」
「たまたま、蓋が開いていて、たまたま、中を覗いて、たまたま、盗品を見つけた、と。ずいぶんと、都合の良い偶然ですこと」
レミリアの声は、氷のように冷たかった。講堂内の空気が、張り詰める。
「レミリア。君は、盗みなどしていない。そうだな?」
レンが、レミリアの傍らに歩み寄った。彼の青い瞳は、レミリアを見つめ、熱を帯びている。
「僕は、君を信じている。必ず、証明してみせる」
レンは、レミリアの手を、そっと握った。その手は、温かく、力強かった。
レミリアは、その手の温かさに、胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。
(この男は、いつも、私を信じてくれる。それが、重くて、でも、ありがたい)
「……ありがとう、レン王子。でも、これは、わたくしの問題ですわ。わたくしが、自分で解決いたします」
レミリアは、レンの手を、そっとほどいた。レンの瞳が、寂しげに揺れる。
「レミリア。君は、いつも、僕を頼ってくれない。僕は、君の力になりたいのに」
レンの声は、低く、熱を帯びていた。レミリアは、その声に、背筋がぞくりとするのを感じた。
(この王子の好意は、重い。でも、今は、その重さに甘えている場合じゃない。この状況を利用して、断罪ルートを進めようとしている黒幕の意図を、見抜かなければ)
レミリアは、ミアに向き直った。
「ミア・セレスティア。あなたが持っている、そのネックレス。それは、わたくしの祖母の形見ですわ。盗品などではありません。返していただけますか?」
レミリアの声は、静かで、しかし、有無を言わせない迫力があった。ミアは、ネックレスを握りしめたまま、後ずさる。
「い、嫌ですわ!これは、盗品ですもの!レミリア様が、どこの貴族から盗んだのか、白状なさい!」
ミアは、半狂乱で叫んだ。もはや、聖女の仮面は、剥がれ落ちていた。
「ミア・セレスティア。あなたが、わたくしを陥れるために、偽の証拠を捏造したことは、すでに分かっておりますの。その紛失届、そのメモ。全て、あなたの自作自演でしょう」
レミリアの言葉に、ミアの顔が、真っ青になった。
「ち、違いますわ!これは、本当に……」
「ならば、その紛失届の持ち主とやらを、ここに呼んでいただきましょう。学院の教授陣にも立ち会っていただいて、真偽を確認いたしますわ」
レミリアの提案に、講堂内の貴族子弟たちが、ざわめいた。
「それは、いい考えだ!真実を明らかにしよう!」
「学院の名誉のためにも、きちんと調査すべきだ」
「もし、ミア様の嘘だったら、どうなるんだ?」
貴族子弟たちの声が、レミリアへの同情と、ミアへの疑惑に傾いていく。ミアは、完全に追い詰められた。
(くそっ、このままじゃ、私が嘘つきの烙印を押される!)
ミアは、ネックレスを床に叩きつけた。
「もう、知りませんわ!私、こんなの、知りませんわ!」
ミアは、泣き叫びながら、講堂を飛び出していった。
レミリアは、床に落ちた銀の蝶のネックレスを、そっと拾い上げた。祖母の形見。その銀の蝶は、わずかに傷ついていたが、まだ、美しい輝きを保っている。
(ごめんなさい、お祖母様。わたくしのせいで、傷つけてしまった)
レミリアは、ネックレスを胸に抱きしめた。
「レミリア。君は、よくやった。君の潔白は、僕が必ず証明する」
レンが、レミリアの肩に手を置いた。彼の青い瞳は、レミリアへの信頼と、そして、彼女を陥れようとしたミアへの怒りに燃えていた。
「ありがとう、レン王子。でも、まだ、終わっていませんわ。黒幕は、もっと大きな罠を、仕掛けているはずです」
レミリアのオッドアイが、暗闇の中で、爛々と輝いた。
学院祭当日。
王立学院アルヴェンティアの大講堂は、首席争奪最終試験の会場となっていた。学院祭の華やかな飾り付けの中、二百人近い生徒たちが、固唾を飲んで見守る中、最終試験が開始されようとしていた。
(これが、首席争奪の最終試験。ここで、私は、首席の座を、確実にものにする)
レミリアは、試験台の前に立っていた。胸元には、銀の蝶のネックレス。昨夜の出来事で傷ついた銀の蝶が、魔導灯の光を受けて、静かに輝いている。
試験官が、最終試験の開始を告げた。
「これより、首席争奪最終試験を開始する。受験者は、この魔法陣の上で、各自の最大魔法を披露せよ」
レミリアは、試験台に描かれた魔法陣を見た。その魔法陣は、受験者の魔力を増幅し、その威力を正確に測定するためのものだ。
(この魔法陣、何か、おかしい)
レミリアの黒の魔眼が、魔法陣の魔力の流れを敏感に感じ取った。通常の増幅魔法陣とは、魔力の流れが微妙に異なる。まるで、特定の魔力に反応して、暴走を誘発するように仕組まれている。
(これは、罠。私の黒の魔眼を、暴走させるための罠)
レミリアは、試験を中止しようと、試験官に声をかけようとした。だが、その時、だった。
ズァンッ!
魔法陣が、突然、青白い光を放った。レミリアの体が、魔法陣に引き寄せられるように、動けなくなる。
「な、何ですの!?」
彼女の左目、紫の瞳が、意思に反して大きく見開かれた。黒の魔眼が、勝手に覚醒する。昨夜の地下書庫と同じ、魔力暴走の感覚が、彼女の体を襲う。
(ダメ、また、魔眼が暴走する——!)
レミリアの魔力が、制御を失って、大講堂中に溢れ出した。紫と黒の光が、渦を巻いて、周囲の生徒たちを吹き飛ばす。
「うわあああ!なんだ、これは!」
「ロザリアンの魔女が、暴走したぞ!」
「助けて!誰か!」
大講堂は、パニックに陥った。生徒たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。レミリアの魔力が、講堂の壁や天井を破壊していく。
「やめて……やめて……!わたくしの魔力が、勝手に……!」
レミリアは、必死に魔力を抑えようとした。だが、黒の魔眼は、彼女の意思を無視して、どんどん暴走していく。彼女の体から、紫と黒の光が、絶え間なく噴き出し続ける。
(このままじゃ、私、学院のみんなを、殺してしまう)
レミリアの視界が、涙で歪んだ。彼女は、自分の無力さに、打ちひしがれていた。
「レミリア!!」
レンが、暴走するレミリアの元へ駆けつけた。彼の金髪が、魔力の暴風になびく。青い瞳が、レミリアの苦しむ姿を捉え、怒りと悲しみに揺れる。
「レミリア、僕の声を聞いてくれ!君は、君自身だ!魔力に、飲まれるな!」
レンは、レミリアの体を、力強く抱きしめた。暴走する魔力が、レンの体を傷つける。彼の白いシャツが、赤く染まっていく。
「レン王子……離れて……!わたくし、あなたまで傷つけてしまう……!」
「離さない。僕は、君を、絶対に離さない。君が、どんな力を持っていても、僕は、君を信じている」
レンの声は、力強く、そして、優しかった。レミリアの心に、彼の声が、深く染み込んでいく。
(この男は、なぜ、ここまで、私を信じてくれるの?私が、魔女で、化け物で、暴走する危険な存在なのに)
レミリアの胸の奥で、何かが、じわりと温かくなる。恋愛感情と、警戒心が、同時に高まっていく。
(この温かさは、なに?私は、この男に、心を許してしまっていいの?)
レミリアのNoveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。