悪役令嬢の下剋上。
私は乙女ゲーム『ロザリアン・クロニクル』の世界に、悪役令嬢ミア・ロザリアンとして転生してしまった。ゲームでは断罪されて処刑される、クソみたいな役どころだ。でも、私はこの世界のルールも、攻略対象たちの弱点も、全部知っている。頭を使えば、バッドエンドは回避できる。
最初は静かに生きるつもりだった。でも、待って、平民のままじゃ何もできない。だから前世の知識と策謀を駆使して、王立学園で首席を奪い、貴族たちを蹂躙し、辺境伯にまでのし上がった。人々は震え上がった。彼らは私を『ロザリアンの魔女』と呼んだ。最高の気分だった。
そんなある日、執事のシアンが現れた。「お嬢様、私はあなたに仕えるために生まれてきました」と、女神を崇拝するような献身の眼差しで私を見つめてきた。こいつはイカれている。どんなに冷たく接しても、どんなに残酷な命令を下しても、喜んで従う。ある夜、私が眠るベッドの傍らに立っているのを見て、本気で殺そうかと考えた。でも便利だから、置いておく。
そしてレン王子。ゲームでは爽やかな攻略対象だったのに、こいつも壊れている。「あなたを見た瞬間から、私の目には他の誰も映らない」と、皆の前で告白
悪役令嬢の下剋上。 - 廃墟の下の真実 ~黒の魔眼が目覚める時、主と執事と王子の覚悟~
焼け落ちた城の残骸を、冷たい北風が吹き抜けていく。
ロザリアン城は、あの夜の炎でそのほとんどを失っていた。かつて辺境伯の居城として北東の空にそびえていた石造りの巨体は、今や黒く煤けた骨組みを晒すばかり。折れた梁が天を指し、砕けたガラスが瓦礫の間で鈍く光っている。
あの惨劇から、半月が過ぎようとしていた。
レミリア・ロザリアンは、焼け崩れた正門の前に立っていた。腰まで届く黒髪が、風に乱れて顔にかかる。右目は血のように深い赤、左目は夜闇を溶かした紫。その異色の双眸が、廃墟と化した我が城を静かに見上げている。
(ここが、わたくしのすべてだった)
彼女は胸元に手をやった。そこにあるはずの銀の蝶のネックレスは、まだない。祖母の形見。ミア・セレスティアの告発によって奪われ、あの夜の混乱の中で失われた。
指先が、空を切る。
「主様。風が強うございます。どうか、これを」
背後から、深く落ち着いた声。振り返ると、深い紫紺の髪を片側に流した執事、シアン・クロフォードが、黒い外套を差し出していた。深い翡翠色の瞳が、レミリアをまっすぐに見つめている。左眉の上にある小さな古い傷跡が、曇天の下でうっすらと浮かんで見えた。
白手袋に包まれた指先は、相変わらず完璧に整えられている。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
レミリアは小さく首を振った。
(寒さなんて、感じている余裕はないわ)
彼女の心は、半月前のあの夜からずっと、氷の塊を飲み込んだように冷えていた。学院祭での魔力暴走。緊急裁判での追放宣告。婚約白紙。そして、ヴェルンハイムの焼失。十五人の諜報員の死。三十人以上が行方不明。
すべてを失った。
だが、それでも。
「シアン。地下の調査は、どこまで進んでいますの?」
「は。焼け残った東翼の地下倉庫に、隠し扉らしき痕跡を発見いたしました。まだ崩落の危険がありますが、慎重に進めれば到達可能かと」
「そう」
レミリアは、焼け焦げた城門をくぐった。
足元で、炭化した木片が踏み砕かれる。焦げた匂いが、まだ鼻をつく。壁という壁は崩れ、天井は落ち、かつての豪奢な調度品はすべて灰と化していた。
(この城には、まだ、わたくしの知らない秘密があるはず)
レミリアには、確信があった。
祖母が遺した言葉——『黒の魔眼に気をつけなさい』。あの遺言は、単なる警告ではなかったはずだ。祖母は、何かを知っていた。黒の魔眼のことを。そして、この城の地下に眠る何かのことを。
二人は、崩れかけた廊下を進んだ。
天井の一部が落ちて、瓦礫の山が道を塞いでいる。シアンが先に立ち、危険な箇所を確認しながら、レミリアを導く。彼の足取りに迷いはない。この城の構造を、彼は完璧に把握していた。
(こいつは、いつもそうだわ)
レミリアは、シアンの背中を見つめながら思った。
(わたくしが何も言わなくても、先回りして、道を開ける。危険を排除する。まるで、わたくしの影そのものみたいに)
東翼の地下倉庫に着いた。
そこは、比較的被害の少ない場所だった。石造りの壁は煤けているが、崩れてはいない。シアンが壁の一部を押すと、低い音を立てて、隠し扉が開いた。
「これは……」
扉の奥は、真っ暗な通路が続いていた。冷たい空気が、地下から流れ出てくる。
「私が先に参ります。主様は、どうか私の後ろを」
シアンが、懐から魔導灯を取り出した。青白い光が、通路の闇を照らし出す。
二人は、地下通路へと足を踏み入れた。
石段は、長い年月を経て、ところどころ欠けている。壁には、古代魔導文明のものと思われる紋様が刻まれていた。レミリアは、その紋様を指先でなぞる。
(これは……古代アステリア魔導王国の封印文字。こんなものが、どうして、うちの城の地下に)
前世のゲーム知識が、彼女の中で警鐘を鳴らしていた。
通路は、地下深くへと続いていた。
どれだけ歩いただろうか。空気が、ますます冷たく、重くなっていく。魔導灯の光が、壁の紋様を浮かび上がらせる。その紋様は、進むにつれて、より複雑に、より濃密になっていった。
やがて、通路の先に、古びた木の扉が現れた。
「主様。この扉の向こうに、何か……強い魔力の気配がいたします」
シアンの声が、低く緊張を帯びる。
レミリアは、扉の前に立った。
(この扉の向こうに、おばあさまの秘密が)
彼女は、震える指で、扉を押し開けた。
——そこは、小さな書斎だった。
天井は低く、壁には古びた書棚が並んでいる。部屋の中央には、一枚の机。机の上には、分厚い一冊の書物と、数枚の羊皮紙が置かれていた。
空気は、かび臭く、しかし、どこか懐かしい香りがした。
「おばあさまの……部屋」
レミリアは、机に近づいた。
羊皮紙の一枚を手に取る。そこには、流麗な筆致で、こう記されていた。
『私の愛しいレミリアへ。お前がこの部屋を見つけたということは、お前はもう、黒の魔眼の真実に近づいているのでしょう。どうか、この手記を読みなさい。これは、お前の未来を守るための、最後の贈り物です』
レミリアの指が、羊皮紙を握りしめた。
「おばあさま……わたくしのために」
彼女は、机の上の書物を開いた。
それは、古代魔導の研究書だった。祖母が、何年もかけて書き記したものだ。ページをめくるたびに、祖母の文字が現れる。古代アステリア魔導王国の研究。星詠みの塔の創設。そして——
「……星詠みの塔の創設メンバー」
レミリアの手が、止まった。
研究書の一節に、こうあった。
『我々は、星詠みの塔を創設した。古代魔導の研究を進めるために。だが、私は、同僚の一人が、研究を私物化しようとしていることに気づいた。彼の名は、オルヴァン・セイグリッド。彼は、黒の魔眼を利用して、世界を己の望む通りに再編しようとしている』
「オルヴァン・セイグリッド……」
その名は、彼女の記憶に刻まれた。
星詠みの塔の最高位魔導師。大陸でも五指に入る実力者。そして——
(黒幕。わたくしの魔眼を狙い、わたくしを処刑させようとしている男)
レミリアは、ページをめくった。
『黒の魔眼は、世界の理を書き換える力を持つ。古代アステリア魔導王国の遺産「アステリアの心臓」を起動するための鍵。オルヴァンは、その鍵を手に入れるために、お前を狙っている。お前が十八歳で断罪され、処刑される——それは、ゲームの筋書きなどではない。オルヴァンが、そうなるように仕組んでいるのだ』
レミリアの呼吸が、荒くなる。
(やっぱり。原作の断罪エンドは、黒幕の陰謀だったのね)
彼女は、読み進めた。
『だが、黒の魔眼には、もう一つの力がある。それは、世界の理を書き換える力であると同時に、書き換えられた理を、元に戻す力でもある。オルヴァンの魔法を、逆流させる力。お前がこの手記を読み、魔眼を制御する術を身につければ、お前は、オルヴァンの野望を打ち砕くことができる』
研究書の後半には、黒の魔眼を完全に制御するための方法が、事細かに記されていた。
それは、祖母が生涯をかけて編み出した、レミリアのための魔法だった。
「おばあさま……おばあさまは、わたくしのために……」
レミリアの目から、涙がこぼれた。
(おばあさまは、知っていたのね。わたくしが、この世界で、どれほど苦しむかを。そして、わたくしが、自分の力で運命を切り開けるように、この手記を遺してくれたのね)
彼女は、涙を拭い、顔を上げた。
「シアン。わたくし、やるわ。この研究書を読み解いて、黒の魔眼を、わたくしの力にする」
「かしこまりました。主様。私も、お手伝いいたします」
シアンが、深く頭を下げる。
レミリアは、机に向かい、研究書を読み始めた。
祖母の研究書は、難解だった。古代魔導の専門知識がなければ、とても読み解けない。だが、レミリアには、前世のゲーム知識があった。『ロザリアン・クロニクル』の設定資料にあった古代魔法の知識が、彼女の中で、祖母の研究書と結びついていく。
(なるほど。魔眼の暴走は、魔力の流れが逆流することで起きる。ならば、その流れを、自分で制御すればいい)
彼女は、研究書に記された魔導式を、頭の中で組み立てた。
「シアン。わたくしの周囲に、結界を張って。これから、魔眼を制御するための魔法を試すわ」
「承知いたしました」
シアンが、緑色の魔力を展開し、部屋全体を結界で包む。
レミリアは、目を閉じた。
(黒の魔眼。わたくしの、最大の秘密。これまで、使うたびに、わたくしの精神を蝕んできた力)
彼女の左目、夜闇を溶かした紫の瞳が、ゆっくりと開く。
——瞬間、紫の瞳が、深い闇色に染まった。
「ぅ……っ」
痛みが走る。これまでなら、この痛みに耐えられず、魔力が暴走していた。
だが、今は違う。
(わたくしの魔力の流れ。それを、わたくしの意志で、制御する)
レミリアは、研究書に記された通りに、魔力を操作した。
暴れ狂う闇の力が、彼女の意志に従って、形を変えていく。痛みが、引いていく。代わりに、体の奥底から、力が湧き上がってくるのを感じた。
(これが……黒の魔眼の、真の力)
彼女の左目が、紫と黒の光を放った。
部屋中に、闇の波動が広がる。シアンの結界が、ぎしぎしと音を立てて軋む。
「主様!ご無事ですか!?」
「ええ。大丈夫よ。……今、わたくし、初めて、この力を、完全に制御できたわ」
レミリアは、ゆっくりと目を開けた。
左目の色は、いつもの夜闇を溶かした紫に戻っている。だが、その奥には、今までになかった深い力が宿っていた。
(これで、オルヴァンの魔法を、逆用できる。黒幕の野望を、打ち砕くための力が、わたくしの手に入った)
彼女の口元に、静かな笑みが浮かんだ。
「オルヴァン・セイグリッド。あなたが、わたくしの人生を、ゲームの筋書き通りにしようとしているのなら。わたくしは、その筋書きを、あなたの目の前で、粉々に打ち砕いてみせるわ」
その時だった。
地下通路の奥から、複数の足音が聞こえてきた。
「主様。お下がりください」
シアンが、レミリアの前に立ち、白手袋を外した。彼の素手が、緑色の魔力を帯びる。
「敵かしら。それとも……」
足音が、近づいてくる。
そして、通路の闇の中から、現れたのは——
「お嬢様。ご無事でしたか」
煤けた黒衣に身を包んだ男たちが、次々と姿を現した。
「あんたたち……生きていたのね」
「は。ヴェルンハイム焼失の報を受けて、各地から戻ってまいりました。副長の第二連絡網が機能していたおかげです」
レミリアは、シアンを見た。
「第二の連絡網?あんた、そんなものを」
「主様の御身に何かあってからでは遅いと思いまして。密かに、予備の連絡網を張り巡らせておりました」
シアンが、穏やかに微笑む。
(この男は……どこまで先を読んでいるの)
レミリアは、半ば呆れ、半ば感心した。
「現在、集まった者は十五名。行方不明だった者のうち、半数以上が合流いたしました。残りの者も、順次戻ってくる手はずです」
「そう。よく戻ってきてくれたわ。わたくしは、これから、黒幕との決戦に挑む。あなたたちの力を、貸してほしい」
「お嬢様のためなら、この命、惜しみません」
男たちが、一斉に片膝をつく。
(仲間が、帰ってきた。まだ、終わってない。わたくしには、まだ、戦う力がある)
レミリアの胸に、熱いものが込み上げてきた。
その時、地上から、別の知らせが届いた。
「お嬢様!大変です!王都から、第一王子レン・アルヴェンティア様が、単身でヴェルンハイムに駆けつけられました!」
「レンが?」
彼女の心臓が、跳ねた。
(どうして、あの男が、こんな辺境まで)
レミリアは、シアンと共に、地上へと急いだ。
廃墟となった城の前庭に、一頭の馬が立っていた。
その傍らに、金髪の青年が立っている。太陽の光を集めたような金色の髪は、しかし、今は旅の埃と疲労にまみれていた。澄み切った空のような青い瞳が、レミリアを捉える。
レン・アルヴェンティア。中央王国アルヴェンティアの第一王子。
彼は、レミリアの姿を見るなり、駆け寄ってきた。
「レミリア……よかった。無事だったんだね」
彼の声は、かすれていた。三日三晩、馬を走らせてきたのだろう。その顔は、疲労で青白く、しかし、レミリアを見つめる瞳だけは、異様なほどに熱を帯びていた。
「レン。あなた、どうして、ここに」
「君が追放されたと聞いて、王宮を飛び出した。それから、ヴェルンハイムが焼かれたと知って……いても立ってもいられなかった」
彼は、レミリアの手を取った。
「君を守れなかった僕を、許してほしい。僕は、君を、誰にも渡さない。だから、もう、君のいない世界なんて、考えられないんだ」
レンの声は、震えていた。
彼の青い瞳から、涙がこぼれる。完璧な王子の仮面が、今、完全に剥がれ落ちていた。
(この男は、本当に、わたくしのことを……)
レミリアは、レンの手の温もりを感じながら、思った。
(重い。重すぎるわ。でも……)
彼女は、レンの手を、そっと握り返した。
「……ありがとう、レン。わたくしのために、そこまでしてくれて」
「当たり前だ。君のためなら、僕は、王位だって捨てられる」
レンの瞳が、真剣な光を宿す。
「それから、これを持ってきた。ミア・セレスティアが、君を陥れるために使った工作の証拠だ。王都の貴族たちが、彼女の指示で動いていたことを証明できる」
彼は、懐から羊皮紙の束を取り出した。
「そんなものを……あなた、どうやって」
「僕は、君のことを、ずっと見てきた。君が学院で孤立しないように、君の周囲にいる者たちの動きを、密かに調べていたんだ。その過程で、ミアの工作に気づいた」
レミリアは、羊皮紙の束を受け取った。
(この男は、わたくしのために、そこまで……)
彼女は、レンの顔を見つめた。
疲れ果て、ボロボロになりながらも、彼の瞳は、レミリアへの想いで、爛々と輝いていた。
「レン。わたくし、あなたの想いに、きちんと向き合うわ。婚約者としてではなく、一人の人間として」
レンの瞳が、大きく見開かれた。
「レミリア……それは」
「あなたの想いは、重すぎて、時々、わたくしを戸惑わせる。でも、その想いが、本物だってことは、今、分かったわ。だから、わたくしも、あなたに、真っ直ぐ向き合う。……まだ、恋だの愛だのは、よく分からないけれど」
レミリアの頬が、ほんの少し、赤くなった。
(ああ、もう。なんで、こんなことを言ってるのよ、わたくし)
彼女は、内心で自分にツッコミを入れた。
レンが、レミリアの手を、両手で包み込んだ。
「ありがとう。それだけで、僕は、生きていける」
彼の涙が、レミリアの手の甲に落ちる。
その時、だった。
「お嬢様。お時間でございます」
シアンの声が、静かに、しかし、氷のように冷たく響いた。
振り返ると、シアンが、笑顔で立っていた。
その翡翠色の瞳は、レンとレミリアが触れ合っている手を、じっと見つめている。
(あー……これは、怒ってるわ)
レミリアは、内心で冷や汗をかいた。
「レン王子。お嬢様は、これから黒幕との決戦に備えられます。ご用件がお済みでしたら、どうか、お引き取りを」
「僕は、レミリアの傍にいる。君に指図される筋合いはない」
レンの声も、低く冷たくなる。
二人の間に、殺気が走った。
「ちょっと、二人とも、やめなさい!今は、そんなことをしている場合じゃないでしょ!」
レミリアが、二人の間に割って入った。
(ああ、もう。この二人は、どうして、いつもこうなるの)
彼女は、深くため息をついた。
「レン。あなたの支援は、ありがたく受けるわ。シアン。あなたの忠誠も、当てにしている。だから、二人とも、わたくしのために、争うのはやめて」
レミリアは、二人を交互に見た。
シアンが、深く頭を下げる。
「……かしこまりました。主様の御心のままに」
レンも、静かに頷いた。
「分かった。レミリアの望む通りにするよ」
レミリアは、ほっと息をついた。
(まったく。どっちも、手のかかる男たちだわ)
だが、その口元には、ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。
——その夜。
レミリアは、焼け残った城の一室で、影の庭の諜報員たちと、レンが持ち込んだ証拠書類を精査していた。
「間違いないわ。この証拠があれば、ミア・セレスティアの工作を、王都の貴族たちに突きつけられる。それに、レンが持ってきた情報を合わせると……」
彼女は、机の上に広げた羊皮紙を指差した。
「黒幕の正体は、星詠みの塔の最高位魔導師、オルヴァン・セイグリッド。この男が、建国祭の夜、大聖堂の地下に眠る古代魔導文明の遺産『アステリアの心臓』を起動し、わたくしの黒の魔眼を媒体に、世界をゲームの筋書き通りに再編しようとしている」
「建国祭は、三日後です。それまでに、王都へ戻らなければ」
「ああ。僕が、王都への最短ルートを案内する。馬を替えながら行けば、二日で着ける」
レミリアは、立ち上がった。
「三日後、建国祭の夜。すべてを、決着させるわ。オルヴァン・セイグリッド。あなたの野望を、わたくしが、打ち砕いてみせる」
彼女のオッドアイが、闇の中で、爛々と輝いた。
その時、シアンが、レミリアの前に跪いた。
「主様。お伝えしたいことがございます」
「なあに?」
「私は、これまで、主様をお守りすることだけを、生きる目的としてまいりました。主様のためなら、この身がどうなろうと構わない。そう思っておりました」
シアンの翡翠色の瞳が、レミリアをまっすぐに見つめる。
「ですが、今、主様は、私に、『忠誠を、私の刃として貸してほしい』と、おっしゃいました。私は、そのお言葉を、生涯の誇りといたします」
彼の声は、震えていた。
「主様の刃として、命果てるまで、お供いたします。この身が、闇に呑まれようとも、主様の御側に」
シアンは、レミリアの手を取った。
白手袋を外した素手が、レミリアの指に触れる。
(この男の手は、いつも、こんなに冷たいのね)
レミリアは、シアンの手を、握り返した。
「ありがとう、シアン。わたくしは、もう、あなたに守られるだけの主じゃないわ。わたくしの刃として、共に戦って。わたくしの、最強の刃として」
シアンの瞳が、歓喜に輝いた。
「主様……っ。この私、シアン・クロフォード。主様の刃として、この命、惜しみなく振るうことを、ここに誓います」
彼の声は、涙で濡れていた。
レミリアは、シアンの手を握ったまま、もう一方の手を、レンに差し出した。
「レン。あなたの力も、貸してほしい。わたくしは、あなたの想いに、まだ、答えられるか分からない。でも、今は、共に戦ってほしい」
レンが、レミリアの手を、そっと握った。
「もちろんだ。僕は、君のために、何だってする。君が望むなら、この命だって」
「ちょっと、命を投げ出すようなことを言わないで!あなたたちが死んだら、わたくしが困るでしょ!」
レミリアが、素の口調で叫んだ。
シアンとレンが、同時に、驚いた顔でレミリアを見る。
そして、二人は、顔を見合わせた。
「ふふっ。相変わらずだな、君は」
「……ええ。主様は、いつも、私たちの想像の上をいかれます」
レミリアは、二人の手を握ったまま、静かに言った。
「いい?二人とも。わたくしは、絶対に、死なせないわ。あなたたちも、わたくしを、死なせないで。これは、命令よ」
「「かしこまりました/もちろん」」
三人の手が、固く結ばれた。
——その時、部屋の扉が、ノックされた。
「お嬢様。お届け物がございます」
「届け物?」
諜報員が、差し出したのは、小さな木箱だった。
レミリアが、箱を開ける。
「これは……」
箱の中には、銀の蝶のネックレスが、静かに横たわっていた。
「オルヴァンの研究施設から、奪還してまいりました。お嬢様の、大切なものと聞いておりましたので」
レミリアは、震える指で、ネックレスを取り出した。
銀の蝶が、月明かりを受けて、青白く輝く。
「おばあさま……おばあさまの、ネックレス……」
彼女は、ネックレスを、胸に抱きしめた。
(帰ってきてくれた。おばあさまの、形見が)
レミリアの目から、涙がこぼれ落ちる。
「お嬢様。お付けいたしましょう」
シアンが、レミリアの後ろに回り、ネックレスの留め具を留める。
銀の蝶が、レミリアの胸元で、静かに揺れた。
「……ありがとう、シアン。それから、みんな。わたくし、このネックレスと共に、必ず、黒幕を倒すわ」
レミリアは、涙を拭い、顔を上げた。
その異色の双眸は、もう、迷いなく、前だけを見据えていた。
(おばあさま。見ていて。わたくしは、あなたが守ろうとした世界を、必ず、守り抜いてみせる)
彼女は、銀の蝶に、そっと指で触れた。
冷たい銀の感触が、彼女の心を、静かに、しかし確実に、熱くしていく。
(建国祭まで、あと三日。すべての決着をつけるわ。オルヴァン・セイグリッド。あなたの思い通りには、絶対にさせない)
レミリア・ロザリアンは、焼け落ちた城の窓から、北の空を見上げた。
雲の切れ間から、月が顔を出す。
その月明かりが、彼女の胸元の銀の蝶を、青白く照らし出していた。
——決戦の刻が、近づいている。Noveliaとは?
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