ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜
サトゥー・ペンドラゴンは元プログラマー。論理で世界を解き明かそうとする彼が、なぜか今日も推理を外し続ける。冷蔵庫から消えたササカマの謎、商店街から近づく正体不明の気配——すべての伏線は、にぎやかな食卓の前で心地よく裏切られる。童顔の策士が繰り出す仮説の数々を、仲間たちの容赦ない突っ込みが次々と粉砕。それでも彼はめげない。料理と同じくらい推理を愛するサトゥーの、ちょっとおかしな日常ミステリ&グルメコメディ。今日もペンドラゴン家の食卓は、笑い声と温かい湯気に包まれている。
ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜 - ササカマが消えた!?冷蔵庫の魔法切れと見当はずれの推理
青いルミナイトの冷気が、台所の空気をひんやりとさせていた。
サトゥー・ペンドラゴンは、黒髪のショートヘアを揺らしながら、冷蔵庫の前に立っていた。身長160センチの華奢な体は、青いシャツに茶色のベストといういつもの格好だ。童顔のせいで15歳よりも幼く見えるが、その瞳は元プログラマーらしい理知的な光を宿している。
「……ない」
冷蔵庫の中を見つめたまま、サトゥーはつぶやいた。
今日の夕食は、セーリュー市の名物であるササカマを使った料理にしようと決めていた。ササカマは、この街を流れるササ川で獲れる小型の川魚だ。塩漬けにして干したものは、うま味が強くて煮物に最高だ。ソルナ・ムーノが弟のオリオンに頼んで、届けてくれたはずだった。
「確か、ここに入れたはずなんだが……」
冷蔵庫の棚には、野菜と牛乳と、昨日の残りのシチューが入っているだけだった。ササカマの姿は、どこにもない。
サトゥーは腕を組んで、冷蔵庫の庫内温度を確認した。青いルミナイトの光は安定していて、冷気もちゃんと出ている。晶導技術の結晶であるこの冷蔵庫は、ドワーフの技術者ゴルド・アンヴィルが約300年前に発明した仕組みだ。ルミナイトに晶力を通して、庫内を冷やす。定期的に魔力を補充しないと魔法が切れるが、今はその心配もなさそうだった。
「冷蔵庫の魔法が切れた形跡はない。温度も正常だ」
サトゥーは冷蔵庫の扉を閉めて、台所を見回した。
セーリュー市の東地区にあるこの屋敷は、元は貴族の別荘だった建物だ。チームペンドラゴンの拠点として使っているが、広いだけでけっこう古い。床板は歩くたびにギシギシと鳴るし、窓の鍵も甘いところがある。
(まさか、誰かが盗みに入ったのか?)
サトゥーは窓に近づいて、鍵を確認した。
「……全部、内側からかかってる」
窓の鍵は、どれもきちんと閉まっていた。足跡も、荒らされた形跡もない。ササカマだけが、忽然と消えていた。
「おかしいな。ササカマだけが消えるなんて」
サトゥーは首をひねった。
元プログラマーとして、こういう不可解な現象にはロジックで立ち向かうのが性分だ。まずは状況を整理しよう。
「仮説その1。冷蔵庫の魔法が切れて、中身が傷んだ。誰かが処分した」
だが、冷蔵庫の魔法は正常だった。この仮説はボツだ。
「仮説その2。第三者が侵入して、ササカマを盗んだ」
しかし、窓の鍵はすべて内側からかかっていた。玄関の鍵も、今朝自分が開けたときに異常はなかった。
「仮説その3。俺が別の場所に置き忘れた」
これが一番ありそうだ。サトゥーは記憶をたどった。ソルナからササカマを受け取ったのは、たしか三日前。あの日はたしか、買い物から帰ってきて、そのまま台所に……。
「いや、待てよ。あの日はミーアが玄関で出迎えてくれて、それで……」
記憶があいまいだった。
サトゥーは小さくため息をついた。
「……俺がどこに置いたか、覚えてないだけかもしれないな」
とはいえ、ササカマは鮮度が落ちやすい。生のままなら刺身でも食べられるが、冷蔵保存が必須だ。もし常温で放置していたら、もう傷んでしまっているかもしれない。
(せっかくの名産品を無駄にするわけにはいかない)
サトゥーは台所のテーブルにメモ帳を広げた。冷蔵庫の製図や、屋敷の間取りを簡単に書き込んでいく。
「冷蔵庫はここ。俺が最後にササカマを見たのは……たしか、ここ」
ペンを走らせながら、サトゥーは推理を続けた。
「もし俺が冷蔵庫に入れたなら、今ごろここにあるはずだ。でもない。ということは、俺は冷蔵庫に入れなかった。別の場所に置いた。しかし、どこにも見当たらない」
堂々巡りだった。
サトゥーはペンを置いて、窓の外を眺めた。
夕暮れの商店街が、遠くに見える。このセーリュー市は、大陸中央部の交易路が交差する商業都市だ。人間も獣人もエルフもドワーフも、みんなが行き交う自由な街。ムーノ荒物店の看板も、市場の喧騒も、ここからだと小さく見える。
(平和な街だ。こんなところで、ササカマが消えるなんて)
サトゥーがぼんやりと景色を眺めていると、商店街の方向から、何かが近づいてくる気配を感じた。
獣人でもない自分でも、はっきりとわかるほどの気配だった。
「……まさか、また厄介事か?」
サトゥーは身構えて、台所の包丁を手に取った。
ササカマが消えた直後に、この気配。偶然とは思えない。もしかしたら、ササカマを盗んだ犯人が、もう一度この屋敷に近づいてきているのかもしれない。
(いや、待て。相手はササカマを盗むような奴だぞ?)
サトゥーは包丁を握りしめたまま、窓の外をじっと見つめた。
気配は、だんだん大きくなっている。
足音が、聞こえる。
一つ、二つ、三つ……。
「……来る」
サトゥーは包丁を逆手に構えた。
そして、玄関の方から、ガチャリ、という音がした。
「サトゥー、ただいまー!」
聞き覚えのある声だった。
サトゥーは包丁をテーブルに置いて、肩の力を抜いた。
「……なんだ、アリサか」
「なんだとは何よ。もしかして、私のこと忘れてた?」
アリサが台所に顔を出した。
「忘れてない。それより、おかえり」
「ただいま。あれ、サトゥー、なんで包丁なんか持ってるの?」
「いや、ちょっとな」
サトゥーは包丁を流しに置いた。
「それよりアリサ、ササカマを見なかったか? ソルナがオリオンに頼んで届けてくれたはずなんだが」
「ササカマ? 知らないわよ。冷蔵庫に入れたんじゃないの?」
「それが、冷蔵庫にないんだ」
アリサはきょとんとした顔をした。
「は? どういうこと?」
「俺もわからなくて、今推理してたところだ」
サトゥーはメモ帳をアリサに見せた。
「冷蔵庫の魔法は正常。窓の鍵は内側からかかってる。足跡もなし。なのにササカマだけが消えてる」
アリサはメモ帳をじっと見て、それからサトゥーの顔を見た。
「……サトゥー、それ、ただの買い忘れじゃない?」
「買い忘れ? いや、ソルナが届けてくれたはずだ」
「でも、本当に届いたの? オリオンがちゃんと持ってきたかどうか、確認した?」
サトゥーは言葉に詰まった。
「……いや、確認はしてない。ソルナから手紙で、オリオンに届けさせるって聞いただけで」
「じゃあ、まだ届いてないんじゃない? オリオン、方向音痴だし」
「そうか……いや、でも待て。あの日、玄関で何か受け取ったような……」
サトゥーは記憶をたどった。
三日前。買い物から帰ってきて、玄関を開けた。ミーアが出迎えてくれて、それで……。
「あっ」
サトゥーは声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。やっぱり俺の記憶違いかもしれない」
サトゥーは頭をかいた。
「もういい。ササカマは明日、市場で買ってくる。今日は別の料理にする」
「それがいいわよ。推理ごっこはそこまでにして、早くご飯作って。お腹すいた」
アリサはそう言って、台所を出て行った。
サトゥーは一人、台所に残った。
「……推理ごっこ、か」
サトゥーは苦笑いした。
アリサの言う通り、自分は推理が得意じゃない。元プログラマーだから理詰めで考えようとするけど、いつも的外れだ。アリサによく突っ込まれる。
(でも、ササカマは確かに受け取った気がするんだよな)
サトゥーはメモ帳を閉じて、冷蔵庫をもう一度開けた。
青いルミナイトの光が、庫内を静かに照らしている。
「……まあ、明日になればわかるか」
サトゥーは冷蔵庫から野菜を取り出して、まな板の上に置いた。
ササカマの謎はまだ解けない。でも、夕食を作らなければ。
包丁を手に取って、野菜を刻み始める。
トントントン、という軽快な音が、静かな台所に響いた。
サトゥーは、料理をしているときが一番落ち着く。元プログラマーの自分にとって、料理は一種のプログラミングに似ている。材料という入力に対して、手順というロジックを組み立てて、美味しい出力を得る。すべてが明確で、予測可能だ。
(推理と違ってな)
サトゥーは苦笑いしながら、鍋に火をかけた。
夕食の支度をしながら、サトゥーはふと、窓の外に目をやった。
商店街の灯りが、夕闇の中にぽつぽつと点り始めている。
(そういえば、さっきの気配はアリサだったんだよな)
サトゥーは包丁を動かしながら、さっきのことを思い出していた。
商店街の方向から近づいてくる気配。獣人でもない自分でもわかるほどの、はっきりとした気配。あれはアリサだった。
(でも、アリサの気配にしては、なんだか違和感があったような……)
サトゥーは首をひねった。
気のせいだろうか。
「……まあいいか」
サトゥーは鍋に野菜を入れて、かき混ぜた。
今日の夕食は、野菜のシチューにしよう。ササカマはないけど、ベーコンがあるから、それでうま味を足せばいい。
グツグツと、鍋が煮立つ音がする。
台所には、シチューのいい匂いが広がっていた。
サトゥーは味見をして、うなずいた。
「よし、こんなもんだな」
サトゥーは火を弱めて、食器を並べ始めた。
ササカマの謎は、まだ心の片隅に引っかかっている。
でも、今は夕食の時間だ。
みんなで食べるご飯は、どんな料理よりも美味しい。
サトゥーは、仲間たちの顔を思い浮かべながら、テーブルにスプーンを置いた。
ポチの嬉しそうな顔。タマのマイペースな食べっぷり。リザの静かな笑顔。ミーアの上品な仕草。ルルの控えめな態度。そして、アリサの鋭い突っ込み。
(今日も、にぎやかな食卓になりそうだ)
サトゥーは小さく笑って、シチューの鍋をテーブルに運んだ。
「みんな、夕飯だぞー」
サトゥーの声が、屋敷の中に響いた。
ササカマの謎は、まだ終わっていない。
でも、それでいい。
だって、これはただの日常の、ほんの小さな事件なのだから。
サトゥーは、仲間たちが集まってくる足音を聞きながら、温かいシチューの湯気を眺めていた。Noveliaとは?
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