ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜
サトゥー・ペンドラゴンは元プログラマー。論理で世界を解き明かそうとする彼が、なぜか今日も推理を外し続ける。冷蔵庫から消えたササカマの謎、商店街から近づく正体不明の気配——すべての伏線は、にぎやかな食卓の前で心地よく裏切られる。童顔の策士が繰り出す仮説の数々を、仲間たちの容赦ない突っ込みが次々と粉砕。それでも彼はめげない。料理と同じくらい推理を愛するサトゥーの、ちょっとおかしな日常ミステリ&グルメコメディ。今日もペンドラゴン家の食卓は、笑い声と温かい湯気に包まれている。
ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜 - ササカマを求めて商店街へ!ソルナの大笑いと祭りの予感
サトゥー・ペンドラゴンは、台所のテーブルに突っ伏した。
冷蔵庫の扉が、開け放たれたまま白く光っている。棚板には、パンの端切れと、しなびた葉物が一枚。奥では、空の瓶が一本、横向きに転がっていた。ササカマは地下室で干からびかけていたし、お肉はタマの胃袋の中だ。
「……もう、今日は別の料理にしよう。あるもので何とかする」
顔を上げずに、ぼそりと宣言する。声は、テーブルの木目に吸い込まれて消えた。
その瞬間だった。
「ダメなのですーーーっ!」
けたたましい叫び声が、台所の空気を裂いた。ポチが、茶色のボブカットを振り乱して、サトゥーの背中に飛びついてくる。犬の耳がぴんと立ち、尻尾がサトゥーの脇腹をぺしぺしと叩いた。
「ササカマを食べるために、ポチは今日一日、いい子にしてたのです! ここでササカマが食べられないなんて、ポチの人生が台無しなのです!」
「人生って、大げさな……」
サトゥーは、背中にしがみつくポチを振り払いながら、ため息をついた。息が、テーブルの上のほこりを、さっと押し流す。
「タマも、ササカマの味噌汁がいい」
いつの間にか、タマがサトゥーの足元に座り込んでいた。黒髪のショートカットの間から、金色の猫目がじっとサトゥーを見上げている。尻尾をゆっくりと揺らしながら。その先端が、サトゥーのふくらはぎに、定期的に触れた。
「タマまで……」
「ササカマ、おいしい。あったかいお味噌汁に入れると、もっとおいしい」
「あんたたちねぇ……」
アリサが、腰に手を当てて、呆れ顔で二人を見下ろした。銀色のロングヘアが、夕方の光に透けて、細い糸のように輝いている。エメラルドグリーンの瞳は、じとっと半眼になっていた。
「そのササカマが消えた原因は、あんたたちの味見とおやつでしょ。今さら何言ってるのよ」
「だからこそ、なのです!」
ポチが、ぴょんと床に飛び降りて、胸を張った。床板が、小さくきしむ。
「まず、ポチがちょっと味見をして、タマがお肉を食べた。それで、ササカマが台無しになった。つまり、口の中が、正しくない味でいっぱいになったのです!」
「……正しくない味?」
「だから、本物のササカマで、お口直しが必要なのです! これは、もう、運命なのです!」
「運命って、あんたね……」
アリサは、額に手を当てた。指の間から、ため息が漏れる。
「まあ、せっかくの夕食だし、私もササカマが食べたいわ」
ミーアが、台所の入り口から、にこやかに声をかけた。亜麻色の髪を背中で一つに束ねた、エルフの少女だ。戸口にもたれた肩が、柔らかく傾いでいる。
「ルルも、賛成」
ルルも、ミーアの隣で小さく頷いた。手には、いつもの手帳を抱えている。指先が、表紙の角を、落ち着きなく撫でていた。
「ほら、みんなもこう言ってるし。買いに行きましょうよ、サトゥー」
「……わかった。そうしよう」
サトゥーは、椅子の背を押して、ゆっくりと立ち上がった。
「リザ、悪いが、一緒に来てくれるか? 何かと心強い」
「……わかった」
台所の隅で静かにしていたリザが、深緑色のストレートヘアを揺らして頷いた。琥珀色の瞳が、すっと細められる。その視線は、なぜか、ポチの尻尾の付け根あたりに、一瞬だけ留まった。
「よし、じゃあ、みんなで行くぞ。商店街まで、さほど遠くない」
サトゥーは、そう言って、屋敷の玄関へと向かった。靴を履く音が、石の床に、ぱたぱたと反響する。
その後ろを、ポチとタマがぴょこぴょこと跳ねるように続く。ポチの爪が、床を引っかく小さな音がした。
アリサが、呆れたように笑った。息が、鼻から、ふっと抜ける。
「まったく、騒がしいんだから」
夕方の空気が、ひんやりと肌に心地よかった。首筋に当たる風に、うっすらと、水の匂いが混じっている。
屋敷を出て、石畳の道を歩く。靴底が、石の目地を、こつこつと叩いた。
セーリュー市の東地区は、古い屋敷が立ち並ぶ静かな場所だ。通りには、晶導ランプがぽつりぽつりと灯り始めている。青白い光が、石畳をぼんやりと照らしていた。ランプの周りだけ、空気が、わずかに白く濁っている。
「ねえ、サトゥー、ササカマって、どうやって料理するの?」
タマが、サトゥーの袖を引っ張った。小さな指が、布地をきゅっと握る。
「そうだな。定番は、味噌汁だ。あとは、焼いても美味い。今日は、どうするか……まだ決めてないが」
「焼きササカマも、いいのです!」
ポチが、ぴょんぴょん跳ねながら言った。跳ねるたびに、首の鈴が、ちりちりと鳴る。
「ポチは、カリカリに焼いたササカマが好きなのです! お醤油の匂いが、たまらないのです!」
「あんた、さっきまで味噌汁って言ってなかった?」
「ポチは、欲張りなのです! どっちも食べたいのです!」
「はいはい。……サトゥー、今日は、ササカマの味噌汁と、焼きササカマ、両方作りましょ。どうせ、こいつらが騒ぐから」
「そうだな。それが良さそうだ」
サトゥーは、苦笑いしながら頷いた。頬の筋肉が、少しだけ引きつっていた。
商店街が近づくにつれて、人通りが多くなってくる。話し声、足音、荷車のきしむ音が、層になって押し寄せた。
八百屋の店先には、色とりどりの野菜が並んでいる。肉屋からは、香ばしい匂いが漂ってきた。パン屋の前を通ると、焼きたてのバターの香りが、ふわりと鼻をくすぐる。腹の底が、小さく鳴った。
「わあ、いい匂いなのです!」
ポチが、鼻をひくひくさせながら、あちこちの店をきょろきょろと見回した。よだれが、口の端に、うっすらと光る。
「ポチ、あっちのお肉屋さん、気になる」
タマが、肉屋の店先をじっと見つめている。金色の目が、きらきらと輝いていた。店先の燻製の前で、足が、半分ほど止まる。
「こら、二人とも。目的はササカマでしょ。寄り道しないの」
アリサが、二人の首根っこを捕まえた。指が、ポチの耳の付け根に、がっしりと食い込む。
「でも、お肉……」
「お肉は、屋敷に帰ってから。ほら、行くわよ」
アリサに引っ張られて、ポチとタマが、とぼとぼと歩き出す。タマの尻尾が、いつもより、低い位置で揺れていた。
ミーアとルルが、その後ろで、くすくすと笑っていた。ルルの手帳が、笑い声に合わせて、小さく揺れる。
「みんな、本当に仲良しね」
「……うん」
やがて、一行は、商店街の一角にある「ムーノ荒物店」の前に到着した。
木造の小さな店だ。店先には、鍋やほうき、ルミナイトの小物などが所狭しと並べられている。看板には、かわいらしい字で「ムーノ荒物店」と書かれていた。店の奥から、灯りが、暖かい橙色で漏れている。
「こんばんはー」
サトゥーが、店の中に声をかける。声が、奥の棚に当たって、反響した。
「はーい、いらっしゃい! ……あら、サトゥー君じゃないの。それに、みんなも。今日は、どうしたの?」
店の奥から、黒髪碧眼の美女が現れた。ソルナ・ムーノだ。ムーノ荒物店の店主で、オリオンの姉である。垂れ目がちの優しい顔立ちだが、その体つきは、噂に違わぬ豊満さだった。エプロンの紐が、腰のくびれに、きゅっと食い込んでいる。
「実は、ソルナさんに届けてもらったササカマのことで、ちょっと相談が……」
「あら、ササカマ? どうかしたの? もしかして、傷んでた?」
ソルナが、心配そうに身を乗り出した。カウンターの木が、彼女の重みで、みしりと鳴る。
「いや、傷んでたわけじゃなくて。……実は、オリオン君が、ササカマを冷蔵庫じゃなくて、地下室に置き忘れてたんだ」
サトゥーが、事の次第を説明する。言葉が、一つずつ、慎重に、カウンターの上に置かれていくようだった。
すると、ソルナは、きょとんとした顔で、サトゥーの顔をじっと見つめた。まばたきが、一度、止まる。
そして、次の瞬間。
「——ぷっ! あっはっはっはっは!!」
ソルナは、腹を抱えて、大笑いし始めた。笑い声が、店の天井に当たって、四方に散らばる。
「あ、あの子、そそっかしいからねえ! 冷蔵庫と地下室、どっちも冷たい場所だからって、そんなわけないでしょ! あっはっはっは!」
ソルナは、涙を拭いながら、何度も膝を叩いた。平手が腿に当たる音が、笑い声に混じる。その笑い声が、店の奥にまで響き渡った。
「……姉さん、笑いすぎだろ」
店の奥から、オリオンが、むすっとした顔で現れた。15歳の少年だ。無口で反抗的な態度を取りがちだが、今は、耳まで真っ赤になっている。指先が、ズボンの縫い目を、ぎゅっと抓んでいた。
「だって、あんたが、そんな失敗するなんて! 冷蔵庫と地下室を間違えるなんて、あんたぐらいよ!」
「うるさいな! 俺は、ちゃんと『冷たい場所』に置いたんだ! 地下室だって、冷たいだろ!」
「あんたねえ、『冷たい場所』って言ったら、普通は冷蔵庫でしょ! 地下室は、冷たいっていうか、ジメジメしてるだけよ!」
「ジメジメしてても、冷たいものは冷たいんだよ!」
「はいはい、そうね。……あー、おかしい。お腹が痛いわ」
ソルナは、まだ笑いをこらえきれない様子で、目元を拭った。指の腹が、目の下の、濡れた線を、丁寧にたどる。
「ごめんなさいね、サトゥー君。うちの弟が、とんだ迷惑をかけて」
「いや、別に、迷惑ってほどじゃ……」
「いいのよ。お詫びに、新しいササカマをあげる。ちょっと待っててね」
ソルナは、店の奥へと引っ込んだ。エプロンの裾が、角を曲がる際に、ひらりと揺れる。
「……ちっ」
オリオンは、舌打ちをして、そっぽを向いた。奥歯を、きゅっと噛む音がした。
「オリオン、お前、姉ちゃんに笑われて、ちょっと可哀想だな」
「うるさい。お前に何がわかるんだよ」
「まあ、そう言うな。次からは、気をつければいいさ」
「……わかってるよ」
オリオンは、ぼそりと呟いた。声が、床の木目に、吸い込まれていく。
「はい、お待たせ。これ、持ってって」
ソルナが、店の奥から、大きな紙袋を抱えて戻ってきた。袋の底が、ずっしりと重い。袋の中には、立派なササカマが、何尾も入っている。尾が、袋の内側から、つんつんと突き出ていた。
「今日は、サービスよ。お詫びの気持ちだから、遠慮しないで」
「ありがとうございます。助かります」
サトゥーは、紙袋を受け取った。腕に、ずしりと、重みが伝わる。
「……俺が届けたのに、なんでサービスなんだよ」
オリオンが、不満そうに呟いた。唇が、わずかに尖っている。
「あんたが失敗したからでしょ」
アリサが、すかさず突っ込む。
「ぐっ……」
オリオンは、言葉に詰まった。喉が、ひくっと鳴る。
「……その、悪かったな。ちゃんと届けるつもりだったんだ」
オリオンは、サトゥーの方を向いて、小さな声で謝った。目線は、サトゥーの胸元あたりで、彷徨っている。
「ああ、気にするな。次からは、気をつけてくれればいいさ」
サトゥーは、笑って応じた。
「……うん」
オリオンは、照れくさそうに、俯いた。耳の赤みが、首筋まで、じわりと広がる。
「それじゃあ、ソルナさん。ありがとうございました」
「ええ、また来てね。オリオン、あんたも、サトゥー君たちに、ちゃんとお礼を言いなさい」
「……ありがとうございました」
オリオンは、ぼそりと呟いた。声は、店の外の雑踏に、すぐに紛れて消えた。
一行は、ムーノ荒物店を後にした。
「やれやれ、なんとか、ササカマは手に入ったな」
サトゥーは、紙袋を抱え直した。袋の紐が、手のひらに、赤い跡を残す。
「そうね。これで、今日の夕食は、なんとかなりそうだわ」
「やったのです! ササカマ、いっぱいなのです!」
ポチが、ぴょんぴょん跳ねながら、紙袋の中を覗き込んだ。鼻先が、袋の口に、ぶつかる。
「こら、ポチ。落ち着きなさい」
「だって、嬉しいのです!」
「タマも、嬉しい」
タマが、サトゥーの隣で、にこにこと笑った。目が、細く、三日月の形になる。
「……二人とも、本当に、ササカマが好きなんだな」
サトゥーは、苦笑いした。
「サトゥーの作る料理は、なんでも美味しいから、楽しみ」
リザが、静かに言った。声は、風に乗って、すぐに流れていく。
「……そう言ってもらえると、作りがいがあるな」
サトゥーは、嬉しそうに笑った。目尻に、柔らかい皺が、寄る。
商店街を抜けて、屋敷へと続く道を歩く。
夕日が、西の空を真っ赤に染めていた。屋根の向こうで、空の色が、じわじわと濃くなっていく。
「……あれ?」
サトゥーは、ふと、足を止めた。靴底が、石畳に、こすれる音を立てる。
商店街の一角に、人だかりができている。ざわざわとした声が、波のように、こちらへ押し寄せてきた。
何やら、慌ただしく動き回っている人々の姿が見えた。荷箱が、ぶつかり合う音が、喧騒の底から、時折、顔を出す。
「何か、あったのかしら?」
アリサも、足を止めて、人だかりの方をじっと見つめた。目が、細められる。
「何かやってるのです! 行ってみるのです!」
ポチが、人だかりの方へ、駆け出そうとした。爪が、石畳を、がりがりと引っかく。
「こら、あんたは、まっすぐ帰る!」
アリサが、ポチの襟首を、ぐいっと引っ張った。布が、きゅうと、締まる音がした。
「むー、なのです!」
ポチが、不満そうに、頬を膨らませた。
「……ちょっと、様子を見てくる」
サトゥーは、人だかりに近づいた。人の波が、彼の肩を、押し返す。
「準備が間に合わん! ササカマ祭りの準備が、全然間に合わんのだーっ!」
恰幅の良い男性が、頭を抱えて、叫んでいた。額の汗が、夕日を弾いて、きらりと光る。
周りでは、数人の男たちが、木箱やら、のぼりやらを、慌ただしく運んでいる。のぼりの端が、地面を、ひたひたと叩いていた。
「祭り?」
サトゥーは、首を傾げた。
「……また、物騒な予感がするんですけど」
アリサが、隣に来て、眉をひそめた。口元が、わずかに引き結ばれる。
「いや、まあ、祭りの準備が遅れてるだけみたいだが……」
「祭り! お祭りなのですか! 楽しみなのです!」
ポチが、目を輝かせた。尻尾が、ぶんぶんと、空気を切る音を立てる。
「屋台の匂いがする」
タマが、鼻をひくひくさせた。耳が、わずかに、前方へ傾ぐ。
「……まさか、また、騒動に巻き込まれるのか」
サトゥーは、げんなりとした表情で、夕焼け空を見上げた。空の赤が、目の奥に、じんと染みる。
「さあ、どうかしらね。……とにかく、今は、夕食の準備が先よ。帰るわよ」
「そうだな」
サトゥーは、紙袋を抱え直し、再び歩き出した。袋の中で、ササカマが、ずしりと揺れる。
「祭り、楽しみなのです!」
「タマも、楽しみ」
ポチとタマが、ぴょこぴょこと跳ねながら、サトゥーの後を追った。
その後ろ姿を、夕日が、長く長く、石畳に伸ばしていた。影の先端が、人だかりの足元に、そっと触れる。
ササカマ祭り。
その言葉が、サトゥーの胸に、小さな波紋を残した。
……また、何か、起きるような気がする。
サトゥーは、そう思いながらも、今は、夕食のことを考えようと、歩く速度を速めた。紙袋の紐が、手のひらに、さらに深く、食い込む。
商店街の雑踏が、夕闇の中へと、ゆっくりと溶け込んでいく。ランプの青白い光が、一つ、また一つと、灯りを増やしていった。Noveliaとは?
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