ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜
サトゥー・ペンドラゴンは元プログラマー。論理で世界を解き明かそうとする彼が、なぜか今日も推理を外し続ける。冷蔵庫から消えたササカマの謎、商店街から近づく正体不明の気配——すべての伏線は、にぎやかな食卓の前で心地よく裏切られる。童顔の策士が繰り出す仮説の数々を、仲間たちの容赦ない突っ込みが次々と粉砕。それでも彼はめげない。料理と同じくらい推理を愛するサトゥーの、ちょっとおかしな日常ミステリ&グルメコメディ。今日もペンドラゴン家の食卓は、笑い声と温かい湯気に包まれている。
ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜 - アリサ参上!冷蔵庫の魔法切れじゃなかった!?
青いルミナイトの冷気が、台所の空気をひんやりとさせていた。
サトゥー・ペンドラゴンは、テーブルに広げたメモ帳をじっと見つめていた。黒髪のショートヘアを揺らしながら、鉛筆を握りしめている。身長160センチの華奢な体は、青いシャツに茶色のベストといういつもの格好だ。童顔のせいで15歳よりも幼く見えるが、その瞳は元プログラマーらしい理知的な光を宿している。
「……おかしいな」
サトゥーはつぶやいた。
メモ帳には、冷蔵庫の絵と、屋敷の間取り図が描かれている。矢印がいくつも引かれ、ところどころに「仮説」「矛盾」という文字が書き込まれていた。
「冷蔵庫の魔法は正常。温度も安定してる。窓の鍵は全部内側からかかってる。なのに、ササカマだけが消えてる」
サトゥーは鉛筆を置いて、腕を組んだ。
昨日の夕方、ソルナ・ムーノから届いたはずのササカマが、冷蔵庫から忽然と消えていた。セーリュー市の名物であるササカマは、ササ川で獲れる小型の川魚だ。塩漬けにして干したものは、うま味が強くて煮物に最高だ。鮮度が落ちやすいから、冷蔵保存が必須だった。
「仮説その1。冷蔵庫の魔法が切れて、中身が傷んだ。誰かが処分した」
サトゥーはメモ帳の端に「1」と書いた。
「だが、冷蔵庫の魔法は正常だった。この仮説はボツだ」
「仮説その2。第三者が侵入して、ササカマを盗んだ」
「2」と書く。
「しかし、窓の鍵はすべて内側からかかっていた。玄関の鍵も、今朝開けたときに異常はなかった」
「仮説その3。俺が別の場所に置き忘れた」
「3」と書いて、サトゥーは首をひねった。
「これが一番ありそうなんだが……記憶があいまいで、どうにも確信が持てない」
サトゥーはため息をついた。
元プログラマーとして、こういう不可解な現象にはロジックで立ち向かうのが性分だ。だが、今回はどれも決め手に欠ける。冷蔵庫の魔法は正常。窓の鍵は閉まっている。なのにササカマだけが消えている。
「まるで、ササカマだけが空間から消えたみたいだ」
サトゥーはメモ帳に「空間転移?」と書きかけて、すぐに消した。
「いや、待てよ。たぶん、俺がどこかに置き忘れただけだ」
そう結論づけかけた時、玄関の方からガチャリ、という音がした。
「サトゥー、ただいまー」
聞き覚えのある声。アリサだ。
「ああ、おかえり」
サトゥーは振り返らずに答えた。
「なに、また難しい顔してるのよ」
アリサが台所に顔を出した。銀色のロングヘアが、窓から差し込む午後の光に透けて輝いている。エメラルドグリーンの瞳は、いつも通り鋭い。わずかに尖ったエルフ耳が、髪の間から覗いていた。買い物袋を両手に抱えている。
「ササカマが、まだ見つからないんだ」
サトゥーはメモ帳をアリサに見せた。
アリサは買い物袋をテーブルに置いて、メモ帳を覗き込んだ。
「……なにこれ。また推理ごっこ?」
「推理ごっこじゃない。真剣な調査だ」
「はいはい」
アリサは冷蔵庫を一瞥した。青いルミナイトの光が、庫内を静かに照らしている。
「それ、ただの買い忘れじゃないですか」
サトゥーは顔を上げた。
「買い忘れ? いや、ソルナが届けてくれたはずなんだ」
「本当に届いたんですか? オリオンがちゃんと持ってきたかどうか、確認したんですか?」
「……いや、確認はしてない。ソルナから手紙で、オリオンに届けさせるって聞いただけで」
「じゃあ、そのソルナさんに確認すれば一発ですよ」
アリサはあっさりと言った。
サトゥーは言葉に詰まった。
「……まあ、そうなんだが」
「なんでそれをしないんですか。遠回りしすぎですよ」
「いや、でもな。ソルナに確認するのは、なんだか気が引けるというか」
「なんでですか。ササカマが届いたかどうか聞くだけでしょ」
「そうなんだが……もし、届いてなかったら、ソルナに心配をかけるだろ。『あら、まだ届いてなかったの?』って」
アリサはじっとサトゥーの顔を見た。
「サトゥー、あんた、また変な気の回し方してるでしょ」
「変じゃない。相手への配慮だ」
「それが変なんですよ。普通に聞けばいいじゃないですか」
サトゥーは黙り込んだ。
アリサはため息をついて、買い物袋から野菜を取り出し始めた。
「まあ、いいです。ササカマが本当に届いてるなら、屋敷のどこかにあるはずでしょ。一緒に探しましょう」
サトゥーは意外そうな顔をした。
「付き合ってくれるのか?」
「あんたがそんなに真剣な顔してるから、放っておけないんですよ。ほら、早く」
アリサは台所の棚を開け始めた。
サトゥーは少しだけ、胸のあたりが温かくなるのを感じた。
(アリサはいつも、俺の変なこだわりに付き合ってくれるな)
「ありがとう、アリサ」
「お礼はササカマが見つかってから言ってください」
アリサは振り返らずに答えた。
二人は冷蔵庫の中身を全部取り出して、棚を一つずつ確認した。
「ないわね」
「ないな」
「台所の棚も全部見たわ。次は倉庫」
「わかった」
二人は台所を出て、廊下を歩いた。
セーリュー市の東地区にあるこの屋敷は、元は貴族の別荘だった建物だ。チームペンドラゴンの拠点として使っているが、広いだけでけっこう古い。床板は歩くたびにギシギシと鳴る。壁の漆喰はところどころ剥がれ落ち、窓の鍵も甘いところがある。
「倉庫、開けるわよ」
アリサが倉庫の扉を開けた。
薄暗い部屋の中に、木箱や古い家具が積まれている。埃っぽい空気が流れ出して、サトゥーは思わず咳き込んだ。
「けほっ。……ここは、しばらく掃除してないな」
「あんたが掃除当番サボるからでしょ」
「サボってない。優先順位の問題だ」
「はいはい。ほら、探すわよ」
二人は木箱を開けたり、家具の裏を覗いたりして、ササカマを探した。
「ないわ」
「ないな」
「廊下の物置も見たわ。次は……地下室?」
「地下室か。あそこは、めったに使わないからな」
「でも、誰かが置き忘れた可能性はあるでしょ」
「たしかに。行ってみよう」
二人は地下室へ続く階段に向かった。
廊下の突き当たりに、古い木の扉がある。その向こうに、地下室へ降りる階段が続いていた。
「ちょっと待って」
アリサが突然、足を止めた。
「どうした?」
「台所の窓、開いてなかった?」
サトゥーは首をかしげた。
「窓? いや、全部閉まってたはずだ。今朝、確認した」
「でも、さっき台所に戻った時、窓が開いてたわよ」
「本当か?」
「本当よ。風でカーテンが揺れてたもの」
サトゥーは目を輝かせた。
「……外部犯だ! やはり第三者が侵入して、ササカマを盗んだんだ!」
「待って待って。窓の鍵、内側からかかってたわよ」
サトゥーは固まった。
「……内側から?」
「そう。窓を開けた後で、犯人が内側から鍵をかけて逃げたってこと? そんなの無理でしょ」
「いや、犯人が閉めたんだ。逃げる前に、窓を閉めて、鍵をかけて……」
「なんでそんな面倒なことするのよ。開けっ放しで逃げる方が自然でしょ」
サトゥーは言葉に詰まった。
「……たしかに、そうだな」
「でしょ。窓が開いてたのは、単に風で開いたか、誰かが開けたか。それだけよ」
サトゥーは腕を組んで、うなった。
「なるほど……いや、待てよ。窓が開いていたのは、ササカマを盗んだ犯人が、逃走経路として使った可能性もある。窓から侵入して、窓から逃げた。その時、鍵を閉め忘れたんだ」
「閉め忘れたんじゃなくて、最初から鍵がかかってたの。内側から」
「……たぶん、犯人は鍵を閉めてから逃げたんだ。俺の推理が正しければ」
アリサは深いため息をついた。
「あんたの推理、だいたい外れるんだから、期待しないでおきます」
「失礼だな。たまには当たることもある」
「たまに、ね。はいはい、地下室に行くわよ」
アリサは扉を開けて、地下室へ続く階段を降り始めた。
サトゥーも後に続いた。
階段は狭くて暗い。壁に取り付けられた晶導ランプが、青白い光を放っている。ルミナイトを触媒とした照明だ。約300年前にドワーフの技術者ゴルド・アンヴィルが発明した晶導技術の一つで、今ではこの街のどこでも見られる。
「暗いわね。ランプ、ちゃんと点いてる?」
「点いてる。ただ、もともと薄暗いんだ、この階段は」
二人は慎重に階段を降りていった。
「……あれ」
アリサが突然、立ち止まった。
「どうした?」
「床、見て。何か引っかかったような跡がある」
サトゥーはしゃがみ込んで、床をじっと見た。
階段の途中の床に、何か硬いものが擦れたような跡があった。それから、うっすらと埃が拭われたような線が、地下室の扉の方へ続いている。
「……これは、誰かが何かを引きずった跡か?」
「まさか、ね」
アリサがつぶやいた。
サトゥーは立ち上がった。
「やはり第三者の仕業か……いや、待てよ。この跡は、もしかすると、ササカマを運んだ時のものかもしれない。ササカマは干物だから、木箱か何かに入れられていたはずだ。その木箱を引きずった跡……」
「サトゥー、あんたの推理、また始まった」
「推理じゃない。仮説だ」
「どっちでも同じよ。ほら、早く地下室を見るわよ」
アリサは先に降りていった。
サトゥーも後に続きながら、床の跡をじっと見つめていた。
(この跡は、間違いなく何かが通った跡だ。しかも、つい最近のものだ。ササカマが消えたのと、何か関係があるのか?)
サトゥーは胸の奥で、何かがざわつくのを感じた。
地下室の扉の前に立った。
古い木の扉で、鉄の取っ手がついている。鍵はかかっていなかった。
「開けるわよ」
「ああ」
アリサが取っ手に手をかけた。
その時、玄関の方から、元気な声が響いてきた。
「ただいまなのです!」
「……タイミング悪っ」
アリサがつぶやいた。
「おかえりなさーい、って、あれ? 誰もいないの?」
のんびりした声が、廊下に響く。
サトゥーは頭を抱えた。
「ポチとタマか……また騒動の予感がする」
「予感じゃなくて、確定でしょ」
「そうだな」
二人は顔を見合わせた。
「どうする? 地下室、後にする?」
「いや、せっかくここまで来たんだ。中を確認しよう。ポチたちは、あとで呼べばいい」
「わかった。じゃあ、開けるわよ」
アリサが地下室の扉を押し開けた。
ギィ、と古い蝶番が音を立てる。
薄暗い地下室に、ひんやりとした空気が流れ出した。
「誰かいるの?」
ポチの声が、廊下の向こうから聞こえる。
「あとでね!」
アリサが叫び返した。
「あとでなのですか? わかったのです!」
「ポチ、サトゥーたち、地下室にいるみたいだよ」
「地下? なんでそんな暗いところにいるのですか?」
「さあ? 探検じゃない?」
「探検なのです! ポチも行きたいのです!」
「あとでね、って言われたから、あとで行こうね」
「そうなのです。あとでなのです」
二人の声が、だんだん近づいてくる。
サトゥーは地下室の入り口で、ため息をついた。
「……あの二人、絶対にこっちに来るぞ」
「来るわね。どうせ、我慢できなくて」
「ああ、たぶん」
サトゥーは地下室の中に足を踏み入れた。
薄暗い空間に、古い家具や木箱が積まれている。壁には棚が並び、古い道具や壊れた晶導ランプが置かれていた。
「……やっぱり、ここにもササカマはないな」
「そうね。でも、あの床の跡が気になるわ」
「ああ。あの跡は、何かがこの地下室から運び出されたことを示している。もしかすると、ササカマが……」
「また推理?」
「推理じゃない。仮説だ」
「はいはい」
アリサは地下室の中を歩き回りながら、棚や木箱を確認していった。
サトゥーも後に続く。
「……ん?」
サトゥーは足を止めた。
地下室の奥の壁際に、何かが置かれている。
「アリサ、あれを見てくれ」
「あれ?」
アリサが振り返る。
壁際に、小さな木箱が置かれていた。
「開けてみるわ」
アリサが木箱に近づいて、蓋を開けた。
「……空っぽよ」
「空っぽか」
「でも、中に何か入ってた形跡があるわ。ほら、底に魚の鱗みたいなのが落ちてる」
サトゥーは木箱を覗き込んだ。
木箱の底に、銀色に光る小さな鱗が一枚、落ちていた。
「……これは、ササカマの鱗だ」
「えっ」
「間違いない。ササカマは、銀色の細かい鱗を持つ川魚だ。この鱗の大きさと色は、ササカマのものだ」
「じゃあ、ササカマは、この木箱に入れられて、地下室に運ばれたってこと?」
「そうだ。そして、何者かがこの木箱からササカマを取り出して、どこかへ運んだ。床の跡は、その時にできたものだ」
サトゥーは腕を組んで、地下室を見回した。
「つまり、ササカマは最初から冷蔵庫には入れられていなかった。誰かが、この地下室に置いたんだ」
「誰が?」
「……それは、まだわからない。だが、オリオンが届けに来た時に、何か手違いがあった可能性が高い」
「オリオンが、冷蔵庫と地下室を間違えたってこと?」
「あり得る。オリオンは、方向音痴でそそっかしいからな」
「……たしかに」
アリサはうなずいた。
「でも、それならササカマは、まだ地下室にあるはずでしょ。なのに、木箱は空っぽ」
「そこだ。誰かが、この地下室からササカマを持ち出した。それが、床の跡につながっている」
「じゃあ、やっぱり第三者がいるの?」
「……いや、待てよ。たぶん、そうじゃない」
サトゥーは首を振った。
「どういうこと?」
「この木箱、よく見てくれ。蓋に、何か書いてある」
アリサは木箱の蓋をじっと見た。
「……『冷蔵庫へ』? これ、ソルナさんの字?」
「ああ。ソルナが、オリオンに『冷蔵庫へ入れておいて』と書いたメモを、木箱に貼っていたんだろう。だが、オリオンは『冷蔵庫』を『地下室』と読み間違えたか、場所を勘違いして、ここに置いたんだ」
「……なるほど。でも、それならササカマは、まだここにあるはずよ。なのに、空っぽ」
「そこが問題だ。オリオンが置き忘れたササカマを、さらに誰かが持ち出した。それが誰なのか……」
サトゥーが言いかけた時、地下室の入り口から、元気な声が飛び込んできた。
「サトゥー! アリサ! 何してるのですか!?」
「探検なら、タマも混ぜてほしいよ」
二人が、地下室に駆け下りてきた。
ポチは、茶色のボブカットを揺らしながら、犬の耳と尻尾をピンと立てている。くりくりした黒い瞳が、好奇心で輝いていた。タマは、黒髪のショートカットに金色の猫目。猫の耳と尻尾をゆらゆらさせながら、のんびりと階段を降りてくる。
「……やっぱり来たわね」
アリサがため息をついた。
「あとでって言ったのに」
「だって、我慢できなかったのです! 地下室、暗くて面白そうなのです!」
「タマも、ポチが行くなら一緒に行こうと思ったんだよ」
サトゥーは苦笑いした。
「まあいい。ちょうど、お前たちに聞きたいことがあった」
「なになに? ポチに聞きたいこと?」
「ああ。この地下室に、ササカマが入った木箱があったんだが、知らないか?」
「ササカマ! ポチ、ササカマ大好きなのです!」
「そうじゃなくて、この地下室でササカマを見なかったか?」
ポチは首をかしげた。
「地下室で? うーん、ポチ、地下室にはあんまり来ないのです。暗いの、ちょっと怖いのです」
「タマは?」
「タマも、地下室は寝るには寒いから、来ないよ」
「そうか」
サトゥーはうなずいた。
「じゃあ、この木箱のササカマを、誰が持ち出したんだ……」
「あ、それ、タマが食べた」
タマが、あっけらかんと言った。
「……は?」
「えっ」
「なに? タマ、ササカマ食べたの?」
「うん。昨日、地下室の前を通ったら、魚の匂いがしたんだよ。それで、箱を開けたらササカマが入ってたから、お腹すいてたし、食べちゃった」
タマは、金色の目をぱちぱちさせながら言った。
「……タマ、それは事件じゃなくて、ただの食いしん坊だ」
サトゥーは、がっくりと肩を落とした。
「えー、だって、お腹すいてたんだもん」
「タマ、ササカマ、美味しかった?」
「うん、美味しかったよ。塩味がちょうどよかった」
「いいなー。ポチも食べたかったのです」
「こら、ポチまで」
アリサが、ポチの頭を軽く叩いた。
「あうっ」
「……つまり、ササカマは、オリオンが地下室に置き忘れて、それをタマが見つけて食べた。そういうことか」
サトゥーは、深いため息をついた。
「そうなるわね。犯人はタマ。動機は空腹。凶器は食欲」
「凶器って」
「で、どうするの? ササカマ、もうないわよ」
「どうするもこうするも……今日の夕食は、別の料理にするしかないな」
「えー! ササカマ料理、食べたかったのです!」
「ポチが言うと、余計に腹が立つな」
「なんでなのですか!?」
「お前も、どうせ味見と称して食べるつもりだっただろ」
「えへへ。バレたのです」
「バレてないと思ってたの?」
「思ってなかったのです。でも、言ってみたのです」
「はいはい」
アリサが、呆れたように笑った。
「まあ、ササカマが消えた謎は解けた。犯人はタマ。オリオンの置き忘れが原因。これで一件落着だ」
サトゥーは、そう言って地下室を見回した。
「……いや、待てよ」
サトゥーは、床の跡をじっと見つめた。
「どうしたの?」
「この床の跡。タマがササカマを食べたなら、木箱を引きずった跡は、タマのものなのか?」
「タマ、木箱、引きずった?」
「ううん。タマは、箱を開けて、ササカマを手で取って食べたよ。引きずってない」
「じゃあ、この跡は、誰のものだ?」
サトゥーは、床の跡を指でなぞった。
「……これは、木箱を引きずった跡じゃない。何か、もっと重いものを運んだ跡だ」
「もっと重いもの?」
「ああ。それに、この跡は、地下室の奥から、階段の方へ向かっている。つまり、誰かが、この地下室から何かを運び出したんだ」
「何を?」
「……わからない。だが、ササカマとは別の、何かだ」
サトゥーは立ち上がった。
「事件は、まだ終わっていないのかもしれない」
「えー、またですか」
「またなのですか?」
「なんか、嫌な予感がするよ」
タマが、猫耳をピクピクさせながら言った。
「……とりあえず、今日はここまでにしよう。夕食の準備をしなければ」
サトゥーは、地下室の扉の方へ歩き出した。
「そうね。お腹すいたし」
「ポチもお腹ぺこぺこなのです!」
「タマも」
四人は、地下室を出て、階段を上がった。
「……でも、あの跡は、気になるな」
サトゥーは、振り返って地下室を見つめた。
薄暗い地下室に、青白い晶導ランプの光が、静かに揺れていた。
「また明日、調べてみよう」
「えー、明日も推理ごっこ?」
「推理ごっこじゃない。調査だ」
「はいはい」
アリサは、軽く笑った。
「でも、サトゥーがそんなに真剣なら、付き合ってあげるわよ」
サトゥーは、少しだけ嬉しそうな顔をした。
「……ありがとう、アリサ」
「だから、お礼はササカマが見つかってから、じゃなくて、事件が解決してから言って」
「わかった」
「ポチも手伝うのです! 四角四面に調査するのです!」
「四角四面じゃなくて、四方八方でしょ」
「そうなのです! 四方八方なのです!」
「タマも、お腹が空いてなければ手伝うよ」
「お前は、まず食いしん坊をどうにかしろ」
「えー」
四人は、笑いながら廊下を歩いていった。
夕暮れの光が、窓から差し込んで、古い屋敷の中を橙色に染めていた。
サトゥーは、台所に向かいながら、ふと、地下室の床にあった奇妙な跡のことを考えていた。
(あの跡は、一体、何だったんだ?)
胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
でも、今は、夕食の時間だ。
「今日は、何を作ろうか」
「ササカマがないなら、肉料理がいいのです!」
「タマも、肉がいい」
「はいはい。じゃあ、肉じゃが風の煮込みにしよう」
「肉じゃが! 美味しそうなのです!」
「肉じゃが、好き」
「あんたたち、肉ばっかりね」
「アリサは、野菜が好きなの?」
「好きよ。でも、肉も食べるわ」
「じゃあ、肉じゃがで文句ないでしょ」
「ないわよ」
サトゥーは、台所に立って、冷蔵庫から野菜と肉を取り出した。
青いルミナイトの冷気が、庫内から流れ出る。
(ササカマはなかったけど、みんなで食べる夕食は、きっと美味しい)
サトゥーは、包丁を手に取った。
トントントン、と軽快な音が、台所に響き始めた。
「……そういえば、サトゥー」
アリサが、台所の入り口に立って、サトゥーに声をかけた。
「なんだ?」
「あの床の跡、もしかしたら、あんたの推理より、もっと単純な理由かもしれないわよ」
「単純な理由?」
「ええ。例えば、誰かが、地下室で転んで、手をついた跡とか」
「……いや、あれは、明らかに何かを引きずった跡だ」
「ふーん。まあ、明日になればわかるでしょ」
「ああ」
サトゥーは、野菜を刻みながら、うなずいた。
(明日、地下室をもう一度調べてみよう)
サトゥーは、鍋に火をかけた。
グツグツと、煮込みの音が、静かな台所に響き始めた。
夕食の匂いが、屋敷の中に広がっていく。
ポチとタマが、台所の前で、尻尾を振りながら待っていた。
アリサは、テーブルに食器を並べながら、時々サトゥーの方をちらりと見ている。
サトゥーは、その視線に気づいて、小さく笑った。
(今日も、にぎやかな食卓になりそうだ)
ササカマの謎は解けた。
でも、地下室の床の跡という、新しい謎が残っている。
それは、明日の調査で、また何かが見えてくるかもしれない。
サトゥーは、鍋をかき混ぜながら、そんなことを考えていた。
夕暮れの光が、窓から差し込んで、台所を優しく照らしていた。Noveliaとは?
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