ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜
サトゥー・ペンドラゴンは元プログラマー。論理で世界を解き明かそうとする彼が、なぜか今日も推理を外し続ける。冷蔵庫から消えたササカマの謎、商店街から近づく正体不明の気配——すべての伏線は、にぎやかな食卓の前で心地よく裏切られる。童顔の策士が繰り出す仮説の数々を、仲間たちの容赦ない突っ込みが次々と粉砕。それでも彼はめげない。料理と同じくらい推理を愛するサトゥーの、ちょっとおかしな日常ミステリ&グルメコメディ。今日もペンドラゴン家の食卓は、笑い声と温かい湯気に包まれている。
ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜 - リザ参上!ササカマ祭りで大騒動の巻
夕暮れの商店街は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。
石畳の通りに、晶導ランプの青白い光がぽつぽつと灯り始めている。空の端はまだ茜色に染まっているのに、地面の方はもう夜の気配が濃い。その光と影の境目を、人々がせわしなく行き交っていた。
「準備が間に合わん! ササカマ祭りの準備が、全然間に合わんのだーっ!」
頭を抱えて叫んでいるのは、恰幅の良い男だった。額には大粒の汗が光っている。周りでは、木箱を運ぶ者、のぼりを立てる者、屋台の骨組みを組む者たちが、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎようだ。
「……また、厄介事の匂いがするな」
サトゥー・ペンドラゴンは、紙袋を抱え直して、げんなりとした声を出した。袋の中には、ソルナから融通してもらったササカマがずしりと入っている。
「厄介事って、ただのお祭りの準備でしょ」
隣に立つアリサが、銀色のロングヘアを揺らして言った。エメラルドグリーンの瞳が、サトゥーの横顔をじっと見る。
「お祭り! お祭りなのです! ポチ、お祭り大好きなのです!」
ポチが、茶色のボブカットを跳ねさせて、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。犬の耳がぴんと立ち、尻尾がぶんぶんと空気を切る。
「屋台の匂いがする。甘い匂いと、お肉の匂い」
タマが、黒髪のショートカットの間から金色の猫目を細めて、鼻をひくひくさせた。尻尾の先が、ゆっくりと左右に揺れる。
「あんたたち、さっきまで『ササカマが食べたい』って騒いでたでしょ。もう気が変わったの?」
「気が変わったんじゃないのです! お祭りの空気が、ポチのお腹をさらに空かせるのです!」
「タマも。お祭りの匂いを嗅いだら、なんだか全部食べたくなった」
「……はぁ」
アリサが、深いため息をついた。
その時だった。
「あら、サトゥーくんたちじゃないの!」
人だかりの向こうから、明るい声が飛んできた。黒髪を背中で一つに束ねた、垂れ目の女性。ムーノ荒物店の店主、ソルナ・ムーノが、手を振りながら近づいてくる。その隣には、不機嫌そうな顔をした少年が立っていた。
「ソルナさん、それにオリオンも。どうしたんですか、こんな時間に」
「どうしたもこうしたも、見ての通りよ! 祭りの準備が全然進んでなくて、実行委員長が頭を抱えてるの。うちも屋台を出すから、手伝いに来たのよ」
「姉さんが、無理やり連れてきたんだ。俺は家で寝てたかったのに」
オリオンが、ぼそりと呟いた。茶色の短い髪が、夕風に少しだけ揺れる。
「何言ってるのよ、若いんだから働きなさい! それに、サトゥーくんたちも手伝ってくれるんでしょ?」
「えっ、俺たちが?」
「お願い! 人手が足りないのよ! ササカマ祭りはセーリュー市の一大イベントなんだから、みんなで盛り上げましょうよ!」
ソルナは、両手を合わせて、にこりと笑った。その笑顔には、断る隙がまったくない。
「……まあ、ササカマの礼もあるし、少しなら」
「やった! ありがとう! じゃあ、さっそくだけど、屋台の準備を手伝ってくれる? 場所はあっちの角よ」
ソルナが指さした先には、骨組みだけが組まれた屋台がいくつか並んでいた。その周りを、人々が慌ただしく走り回っている。
「ポチ、お手伝い頑張るのです!」
「タマも、頑張る」
「あんたたちは、つまみ食いしないで、ちゃんと働くのよ」
「もちろんです! ポチは、お肉の匂いに負けないのです!」
「……絶対負けるわね、それ」
アリサが、呆れたように言った。
「それで、何を運べばいいんだ?」
「あっちの倉庫から、ササカマの入った木箱を運んでほしいの。けっこう重いから、気をつけてね」
「わかった。ポチ、タマ、行くぞ」
「「「はーい!」」」
ポチとタマが、元気よく返事をした。
倉庫は、商店街の裏通りにあった。古い石造りの建物で、扉には「ササカマ祭り実行委員会」と書かれた木の看板がかかっている。中に入ると、ひんやりとした空気と、干物の香りが鼻をついた。
「うわぁ、ササカマの匂いがすごいのです!」
ポチが、鼻をひくひくさせて、目を輝かせた。
「これが、祭りで使うササカマか。けっこうな量だな」
倉庫の中には、木箱が山のように積まれていた。箱の中には、塩漬けにされたササカマがぎっしりと並んでいる。
「これを、あの屋台まで運ぶのか。何往復すればいいんだ……」
「サトゥー、弱音を吐いてる場合? ほら、ポチとタマがもう運び始めてるわよ」
アリサが、顎で入り口の方を指した。
見ると、ポチとタマが、二人で一つの木箱をよいしょよいしょと持ち上げていた。
「ふんぬぬぬ……重いのです!」
「でも、がんばる。お祭りのためだもん」
「……俺もやるか」
サトゥーは、袖をまくって、一番近くにあった木箱に手をかけた。
「よいしょっと」
箱は、思ったより重い。中身がぎっしり詰まっているせいだ。
「あんた、大丈夫? 腰、痛めないでよ」
「大丈夫だ。これくらい、なんてことはない」
サトゥーは、木箱を持ち上げた。だが、一歩踏み出したところで、箱の角が扉の枠にぶつかった。
ガツン。
「おっと」
体勢を崩す。箱が傾き、中からササカマが数本、地面に落ちた。
「……何やってるのよ、もう」
アリサが、呆れた声を出した。
「いや、今のは、その、なんだ。箱の幅を計算に入れてなかった」
「言い訳はいいから。ほら、落ちたの拾って」
「……すまん」
サトゥーは、地面に落ちたササカマを拾い集めた。その背中を、アリサがじっと見ている。
「……サトゥーって、意外と不器用よね」
「不器用じゃない。今のは、不可抗力だ」
「はいはい。とにかく、落とさないように気をつけて運んで」
「わかってる」
サトゥーは、木箱を抱え直して、慎重に倉庫を出た。
その時、倉庫の奥の暗がりから、静かな声が聞こえた。
「……サトゥー」
サトゥーは、足を止めた。
「リザ? どうした、こんなところに」
暗がりから、深緑色のストレートヘアを揺らして、リザが姿を現した。琥珀色の縦長の瞳が、薄暗い倉庫の中で、ほのかに光っている。蜥蜴の尻尾が、ゆっくりと床を這う。
「……気配がした。倉庫の中に、誰かいる気配が」
「誰かって、俺たちのことじゃないのか?」
「……違う。もっと奥。物陰に、誰かが」
リザが、倉庫の一番奥、木箱が高く積み上げられた場所を指さした。
「誰かいるのか!?」
サトゥーの背筋が伸びる。
「……待って、サトゥー。私が見てくる」
リザは、音もなく、木箱の山に近づいた。蜥蜴の尻尾が、空気を切る音すら立てない。まるで、影が動くように。
「……誰かいるなら、出てこい」
沈黙。
「……気のせいか?」
「いや、そこにいる」
リザが、木箱の隙間に手を伸ばした。
「……あ」
リザの口から、小さな声が漏れた。
「どうした!?」
「……オリオン」
リザが、木箱の隙間から、何かを引っ張り出した。
それは、丸まって眠っているオリオンだった。
「おい、オリオン! こんなところで何してるんだ!」
「……うるさいなぁ。ちょっと休憩してただけだろ」
オリオンが、眠そうな目をこすりながら起き上がった。
「休憩って、こんな物陰で丸まってたら、誰だって気配だと思うだろ」
「……なるほど。屋敷の地下室で感じた気配も、オリオンだったのね」
リザが、ぽつりと呟いた。
「は? 地下室? なんだよ、それ」
「お前が、ササカマを置き忘れた場所だよ。リザは、あの時からずっと、地下室に誰かいる気配を感じてたんだ」
「……あれは、お前だったのね。オリオン」
リザは、オリオンをじっと見つめた。琥珀色の瞳が、静かに細められる。
「な、なんだよ。俺が悪いのかよ」
「……別に。ただ、謎が解けただけ」
リザは、それだけ言うと、さっと身を翻した。
「……リザって、相変わらず無口だな」
「ああ。でも、あれでちゃんと納得してるんだ。リザは、言葉が少ないだけで、何も考えてないわけじゃない」
「……そうなのかよ」
「そうだ。だから、お前もあんまりサボってないで、ちゃんと手伝えよ。姉さんに怒られるぞ」
「……わかってるよ」
オリオンは、渋々といった様子で立ち上がった。
倉庫から出ると、空はもうすっかり暗くなっていた。商店街には、晶導ランプの光が連なり、昼間とは違う幻想的な雰囲気を醸し出している。
「あっ、サトゥー! 遅いのです! ポチたち、もう三往復もしたのです!」
ポチが、屋台の前から手を振って叫んだ。
「三往復も!? すごいな、お前たち」
「ポチとタマ、頑張った。でも、もうお腹ぺこぺこだよ」
タマが、お腹を押さえて、しょんぼりとした顔をした。
「……あんたたち、もしかして、運んでる途中でつまみ食いしたんじゃないでしょうね」
アリサが、鋭い目つきで二人を見た。
「してないのです! ポチは、ササカマを落とさないように、いっぱいいっぱいだったのです!」
「タマも、してない。……でも、屋台の匂いで、お腹が空いた」
「はいはい。とりあえず、あんたたちは休んでなさい。サトゥー、あとは私たちでやるわよ」
「ああ。助かる」
サトゥーは、木箱を屋台の裏に置いた。
「おーい、そこの若いの! ちょっと来てくれ!」
突然、実行委員長が、サトゥーの方へ向かって叫んだ。
「俺ですか?」
「そうだ、そうだ! 君、ちょっと手先が器用そうな顔をしてるな! ちょっと、この屋台の組み立てを手伝ってくれんか!」
「えっ、屋台の組み立てですか? いや、俺はそういうのは……」
「何を言う! 若いんだから、なんでもやらんと! ほら、ここの柱を押さえてくれ!」
実行委員長は、有無を言わさず、サトゥーに柱を押さえさせた。
「こうですか?」
「そうそう! そのまま、しっかり押さえておれ! よし、では、こっちをはめるぞ!」
ガコン。ガコン。
実行委員長が、手際よく柱と梁を組み合わせていく。
「おお、さすがだな。手慣れてる」
「当たり前だ! この祭りを、もう二十年も仕切っておるんだ! ……おっと、釘が足りん! ちょっと待っておれ!」
実行委員長は、慌てて道具箱の方へ走っていった。
「……サトゥー、あんた、何やってるの?」
アリサが、いつの間にか隣に立っていた。
「見ての通り、屋台の組み立てを手伝わされてる」
「手伝わされてるって、まあ、人手不足だから、仕方ないわね。……あら、この屋台、なかなか立派じゃない」
アリサが、組み立て途中の屋台を見上げた。
「そうか? 普通の屋台だと思うが」
「そう? 私は、こういうの、結構好きよ。お祭りの屋台って、見てるだけでワクワクするじゃない」
「……お前、そういう可愛いこと言うんだな」
サトゥーが、ぽつりと呟くと、アリサの顔が、一瞬で赤くなった。
「なっ……! 何言ってるのよ! 別に、可愛いことなんて言ってないわ!」
「いや、今の、結構可愛いと思ったぞ」
「もう! バカなこと言ってないで、さっさと手伝いなさいよ!」
アリサは、耳まで赤くして、そっぽを向いた。
「……素直じゃないな」
「うるさい!」
その時、ポチとタマが、屋台の方へ駆け寄ってきた。
「サトゥー! アリサ! 屋台の食べ物が、すごくいい匂いなのです!」
「あっちで、ササカマの串焼きを焼いてる。タマ、あれが食べたい」
「あんたたち、さっき休んでたばかりでしょ。もう食べ物の話?」
「だって、お腹が空いたのです! お祭りなんだから、食べてもいいのです!」
「タマも、お祭りを楽しみたい」
「……はぁ。まあ、確かに、お祭りだしね。でも、手伝いが終わってからよ」
「えーっ! 今すぐ食べたいのです!」
「ダメ。ほら、あと少しで準備が終わるから、それまで我慢しなさい」
「……むー」
ポチが、不満そうに頬を膨らませた。
「……ポチ、あっちに甘い匂いの屋台があるよ」
タマが、ポチの耳元で囁いた。
「ほんと!? どこどこ!?」
「あっち。蜜漬けの果物を売ってる」
「行くのです!」
ポチとタマは、手を繋いで、人混みの中へ消えていった。
「あーっ! こら! 待ちなさい!」
アリサが、二人を追いかけようとした。
「まあまあ、アリサ。祭りなんだし、少しぐらい自由にさせてやれよ」
「サトゥーは甘いのよ! あの子たち、放っておいたら、際限なく食べるんだから!」
「大丈夫だ。あとで俺がちゃんと見ておく」
「……本当に?」
「ああ。だから、お前も少し、祭りを楽しんだらどうだ? ほら、あっちの屋台、何を売ってるんだ?」
サトゥーが指さした先には、色とりどりの飴細工を並べた屋台があった。
「……飴細工ね。綺麗だけど、私は別に……」
「そう言わずに。見てるだけでも楽しいだろ」
「……まあ、そうね」
アリサは、飴細工の屋台に近づいて、じっと見つめた。
「……これ、すごく精巧にできてるわね。花の形とか、鳥の形とか」
「だろう? 職人技だよな」
「……サトゥー、あんた、私に何か買ってくれる気?」
アリサが、ちらりとサトゥーを見上げた。
「ん? まあ、欲しいなら買ってやるぞ」
「……じゃあ、あの、小鳥の飴細工。あれがいい」
アリサが、小さな声で言った。
「小鳥か。わかった」
サトゥーは、屋台の主人に声をかけて、小鳥の飴細工を買った。
「ほら」
「……ありがと」
アリサは、飴細工を受け取ると、大事そうに両手で包み込んだ。
「食べないのか?」
「……もったいないから、もう少し見てから」
「そうか」
サトゥーは、アリサの横顔を見た。銀色の髪が、晶導ランプの光に照らされて、柔らかく輝いている。エメラルドグリーンの瞳は、手の中の飴細工に注がれていた。
(……こいつ、本当に、こういうのが好きなんだな)
サトゥーは、少しだけ、アリサの意外な一面を見た気がした。
「おーい、そこの二人! 何をいちゃついておる! 仕事が残っとるぞ!」
遠くから、実行委員長の怒鳴り声が聞こえた。
「……いちゃついてないわよ!」
アリサが、顔を真っ赤にして叫び返した。
「ほら、行くぞ。怒られちまう」
「……わかってるわよ」
二人は、屋台の方へ戻った。
祭りの準備は、夜遅くまで続いた。
翌日。
ササカマ祭り当日。
セーリュー市の商店街は、朝から大勢の人で賑わっていた。通りには、色とりどりののぼりがはためき、あちこちから、ササカマを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
「すごい人出だな。これが、ササカマ祭りか」
サトゥーは、人波をかき分けながら、ソルナの屋台へ向かっていた。
「サトゥー! こっちこっち!」
ソルナが、屋台の前で手を振っていた。屋台には「ムーノ荒物店」の看板が掲げられ、ササカマの干物や、ルミナイトの小物が所狭しと並べられている。
「おはようございます。昨日は遅くまで、お疲れさまでした」
「あら、サトゥーくんこそ、ありがとうね! おかげで、なんとか間に合ったわ! ……それで、今日は、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「実はね、祭りの実行委員長が、サトゥーくんに、ササカマ料理の実演をしてほしいって言ってるのよ」
「……は?」
「ほら、あんた、料理が得意でしょ? それで、せっかくなら、ササカマを使った料理を、みんなの前で作ってみせてくれないかって話になってるの」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで、そうなるんですか! 俺は、ただ屋台の手伝いをしただけで……」
「それがね、実行委員長が、昨日のサトゥーくんの働きぶりを見て、『あの若者は、何か持っておる!』って、すっかり気に入っちゃってね」
「何か持ってるって、何をですか! 俺は、ただ、言われた通りに木箱を運んだだけですよ!」
「まあまあ、そう言わずに。私も、サトゥーくんの料理は、一度ちゃんと食べてみたいと思ってたのよ。ね、お願い!」
ソルナは、また両手を合わせて、にこりと笑った。
「……アリサ、助けてくれ」
サトゥーは、隣に立つアリサに、すがるような目を向けた。
「……サトゥーのネーミングセンスはともかく、料理の腕は本物ですからね。ここは、受けてみたらどうですか?」
「フォローになってない! というか、なんでお前が、そんなに乗り気なんだよ!」
「だって、面白そうじゃない。サトゥーが、みんなの前で、どんな料理を作るのか。私も見てみたいわ」
アリサが、意地の悪い笑みを浮かべた。
「……お前、絶対、面白がってるだろ」
「さあ、どうかしらね」
「とにかく、実行委員長が、あっちの特設会場で待ってるから! よろしくね!」
ソルナは、有無を言わさず、サトゥーの背中を押した。
特設会場は、商店街の中央広場に設けられていた。
広場の真ん中には、立派な調理台が置かれ、その周りには、大勢の見物人が集まっている。
「……なんだ、この人だかりは」
サトゥーは、人混みの多さに、思わず足を止めた。
「サトゥー・ペンドラゴンくん! よく来てくれた! さあさあ、こっちへ!」
実行委員長が、調理台の上から、サトゥーに向かって手を振った。
「……あの、実行委員長。俺、人前で料理を作るなんて、やったことないんですけど」
「何を言う! 料理は、気持ちだ! 気持ちがこもっていれば、誰が作っても美味い! さあ、始めてくれ!」
「……気持ちだけで、料理は作れないと思うんですが」
「細かいことはいい! ほら、材料は、ここに揃えてある! セーリュー市自慢のササカマを、思う存分使ってくれ!」
調理台の上には、新鮮なササカマ、野菜、調味料などが、ずらりと並べられていた。
「……やるしかないか」
サトゥーは、腹をくくった。
「アリサ、悪いけど、火の加減を見ててくれ」
「ええ、任せて」
「ポチとタマは、お客さんに、料理を配るのを手伝ってくれ」
「任せるのです!」
「タマも、任せて」
「リザは……そうだな、周りの警備というか、何かあったら教えてくれ」
「……わかった」
「よし、じゃあ、始めるぞ」
サトゥーは、調理台の前に立った。
まずは、ササカマを三枚におろす。包丁が、魚の身を、滑らかに切り分けていく。その手つきは、迷いがなく、無駄がない。
「おお……!」
見物人から、感嘆の声が上がった。
「……サトゥー、すごい」
リザが、ぽつりと呟いた。
「あいつ、ああ見えて、料理の腕は本当に一流だからな」
アリサが、誇らしげに言った。
サトゥーは、おろしたササカマの身を、一口大に切る。次に、鍋に湯を沸かし、刻んだ野菜と一緒に、さっと火を通す。
「……何を作ってるんだ?」
「さあ? でも、手際がいいな」
「あれは、たぶん、ササカマの湯引きだ。野菜と一緒に、あっさりと仕上げるつもりだろう」
「へえ、あんた、詳しいんだな」
「まあ、セーリュー市民なら、ササカマ料理の一つや二つ、知ってて当然だ」
サトゥーは、湯引きしたササカマと野菜を、皿に美しく盛り付けた。
「……できた。『ササカマの彩り湯引き~爽やかハーブの香りを添えて~』だ」
サトゥーが、料理名を宣言した瞬間、会場が、一瞬、静まり返った。
「……ササカマの、彩り湯引き?」
「爽やかハーブの香り?」
「……なんだ、その、微妙なネーミングは」
「……サトゥー、センスなさすぎです」
アリサが、ぼそりと呟いた。
「な、なにがだ! 彩り豊かで、ハーブの香りが爽やかなんだから、間違ってないだろ!」
「間違ってはないけど、料理名として、どうなのよ。もっと、こう、あるでしょ。『ササカマのカルパッチョ』とか、『ササカマの湯引きサラダ』とか」
「いや、俺の料理名の方が、断然わかりやすい!」
「どこがよ! 長ったらしいだけで、ぜんぜんオシャレじゃないわ!」
「オシャレかどうかじゃなくて、中身が伝わればいいんだ!」
「……まあ、名前はともかく、味は、どうなんだ?」
「そうだ、食べてみないとわからん!」
「おお、では、皆さん、試食してみてくれ!」
実行委員長の掛け声で、ポチとタマが、試食用の小皿を配り始めた。
「はい、どうぞなのです!」
「熱いうちに食べてね」
見物人たちが、恐る恐る、ササカマの湯引きを口に運ぶ。
「……ん?」
「……あれ?」
「……うまい」
「うまいぞ、これ!」
「なんだこれ、すごく美味い!」
「おかわりはないのか!?」
「おおお! 大好評ではないか!」
「……よかった。味は、問題なかったみたいだな」
サトゥーは、ほっと胸をなでおろした。
「……まあ、味は、保証するわ。あんたの料理の腕だけは、私も認めてるから」
アリサが、小さな声で言った。
「……ありがとう」
「べ、別に、お礼を言われるようなことじゃないわよ。事実を言っただけよ」
アリサは、顔を赤らめて、そっぽを向いた。
その後も、サトゥーは、次々とササカマ料理を作り、観客に振る舞った。
「次は、『ササカマのふわふわ揚げ~黄金の衣をまとって~』だ!」
「……だから、そのネーミング、なんとかならないの?」
「なんでだ! サクサクの衣が、黄金色に輝いてるだろ!」
「……まあ、味は、美味しいんだけどね」
「だったら、文句を言うな!」
「言うわよ! あんたのセンスのなさを、私が正してあげてるのよ!」
「大きなお世話だ!」
「……あの二人、またやってる」
「いつものことだよ」
「ポチは、もう慣れたのです!」
祭りは、大盛況のうちに、幕を閉じた。
夕方。
後片付けを終えたチームペンドラゴンは、屋敷に戻っていた。
「……疲れた」
サトゥーは、居間のソファに、どさりと倒れ込んだ。
「お疲れさま。でも、大成功だったじゃない。サトゥーの料理、飛ぶように売れてたわよ」
「ああ、それは、まあ、嬉しかったが……料理名を、もっとマシにしておけばよかった」
「……今さら気づいたの?」
「いや、前から気づいてた。だが、俺のセンスは、あれが正解なんだ」
「……どこがよ」
「サトゥー! ポチ、今日、いいことを覚えたのです!」
ポチが、ソファに寝転ぶサトゥーの上に、ぴょんと飛び乗った。
「うわっ、重い!」
「なのです! 『災い転じて福となす』なのです!」
ポチが、胸を張って、得意げに言った。
「……ポチ、今、四字熟語、正しく使えたわね」
「え?」
「災い転じて福となす。合ってるわ。ササカマが消えた騒動が、結局、祭りを盛り上げるきっかけになったんだから、まさに、その通りね」
「おお! ポチ、すごいじゃないか!」
「ほ、ほんと!? ポチ、正しく使えたのですか!?」
ポチが、目を丸くした。
「ああ、合ってる。災い転じて福となす。完璧だ」
「やったのです! ポチ、ついに、四字熟語をマスターしたのです!」
ポチが、飛び上がって喜んだ。
「……でも、あんた、今まで散々間違えてきたじゃない。本当に、合ってるの?」
アリサが、意地悪く笑った。
「……あれ?」
ポチの動きが、ぴたりと止まった。
「……災い転じて福となす、なのです。……って、合ってるのです?」
ポチが、不安そうに、サトゥーとアリサの顔を、交互に見た。
「……ぷっ」
「……あははははは!」
「あはははははは!」
「……ふっ」
居間に、笑い声が響き渡った。
「……なんで笑うのですか! ポチ、真剣に聞いてるのです!」
「だって、お前、さっきまで、あんなに自信満々だったのに!」
「……でも、本当に合ってるか、不安になったのです」
「合ってるわよ。災い転じて福となす。ちゃんと、合ってる」
「……ほんと?」
「ほんと。だから、安心しなさい」
「……よかったのです! ポチ、やっぱり、天才なのです!」
「……もう、調子に乗るんだから」
アリサが、呆れたように笑った。
「……サトゥー、お腹空いた。今日のご飯は?」
タマが、サトゥーの袖を、くいくいと引っ張った。
「ああ、そうだな。今日は、祭りで疲れたし、簡単なものでいいか?」
「お肉がいいのです!」
「甘いものも」
「……あんたたち、祭りで、あれだけ食べたでしょ」
「あれは、別腹なのです!」
「タマも、別腹だよ」
「……はぁ。サトゥー、なんか、適当に作ってやって」
「わかった。……そうだな、今日は、ササカマの炊き込みご飯と、余った野菜でスープでも作るか」
「ササカマ! いいのです!」
「タマも、それでいい」
「よし、じゃあ、ちょっと待っててくれ」
サトゥーは、台所へ向かった。
「……推理は、見当はずれだったけど、みんなで食べる飯は、やっぱり、うまいな」
サトゥーは、誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
「……何か言った?」
「いや、なんでもない。……さて、今日は、何を作ろうかな」
「お肉なのです!」
「甘いものも」
「……お前たち、さっきから、そればっかりだな」
サトゥーは、苦笑いしながら、冷蔵庫を開けた。
こうして、チームペンドラゴンの、賑やかな夜が、始まろうとしていた。Noveliaとは?
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