ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜
サトゥー・ペンドラゴンは元プログラマー。論理で世界を解き明かそうとする彼が、なぜか今日も推理を外し続ける。冷蔵庫から消えたササカマの謎、商店街から近づく正体不明の気配——すべての伏線は、にぎやかな食卓の前で心地よく裏切られる。童顔の策士が繰り出す仮説の数々を、仲間たちの容赦ない突っ込みが次々と粉砕。それでも彼はめげない。料理と同じくらい推理を愛するサトゥーの、ちょっとおかしな日常ミステリ&グルメコメディ。今日もペンドラゴン家の食卓は、笑い声と温かい湯気に包まれている。
ペンドラゴン家の優雅なる食卓〜サトゥーの推理は今日も外れる〜 - ササカマ祭り大成功!推理は外れても食卓は笑顔でいっぱい
夕焼けが、セーリュー市の石畳をオレンジ色に染めていた。
商店街の喧騒は、祭りの終わりを告げる静けさに、ゆっくりと飲み込まれていく。あれほど忙しなく動いていた屋台の骨組みも、今は影を長く伸ばして、片付けを終えた人々の足音だけが、ぽつり、ぽつりと響いていた。
「……疲れた」
サトゥー・ペンドラゴンは、重い足を引きずるようにして、屋敷への道を歩いていた。肩には、祭りで使った道具の入った布袋。首筋には、乾いた汗が張り付いている。
「ササカマ祭り、大成功だったな」
誰に言うでもなく、呟く。空気が、ひんやりと頬を撫でた。
「大成功なのです! ポチ、あんなにたくさんの人がササカマを食べてるところ、初めて見たのです!」
ポチが、茶色のボブカットを跳ねさせて、サトゥーの横にぴょこんと並んだ。犬の耳が、嬉しそうにぴんと立っている。尻尾は、ぶんぶんと夕風を切っていた。
「屋台のササカマ、あっという間になくなった」
タマが、黒髪のショートカットの間から金色の猫目を細めて、のんびりと言った。その手には、祭りで貰ったらしい小さな包み。中身は、多分、甘いものだ。
「あんたたち、よくあれだけ食べて平気ね」
アリサが、銀色のロングヘアを夕風に揺らして、呆れ混じりに言った。エメラルドグリーンの瞳が、ポチとタマをじとっと見る。
「祭りは別腹なのです!」
「タマも、別腹」
「……その理論、そろそろ本気で不思議なんだけど」
アリサが、額に手を当てた。指の間から、深いため息が漏れる。
「まあ、元気なのはいいことだ」
サトゥーは、苦笑いしながら、二人の頭を軽く撫でた。ポチの髪は、汗で少し湿っていた。タマの髪は、さらさらと指の間をすり抜ける。
「リザ、大丈夫か? 疲れてないか?」
サトゥーは、後ろを静かに歩くリザに声をかけた。深緑色のストレートヘアが、夕日に照らされて、静かに光っている。琥珀色の縦長の瞳は、まっすぐ前を見ていた。
「……問題ない」
リザは、短く答えた。その声は、夕暮れの空気に溶けるように、静かだった。
「リザも、祭りでいっぱい働いたのです! すごくかっこよかったのです!」
ポチが、リザの腕に抱きついた。リザは、わずかに眉を動かしたが、振り払いはしない。
「……そうか」
「うん! ポチ、リザが木箱を三つも運んでるところ、ちゃんと見てたのです!」
「リザは力持ち」
タマが、リザの尻尾を、そっと触った。リザの尻尾が、ぴくりと動く。
「……触るな」
「えー」
「触るな」
「はい」
タマは、素直に手を引っ込めた。でも、その金色の目は、まだリザの尻尾を追いかけている。
「ほら、さっさと帰るわよ。夕食の準備がまだなんだから」
「そうだな。今日は、祭りで好評だったササカマ料理を、夕食にも作ってやるよ」
サトゥーの言葉に、ポチとタマの耳が、同時にぴくんと動いた。
「ササカマ! 夕食もササカマなのですか!?」
「ササカマ、大好き」
「ああ。祭りで余った分を、ソルナさんが分けてくれたんだ。それを使って、豪華に作るぞ」
「やったー! ポチ、もうお腹がぺこぺこなのです!」
「さっきまで屋台で食べてたでしょ……」
「あれは、お祭りの空気を食べてただけなのです! 本当のご飯は、これからなのです!」
「タマも、サトゥーのご飯が一番好き」
「……そう言われると、作る方も張り合いがあるな」
サトゥーは、少し照れくさそうに笑った。
屋敷に着くと、サトゥーはすぐに台所へ向かった。祭りの疲れが、肩に重くのしかかっている。でも、包丁を握ると、不思議と体が動いた。
(よし、作るか)
サトゥーは、冷蔵庫からササカマを取り出した。青いルミナイトの光が、庫内を静かに照らす。ひんやりとした空気が、手のひらを包んだ。
「手伝うわ」
アリサが、台所の入り口に立っていた。銀色の髪を、後ろで一つに束ねている。
「助かる。じゃあ、野菜を切ってくれるか?」
「ええ。……あ、そうだ。今日の料理名、考えなくていいからね」
アリサが、包丁を手に取りながら、釘を刺すように言った。
「……考えないって」
サトゥーは、苦笑いした。
「本当に? 祭りで『ササカマ・クリスタル・ドリーム』とか言い出した時は、どうしようかと思ったんだから」
「あれは、その、場の勢いというか……」
「勢いで言うネーミングじゃないでしょ、あれは」
「……面目ない」
サトゥーは、肩を落とした。
「まあ、味は最高だったから、許すけど」
アリサが、小さく笑った。その笑顔は、台所の晶導ランプの光に照らされて、柔らかく見えた。
「ありがとう。……今日は、まともな料理名にするよ」
「当たり前よ」
二人は、並んで料理を始めた。サトゥーがササカマを手際よくさばき、アリサが野菜を切る。包丁の音が、規則正しく、台所に響いた。
「……サトゥー、あのさ」
「ん?」
「今日の祭り、楽しかったわ」
アリサが、野菜を切りながら、ぽつりと言った。
「そうだな。大変だったけど、楽しかった」
「推理は、相変わらず見当はずれだったけどね」
「……それは、もう言わないでくれ」
サトゥーは、顔をしかめた。
「でも、まあ、結果的にみんなで楽しめたから、よかったじゃない」
「そうだな。……推理は外れたけど、みんなで食べる飯は、やっぱりうまい」
サトゥーは、手を動かしながら、しみじみと言った。
「最初から推理なんて、不要でしたけどね」
アリサが、くすくすと笑った。
「ぐっ……」
サトゥーは、胸を押さえた。
「でも、サトゥーの料理がおいしいのは、本当だから」
アリサが、まっすぐにサトゥーを見た。エメラルドグリーンの瞳が、晶導ランプの光を反射して、きらりと光る。
「……おう。ありがとう」
サトゥーは、少し照れて、顔を背けた。
(なんだ、急に)
胸の奥が、ほんの少し、温かくなった。
やがて、食卓に料理が並んだ。ササカマの味噌汁。干物の炙り。ササカマの炊き込みご飯。それから、祭りで余った野菜を使った和え物。湯気が、食卓の上で、ゆらゆらと踊っている。
「わあー! すごいごちそうなのです!」
ポチが、椅子の上でぴょんぴょん跳ねた。
「いい匂い」
タマが、鼻をひくひくさせて、目を輝かせた。
「リザ、座って。今日は、リザもたくさん働いたから、ゆっくり食べて」
「……わかった」
リザは、静かに椅子に座った。琥珀色の瞳が、食卓の料理を、じっと見つめる。
「じゃあ、食べようか」
「「「いただきます」」」
ポチとタマの元気な声が、食卓に響いた。
「いただきます」
サトゥーも、小さく「いただきます」と呟いて、箸を取った。
ポチが、ササカマの炙りを、大きな口で頬張る。
「おいしい! おいしすぎるのです! 口の中が、幸せでいっぱいなのです!」
「タマも、これ好き」
タマが、味噌汁を、静かにすすった。
「……おいしい」
リザが、スープを一口含んで、短く呟いた。その声は、とても小さかったけれど、食卓の全員に、はっきりと届いた。
「……ありがとう、リザ」
サトゥーは、照れながら、リザに微笑んだ。リザは、何も言わずに、もう一口、スープを飲んだ。
「リザが、おいしいって言ったのです! すごいのです!」
「リザは、あんまり感想言わないから、貴重だね」
「……うるさい」
リザが、わずかに頬を赤らめた。
「ふふっ」
アリサが、楽しそうに笑った。
「さて、俺も食べるか」
サトゥーは、ササカマの炊き込みご飯を口に運んだ。ササカマのうま味が、ご飯全体に染み渡っている。
(うん、我ながら、なかなかうまくできたな)
「……推理は、見当はずれだったけど、みんなで食べる飯は、うまいな」
サトゥーは、しみじみと呟いた。
「最初から推理なんて不要でしたけどね」
「そこは、もう少し優しく突っ込んでくれ」
「無理よ。それが私の役目だから」
「……そうか」
サトゥーは、苦笑いした。
「おかわりなのです!」
ポチが、空になった茶碗を、両手で高く掲げた。
「タマも、おかわり」
タマも、茶碗を差し出した。
「お、おかわりか。ちょっと待ってな」
サトゥーが、おかわりをよそおうと立ち上がると、アリサが呆れたように言った。
「あんたたち、祭りで屋台の食べ物、どれだけ食べたと思ってるの」
「祭りは別腹なのです!」
「タマも、別腹。甘いものも、まだ食べられる」
「……別腹って、あんたたちの胃袋、どうなってるのよ」
アリサが、じとっと二人を見た。
「えーっと……アリサ、お前の茶碗も、空だけど、おかわりは?」
サトゥーが、アリサの茶碗を見て言った。
「……え?」
アリサが、自分の茶碗を見た。確かに、空になっている。
「……私も、おかわり」
アリサが、少し気まずそうに、茶碗を差し出した。
「……別腹か?」
「違うわよ! 私のは、普通にお腹が空いてただけ!」
「はいはい」
サトゥーは、笑いながら、アリサの茶碗にもご飯をよそった。
「アリサも、別腹なのです!」
「だから、違うって言ってるでしょ!」
「アリサも、おいしいって思ったんだね」
「……まあ、おいしいけど」
アリサが、ぽつりと呟いた。
「素直じゃないのです!」
「うるさいわね」
食卓に、笑い声が響いた。
その時だった。
こんこん。
玄関の扉を叩く音がした。
「……誰だ?」
サトゥーが、首を傾げた。
「出てみる」
リザが、静かに立ち上がった。
「あ、リザ、一緒に行くよ」
サトゥーも、リザの後を追った。
玄関の扉を開けると、そこには、不機嫌そうな顔をした少年が立っていた。茶色の短い髪。少し汚れた服。手には、大きな紙包み。
「オリオン?」
「……よお」
オリオン・ムーノが、ぶっきらぼうに言った。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「姉さんが、余ったから持ってけって」
オリオンが、紙包みをサトゥーに差し出した。
「ササカマか?」
「……ああ。祭りで余ったやつ。傷んでないから、食えるはずだ」
「ありがとう。助かるよ。……でも、わざわざ届けに来てくれたのか?」
「……その、祭りじゃ手伝ってもらったし」
オリオンが、小声で言った。視線が、サトゥーの足元を、落ち着きなく泳いでいる。
「……礼を言いに来たのか?」
「ち、違う! 姉さんに、持ってけって言われたから、持ってきただけだ!」
オリオンが、顔を赤くして、声を張り上げた。
「あら、素直じゃないんだから」
いつの間にか、アリサがサトゥーの後ろに立っていた。にやにやと笑っている。
「うるさいな! お前に関係ないだろ!」
「はいはい。……サトゥー、ちょうどよかったじゃない。オリオンも、一緒に夕食、食べていったら?」
「ああ、そうだな。オリオン、お前、もう夕食は食べたのか?」
「……まだだけど」
「じゃあ、一緒に食べていけよ。ササカマ料理、たくさんあるから」
「……俺は、別に」
「遠慮するな。せっかく来たんだ。な、リザ」
「……席は、ある」
リザが、短く言った。
「ほら、リザもこう言ってるぞ」
「……わかったよ。少しだけだぞ」
オリオンが、照れくさそうに、玄関をくぐった。
「お邪魔します……」
オリオンの声は、消え入りそうなほど小さかった。
「オリオンも一緒なのです! 今日は、にぎやかな夕食なのです!」
ポチが、嬉しそうに、オリオンの周りをぐるぐる回った。
「うるさいな、犬」
「ポチは犬じゃないのです! 犬系獣人なのです!」
「どっちでもいいだろ」
「よくないのです!」
「はいはい」
オリオンが、食卓の椅子に座った。
「オリオン、お茶」
タマが、オリオンの前に、お茶の入った湯飲みを置いた。
「……ああ、ありがとう」
オリオンが、少し驚いた顔で、タマを見た。
「どういたしまして」
タマは、にこりと笑った。
「じゃあ、オリオンの分も、よそってやるから、待ってな」
サトゥーが、台所へ向かった。
「……俺、そんなに食わないから」
「遠慮するな。若いんだから、たくさん食え」
「……若いって、お前も同い年だろ」
「そうだったな。じゃあ、同い年として、たくさん食え」
「……意味わかんねえ」
オリオンが、小さく笑った。
やがて、オリオンの前にも、温かい料理が並んだ。
「……いただきます」
オリオンが、小さく呟いて、味噌汁を一口すする。
「……うまい」
オリオンが、ぽつりと言った。
「だろ?」
「……まあ、姉さんの料理には、負けるけど」
「そうか。今度、ソルナさんの料理も食べてみたいな」
「姉さんの料理は、もっと、こう、家庭的っていうか……」
「家庭的か。俺のも、結構家庭的だと思うけどな」
「……そうか?」
「そうだろ?」
「まあ、うまいのは、認める」
オリオンが、照れながら言った。
「素直じゃないんだから」
「うるさい!」
食卓に、また笑い声が響いた。
「サトゥー、ポチも、もう一杯おかわりなのです!」
「タマも」
「あんたたち、本当によく食べるわね……」
「育ち盛りなのです!」
「育ち盛りは、お前たちだけじゃないんだけどな」
サトゥーが、笑いながら、おかわりをよそった。
「……サトゥー、俺も、もう少し」
オリオンが、空になった茶碗を、そっと差し出した。
「お、いいぞ。たくさん食べてくれ」
「……ああ」
オリオンが、わずかに笑った。
(なんだか、いいな)
サトゥーは、食卓を囲むみんなの顔を見渡した。
ポチは、ご飯を頬張りながら、尻尾をぶんぶん振っている。タマは、味噌汁を、幸せそうにすすっている。リザは、静かに、でも確かに、料理を味わっている。アリサは、呆れながらも、どこか楽しそうに、みんなを見ている。オリオンは、照れくさそうにしながらも、ちゃんと食卓に加わっている。
(この光景が、ずっと続けばいいな)
サトゥーは、心の底から、そう思った。
「……明日は、何を作ろうかな」
サトゥーが、ぽつりと呟いた。
「お肉なのです!」
ポチが、即答した。
「甘いものも」
タマも、すぐに続いた。
「……また騒動の予感しかしないんですけど」
アリサが、ため息をついた。でも、その表情は、どこか楽しげだった。
「まあ、いつものことだろ」
サトゥーが、笑った。
「……そうね。いつものことだわ」
アリサも、笑った。
食卓に、笑い声が、温かく響き渡る。
窓の外では、いつの間にか、夜が静かに降りていた。晶導ランプの青白い光が、屋敷の窓から、ぽつりぽつりと漏れている。
ササカマ祭りの喧騒は、もう遠い。
でも、その余韻は、食卓の笑い声とともに、確かに、ここに残っていた。
「……なあ、明日、また、みんなで商店街に行かないか? 祭りの後片付けで、ソルナさん、まだ忙しいかもしれないし」
サトゥーが、ふと思いついて言った。
「行くのです! ポチ、ソルナさんのお店、好きなのです!」
「タマも、行く。商店街、楽しい」
「……私も、行く」
「じゃあ、みんなで行こう。オリオンも、来るか?」
「……姉さんが、手伝えって言うなら」
「素直じゃないわね」
「うるさい」
「まあまあ」
サトゥーは、笑いながら、食卓の上の、空になった皿を片付け始めた。
「……サトゥー、俺も、手伝う」
オリオンが、立ち上がって、サトゥーの隣に並んだ。
「お、助かる」
「……これくらい、普通だろ」
「そうだな。……ありがとう」
サトゥーが、オリオンに微笑んだ。
オリオンは、何も言わずに、皿を重ねた。
「ポチも、手伝うのです!」
「タマも」
「あんたたちは、食器を落とさないでよ」
「大丈夫なのです! ポチ、こう見えて、慎重なのです!」
「……本当に?」
「本当なのです!」
「はいはい」
結局、みんなで台所に立って、片付けをした。狭い台所に、みんなの笑い声が、ぎゅっと詰まっていた。
片付けが終わると、サトゥーは、みんなに、温かいお茶を入れた。
「……はあ、落ち着く」
アリサが、湯飲みを両手で包んで、息を吐いた。
「今日は、本当に、長い一日だったな」
「そうね。朝から、ずっと騒がしかったわ」
「でも、楽しかったのです!」
「うん、楽しかった」
「……そうだな」
リザも、静かに頷いた。
「……俺も、まあ、楽しかった」
オリオンが、照れながら言った。
「みんな、そう言ってくれると、俺も、作った甲斐があったよ」
サトゥーは、温かいお茶を一口飲んで、微笑んだ。
窓の外の夜は、深く、静かだった。
でも、この屋敷の中だけは、いつまでも、温かい笑い声が、響いていた。
「……明日も、きっと、いい日になるな」
サトゥーは、誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
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