忘却の花が囁く
自然魔法が社会全体を支える大陸ヴェルダンシアで、十七歳の少女ミラは常に人間よりも植物に囲まれていることが心地よかった。志望植物学者として、失われた珍しい草花を記録し、時間の彼方に消えた種を発見することを夢見ていた。しかし、その静かな日々は一つの森との出会いで一変する。ソーンウッド——周辺の村人たちから呪いがあると囁かれている禁忌の森だ。
科学的好奇心と、説明のつかない不思議な引力に駆られ、ミラは警告石を越えて森の奥へ進む。そこで彼女が発見したのは、時間に取り残された隠された空き地。その中心に咲いていたのは、ソウルハート・ブロッサム——成仏できない魂の断片を宿す伝説の花だった。ミラが震える手で花弁に触れた瞬間、魔力が爆発し、一人の青年が現れた。キーラン、十八歳。妖しく美しく、心に深い傷を抱える彼は、その森の守護者として縛り付けられていたのだ——理由さえも本人が覚えていない。
ミラとキーランの出会いは、ぎこちなく、そして電撃的だった。キーランは優しく魅力的だが、断片的な記憶と呪いは彼を危険な存在にしていた。しかしミラの目には、脅威ではなく一人の人間が映り、自分と同じくらい孤独な者が見え
忘却の花が囁く - 標本帳には書けない数字
緑翼学府——カレイド・ヴェールの最上段に立つフィロメラ唯一の国立植物学校——の標本作業室は、昼過ぎになっても植物の乾燥した匂いが漂っていた。
Miraは窓際の一人席に腰を落として、ノートに向かっていた。Thornwoodの外縁部で採取した押し花サンプルが三枚、乾燥紙に挟まれて並んでいる。採取場所の記録欄には「北東辺境、詳細省略」と書いてある。省略した理由は書いていない。書けるわけがなかった——Thornwoodへの立ち入りは、フィロメラ共和国法で禁固五年だ。
隣の作業台では、同期の三年生グループが五人固まって作業していた。その中心にいるのはコービンだ。年上の、成績表では二十三位という数字が今も頭に浮かぶ——なぜかというと、Miraが先週うっかりそれを見てしまったからではなく、この後それが大事になるからだ。褐色の巻き毛を片側に流した、自信満々な体型をした先輩で、実験台での声量がやや過剰な傾向がある。
今日も過剰だった。
「ねえ聞いて聞いて」とコービンが隣の子に言った。「あの人のノート、ちょっと見えたんだけど」
声は十分に大きかった。Miraの耳に全部届いた。
「何て書いてあったの?」
コービンは咳払いをしてから、妙に高い声を作った。「『対象は熱霞と一致した輝きを放っており、光の屈折か——』」
笑い声が上がった。三人分くらい。
「——もしかして幽霊を標本にしてるの?」
さらに笑い声。
Miraはペンを止めなかった。
視線を上げなかった。
一秒。二秒。三秒。
それからゆっくりと、ノートの余白に小さな文字で書いた。
*コービン記。生物発光と霊的現象の区別が困難な模様。現在の学年順位:二十三位。参考まで。*
誰にも見せる気はない。でもペンの滑りが、少しだけ気持ちよかった。
机の下では、ノートを持つ手の関節が白くなっていた。
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Thornwoodへの道は、今では体が覚えている。
日暮れ前にカレイド・ヴェールを出て、樹液機関の乗合馬車でブラムリッジ村まで戻り、そこから北東へ五キロ。警告石の列——約三百年前に設置された、古代文字を刻んだ高さ二メートルの石柱——を通り抜けるとき、首の後ろに走るあの独特の感触はもう恐怖ではない。魔法の残滓だ、と分かっているから。
発光苔のルートを辿って、巨木の間を抜けて、ソウルハート・グレイドに出る。
Kieranはいつもそこにいた。
今夜も同じだった。グレイドの中央——Soulheart Blossomが静かに輝く場所から少し離れたところに、彼は腕を組んで立っていた。藍色の長髪が夜の森の中で風に揺れ、右の琥珀色と左の銀色——左右で違う瞳の色——が苔の発光を受けて光っている。胸元の蔦紋様も、いつも通り薄く光を帯びていた。
Miraは鞄からノートを出した。
「今日は違うことを試したい」
「怖い出だしだな」
「記憶の直接想起じゃなくて。感覚的なテクスチャから入る方法を。植物学の標本採取で言えば——形態から入るんじゃなくて、匂いや手触りから分類する手順に近い」
Kieranが片眉を上げた。「標本採取の話をされても俺は植物じゃないんだが」
「分かってる。でも頭に直接『何があったか』を聞くと必ず痛みが出る。だから迂回する」
彼はしばらく黙っていた。それからため息をついて、地面の苔の上に腰を下ろした。Miraも向かいに座った。ノートを開く。*Subject K — Memory Cartography*という見出しが、新しいページの上に書いてある。
「記憶の地図作り、ね」
「まず、記憶が消える境目の色を教えて。何色に見える?」
「色か」
少し考えた。「灰色。それから琥珀色。あとはちょっと違う赤」
Miraは書いた。*灰色、琥珀色、「間違った種類の赤」。*
「温度は?」
「季節に合ってない寒さ」
「音は?」
Kieranは止まった。
長い間、止まった。
苔の間で虫が鳴いている。Soulheart Blossomが静かに輝いている。Miraはペンを持ったまま、急かさなかった。
「……足音」
「どんな足音?」
「俺より小さい。ずっと小さい」
声のトーンが変わった。皮肉がきれいに消えていた。
「その足音が——どこかへ向かっていった。俺はたぶん、止めるべきだった」
一拍。
「止めなかった。その人は戻ってこなかった」
森の音だけが残った。
Miraはページを見ていた。書くべきことは分かった。でも十秒ほど、ペンが動かなかった。
*琥珀色。小さな足音。戻らなかった。*
書いた。それから、一行下に小さく書き足した。
*今夜はここまで。*
Miraが研究セッションに自分でブレーキをかけたのは、これが初めてだった。そのことに気づいた。気づいたまま、何もしなかった。
Kieranは何も言わなかった。Miraも何も言わなかった。
そういう沈黙が、しばらく続いた。
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帰る前にグレイドの外縁を確認するのは、先週から始めた習慣だ。
理由をMiraは「縦断的な環境撹乱データの収集」と自分の中で分類している。Kieranが前回危険な状態になったこととは、特に関係がない。関係がないとは言い切れないが、それを認めると分析の客観性が損なわれる気がした。
外縁を歩いて、苔の状態を確認して——足が止まった。
靴跡だ。
前回見つけたのと同じ種類の、軍用の格子底。でも数が違う。Miraはかがんで数えた。一つ、二つ、三つ——重なりを丁寧に分離しながら、七つ、八つ——。
十二だった。
十二組の、完全に異なる靴底の跡が、グレイドを取り囲むように配置されていた。円形の、意図的なパターン。これはもう偶然の侵入ではない。これは訓練された複数人員による系統的な調査だ。
「Kieran」
声が出た。いつもより少し早かった。
彼がすぐそこに来た。Miraは地面を指した——言葉がうまく出てくる前に、足跡の全体図を手で示した。Kieranが数を数えるのが、視界の端で見えた。彼の表情が固くなった。
そのとき、Miraはもう一つ見つけた。
Blossomの位置から三十メートル——正確に、三十メートルだ、なぜならMiraはそこまで歩いて数えた——のところに、銅製の杭が打ち込まれていた。高さ二十センチほど、地面から出ている部分に英数字のコードが刻んである。でも下の方、土に埋まりかけたところに、別の刻印があった。
Miraがかがんで確認しようとした瞬間、Kieranがその杭に手を触れた。
「待って」
遅かった。
光が走った——Kieranの胸の蔦紋様が強く輝いて、杭を中心に地面が小さく震えた。銅の杭が土から引き抜かれ、圧縮されるように歪み、砕けた。金属音が夜の森に響いた。
Kieranが消えた。
完全に消えた。
半透明になるのではなく、影が薄くなるのでもなく——いない。Soulheart Blossomの光が半分に落ちた。グレイドが暗くなった。
Miraはノートを持ったまま立っていた。
数える以外に何もできなかった。
「一」と言った。口に出した。声が少し平らだったが、それは平静を保っているのではなく、そうしないと他の選択肢しかなくなるからだった。「二。三——」
発光苔だけが薄く光っている。周囲に音がない。Blossomの輝きが揺れている。
「十五。十六——」
Kieranがいない。
「三十。三十一——」
三十七秒で一度声が詰まった。飲み込んで、続けた。
「六十七。六十八——」
ここで止まった。一秒、止まった。
それから続けた。
「九十」
Kieranが戻った。
膝から崩れるように現れた——文字通り、膝から先に地面に触れて、片手を土に押しつけた。長髪が乱れて顔にかかっている。呼吸が荒かった。胸の紋様の光がほとんど消えていた。
杭は砕けていた。完全に。
Miraは動いていた——Kieranに向かって、かがんで、状態を確認しようとしていた。それを止めたのはKieranの手だった。
彼がMiraの手首を掴んだ。強くはない。でも確かな力で。
「来るな」
「物理的指標の確認をしたい。視覚的に——」
「Thornwoodに来るな」
声が低かった。静かに怒っている種類の声だ。叫ぶより怖い。
「シンジケートが南経路をもう特定してる。三週間、お前は同じ入り口から来てる。Blossomの共鳴パターンで位置が割れる。捕まえれば俺への交渉カードになる」
「それはあなたの脅威評価で——」
「俺の脅威評価が間違ってるって言うのか」
「あなたは今、杭一本を処理して九十秒間消えた。そのコストで出した評価と、私がノートと二年分の植物学の課程を持って出した評価は、必ずしも同等じゃない」
Kieranが黙った。
Miraも黙った。
Kieranの手がまだMiraの手首を掴んでいた。
「あなたは九十秒間、私から消えた」
声が少し変わった。Mira自身が気づいた。変わったのを止められなかった。
「私は数えてた」
Kieranが顔を上げた。
「……数えてたのか」
「数えるのが私のやり方だから」
しばらく、誰も何も言わなかった。
Kieranは自分の手がまだMiraの手首を握っていることに、このとき気づいたようだった。視線が下に動いた。一拍おいて、手が離れた——何もなかったというふうに、でも明らかにそうではない速さで。
Miraは何もノートに書かなかった。数字は頭の中に入っている。四十秒。手首に触れていた時間。それも数えていた。
「三日後に来る」
「来ない」
「来る」
ノートを閉じた。鞄に入れた。
「Incorrect」
踵を返して歩き出した。後ろでKieranが何か言うかもしれない、とMiraは思った。言わなかった。
どちらも、勝っていなかった。
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自宅の標本室に戻ったのは夜明け近くだった。
鞄から砕けた銅の欠片を三つ取り出した。Kieranが杭を処理するとき、Miraは足元の土から破片を拾っていた。言わなかった。科学者は証拠を集める。それだけだ。
ランプの下で破片を並べ、位置を合わせた。
形が見えてきた。
Miraは息を一度止めた。
紋様だ。杭の底面に刻まれていたもの——蔦が歯車を囲む、様式化されたデザイン。どこかで見た。最近。
記憶を辿った。緑翼学府の掲示板。学用品の供給契約書に貼られた取引先のロゴ。「資源研究パートナー」という肩書きで記載されていた企業名。
Verdant Syndicate——七十二年前に設立された、大陸最大の魔力植物採取企業。表向きは合法的な資源会社。本部はオルネス連合王国のハイデルグランにあり、「刈り手」と呼ばれる武装採取部隊を六百名抱えている。
掲示板の契約書に、このロゴがあった。
Miraはしばらく欠片を見ていた。
それから標本帳を開いて、証拠のまとめを書いた。靴跡十二組、銅製測量杭、紋様の一致、緑翼学府との取引関係。論理的に、正確に、感情を入れずに書いた。
書き終えて。
ページの一番下に、普段より小さい文字で書き足した。
*Kieranの存在は、彼らの採取計画で「資産」として分類されている可能性がある。二日前の資料からそれを読んだ。まだKieranには伝えていない。どう伝えればいいか、分からないから。誰かに「あなたの消滅が、六日後の期限付きで計画されている」と告げる方法を、私は知らない。*
ノートを閉じた。
ランプを消した。
標本室に朝の光が入り始めた頃、Miraは窓から北東の方角を見た。Thornwoodの輪郭が、朝靄の向こうに黒く浮かんでいた。
Miraは学府の掲示板を今日もう一度確認する必要があった。あの供給契約書の隣に、昨夜見た新しい貼り紙のことを思い出していた。三年生を対象とした研究奨学金——「フィロメラ北東辺境での植物調査業務」。申請期限は六日。
後援者の名前は、確認していなかった。
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