ダンベル何キロ持てる? IF 〜ジーナ・ボイドの帰還〜
桜ヶ丘の商店街に、今日もひびきの幸せな咀嚼音が響く。肉まんにコロッケ、プロテインにプリン——食欲と筋トレの狭間で揺れる女子高生・紗倉ひびきの日常は、しかしある日を境に大きく動き出す。ジムのトレーナー・街雄の破れたポロシャツから覗く規格外の筋肉にときめきを隠せない日々。そして、プロテインショップでひびきの試飲カップを奪い去った、銀髪の少女。鋭い瞳でひびきを射抜いた彼女の正体は——。「明日から家にお客さんが来る」。母からの突然の電話が、運命の歯車を静かに回し始める。これは、筋肉と食欲と、ほんの少しの恋が織りなす、ひと夏の物語。ジーナ・ボイド、帰還。
ダンベル何キロ持てる? IF 〜ジーナ・ボイドの帰還〜 - タッグを組もう、銀髪のライバルと!~涙の病室と筋肉は一人では育たないの法則~
カフェの窓から差し込む午後の光が、テーブルの上のグラスをきらきらと照らしていた。シルバーマンジム桜ヶ丘店の一階、奥まった場所にある小さなカフェスペース。プロテイン入りのスムージーや低糖質のケーキが並ぶその店は、トレーニング後の会員たちの憩いの場だった。
紗倉ひびきは、その窓際の席で、両手で顔を覆っていた。金髪のゆるふわギャルヘアが、指の間からこぼれ落ちる。テーブルには、一口も手をつけていないバニラ味のプロテインドリンク。ストローが、虚しく斜めに刺さっていた。
「……あたし、どうしたらいいと思う?」
ひびきの声は、いつもの明るさが嘘のように沈んでいた。
向かいの席で、茶髪のお団子を揺らしながら、彩也香が静かに顔を上げる。白いセーラー服の胸元には、皇桜女学院の桜の紋章。左腕のリストバンドには、実家のボクシングジムのロゴが縫い込まれていた。
「ジーナちゃん、まだ病院なんでしょ?」
彩也香の声は、穏やかだった。落ち着いた茶色の目が、ひびきをまっすぐに見つめている。
「うん……。退院の目処は立ったんだけど、あの子、すごく落ち込んでてさ。『私が弱いから』って、ずっと繰り返すの。あたし、なんて声をかけたらいいのか分かんなくて」
ひびきは、顔を覆っていた手を下ろした。大きな茶色の瞳が、わずかに潤んでいる。左耳の小さなピアスが、窓からの光を反射して、ちかりと光った。
「あの女……ヴィクトリアが、ジーナの過去をみんなの前でバラして、挙句の果てに、予選で負けたらモスクワに強制送還だって。しかも、ジーナのお父さんまで電話してきて、『恥をさらすのはそこまでにしろ』って……」
ひびきの拳が、膝の上でぎゅっと握られる。ネイルの先が、手のひらに食い込んだ。
「ひびきが、そんなに誰かのことで悩むなんて、珍しいね」
彩也香が、ふっと小さく笑った。
「え? そうかな?」
「うん。だってひびき、いつも食べることと、自分の体重のことしか考えてないじゃない? あ、今、失礼なこと言ったけど」
「ひどくない!? ちゃんと友達のことも考えてるし!」
ひびきが、むっと頬を膨らませる。その反応に、彩也香はくすくすと笑った。
「ごめんごめん。でも、本当にそう思うよ。ひびきが本気で誰かのために戦うの、初めて見たかも」
その言葉に、ひびきは、はっとした。
(本気で、誰かのために戦う……)
そうだ。あたし、今まで、誰かのために本気で怒ったことなんてあったっけ。自分の体重が増えたとか、お腹が空いたとか、そんなことばっかりで。でも、今は違う。ジーナが傷つけられて、悔しくて、悲しくて、何とかしたいって、心の底から思ってる。
「……あたし、ジーナのこと、助けたいんだ」
ひびきは、ぽつりと呟いた。
「それって、すごく良いことだと思うよ」
彩也香が、優しく微笑んだ。
その時、カフェの入口の方から、カツカツと、ヒールの音が近づいてきた。
「あら、お二人とも、こんなところでお茶会かしら?」
振り返ると、そこには、黒い長いストレートの髪をなびかせた、奏流院朱美が立っていた。前髪はぱっつん。切れ長の黒い瞳が、こちらを見つめている。左手首には、高級そうな腕時計。皇桜女学院の生徒会長であり、このジムの会員でもある、容姿端麗なお嬢様。
「朱美さん!」
ひびきが声を上げると、朱美は優雅な所作で、ひびきの隣の席に腰を下ろした。
「ジーナさんのことですわね。お話は聞こえておりましたの」
朱美は、ウェイターを呼び止め、プロテイン入りの紅茶を注文した。
「わたくしも、あの日のことは、はっきりと覚えておりますわ。ヴィクトリアという女性、実に不愉快な方でしたもの。人の過去を、あのように衆目の前で晒すなど、淑女のすることではありません」
朱美の声は、静かだが、はっきりとした怒りを含んでいた。
「でも、わたくしは、あの時、思いましたの。ジーナさんは、決して弱くなんてない、と。むしろ、あれだけの屈辱を受けても、なお立ち上がろうとしている。その心こそ、真の強さですわ」
運ばれてきた紅茶を、朱美は優雅に一口含んだ。
「筋肉は、一人では育たないものですわ」
朱美が、静かに言った。
「共に励む者がいてこそ、真の力が芽吹きますの。孤独なトレーニングでは、限界を超えることはできません。誰かと支え合い、競い合い、高め合う。それこそが、筋肉の真理ですのよ」
朱美の切れ長の瞳が、すっと細められた。
「そして、タッグとは、まさに筋肉の相乗効果。二人で一つになることで、個人では到達できない高みへと至ることができるのですわ」
朱美の声が、少しずつ熱を帯びていく。
「二人の筋肉が、呼吸を合わせ、力を重ね合わせた時、そこには、もはや一人では生み出せない、奇跡のような力が宿りますの。それは、まるで、二つの川が合流して、大河となるようなもの。互いの弱さを補い、強さを増幅させる。タッグこそ、筋肉の究極の形ですわ!」
朱美の頬が、ほんのりと赤らんでいた。筋肉の話になると、人が変わってしまう。いつものことだ。
「……朱美さん、相変わらずだね」
彩也香が、苦笑いを浮かべた。
でも、ひびきの心には、朱美の言葉が、すとんと落ちていた。
(タッグ……二人で一つ……)
ひびきの頭の中に、病室で泣き崩れていたジーナの姿が浮かぶ。銀色の髪が、涙で濡れていた。青い瞳が、絶望に染まっていた。
(あの子を、一人にしちゃダメだ)
あたしが、ジーナの隣に立つ。二人で、あの予選に挑む。そしたら、ジーナはもう、一人じゃない。
「……あたし、分かったかも」
ひびきは、顔を上げた。
「あたし、ジーナと一緒に、シルバーマン杯の予選に出たい。タッグで」
ひびきの言葉に、彩也香と朱美が、同時に目を輝かせた。
「ええ、素晴らしいですわ!」
「ひびき、それ、絶対いいよ!」
ひびきは、二人の顔を見て、ようやく、少しだけ笑顔を取り戻した。
テーブルの上のプロテインドリンクを、一気に飲み干す。バニラの甘さが、喉を通り抜けていく。
(ジーナ、待ってて。あたしが、絶対に、あんたを一人にしないから)
◆
病院の廊下は、消毒液の匂いがした。白い壁、白い天井、白い床。時折、看護師が足早に通り過ぎていく。ひびきは、その中を、少しだけ緊張しながら歩いていた。
ジーナの病室は、三階の奥まった場所にあった。ドアの前で、ひびきは一度、深呼吸をする。
(大丈夫。あたしの気持ちを、まっすぐ伝えよう)
コンコン、と、ドアをノックした。
「ジーナ、あたしだよ。入ってもいい?」
しばらくして、小さな声が返ってきた。
「……ええ、どうぞ」
ドアを開けると、窓際のベッドに、ジーナが座っていた。銀色のボブヘアーが、白い枕に映えている。青い瞳が、ひびきを見上げた。その下には、まだ、うっすらとクマが残っていた。
ジーナは、白い病衣を着ていた。首筋の小さなほくろが、胸元から覗いている。
「来てくれたのね、ひびき」
ジーナの声は、小さく、かすれていた。
「当たり前じゃん! 親友が入院してるのに、来ないわけないでしょ?」
ひびきは、ベッドの横の椅子に座った。パイプ椅子が、ぎしりと音を立てる。
「……親友」
ジーナが、その言葉を、小さく繰り返した。
「そうだよ。あたしたち、もう親友じゃん? 一緒に住んで、一緒にトレーニングして、一緒にご飯食べて……そういうの、親友って言うんでしょ?」
ひびきは、にっと八重歯を見せて笑った。
ジーナは、しばらく黙っていた。その青い瞳が、揺れている。
「……ひびき、私ね、考えたの。このまま、日本にいてもいいのかなって。私、みんなに迷惑ばかりかけてる。お父さんにも、見放されて……。私、やっぱり、モスクワに帰るべきなのかもしれない」
ジーナの声が、震えていた。
「ジーナ」
ひびきは、ジーナの手を、ぎゅっと握った。ジーナの手は、冷たくて、細くて、少し震えていた。
「あたし、あんたと一緒に、シルバーマン杯の予選に出たい」
ひびきは、まっすぐにジーナの目を見て、言った。
「え……?」
ジーナが、目を見開く。
「タッグ部門で、あたしとあんたで、エントリーするの。ヴィクトリアに、ジーナは恥さらしなんかじゃないって、二人で見せてやるんだよ」
「でも……タッグなんて……私が、足手まといになるわ」
ジーナは、俯いた。銀色の前髪が、表情を隠す。
「私、あなたみたいに強くない。一人で無理なトレーニングして、倒れて……。そんな私が、あなたの隣に立っていいわけがない」
ジーナの声が、涙で濡れていく。
「ジーナ」
ひびきは、握っていたジーナの手を、さらに強く握った。
「あんたがいるから、あたしは、もっと強くなれる気がするんだ」
ひびきは、笑顔で、言い切った。
ジーナが、はっと顔を上げる。青い瞳が、大きく見開かれた。
「あんたが隣にいてくれるから、あたし、頑張れる。一人じゃないって思える。あんたがいるから、あたしは、もっと強くなれる。だから、お願い。あたしと一緒に、戦ってほしい」
ひびきの言葉は、嘘のない、まっすぐなものだった。
ジーナの青い瞳から、大粒の涙が、こぼれ落ちた。
「……ひびき」
ジーナは、涙を拭おうともせず、ひびきを見つめた。
「私、あなたと一緒なら……戦えるかもしれない」
ジーナは、そう言って、力強く頷いた。
「ジーナ……!」
ひびきは、ジーナの手を握ったまま、嬉しそうに笑った。
その時、ひびきは、ジーナの手の温もりが、じわりと自分の手に伝わってくるのを感じた。さっきまで冷たかった手が、今は、確かに温かい。
(あれ……?)
ひびきの胸の奥が、ドキリと跳ねた。
ジーナも、同じだった。握られた手から、ひびきの体温が伝わってくる。その温かさが、なぜだか、胸の奥をくすぐる。
「……あの、ひびき」
「な、なに?」
二人は、握った手を離せないまま、互いに目を合わせた。
「……手、握ってて、いいの?」
「え? あ、うん。別に、いいけど……」
「……そう」
沈黙が、病室を満たした。
窓の外では、夕日が沈みかけていた。オレンジ色の光が、二人の横顔を照らしている。
「……なんか、変な感じ」
ひびきが、照れくさそうに言った。
「……ええ、変な感じね」
ジーナも、耳まで赤くして、俯いた。
握った手は、そのままだった。
◆
翌日。
ひびきとジーナは、シルバーマンジム桜ヶ丘店の受付に立っていた。ジーナは、昨日退院したばかりで、まだ少し顔色が青い。でも、その青い瞳は、昨日よりもずっと力強く輝いていた。
「すみません、街雄さん、いますか?」
ひびきが受付の女性に声をかけると、奥から、爽やかな笑顔の男性が現れた。
「おや、ひびきさん、ジーナさん。お二人でどうされましたか?」
街雄鳴造。シルバーマンジム桜ヶ丘店のトレーナーで、一見すると、雑誌から抜け出してきたような爽やかイケメン。だが、首から下は、信じられないほどに発達した筋肉に覆われている。今日は、紺色のトレーナー用ユニフォームを着ていた。
「あの、私たち、シルバーマン杯支部対抗予選の、タッグ部門にエントリーしたいんです!」
ひびきが、元気よく言った。
「ほう、タッグ部門に! それは素晴らしい!」
街雄は、嬉しそうに笑った。
「ジーナさん、体調はもう大丈夫ですか?」
街雄が、ジーナに優しく尋ねる。
「ええ、もう大丈夫よ。ご心配かけて、ごめんなさい」
ジーナが、少し照れながら答えた。
「いえいえ、無理は禁物ですよ。では、エントリーの手続きをしましょう。こちらへどうぞ」
街雄は、二人を受付のカウンターへ案内した。
エントリーシートに、二人の名前を書いていく。ひびきが、達筆とは言えない字で、自分の名前を書き、ジーナが、丁寧な字で、自分の名前を書いた。
「これで、お二人のエントリーは完了です」
街雄が、にこやかに言った。
「あの、街雄さん。一つ、聞いてもいいですか?」
ひびきが、少し真剣な顔で尋ねた。
「ええ、何でしょう?」
「ヴィクトリアさんも、同じ予選にエントリーしてるって、本当ですか?」
ひびきの質問に、街雄の表情が、わずかに曇った。
「……ええ。ヴィクトリアさんも、タッグ部門にエントリーされています。パートナーは、モスクワ支部の有望な若手トレーナーだとか」
「そう、ですか……」
ひびきは、唇を噛んだ。
(やっぱり、来るんだ。あの女)
「でも、お二人さんなら、きっと大丈夫ですよ!」
街雄が、急に明るい声を出した。
「お二人さん、いいチームワークですからね! この前のベンチプレス、息がぴったり合っていましたよ! あれは、まさに、筋肉のハーモニー! 見事でした!」
街雄は、そう言うと、突然、両腕を上げて、ボディビルのポージングを始めた。
ビシッ! ビシシッ!
筋肉が、盛り上がる。ユニフォームの袖が、ぱつぱつと音を立てて張り詰める。
「お二人の筋肉が、共鳴し合う時、そこには、無限の可能性が——」
ビリッ!
ユニフォームの背中が、勢いよく破れた。
「なんで服が破れるの!?」
ジーナが、驚きの声を上げた。
「それが街雄さんなんだよ〜」
ひびきが、苦笑いしながら、ジーナに説明する。
「す、すごい筋肉……。でも、服が可哀想だわ」
ジーナは、呆然としながらも、どこか感心したように呟いた。
「あはは、よく言われるんですよ」
街雄は、破れたユニフォームを気にすることもなく、爽やかに笑った。
その笑顔と、破れた服のギャップが、なんとも言えずおかしかった。
◆
それから数日後。
ジーナは、退院後、医師から許可が出た範囲で、ひびきと一緒に、予選に向けたタッグ練習を再開した。
最初に取り組んだのは、タッグデッドリフト。二人で一つのバーベルを持ち上げる競技だ。
「ジーナ、せーの、で合わせよう!」
「ええ、分かったわ!」
二人は、バーベルを挟んで、向かい合って立った。ひびきが、バーベルのシャフトを順手で握り、ジーナが、逆手で握る。
「せーの!」
二人は、同時にバーベルを持ち上げようとした。
ガタン!
しかし、タイミングが合わず、バーベルが傾いた。
「あっ、ごめん!」
「私こそ、タイミングが早かったわ」
二人は、顔を見合わせて、苦笑いした。
「もう一回、やってみよう。今度は、あたしが、いち、に、さん、って言うから、さん、で持ち上げよう」
「ええ」
二人は、再びバーベルを握った。
「いち、に、の、さん!」
二人は、息を合わせて、バーベルを持ち上げた。
ずしん。
バーベルが、ゆっくりと、床から離れていく。
「そのまま、膝を伸ばして!」
「んっ……!」
二人の腕に、力がみなぎる。バーベルが、腰の高さまで持ち上がった。
「やった! できた!」
「ええ、できたわ!」
二人は、バーベルを床に下ろすと、ハイタッチをした。
パチン、と、小気味いい音が、トレーニングフロアに響く。
「今の、息が合ってたね!」
「ええ、あなたの掛け声が、分かりやすかったわ」
ジーナが、嬉しそうに笑った。
次に、ポージング対決の練習をした。タッグ部門では、二人で息を合わせて、ボディビルのポージングを披露する必要があるのだ。
「ジーナ、ポージング、どんな感じでやる?」
ひびきが尋ねると、ジーナは、少し不安そうな顔をした。
「私、人前に立つの、苦手で……。モスクワの大会でも、ポージングの時は、いつも緊張して、うまくできなかったの」
ジーナの声が、小さくなる。
「大丈夫だよ。あたしがついてる」
ひびきは、ジーナの肩を、ポンと叩いた。
「二人でやれば、怖くないよ。ほら、あたしの真似をして」
ひびきは、ジーナの隣に立ち、フロントダブルバイセップスのポーズを取った。
「こうやって、腕を曲げて、筋肉を見せるの」
ジーナは、おそるおそる、ひびきの真似をした。
「……こう?」
「そうそう! いい感じ! もっと胸を張って!」
ひびきの声に、ジーナは、少しだけ胸を張った。
「そう! その調子!」
二人は、鏡の前で、何度もポージングの練習を繰り返した。
最初はぎこちなかったジーナの動きも、練習を重ねるうちに、少しずつ、滑らかになっていく。
「……なんだか、あなたと一緒だと、人前に立つのも、怖くない気がするわ」
ジーナが、鏡の中の自分と、隣に立つひびきを見つめながら、ぽつりと言った。
「でしょ? あたしも、ジーナと一緒だと、なんか、心強いんだよね」
ひびきが、にっと笑った。
その笑顔を見て、ジーナの胸の奥が、また、ドキリと跳ねた。
(なんでかしら。ひびきの笑顔を見ると、胸が温かくなる)
ジーナは、自分の心の変化に、戸惑っていた。
練習の合間、二人は、トレーニングフロアの隅で、休憩をしていた。ひびきは、スポーツドリンクを飲み、ジーナは、タオルで汗を拭いている。
「ねえ、ジーナ」
ひびきが、不意に、真剣な声で言った。
「なに?」
「あんた、なんで、そんなにモスクワにこだわるの?」
ひびきの質問に、ジーナは、少しだけ、うつむいた。
「……お父さんに、認められたいの」
ジーナは、小さな声で、打ち明けた。
「私のお父さんは、モスクワ支部の支部長なの。小さい頃から、厳しくて、私が何をしても、褒めてくれたことがない。『お前はまだまだだ』『そんなことでは、支部長の娘として恥ずかしい』って、いつも言われてた」
ジーナの声が、震え始める。
「私、お父さんに、『お前は強い』って、言われたかった。だから、必死でトレーニングした。でも、私、弱くて……。アームレスリングの大会でも、あなたに負けて……。お父さんは、私に、ますます失望したと思う」
ジーナの青い瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「ジーナ……」
ひびきは、ジーナの背中を、優しくさすった。
「あんたは、弱くなんかないよ。あたしが知ってるジーナは、すごく強い。負けず嫌いで、プライドが高くて、でも、本当は優しくて、友達想いで……」
ひびきは、ジーナの顔を覗き込んだ。
「あんたのお父さんが、あんたのことを認めないなら、あたしが認める。あんたは、あたしの、最高のライバルで、最高の親友だよ」
ひびきの言葉に、ジーナは、涙でぐしゃぐしゃの顔で、笑った。
「……ありがとう、ひびき」
ジーナは、ひびきの手を、ぎゅっと握った。
◆
予選前夜。
ひびきの自宅のリビング。テーブルの上には、明日の予選の資料と、プロテインの缶が並んでいた。
ひびきとジーナは、ソファに並んで座っていた。二人とも、明日のことを考えると、なかなか眠れそうになかった。
「ひびき、私……明日、頑張れるかな」
ジーナが、不安そうに呟いた。
「当たり前じゃん! あんたは十分頑張ってるよ。あたしが保証する!」
ひびきが、力強く言った。
「……本当?」
「本当だよ。あたし、あんたが毎日、どれだけ頑張ってるか、ずっと見てきたんだから。あんたは、絶対に、強い。明日は、それを、みんなに見せてやろう」
ひびきは、ジーナの肩を、ポンと叩いた。
ジーナは、ひびきの顔を、じっと見つめた。
「ひびき、ありがとう。私、ひびきと出会えて、よかった」
ジーナが、初めて、素直に感謝の言葉を口にした。
その言葉に、ひびきは、一瞬、きょとんとした。
そして、すぐに、照れくさそうに笑った。
「……あたしもだよ」
ひびきは、そう言って、右手を差し出した。
ジーナは、その手を見て、少し迷ってから、自分の右手を、ひびきの手に重ねた。
パチン。
二人は、心からの笑顔で、ハイタッチを交わした。
その音は、静かなリビングに、とても澄んで響いた。
窓の外では、月が、静かに、明日の戦いを見守るように、輝いていた。Noveliaとは?
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