FAIRY TAIL もしもナツが幽鬼の支配者に奪われたルーシィを救わなかったら
星霊魔導士ルーシィ・ハートフィリアは、ある夜、謎の魔法陣によってギルドの裏手から姿を消した。同じ頃、修行の旅に出ていたナツとハッピーは、遠く離れた地でその報せを受ける。しかしナツは、ルーシィを救うために戻ることを選ばなかった——。「俺は強くなってから帰る」。その決断が、妖精の尻尾の運命を、そしてルーシィの運命を大きく変えていく。幽鬼の支配者に囚われた少女は、やがてこの世界の真実に触れることになる。異世界転生/転移が絡み合う、もうひとつのFAIRY TAIL。これは、救われなかった少女の物語。
FAIRY TAIL もしもナツが幽鬼の支配者に奪われたルーシィを救わなかったら - 星霊姫の日常と、消える笑顔
「ちょっと強くなってくる!」
桜色の髪を逆立てた少年が、夕焼けに染まるマグノリアの街に向かって叫んだ。その背中には、小さな青い猫がひょこんと乗っかっている。
「ナツ、声大きいよ。街中に響いてるって」
「うるせえ、気合いってのはな、声に出してなんぼなんだよ!」
ギルドの前の石畳に立つ私は、その二人のやりとりを見て、思わず笑ってしまった。だって、本当にこの二人はいつも通りなんだもの。
「ルーシィ、行ってくるね。ちゃんと鍵は肌身離さず持ってる?」
青い毛並みの猫──ハッピーが、くるりと首を回して私を見た。大きな黒い瞳が、夕日を反射してきらきら光っている。私は腰のベルトに下げた小さなポーチを、ぽんぽんと叩いてみせた。
「もちろん。ほら、ここに全部入ってるわよ」
「メシでも食ってろ。すぐ戻る」
ナツがぶっきらぼうに言った。黒い瞳は私を見ていなくて、でも、耳の先がほんの少し赤い。照れ隠しだって、もうわかってる。
「気をつけてね、二人とも」
私が手を振ると、ハッピーが「あい!」と元気よく返事をした。ナツは手を上げる代わりに、ふん、と鼻を鳴らして歩き出す。その背中が、マグノリアの白い石畳の上を、だんだん小さくなっていく。
フィオーレ川沿いに植えられたマグノリアの並木が、風に揺れてさらさらと音を立てていた。春の花はもう散って、代わりに若葉が夕日を透かして金色に光っている。川の向こうからは、市場をたたむ商人たちの声が聞こえてきた。
「……行っちゃった」
私は一人になって、ぽつりとつぶやいた。
なんだか、急に静かになった気がする。
胸のあたりが、きゅっとした。
(寂しい、のかな)
でも、それを認めるのはなんだか悔しくて、私はぶんぶんと首を振った。
「よし! 私も頑張らなきゃね!」
そうだ。私にだって、やることはたくさんある。
マカロフさんに言われた片付け仕事、まだ途中だった。
ギルドの裏手にある倉庫に、魔物の素材が山積みになっている。あれを全部仕分けしなきゃいけない。考えただけでため息が出るけど、でも、やるしかない。
だって、私がやらかしたことの、罰みたいなものだから。
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今朝のことを思い出す。
私は、マグノリアの宿「眠れる獅子亭」の二階にある自室で目を覚ました。
窓から差し込む朝日がまぶしくて、思わず布団を頭からかぶる。
「うーん……あと五分……」
でも、そうも言っていられない。今日はギルドに行って、依頼の報告をしなきゃいけないんだ。
のそのそと起き上がって、洗面台の鏡をのぞき込む。そこには、ブロンドのツインテールが寝癖で爆発した、ひどい顔の女の子がいた。
「うわ、ひどい……これ、直るかな……」
私は必死に髪をとかして、いつものツインテールに整える。白いブラウスに青いスカート。腰のベルトには、金色に光る星霊の鍵が下がったポーチ。うん、これでいつもの私だ。
星霊の鍵。
これは、私が星霊魔導士として契約している精霊たちを呼び出すための、大切な触媒だ。
星霊魔法は、この世界でもとても珍しい古代魔法で、使い手は大陸全土で二十人くらいしかいない。私の母も星霊魔導士で、母から受け継いだ鍵が、今は私の宝物になっている。
「おはよう、アクエリアス。機嫌はどう?」
ポーチから水瓶座の鍵を取り出して、話しかけてみる。
すると、鍵が淡く光って、中から不機嫌そうな声が返ってきた。
「あんた、契約更新の日を忘れてるんじゃないでしょうね。あたしとの契約、そろそろ切れるわよ」
「えっ!? そ、そうだっけ!?」
「ったく、使えない主人ね。まあいいわ。今から更新の儀式をするから、鍵を握りなさい」
私は慌てて鍵を両手で握った。
「こ、こう?」
「そのまま動かないで。……契約の名において、星霊界との扉を開くわ。水瓶座の力、その身に宿らせなさい。……って、あんた、魔力の流し方が雑すぎるのよ!」
次の瞬間、鍵から大量の水が噴き出した。
「ぎゃああああ! 冷たい! やめて! 部屋がびしょびしょになる!」
「自業自得よ。契約更新の日も覚えてないような主人には、これくらいがお似合いだわ。また出直してきなさい」
水はぴたりと止んだ。
私はずぶ濡れのまま、その場にへたり込む。
「……ひどいよ、アクエリアス……」
朝からびしょ濡れ。
今日の運勢、最悪かもしれない。
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着替えて宿を出ると、マグノリアの朝の空気が気持ちよかった。
フィオーレ川沿いの石畳は、朝露でしっとりと濡れている。白い花崗岩の道が、朝日を受けてきらきら光っていた。川面には小さな貨物船が浮かんでいて、船頭さんがのんびりと竿を操っている。
この街は、セレンディア王国の東部にある地方都市だ。人口は五万二千人くらい。王国の首都ルミナスからは東に三百二十キロも離れているけど、魔導士ギルド「妖精の尻尾」の本拠地があるおかげで、けっこう賑わっている。
「妖精の尻尾」は、王国魔法評議会から認可を受けた正規ギルドで、設立からもう百二十年以上になるんだって。メンバーは個性豊かで、問題児も多いけど、でも、みんな仲間思いで、あったかい人たちばかり。
私、ルーシィ・ハートフィリアは、そのギルドの一員だ。
まだ入って数ヶ月の新入りだけど、ナツやハッピーとチームを組んで、毎日楽しくやってる。
……まあ、その「楽しく」の中には、今日みたいな失敗もいっぱい含まれてるんだけど。
ギルドの建物は、街の中心部、フィオーレ川沿いの大通りに面している。三階建ての石造りで、一階はギルド酒場になっている。依頼掲示板とカウンターバーとテーブル席が二十卓。毎日五十人くらいのメンバーが出入りしてる。
私が重い木の扉を押し開けると、中からは今日も賑やかな声が飛び出してきた。
「お、ルーシィ! 聞いたぜ、昨日の依頼、報酬減らされたんだってな!」
「リヴァーフィッシュの駆除で、川に落ちたんだろ? 相変わらずドジだなあ!」
うっ。
朝からこれだ。
「……そうなの。川に落ちた上に、肝心のリヴァーフィッシュは一匹も捕まえられなくて……」
私がしょんぼりしながら言うと、ギルド酒場がどっと笑いに包まれた。
「お前、星霊魔導士なのに、なんで川に落ちるんだよ!」
「だって、アクエリアスが機嫌悪くて、呼び出したら私ごと水攻めにするんだもん……」
「それ、ただの八つ当たりじゃねえか!」
また笑われた。
もう、このギルドのみんな、私の失敗を楽しみにしてるんじゃないの?
「まあまあ、みんな、そのくらいにしてやりなさい」
カウンターの奥から、白い短髪の小さなおじいちゃんが顔を出した。
妖精の尻尾のマスター、マカロフ・ドレアーさん。
身長は百五十センチくらいで、私よりずっと小さい。穏やかな茶色の瞳と、しわくちゃの笑顔が特徴の、ギルドの父親みたいな人だ。
「ルーシィ、報酬が減ったのは残念だったが、命あっての物種だ。川に落ちたくらいで済んでよかったじゃないか」
「マカロフさん……ありがとうございます」
「だが、失敗には責任が伴う。というわけで、今日はギルド裏手の倉庫で、魔物素材の仕分けを頼む」
「えっ!? あの山みたいな素材を全部ですか!?」
「はっはっは、若いうちは苦労もいいものだ。がんばりなさい」
結局、そういうことになった。
マカロフさんは優しいけど、甘くはない。
でも、それでいいんだと思う。
だって、私が自分で選んだ道なんだから。
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私は、ハートフィリア家の令嬢として生まれた。
ハートフィリア家は、セレンディア王国でも有名な商家で、魔導具の素材になる鉱石や宝石の貿易で財を成した家だ。王都ルミナス近郊に大きな屋敷があって、使用人も二十人以上いる。
でも、私の記憶の中のあの家は、いつも冷たくて、静かだった。
母が死んでから、父は仕事にばかり打ち込むようになった。私のことを見てくれなくなった。
誕生日も、約束も、全部、仕事のせいでなくなった。
「お父様は、私のことなんて、どうでもいいんだ……」
そう思うようになったのは、いつからだっただろう。
そして、父が私に決めた縁談。
相手は、四十歳の貿易商。
会ったこともない、年齢も倍以上離れた男。
「私、そんなの絶対に嫌!」
私は家を飛び出した。
持ってきたのは、母の形見の星霊の鍵と、わずかな貯金だけ。
行くあてなんて、なかった。
でも、どうしても、あの家にはいたくなかった。
私の人生は、私が決める。
誰かの言いなりになるなんて、もう嫌だ。
そう思って、たどり着いたのが、このマグノリアの「妖精の尻尾」だった。
ナツとハッピーに出会って、ギルドに入って、今はここが私の居場所だ。
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夕暮れのギルド前。
ナツとハッピーを見送った後、私はギルドの裏手に向かった。
ギルドの建物の裏手には、倉庫と訓練場がある。倉庫の中には、依頼で持ち帰った魔物の素材が、所狭しと積まれていた。
「……これを全部、一人でかあ」
私は倉庫の前に置かれた木箱に腰を下ろして、山積みの素材を眺めた。
リヴァーフィッシュの鱗、ジャイアントウルフの牙、トレントの枝……。
どれもこれも、匂いがきつい。
「はあ……ナツ、早く帰ってこないかなあ」
でも、ナツは修行に行っちゃった。
ハッピーも一緒だ。
「ルーシィ、一人で大丈夫? 寂しくない?」
出発前、ハッピーが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫に決まってるでしょ。私だって、一人でできるんだから」
強がりだった。
本当は、ちょっとだけ寂しい。
でも、ナツの前でそんな顔はできない。
だって、あの二人は、強くなるために行くんだから。
「私も、二人に負けないくらい、ちゃんとしないとね」
私は立ち上がって、倉庫の素材の仕分けを始めた。
魔物の素材は、種類ごとに分けて、箱に詰めていく。
鱗は鱗、牙は牙、枝は枝。
単純な作業だけど、量が多いから、なかなか終わらない。
空がだんだん暗くなってくる。
夕日が沈んで、星が一つ、二つと顔を出し始めた。
ギルドの窓からは、まだ明かりが漏れている。
中では、残ったメンバーたちが、酒を飲んだり、トランプをしたりして騒いでいるんだろう。
楽しそうな声が、かすかに聞こえてくる。
「……いいなあ」
私も、あっちに混ざりたい。
でも、仕事が終わらない。
ため息をついて、手を動かす。
その時だった。
ひゅう、と、冷たい風が吹いた。
季節外れの、北風。
「……え?」
背筋が、ぞわっとした。
何か、嫌な予感。
私は顔を上げて、あたりを見回した。
でも、倉庫の周りには誰もいない。
ギルドの明かりが、遠くでぼんやり光っているだけだ。
「……気のせい、だよね」
私は小さくつぶやいて、作業に戻った。
その時、私の足元の地面に、淡い光の線が走った。
「えっ!?」
見ると、地面に魔法陣が浮かび上がっている。
紫色の、不気味な光。
円の中に、見たこともない幾何学模様が描かれている。
「な、なにこれ……!?」
私はとっさに後ろに飛びのこうとした。
でも、足が動かない。
魔法陣の光が、私の足に絡みついている。
「だ、誰か……! 助けて……!」
声を上げようとした。
でも、喉が張り付いたみたいに、うまく声が出ない。
魔法陣の光が、どんどん強くなる。
紫の光が、私の体を包み込んでいく。
意識が、遠のいていく。
(ナツ……ハッピー……)
頭の中に、二人の顔が浮かんだ。
でも、二人はもう、ここにはいない。
(誰か……)
私は、ポーチの中の星霊の鍵を、必死に握りしめた。
でも、指先に力が入らない。
光が、すべてを飲み込んだ。
そして、私の意識は、ぷつりと途切れた。
---
ギルドの酒場では、誰も、その異変に気づいていなかった。
「はっはっは、今日も飲むぞ!」
「おいおい、飲みすぎるなよ。明日も依頼があるんだからな」
笑い声と、グラスのぶつかる音。
いつもと変わらない、妖精の尻尾の夜。
ただ、一人の少女が、静かに姿を消したことを、まだ誰も知らなかった。Noveliaとは?
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