FAIRY TAIL もしもナツが幽鬼の支配者に奪われたルーシィを救わなかったら
星霊魔導士ルーシィ・ハートフィリアは、ある夜、謎の魔法陣によってギルドの裏手から姿を消した。同じ頃、修行の旅に出ていたナツとハッピーは、遠く離れた地でその報せを受ける。しかしナツは、ルーシィを救うために戻ることを選ばなかった——。「俺は強くなってから帰る」。その決断が、妖精の尻尾の運命を、そしてルーシィの運命を大きく変えていく。幽鬼の支配者に囚われた少女は、やがてこの世界の真実に触れることになる。異世界転生/転移が絡み合う、もうひとつのFAIRY TAIL。これは、救われなかった少女の物語。
FAIRY TAIL もしもナツが幽鬼の支配者に奪われたルーシィを救わなかったら - 星霊姫、自縄自縛を断つ——私は誰かの人形じゃない
湿った空気が、肺の奥まで染み込んでくる。カビと鉄錆の匂い。石壁から滲み出る冷気が、ルーシィ・ハートフィリアの背中にじわじわと食い込んでいた。
グラン・ノワールの地下牢。闇ギルド「幽鬼の支配者」の本拠地。廃鉱山の坑道を改造した要塞の、地下三階層目にある牢。
拉致されてから、五日目の朝。
(……もう、朝なのね)
ルーシィは、高い位置の明かり窓を見上げた。白い光が、かすかに差している。夜が明けたらしい。
両手首の枷は、もうない。床の星霊封じの紋章も、砕け散った。二重の封印は、昨日、彼女自身の手で打ち破った。
(でも、まだ終わってない)
ルーシィは、腰のポーチに手を当てた。星霊の鍵が、まだ、ちゃんとそこにある。金色に輝く、九本の鍵。彼女の、たった一つの力。
(ジョゼは、きっと来る)
昨日、あの男は言った。「本番はこれからだ」と。あの笑みの裏に、何が隠されているのか。ルーシィには、まだ分からない。
(お父様の病。星霊王の指輪。そして、あの人の本当の狙い)
考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。
その時だった。
コツ、コツ、コツ。
廊下の向こうから、靴音が聞こえてきた。規則正しい、落ち着いた足音。見張りの男たちの、荒っぽい足音とは違う。
ルーシィは、とっさに身構えた。背筋を伸ばし、牢の入り口をじっと見つめる。
鉄格子の向こうに、人影が現れた。
白いスーツ。赤紫色の長髪。口元に浮かんだ、紳士的な笑み。
「おはようございます、お嬢さん。よく眠れましたかな」
ジョゼ・ポーラ。闇ギルド「幽鬼の支配者」のマスター。聖十大魔道の一人。そして、ルーシィをここに閉じ込めた張本人。
ルーシィは、唇を引き結んだ。
「……あんたに、おはよう、なんて言われる筋合いはないわ」
声が、少し震えた。でも、目は逸らさない。
ジョゼは、ククク、と喉を鳴らした。
「これは失礼。つい、習慣でね。囚人にも、礼儀は尽くす主義でして」
「囚人に礼儀? 笑わせないで。あんたが私にしたことを、礼儀って言うの?」
「おや、心外ですな。私はただ、お父上のご依頼に従い、あなたをお連れしただけですよ。もっとも、多少、乱暴な手段になってしまいましたが」
ジョゼは、鉄格子の前に立った。細長い指で、格子をそっと撫でる。
「それにしても、驚きました。あの二重の封印を、独力で破壊するとは。星霊魔導士の血は、やはり伊達ではないようですな」
「お父様を、盾に取ったくせに。よくも、そんなことが言えるわね」
ルーシィの声が、牢の中に響いた。
ジョゼは、笑みを崩さない。
「盾? 人聞きの悪い。私はただ、事実を伝えただけです。あなたのお父上、ジュード・ハートフィリア氏は、病で余命いくばくもない。それは、紛れもない事実ですよ」
「……っ」
ルーシィの胸が、きゅっと締め付けられる。
(お父様が、本当に……?)
ジョゼは、ルーシィの動揺を見透かすように、言葉を続けた。
「そして、もう一つの事実。あなたの家には、『星霊王の指輪』と呼ばれる秘宝が伝わっている。あなたは、それをご存じない。違いますか?」
「……星霊王の、指輪?」
ルーシィは、首を傾げた。聞いたことがない。
「やはり、ご存じない。お父上は、あなたに何も話していないのですな。……まあ、それも無理はない。あの指輪は、ハートフィリア家の、いわば『呪い』ですから」
「呪い……?」
「ククク……興味深いでしょう? あなたの家には、あなたの知らない秘密が、まだまだ眠っている。私が欲しいのは、その指輪。そして、ハートフィリア家の全財産。そのためなら、あなたのお父上の命など、どうでもいい」
ジョゼの声が、冷たく響いた。
ルーシィは、拳を握りしめた。指先が、白くなる。
「……あんた、最低よ。人の命を、何だと思ってるの」
「命? はて、この世界で、命ほど軽いものはないでしょう。力ある者が、力なき者を支配する。それが、この世の理。あなたも、星霊魔導士なら、知っているはずだ」
ジョゼは、指先を鉄格子の隙間から、牢の中へと差し入れた。
「さて、お嬢さん。そろそろ、遊びを始めましょうか」
その瞬間、ジョゼの指先から、透明な糸が放たれた。
シュッ。
空気を裂く、かすかな音。
ルーシィは、とっさに身をかわした。
(傀儡の糸!)
ジョゼの魔法。触れた相手の身体を、自在に操る。昨日、あの糸に触れかけ、身体の自由を奪われかけた。
「おや、避けましたか。昨日より、動きが良い」
ジョゼは、笑みを浮かべたまま、次々と糸を放つ。
シュッ。シュッ。シュッ。
透明な糸が、ルーシィの身体を狙って、四方八方から襲いかかる。
ルーシィは、牢の中を必死に走り回った。石の床を蹴り、壁を蹴り、糸の間を縫って逃げる。
(速い……! でも、昨日より、見える!)
封印を解いたことで、体内のマナが回復しつつある。魔力感知が、昨日より鋭くなっている。糸の軌道が、かすかに見える。
(あの糸、指先から伸びてる)
ルーシィは、ジョゼの指先に目を凝らした。糸は、ジョゼの指先から、一直線に伸びている。
(そして、あの人、絶対に、牢の中に入ってこない)
ジョゼは、鉄格子の外から、糸を操っている。牢の中に入ってこない。
(なぜ? 入ってくれば、もっと簡単に私を捕まえられるのに)
ルーシィは、ジョゼの足元を見た。
(……あの距離。鉄格子から、だいたい五メートル。もしかして)
ルーシィの頭の中で、一つの仮説が浮かんだ。
(傀儡の糸には、射程がある。五メートル。それ以上は、糸が届かない)
だから、ジョゼは牢の中に入ってこない。五メートル以内に近づく必要があるから、鉄格子の外から糸を放っている。
(でも、それなら、あの人は、私に近づけない)
ルーシィは、腰のポーチから、二本の鍵を取り出した。
金色に輝く、蟹座の紋様。そして、射手座の紋様。
「キャンサー! サジタリウス! お願い!」
ルーシィは、二本の鍵を高く掲げた。
【星霊魔法・二体同時開門】
本来、星霊魔導士が一度に召喚できる星霊は、一体だけ。二体同時召喚は、熟練の魔導士でも難しい荒業だ。
でも、今のルーシィには、それしかなかった。
「開け、蟹座の門! キャンサー!」
一本目の鍵が、まばゆい光を放つ。
「開け、射手座の門! サジタリウス!」
二本目の鍵が、それに続く。
光が、牢の中に溢れ出した。
「……呼んだか、ルーシィ」
現れたのは、蟹の鋏を持つ、紳士的な星霊。キャンサー。
「ご命令を、我が君」
もう一体は、馬の下半身を持つ、弓の名手。サジタリウス。
二体の星霊が、ルーシィの前に並び立つ。
「……二体同時召喚。面白い」
ジョゼの笑みが、一瞬だけ深くなった。
「ですが、星霊ごときが、私の糸を止められるかな?」
ジョゼは、指先を振った。
シュッ。シュッ。シュッ。
糸が、キャンサーとサジタリウスに向かって放たれる。
「キャンサー! あの人の足を!」
「承知した」
キャンサーは、素早く床を這い、ジョゼの足元へと突進した。
「おや?」
ジョゼは、足元に迫るキャンサーに気づき、糸を放とうとした。
その隙を、サジタリウスが狙う。
「我が矢、外しはしない」
サジタリウスは、弓を引き絞り、矢を放った。
ヒュッ。
矢は、ジョゼの指先から伸びる糸を、正確に射抜いた。
パチン。
糸が、断ち切られた。
「……ほう」
ジョゼは、断ち切られた糸の先を、興味深そうに見つめた。
「サジタリウス、もう一本!」
「承知」
サジタリウスは、矢継ぎ早に二本目の矢を放った。
ヒュッ。
今度は、ジョゼの右手から伸びる糸を射抜く。
パチン。
また一本、糸が断ち切れた。
「なるほど。糸の射程を見切ったか。大した観察眼だ」
ジョゼは、笑みを浮かべたまま、一歩後退した。
「だが、私の糸は、何本でも出せる。その星霊たち、いつまで保つかな?」
ジョゼは、両手の指先から、無数の糸を放った。
シュッ。シュッ。シュッ。シュッ。シュッ。
糸が、牢の中を埋め尽くすように、ルーシィと星霊たちに襲いかかる。
「きゃっ!」
ルーシィは、糸の一本が頬をかすめたのを感じた。ひやりとした冷たい感触。
「ルーシィ、下がっていろ」
キャンサーが、ルーシィの前に立ちはだかり、鋏で糸を断ち切っていく。
「我が君、ご安心を。我が矢、すべての糸を断ち切ってみせる」
サジタリウスは、連続で矢を放ち、糸を次々と射抜いていく。
パチン。パチン。パチン。
糸が断ち切れる音が、牢の中に響き渡る。
「ククク……面白い。実に面白い。星霊と使い手の絆、か。だが、それも、ここまでだ」
ジョゼは、指を鳴らした。
その瞬間、牢の壁が、轟音とともに吹き飛んだ。
ドゴォォォォン!!
石の破片が、ルーシィの周囲に降り注ぐ。
「な、何!?」
ルーシィは、とっさに腕で顔を庇った。
「牢の壁を破壊するなど、造作もない。私は、わざわざ狭い牢の中で戦う義理はないのでね」
ジョゼは、破壊された壁の向こう、広い坑道へと移動した。
「さあ、こちらへいらっしゃい。広い場所で、存分に踊りましょう」
ジョゼは、坑道の奥へと、ゆっくり歩いていく。
ルーシィは、星霊たちと共に、ジョゼの後を追った。
(距離を保つ。五メートル以上。絶対に、あの糸に触れない)
ルーシィは、心の中で、自分に言い聞かせた。
坑道は、薄暗く、ひんやりとしていた。壁には、所々に魔導灯が灯っている。
「お嬢さん、あなたは、なぜ戦うのです?」
ジョゼは、歩きながら、背を向けたまま尋ねた。
「……決まってるわ。自分の道を、自分で守るためよ」
「自分の道? 笑わせますな。あなたの道など、最初から、お父上に敷かれたレールの上にある。家出をして、ギルドに入って、それで自由になったつもりか?」
ジョゼは、立ち止まり、振り返った。
「あなたは、誰かの人形だ。お父上の、ギルドの、そして、これからは、私の。人形に、自分の道など、ない」
ジョゼの言葉が、ルーシィの胸に突き刺さる。
(私が……人形?)
ルーシィは、唇を噛んだ。
(違う。私は、私の意思で、ここにいる)
(家を出たのも、ギルドに入ったのも、戦っているのも、全部、私が決めたこと)
「……黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれるわね」
ルーシィは、顔を上げた。
「私は、誰かの人形なんかじゃない! 私は、ルーシィ・ハートフィリアよ! 私の道は、私が決める!」
ルーシィの声が、坑道に響き渡った。
その時だった。
ドゴォォォォン!!
坑道の天井が、再び轟音とともに崩れ落ちた。
「……何!?」
ジョゼは、崩れ落ちる瓦礫を避け、後方に跳んだ。
瓦礫の向こうから、一人の老人が現れた。
小柄な体。白い短髪。白い長い口髭。そして、全身から溢れ出る、膨大な魔力。
「ようやく見つけたぞ、ルーシィ」
マカロフ・ドレアー。妖精の尻尾のマスター。聖十大魔道の一人。
「マスター!」
ルーシィの顔に、安堵の色が広がる。
「……マカロフ・ドレアー。まさか、ここまで来るとは」
ジョゼの笑みが、初めて消えた。
「ジョゼ・ポーラ。わしの可愛い子を、よくも痛めつけてくれたのう」
マカロフは、ジョゼを睨みつけた。
「ギルドの存続を、賭けてでも、ルーシィは守る。それが、わしの決断じゃ」
マカロフの身体から、さらに膨大な魔力が溢れ出した。
空気が、ビリビリと震える。
「……ギルドの存続を賭けて、か。愚かな。たった一人の小娘のために、ギルド全体を危険に晒すとは」
ジョゼは、笑みを浮かべ直した。
「愚かで結構。それが、妖精の尻尾のやり方じゃ」
マカロフは、一歩前に出た。
「ルーシィ、下がっておれ。ここからは、わしが相手をする」
「でも、マスター……!」
「心配するな。わしは、お前さんが思うより、ずっと強いぞ」
マカロフは、ルーシィに微笑みかけた。
「ククク……聖十大魔道同士の決闘、か。面白い。だが、私の傀儡の糸は、触れた者を操る。お前の巨体では、避けきれまい」
ジョゼは、指先から糸を放った。
シュッ。
糸が、マカロフに向かって一直線に伸びる。
「ふん」
マカロフは、糸を魔力で押さえ込んだ。
糸が、マカロフの眼前で、ピタリと止まる。
「……何?」
「わしの魔力は、お前さんの糸ごとき、容易く止められるわ」
マカロフは、糸を魔力で弾き飛ばした。
パチン。
糸が、断ち切れた。
「ルーシィ、今のうちに、ジョゼの背後に回り込め。そして、お前さんの星霊で、あいつの腕を捻り上げるのじゃ」
マカロフは、ルーシィにだけ聞こえる声で、囁いた。
「え……?」
「あいつの糸は、指先から出る。腕を捻り上げれば、糸は、あいつの身体に絡みつく。自縄自縛、というやつじゃ」
ルーシィは、マカロフの意図を理解した。
(ジョゼの糸を、ジョゼ自身に絡ませる……!)
「キャンサー! サジタリウス! 行くわよ!」
ルーシィは、星霊たちと共に、ジョゼの背後に回り込んだ。
「おや、後ろから? 小賢しい真似を」
ジョゼは、振り返り、糸を放とうとした。
「させん!」
マカロフは、ジョゼの糸を、再び魔力で押さえ込んだ。
「くっ……! マカロフ、貴様!」
ジョゼの注意が、マカロフに向いた、その瞬間。
「キャンサー、今よ! あの人の腕を!」
「承知した」
キャンサーは、ジョゼの背後から、その鋭い鋏で、ジョゼの右腕を掴み、捻り上げた。
グキッ。
「ぐあっ!」
ジョゼの右腕が、背中の方へと捻り上げられる。
その瞬間、ジョゼの指先から伸びていた糸が、ジョゼ自身の身体に絡みついた。
「な……!?」
ジョゼは、自分の糸に、自分の身体を縛られた。
「サジタリウス! 今よ! あの人を、射抜いて!」
「承知。我が矢、必ずや」
サジタリウスは、弓を引き絞り、矢を放った。
ヒュッ。
矢は、ジョゼの身体を、正確に射抜いた。
「ぐああああっ!!」
ジョゼは、悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
「私は、誰かの人形じゃない!!」
ルーシィは、叫んだ。
「私は、私の意思で、ここに立ってる! 私の道は、私が決める! 誰にも、操らせない!」
ルーシィの叫びが、坑道に響き渡った。
ジョゼは、糸を断ち切り、なんとか体勢を立て直した。
「……ククク……やってくれたな、お嬢さん」
ジョゼは、血を流しながらも、笑みを浮かべていた。
「だが、忘れるな。本番は、これからだ。お前の父の病も、星霊王の指輪の在り処も、まだ何も解決していない。すべては、私の掌の上だ」
ジョゼは、指を鳴らした。
その瞬間、ジョゼの身体が、紫色の煙に包まれた。
「さらばだ、お嬢さん。また会おう」
煙が、消えた。
ジョゼの姿は、もうなかった。
「……逃げられた」
ルーシィは、肩で息をしながら、ジョゼが消えた場所を見つめた。
「ようやった、ルーシィ。お前さんは、立派に戦った」
マカロフは、ルーシィの頭に、そっと手を置いた。
「……マスター。私、怖かった。でも、負けたくなかったんです。あの人に、私の道を、奪われたくなかったから」
ルーシィの声は、震えていた。
「ああ。お前さんの意志は、ちゃんと届いておる。星霊たちも、お前さんを助けたじゃろう」
「……はい。キャンサーと、サジタリウスが、私を助けてくれました」
ルーシィは、星霊たちに、感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう、キャンサー、サジタリウス。あなたたちのおかげで、勝てたわ」
「当然のことをしたまで。我が君のためなら、この身など」
「我が矢、我が君のために。それが、我が誇り」
二体の星霊は、そう言って、光の中へと消えていった。
「さあ、帰るぞ。マグノリアへ。みんなが、待っておる」
「……でも、マスター。幽鬼の支配者が、ギルドを攻めるって……」
「わかっておる。だからこそ、急ぐんじゃ。ギルドの存続が、かかっておる。お前さんの父君のことも、星霊王の指輪のことも、まだ何も解決しておらん。だが、まずは、お前さんを安全な場所に連れて帰る。それが、わしの役目じゃ」
ルーシィは、マカロフの背中を見つめた。
小さいのに、大きく見える。
(この人が、ギルドのマスター。みんなのお父さん)
ルーシィは、マカロフの後を追った。
自分の足で、一歩ずつ。
地下牢の廊下を、二人で歩く。
(ジョゼの笑顔の裏にあった、別の意図)
ルーシィは、さっきのジョゼの言葉を思い出していた。
(単なる金銭目的じゃない。あの人は、何か、もっと別のことを考えてる)
(星霊王の指輪。お父様が知ってる、家の秘密。そして、お父様の病)
(ナツが戻ってきたら、私は、なんて伝えればいいんだろう)
ルーシィは、腰のポーチに手を当てた。
星霊の鍵が、まだ、ちゃんとそこにある。
(大丈夫。私は、私の足で、歩ける)
牢の外へ続く階段を、一歩、また一歩と、上っていく。
背後で、ジョゼの残した笑みの気配が、まだ、消えずに残っていた。
——
グラン・ノワールの外に出ると、空は、どんよりと曇っていた。
「雨が降りそうじゃ。急ぐぞ」
マカロフは、空を見上げて言った。
「……はい」
ルーシィは、マカロフの後を、黙ってついていく。
しばらく歩くと、ギルドから届いた通話水晶が、マカロフの懐で鳴り始めた。
ピリリリリ。
「おや、通話水晶か」
マカロフは、懐から通話水晶を取り出した。
「もしもし、わしじゃ」
「マスター! ルーシィは!? ルーシィは無事なのか!?」
通話水晶から、ナツの声が飛び出してきた。
「ナツ!?」
ルーシィは、思わず声を上げた。
「ルーシィ!? お前、無事なのか!?」
「……ナツ。私、大丈夫よ。ちゃんと、自分の足で、立ってる」
ルーシィは、涙をこらえながら、通話水晶に向かって言った。
「……そうか。よかった。本当に、よかった」
ナツの声が、少し震えていた。
「でも、俺は、まだ戻れねえ。山道が崩落して、身動きが取れねえんだ。くそっ!」
ナツの悔しそうな声が、通話水晶から響いた。
「ナツ、ありがとう。心配してくれて。でも、私は、もう大丈夫。自分で、決着をつけたから」
「……自分で、決着をつけた? お前が、か?」
「ええ。私、ジョゼと戦ったの。そして、勝った。星霊たちと一緒にね」
「……マジかよ。お前、あの聖十の一人と戦って、勝ったのか?」
ナツの声が、驚きに満ちていた。
「マジよ。私、強くなったでしょ?」
ルーシィは、少しだけ、いたずらっぽく言った。
「……へっ。上等だ。お前がそこまでやるとはな。俺も、負けてられねえな」
ナツの声に、笑みが混ざった。
「ナツ、早く帰ってきて。そしたら、また、一緒に依頼に行きましょう」
「ああ、もちろん! 待ってろよ、ルーシィ! 俺が戻ったら、一番強い依頼、受けに行くぞ!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
ルーシィは、笑顔で答えた。
「ナツ、無理はするなよ。山道の崩落が収まるまで、待つのじゃ」
「分かってる。でも、俺は、絶対に、ルーシィのところに戻る。それだけは、約束する」
ナツの声が、力強く響いた。
通話水晶の光が、消えた。
ルーシィは、通話水晶を見つめたまま、しばらく動けなかった。
(ナツ……)
胸の奥が、じわりと温かくなる。
(離れていても、ナツは、私の仲間なんだ)
「……行こう、ルーシィ」
マカロフは、優しく声をかけた。
「はい」
ルーシィは、涙を拭い、歩き出した。
——
マグノリアへの帰路。
馬車は、でこぼこ道を、ゆっくりと進んでいた。
ルーシィは、馬車の窓から、流れていく景色を眺めていた。
(家に帰れる。ギルドに、みんなのところに)
(でも、何かが、引っかかる)
「マスター。星霊王の指輪って、何ですか?」
ルーシィは、マカロフに尋ねた。
「……お前さんも、ジョゼから聞いたのか」
マカロフは、難しい顔をした。
「わしも、詳しいことは知らん。じゃが、ハートフィリア家には、古くから伝わる秘宝がある、という噂は聞いたことがある。それが、星霊王の指輪なのかもしれん」
「……私、そんな話、一度も聞いたことなかった」
「お前さんの父君が、何か知っておるはずじゃ。ジュード・ハートフィリアは、ただの商人ではない。あの男は、何か、隠しておる」
「……お父様が、隠し事を?」
ルーシィは、父の顔を思い浮かべた。
(お父様は、いつも、仕事の話ばかりしていた)
(私には、何も話してくれなかった)
(家の秘密も、お母様のことも、何も)
「ジョゼは、指輪の在り処を、お前さんが知っていると思っている。だから、お前さんを捕らえた。そして、これからも、お前さんを狙うじゃろう」
「……私、どうすればいいの?」
ルーシィは、不安そうに、マカロフを見つめた。
「まずは、事実を確かめることじゃ。お前さんの父君の病が、本当なのか。指輪が、どこにあるのか。そして、ジョゼの『本番』とやらが、何を意味するのか。調べる必要がある」
「……分かりました。私、自分で、確かめます」
ルーシィは、決意を込めて言った。
「うむ。お前さんなら、できるじゃろう。だが、無理はするな。何かあれば、わしを頼れ」
「ありがとうございます、マスター」
ルーシィは、微笑んだ。
(私は、もう、守られるだけの姫じゃない)
(自分で、自分のルーツを、暴く)
(お父様の病も、星霊王の指輪も、ジョゼの本当の狙いも)
(全部、私が、この目で確かめる)
馬車は、マグノリアへと向かって、走り続ける。
窓の外では、雨が、ぽつりぽつりと降り始めていた。
ルーシィは、雨に濡れる景色を眺めながら、静かに、これから始まる戦いに、思いを馳せていた。Noveliaとは?
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