FAIRY TAIL もしもナツが幽鬼の支配者に奪われたルーシィを救わなかったら
星霊魔導士ルーシィ・ハートフィリアは、ある夜、謎の魔法陣によってギルドの裏手から姿を消した。同じ頃、修行の旅に出ていたナツとハッピーは、遠く離れた地でその報せを受ける。しかしナツは、ルーシィを救うために戻ることを選ばなかった——。「俺は強くなってから帰る」。その決断が、妖精の尻尾の運命を、そしてルーシィの運命を大きく変えていく。幽鬼の支配者に囚われた少女は、やがてこの世界の真実に触れることになる。異世界転生/転移が絡み合う、もうひとつのFAIRY TAIL。これは、救われなかった少女の物語。
FAIRY TAIL もしもナツが幽鬼の支配者に奪われたルーシィを救わなかったら - 星霊姫、枷を砕く——ジョゼの罠とマカロフの決断
湿った空気が、肺の奥まで染み込んでくる。カビと鉄錆の匂い。石壁から滲み出る冷気が、ルーシィ・ハートフィリアの背中にじわじわと食い込んでいた。
グラン・ノワールの地下牢。闇ギルド「幽鬼の支配者」の本拠地。廃鉱山の坑道を改造した要塞の、地下三階層目にある牢。
拉致されてから、四日目の朝。
(……朝、なのかな)
ルーシィは、高い位置の明かり窓を見上げた。白い光が、かすかに差している。夜が明けたらしい。
両手首には、分厚い鉄の枷。魔力を吸い上げる、忌まわしい拘束具。床には、紫色に発光する星霊封じの紋章。二重の封印。
(でも、今日で終わりにする)
ルーシィは、腰のポーチから一本の鍵を取り出した。金色に輝く、水瓶座の紋様が刻まれた鍵。星霊アクエリアスの鍵。
昨夜、彼女は見つけた。枷の内側、手首に触れる部分にある、髪の毛ほどの細い溝。魔力を吸い上げる回路。そして、その溝の終点にある、ほんのわずかな膨らみ。魔力の溜まり場。
(吸い込むなら、逆に流し込めばいい)
枷が魔力を吸い上げる速度には限界がある。ならば、その限界を超える量の魔力を、一気に叩き込む。枷は耐えきれずに、内側から破裂するはずだ。
(できる。私なら、できる)
ルーシィは、鍵を両手で握りしめた。指先が白くなる。
「アクエリアス……力を貸して」
声に出さず、心の中で呼びかける。体内のマナを、意識して鍵へと流し込む。
手首の枷が、途端に熱を帯びた。
(吸われる……でも、今度は違う)
ルーシィは、歯を食いしばった。枷が吸い上げる魔力の流れを、意識で感じ取る。水が低きに流れるように、体内のマナが枷の中へと消えていく。
(その流れを、逆手に取る)
彼女は、枷の魔力溜まりに意識を集中させた。吸い上げられた魔力が、そこに溜まっていく。溜まり場は、みるみる膨れ上がっていく。
(もっと。もっとよ)
ルーシィは、残りの魔力をすべて、枷へと叩き込んだ。
ピシッ。
小さな音がした。
枷の表面に、髪の毛ほどの亀裂が走る。
(いける!)
ルーシィは、鍵を握る手に、さらに力を込めた。
「お願い、アクエリアス……!」
その瞬間、鍵が、まばゆい金色の光を放った。
ドクン。
体内のマナが、枷の吸い上げを振り切り、鍵へと流れ込んでいく。星霊界への扉が、わずかに開く。
「――呼んだかしら、ルーシィ」
懐かしい声が、心の奥に響いた。水瓶座の星霊、アクエリアス。水の精霊。
「アクエリアス……私、負けないから」
ルーシィは、鍵を高く掲げた。
「お願い! この枷を、壊して!」
鍵から、膨大な水が溢れ出した。
ゴオオオオオッ!
水の奔流が、ルーシィの両手首を包み込む。枷の魔力溜まりに、水圧が集中する。
ピキピキピキッ!
亀裂が、一気に広がる。
バキンッ!!
左の枷が、内側から砕け散った。続いて、右の枷も。
鉄の破片が、牢の床に散らばる。
(やった……やったのよ!)
ルーシィの両手首から、忌まわしい重みが消えた。肌に食い込んでいた冷たい鉄が、もうない。
でも、まだ終わりじゃない。
床の紋章が、紫色に明滅している。星霊封じの紋章。枷が吸い上げた魔力を供給源に、封印を維持している。
(これも、壊す)
ルーシィは、鍵を床の紋章に向けた。
「アクエリアス、もう一度!」
再び、水の奔流が溢れ出した。今度は、床の紋章めがけて、一直線に。
ドゴォォォン!!
水の塊が、石の床を叩き潰す。紋章の回路に、超高圧の水が流れ込む。
紫色の光が、激しく明滅する。
バリバリバリッ!
石の床が、放射状にひび割れる。紋章が、その形を保てなくなる。
パァンッ!
最後の一撃で、紋章は完全に砕け散った。
(二重の封印、解除)
ルーシィは、大きく息を吐いた。全身の力が抜ける。膝が、ガクンと折れそうになる。
でも、倒れるわけにはいかない。
(まだ、終わってない)
その時だった。
「おい、何の音だ!」
鉄格子の向こうから、見張りの男が駆け込んできた。痩せ型で、目つきの鋭い男。手に、短い棍棒を持っている。
「てめえ、何をしやがった!」
男は、鉄格子の隙間から牢の中を覗き込み、床に散らばった枷の破片と、ひび割れた紋章を見た。
「な……封印が、解けてやがる……!?」
男の顔が、恐怖に歪む。
「くそっ、おとなしくしてろ!」
男は、腰の鍵束をガチャガチャと鳴らしながら、鉄格子の鍵を開けようとした。
でも、その手は震えている。
「……通してもらうわよ」
ルーシィは、ゆっくりと立ち上がった。
男が、ヒッ、と短い悲鳴を上げる。
ルーシィは、鍵を男に向けた。
「アクエリアス」
水の奔流が、鉄格子ごと男を吹き飛ばした。
ドガァァァン!!
鉄格子が、蝶番ごと外れて、廊下の壁に叩きつけられる。男は、その下敷きになって、動かなくなった。
(……やった)
ルーシィは、壊れた鉄格子の向こうに、一歩踏み出した。
四日ぶりの、牢の外。
廊下は、薄暗い。壁の松明が、ゆらゆらと揺れている。
(急がなきゃ)
ルーシィは、走り出そうとした。
でも。
「ククク……興味深い」
その声は、廊下の奥から聞こえてきた。
ルーシィの足が、止まる。
コツ、コツ、コツ。
ゆっくりとした靴音が、近づいてくる。
「自らの手で、二重の封印を解くとは。私の計算を、二つも上回ったよ、お嬢さん」
暗闇から、男が現れた。
赤紫色の長髪を後ろで束ね、白いスーツに身を包んだ、長身の男。口元には、薄い笑み。冷たい灰色の瞳が、ルーシィをじっと見つめている。
ジョゼ・ポーラ。幽鬼の支配者のマスター。聖十大魔道の一人。
「……ジョゼ」
ルーシィは、鍵を握り直した。手のひらに、汗が滲む。
「その鍵、やはり君の手にあったか。星霊の鍵は、使い手の意思にのみ反応する。奪っても意味がない。だから、こうして君自身に使ってもらうのを待っていた」
ジョゼは、ゆっくりと拍手をした。
「見事だ。実に見事。私の部下たちは、君を『無力なお嬢様』と嘲笑っていたが、とんでもない。君は、私が思っていたより、ずっと面白い」
「……あんたの思い通りになんか、ならないわ」
ルーシィは、声を震わせながらも、ジョゼを睨みつけた。
「ククク……その目だ。絶望の底から、這い上がってきた者の目。実に美しい」
ジョゼは、一歩、ルーシィに近づいた。
「だが、残念だよ。君の抵抗は、すべて私の計画の内だ」
「……なにを、言ってるの」
「君は、自分がなぜここに囚われているのか、本当の理由を知っているかね?」
ルーシィは、答えなかった。
「ハートフィリア家の財産。推定50万ゴールド相当。たしかに、それは魅力的だ。だが、私の本当の狙いは、もっと別のものだ」
ジョゼは、笑みを深めた。
「星霊王の指輪。ハートフィリア家に代々伝わる秘宝。星霊界の王を、この世に召喚する力を秘めた、伝説の指輪だ」
(星霊王の……指輪?)
ルーシィの頭の中が、真っ白になった。
(そんなもの、聞いたこともない)
「……知らない。そんなもの、私、聞いたこともないわ」
「無論、君は知るまい。これは、ハートフィリア家の当主のみに伝えられる秘密。君の父、ジュード・ハートフィリアが、その在り処を知る唯一の人物だ」
ジョゼの言葉に、ルーシィの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(お父様が……)
「君の父君は、今、病で余命わずか。そして、その秘密を、君に伝えていない。つまり、指輪の在り処は、君にもわからない。違うかね?」
「……」
「だが、方法はある。君が父君に会い、指輪の在り処を聞き出す。それだけだ。簡単なことだろう?」
ジョゼは、ルーシィの顎に手を伸ばした。
「だから、君には、私の人形になってもらう」
ルーシィは、とっさに後ろへ跳び退いた。
「……触らないで!」
「ククク……そう怖がることはない。すぐに、楽にしてあげるよ」
ジョゼは、指先を軽く振った。
次の瞬間、何かが、ルーシィの手足に絡みついた。
「え……!?」
見えない。でも、確かに、何かが巻き付いている。透明な、細い、糸のようなものが。
「私の魔法、傀儡の糸。触れた相手の身体を、自在に操ることができる。射程は5メートル。君との距離は、ちょうどそれくらいだ」
糸が、ルーシィの手首、足首、腰、首に、ぎりぎりと食い込む。
「や、やめて……!」
ルーシィは、必死にもがいた。でも、糸は見えない。ほどくことも、切ることもできない。
「無駄だ。この糸は、魔力でできている。君の力では、断ち切れない」
ジョゼの指が、ゆっくりと動く。
ルーシィの右腕が、勝手に上がった。
「な、なに……!?」
自分の意思と関係なく、身体が動く。
「さあ、お嬢さん。父君の病状が、刻一刻と悪化している。君が指輪の在り処を聞き出してくれれば、父君は助かる。君も、自由にしてあげよう」
「……いや……いやよ……!」
ルーシィの左腕も、勝手に動き始める。まるで、自分の身体が、自分のものではないみたいだ。
(誰か……助けて……)
心の中で、叫ぶ。
(ナツ……みんな……)
でも、誰も来ない。
(……私、また、誰かに頼ろうとしてる)
ルーシィは、唇を噛んだ。
(だめよ。私は、自分で立つって、決めたんだから)
その時だった。
「――ルーシィ、負けるんじゃないわよ」
心の奥から、声が聞こえた。
「あんたは、あんたの道を、自分で選んだんでしょ。だったら、最後まで、自分で守りなさい」
「……ええ、そうよ。私は、私の道を、自分で守る」
ルーシィは、目を開いた。
「私は……誰かの人形じゃない!!」
彼女は、全身の力を込めて、糸に抵抗した。
ピシッ。
透明な糸が、軋む音がした。
「ほう……この糸に、精神力で抵抗するか。面白い。だが、それも長くは続くまい」
ジョゼは、指に力を込めた。
糸が、さらに強く締め付ける。
「う、あああっ……!」
ルーシィの身体が、ジョゼの意思に従って、動き始める。
(負けない……負けないわ……!)
彼女は、歯を食いしばり、糸に抗い続けた。
「ルーシィ、あんたは一人じゃないわ。あんたの鍵には、あんたを信じる星霊たちがいる」
「ええ、私、信じてる。みんなのことを」
ルーシィの身体が、ほんの少しだけ、自由になった。
ピキピキッ。
糸が、さらに軋む。
「……何だと?」
ジョゼの笑みが、初めて消えた。
その時だった。
ドゴォォォォン!!
牢の壁が、内側から粉々に砕け散った。
「――わしの可愛い子を、勝手に操るでないわ!」
轟音とともに、小さな影が、ジョゼとルーシィの間に割って入った。
白い短髪。白い長い口髭。小柄な身体。でも、その存在感は、巨大だった。
マカロフ・ドレアー。妖精の尻尾のマスター。聖十大魔道の一人。
「マスター……!?」
ルーシィの身体から、傀儡の糸が、ふっと消えた。
ジョゼが、一歩後ろに下がった。
「……マカロフ。君が、ここに来るとはな」
ジョゼの声は、低く、冷たかった。
「当たり前じゃ。わしのギルドの子を、いつまでも好き勝手にさせるわけにはいかんのでな」
マカロフは、ルーシィを背中に庇うように立った。
「ルーシィ、ようやった。あとは、わしに任せておけ」
「……マスター……私……私……」
ルーシィの目から、涙が溢れ出した。
「泣くな。お前さんは、一人でよう頑張った。誇りに思え」
マカロフは、ジョゼに向き直った。
「ジョゼ・ポーラ。お前さんの企みは、すべてわかっておる。ハートフィリア家の財産、そして星霊王の指輪。だが、そのどちらも、お前さんには渡さん」
「ククク……君が、ギルドの存続を賭けて、この娘を守るというのか?」
「当然じゃ。妖精の尻尾は、仲間を見捨てるギルドではない」
「ならば、ギルドごと潰すまでだ」
ジョゼの口元が、ゆがんだ。
「幽鬼の支配者の全戦力を、マグノリアに差し向ける。君のギルドは、明日には、瓦礫の山と化すだろう」
「やってみろ。わしの可愛い子たちを、甘く見るでないぞ」
マカロフの身体から、膨大な魔力が溢れ出した。
空気が、ビリビリと震える。
「……その魔力。相変わらずだな。だが、君も知っているだろう。私の聖十の座は、政治工作で得たもの。純粋な戦闘力では、他の聖十に劣る。だからこそ、私は、正面から戦うつもりはない」
ジョゼは、笑みを浮かべた。
「今日のところは、引かせてもらおう。だが、忘れるな。本番は、これからだ。君の父君の病も、星霊王の指輪の在り処も、まだ何も解決していない。すべては、私の掌の上だ」
ジョゼは、指を鳴らした。
その瞬間、ジョゼの身体が、紫色の煙に包まれた。
「さらばだ、お嬢さん。また会おう」
煙が、消えた。
ジョゼの姿は、もうなかった。
「……逃げおったか」
マカロフは、深く息を吐いた。
「ルーシィ、立てるか?」
「……はい。なんとか」
ルーシィは、ふらふらと立ち上がった。
「ようやった。本当に、ようやったぞ」
マカロフは、ルーシィの頭に、そっと手を置いた。
「……私、怖かった。でも、諦めたくなかったんです。自分で、自分の道を、守りたかったから」
ルーシィの声は、震えていた。
「ああ。お前さんの意志は、ちゃんと届いておる。星霊たちも、お前さんを助けたじゃろう」
「……はい。アクエリアスと、キャンサーが、私を励ましてくれました」
「そうか。星霊たちは、お前さんを信じておる。だから、力を貸した。それが、何よりの証拠じゃ」
マカロフは、壊れた牢の壁の向こうに、目を向けた。
「さあ、帰るぞ。マグノリアへ。みんなが、待っておる」
「……でも、マスター。幽鬼の支配者が、ギルドを攻めるって……」
「わかっておる。だからこそ、急ぐんじゃ。ギルドの存続が、かかっておる。お前さんの父君のことも、星霊王の指輪のことも、まだ何も解決しておらん。だが、まずは、お前さんを安全な場所に連れて帰る。それが、わしの役目じゃ」
ルーシィは、マカロフの背中を見つめた。
小さいのに、大きく見える。
(この人が、ギルドのマスター。みんなのお父さん)
ルーシィは、マカロフの後を追った。
自分の足で、一歩ずつ。
地下牢の廊下を、二人で歩く。
(ジョゼの笑顔の裏にあった、別の意図)
ルーシィは、さっきのジョゼの言葉を思い出していた。
(単なる金銭目的じゃない。あの人は、何か、もっと別のことを考えてる)
(星霊王の指輪。お父様が知ってる、家の秘密。そして、お父様の病)
(ナツが戻ってきたら、私は、なんて伝えればいいんだろう)
ルーシィは、腰のポーチに手を当てた。
星霊の鍵が、まだ、ちゃんとそこにある。
(大丈夫。私は、私の足で、歩ける)
牢の外へ続く階段を、一歩、また一歩と、上っていく。
背後で、ジョゼの残した笑みの気配が、まだ、消えずに残っていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。