イセスマ日和 ~嫁会議は今日も平和(?)です~
ブリュンヒルド公国の公王・望月冬夜、今日も平和に暇を持て余していた。国政は婚約者たちによる嫁会議が回してくれている。ありがたい。ありがたいのだが——「婚約してるのに、なんでデートが必要なんだよ」九人の嫁たちとの賑やかな日々に、実姉で恋愛神の花恋が持ち込んだのは、とんでもない置き土産だった。白くて可愛い子犬。ただし、鳴けば城の窓ガラスが全滅する従属神。しかも噛まれると神力が減るらしい。「捕まえてね、冬夜」——笑顔で神域に帰っていった姉を恨みながら、公王の子犬捕獲作戦が幕を開ける。逃げ込んだ先は、よりによって嫁会議の真っ最中。九人の婚約者たちを巻き込んで、今日も城は賑やかです。窓ガラスと一緒に平和が割れる、ドタバタ嫁会議コメディ開幕!
イセスマ日和 ~嫁会議は今日も平和(?)です~ - 花恋の秘密と子犬の正体!デートの行方は?
「……八重は、まだ眠ってる」
ホワイトロック城の廊下。白い花崗岩の壁が、夕暮れの光を淡く反射している。冬夜は、八重の部屋の前で立ち尽くしていた。
拳を、ぎゅっと握る。
(俺が、もっと早く気づいていれば)
ヴァルナ連峰の山道。崖崩れ。八重が冬夜を庇って、岩に足を挟まれた。リンゼの治癒魔法で一命は取り留めた。でも、あと少しで骨が折れていた。
「冬夜さま」
振り返る。金髪のロングヘアを揺らして、ユミナが立っていた。左が翠色、右が碧色のオッドアイが、静かに冬夜を見つめている。
「八重なら、大丈夫ですわ。リンゼがついていますもの」
「ああ……分かってる。でも、俺のせいだ」
「誰のせいでもありませんわ。あの子犬の神力が、予想以上だっただけですの」
冬夜は、何も言えなかった。
その時だった。
「あらあら、暗い顔してるわね」
ふわり、と。
空気が変わった。
廊下の先から、黒髪のロングヘアをなびかせた女性が歩いてくる。優しい茶色の瞳。いつも穏やかな微笑みを浮かべている。望月花恋。冬夜の姉であり、恋愛神だ。
「花恋!? お前、どこ行ってたんだよ!」
「ちょっとね。やっぱり、あの子は手に負えないみたいね」
花恋は、ケロッとした顔で言った。
「最初から手伝えよ! お前が連れてきたんだろ!」
「だって、冬夜のピンチを見てたら、ちょっと試したくなっちゃって」
「試すな! こっちは八重が怪我したんだぞ!」
冬夜の声が、廊下に響く。
花恋は、少しだけ目を丸くした。
「……八重ちゃん、怪我したの?」
「ああ。崖崩れに巻き込まれて、足を」
「そう……それは、ごめんなさいね」
花恋の声が、少しだけ柔らかくなった。
「……まあ、お前が謝ることじゃないけど」
冬夜は、ため息をついた。
(でも、花恋が戻ってきた。それだけで、少しだけ気が楽になる)
姉がそばにいる。その安心感は、冬夜自身も気づかないうちに、張り詰めていた心をゆるめていた。
「ねえ、冬夜。あの子の正体、知りたくない?」
花恋が、茶色い瞳を冬夜に向けた。
「正体? 従属神だって言ってたじゃないか」
「そう。でも、もっと詳しい話よ。あの子はね、元々は豊穣神の従属神だったの」
「豊穣神の?」
「ええ。でも、最近、その豊穣神が行方不明になってね。あの子も不安定になってるのよ」
「豊穣神が、行方不明……」
冬夜の頭の中で、ぱちぱちと火花が散るような感覚があった。
「そう。主人がいなくなって、あの子は自分を保てなくなってる。神力を使い続けて、制御できずに暴れてるの」
「だから、あんなに……」
「ええ。あの子も、本当は悪い子じゃないの。ただ、怖いのよ。自分がどうなるのか分からなくて」
花恋の声が、少しだけ悲しそうに揺れた。
冬夜は、拳を握りしめた。
「……だったら、なおさら放っておけないな」
「冬夜?」
「あいつも、不安なんだろ? だったら、捕まえて、安心させてやらないと」
「あら、やる気が出たの?」
「当たり前だ。八重のためにも、あいつを野放しにはできない」
冬夜の目に、強い決意が宿る。
花恋は、ふふっと笑った。
「いい顔になったわね。それじゃあ、お姉ちゃんから、一つアドバイスをあげる」
花恋が、冬夜に近づいた。
「あの子を捕まえるには、神力を逆利用するのが一番よ。あの子が吠える時、口の中に神力が集中するの。その瞬間を狙って、口を閉じさせれば、神力が自分に跳ね返って、動きが止まるわ」
「口を閉じさせるって……どうやって?」
「それは、自分で考えなさい。お姉ちゃんは、ヒントだけ」
花恋は、そう言うと、くるりと背を向けた。
「じゃあ、私は行くわね。また、困ったら呼んでちょうだい」
「おい、ちょっと待てよ! もう少し詳しく……」
だが、花恋の姿は、もう消えていた。
「……相変わらず、掴みどころがないな」
冬夜は、ため息をついた。
でも、花恋の言葉が、頭の中で繰り返される。
神力を逆利用する。
口を閉じさせる。
吠える瞬間を狙う。
「……考えるか。あいつを捕まえる方法を」
冬夜は、拳を握りしめた。
――その時。
「冬夜さま、少しよろしいかしら」
ユミナが、静かに声をかけてきた。
「ユミナ? どうしたんだ」
「子犬捕獲も大事ですが、冬夜様の気分転換も必要ですわ」
「は? 気分転換?」
「ええ。デートの練習と称して、市場へ出かけましょう」
「デートより子犬だろ! 今はそれどころじゃない!」
冬夜が叫ぶ。
だが、ユミナはにっこりと笑った。
「あなた、今ちょっと疲れてますわね」
看破の魔眼。
ユミナの左の翠色、右の碧色の瞳が、冬夜の心の奥を見透かす。
「……なんで分かるんだよ」
「分かりますわ。冬夜様は、自分を責めすぎですの。だから、少しだけ、気を抜いてほしいんですの」
ユミナが、冬夜の手を、そっと握った。
温かい。
「……分かったよ。少しだけだぞ」
「ええ、少しだけですわ」
ユミナが、嬉しそうに笑った。
――中央市場フロンティア広場。
夕暮れの市場は、夕飯の買い出し客で賑わっていた。常設の店が四十八軒。曜日ごとに露天商が最大百二十店も並ぶ。焼き串の匂い、果物の甘い香り、魚の生臭さ。様々な匂いが混ざり合って、市場独特の空気を作っている。
「冬夜様、こちらですわ!」
ユミナが、冬夜の手を引いて歩く。金髪が夕日にきらめき、オッドアイが楽しそうに輝いている。
「お、おい、そんなに引っ張るなよ」
「ほら、あの服、冬夜様に似合いそうですわ」
ユミナが指さしたのは、服飾店の店先だった。
「服? 俺は別に、服なんて……」
「試着だけでも。ね?」
ユミナの上目遣い。
(……ずるいだろ、その顔は)
冬夜は、心の中で呟いた。
「……分かった。試着だけだぞ」
「ありがとうございますわ!」
服飾店の店主が、にこにこしながら冬夜を出迎えた。
「いらっしゃい。公王陛下、今日は奥様とお揃いで?」
「お、奥様って……」
「ふふ、そうですわね。冬夜様、これなんていかが?」
ユミナが、白いシャツを手に取った。
「いや、俺は普段着で十分……」
「たまには、お洒落をしてもいいと思いますわ」
ユミナが、冬夜の胸にシャツを当てる。
(近い。近いって)
冬夜は、心の中でツッコんだ。
「……まあ、悪くはない、かも」
「では、お買い上げですわね」
「いや、試着だけって言っただろ!?」
「冬夜様、そういうところが可愛いんですの」
「は!? 可愛い!?」
冬夜は、顔が熱くなるのを感じた。
(くそ、なんで俺が可愛いんだよ)
心の中で悪態をつく。でも、ユミナの笑顔を見ていると、不思議と心が和んでいく。
「ほら、次はあちらの屋台ですわ。焼き串、食べましょう」
「え? あ、ああ」
ユミナに手を引かれて、焼き串の屋台へ。
名物のガルーダ亭。1本銅貨2枚。
「これを二本くださいな」
「へい、お嬢ちゃん。熱いから気をつけな」
ユミナが、焼き串を受け取った。
「冬夜様、あーん」
「は!? あーん!? いやいやいや! 自分で食えるから!」
「デートの練習ですわ。ね、あーん」
ユミナが、焼き串を冬夜の口元に近づける。
周囲の視線が、痛い。
「……あーん」
冬夜は、観念して口を開けた。
焼き串の肉が、口の中に広がる。香ばしいタレの味。肉汁がじゅわっと溢れる。
「……うまい」
「でしょう? ガルーダ亭の焼き串は、市場で一番ですの」
ユミナが、嬉しそうに笑う。
(ああ、こういう時間も、悪くないな)
冬夜は、心の中で、そう思った。
――その時だった。
「うわあああっ! またあの犬だ!」
悲鳴。
冬夜の背筋が、すっと伸びた。
「ユミナ!」
「ええ、分かってますわ」
二人は、同時に走り出した。
市場の中央。白い子犬が、屋台の上を駆け回っている。
「見つけたぞ!」
「冬夜様、あの子、鉄の谷方面へ逃げますわ!」
看破の魔眼が、子犬の動きを追う。
「鉄の谷? ヴァルナ連峰の鉱山地帯か!」
「ええ。あの子、山の方へ向かってますの」
子犬が、市場の出口へ向かって走る。
「追うぞ! 花恋のヒントを試すんだ!」
「ええ。吠える瞬間を狙うのですわね」
二人は、子犬を追って走り出した。
――市場の出口。
「待て、このやろう!」
銀髪のロングヘアをなびかせ、エルゼが飛び出してきた。両手には、戦闘用のガントレット。
「エルゼ!?」
「冬夜、作戦は聞いた! あの子犬が吠えた瞬間を狙うんだろ! 私が囮になる!」
「囮って、危険だぞ! 噛まれたら神力が……」
「大丈夫だ。噛まれる前に、吠えさせる」
エルゼが、子犬の前に立ちはだかった。
「さあ、かかってこい! この子犬が!」
子犬が、エルゼを睨みつける。
「グルルルル……」
「吠えろ! 吠えてみせろ!」
エルゼが、ガントレットを構えた。
子犬が、大きく息を吸い込んだ。
「ワンッ!!!」
――今だ。
「【プログラム】!」
冬夜が、無属性魔法を発動した。
花恋のヒント。吠える瞬間、口の中に神力が集中する。その瞬間を狙って、口を閉じさせれば、神力が自分に跳ね返る。
冬夜は、【プログラム】で、子犬の口の周りの空気を操作した。
見えない力の膜が、子犬の口を覆う。
「クゥッ!?」
子犬が、自分の神力に押されて、よろめいた。
「今よ! 透花!」
「承知!」
――八重?
冬夜が振り返る。
そこにいたのは、包帯を巻いた足を引きずりながらも、刀を抜いた八重だった。黒髪のポニーテール。和服の裾が風に揺れる。
「八重!? お前、怪我が……!」
「拙者のことは構うな! 今こそ、透花で神力の流れを斬る!」
八重が、刀を振りかぶった。
フレイズ素材の刀、透花。
「はあああっ!」
一閃。
見えない神力を、斬った。
「クゥゥゥン……」
子犬の動きが、止まった。
「リンゼ、今ですわ!」
「はい! 裁縫魔法、捕獲網!」
銀髪のショートヘアの少女、リンゼが、ワンドを振った。
糸が、空を舞う。
見る間に、網が編み上がっていく。
「捕まえて!」
網が、子犬に降りかかる。
――だが。
「ワンッ!!!」
子犬が、最後の力を振り絞って吠えた。
網が、神力で弾き飛ばされる。
「なっ!?」
子犬が、地面を蹴った。
白い影が、夕闇の中へ消えていく。
「くそっ! 逃げられた!」
「あの子、まだ神力が残ってますわ。鉄の谷の坑道へ向かってますの」
「鉄の谷の坑道……追い詰めるぞ。あそこなら、逃げ場はない」
冬夜は、拳を握りしめた。
――その時。
「あの子も、必死なのよ」
いつの間にか、花恋が隣に立っていた。
「花恋!?」
「豊穣神が戻らないと、あの子自身も消えてしまうから」
「消える……?」
「ええ。従属神は、主人の神力に依存してるの。主人がいなくなれば、やがて神力が枯れて、消えてしまうわ」
花恋の声が、静かに響く。
冬夜は、子犬が逃げた方向を見つめた。
「……だったら、豊穣神も探してやるよ」
「冬夜?」
「子犬を捕まえるだけじゃ足りない。豊穣神の行方も、探す。あいつを、本当に助けるんだ」
冬夜の声に、迷いはなかった。
花恋は、じっと冬夜を見つめた。
「……その言葉、聞かなかったことにしてあげる」
「は? なんでだよ」
「だって、もっと厄介なのが上にいるのよね」
花恋の声が、小さく、冷たく響いた。
「厄介なの? 上って……」
「今はまだ、知らなくていいわ。でも、覚えておいて。あの子を助けるなら、覚悟がいるのよ」
花恋は、そう言うと、また消えた。
「……覚悟、か」
冬夜は、空を見上げた。
夕日が沈み、星が一つ、また一つと瞬き始めていた。
「冬夜様、行きましょう。あの子を、助けに」
「ああ。鉄の谷の坑道だな」
「ええ。ヴァルナ連峰中腹の鉱山地帯。坑道の総延長は約14km。逃げ込めば、追い詰めやすいですわ」
「よし、行くぞ。みんな、準備はいいか?」
「もちろんだ!」
「拙者も、参る」
「私も、います」
冬夜は、仲間たちの顔を見回した。
八重は、足を引きずっている。でも、目は力強く輝いている。
(無理はさせられない。でも、八重の気持ちを無駄にしたくない)
「八重、無理だけはするなよ。もし痛んだら、すぐに言え」
「心得てござる。それより、早く参ろう」
八重が、刀を鞘に納めた。
「……よし、出発だ」
冬夜たちは、鉄の谷へ向かって走り出した。
――ヴァルナ連峰の山道は、夜の闇に包まれていた。
月明かりが、岩肌を青白く照らす。
風が、冷たい。
「坑道の入口は、もうすぐだ」
「ええ。あの子の神力が、坑道の中から感じられますわ」
看破の魔眼が、闇の奥を見通す。
「気をつけろ。坑道は魔獣の巣窟でもある」
「分かってる。でも、あの子を助けるんだろ?」
エルゼが、ガントレットを打ち合わせた。
「ああ。絶対に、助ける」
冬夜は、坑道の入口を見上げた。
暗い。深い。
でも、その奥に、子犬がいる。
「行くぞ」
冬夜は、一歩、坑道へ踏み出した。
――その時。
坑道の奥から、かすかに、子犬の鳴き声が聞こえた。
「クゥーン……」
悲しげな、小さな声。
冬夜の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
(待ってろ。今、助けに行く)
冬夜は、暗い坑道の奥へ、走り出した。Noveliaとは?
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