キルラキルIF 〜鮮血が燃え尽きなかった世界〜
――鮮血は、死んでいなかった。
本能字学園での決戦から半年。纏流子は輪廻堂高校の教室で、ただ漫然と午後の授業を受けていた。頭の中は、あの黒いセーラー服のことばかり。宇宙空間で燃え尽きた相棒の欠片を探して、流子は週の半分以上を欠席し、各地を飛び回っている。それでも、見つかったのは何一つない。
そんなある日、下駄箱に一通の封筒が置かれていた。差出人は、針目縫。あの決戦で消えたはずの女からだった。
『鮮血を生き返らせたかったら、本能字学園にいらっしゃい。ただし、お前の大切なものを賭ける覚悟で来ること』
封筒を握りつぶし、流子は走り出す。行くしかない。鮮血を取り戻すために。
本能字町に降り立った流子を待っていたのは、かつて廃棄されたはずの極制服をまとった生徒たちと、あの無邪気な笑顔だった。縫の手には、赤く光る鮮血の右目。そして告げられる。鮮血は死んでいない。七つに分かれた欠片を集めれば、縫い合わせてやると。
「せいぜい楽しませてね、流子ちゃん」
校門が開く。数十人の極制服が、一斉に力を解放する。片太刀バサミを構え、流子は笑った。鮮血がいなくても、戦える。鮮血のためなら、なんだって
キルラキルIF 〜鮮血が燃え尽きなかった世界〜 - リラックスの素 ― マコ乱入! 二つ星との共闘戦
本能字学園の片隅。廃部屋となった旧・裁縫部の部室は、かび臭い空気と、打ち捨てられたボタンや糸くずの山で埋もれていた。夕方の薄暗い光が、割れた窓ガラスから斜めに差し込んでいる。
流子は床に座り込み、片太刀バサミを膝の上に置いて、布で丁寧に拭いていた。刃にこびりついた、かすかな戦維の残り香。地下闘技場で一つ星の極制服を切り裂いた時の、あの感触がまだ手に残っている。
(二つ星……次は、もっと強いのが来る)
流子は、ポケットから小さな布袋を取り出した。縫から渡された、最初の欠片。鮮血の右目の一部。袋の上からそっと握りしめる。かすかに、ほんのわずかに、温かいような気がした。
(鮮血……待ってろよ。ぜってえ、全部取り戻してやるからな)
指先に力を込めた。布越しに、欠片の輪郭が伝わってくる。あの黒いセーラー服の、あの大きな右目。いつもこっちを見ていた。
――ブブブ。
スマホが震えた。流子は顔を上げ、床に置いたスマホを一瞥する。画面に、マコからの着信が表示されていた。
『満艦飾マコ』
画面は震え続ける。十回目か、二十回目か。もう数えるのもやめていた。流子は、伸ばしかけた手を引っ込めた。
(出たら……心配かけるだけだ)
唇を噛む。マコの明るい声が、今は遠い。一人で戦うと決めたのに、マコの存在が、どうしようもなく胸の奥に引っかかる。
着信が切れた。画面が暗くなる。流子は、スマホを裏返しにした。
「……悪いな、マコ」
誰にともなく、小さくつぶやいた。
輪廻堂高校。放課後の教室に、マコは一人残っていた。茶色のボサボサしたショートヘアを揺らし、丸くて大きな黒い瞳で、スマホの画面をじっと見つめている。
「流子ちゃん、また出てくれなかった……」
トーク画面には、マコが送ったメッセージがずらりと並んでいる。既読は、一つもついていない。
『流子ちゃん、今日は来る?』
『お弁当、流子ちゃんの分も買ったのに!』
『ねえ、生きてる? 返事して!』
マコは、ふと画面を切り替えた。地図アプリ。流子のアイコンが、ぽつんと表示されている。場所は、本能字町。
「え……本能字町? なんで?」
マコは首をかしげた。流子が時々、鮮血の欠片を探してあちこちに出かけていることは知っている。でも、本能字町は、あの学園がある場所だ。半年前の、あの決戦の。
「流子ちゃん、何かあったのかな……」
マコは、ぎゅっとスマホを握りしめた。
「よし! あたし、行く! 流子ちゃんを迎えに行くんだ!」
マコは立ち上がり、カバンを肩にかけた。
「待っててね、流子ちゃん。あたしが、リラックスの素になってあげるから!」
電車を乗り継ぎ、本能字町の駅に降り立ったマコは、きょろきょろと周囲を見回した。
「わあ……なんだか、空気が違う……」
夕暮れの商店街。歩いているのは、ほとんどが学生服姿の若者たち。だが、その制服は、マコが知っているものとは少し違っていた。肩や胸に、赤い糸の刺繍。生地が厚く、妙にごつごつしている。
「みんな、あれ着てるの? かっこいい……のかな?」
マコは首をひねりながら、本能字学園へと続く坂道を上っていく。校門が見えてきた。大きな門柱。その上に、『学園再建委員会』という看板がかけられている。
「え、なにこれ。前と違う!」
マコは、校門の前で足を止めた。門は閉じている。その向こうに、広い校庭が見える。何人かの生徒が、じっとこっちを見ている気がした。
「……流子ちゃん、本当にここにいるのかな」
マコは、ごくりと唾を飲み込んだ。そして、思い切り息を吸い込む。
「流子ちゃーん!! 迎えに来たよー!!」
マコの声が、夕暮れの校庭に響き渡った。
廃部屋で、流子は飛び起きた。
(今の声……マコ!?)
窓に駆け寄る。校門の前に、見慣れた小さな影。茶色いショートヘア。間違いない。マコだ。
「あのバカ……なんでここに!?」
流子は、片太刀バサミを掴むと、部屋を飛び出した。廊下を駆け抜け、校庭へと続く扉を蹴破る。
校庭では、マコが数人の生徒たちに囲まれていた。全員、新型の極制服を着ている。その目つきは、獲物を見つけた獣のようだった。
「なんだ、お前。部外者か」
「へえ、かわいい顔してるじゃん。ここは、招待状がないと入れないんだぜ」
生徒たちが、じりじりと間合いを詰める。マコは、きょとんとした顔で彼らを見上げた。
「え? あたし、流子ちゃんの友達なんだけど。流子ちゃん、ここにいるんでしょ?」
「流子? ああ、あの転入生か。あいつ、今、地下闘技場でボコボコにされてるところだぜ」
マコの顔から、すっと血の気が引いた。
「え……流子ちゃんが、ボコボコに……?」
「そうだよ。お前も、あいつと一緒に遊んでやろうか?」
生徒の一人が、マコの腕を掴もうとした。
その瞬間。
「その手を、どけろ!!」
流子が、マコと生徒の間に割って入った。片太刀バサミを地面に突き立て、マコを背中に庇う。
「流子ちゃん!」
「てめえら……私の友達に、何してくれてんだ」
流子は、生徒たちを睨みつけた。八重歯をむき出しにして、獣のように。
生徒たちは、一瞬ひるんだが、すぐに笑い声を上げた。
「へえ、これが噂の纏流子か。鮮血なしの、ただの人間が」
「一人で来るとは、いい度胸だな。二つ星の乃音様が、お前を待ってるぜ」
流子は、マコの手を引いた。
「マコ、ここは危険だ。今すぐ帰れ」
マコは、流子の手をぎゅっと握り返した。
「いやだ。流子ちゃん、一人で戦ってるんでしょ? あたし、見てられないよ」
「バカ言うな! これは私の問題だ。お前には関係ない!」
流子は、声を荒げた。
マコは、まっすぐに流子の目を見た。丸くて大きな黒い瞳が、夕日にきらきらと光っている。
「関係なくなんかないよ。流子ちゃんは、あたしの友達だもん。友達が一人で戦ってるのに、黙って帰れるわけないでしょ」
流子は、言葉を詰まらせた。
「それにね、あたし、知ってるんだよ。流子ちゃん、ずっと一人で抱え込んでるでしょ? 連絡もくれないで。でもね、流子ちゃんが辛い時は、あたしがそばにいる。あたしは、流子ちゃんのリラックスの素でしょ?」
流子の胸の奥で、何かが、じわりと温かくなった。
(……こいつ、ほんとにバカだ)
流子は、マコの手を振りほどけなかった。
「……勝手にしろ」
流子は、小さくつぶやいた。
その時。
「あらあら、お友達ごっこは終わったかしら?」
高い声が、校庭に響いた。
流子は顔を上げた。
校舎の二階の窓から、一人の少女が飛び降りてくる。金髪のツインテール。先端が、くるくると巻いている。首には、大きなヘッドホン。金色がかった鋭い瞳が、流子とマコを交互に見下ろした。
小柄な体を包むのは、二つ星の極制服。赤い糸の刺繍が、夕日を受けて不気味に光っている。
「バカ流子。そんなお友達を巻き込むなんて、最低ね。それとも、一人じゃ戦えないから、応援でも呼んだのかしら?」
乃音は、猫のような仕草で、ツインテールを指先で弄びながら言った。
流子は、乃音を睨みつけた。
「……てめえが二つ星か。上等だ。マコは、私が守る」
「守る? あんたが? 鮮血もないのに、笑わせるじゃないの」
乃音は、くすくすと笑った。
「いいわ。あんたのその自信、あたしがへし折ってあげる。あたしの極制服は、速度に特化してるの。あんたのその鈍重なハサミじゃ、あたしには当たらないわよ」
乃音が、地面を蹴った。
一瞬で、間合いが消えた。
「!?」
流子は、反射的に片太刀バサミを振り上げた。
ガキン!
火花が散る。乃音の手にした、音叉のような形の武器が、片太刀バサミの刃を弾いた。
「遅いわよ、バカ流子」
乃音は、流子の懐に飛び込んでいた。流子の脇腹に、鋭い蹴りが突き刺さる。
「ぐっ……!」
流子は、地面を転がった。
「流子ちゃん!」
マコが叫ぶ。
流子は、すぐに立ち上がった。口の中に、鉄の味。だが、倒れてはいられない。
「この程度で……倒れるかよ!」
流子は、片太刀バサミを構え直した。
乃音は、余裕の笑みを浮かべている。
「あんた、鮮血がないと、ほんとにただのバカね。あたしの動き、全然見えてないでしょ」
乃音は、再び地面を蹴った。
その動きは、まるで風のようだった。右、左、上、下。残像を残しながら、流子の周囲を縦横無尽に駆け回る。
流子は、片太刀バサミを振り回す。だが、その切っ先は、乃音の髪の毛一本すら捉えられない。
「ほらほら、どうしたの? あんたの自慢の力は、そんなものなの?」
乃音の蹴りが、流子の背中に入った。
「がっ……!」
流子は、前につんのめった。
「流子ちゃん!」
マコが、再び叫んだ。
流子は、膝をつきながらも、乃音を睨みつけた。
(くそ……速い。鮮血があれば、あんな動き、一瞬で捉えられるのに)
悔しさが、胸の奥で燃え上がる。
「ほら、終わりにしてあげる。あんたのそのボロボロの体、二つ星の力で、木っ端微塵にしてあげるわ」
乃音が、音叉を振りかざした。
その時。
「流子ちゃん! 右に跳ぶとき、ちょっとタメがあるよ!」
マコの声が、校庭に響いた。
流子は、はっとした。
(タメ……?)
流子は、乃音の動きを、じっと見た。
確かに。乃音が右に跳ぶ時、ほんの一瞬、左足に体重が乗る。ほんの、コンマ数秒の、わずかな予備動作。
「それと、蹴りは、左足から来るよ! 右は、フェイント!」
マコの声が、流子の脳裏に直接届く。
(マコ……あいつ、いつの間に……)
流子は、マコの方をちらりと見た。
マコは、真剣な顔で、乃音の動きを食い入るように見つめていた。
「流子ちゃん、あたし、見えてる! 乃音ちゃんの動き、全部!」
マコの言葉に、流子は、笑った。
八重歯をむき出しにして。
「上等だ! マコ、その目、信じるぞ!」
流子は、立ち上がった。
乃音が、再び動いた。
右に跳ぶ。
左足に、わずかなタメ。
「そこだぁっ!!」
流子は、乃音が跳ぶ先を、正確に読んで、片太刀バサミを振り抜いた。
ザシュッ!
乃音の極制服の肩口が、切り裂かれた。
「なっ……!?」
乃音は、地面に着地し、信じられないという顔で、流子を見た。
「どうした? 今度は、あんたの動きが、止まって見えるぜ」
流子は、片太刀バサミを構え直した。
「バカ流子……調子に乗らないで!」
乃音は、怒りに任せて、再び突っ込んできた。
だが、もう、その動きは、流子には丸見えだった。
「流子ちゃん! 今度は、上から来る! 音叉を振り下ろすよ!」
「分かってる!」
流子は、乃音の音叉を、片太刀バサミの腹で受け止めた。
ガキィン!
火花が散る。
「くっ……!」
乃音の体が、一瞬、硬直する。
「終わりだ、乃音!!」
流子は、全身の力を込めて、片太刀バサミを横薙ぎに振った。
ズバァァァン!!
片太刀バサミの刃が、乃音の極制服を、胸元から腹にかけて、深く切り裂いた。
「ああっ……!?」
乃音の極制服が、赤い糸くずのような生命戦維を霧散させながら、崩れ落ちていく。
乃音は、その場に、ぺたんと座り込んだ。
「……やるじゃない、バカ流子」
乃音は、悔しさを滲ませながらも、口元を歪めて笑った。
そして、ポケットから、小さな布の切れ端を取り出した。
「これ、二つ目の欠片よ。持って行きなさい」
乃音は、流子に向かって、欠片を投げ渡した。
流子は、それを空中で受け取った。
布越しに、かすかな温もり。鮮血の、左目の一部。
「……なんで、お前がこれを」
「あたしは、あんたの実力を試すように言われてたの。縫にね。あんたが、あたしに勝てたら、これを渡すようにって」
乃音は、立ち上がり、ボロボロになった極制服の裾を払った。
「次は、もっと強いのが来るわよ。覚悟しておきなさい。あたしは、これ以上、あんたの子守りはしないんだから」
乃音は、そう言い残すと、校舎の陰に消えていった。
校庭には、流子とマコだけが残された。
夕日が、二人の影を長く伸ばしている。
「流子ちゃん! やったね! 勝ったよ!」
マコは、流子に抱きついた。
「うわっ、あぶねえな! 離れろ、バカ!」
流子は、顔を赤らめて、マコを引き剥がした。
「えへへ、流子ちゃん、照れてる!」
「うるせえ! 照れてねえ!」
流子は、怒鳴ったが、その口元は、わずかに緩んでいた。
マコは、流子の顔を覗き込んだ。
「流子ちゃん、あたし、やっぱり、流子ちゃんと一緒に戦う。一人で抱え込まないで。あたし、流子ちゃんのリラックスの素でしょ?」
流子は、マコの目を、じっと見た。
(……こいつは、本当にバカだ。でも、そのバカに、何度も助けられてる)
流子は、小さくため息をついた。
「……勝手にしろ。でも、死ぬなよ」
流子は、そう言って、マコに背を向けた。
「うん! 死なないよ! あたし、流子ちゃんと一緒に、いっぱいご飯食べるんだから!」
マコの声が、夕暮れの空に響いた。
その夜。
流子とマコが、廃部屋で身を寄せ合って眠っていると、窓ガラスに、カツン、と小さな音がした。
流子は、目を覚ました。
窓の外に、誰かがいる。
流子は、片太刀バサミを握り、静かに窓に近づいた。
窓を開けると、外には誰もいなかった。
代わりに、窓枠に、一通の封筒が置かれていた。
流子は、封筒を手に取った。裏返すと、差出人は、針目縫。
中を開けると、一枚の便箋。丸っこい文字で、こう書かれていた。
『二つ目、おめでとう。次の欠片は、羅暁の研究棟の地下にあるわ。あなたの、大切な思い出の場所で、待ってるわよ』
流子の手が、震えた。
羅暁の研究棟。
(……あそこは)
流子の脳裏に、幼い頃の記憶が、断片的に蘇る。冷たい手術台。薬品の匂い。体に突き刺さる、無数の針。
「……うっ」
流子は、便箋を握りつぶした。
「流子ちゃん……?」
いつの間にか、マコが起きて、流子の背中を見つめていた。
マコは、流子の震える手を、そっと握った。
「大丈夫だよ、流子ちゃん。あたしが、一緒に行く。どこでも、一緒だよ」
マコの手は、温かかった。
流子は、何も言えずに、ただ、マコの手を握り返した。
窓の外では、雲が、月を隠していた。
暗い夜が、学園を覆っている。
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