キルラキルIF 〜鮮血が燃え尽きなかった世界〜
――鮮血は、死んでいなかった。
本能字学園での決戦から半年。纏流子は輪廻堂高校の教室で、ただ漫然と午後の授業を受けていた。頭の中は、あの黒いセーラー服のことばかり。宇宙空間で燃え尽きた相棒の欠片を探して、流子は週の半分以上を欠席し、各地を飛び回っている。それでも、見つかったのは何一つない。
そんなある日、下駄箱に一通の封筒が置かれていた。差出人は、針目縫。あの決戦で消えたはずの女からだった。
『鮮血を生き返らせたかったら、本能字学園にいらっしゃい。ただし、お前の大切なものを賭ける覚悟で来ること』
封筒を握りつぶし、流子は走り出す。行くしかない。鮮血を取り戻すために。
本能字町に降り立った流子を待っていたのは、かつて廃棄されたはずの極制服をまとった生徒たちと、あの無邪気な笑顔だった。縫の手には、赤く光る鮮血の右目。そして告げられる。鮮血は死んでいない。七つに分かれた欠片を集めれば、縫い合わせてやると。
「せいぜい楽しませてね、流子ちゃん」
校門が開く。数十人の極制服が、一斉に力を解放する。片太刀バサミを構え、流子は笑った。鮮血がいなくても、戦える。鮮血のためなら、なんだって
キルラキルIF 〜鮮血が燃え尽きなかった世界〜 - 虚無の病棟 ― 失った腕、砕けた心、縫の毒牙
廃病院の空気は、どこまでも冷たかった。
窓ガラスは割れたまま。剥がれ落ちた壁紙の下から、灰色のコンクリートがむき出しになっている。消毒液の匂いと、カビと、錆びた鉄の匂いが混ざり合って、肺の奥に張り付くような重さだった。
流子は、その冷たい空気の中で目を覚ました。
天井。白い、無機質な天井。見覚えがあるような、ないような。半年前、怪我をした時に何度か世話になった場所だ。マコの父親が、こっそりと使っているという廃病院。
(……ああ、そうだ)
記憶が、ゆっくりと戻ってくる。羅暁の研究棟。地下の実験室。手術台。縫の笑顔。糸の刃。マコを庇って——
(私の、腕)
流子は、左腕に視線を落とした。
肩から先が、なかった。
包帯が、ぐるぐると巻かれている。白い布の下で、何かが、ぽっかりと欠けている。確かにあったはずの重みがない。指を動かそうとして、何も動かない。
「……ああ」
声が、出た。自分でも驚くほど、乾いた声だった。
(腕が、ない)
頭では理解している。だが、体が、心が、それを拒否している。だって、ついさっきまであったのだ。この腕で、片太刀バサミを振るっていた。この腕で、マコを突き飛ばした。この腕が——
「……ああ、ああ」
流子は、右手で左肩を掴んだ。包帯の上から、ぎゅう、と強く。痛みは、ない。麻痺しているのか、感覚が、遠い。
(鮮血も、ない)
右手を、胸の前で握りしめる。あの温かい感触がない。黒いセーラー服の、少し硬い布の感触。鮮血の、声。
(何もかも、失った)
腕。鮮血。そして、自分が人間であるという、当たり前の事実。
縫の言葉が、脳裏に蘇る。
『お前は人間じゃないのよ。生命戦維でできた、人を殺すための兵器』
(私は、兵器)
流子の唇が、震えた。
(人を殺すための、兵器)
目の奥が、熱くなる。視界が、じわ、と滲む。天井が、歪んで見えた。
(そんなの、知るか)
右手で、目を覆った。
(私は、私だ。人間だ)
だが、心の奥底で、別の自分が囁く。
(本当に、そうか?)
流子の肩が、小刻みに震え始めた。
(心臓をえぐれば、血じゃなくて、戦維が出てくるのか?)
(私は、何だ?)
(私は、誰だ?)
「……くそ」
絞り出すような声だった。
「くそ……くそっ……!」
流子は、右手で自分の頭を殴った。こめかみを、何度も、何度も。痛みで、思考を、消そうとした。
(もう、戦えない)
(鮮血もいない。腕もない。私は、何もない)
「……何も、ない」
声が、涙で濡れていた。
流子は、声を殺して、泣いた。肩を震わせ、歯を食いしばり、声にならない嗚咽を漏らした。涙が、頬を伝って、枕を濡らしていく。
(私は、もう、終わりだ)
その時だった。
「流子ちゃん!」
部屋の入り口から、マコが飛び込んできた。茶色のボサボサしたショートヘアを振り乱し、丸くて大きな黒い瞳を真っ赤に腫らしている。手には、何やら紙袋を抱えていた。
「流子ちゃん! 目が覚めたんだね! よかった……本当に、よかった……!」
マコは、ベッドに駆け寄ると、流子の右手を両手で握りしめた。その手は、温かくて、少し汗ばんでいた。
「あたし、ずっと待ってたんだよ。流子ちゃんが目を覚ますまで、ずっと、ずっと、ここにいたんだから!」
マコの涙が、ぼろぼろと流子の手の上に落ちる。
流子は、マコの顔を見た。
(……こいつ、また、泣いてる)
(私のせいで)
(私が、こいつを、守れなかったから)
「……放っといてくれ」
流子は、マコの手を振り払った。
「流子ちゃん……?」
マコが、戸惑ったように、手を引っ込める。
「見ての通りだ。私は、もう、戦えない。お前と一緒にいる資格もない。……どっか行けよ」
流子は、マコから顔を背けた。壁の方を向く。割れた窓の外では、曇り空が、重く垂れ込めていた。
「何言ってるの、流子ちゃん! あたし、そんなこと、思ってないよ! 流子ちゃんが、あたしを庇ってくれたから、あたしは、ここにいるんだよ! あたしの、命の恩人なんだよ!」
マコの声が、震えている。それでも、流子の背中に、必死に言葉を投げかける。
「流子ちゃんが、どんな姿でも、あたしは、流子ちゃんの友達だよ! ずっと、そばにいるって、決めたんだから!」
流子は、答えなかった。
ただ、壁に掛けられた古いカレンダーを見つめていた。日付は、半年前のまま。時間が、止まったような部屋。
(私の時間も、止まっちまったのかもな)
「……流子ちゃん、お腹空いてるでしょ? あたし、流子ちゃんの好きな、コロッケ、買ってきたんだよ! 商店街の、あの、お肉屋さんの! 一緒に、食べよ?」
紙袋をガサガサと揺らす音。コロッケの、油とソースの匂いが、かすかに漂ってくる。
(……腹は、減ってない)
(何も、食いたくない)
流子は、目を閉じた。
「……流子ちゃん」
マコの小さな声が、静かな部屋に、溶けていった。
どれだけの時間が経っただろうか。
流子は、目を開けていた。天井を見つめながら、ただ、ぼんやりと。
(眠れない)
(眠ったら、夢を見る)
(あの、地下の夢を)
カツン、と。
窓ガラスを、誰かが叩く音がした。
流子は、ゆっくりと首を動かした。
割れた窓の向こう。曇り空を背景に、薄桃色の髪が、ふわりと揺れていた。
針目縫だった。
「やっほー、流子ちゃん。生きてたんだね。よかったよかった」
縫は、窓枠に腰掛けていた。まるで、そこが特等席だとでも言うように。左目を隠す前髪の下で、大きな青い瞳が、笑っている。指先には、指抜きグローブ。そして、その指先で、何かを弄んでいた。
赤い、布の切れ端。
鮮血の、右目の欠片。
「……お前!」
流子は、ベッドの上で、身を起こした。右手で、シーツを握りしめる。
「あはっ、そんなに睨まないでよ。怖いなあ。……ねえ、流子ちゃん。腕、なくなっちゃったんだって? かわいそ。でも、大丈夫だよ。だって、流子ちゃんは、人間じゃないんだもん。腕の一本や二本、すぐに生えてくるんじゃない?」
縫の言葉が、毒のように、心に染み込んでいく。
「……何しに来た」
流子の声は、掠れていた。
「何って、お見舞いだよ? あたしが斬っちゃった腕の、経過を見に来たの。……それと、ちょっと、面白い話を、聞かせてあげようと思ってね」
縫は、鮮血の欠片を、人差し指の上で、くるくると回した。赤い光が、曇り空の下で、不気味に瞬いている。
「流子ちゃん、皐月さんのこと、どう思ってる?」
流子は、答えなかった。
「お姉ちゃんって、思ってるんでしょ? 信頼してるんでしょ? ふふ、かわいいなあ」
縫は、にこにこと笑いながら、流子の顔を覗き込んだ。
「でもね、流子ちゃん。皐月さんは、あんたのこと、最初から、利用してただけなんだよ」
流子の、心臓が、跳ねた。
「……何、言って」
「あんたが、生命戦維と融合した兵器だってこと、皐月さんは、ずっと前から知ってたの。知ってて、あんたを、自分の野望の駒にしようとした。……あんたの正体を、あんた自身に隠して、ね」
縫の声が、甘く、耳の奥に絡みつく。
「妹だって、信じてたんでしょ? でも、あの人にとって、あんたは、ただの道具。鮮血を着こなせる、便利な兵器。……あはっ、ほんと、笑っちゃうよね。あんたが、必死に、お姉ちゃん、お姉ちゃんって、慕ってる姿を見るたびに、あたし、お腹がよじれるほど、笑えてくるんだ」
「嘘だ!」
流子は、叫んでいた。
「姉さんが、そんなことするわけがない! 姉さんは、私の、たった一人の、家族なんだ!」
「あはははは! 家族! 家族だって! ねえ、流子ちゃん、聞いてる? あんたの、その、家族ってやつ、あんたを、実験台にした女の娘なんだよ? 血は争えないって、知ってる?」
縫の笑い声が、病室に、反響する。
「……あんたが、羅暁の研究棟で、何をされたか、覚えてるんでしょ? あの手術台の上で、あんたは、何を思った? あんたを、そこに、送り込んだのは、誰? あんたを、兵器に、作り変えたのは、誰?」
流子の、呼吸が、荒くなる。
(違う)
(姉さんは、そんな人じゃない)
(姉さんは、私を、助けてくれた)
(……でも)
(本当に、そうか?)
(姉さんは、私の、何を知っている?)
「……いいよ、信じなくても。あんたが、これから、自分で、確かめればいいんだから。……ああ、でも、その腕じゃ、確かめることも、できないか」
縫は、鮮血の欠片を、流子に向かって、ひらひらと振った。
「これ、返してほしい? だったら、頑張って、生き延びてね。……じゃあね、流子ちゃん。お大事に」
縫は、ひらり、と窓枠から飛び降りた。
薄桃色の髪が、曇り空に、消えていく。
部屋に、静寂が、戻った。
流子は、ベッドの上で、呆然と、天井を見上げた。
(姉さんが……私を……?)
縫の言葉が、頭の中で、ぐるぐると、回り続ける。
(利用してた……?)
(私は、道具……?)
「……うそ、だ」
流子の声は、かすれて、消えた。
「流子ちゃん! 今の、針目縫!? 流子ちゃんに、何をしたの!?」
マコが、部屋に飛び込んできた。買い出しにでも行っていたのか、手に、水の入ったペットボトルを抱えている。
「流子ちゃん、大丈夫!? どこか、怪我してない!? あいつ、何か、持って行った!?」
マコは、流子の体を、あちこちと触って、確認した。
「……大丈夫だ」
流子は、短く答えた。
「……流子ちゃん、顔色が、真っ青だよ。……あいつ、何て言ったの? 教えて、流子ちゃん」
マコが、流子の手を、握った。
流子は、マコの手を、振り払わなかった。
「……姉さんが、私を、利用してたって」
流子は、ぽつりと、呟いた。
「え!? 皐月さんが!? そんなわけないよ! 皐月さんは、流子ちゃんの、お姉ちゃんなんだよ! あんなに、流子ちゃんのこと、心配してたのに!」
「……お前には、分からないよ」
流子は、また、天井を見上げた。
(分からない)
(私にも、分からない)
(何が、本当で、何が、嘘なのか)
「分かるよ! あたし、分かるよ! 皐月さんは、流子ちゃんを、利用したりしない! だって、家族だもん! あたし、知ってるんだから! 家族って、そういうものなんだから!」
マコの声は、震えていた。それでも、真っ直ぐに、流子を見つめている。
流子は、何も言わなかった。
ただ、虚ろな目で、天井を見つめ続けた。
夕方になった。
曇り空の向こうで、太陽が、沈みかけている。病室は、薄暗く、青い影に包まれていた。
マコは、流子のベッドの横に、小さな折りたたみ椅子を置いて、座っていた。
「ねえ、流子ちゃん! これ、見て! あたし、流子ちゃんが、退屈しないように、色々持ってきたんだよ!」
マコは、大きなバッグから、次々と、物を取り出した。
「まずは、これ! あたしの、お気に入りの、猫のぬいぐるみ! それから、これ! 商店街の、くじ引きで当てた、キラキラのシール! あと、これは、お母さんが、流子ちゃんにって、作ってくれた、おむすび! 梅干し入りだよ!」
マコは、てきぱきと、それらを、ベッドの上に並べていく。
「それからね、それからね! 聞いてよ、流子ちゃん! 今日ね、弟の又郎が、また、学校で、女の子に、ラブレターをもらったんだって! でね、又郎ったら、そのラブレターを、鼻をかむのに使ったんだって! あはは、ひどいでしょ! お母さんが、怒って、又郎を、正座させてたよ!」
マコは、一人で、笑っている。
流子は、黙って、それを見ていた。
「あ、あと、お父さんがね、昨日、病院の屋上で、干してた布団が、風で飛ばされて、隣の家の、犬小屋に、すっぽり被さっちゃったんだって! 犬が、びっくりして、吠えまくって、大変だったんだって! あははは!」
マコの笑い声が、静かな病室に、響く。
「……ね、流子ちゃん。楽しいでしょ? あたし、流子ちゃんが、笑ってくれるまで、ずっと、こうして、面白い話、するからね!」
マコは、にこにこと、笑った。
流子は、マコの顔を見た。
(……こいつは、なんで、こんなに、明るくいられるんだ)
(私が、こんなに、暗いのに)
(私が、こいつを、守れなかったのに)
「……なんで」
流子の唇が、動いた。
「え?」
「……なんで、お前は、そんなに、強いんだよ」
流子の声は、小さく、掠れていた。
「強くないよ。あたし、全然、強くないよ。……ただ、流子ちゃんのことが、大事なだけ。流子ちゃんが、ここにいてくれるだけで、あたし、嬉しいんだ」
マコは、そう言って、にこり、と笑った。
太陽のような、笑顔だった。
流子の、目の奥が、熱くなった。
視界が、じわ、と、滲む。
「……バカ」
流子は、顔を背けた。
涙が、一粒、頬を、伝った。
(……私も、こいつのことが、大事だ)
(だから、余計に、辛いんだ)
(こんな、役立たずの、私が)
流子は、唇を噛みしめて、涙を、堪えた。
夜になった。
マコは、疲れ果てて、ベッドの脇に、突っ伏して、眠っていた。
流子は、眠れずに、天井を見つめていた。
(……眠らないと)
(眠らないと、体が、持たない)
(でも、眠ったら、夢を見る)
(あの、地下の、夢を)
流子は、ゆっくりと、目を閉じた。
疲労が、一気に、押し寄せてくる。
意識が、暗い、深い、闇の中へと、沈んでいく。
――流子。
声がした。
懐かしい、声。
――流子、起きろ。
「……鮮血……?」
暗闇の中で、流子は、声のした方へ、手を伸ばした。
――お前は、まだ、終わっていない。
「……鮮血……どこだ……? お前、どこに、いるんだ……?」
――私は、ここにいる。お前の中に。ずっと、お前と、一緒だ。
「……私の中に……?」
――ああ。だから、諦めるな。流子。お前は、一人じゃない。
「……でも、私には、もう、何も」
――何も、失ってなどいない。お前が、生きている。それだけで、十分だ。
「……鮮血……」
――流子。私は、お前の、相棒だ。お前が、戦う限り、私は、必ず、お前の元に、戻る。
鮮血の声が、遠ざかっていく。
「……待て! 鮮血! 行くな!」
流子は、叫んだ。
だが、声は、暗闇に、吸い込まれていった。
―――。
流子は、目を覚ました。
心臓が、激しく、脈打っている。
(……夢、か)
額に、汗が、滲んでいた。
(……鮮血)
鮮血の声が、まだ、耳の奥に、残っている。
(……お前の中に、いる)
流子は、右手を、胸の上に、置いた。
(……私の中に)
その時だった。
チカッ。
左腕の断面が、光った。
赤い、小さな光。
「……え?」
流子は、包帯を、まくり上げた。
左肩の、切り口。
そこから、赤い、小さな、光の粒が、ふわりと、漂っていた。
生命戦維の、粒。
「……鮮血……生きてるのか……?」
流子は、その光を、右手で、そっと、包み込んだ。
光の粒は、流子の手のひらに、触れると、ふわりと、温かくなった。
「……ああ」
涙が、溢れた。
「……お前、生きてたんだな」
流子は、光を、胸に、抱きしめた。
「……よかった」
小さな、小さな、希望の光だった。
翌朝。
曇り空の隙間から、薄日が、差し込んでいた。
流子は、ベッドの上で、上半身を起こしていた。
昨日よりは、いくらか、顔色が、戻っている。
「流子ちゃん、おはよう! 今日は、気分、どう?」
マコが、心配そうに、流子の顔を、覗き込んだ。
「……悪くない」
流子は、短く答えた。
「ほんと!? よかった! あたし、流子ちゃんが、元気になって、すっごく嬉しい!」
マコは、ぱあっと、笑顔になった。
その時だった。
バタン、と。
病室の扉が、乱暴に、開かれた。
「バカ流子! あんた、何やってんのよ!」
金髪のツインテールを揺らし、蛇崩乃音が、仁王立ちしていた。首にかけたヘッドホンが、怒りで、揺れている。
「……乃音」
「あんたねぇ! あたしが、どれだけ、探し回ったと思ってるの!? 皐月様からの、伝言を、預かってるのよ! それを、あんたが、こんな、ボロボロになるまで、何してたのよ!?」
乃音は、ずかずかと、病室に入ってきた。そして、ベッドの上の流子を、じろりと、睨みつけた。
そして、気づいた。
流子の、左腕がないことに。
「……え」
乃音の、動きが、止まった。
「……あんた、その腕……」
乃音の声が、震えている。
「……縫に、斬られた」
流子は、淡々と、答えた。
「……バカ流子……あんた、こんなになるまで……」
乃音は、拳を、ぎゅっと、握りしめた。
「……あの、縫って女……! よくも、あたしの、獲物を……!」
乃音は、怒りで、体を、震わせた。
「……で、皐月様からの、伝言ってのは、何だ」
流子が、静かに、尋ねた。
乃音は、一瞬、迷ったような表情をしたが、すぐに、真剣な顔に戻った。
「……皐月様は、あんたのことを、探してる。……『必ず、見つけ出す』って、そう、言ってたわ」
流子の、心臓が、跳ねた。
(姉さんが……私を……?)
縫の言葉が、蘇る。
『皐月さんは、あんたのこと、最初から、利用してただけなんだよ』
「……なあ、乃音」
流子は、震える声で、尋ねた。
「……姉さんは……私を、利用してたのか?」
「はあ?」
乃音が、目を、丸くした。
「何、バカなこと、言ってんのよ! 皐月様が、あんたを、利用するわけないでしょ! あの人が、どれだけ、あんたのことを、気にかけてると思ってるの!?」
乃音は、流子の胸倉を、掴み上げた。
「あの人はね! あんたのことを、本気で、心配してるのよ! あんたが、一人で、無茶してるんじゃないかって! あんたが、危ない目に、遭ってるんじゃないかって! あの人は、ずっと、あんたのことを、気にかけて、あたしに、あんたの監視を、命じたのよ! それが、利用だって言うの!?」
乃音の言葉が、流子の、胸に、突き刺さる。
「……あの人は、あんたの、お姉ちゃんなのよ。たった一人の、家族なのよ。あんたが、それを、疑うの?」
乃音の目に、涙が、滲んでいた。
流子は、乃音の手を、そっと、握った。
「……悪い」
流子は、小さく、謝った。
「……バカ流子。あんたは、いつも、そう。一人で、抱え込んで、一人で、勝手に、傷ついて」
乃音は、流子の胸倉から、手を離した。
「……でも、あたしは、知ってるわ。あの人は、あんたを、絶対に、裏切ったりしない。……だから、あんたも、あの人を、信じなさい」
乃音は、そう言って、流子の、右肩に、手を置いた。
流子の、目に、わずかな、光が、戻ってきた。
「……ああ」
流子は、小さく、頷いた。
その時だった。
「あはははははは!」
窓の外から、笑い声が、聞こえた。
三人は、一斉に、窓の方を見た。
割れた窓の向こう。
薄桃色の髪が、曇り空に、揺れている。
「いいもの、見せてもらったわ! 姉妹の絆ってやつ? 滑稽ね! あんたたち、ほんと、お人形みたいで、見てて、飽きないわ!」
縫は、笑いながら、ひらりと、身を翻した。
「針目縫! 待ちなさい!」
乃音が、窓に、駆け寄った。
だが、縫の姿は、もう、どこにもなかった。
「くそっ……! あいつ、流子の心を、折るつもりだったのよ! あんたを、精神的に、追い詰めて、戦意を、喪失させる。……そうすれば、鮮血の欠片を、集めることも、できなくなる。あの女、どこまで、性格が、悪いのよ!」
乃音は、窓枠を、拳で、殴った。
流子は、ベッドの上で、震える声で、呟いた。
「……私は、まだ、戦えるのかな」
「戦えるよ!」
マコが、流子の右手を、両手で、ぎゅっと、握った。
「流子ちゃんは、一人じゃないよ。あたしも、乃音ちゃんも、いるんだから。それに、鮮血だって、きっと、戻ってくるよ! だから、大丈夫! あたし、信じてる!」
マコの手は、温かかった。
流子は、マコの手を、握り返した。
「……ああ」
流子は、小さく、頷いた。
そして、左腕の断面を、じっと、見つめた。
包帯の下で、赤い光が、まだ、微かに、瞬いている。
(鮮血……)
(私は、まだ、諦めない)
(お前が、私の中にいるなら)
(私は、もう一度、立ち上がる)
流子は、右手で、包帯の上から、左肩を、そっと、抱きしめた。
曇り空の向こうで、太陽が、顔を出そうとしていた。Noveliaとは?
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