性別が入れかわる呪いと、それでも君が好きな件
あらすじ:
「触れた花のせいで、俺の周囲の性別が入れかわり始めた!?」
旅の少年フシが、カザミドリの森で見つけた薄桃色の花畑。うっかり花びらに触れたその瞬間から、彼の日常は大きく崩れ始める。花の力はフシを媒介に広がり、次々と周囲の人や動物の性別を入れかえていく。そして翌朝、フシの兄弟分である大柄な少年グーグーが、なぜか可愛らしい女の子の姿に——しかも仮面をつけたまま——変身していた。
「俺、リーンに会いたい!」
女の子になった途端、なぜか普段は言えなかった想いを叫び、意中の令嬢のもとへ走り出すグーグー。止めようとするフシだったが、性別が変わってもグーグーのまっすぐな性格は何ひとつ変わっていなくて……。
呪いを解く鍵は、あの花畑の奥に潜むノッカー。でもその前に、この性別逆転パニックをどうにかしないと!
体は変わっても、好きな気持ちは変わらない。笑って泣ける性別逆転コメディ、開幕!
性別が入れかわる呪いと、それでも君が好きな件 - 第4話 全員集合!? 恋の大渋滞と、崩れゆくタクナハ
カザミドリの森を抜けると、夕暮れのタクナハが見えてきた。
フシは足を止めた。
「……何か、変だよ」
石壁の向こうから、悲鳴が聞こえる。笑い声も聞こえる。泣き声も。全部が混ざって、ぐちゃぐちゃの音になっていた。
「街が、騒がしいな」
女の子の体になったグーグーが、仮面の下で眉をひそめた。短い黒髪が夕風に揺れる。肩には三人分の荷物。細い腕なのに、平気な顔をしている。
「急ぎましょう」
凛々しい青年の姿のリーンが、長い金髪を三つ編みのまま翻して走り出す。男の体なのに、その走り方はどこか上品だ。
三人は北門をくぐった。
門番の男が、青い顔で立っていた。
「お、お前たち……無事だったのか」
「何があったの?」
「何もかもだ! 見ろ、あれを!」
門番が指さす先。市場通りの真ん中で、男が叫んでいた。
「俺の胸に、変なもんがついてるぅぅぅ!」
胸元を押さえて泣いている。よく見ると、体つきが女のものだ。ひげは生えたままなのに、腰つきが丸く、声が高い。
「旦那、あんた朝まで男だったろ!」
隣で、ひげを触りながら呆然としている女がいる。肩幅が広く、声が低い。
「わ、わしにもわからん……気づいたらこうなって……」
「きゃあああ! あたしのスカートが破けた! て、ていうか足が太い!」
「おい、誰か俺のズボンを……って、お前、昨日まで俺の妻だろ! なんで男になってんだ!」
「知らないわよ! あんたこそ、なんで女の顔してんのよ!」
市場通りは、性別の入れかわった人々でごった返していた。八百屋の親父は腰をくねらせて歩き、魚売りのおばさんはがに股で仁王立ちしている。子供たちは、親の姿を見て泣いたり笑ったり。犬までが、妙にしおらしい声で鳴いていた。
フシは、唇を噛んだ。
(僕が、この街に戻ってきたから)
(僕が、呪いを運んでる)
左手の甲の花の痣を、ぎゅっと握る。
「フシ」
グーグーが、フシの肩を叩いた。女の子の手なのに、力は相変わらず強い。
「お前のせいじゃねえ。気にすんな」
「でも……」
「でももへちまもねえ。今は、できることをやるんだ」
グーグーはそう言うと、市場通りの真ん中に歩いていった。
「おい、てめえら! 落ち着け!」
高い声が、通りに響いた。
人々が、一斉に振り返る。
「な、なんだ、その仮面の女の子は」
「女の子じゃねえ! グーグーだ! グーグー亭のグーグーだ!」
「グーグーって、あの大男の……?」
「そうだ! 俺も呪いでこの姿になっちまった! だが、慌てても仕方ねえ! 今は家に帰って、落ち着け!」
グーグーが、女の子の体で仁王立ちする。その姿は、小さくて華奢なのに、なぜか頼もしく見えた。
「……その姿で言われても、説得力ないわよ」
リーンが、ぼそりと呟いた。
「なんだと?」
「だって、あなた、今、かわいい女の子じゃない。声も高いし」
「う、うるせえ! お前だって、男のくせに三つ編みしてるだろ!」
「なっ……これは、私のトレードマークですわ!」
「男のトレードマークかよ!」
二人が言い合いを始める。
周りの人々が、ぽかんとしている。
フシは、小さく笑った。
(二人とも、元気だなあ)
その時だった。
「フシーーーッ!」
通りの向こうから、誰かが走ってくる。
見覚えのある、明るい茶色のショートヘア。大きな琥珀色の瞳。でも、身長が高い。145センチのはずが、160センチ近くある。体つきも、子供のそれではなく、大人の女のものだった。
「マーチ……?」
フシは目を丸くした。
「えへへ、そうだよ! あたしだよ、フシ!」
マーチが、フシの目の前でくるりと回る。
スカートの裾がふわりと広がった。
「見て見て! 大人の体! すごいでしょ!」
「すごい……本当に、マーチなの?」
「そうだよ! ニナンナの村でね、朝起きたらこうなってたの! パロナもね、男の人になってて!」
「マーチ! 待ちなさい!」
後ろから、もう一人走ってくる。
黒髪を後ろで束ねた、切れ長の黒い瞳。160センチの少女だったパロナが、今は175センチ近い青年になっていた。肩幅が広く、手足が長い。服は、急ごしらえで繋ぎ合わせたような男物だ。
「はあ、はあ……マーチ、一人で走らないでって言ってるでしょう」
パロナが、青年の声で言う。低くて、落ち着いた声。でも、言葉の端々に、いつものパロナの口調が残っていた。
「だって、フシに早く会いたかったんだもん!」
マーチが、フシの手を両手で握った。
大人の女の手。温かくて、柔らかい。
「フシ。あたしね、ずっと言おうと思ってたことがあるの」
「え……?」
マーチの琥珀色の瞳が、まっすぐにフシを見つめる。
「あたし、大人になったら、フシに言おうって決めてたの」
「マーチ、何を……」
「フシのこと、好きよ」
通りが、静かになった。
「本気で、大好き。大人になったら、フシのお嫁さんになりたいって、ずっと思ってたの」
マーチが、にこっと笑う。
太陽みたいな笑顔だった。
フシは、固まった。
「え、えっと……マーチ、君は、その……」
「フシ、顔真っ赤だよ! かわいい!」
マーチが、フシの手をぎゅっと握りしめる。
「マーチ!」
パロナが、二人の間に割って入った。
青年の顔が、真剣だ。
「マーチ、落ち着きなさい。あなた、今、自分が何を言ってるか分かってるの?」
「分かってるよ! あたし、フシが好きなの! 大人になったから、ちゃんと言えるの!」
「そういう問題じゃないわ。あなたはまだ14歳で、この体は呪いのせいで、それにフシだって困ってるでしょう」
パロナの声が、震えていた。
「パロナ、どうして止めるの? あたし、やっと大人になれたんだよ? ずっと夢だったんだよ?」
「マーチ……」
パロナが、言葉に詰まった。
フシは、パロナの顔を見た。
青年の顔。でも、その黒い瞳は、昔と変わらず、マーチを心配そうに見つめている。
(パロナ、何か、言いたそうだな)
フシは、そう感じた。
パロナが、ぎゅっと拳を握る。
「……私だって、本当は」
「パロナ?」
「私だって、マーチのことを、家族としてだけじゃなくて……その……っ」
パロナの顔が、真っ赤になった。
「パロナ、顔赤いよ?」
「う、うるさいわね! 何でもないわ!」
パロナが、ぷいっと横を向いた。
青年の体で、耳まで赤くしている。
グーグーが、フシの隣で呟いた。
「……ったく、しょうがねえな。どっちも素直じゃねえ」
「グーグー、何か言った?」
「別に。それより、あの二人、追いかけっこしてる場合か?」
グーグーが指さす先。
マーチがフシに抱きつこうとし、パロナがそれを引きはがそうとしている。大人の女と青年の、追いかけっこ。
「フシ、逃げないで!」
「マーチ、離れなさい!」
「やだ! あたし、フシとくっつくの!」
「あなたねえ……!」
フシは、どうしていいか分からず、その場に立ち尽くした。
(僕、どうすればいいんだろう)
その時、また別の声が聞こえた。
「おや、賑やかだねえ」
振り返ると、褐色肌の青年が立っていた。
背が高く、痩せている。髪は短く、目は細い。手には、白紙の本と羽ペン。
「トナリ……?」
「やあ、フシ。久しぶり。って、君も大変だねえ」
トナリが、にこにこ笑いながら、白紙の本に何か書きつけている。
「トナリも、呪いで……」
「ああ、これ? 朝起きたら男になってたよ。まあ、別にどっちでもいいけどね。動きやすいし」
トナリが、さらりと言う。
「相変わらず、飄々としてるんだね」
「そう? 君こそ、相変わらず銀髪だね。あ、それ、この日記に書いておこう。『フシ、銀髪のまま。性別は、どっち?』」
「え、僕は……」
「まあ、どっちでもいいや。あとでじっくり観察させてよ」
トナリが、楽しそうにペンを走らせる。
「トナリ、サンデルは?」
「サンデルなら、後ろで街の人を診てるよ。ほら」
トナリが指さす方。
市場通りの隅で、褐色肌の少女がしゃがみ込んでいた。
11歳の少年だったサンデル。今は、小さな女の子の姿だ。髪は短く、目は真剣。手には、布を巻いた簡易の包帯。
「大丈夫ですか。傷は浅いです。でも、性別の変化による混乱で、気分が悪くなっている人が多い。まずは水を飲んで、座ってください」
サンデルが、てきぱきと指示を出している。
「サンデル、君も大変だね」
「フシさん。大変なのは、この街の人たちです。私は、医者として、やれることをやるだけです」
少女の声で、少年の口調。
でも、その目は、いつものサンデルだった。
「それにしても、呪いの症状を記録しておきたい。後で、この体の変化も含めて、詳しく教えてください」
「う、うん。分かった」
サンデルが、また患者の元へ走っていく。
「サンデルは、どこでも医者だねえ」
「うん。すごいなあ」
その時、今度は、馬の嘶きが聞こえた。
「どけい! 余の前を塞ぐでない!」
見ると、白馬に乗った人物が、市場通りを進んでくる。
きらびやかなドレス。長い黒髪。白い肌。そして、胸元には大きなリボン。
「ボン王子……?」
「うむ! 余である!」
ボン王子が、馬の上から胸を張る。
その姿は、どう見ても、美しい女装だった。
「ボン王子、その姿は……」
「呪いのせいで、余も女になってしまったのだ! だが、この姿が、レンリルの幽霊たちに大人気でな!」
「幽霊に、人気?」
「そうだ! 王城の幽霊どもが、こぞって余に話しかけてくるのだ! 『ボン様、美しい』『ボン様、そのドレスはどちらで?』『ボン様、私の死に場所を探してほしい』とな!」
ボンが、尊大に言い放つ。
「……それ、人気なのか?」
「当たり前であろう! 余は、生きている者にも死んでいる者にも愛される男……いや、今は女か。どちらでもよい! 余は余だ!」
ボンが、高らかに笑う。
フシは、思わず笑ってしまった。
「あはは、ボン王子、相変わらずだね」
「うむ! フシ、お前も元気そうで何よりだ。して、この騒ぎは何だ? 街の者が、男だか女だか分からぬ姿で走り回っておるぞ」
「テンテン草の呪いなんだ。僕が、花に触れたせいで……」
「ふむ。お前のせいかどうかは知らぬが、呪いなら解けばよかろう。して、どうするのだ?」
「花畑の大元の花を、獲得すれば解ける。でも、ノッカーが邪魔で……」
フシが説明しようとした時だった。
「フシ様ーーーッ!」
突風のように、何かが飛び込んできた。
小柄な少女。守護団の団長、ヒサメ。
「フシ様! お会いしとうございました! さあ、抱きつかせてください!」
ヒサメが、フシに飛びつこうとする。
が、途中で、ぴたりと止まった。
「……あれ?」
ヒサメが、自分の手を見る。
自分の体を見る。
「わ、私、なんか、体が……変?」
ヒサメの体は、少女のものではなかった。
背が高く、肩幅が広い。声も、少し低い。
「ヒサメも、呪いで男に……?」
「え、えええ!? 私、男になってるんですか!? フシ様に抱きつくのに、この体は……!」
ヒサメが、真っ赤になって、その場にしゃがみ込んだ。
「それでも、くっつきたい……くっつきたいです……でも、この体でフシ様に触れるのは、なんか、その、恥ずかしいというか……」
ヒサメが、もじもじしながら、フシの袖をちょんと掴んだ。
「ゆ、指先だけなら、いいですか……?」
「え、うん。いいよ」
「ああ……フシ様の袖……フシ様の温もり……」
ヒサメが、うっとりしている。
「相変わらずだな、団長は」
落ち着いた声がした。
振り返ると、少年が立っていた。
守護団の継承者、カハク。
「カハクも来てたんだね」
「ああ。ノッカーの気配を追ってきた。……それで、フシ、お前、その姿は何だ?」
カハクが、フシをじっと見る。
「この姿? 僕は、ずっとこの姿だけど」
「違う。お前、さっきまで、パロナの姿をしていなかったか?」
「ああ、そういえば、さっき試しにパロナの姿になってみたんだ。ほら、こんな風に」
フシが、体を変化させる。
銀髪の少年から、黒髪の少女へ。パロナの姿。
カハクの顔色が、変わった。
「……っ!」
「カハク?」
「き、君は……!」
カハクの声が、裏返った。
「え、どうしたの?」
「いや、その、なんでもない。……いや、なんでもなくはない。その姿は、だめだ。心臓に悪い」
カハクが、胸を押さえて、一歩後ずさる。
「カハク、顔が赤いよ?」
「うるさい。お前のせいだ」
「僕のせい?」
「そうだ。お前が、その……そんな姿になるから……」
カハクが、言葉を濁す。
その時だった。
カハクの左腕が、突然、激しく脈打ち始めた。
「ぐっ……!?」
カハクが、左腕を押さえてうずくまる。
左腕に寄生しているノッカーが、暴れている。
「カハク! 大丈夫!?」
「だめだ……ノッカーが、共鳴して……お前の、その姿に……反応して……」
カハクの左腕から、半透明の触手がにじみ出る。
「カハク、落ち着いて!」
ヒサメが、カハクの肩を掴む。
「団長、離れてください! ノッカーが……制御できない……!」
カハクの左腕のノッカーが、甲高い音を発した。
キィィィィィン……
空気が、震える。
「な、なんだ、この音……?」
「耳が痛いわ……」
「あれ……地面が、揺れてない?」
マーチの言葉通り、足元が微かに震えていた。
遠くから、地響きが聞こえる。
「北から……花畑の方からだ……」
トナリが、日記を閉じて、北の空を見た。
夕暮れの空が、何かに覆われていく。
黒い雲。いや、違う。
半透明の、無数の触手。
「ノッカー……!」
花畑の方から、ノッカーの大群が押し寄せてきていた。
一本、二本、十本、百本、千本——。
数え切れないほどの触手が、地面を這い、空を覆い、タクナハの街へと迫ってくる。
「みんな、逃げて!」
フシが叫んだ。
だが、遅かった。
ノッカーの先頭が、街の石壁を乗り越えた。
「ぎゃああああ!」
「触手が、触手が刺さるぅぅ!」
街の人々に、ノッカーの触手が次々と突き刺さる。
刺された人は、悲鳴を上げ、その場に倒れる。
そして、倒れた人の体が、さらに変化していく。
男が女に、女が男に。
性別が、固定されていく。
「ノッカーが、性別反転を固定化しようとしてるんだ!」
サンデルが、叫んだ。
「フシさん! 触手を刺された人は、元の性別に戻れなくなるかもしれません! 早く、あれを止めないと!」
「分かった! みんな、僕の後ろに!」
フシが、仲間たちの前に立った。
左手の甲の花の痣が、淡く光る。
「はあっ!」
フシが、右手を振るう。
すると、フシの腕から、植物の蔓が伸びた。
テンテン草の蔓。花畑で獲得した、呪いの花の力。
蔓が、ノッカーの触手を絡め取り、弾き飛ばす。
「すごい! フシ、やるじゃん!」
「俺もやるぜ!」
グーグーが、倒木を片手で持ち上げた。
女の子の細い腕で、大人の男でも持てないような丸太を、軽々と振り回す。
「どりゃあああ!」
丸太が、ノッカーの群れを薙ぎ払う。
触手が、千切れて飛び散る。
「私も!」
リーンが、近くの酒樽を蹴り倒した。
樽が割れ、中の酒が流れ出す。
「ノッカーは、火と塩に弱い。酒も、少しは効果があるはずよ!」
リーンが、流れ出た酒に、松明を投げ込んだ。
ボッ!
酒に火がつき、ノッカーの触手を焼く。
「ギシャアアア!」
ノッカーが、悲鳴のような音を上げる。
「やった! 効いてる!」
「でも、数が多すぎるわ!」
パロナが、青年の体で、マーチを背に庇う。
「マーチ、私の後ろに!」
「パロナ、あたしも戦えるよ! 大人の体だもん!」
「だめ! あなたは下がってなさい!」
「やだ! あたし、フシを守るの!」
マーチが、フシの隣に並ぼうとする。
その時。
「グーグー!」
リーンの悲鳴。
振り返ると、ノッカーの触手が、グーグーの腹を貫いていた。
「ぐ……は……」
グーグーが、仮面の下で血を吐く。
「グーグー! いやあああ!」
リーンが、グーグーに駆け寄ろうとする。
だが、別の触手が、リーンの足に絡みついた。
「きゃあっ!」
リーンが、地面に倒れる。
「リーン! くそっ!」
グーグーが、腹を貫かれたまま、リーンを庇おうとする。
「だめ! グーグー、動かないで!」
「うるせえ! お前を、守るんだよ!」
グーグーが、触手を引き抜き、リーンの前に立つ。
血が、止めどなく流れる。
「グーグー、お願い、逃げて……」
「逃げるわけねえだろ。俺は、お前を……守るって、決めたんだからよ」
グーグーが、笑った。
仮面の下で、確かに笑った。
次の瞬間、無数の触手が、グーグーとリーンを包み込んだ。
「グーグー! リーン!」
フシが、叫ぶ。
「マーチ! パロナ! 逃げて!」
「フシ! あたし、まだ……」
「マーチ、行くわよ!」
パロナが、マーチの手を引く。
だが、二人の逃げ道にも、ノッカーが回り込んでいた。
「くっ……!」
「パロナ! 後ろ!」
触手が、二人に迫る。
「みんな! 逃げて! 僕が、僕が何とかするから!」
フシが、二人の前に飛び出す。
「フシ! だめ! あんた、前を見て!」
トナリの声。
フシが、前を向く。
その瞬間。
ズブリ。
ノッカーの一本が、フシの胸を貫いていた。
「……え?」
フシは、自分の胸に突き刺さった触手を見た。
痛い。
熱い。
体の中を、何かが這い回る。
「フシーーーッ!」
「フシ! フシ!」
「フシ様! いやあああ!」
「フシ……!」
仲間たちの声が、遠くに聞こえる。
フシは、膝をついた。
胸から、血が流れる。
銀色の髪が、赤く染まっていく。
(まだ……みんなを……守らなきゃ……)
フシは、手を伸ばした。
グーグーとリーンの方へ。
マーチとパロナの方へ。
でも、指先は、空を掴むだけだった。
「……まだ……僕は……」
視界が、白くぼやけていく。
薄桃色の花びらが、舞っている。
テンテン草の花びら。
呪いの花。
(みんな……ごめん……)
フシの意識は、そこで途切れた。
薄桃色の花びらが、夕暮れの空に舞い散る。
タクナハの街は、ノッカーの触手に覆われていた。
悲鳴と、地響きと、半透明の触手の蠢く音。
そのすべてが、混ざり合って、夜の闇に溶けていく。
フシの左手の甲で、花の痣が、最後に一度だけ、強く光った。Noveliaとは?
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