性別が入れかわる呪いと、それでも君が好きな件
あらすじ:
「触れた花のせいで、俺の周囲の性別が入れかわり始めた!?」
旅の少年フシが、カザミドリの森で見つけた薄桃色の花畑。うっかり花びらに触れたその瞬間から、彼の日常は大きく崩れ始める。花の力はフシを媒介に広がり、次々と周囲の人や動物の性別を入れかえていく。そして翌朝、フシの兄弟分である大柄な少年グーグーが、なぜか可愛らしい女の子の姿に——しかも仮面をつけたまま——変身していた。
「俺、リーンに会いたい!」
女の子になった途端、なぜか普段は言えなかった想いを叫び、意中の令嬢のもとへ走り出すグーグー。止めようとするフシだったが、性別が変わってもグーグーのまっすぐな性格は何ひとつ変わっていなくて……。
呪いを解く鍵は、あの花畑の奥に潜むノッカー。でもその前に、この性別逆転パニックをどうにかしないと!
体は変わっても、好きな気持ちは変わらない。笑って泣ける性別逆転コメディ、開幕!
性別が入れかわる呪いと、それでも君が好きな件 - 絶望の花畑 ― 性別固定の仲間たちと、独りぼっちの再生
胸に、穴が開いていた。
フシは自分の体を見下ろした。半透明の触手が、胸の真ん中を貫いている。ぬるりと光る表面に、自分の血が絡みついていた。
「……あ」
声にならない声。肺から空気が抜ける。膝が折れた。地面に手をつく。銀色の髪が、血と泥で汚れていく。
遠くで、誰かの叫び声がした。マーチの声。パロナの声。ヒサメの声。全部、水の中から聞こえるみたいに、ぼやけている。
(痛い)
(熱い)
(でも、まだ、死ねない)
左手の甲の花の痣が、ちかちかと点滅する。体の奥底から、何かがせり上がってくる。傷口が、内側から塞がっていく。触手を押し戻すように。肉が盛り上がり、皮膚が再生する。
ズルリ。
触手が、フシの胸から抜け落ちた。地面に落ちたそれは、まだ生きているみたいに、びくびくと跳ねている。
フシは、立ち上がった。
「……みんな」
顔を上げる。
タクナハの市場通り。夕暮れの空が、不気味な赤に染まっていた。石畳の上に、無数の半透明の触手が、のたうち回っている。建物の壁に、屋根に、看板に、絡みついている。
そして。
仲間たちが、倒れていた。
グーグーが、地面に横たわっている。女の子の体。短い黒髪が、血と土にまみれている。仮面の下から、苦しそうな呼吸が漏れていた。腹を貫いた傷から、まだ血が流れている。
「グーグー!」
フシは駆け寄ろうとした。
だが、足が止まった。
グーグーの体に、ノッカーの触手が、何本も突き刺さっていた。背中から、肩から、太ももから。半透明の管が、脈打つように、何かを送り込んでいる。
「……う、あ……」
グーグーの声。高い、女の子の声。その声が、震えている。
「ぐ……リーン……リーンは……」
グーグーが、仮面の下で、必死に首を動かした。
その視線の先。
リーンが、倒れていた。
凛々しい青年の姿。長い金髪が、石畳に広がっている。青い瞳が、薄く開かれていた。その手が、グーグーの方に伸びている。指先が、あと少しで届きそうな距離で、止まっていた。
「グー……グー……」
リーンの唇が、かすかに動く。低い声。男の声。でも、その言葉は、いつものリーンのものだった。
「……だめ……あなた……私の……こと……」
リーンの体にも、ノッカーの触手が、絡みついていた。両足に、左腕に、胸に。触手の先端が、皮膚の下で、何かを蠢かせている。
フシは、唇を噛んだ。
(僕のせいだ)
(僕が、再生能力の匂いで、ノッカーを引き寄せてる)
(僕がいるから、みんなが狙われる)
左手の甲の痣を、強く握った。爪が食い込む。血が滲む。でも、痛みは、すぐに消えた。再生能力が、傷を塞いでしまう。
「……フシ」
グーグーが、フシを見ていた。仮面の奥の茶色の目が、かすかに光っている。
「……に、げろ……お前……だけでも……」
「いやだ!」
フシは、叫んだ。
「グーグーを置いて、逃げるなんて、できない!」
「ば……かやろう……!」
グーグーが、声を振り絞る。女の子の体なのに、その口調は、完全にいつものグーグーだった。
「お前が……捕まったら……全部……終わりなんだぞ……!」
「でも!」
「……行け」
グーグーの声が、急に、静かになった。
「……俺は、大丈夫だ。リーンも、大丈夫だ。だから、行け。花を、取ってこい」
「グーグー……」
フシの目が、熱くなった。
その時だった。
「フシ……!」
か細い声。
振り返る。
マーチが、倒れていた。
大人の女の体。明るい茶色のショートヘアが、乱れている。大きな琥珀色の瞳が、涙でいっぱいだった。
「フシ……あたし……あたし、動けない……」
マーチの体にも、ノッカーの触手が、何本も突き刺さっていた。細い腕に、足に、お腹に。触手が、マーチの体を、地面に縫い付けている。
「マーチ!」
フシは、マーチの方へ走ろうとした。
だが、その前に。
「マーチ!」
青年の姿のパロナが、マーチに覆いかぶさった。黒髪を後ろで束ねた、凛々しい顔。切れ長の黒い瞳が、必死の光を宿している。
「私が守るわ。マーチ、動かないで」
「パロナ……! だめ、離れて! パロナまで……」
「大丈夫よ。私、あなたのお姉ちゃんなんだから」
パロナが、笑った。青年の顔で、優しく笑った。
次の瞬間。
ズブリ。
ノッカーの触手が、パロナの背中を貫いた。
「……っ!」
パロナの体が、びくんと跳ねた。口から、血が溢れる。それでも、パロナは、マーチの上から動かなかった。
「パロナ! パロナ!」
マーチが、叫ぶ。涙が、止めどなく流れる。
「いやだ! パロナ! あたしのせいで! あたしが、大人になりたいなんて言ったから……!」
「……ちが……う……」
パロナが、血を吐きながら、首を振る。
「……マーチの……せいじゃ……ない……」
「パロナ……!」
フシは、二人の元へ駆け寄った。
「パロナ! マーチ!」
「……フシ」
マーチが、フシを見上げた。琥珀色の瞳が、涙で濡れている。
「フシ……あたし……このまま……大人になれないの……?」
フシは、答えられなかった。
喉が、締め付けられる。何か言わなきゃ。でも、言葉が出ない。
「……あたし……やっと……大人になれたのに……」
マーチの声が、震える。
「……もっと……フシと……一緒に……いたかった……」
「マーチ……」
フシは、マーチの手を握った。
小さな手。大人の体なのに、その手は、やっぱりマーチの手だった。温かい。でも、だんだん、冷たくなっていく。
「……僕が……絶対に……助けるから」
フシは、それだけ言うのが精一杯だった。
「……うん……」
マーチが、泣きながら、笑った。
「……信じてる……フシのこと……」
その言葉が、フシの胸に、深く突き刺さった。
(信じてる)
(なのに、僕は、何もできない)
フシは、唇を噛み締めた。血の味がした。
——その時。
「……あーあ」
飄々とした声。
見ると、トナリが、壁にもたれかかっていた。青年の姿。褐色の肌が、夕暮れの光に照らされている。
「こりゃ、参ったな」
トナリの体にも、ノッカーの触手が、這い回っていた。腕に、足に、首に。触手が、トナリの体を、ゆっくりと締め上げていく。
「……トナリ」
「なんだよ、その顔。まだ死んでないぜ」
トナリが、笑った。でも、その顔は、苦しそうに歪んでいる。
「……触手が、体の中を這う感触って、結構気持ち悪いな。日記に書いておこう」
「トナリ……!」
「……フシ、お前、行けよ」
トナリが、真顔になった。
「花を取るんだろ。俺たちのことは、気にすんな。俺は、毒耐性あるし。これくらい、どうってことない」
「でも……!」
「でも、じゃねえよ」
トナリが、フシを睨んだ。
「お前が行かなきゃ、全員、このままだぞ。性別も、この姿のまま。一生な」
「……!」
「行け。俺たちは、ここで、待ってるから」
トナリが、また笑った。今度は、本当に、飄々とした笑みだった。
「……サンデル、お前も、なんか言えよ」
トナリの隣。
サンデルが、倒れていた。少女の姿。褐色の肌に、短い髪。医者としての知識を活かそうと、必死に自分の体を調べている。
「……この症状は……記録しておきたい……」
サンデルが、震える声で呟く。
「……でも……体が……動かない……こんなの……初めてだ……」
「サンデル、無理すんな」
「……トナリこそ……無理してるくせに……」
サンデルが、トナリを見た。少女の顔に、焦りの色が浮かんでいる。
「……フシ……早く……花を……」
「サンデル……」
フシは、二人の元へ行こうとした。
だが、ノッカーの触手が、行く手を阻む。何本も、何本も、壁のように立ちはだかる。
「くっ……!」
フシは、触手を振り払おうとした。だが、数が多すぎる。
——その時。
「フシ様……!」
高い声。
ヒサメが、フシの前に飛び出した。少女の姿。黒髪が、風に舞う。
「ヒサメ! 危ない!」
「フシ様を守るのが、私の役目です!」
ヒサメが、フシを庇うように、両手を広げた。
ズブリ。
ノッカーの触手が、ヒサメの肩を貫いた。
「……っ!」
ヒサメの体が、大きく傾ぐ。それでも、ヒサメは、フシの前に立ち続けた。
「ヒサメ!」
「……へ、平気です……フシ様に触れられるなら……これくらい……」
ヒサメが、震える声で、強がる。
「……フシ様……私……フシ様のことが……」
ヒサメの声が、途切れた。体が、性別を固定されていく感覚に、恐怖で震えている。
「ヒサメ……もういい! 下がって!」
「……いやです……私……フシ様を……守りたい……」
ヒサメが、涙を浮かべながら、首を振る。
——その瞬間。
「ぐああああああ!」
カハクの叫び声。
見ると、カハクが、左腕を押さえて、地面に膝をついていた。少年の姿。左腕に寄生したノッカーが、異様なほどに脈打っている。
「カハク!」
「……フシ……早く……花を……!」
カハクが、苦しみながら叫ぶ。左腕のノッカーが、周囲のノッカーと共鳴して、暴走を始めている。触手が、カハクの腕から、勝手に伸びていく。
「このままだと……俺のノッカーが……もっと……ノッカーを呼び寄せる……!」
「……っ!」
フシは、カハクの言葉に、背筋が凍る思いだった。
(カハクのノッカーが、ノッカーを呼んでる)
(だから、こんなに数が多いんだ)
(僕の再生能力の匂いと、カハクのノッカーの共鳴。二つが重なって、街中がノッカーだらけに……)
「フシ様……行ってください……」
ヒサメが、フシの背中を押した。
「私たちは……大丈夫ですから……」
「ヒサメ……」
「お願いです……みんなを……元に戻してあげてください……」
ヒサメの声が、震えている。それでも、その目は、真っ直ぐにフシを見ていた。
——その時。
「……我が、霊媒能力をもってしても……」
女装姿のボンが、地面に倒れていた。豪華なドレスが、泥と血で汚れている。尊大な態度は、もうどこにもなかった。
「……幽霊たちよ……助けてくれ……!」
ボンが、周囲に向かって叫ぶ。
「……我は……ボンシェン・ニコリ・ラ・テイスティピーチ=ウラリス……お前たちの……王子だぞ……!」
幽霊たちが、ボンの周りに集まっていた。半透明の姿。老若男女、様々な幽霊たち。でも、誰も、ボンに触れることができない。
「……触れられない……我の霊媒能力では……幽霊と話すことはできても……触れ合うことは……できないのか……」
ボンの声が、震える。
「……こんな……こんなことって……我は……誰も……守れないのか……!」
ボンが、地面を殴った。ドレスが破れ、指が血を流す。
「ボン……」
フシは、ボンの悔しさが、痛いほど分かった。
(僕も同じだ)
(僕も、誰も守れない)
(再生できるのは、僕だけ。死ねないのは、僕だけ。でも、それだけだ)
(僕には、仲間を助ける力がない)
フシは、周囲を見回した。
グーグー。リーン。マーチ。パロナ。トナリ。サンデル。ボン。ヒサメ。カハク。
全員が、倒れている。全員が、ノッカーに寄生されている。全員が、性別を固定されたまま、動けなくなっている。
女のまま意識を失うグーグー。
男のまま動けなくなるリーン。
大人の女の姿で涙を流すマーチ。
青年のままマーチを守ろうとして倒れるパロナ。
青年の姿で飄々と笑うトナリ。
少女の姿で記録を取ろうとするサンデル。
女装姿で幽霊に助けを求めるボン。
フシを庇って刺されたヒサメ。
左腕のノッカーが暴走するカハク。
みんな、みんな、フシのせいで。
フシが、花の呪いを持って帰ってきたから。
フシが、再生能力の匂いで、ノッカーを引き寄せたから。
「……僕が……」
フシの声が、震える。
「……僕が……みんなを……こんな目に……」
涙が、溢れた。
止められなかった。
銀色の髪の少年の頬を、涙が伝う。地面に落ちる。
「……ごめん……ごめんね……みんな……」
フシは、泣きながら、一歩、後ろに下がった。
「……僕……行くよ……」
「フシ……」
グーグーが、仮面の下で、フシを見た。
「……行ってこい。俺たちは……待ってる」
「……うん」
フシは、頷いた。
「絶対に……戻ってくる。みんなを……元に戻す」
「……ああ。信じてる」
グーグーが、笑った。
仮面の下で、確かに、笑った。
フシは、走り出した。
市場通りを抜け、北門へ向かう。
後ろから、仲間たちの声が聞こえる。
「フシー! がんばれー!」
「フシ様……! ご無事で……!」
「……頼んだぞ、フシ」
「我も……信じているぞ……!」
声が、遠ざかっていく。
フシは、振り返らなかった。
振り返ったら、もう、走れなくなる気がしたから。
タクナハの街を抜ける。石壁の北門が、開いていた。門番の姿はない。逃げたのか、倒れているのか。
フシは、北へ走った。
カザミドリの森へ。
夕暮れが、夜に変わる。空が、深い藍色に染まっていく。星が、一つ、また一つと、顔を出す。
森の中は、暗かった。
常緑樹の枝が、星明かりを遮る。足元は、苔で滑りやすい。フシは、何度も転びそうになりながら、走った。
(早く)
(早く、花のところへ)
(みんなが、待ってる)
息が切れる。足が重い。胸の傷は、もう塞がっていた。でも、体力は、限界に近い。
それでも、フシは、走った。
森を抜ける。
視界が、開けた。
シャララカの花畑。
薄桃色のテンテン草が、一面に咲き乱れている。月光を浴びて、花びらが、淡く光っている。
甘い匂い。
でも、その匂いの中に、不穏な気配が混じっている。
ノッカーの気配。
花畑の奥から、半透明の触手が、無数に蠢いている。
フシは、花畑の中央へ向かった。
大元のテンテン草。
他の花よりも、一回り大きな、薄桃色の花。花びらが、七枚。中央に、金色の蕊。
その花の周りに、ノッカーが、群がっていた。
触手が、花を守るように、取り囲んでいる。
フシは、立ち尽くした。
(花を獲得すれば、みんな、元に戻る)
(でも、ノッカーが、僕の体内に入れば、性別反転が永続化する)
(そうしたら、みんな、元に戻れない)
(僕は、どうすればいい)
フシは、左手の甲の花の痣を見た。
銀色の髪が、風に揺れる。金色の瞳が、月光を映す。
「……みんな……」
フシの声が、震える。
「……みんな、元の姿で、笑い合いたい……」
涙が、また溢れた。
「……グーグーが、男の体で、リーンに指輪を渡すところを……見たい……」
「……リーンが、女の体で、グーグーに求婚するところを……見たい……」
「……マーチが、子供の体で、パロナと追いかけっこするところを……見たい……」
「……パロナが、女の体で、マーチを守るところを……見たい……」
「……トナリが、少女の体で、日記を書くところを……見たい……」
「……サンデルが、少年の体で、医者の勉強をするところを……見たい……」
「……ボンが、男の体で、幽霊たちと話すところを……見たい……」
「……ヒサメが、元の体で、僕にくっついてくるところを……見たい……」
「……カハクが、元の体で、冷静に突っ込むところを……見たい……」
フシは、叫んだ。
「みんな、戻ってこい……!」
声が、花畑に響き渡る。
ノッカーの触手が、一斉に、フシの方へ向いた。
「……僕は……僕は……」
フシは、大元のテンテン草に、手を伸ばした。
「……みんなの笑顔のために……花を、獲得する!」
指先が、花びらに触れた。
——瞬間。
世界が、白く弾けた。
薄桃色の光が、フシの体を包み込む。花の力が、フシの中に流れ込んでくる。性別反転の呪い。再生の力。テンテン草の、すべての力が。
同時に。
ノッカーの触手が、フシの体に、四方八方から、突き刺さった。
胸に。背中に。腕に。足に。首に。
「……ぐ……ああああああ!」
フシの叫び声。
体の中で、花の力と、ノッカーの力が、激しくぶつかり合う。
(負けるな)
(負けるな、僕)
(みんなのために)
(みんなを、元に戻すために)
フシは、意識を保とうと、必死に抗った。
でも、ノッカーの力は、強かった。
触手が、フシの体を、内側から食い破っていく。性別反転の力が、フシの体を、めちゃくちゃにしようとする。
「……みん……な……」
フシの視界が、ぼやける。
意識が、遠のいていく。
(……だめ……だ……)
(……このままじゃ……)
(……みんなを……助けられない……)
フシの体が、薄桃色の光と、半透明の触手に、飲み込まれていく。
花畑に、フシの叫び声が、こだました。
そして、静寂。
月光が、薄桃色の花畑を、静かに照らしていた。
フシの姿は、もう、見えなかった。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。