俺物語!! 〜すれ違いの向こう側〜
朝の満員電車で痴漢から女子高生を救ったのは、身長2メートル・体重120キロの巨体を持つ高校2年生、剛田猛男。ゴリラのような顔立ちゆえに周囲から怖がられ、好きになった女子は3回連続で幼なじみのイケメン・砂川誠に告白されるという、不器用で報われない日々を送っていた。そんな猛男が助けた女子高生・大和凛子から届いた「たけおくん、だよね?」という一通のメッセージ。名前も連絡先も伝えていないはずの彼女は、なぜ猛男を知っているのか——。すれ違う想いと勘違いが織りなす、不器用な男の純情物語。
俺物語!! 〜すれ違いの向こう側〜 - ゴリラ、雪の公園で真実を知る
窓の外は、昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。
だが、剛田猛男の心の中は、まだどんよりと曇ったままだった。
学校を休んだ翌日。いつもより重い体を引きずって、猛男は集英高校の門をくぐった。身長2メートル、体重120キロ。特注の4Lサイズの紺ブレザーが、今日はやけに窮屈に感じる。角刈りの黒髪。奥二重の小さな黒い目。ゴリラのような濃い顔立ち。
教室に入ると、クラスメイトたちの視線が一斉に突き刺さった。
「お、剛田。大丈夫か?」
「昨日、休んでたよな。熱でも出たのか?」
猛男は、無理に笑顔を作った。
「あ、ああ。ちょっとな。もう平気だ」
そう言って、自分の席に座る。
(平気なわけ、ねえだろ)
(大和の顔を、まともに見られねえ)
昨日の雨の公園での出来事が、頭から離れない。雨に濡れて震える凛子の姿。言いかけた言葉。そして、自分がその場から逃げ出したこと。
(オレは、最低だ)
猛男は、机に突っ伏した。
昼休み。
猛男は、教室の隅で、一人、弁当を広げていた。
母が作ってくれた、特大のり弁。いつもなら、ものの五分で平らげる。だが、今日は、箸が進まない。
(腹、減ってるのに)
(食う気が、しねえ)
その時だった。
「猛男」
聞き慣れた、低い声。
顔を上げると、砂川誠が立っていた。さらさらの黒髪。前髪を軽く流した爽やかな髪型。切れ長の涼しげな黒い瞳。整った顔立ち。女子からよく告白される、幼なじみの親友。
「す、すな……」
「放課後、うちに来い。話がある」
誠は、それだけ言うと、背を向けて去っていった。
(話、だと?)
猛男の胸の奥が、ざわついた。
(昨日のことか? それとも、大和のことか?)
猛男は、弁当の残りを、無理やり口に押し込んだ。
放課後。
猛男は、誠の家の前に立っていた。
剛田家の隣にある、建て替えたばかりの新しい一軒家。砂川家。幼い頃から、何百回も訪れた場所。
インターホンを押す。
「開いてるぞ」
家の中から、誠の声がした。
猛男は、玄関を開けた。
誠の部屋は、二階にある。猛男の部屋の窓と、向かい合っている部屋。
部屋に入ると、誠は、ベッドに腰掛けていた。
「座れよ」
誠は、床を指さした。
猛男は、黙って、床に座った。
沈黙。
窓の外から、夕方の風が、カーテンを揺らす。
(なんだ、この空気)
(すなが、こんなに真剣な顔をするなんて)
猛男は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「猛男。俺は、大和のことが好きだ」
誠の言葉が、部屋の中に、静かに響いた。
猛男は、一瞬、言葉を失った。
頭の中が、真っ白になる。
(すなが、大和を?)
(やっぱり、そうだったのか)
(大和も、すなのことが好きなんだ)
心の奥底で、何かが、音を立てて崩れていく。
でも、猛男は、すぐに笑顔を作った。
「そ、そうか! お前が言うなら、間違いねえ!」
猛男は、無理やり声を張り上げた。
「オレは、身を引く! 大和とお前、応援するからな!」
「ああ。だからお前は、身を引け」
誠は、冷たい目で、猛男を見つめた。
「大和に、近づくな」
「わ、わかってる。オレは、お前たちの邪魔はしねえよ」
猛男は、笑顔のまま、うなずいた。
(これでいい)
(オレは、身を引くんだ)
(すなと大和を、応援するんだ)
「じゃ、じゃあな、すな」
猛男は、立ち上がった。
「ああ」
誠は、それ以上、何も言わなかった。
猛男は、誠の部屋を出た。
階段を下りる。
玄関を出る。
自宅の門をくぐる。
その瞬間。
猛男の目から、涙が、あふれ出た。
(好きだ)
(大和のことが、好きだ)
心の中で、叫ぶ。
(好きなのに、応援するなんて、おかしいよな)
(でも、オレには、それしかできない)
猛男は、自宅の壁を、拳で、思い切り殴りつけた。
ゴンッ、という鈍い音。
壁が、わずかに、へこんだ。
拳から、血が、にじむ。
(痛え)
(でも、心の痛みよりは、マシだ)
猛男は、その場に、しゃがみ込んだ。
夕陽が、猛男の巨体を、オレンジ色に染めていた。
その夜。
猛男は、自室のベッドに、横たわっていた。
電気は、つけていない。
薄暗い部屋の中で、天井を、ぼんやりと見つめる。
(すなは、大和と、うまくいくのかな)
(大和は、すなのこと、好きなんだよな)
(二人は、お似合いだ)
猛男は、何度も、自分に言い聞かせた。
でも、心の痛みは、消えない。
ふと、窓の外を見た。
向かいの砂川家。
誠の部屋の窓に、灯りが、ついている。
(すな、まだ起きてるのか)
猛男は、時計を見た。
深夜一時。
(いつもなら、とっくに寝てる時間だ)
猛男は、首を傾げた。
(珍しいな)
(まあ、色々、考えてるのかもな)
猛男は、布団を、頭からかぶった。
(オレは、寝よう)
(寝て、忘れよう)
でも、眠れなかった。
一時間後。
猛男は、再び、窓の外を見た。
誠の部屋の灯りは、まだ、ついていた。
(まだ起きてる)
(何をしてるんだ?)
猛男は、違和感を覚えた。
誠は、いつも、規則正しい生活をしている。
夜更かしなんて、滅多にしない。
(すなの奴、何か、悩んでるのか?)
(大和のことか?)
猛男は、深く考えることを、やめた。
(オレには、関係ない)
(オレは、身を引いたんだ)
猛男は、布団を、さらに深くかぶった。
それでも、誠の部屋の灯りは、一晩中、消えなかった。
翌朝。
猛男は、ほとんど眠れないまま、朝を迎えた。
のろのろと起き上がり、携帯電話を手に取る。
画面に、新着メッセージの通知が表示されていた。
送り主は、大和凛子。
猛男の心臓が、ドクンと鳴った。
震える指で、メッセージを開く。
『あのね、たけおくん。うち、たけおくんに直接伝えたいことがあるの。今日、雪が降る公園で待ってるね。ミナトサカ公園の、噴水の前のベンチ。ずっと待ってるから』
猛男は、メッセージを、何度も読み返した。
(直接、伝えたいこと?)
(雪が降る公園?)
猛男は、窓の外を見た。
六月の空は、晴れている。
雪なんて、降る気配は、まったくない。
(今日は、六月だぞ)
(雪が降るわけないだろ)
(大和、何を言ってるんだ?)
猛男は、首を傾げた。
でも、いてもたってもいられなくなった。
(大和が、待ってる)
(オレを、待ってる)
猛男は、パジャマのまま、家を飛び出した。
「猛男! 朝ごはんは!?」
母の声が、背中に追いかけてくる。
「いらねえ!」
猛男は、叫び返した。
外は、六月とは思えないほど、空気が冷たかった。
猛男は、自転車に飛び乗った。
ミナトサカ公園までは、自転車で、十五分。
猛男は、ペダルを、力いっぱい漕いだ。
集英高校の前を通り過ぎる。
ミナトサカ駅前の再開発地区を抜ける。
パティスリー・ルミエールの前を通りかかった時だった。
「剛田くん」
低く、よく通る声が、猛男を呼び止めた。
猛男は、自転車を止めた。
目の前に、一之瀬昴が立っていた。
明るい茶色の髪を無造作にセットして、首に赤いバンダナを巻いている。甘いマスク。琥珀色の瞳。パティスリー・ルミエールのオーナー兼シェフ。
「い、一之瀬さん……」
猛男は、息を切らしながら、その場に立ち止まった。
「凛子さんは、お前を選ばない」
一之瀬は、腕を組み、猛男を見上げた。
「彼女を守るのは、俺だ。お前が行く必要はない」
「どけ!!」
猛男は、初めて、声を荒げた。
自分でも、驚くほどの大声だった。
一之瀬の顔が、一瞬、ひるんだ。
「な、なんだと……?」
「どけって言ってるんだ! オレは、大和に会いに行くんだ!」
猛男は、一之瀬を、突き飛ばした。
一之瀬は、バランスを崩し、尻餅をついた。
「ぐっ……!?」
一之瀬は、驚いた顔で、猛男を見上げた。
猛男は、振り返らずに、自転車に飛び乗った。
「大和は、オレが守る!!」
猛男は、叫びながら、ペダルを漕ぎ出した。
一之瀬は、呆然と、猛男の背中を見送った。
「剛田くん……君は……」
一之瀬の呟きは、風に消えた。
空から、白いものが、ひらひらと、舞い降りてきた。
雪だった。
六月の雪。
猛男は、雪の中を、走った。
自転車のタイヤが、濡れた路面を切る。
冷たい風が、顔を叩く。
雪が、猛男の角刈りに、肩に、積もっていく。
(雪だ)
(本当に、雪が降ってる)
(大和の言った通りだ)
猛男は、ペダルを漕ぐ足に、力を込めた。
(待ってろ、大和)
(今、行くからな)
ミナトサカ公園に着いた。
猛男は、自転車を投げ捨てるようにして、公園の中へ駆け込んだ。
噴水広場。
雪が、静かに、降り積もっている。
ベンチに、一人の少女が、座っていた。
肩まで伸びた柔らかな栗色の髪。ふわっとした毛先。ぱっちりとした大きな茶色の瞳。
大和凛子。
凛子は、雪に濡れながら、じっと、うつむいていた。
「大和!!」
猛男は、叫んだ。
凛子が、顔を上げた。
その瞳は、涙で、いっぱいだった。
「たけおくん……」
凛子は、立ち上がった。
そして、猛男に向かって、走り出した。
「たけおくん! うち、たけおくんに、どうしても伝えたいことがあるの!」
凛子は、猛男の胸に、飛び込んだ。
小さな体が、猛男の巨体に、ぶつかる。
猛男は、凛子の体を、そっと、支えた。
「うちは、たけおくんのことが、好き! ずっと、前から、好きだったの!」
凛子は、涙を流しながら、叫んだ。
「すなかわくんじゃなくて、たけおくんが、好きなの!」
猛男の頭の中が、真っ白になった。
心臓の鼓動が、雪を、震わせる。
(大和が、オレを?)
(すなじゃなくて、オレを?)
「で、でも、すなが……」
猛男は、かすれた声で、言った。
「俺が、嘘をついた」
聞き慣れた、低い声。
猛男は、振り返った。
いつの間にか、砂川誠が、そこに立っていた。
黒髪に、雪が、積もっている。
「俺は、大和が好きなんかじゃない。お前を、試したんだ」
誠は、静かに、言った。
「試した……だと?」
猛男の拳が、震える。
「お前が、本気で大和を好きかどうか、確かめたかった」
誠は、まっすぐに、猛男を見つめた。
「お前が、いつもみたいに、諦めるからだ。大和は、お前を選んだ。お前が、選ぶんだ」
「ふざけるな!!」
猛男は、誠に、殴りかかった。
大きな拳が、誠の頬を、とらえる。
ゴッ、という鈍い音。
誠は、よろけたが、倒れなかった。
「お前は、オレを、騙したのか! オレの気持ちを、踏みにじったのか!」
猛男は、誠の胸ぐらを、掴んだ。
「ああ、そうだ」
誠は、口の端から血を流しながら、うなずいた。
「でも、お前が、本当に大和を好きなら、これでよかったんだ」
「何が、よかったんだ!」
猛男は、叫んだ。
その時だった。
「たけおくん、やめて!」
凛子の、泣き声が、響いた。
猛男は、ハッとして、凛子を見た。
凛子は、涙で、顔をくしゃくしゃにしていた。
「すなかわくんは、うちたちのために、嘘をついたの。たけおくんに、自分の気持ちに気づいてほしくて……」
凛子の言葉に、猛男は、誠の胸ぐらから、手を離した。
(すなが、オレのために?)
(オレに、気づいてほしくて?)
猛男は、誠を見た。
誠は、静かに、うなずいた。
「大和は、最初から、お前が好きだった。俺は、それを、ずっと、知っていた」
誠は、雪の降る空を、見上げた。
「お前が、勝手に、勘違いして、身を引こうとするから。だから、俺は、お前を、試した」
「すな……」
猛男は、声を詰まらせた。
「大和を、泣かせるな。お前が、大和を、幸せにしろ」
誠は、それだけ言うと、背を向けた。
「じゃあな」
誠は、雪の中を、歩き去っていった。
猛男は、誠の背中を、見送った。
怒りと、友情と、感謝と、申し訳なさが、心の中で、ぐちゃぐちゃに渦巻いている。
(すな……)
(オレは、お前に、なんてことを)
「たけおくん」
凛子が、猛男の袖を、引っ張った。
猛男は、凛子を見た。
凛子は、泣きながら、笑っていた。
「うち、たけおくんが、好き。大好き。ずっと、前から、好きだったの」
凛子は、何度も、繰り返した。
猛男の胸の奥で、何かが、弾けた。
(好きだ)
(オレも、大和が、好きだ)
心の中で、叫ぶ。
「大和、オレも、好きだ。ずっと、前から、好きだった」
猛男は、凛子の両肩を、掴んだ。
「すなに、取られるのが、怖くて。オレなんかが、好きになる資格なんて、ないと思って。でも、違った。オレは、大和が、好きだ」
猛男の目からも、涙が、あふれ出た。
「たけおくん……」
凛子は、猛男の胸に、顔を埋めた。
猛男は、凛子の涙を、自分の手で、そっと、拭った。
雪が、二人を、静かに、包んでいく。
六月の雪。
ありえないはずの雪。
でも、今の二人にとって、それは、祝福の雪だった。
猛男は、凛子の小さな体を、抱きしめた。
「大和。もう、離さない。絶対に、離さないから」
猛男は、凛子の耳元で、囁いた。
「うん。うちも、もう、離れないよ。ずっと、たけおくんの、そばにいる」
凛子は、猛男の胸で、うなずいた。
雪は、降り続けていた。
猛男は、遠ざかっていく誠の背中を、もう一度、思い浮かべた。
(すな、ありがとう)
(お前の気持ち、ちゃんと、受け取ったからな)
でも、心のどこかで、まだ、もやもやしたものが、残っていた。
誠への怒りと、友情の間で、猛男の心は、揺れていた。
(オレは、すなに、なんて顔をして、会えばいいんだ)
猛男は、凛子を抱きしめながら、雪の降る空を、見上げた。
冷たい雪が、猛男の熱い頬に、触れて、溶けていった。Noveliaとは?
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