真夜中の庭園—夢が根を張る場所
灰色に沈んだ村アッシュ・ホローでは、住民の希望を体系的に吸い尽くす呪いが長年の間、静かに蔓延していた。その暗き時代に、十六歳のリオラは一つの稀有な才能に目覚める—毎夜出現する幻想の庭園真夜中の庭園への侵入能力である。この領域は、眠る住民たちの夢から咲き出した花々で満ち、各花弁には忘れられた願い、放棄された愛情、失われた野心が符号化されていた。庭園そのものは欲望と記憶の重層テキストであり、その共同体が信じることを止めたすべてのものを収蔵する生きた記念碑である。
この孤立した使命を背負うリオラは、幼馴染のジュンに力を借りることになる。十七歳のジュンは機知と勇敢さで周囲を魅了するが、その本質は深い誠実さと超自然現象への知的好奇心に根ざしていた。リオラの直感的な信頼とジュンの論理的懐疑は相互補完し、庭園の導きに従う彼女と因果律を要求する彼は、二つの車輪となって物語を前へ押し進める。夢の花々を採集し、目覚めた村人たちの手に返すことで、呪いの反転を期待したのだ。
しかし庭園の深層へ足を踏み入れるたび、彼らは悪夢から生まれた寄生的存在シェイドウォーカーに直面する。そしてより不気味な出会いが待って
真夜中の庭園—夢が根を張る場所 - 名前を忘れた朝と灰色の花弁
燠火亭の前に差し掛かったとき、Lioraはどこからか焦げたパンの匂いを嗅いだ気がした。三日前、ここを訪れたときと同じ石畳、同じ扉の軋み。でもその時の空気とは、何かが違っていた。
Junが先に扉を押した。
「Dalla、少し聞いていいか」
燠火亭の女将——Dalla Hewn——は窓際の棚を拭いていた。四十代、ずんぐりとした体つきに、いつも前掛けをつけている。この村でいちばん気力を保っている女性だと、Lioraはずっとそう思っていた。Dallaはこちらを向いて、Junの顔を確認して、それからLioraに視線を移した。
そこで、止まった。
「ああ、Junじゃないか。何の用? 君と——」
Dallaは一瞬、口が止まった。眉間にほんの少し皺が寄る。名前を探している顔だ。Lioraはその表情を、すでに何度も見たことがあった。
「——連れの子は、何が聞きたいの」
連れの子。
Lioraは何も言わなかった。Dallaは何も気づいていない。自分が何かを言い間違えたとも、何かを忘れたとも、思っていない。ただ棚拭きを再開した。
Junが懐から小さなノートを取り出した。表紙をめくらずに、ただペンの先で日付欄を押さえた。今日の日付と、今の時刻。
Lioraはそのノートの表紙を見た。Junがいつからつけているか、Lioraにはわかっていた。
「村の人たちの様子に変化があったか聞きたかっただけです。ありがとう、Dalla」
二人は外に出た。
石畳の上で、Junがノートを開いた。書き加えた文字は小さく、整っていた。Dalla Hewn / Liora, no name recall / day 3 after last visit.
「三日だ」
「……知ってた」
「前に訪れたのは三日前。それより前は、Dallaはお前の名前をちゃんと言えてた。つまり——」
Lioraは足元の石畳を見た。目地の間に、灰色の草が一本だけ生えている。
「知ってるって言った」
Junが何か言いかけた。言わなかった。
そのとき、Lioraの足がひっかかった。棚から落ちかけていた小さな木箱——Dallaが出しっぱなしにしていたもの——の角に、つま先が当たった。バランスを崩す。横に傾く。ちょうどJunが振り返った瞬間だった。
ゴチン。
「「いたっ」」
額と額が、真正面からぶつかった。二人同時に同じ声を出した。
LioraはよろめいてJunの腕を掴み、Junはノートを抱えたまま石畳の縁に片膝をついた。三秒ほど、二人ともそのままの格好で固まった。
「……お前、ノートより俺の心配をしてくれ」
「ノートを抱えたまま転んだのはそっちでしょ」
三秒、全部が普通だった。
それから、また普通じゃなくなった。
◇
マレンの小屋——Lioraの祖母の形見のような石造りの家——の居間に戻って、Junはテーブルにノートを広げた。
ページをめくるたびに数字が並ぶ。入域時刻。体温回復までの時間。左手首の冷たさが消えるまでの分数。そしてその横に、別の列。誰がLioraの名前を言えなくなったか、いつから、どのくらいで。
「これを見てくれ」
Lioraはテーブルの向こう側に立ったまま、ノートを見た。
Junが指で列をたどる。EP2の記録。EP3の記録。そして今日——Dallaの欄。
「庭に入るたびに加速してる。一回目と三回目を比べると、体温の戻りが倍近く遅くなってる。名前を忘れられる速さも上がってる。このペースだと——」
「あと四回入れば、私のことを好きな誰かが顔を見ても誰だかわからなくなる」
「……計算してたのか」
「してた」
Lioraはノートを手前に引き寄せた。じっと見た。それからJunの方へ押し返した。
「わかってる。それでも行く」
Junは押し返されたノートを手で押さえた。
「村が溶けていくのも本物の問題だ。でもお前が消えていくのも本物の問題だ。どっちも同じ」
「同じじゃない。村は百九十人いる」
「お前は一人だ」
まともな言い返しが、Lioraには出てこなかった。
しばらく、蝋燭の炎だけが動いていた。
Junがノートを開いたまま、別のページに書き始めた。今朝のメモ。Lioraは音だけ聞いていた。
「今朝、お父さんの鍛冶の手伝いをしてる若い衆に、お前のことを説明した。四十分かけた」
「……それで?」
「話し終わったら『で、誰でしたっけ』って聞かれた」
Junは笑わなかった。でも声が一瞬だけ、薄く乾いた。
「その場を離れないと、棚の工具を投げそうになった」
Lioraはほぼ笑った。ほぼ、だけだった。
◇
その夜。
Lioraは庭視——夜明けまでの暗闇の時間にのみMidnight Gardenを知覚し、意識を集中することで境界を越える能力——を発動させた。Junが右手を握る。いつもの接触、いつもの温かさ。
ただ今夜は深く行くつもりだった。
花冠の野——入域直後に広がる草原で、最も安全な領域——を素通りした。夢の花が足元に揺れる。琥珀色、薄い青、白に近い紫。誰かの希望、誰かの記憶が物質化したもの。Lioraは目も向けなかった。今夜の目的地はここじゃない。
根絡みの径。
巨大な根が天井まで絡み合う、暗い通路。Shadewalkersの出現率が最も高く、道が変わりやすい。Torbenの花——あの夜見つけられなかった錆びた金属色の花——が、もしまだここにあるなら、取り戻してみせる。そうすれば証明できる。引き返す理由より、行き続ける理由の方が重いと。
五分で、Lioraは立ち止まった。
前方に人影があった。
——人影。
ここに人間が現れたことは一度もない。Shadewalkersは煙状で人型だが、あれとは違う。はっきりとした輪郭。長い銀白色の髪が、風もないのに緩く揺れている。背丈は自分と同じくらい。立ったまま、動かない。
その周囲を七体の影が囲んでいた。
Shadewalkersだ。黒い煙に細い腕、高さが人間より少し低いもの。ただ——攻撃していない。七体全部が、その人物を取り囲んで静止している。守るように。あるいは、待つように。
Lioraは三歩近づいた。
顔が見えた。左目が深紅。右目が金色。オッドアイが、暗い径の中でかすかに光っていた。
「……来たね」
声は静かで、低い。感情がどこにあるのか、すぐには読めない。
「あなたは誰」
相手は答えなかった。Lioraを見ている。長い間待っていた人間が、ようやく会えた相手を確認しているような目つきだった。
それからNyxが、口を開いた。
「あなたが摘んだ花の根は、何になると思う」
「……根?」
「花を摘む。でも根は庭に残る。その根が、何をしているか」
Lioraは考えた。花弁を摘んで現実世界に持ち帰る——それで対応する人間が活力を取り戻す。EldaのAshloafが三年ぶりに焼きあがった。それは本物だった。でも根。根のことは、一度も考えたことがなかった。
花の部分だけを見ていた。ずっと。
Nyxは答えを待たなかった。二本の根の間の影へ、横に一歩踏み込んだ。それだけで、輪郭が霧のように薄くなって、消えた。七体のShadewalkersが散った。まるでNyxに引きずられるように。
Lioraは一人で根絡みの径に立った。
脅威が消えた。でも脅威がある時より、ずっと重かった。
◇
戻ってきたLioraを、Junは無言で迎えた。
「早い。何かあったか」
「人に会った」
Junの手が止まった。
Lioraは話した。銀白色の髪。オッドアイ。Shadewalkersが彼女に従っていたこと。そして——あの質問。
Junはノートにペンを走らせながら聞いた。話が終わると、ペンを置いた。
「根が庭に残るなら……」
「言って」
「花は夢が物質化したもの。摘んで持ち帰れば、その人の感情か記憶が戻る。でも根は、その感情を庭と繋いでいた部分だ。もし根が残ったまま切断されたら——庭に傷口が開く。それが誰かの何かを、別の経路で吸い上げていたとしたら」
Lioraは椅子に座った。
「Eldaが配合を思い出した。でも——なぜパンを焼くのを止めたか、は戻らなかった」
「俺もそれが引っかかってた」
「根が切れてたから」
二人とも、しばらく何も言わなかった。
「Torbenを見に行こう。夜明け前に」
◇
夜明けの灰色の光の中、LioraとJunはTorbenの鍛冶場の前に立った。
Junの父——Torben——は五十代の男で、かつては朝から夕まで火を熾して鉄を打っていたという。褪色に蝕まれて久しく、今は道具に触れるのも週に数度しかないとJunが話していた。
鍛冶場の扉は閉まっていた。でも扉の前に、Torbenがいた。
立っている。外套を羽織ったまま、夜が明けたばかりの寒い空気の中に。その視線の先には——
マレンの小屋の窓。
Lioraが住んでいる家の、小さな窓。
何かを探しているわけでもない。理由を知っているわけでもない。ただ——その方向を、見ていた。体が、そっちへ向いていた。
「お父さん」
Torbenが振り返った。Junを見て、頷いた。それからLioraに視線が移った。
何かが、浮きかけた。
Torbenの目の奥で、一瞬だけ、何かが水面まで上がりかけた——そしてまた、沈んだ。
Torbenは何も言わなかった。Lioraの名前は出てこなかった。それでも彼の体は、夜明けのたびに、自分でも理由のわからないまま、あの窓の方向を向いていた。
Junはしばらく父親の横顔を見ていた。何も言わなかった。
LioraはJunを見た。
Junは毎朝ここから仕事に出る前に、この光景を見ていたんだと思った。火を失った父親が、理由も知らずに窓を見ているのを。それでもLioraに「行く?」と毎回聞いてきた。一度も「俺が大変だ」と言わなかった。
(一度も、言わなかった)
Lioraは何も言えなかった。
◇
その夜、LioraはJunが帰った後、庭には入らなかった。初めて入らなかった。
「今夜は外に出るな。一晩だけ」とJunが言ったから——ではなく、Nyx の質問がまだ頭の中にあったから。根のことを考えながら眠れるはずがない、と思っていたのに、Lioraはあっさり眠った。
夢は見なかった。覚えていない。
朝、目が覚めた。
右手が、何かを握っていた。
ゆっくりと、指を開いた。
花弁が一枚、手のひらにあった。
琥珀色でも青紫でもない。灰色だった。くすんだ、洗い流されたような灰色。でも——かすかに、脈打っていた。希望の感触とは少し違う。何か別の、まだLioraが知らない感情が、この花弁の中にある。
庭には入っていない。眠っていた。
それなのに花弁がここにある。
Lioraは着替えもせずに外に出た。Jun の家の扉を叩いた。
「Jun。ノートを出して」
扉が開いた。Junは顔に寝起きの跡を残したまま、目だけが素早く動いた。
Lioraがノートの上に花弁を置いた。
Junはしばらく見た。花弁を。Lioraを。また花弁を。
「……庭に入ったか?」
「入ってない。眠ってた」
また沈黙。
Junはノートと花弁を持ったまま、窓の光に向けてかざした。灰色の花弁が、フィルター越しのような淡い光を通す。
「……ノートをもっと大きいやつに買い替える必要がある」
Lioraは笑わなかった。
でも泣きもしなかった。
Junの隣に座って、二人で灰色の花弁を見た。朝の光の中で、花弁はかすかに光り続けていた。答えも、意味も、誰の夢かも、まだ何もわからないまま。
庭が、眠っているLioraに手を伸ばした。
Nyxの問いはまだ宙に浮いている。根は何をしているのか。そしてこの灰色は、何の色なのか。Noveliaとは?
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