真夜中の庭園—夢が根を張る場所
灰色に沈んだ村アッシュ・ホローでは、住民の希望を体系的に吸い尽くす呪いが長年の間、静かに蔓延していた。その暗き時代に、十六歳のリオラは一つの稀有な才能に目覚める—毎夜出現する幻想の庭園真夜中の庭園への侵入能力である。この領域は、眠る住民たちの夢から咲き出した花々で満ち、各花弁には忘れられた願い、放棄された愛情、失われた野心が符号化されていた。庭園そのものは欲望と記憶の重層テキストであり、その共同体が信じることを止めたすべてのものを収蔵する生きた記念碑である。
この孤立した使命を背負うリオラは、幼馴染のジュンに力を借りることになる。十七歳のジュンは機知と勇敢さで周囲を魅了するが、その本質は深い誠実さと超自然現象への知的好奇心に根ざしていた。リオラの直感的な信頼とジュンの論理的懐疑は相互補完し、庭園の導きに従う彼女と因果律を要求する彼は、二つの車輪となって物語を前へ押し進める。夢の花々を採集し、目覚めた村人たちの手に返すことで、呪いの反転を期待したのだ。
しかし庭園の深層へ足を踏み入れるたび、彼らは悪夢から生まれた寄生的存在シェイドウォーカーに直面する。そしてより不気味な出会いが待って
真夜中の庭園—夢が根を張る場所 - 根の間で名前を呼ぶ
小枝は細かった。
山椒の枯れた枝——Nyxの止まり木と同じ種類のそれを、Lioraはずっと手の中で持ち続けていた。夜明け前に目が覚めてから、ずっと。
「今夜、行く」
Junは台所の椅子に座ったまま、お茶の入ったカップを両手で包んでいた。寝癖が直っていない。昨日も、その前の日も、よく眠れていないのがわかる目をしていた。
Lioraの言葉を聞いたとき、Junの口が少し開いた。それから閉じた。
(止めようとしてた。ちゃんと準備してた。昨日の夜からずっと)
Lioraにはわかった。Junがここ一晩、何を考えていたか。反論のリストを作って、データを並べて、今夜こそ止める理由を固めてきた——そういう夜を過ごしてきた顔だった。
でも今、Lioraの顔を見て、そのリストを全部どこかにしまった。
しばらくして、Junは言った。
「根の間まで行くなら、戻る時間の限界は絶対に守ってくれ。今夜だけじゃなく——これが条件だ」
「タイマーでも持ってきたの」
Junはポケットに手を入れて、懐中時計を取り出した。真顔で、当然というふうに、テーブルの上に置いた。
丸くて銀色の、古い時計だった。Lioraは少し笑った。
「……どこで買ったの、それ」
「燠火亭の棚に飾ってあった。Dallaに『貸してください』って言ったら、なぜか二個あった」
「なんで二個」
「俺も知りたい」
しばらく二人で時計を見た。コメディみたいな間だった。でもそれが、少し緊張をほぐした。
Lioraは立ち上がって、居間のほうに向かった。Junもついてきた。マレンの小屋の居間——低い天井、薄暗い窓、古い木のテーブル——に向かい合って座る。蝋燭が一本、静かに燃えていた。
「手、繋ぐよ」
短く言った。説明でも確認でもなく、ただそうすると言った口調だった。
いつもと同じだった。でも今夜は違った。
Lioraが根の間に向かうということを、二人ともわかっていた。Midnight Gardenの最深部——鏡淵の縁、Shadewalkersが群れる場所、誰も安全に戻ってきた記録がない場所——に、今夜Lioraは入っていく。
Junの手が差し出された。
Lioraはその手に自分の手を重ねた。指が絡んだとき、一拍だけ時間が止まったみたいな感じがした。これまでの接触——庭への入域のための、現実の繋留としての手繋ぎ——とは少し違う重さがあった。
(行ってくる)
Lioraは目を閉じた。
◇
越境した直後、Junの視界がおかしくなった。
現実の小屋の床が——透けた。
一瞬だけじゃない。じわじわと、床板の木目の下に、黒い根が絡み合う光景が重なって見えてきた。二重写し。庭の構造の一部が、現実の空間に透けて映っている。
(え、なに、これ)
Junは自分の視界を確認した。庭視——Lioraの能力——ではない。ぼやけていて、断片的で、全体像はわからない。でも確かに、庭の何かが見えている。
観察しなきゃ、とJunは思った。記録しなきゃ。手帳を——
右手を動かしかけた瞬間、Lioraの手を離しそうになった。
映像が消えた。根が消えた。普通の床板が戻ってきた。
「あ」
Junは慌てて握り直した。映像が戻ってきた。根が見える。
(……手帳に書けない。手を離すと消える。どうすれば——)
どうにもならなかった。Junは利き手でLioraの手を握ったまま、左手を膝の上に置いて、ただじっと二重写しの床を見ていた。
書けないなら、覚えるしかない。
◇
Lioraは根の間に向かって歩いていた。
根絡みの径——巨大な根が天井まで絡み合う暗い通路——を抜けて、さらに深く。Shadewalkersの気配が増えていく。黒い煙状の輪郭が、木々の影みたいに揺れている。でも攻撃してこない。
(Nyxの近くだから)
その感覚は正しかった。
根の間が開けたとき、黒い石のテラスに彼女は座っていた。
Nyx——18歳に見える、銀白色の髪とオッドアイを持つ——がこちらを向いた。驚いた顔はしなかった。待っていた顔だった。
Shadewalkersが周囲を取り囲んでいたが、静かだった。まるで番兵みたいに。
Lioraは立ったまま、直接聞いた。
「あなたは、マレンの弟子だったか」
Nyxは少し黙った。それから、否定しなかった。
「……弟子と呼べるほどのことは、していない。でも、教わった」
「マレンが庭に固定されたとき——あなたはどうしてた」
Nyxは目を伏せた。
しばらく、庭の暗闇だけが広がっていた。Shadewalkersが低く揺れる音がした。根の間は常に薄暗くて、ここでは時間の感覚がずれる。でもLioraは待った。
Nyxが話し始めた。
「出られた。庭から、現実に出る手段はあった」
「でも出なかった」
「出た後の場所が、なかった」
声が平坦だった。感情を乗せていないんじゃなくて、感情を使い切った後の声だった。
「Shadewalkersは増え続けていた。誰かが抑えなければ、庭は村を飲み込む。私が残ることで、それが遅らせられると判断した。希望からじゃない——他に、見える選択肢がなかった」
LioraはNyxの言葉を聞きながら、何か固いものが胸の中にずっと引っかかっていた正体がわかった気がした。
マレンも、Nyxも。
誰かが人柱になることで、庭は成立し続けてきた。選択肢が見えないから、残った。希望じゃなくて、諦めから。その構造が——同じだ。
「私は、その道を選ばない」
Nyxが顔を上げた。
「庭を閉じない。でも、庭に溶けない。そのどちらでもない道がある」
Nyxは何も言わなかった。
「証拠がある。Eldaがパンを焼いた日の匂いを、まだ覚えている村人がいる。花が届いた後、戻った記憶が——たとえ三日でも——確かにあった。今夜、Junが庭の断片を見た」
「……それが、何を示す」
「村の中に、まだ根が残ってる。希望の根が。完全には枯れてない。だから庭の花も全部灰にはなってない。私は庭と現実を行き来しながら、その根を少しずつ呼び起こせる」
「Marenも同じことを言った」
「知ってる。マレンは失敗した。でも失敗した理由は、一人でやろうとしたからじゃないかと、私は思ってる」
沈黙が落ちた。
NyxはLioraを見ていた。瞳が——オッドアイの、青と金が混じったその目が——少し違う色になった気がした。
Shadewalkersが静かになった。さっきより静かになった。
Nyxはゆっくりと口を開いた。
「……かつて、私も信じていたことがある。それと、似た話だ」
平坦な声だった。詩的ではなかった。でも確かに、何かが動いた。
それから——
「Liora」
名前を呼ばれた。
Lioraは止まった。Nyxに名前を呼ばれたのは、今夜が初めてだった。今まで何度も会ってきたのに、一度も名前を使わなかったNyxが、今、名前を呼んだ。
その瞬間、Lioraの手の中で何かが振動した。
懐中時計の感触が、Junの手を通じて伝わってきた。設定した時間になったらしい。コツコツ、と規則正しい振動が、この重要な瞬間に割り込んできた。
(今じゃないでしょ)
Lioraは心の中でそう思った。でも少しだけ笑いたくなった。Junらしかった。何があっても時間を守る、その几帳面さが、今夜もちゃんと機能していた。
◇
帰還する。
根の間から花冠の野へ。そこから境界へ。Lioraが現実に戻ってくる感覚は、いつも水から上がるときに似ていた。重力が変わって、体が戻ってくる。
Junはまだ二重写しの景色を見ていた。床の下の根が、Lioraが近づくにつれて輝き始めた——薄く、夢の花みたいな光ではなくて、もっと弱い、輪郭みたいな光だった。
そこに、人の形が溶けてくるように見えた。
Lioraが戻ってくるのが、見えた。
現実の側では、Lioraがただ座ったまま目を開いたように見えるはずだった。でもJunの二重写しの視界には、庭から現実に落ちてくる彼女の輪郭が——光が混じった形が——一瞬だけ映っていた。
Junは何も言えなかった。
Lioraが目を開けた。
「ただいま」
普通の声だった。でもJunは何も言えなかった。まだその光景が目の裏に残っていた。
LioraがJunの顔を見た。
「どうした」
「……見えてた。お前が戻ってくるの、庭の側から」
「え」
「二重写しで。根の間の向こうに輪郭があって——光が混じって——Lioraが、落ちてくるみたいに」
Lioraは少し間を置いた。
「きれいだった?」
Junは少し困った顔をした。うまく言葉にならないときの、Junの顔だった。
「……きれいだった」
「え」
「それだけしか言えない。うまく説明できない」
「それ、データになるの?」
「ならない」
二人はそのまま少し黙った。蝋燭が揺れた。外が少しずつ白くなってきていた。夜明けが近い。
◇
台所でお湯を沸かしながら、Lioraは今夜起きたことを整理した。Junは向かいの椅子に座って、ノートを開いていた——でも書いていなかった。ペンを持ったまま、天井を見ていた。
「Nyxは、マレンの弟子だった。庭から出られたのに、選ばなかった。他に選択肢が見えなかったから」
「そう」
「Nyxが今夜、私の名前を呼んだ」
Junのペンが止まった。
「初めて」
Junはノートを閉じた。
「……それは、大事なことだな」
お茶が入った。二つのカップに注いで、一つをJunの前に置いた。Junは「ありがとう」とは言わなかった。でも受け取った。それがJunのやり方だった。
「存在希薄化は、止まってないよな」
Junはカップを見た。
「……止まってない。データはそう言ってる」
「そっか」
「でも速度は変わってないかもしれない。今夜の入域後のデータを取らないとわからないけど」
「続けられる」
Junは顔を上げた。
「俺も、続けられる」
その続けられる、の意味が、二人の間で少しだけ違う重さを持っていることを、どちらも言わなかった。言葉にしなかった。でも台所の空気は、蝋燭の光の中で、少し前より温かかった。
外が白くなってきた。泥遊び川——村を南北に貫く、この村唯一の水源——の水音が聞こえる。夜明けの光が、マレンの小屋の古い窓から差し込んでくる。
Lioraは窓の外を見た。Thornveil Passの方向——灰谷と外界を繋ぐ、南の山道——の稜線が薄く光っていた。
峠の向こうに、人の影があった。
動いている。歩いている。こちらに向かってくる方向に。
最後に誰かが峠を越えたのは二年前だった。行商人のPol Drennanが最後だと、Dallaから聞いていた。それ以来、誰も来なかった。誰も出なかった。
「Jun」
「ん」
「見て、峠」
Junが立ち上がって窓の横に来た。二人で、夜明けの光の中の稜線を見た。
人影は、確かにそこにいた。Noveliaとは?
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