群堂みすずは見ていた
幼い頃からずっと一緒だった幼なじみの智と淳一郎。智の初恋を実らせようと奮闘する親友・みすずだったが、淳一郎が他の女子に告白される現場を目撃してしまう。モヤモヤする胸の奥——その感情の正体に、みすず自身がまだ気づいていない。じれったくて、ほろ苦い、すれ違い青春ストーリー。
群堂みすずは見ていた - 熱にうなされて ―― 見えない距離と、届かない声
違う、と思った。
頭では分かっている。あの二人の関係が、私の知らないところで勝手に進むはずがないって。なのに、なぜ胸の奥がこんなにざわつくのだろう。
群堂みすずは、アオバ坂の途中で足を止めた。九月も半ばを過ぎた朝の空気は、先週までとは違って、少しだけ冷たくなっている。桜の葉が、まだ青いまま風に揺れていた。
「みすずー!」
後ろから、聞き慣れた声が飛んでくる。振り返ると、相沢智が駆け上がってきた。明るい茶色のショートヘアが、朝の光を弾いて跳ねている。寝癖が後ろの方で少し浮いていた。琥珀色の大きな瞳が、今日はいつもより少しだけ鋭く光っている。
「おはよ。今日は機嫌が悪そうね」
「あったりまえだろ! 聞いてくれよ、今朝、淳一郎のやつがさあ!」
智は拳を握りしめて、まくし立てるように話し始めた。
「俺の弁当、勝手に食いやがったんだよ! 朝、家の前で会ったら、腹減ったからちょっとだけ、とか言って! ちょっとだけじゃねえんだよ、唐揚げ全部食われた!」
みすずは、小さくため息をついた。切れ長の深い茶色の瞳が、糸のように細くなる。無意識に首をかしげる癖が出ている。
「あんたたち、本当に毎日飽きないわね。幼稚園の頃から何も変わってないじゃない」
「うっさい! あいつが毎回変なことするからだろ!」
智はそう言って、八重歯をのぞかせて笑った。怒っているのに、どこか楽しそうだ。みすずはその笑顔を見て、胸の奥が少しだけ痛むのを感じた。
(この子は、淳一郎のことを話すとき、いつもこうだ)
怒って、笑って、でもその奥で、ずっと淳一郎を見ている。みすずには分かっていた。智の気持ちは、あの夏の告白から、一ミリも変わっていない。
「ねえ、トモ」
みすずは、アオバ坂の桜並木を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「あんた、淳一郎に気持ち伝えるって言ってたじゃない。あれから一週間、何か進展あったの?」
智の足が、一瞬止まった。
「……まだ」
声が、急に小さくなる。
「わかってる。ちゃんと言わなきゃって思ってる。でも、タイミングが……」
智はうつむいて、自分の手の甲を見た。小さな古傷がある。道場での稽古でついた傷だ。
「あいつ、今朝も普通に弁当食って、普通に笑ってた。あの顔見てると、今更なんて言えばいいのか分かんなくなんだよ」
みすずは、智の横顔をじっと見つめた。琥珀色の瞳が、朝の光の中で揺れている。
「タイミングなんて、待ってても来ないわよ。あんたが作るものよ」
「……みすずは強いな」
「強いんじゃなくて、あんたが弱気すぎるのよ。バカじゃないの?」
智が、ぷっと吹き出した。
「ひどくね? 親友に向かって」
「親友だから言ってるのよ。あんたの鈍感な幼馴染みに、この私がどれだけ手を焼いてると思ってるの」
二人は並んで、アオバ坂を登っていく。私立アオバ学園の校舎が、坂の上に見えてきた。創立六十年の古い建物は、朝の光を浴びて、いつも通りそこに立っている。
智の家は、この坂の途中にある。みすずの家から歩いて五分。淳一郎の家は、智の家のすぐ隣だ。幼馴染み三人の家が、徒歩圏内に固まっている。
(この距離が、あの二人の距離を近くも遠くもしている)
みすずは、心の中でそう思った。
教室に着くと、淳一郎が窓際の席で、文庫本を読んでいた。黒髪は短く刈り込まれていて、左眉の上にある小さな切れ傷が、窓からの光でうっすらと見える。物静かな横顔は、女子からの人気が高いのも頷ける。
「おい、淳一郎!」
智が、勢いよく教室に飛び込んでいった。
淳一郎が顔を上げる。濃い灰色の瞳が、智を捉えた。
「おう、智。朝からうるせえな」
「うるせえのはお前だ! 俺の弁当の唐揚げ、返せ!」
「もう食った。腹に入ったものは返せねえよ」
「じゃあ金返せ!」
「金はない」
智が、淳一郎の頭をはたいた。淳一郎が笑いながら、それを腕で受け止める。教室のあちこちで、クラスメイトたちが笑い声を漏らしている。
みすずは、教室の入り口からその光景を見ていた。
(あの二人の間には、恋愛が入り込む隙間なんて、やっぱり一ミリもないように見える)
でも、違う。みすずだけが知っている。智の気持ちは、間違いなく恋だ。淳一郎の鈍感さは、悪意のない、天然のすれ違いだ。
(だからこそ、私が何とかしなきゃいけない)
みすずは、小さく拳を握った。
その日の放課後、異変は突然起きた。
みすずが隣のクラスで日直の仕事を終えて廊下に出ると、智が壁に手をついて立っていた。顔色が、明らかに悪い。いつもは太陽みたいに明るい智の肌が、青白く見える。
「トモ? どうしたの、顔色悪いわよ」
みすずは、慌てて智のそばに駆け寄った。
「……ちょっと、頭痛くて。朝からなんか、だるいんだよ」
智の声に、いつもの勢いがない。琥珀色の瞳が、焦点を結ばずに揺れている。
みすずは、智の額に手を当てた。
「……熱い。すごく熱いわよ、あんた」
「そうか? 俺、風邪なんてひいたことねえから、よく分かんねえ」
智は、ふらりと体を揺らした。みすずは、とっさに智の腕を掴んで支えた。
「バカ、無理しないで。保健室行くわよ」
「大丈夫だって……ちょっと休めば……」
「大丈夫に見えないから言ってるのよ。ほら、肩貸しなさい」
みすずは、智の腕を自分の肩に回した。智の体は、見た目よりもずっと細い。空手で鍛えた体は、熱を帯びて、みすずの体温まで上がりそうだった。
保健室に連れて行くと、養護教諭が智の体温を測って、すぐに早退の手続きをした。三十八度七分。
「家まで送るわよ」
「悪い……みすず、部活あるんじゃ」
「あんたが一人でアオバ坂を転げ落ちたら、私の気分が悪いのよ。いいから黙って送られなさい」
みすずは、智の荷物を持って、保健室を出た。
アオバ坂を下りながら、智の背中を見る。いつもはまっすぐ伸びた背中が、今日は心なしか丸まっている。
(淳一郎は、今頃何してるのよ)
みすずは、心の中で毒づいた。智がこんなに辛そうなのに、あの鈍感野郎は、きっと部活もせずに帰宅している。
相沢家に着くと、智の母・あけみが玄関に飛び出してきた。
「トモ! どうしたの!? 学校から連絡があったけど……ああ、顔色が真っ青じゃない!」
あけみは、姉御肌で少し乱暴なところのある女性だが、身内が病気になると途端に慌てふためく。智の額に手を当てて、大げさに声を上げた。
「おばさん、智を部屋まで連れて行きます。お医者さんは?」
「今、かかりつけの先生に電話したところよ。すぐ来てくれるって」
みすずは、智を二階の自室まで連れて行った。智は、ベッドに倒れ込むと、そのまま動かなくなった。
「……みすず、ありがとな」
智が、小さな声で言った。
「お礼は元気になってから言いなさい。今日はゆっくり寝なさいよ」
みすずは、智の髪をそっと撫でた。熱で汗ばんだ前髪が、額に張り付いている。
「淳一郎には、連絡したの?」
智は、目を閉じたまま、首を横に振った。
「……してない。あいつに心配かけたくないし」
「バカね。心配くらいさせなさいよ」
みすずは、智の布団を整えて、部屋を出た。
翌日。
智は、学校を休んだ。
みすずは、朝から落ち着かなかった。授業中も、智の空席が頭から離れない。昼休みに淳一郎のクラスをのぞくと、淳一郎は自分の席で、いつも通り文庫本を読んでいた。
(あんた、トモが休んでるのに、なんでそんなに平気な顔してるのよ)
みすずは、心の中で淳一郎を罵った。でも、淳一郎は智が風邪で休んでいることを、まだ知らないのかもしれない。
放課後、みすずはキャロルと一緒に、相沢家へ向かった。
キャロル・オールストンは、ブロンドのゆるふわロングヘアを風になびかせて、みすずの隣を歩いていた。空色の瞳が、心配そうに揺れている。
「トモちゃん、大丈夫かしら。昨日、顔色が悪いって聞いたから、心配で眠れなかったの」
「あんた、眠れないほど心配してたの? 大げさね」
「だって、トモちゃんが病気だなんて、なんだか想像できなくて」
キャロルは、小指を立てる癖のある指で、ハンカチをぎゅっと握りしめた。
「そうね。あの子、小学生の頃から風邪ひとつひいたことなかったものね」
みすずは、アオバ坂を下りながら、昨日の智の顔を思い出した。青白い肌、焦点の合わない瞳、熱い額。
(あんなに弱ったトモ、初めて見た)
相沢家に着くと、あけみが玄関で待っていた。
「みすずちゃん、キャロルちゃん、わざわざありがとうね。トモ、まだ熱が下がらなくて……」
あけみの顔は、昨日よりも疲れて見えた。姉御肌の彼女が、こんなに弱気な顔をしているのは、珍しい。
「おばさん、淳一郎には連絡したんですか?」
みすずは、玄関で靴を脱ぎながら、何気なく聞いた。
あけみは、困ったように眉を下げた。
「淳一郎くんには、今朝連絡したんだけどねえ……『トモは風邪くらい平気だろ』って言われちゃって。あの子、来てくれないのよ」
みすずの足が、止まった。
(風邪くらい平気? あんた、本気で言ってるの?)
みすずは、スマホを握りしめた。指が、かすかに震える。
「……そう。あいつ、そう言ったの」
声が、自分でも分かるくらい低くなった。
「みすずちゃん?」
「あ、いえ。智の部屋、行っていいですか?」
みすずは、怒りをこらえて、笑顔を作った。
智の部屋に入ると、智はベッドの上で、苦しそうに息をしていた。顔は真っ赤で、額には汗が浮かんでいる。枕元には、飲みかけの水と、市販の風邪薬が置いてあった。
「トモちゃん……」
キャロルが、小さな声で呟いた。
みすずは、智のベッドのそばにしゃがみ込んだ。
「トモ、私よ。キャロルも来たわよ」
智は、うっすらと目を開けた。琥珀色の瞳が、熱で潤んでいる。
「……みすず……キャロルも……」
声が、かすれている。
「無理して喋らなくていいわよ。今日はゆっくり寝てなさい」
みすずは、智の額に手を当てた。まだ、かなり熱い。
「……淳一郎は?」
智が、ぽつりと聞いた。
みすずは、一瞬、言葉に詰まった。
「……来てないわよ。あんたのことを、風邪くらい平気だろ、だって」
智の瞳が、一瞬、悲しそうに揺れた。でも、すぐに笑顔を作った。
「……だよな。あいつらしい」
智は、そう言って、また目を閉じた。
みすずは、智の手を握った。智の手は、熱くて、汗ばんでいた。
「ごめんね、トモ。私がもっと早く、あいつに何とか言っておけば」
「みすずのせいじゃないだろ……あいつが鈍感なだけだ」
智の声が、だんだんと小さくなっていく。
「……淳一郎……」
智が、うわごとのように呟いた。
みすずは、息を止めた。
「……ごめん……ちゃんと……言いたかった……」
智の目から、涙が一筋、こぼれ落ちた。
(トモ……)
みすずは、智の手を握りしめた。胸が、張り裂けそうだった。
(あんた、こんなに苦しいのに、あいつに会いたいのね。あいつに、気持ちを伝えたいのね)
みすずは、立ち上がった。
「みすずちゃん?」
キャロルが、心配そうにみすずを見上げた。
「ちょっと、電話してくる」
みすずは、智の部屋を出て、廊下の突き当たりまで歩いた。スマホを取り出して、淳一郎の番号を呼び出す。指が、震えてうまく押せない。
(落ち着きなさい。私が怒ってどうするの)
でも、心は、怒りで真っ白になりそうだった。
コール音が、三回。四回。五回。
「……もしもし?」
淳一郎の、のんきな声が聞こえた瞬間、みすずの中で何かが爆発した。
「あんた、バカじゃないの!? トモがどれだけ苦しんでると思ってるのよ! 風邪くらい平気? ふざけないで! トモが熱にうなされて、あんたの名前呼んでるのよ! 今すぐ来なさいよ!」
受話器の向こうで、淳一郎が息を呑む音がした。
「……智が、俺の名前を?」
淳一郎の声が、急に真剣になった。
「そうよ。あんた、トモのこと何も見てないのね。今すぐ来なさい。いいから来なさい!」
「わかった。今行く」
淳一郎は、それだけ言うと、電話を切った。
みすずは、震える手でスマホを握りしめた。廊下の壁に、背中を預ける。足に力が入らない。
(私、何やってるのよ)
淳一郎に怒鳴りつけて、智の気持ちを代わりに伝えて。
(私の役目は、あの二人をくっつけること。そうでしょ)
なのに、なぜ、こんなに胸が痛いのだろう。
みすずは、深く息を吸って、智の部屋に戻った。
「みすずちゃん、大丈夫?」
キャロルが、心配そうにみすずの顔をのぞき込んだ。
「……大丈夫よ。淳一郎、今来るって」
「まあ! よかったわ」
キャロルは、ほっとしたように笑った。でも、その空色の瞳は、みすずの顔をじっと見つめていた。
「みすずちゃん、少し休んだ方がいいわ。顔色が悪いもの」
「私のことはいいのよ。トモの方が……」
みすずは、智のベッドのそばに戻った。智は、うわごとを繰り返しながら、浅い眠りについていた。
三十分後。
玄関のチャイムが鳴った。
「淳一郎くんが来てくれたわよ!」
あけみの声が、階段の下から聞こえた。
みすずは、智の部屋のドアを開けた。淳一郎が、階段を駆け上がってくる。黒髪が乱れて、息が上がっていた。
「智は!?」
淳一郎は、みすずの顔を見るなり、そう叫んだ。
「中よ。静かに入りなさい」
淳一郎は、智の部屋に飛び込んだ。そして、ベッドの上の智を見て、足を止めた。
熱で赤くなった智の顔。汗で張り付いた前髪。苦しそうな呼吸。
淳一郎は、言葉を失ったように、その場に立ち尽くした。
「……トモ」
淳一郎が、かすれた声で呟いた。
智が、うっすらと目を開けた。
「……淳一郎……?」
「おう。来たぞ」
淳一郎は、智のベッドのそばにしゃがみ込んだ。
「……夢かと思った」
智の目から、また涙がこぼれた。
淳一郎は、智の頭に手を伸ばした。そして、ポンポンと、軽く叩いた。
「バカ、無理すんなよ」
それだけだった。
みすずは、部屋の隅で、その光景を見ていた。
(違う。そうじゃない!)
みすずは、心の中で叫んだ。
(あんたが言うべきなのは、そんな言葉じゃない。トモは、あんたに会いたくて、あんたに気持ちを伝えたくて、熱にうなされてまであんたの名前を呼んでるのよ!)
でも、淳一郎は、智の頭を撫でて、それだけだった。
みすずは、唇を噛んだ。
(この鈍感野郎……)
でも、次の瞬間、淳一郎の顔が、変わった。
淳一郎は、智の腕を見ていた。布団から出た智の腕。細くて、白くて、熱でほんのり赤い。
「……トモって、こんなに細かったんだ」
淳一郎が、ぽつりと呟いた。
みすずは、その言葉を聞き逃さなかった。
(今、こいつ、トモのことを……)
みすずは、淳一郎の横顔を見た。淳一郎は、真剣な顔で、智の腕を見つめていた。
「淳一郎」
みすずは、声をかけた。
「あんた、トモのこと、女の子として見たことある?」
淳一郎は、顔を上げて、みすずを見た。
「……どういう意味だよ」
「そのまんまの意味よ。あんた、トモのこと、女の子だって意識したことあるの?」
淳一郎は、智の顔を見た。熱で赤くなった智の顔。いつもは男勝りで、喧嘩っ早くて、太陽みたいに明るい智。でも、今は、ただの弱った女の子だ。
淳一郎は、長い間、智の顔を見つめていた。
「……わかんねえ」
淳一郎は、絞り出すように言った。
「俺、智のことは、ずっと親友だと思ってた。でも、今、こんなに弱ってる智を見てたら……なんか、胸が苦しくて。これが、女の子として見てるってことなのか、俺にはわかんねえ」
淳一郎は、頭をかいた。考えるときの癖だ。
みすずは、淳一郎のその姿を見て、心の中でため息をついた。
(この鈍感野郎。でも、今のは、あんたの本音ね)
みすずは、淳一郎の隣にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、ちゃんと考えなさいよ。トモが、あんたにとって何なのか。あんたのその頭で、ゆっくりでいいから、真剣に考えなさい」
淳一郎は、みすずの顔を見た。
「……みすず、お前、なんでそんなに智のこと必死なんだよ」
みすずは、一瞬、言葉に詰まった。
「決まってるでしょ。トモは私の親友だからよ。あんたみたいな鈍感野郎に、トモの気持ちを無駄にさせるわけにはいかないのよ」
みすずは、そう言って、淳一郎から目を逸らした。
(そう。トモのため。それだけよ)
みすずは、心の中で自分に言い聞かせた。
淳一郎は、しばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。ちゃんと考える」
淳一郎は、智の頭をもう一度、そっと撫でた。
「智、早く元気になれよ。また、弁当の唐揚げ、食わせろ」
智は、目を閉じたまま、小さく笑った。
「……バカ」
みすずは、その二人の姿を見て、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるのを感じた。
(ああ、やっぱり、この二人は、お似合いだわ)
みすずは、静かに部屋を出た。
夕方。
みすずは、キャロルと一緒に相沢家を出た。
「淳一郎くん、トモちゃんのそばにいてくれるって。よかったわね」
キャロルが、にこにこと笑いながら言った。
「そうね。あの鈍感野郎も、少しは役に立ったわね」
みすずは、アオバ坂を下りながら、夕焼け空を見上げた。空が、オレンジ色に染まっている。
「みすずちゃん」
キャロルが、急に真面目な声で呼んだ。
「なに?」
「みすずちゃんは、本当に、それでいいの?」
みすずは、足を止めた。
「……何がよ」
キャロルは、空色の瞳で、じっとみすずを見つめた。
「みすずちゃん、トモちゃんと淳一郎くんがくっついたら、嬉しい?」
「当たり前でしょ。私の目標よ」
みすずは、笑顔で答えた。
キャロルは、少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「……そう。なら、いいの」
キャロルは、それ以上何も言わなかった。
みすずは、キャロルと駅前で別れて、一人で家に帰った。
群堂家に着いて、自分の部屋に入る。制服を脱いで、ベッドに倒れ込んだ。
(今日は、本当に疲れた)
淳一郎に電話で怒鳴りつけて、智の気持ちを代わりに伝えて、淳一郎に智のことを考えるように背中を押して。
(私、何やってるんだろう)
みすずは、天井を見上げた。
(トモのため。そう。全部、トモのためよ)
そう言い聞かせても、胸の奥のざわつきは消えなかった。
その夜。
スマホが震えた。
みすずは、ベッドの上でスマホを手に取った。画面に、淳一郎の名前が表示されている。
『今日はありがとな。みすずがいなかったら、俺、トモのこと見てなかったかもしれない。お前がいてくれてよかった』
みすずは、そのメッセージを、何度も読み返した。
(お前がいてくれてよかった)
淳一郎の言葉が、胸に刺さる。
みすずは、スマホを握りしめた。
「……バカね、私は」
声に出して、呟いた。
画面には、自分の頬が映り込んでいた。少し赤い。
みすずは、慌ててスマホを伏せた。
(違う。これは、淳一郎が智のことを見てくれたから。私の役目が、少し進んだから。それだけよ)
みすずは、目を閉じた。
でも、淳一郎のメッセージが、頭から離れなかった。
『お前がいてくれてよかった』
その言葉が、胸の奥で、小さく、でも確かに、響いていた。
窓の外で、虫の声が聞こえる。夏の終わりの、か細い声。
みすずは、スマホを胸に抱いたまま、静かに目を閉じた。Noveliaとは?
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