ビートまりおとみんなのゆかいな日常
ここはいつも元気があふれる場所。歌って踊るVTuber・ビートまりおと、その仲間たちが集う陽気な事務所。
ビートまりおは同人音楽サークル「Cool&Create」のボス。東方アレンジで有名な歌い手だ。Live2Dの体は、愛する奥さんをモデルに特注で作ってもらった。だから「嫁が好き」が口ぐせで、朝のあいさつは「こんよめ」、夜のあいさつは「おつよめ」。ボイスチェンジャーは使わず、地声で通す。気さくな人柄で、みんなから親しみを込めて「まりおさん」と呼ばれている。
ある朝、まりおのもとに一通の手紙が届く。それは「VTuber事務所対抗・親睦運動会」の招待状だった。競技は玉入れ、パン食い競走、借り物競走。バトルではなく、みんなで楽しく盛り上がるお祭り的なイベントだ。だが、ひとつだけ大きな問題があった。運動会の当日、まりおには妻との大切な約束があったのだ。
さあ、どうするまりお。仲間たちは大騒ぎ。副代表のあまねは「予定をずらせばいいのでは?」と提案し、マネージャーのつむぎは「奥さんを連れてくればいいじゃないですか」とニヤリ。後輩のそよは「あの日は雨が降ると思います」と心配する。そして、まりお
ビートまりおとみんなのゆかいな日常 - こんよめ! ~ゆるゆる運動会、始まります~
「こんよめー!」
朝の配信ブースに、元気な声が響いた。
壁一面に貼られたイラスト。その中央で微笑むのは、黒髪を肩まで伸ばした女性のLive2Dキャラクター。ビートまりおの最愛の奥さんをモデルにした、世界に一枚だけのアバターだ。
「今日もかわいいなあ……俺の嫁、大好き」
深い茶色の瞳をうっとりと細めて、まりおは壁を見つめた。黒の短髪を軽くかき上げ、首に掛けたヘッドホンを揺らす。白いTシャツにジーンズというラフな格好は、配信前のいつものスタイルだ。
ここは東京都内のとあるビル3階。同人音楽サークル兼VTuber事務所「クールアンドクリエイト」の配信ブースである。防音仕様の4畳半。窓はない。でも、まりおにとっては世界で一番落ち着く場所だった。
「よし、今日も地声でいくか。ボイチェンなんていらねえ。俺のこの声が、みんなを笑顔にするんだ」
まりおはマイクを軽く叩いて、配信の最終チェックを始めた。
その時だ。
コンコン。
控えめなノックが響く。
「まりおさん、いらっしゃいますか」
透き通るような、でもどこか事務的な声。
「おう、あまねちゃんか。入っていいぞ」
ガチャリ。
扉が開いて、少女が入ってきた。
紫がかったロングヘアを低い位置で二つ結び。銀色の切れ長の瞳は、きらりと冷たい光を宿している。身長は152センチと小柄だが、背筋はぴんと伸びていた。黒のカーディガンにチェックのスカート。14歳には見えない落ち着き払った雰囲気をまとっている。
クールアンドクリエイトの副社長、あまね。
「また壁のイラストを見てたんですね。配信の準備は進んでますか?」
彼女は銀色の瞳を細めて、まりおをじろりと見た。
「おっと、バレたか。いやあ、うちの嫁がかわいすぎてさ。つい見とれちまうんだよなあ」
「それは何度も聞きました」
あまねは小さくため息をついた。
「それより、これを見てください」
彼女は手に持っていた封筒を、まりおの前に差し出した。
クリーム色の封筒。裏には「ブイフェスタ実行委員会」と書かれたシールが貼ってある。
「……なんだこれ?」
まりおは封筒を受け取って、裏返したり表に返したりした。
「VTuber事務所対抗!ゆるゆる運動会の招待状です。去年も来てましたよ」
「おお!あれか!」
まりおの顔がぱあっと明るくなった。
「あれ、楽しいよな!去年の玉入れ、めちゃくちゃ盛り上がったし。俺、玉を一個も入れられなかったけど」
「それは自慢になりませんよ」
あまねは淡々と続けた。
「今年の開催日は10月22日。場所は多摩川沿いのリバーサイドひろばです。種目は玉入れ、パン食い競走、借り物競争。優勝賞品は巨大トロフィー型抱き枕だそうです」
「巨大トロフィー型抱き枕!?それは欲しい!ぜってえ欲しい!だって抱き枕だぜ?しかもトロフィー型。最高かよ」
まりおは目を輝かせた。八重歯がのぞく。
でも、その笑顔は、すぐに固まった。
封筒の中の参加申込書に書かれた日付を、もう一度見た。
10月22日。
……あれ?
その日、俺、何かあったような。
まりおの頭の中で、カレンダーが高速でめくられた。
そして、思い出した。
10月22日は、奥さんとの大事な約束の日だ。
「……あ」
まりおの顔色が、みるみる青ざめていく。
「まりおさん?」
あまねが首をかしげた。
「あ、あの、あまねちゃん。これ、いつ届いたの?」
「今朝です。つむぎさんが郵便受けから取ってきてくれました」
「つむぎさんが……あー、そうなんだ……」
まりおは額にうっすら汗を浮かべた。
まずい。
どうしよう。
10月22日は、絶対に空けられない日なのに。
いや、でも、運動会も楽しみだ。去年、すごく楽しかったし、みんなも出たがってる。
頭の中がぐるぐる回る。
そんなまりおの様子に気づかず、あまねは話を続けた。
「参加事務所は12団体。去年より4団体増えています。クールアンドクリエイトは去年参加したので、今年も出ないと変な噂が立ちますよ」
「噂?なんだそれ」
「たとえば『クールアンドクリエイトは逃げた』とか『まりおさん、実は運動音痴だから出ないんじゃないか』とか」
「運動音痴!?いや、それは……うん、まあ、そうだけど」
まりおは肩を落とした。
すると、今度は別の声が聞こえてきた。
「あらあら、何の話かしら?私も混ぜてほしいなあ」
振り返ると、配信ブースの入り口に、翠色のショートボブを揺らした女性が立っていた。
金色のたれ目。にこにこ笑っている。身長は165センチ。ゆったりした白いニットに、ロングスカート。一見ふわふわした雰囲気なのに、その金色の瞳の奥は、するどく光っていた。
まりおさんの担当マネージャー、つむぎ。
「つむぎさん、おはようございます」
あまねがぺこりと頭を下げた。
「おはよう、あまねちゃん。それで、運動会の話?」
つむぎはにこにこしながら、封筒をちらりと見た。
「はい。日付を見たまりおさんが、なぜか固まってます」
「あらあら」
つむぎがまりおに近づいた。
彼女の金色の瞳が、じっとまりおの顔をのぞき込む。
「まりおさん、どうかしたの?顔色がわるいわよ?」
「え?あ、いや、何でもない。ちょっと眩しいなあって」
「眩しい?」
「なんか、朝日が。ほら、窓ないけど。気分的に」
まりおはしどろもどろに言った。
つむぎは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐににんまりと笑った。
「ふうん。まあいいわ。で、運動会だけど、もちろん参加でしょ?」
「え、と……」
「去年も楽しかったし、視聴者さんも期待してるわ。それに、ほら。優勝賞品が抱き枕でしょ?まりおさん、抱き枕好きじゃない」
「抱き枕!そう、抱き枕な!巨大トロフィー型抱き枕!最高だよな!」
まりおの目が輝いた。
でも、すぐに曇る。
10月22日。
脳裏に、奥さんの笑顔が浮かんだ。
あの日は、奥さんと二人で出かける約束をしていた。
「……でも、あの日、あれ、俺、予定が……」
まりおは小声でつぶやいた。
「予定?何か入ってましたっけ?」
あまねがすかさずスマホを取り出す。
「まりおさんのスケジュールは全部私が管理してます。10月22日は、午前中がフリーです。午後も空いてます。夜まで何も入っていませんよ」
「いや、その、仕事の予定じゃなくて……プライベートというか……」
まりおはうつむいた。
指先で、封筒の端をそっとつまむ。
「プライベート?ああ、奥さんとのご予定ですか?」
ド直球だった。
「ぶっ!?」
まりおはむせた。
「な、なんでわかったの?」
「まりおさんが予定を言い出せない時は、だいたい奥さん関係です。過去のデータから分析済みです」
あまねはきっぱりと言った。
「あら、やっぱり。まりおさん、奥さんとの約束があるのね」
つむぎがにんまりと笑った。
金色の瞳が、いたずらっぽく光る。
「ねえ、まりおさん。運動会に奥さんを呼んじゃえばいいのよ」
「……え?」
まりおはぽかんとした。
「運動会の会場に、奥さんを招待するの。そうすれば、約束も果たせるし、運動会にも出られる。一石二鳥よ」
「そ、それは……」
まりおは言葉を詰まらせた。
「うちの奥さん、人前に出るの、すごく苦手で……」
まりおはうつむいて、小さな声で言った。
「それに、あの日は、その、二人きりで、静かに過ごしたいというか……」
「あら、ラブラブね」
つむぎはくすくす笑った。
「でも、でしたら、予定をずらせば解決です」
あまねが、白い封筒から参加申込書を取り出した。
「まりおさん、奥さんとの約束を別の日にずらしてください。そうすれば問題はありません。運動会の日にちは変えられませんから」
「いや、ちょっと待って。あまねちゃん、待って……」
まりおは両手を振った。
「あの日の約束は、その日じゃないとダメなんだ」
「なぜですか?」
「そ、それは……」
まりおは口ごもった。
……言えない。
10月22日という日付が、奥さんにとって、どんなに大切な日か。
それを、仲間とはいえ、簡単に話すことじゃない気がした。
「とにかく、あの日だけは、ダメなんだ」
まりおはうつむいて、消え入りそうな声で言った。
配信ブースの空気が、止まった。
あまねは銀色の瞳でまりおを見つめ、つむぎは金色の瞳でまりおを見つめ、まりおは二人の顔を交互に見た。
沈黙。
その時だった。
ザーーーーッ。
スピーカーから、ノイズが流れた。
「……第1章、始まりました」
低くて、どこか楽しそうな、正体不明の声。
「おや?まりおさん、顔色が優れないようで?これはこれは、物語の始まりから波乱の予感ですねえ」
「また謎の声さんですか……」
あまねは深いため息をついた。
「あまねちゃん、ひどいなあ。私はまりおさんの相棒を自称するナレーション担当。この物語を盛り上げるために、日夜努力しているんですよ」
「勝手に実況するの、やめてもらえます?」
「やめません」
謎の声はきっぱりと言った。
「だって、今、まりおさん、すごく面白い顔してるじゃないですか。ねえ、まりおさん。奥さんとの約束、どうするんです?」
「な、なんでお前まで知ってるんだよ」
まりおはスピーカーを振り返った。
「私はナレーション担当ですから。物語のあらゆる情報にアクセスできます。ええ、あらすじも、結末も、全部知ってます。でも、言いませんよ?ネタバレは反則ですからね」
「なによ、それ。じゃあ最初から黙ってなさいよ」
つむぎがスピーカーを睨んだ。
「つむぎさん、怖いなあ。でも、私が黙ったら、この物語のナレーションがいなくなってしまいますよ。それはそれで、まりおさんが困るのでは?」
「別に困らない」
まりおはぼそりと言った。
「おっと、ひどい。まあいいでしょう。とにかく、まりおさん。今はごまかしても、いずれ決めないといけない時が来ます。では、続きはまた」
ザーーーーッ。
ノイズが消えた。
配信ブースに、また静けさが戻る。
「……なんでもない!ほら、運動会、楽しいよな!俺、玉入れ、今年こそ一個は入れるぞ!」
まりおは無理に笑顔を作った。
でも、その笑顔は、不自然に歪んでいた。
あまねとつむぎは、そんなまりおを見て、何も言わなかった。
ただ、静かに、視線を交わした。
夕方。
配信ブースに、ひとり残ったまりおは、スマホを見つめていた。
待ち受け画面には、奥さんとのツーショット写真。
どこかの公園で、二人で笑っている写真だ。
奥さんは、まりおの肩に寄りかかって、はにかんでいる。
まりおは、その写真を、そっと指でなぞった。
「……どうすればいいんだ」
まりおはつぶやいた。
「奥さんに会いたい。あの日は、絶対に会いたい。でも、みんなも運動会を楽しみにしてる。去年、すごく楽しかったから、今年も一緒に出たいって思ってる。どっちも大切なのに」
声が、震えた。
「あまねちゃんも、つむぎさんも、俺のために考えてくれた。なのに、本当の理由を言えなくて、ごまかして、逃げてる。情けねえ……」
まりおは、自分の髪をくしゃりと掴んだ。
配信ブースの壁には、奥さんモデルのLive2Dイラスト。
そのイラストの微笑みが、夕焼け色に染まって見える。
「嫁か……仲間か……。どっちも大事だから、選べない。選べないんだよ」
まりおの声は、暗い防音室の中で、静かに消えていった。
その日は、それで終わった。
翌朝。
クールアンドクリエイトの共有スペース。
12畳の部屋の壁には、ホワイトボードが掛けられていた。
そこには配信スケジュールと、あまねの几帳面な文字。
そして、そよの天気予報メモ。
「来週は晴れ。でも、その次は雨かも。傘いる」
相変わらず、へんてこなメモだ。
まりおは、冷蔵庫を開けて、奥さんが作ってくれたおにぎりを取り出した。
昆布の香りが、ふわりと広がる。
「……ん、うまい」
まりおは、おにぎりを一口かじった。
その時、つむぎがひょっこり顔を出した。
「おはよう、まりおさん。じゃあ、運動会の参加申し込み、してきまーす」
「え?」
まりおの手が止まった。
「あまねちゃんから、奥さんとの予定は、まりおさんがなんとかするって聞いたわ。だから、先に申し込みだけ、しとくわね」
つむぎはにこにこ笑っている。
「ちょ、ちょっと待って。俺、まだ、なんも決めてない……」
まりおは、おにぎりを片手に慌てた。
「でも、決める時間がないのよ。申し込み締め切りは今週末。みんな、まりおさんが参加するの、楽しみにしてるわ」
つむぎの金色の瞳が、まりおを見つめる。
「私も、あまねちゃんも、そよちゃんも。それに、視聴者さんもね」
まりおは、ぐっと言葉に詰まった。
「……え、あ、うん……」
まりおは口ごもりながら、うなずいた。
「じゃ、行ってくるわね。あとで、そよちゃんが来るって。天気の話をしたいんだって。楽しみね」
つむぎは、ひらひらと手を振って、事務所を出ていった。
まりおは、一人、共有スペースに取り残された。
おにぎりの味が、さっきより、少し薄く感じられた。
「……あーあ」
まりおは天井を仰いだ。
蛍光灯が、じんわりと目にしみる。
「どうすんだよ、俺」
まりおのつぶやきは、誰にも届かなかった。
窓の外では、秋晴れの空が、高く広がっていた。
遠くで、駅のアナウンスが風に乗って聞こえる。
今日は、いい天気だ。
でも、まりおの心は、どんよりと曇っていた。Noveliaとは?
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